消え去れ残業! 俺の目の前から!!!www
というわけで、本物の戦闘……ちゃんと描写できたか、不安ですが、とりあえずご覧ください!!
「今までの暴走させているだけだった操縦者『モドキ』達と、オーガコアを本当の意味で使いこなしている亡国機業のIS操縦者との違い、はっきりと魅せてあげるわね?」
踊るように壁や床を切り刻む鋼糸を操る優艶な笑みを浮かべた弦術師に、シャルを縛っていた鋼糸を解こうとしていたセシリアが、その役を箒に押し付け、展開状態のISの左肩に装備されている大型ライフルを構え、叫ぶ。
「そのようなもの、悠長に見せていただかなくて結構ですわ!!」
30km先のオーガコア搭載機すら撃ち抜いた正確無比の光速の一撃を与えようと、セシリアが専用のスコープを被り、引き金を弾く。
「目標を射抜きます!!」
蒼い閃光が銃口から迸り、眼前の敵を射抜こうと放たれた。だが………。
「フフフッ♪」
「!?」
僅か50cm………セシリアが引き金を弾いたのとほぼ同じタイミングで動いたマリアは、その閃光の一撃を50cm動いただけで回避してしまう。
「残念。射的の腕は認めてあげれるけど、実戦では、貴女、使い物にならなくてよ?」
「何を!?」
小馬鹿にしたかのような口調で言い放たれ、頭に血が昇ったセシリアが誤差を修正して再び引き金を弾くが、またしてもその一撃は僅かに動いたマリアには掠りもせず、ただ彼女の後方の壁を穿っていくだけであった。
「狙撃の肝はとにかく正確さ。そういう意味では貴女のその精度は理想的よ。しかも誤差を修正する勘も申し分ないわ。でも貴女は勘違いしている………お互いが目視圏内なら、相手だって貴女に狙い撃たれるのをわざわざ待つ必要もないもの」
「?」
「つまり貴女の間違いは『この距離で狙撃しようしていること』よ。わかった? 『セシリアちゃん』?」
頭に血を昇らせたセシリアに、敵であるマリアはわざわざ『どこが悪く、どうするべきなのか?』と笑顔で伝えてくる。
その笑顔を見た瞬間、セシリアは眼前の敵が自分のことを『敵』ではなく『後輩』としか見ていないこと。つまり自分は何一つ脅威になれていないのだと思い知らされ、それが彼女の中にある、未熟な誇り(憤り)に火を付ける。
「馬鹿にしないでください!!」
「止せ、セシリアッ!」
見かねた箒の制止の声も聞かず、セシリアは持っていた大型ライフルを変形させた。
「スターライト・アルテミス! モードB!」
大型ライフル『スターライト・アルテミス』の砲身を折りたたみ、射程と威力と精度を抑えた代わりに取り回しと連射性能に優れた三連バルカンが姿を現し、怒りに燃えるセシリアはその砲口をすぐさま、マリアに向けると、躊躇うことなく引き金を弾いた。
戦艦に搭載されたCIWSのような、凄まじいレーザーの嵐が吹き荒れ、瞬く間に秒間数百発で放たれた閃光がマリアに襲い掛かり、勢いあまってモール内の床やら壁やらを蜂の巣にしながら煙幕を吹き上がらせた。
「ちょっ! バカセシリア!! 相手見えないでしょうが!!」
だが、敵はともかく味方である自分の視界すらも塞ぐ煙幕に、鈴が抗議の声をプライベートチャンネル越しに放ち、セシリアは思わず正気に戻り、引き金から指を外して様子を伺う。
セシリアの三連バルカンの速射が止み、静寂が戻ったモール内の煙幕が次第に晴れていく。
「今ので………!!」
殴り飛ばされた衝撃から立ち直った一夏が、起き上がって雪片を構えて警戒していたが、セシリアの攻撃を受けたはずのマリアの姿はそこには無く、あったのはレーザーの嵐によって捲れあがった地面だけだった。
「敵はッ!」
「何処なんですかッ!?」
すぐさまハイパーセンサーで策的をかけ始める鈴とセシリアだったが、それよりも早く、箒が叫んだ。
「上だ! 避けろセシリアッ!!」
「えっ?」
セシリアが反射的に見上げた時、すでにマリアは僅か1mの距離までセシリアに接近してた。
驚きながらセシリアが銃口を上げようとするが、そんなセシリアの行動を嘲笑うかのように、垂直に落下していたハズの動きを、まるで磁石で釘を吸い付けるかのように急激に真横に動きを変化させるマリア。対峙していたセシリアには、その動きがまるでついていけず、急に視界から消えてなくなったかのように見え、一瞬、棒立ちになってしまう。
「あと、相手が接近した時の動きが拙過ぎるわね」
「!!?」
戦慄して呼吸すらも止まってしまう。まるでセシリアの背中にもたれるようにマリアの背中の感触がしたからだ。
自分の背中越しから聞こえるマリアの声に、セシリアは驚愕のままに、それでも考えるよりも早く動こうとするが、それをいつの間にか左腕に巻かれていた鋼糸が阻んでしまう。
「これはっ!!」
「少しの間だけ大人しくしておいてね」
「きゃあああっ!!」
マリアが言葉と共に彼女の全身を鋼糸で雁字搦めにする。腕だけといわず、両足も両肩も首に絡められた鋼糸が、セシリアの動きを完全に封じてしまったのだ。
「セシリアッ!」
「ッんのぉぉぉぉっ!!」
そのセシリアの現状を目の当たりにし、一夏と鈴が彼女を助けようとマリアに飛び掛った。
一夏が雪片を下段に構えながら突っ込み、鈴が龍咆の砲身をマリアに向け、不可視の砲弾を放つ。
それに対しマリアが動かしたのは、僅かに右手の五本の指だけである。
「!?」
動かした内の三本の指が操る糸が、不可視の龍咆の砲弾を一瞬のうちにズタズタに引き裂き、それだけに留まらず空間を引き裂きながら迫って鈴の左肩の龍咆を一瞬で切断してしまう。
そして突っ込んだ一夏は、彼女の死角、マリアの真後ろを取って渾身の一撃を放とうとするが、その時、一夏の四肢を白式の装甲ごとマリアの鋼糸が切り裂き、血を流しながらバランスを崩して壁に激突してしまった。
「!!?」
「一夏ッ!!」
箒が悲鳴に近い声量で彼の名を叫ぶ。
死角である背後から迫ったはずの、一夏の更に死角から放たれた鋼糸は、彼のISの装甲ごと両手両足を負傷させたのだ。
「一夏君? いくらなんでも前から無理だから後ろからっていうのは安直過ぎるわ。最低でもフェイントは二つ挟まないと」
「キサマァッ!!」
「よくもっ!」
一夏が負傷したことに怒りを爆発させた箒と、左肩を損傷しながらも衰えない闘志を見せる鈴は、互いに獲物をもって飛び掛ろうとする………が、それよりも速く、マリアが箒に向かって攻撃を放つ。
「!!」
超高速で迫った数本の鋼糸を雨月と空裂の二本の刀で弾いた箒は、自分の現状を思い知らされる。
「そうそう、シャルロットちゃんをしっかり守ってね、篠ノ之 箒ちゃん?」
「!!」
自分の背後には鋼糸で十字架に縛られているシャルがいるのだ。しかも今彼女は手元にISを持っていない。生身で鋼糸に切り刻まれれば、擦り傷如きではすまない怪我をシャルが負ってしまうことを、マリアがわざわざ言い放ってきたことに、箒は奥歯をかみ締める。
「余所見してんじゃないわよ!!」
だが動いていたのは箒だけではない。両手に双天牙月を構えた鈴は、左右に小刻みにステップしながら近寄ってくる。どうやら先ほどの一夏の迎撃を見て、ただの突撃だけでは接近戦に持ち込めない敵だと確信しているようだ。
微塵の油断もなく、マリアの不意を突こうとする鈴であったが、彼女は一つ大きな思い違いをしていた。
「鳳 鈴音ちゃん………私、入学した手の頃の貴女の方が、今の貴女よりも好みなんだけどな?」
マリアは鈴の、遥か想像の上に行く操縦者であったことである。
正面から左側面に高速で回り込み、横薙ぎで双天牙月を振るう鈴であったが、マリアは瞬時に鈴に間合いを詰め寄り刃を回避し、青龍刀の柄を受け止めると、鈴の手首を取って捻りながら足を払い、彼女を一瞬で地面に叩き付けてしまう。
「グッ!!」
「皆にわざと嫌われようとしていた頃の貴女を見ていると、なんだか無性に慰めてあげたくって堪らなかったのよ」
頭を地面に叩きつけられ、意識が混濁する鈴の腕を捻りながら、マリアは鈴を無理やり立ち上がらせた。箒に対する盾のように振る舞い、箒が接近してくることを阻止したのだ。
そんな鈴の様子を見て、どうするべきか思案する箒だったが、マリアはそんな彼女に考える暇を与えないと言わんばかりに右手を振り上げる。
「さっきの三倍の量の鋼糸を放つわ。全部受け止めてね」
「!!」
目に見えない鋼糸を捌くのには箒といえども細心の集中力が必要になる。しかも量は先ほどの三倍………正直、すべて無傷で受けきれるとは思えず、最悪自分が被弾しようともシャルを守る決意を箒はしつつ、両足のビームブレイドを出力する。
「来るならば来い! だがお前の糸なぞ、ただの一撃もシャルには通さん!!」
「箒ッ!!」
「その心意気………好きよ、箒ちゃん」
右手を振り下すと同時に、音速を超え、衝撃波(ソニックブーム)を纏いながら迫る十数本の鋼糸。それを自身の四本の刃で全て捌く、あるいはこの身で受け止めようとした箒だったが、そんな彼女の前に、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使った、黒い影が立ち塞がり、ISの装甲を容易く切り裂いた鋼糸を全て、前に出した右手で空中に『停止』させた。
「あら? 流石はドイツの誇る最新鋭IS………いえ、今は篠ノ之束の技術で回収された対オーガコア用ISだったかしら?」
彼女のAICの存在にもさして戸惑いもしないマリアが、今のラウラの姿を見ながらそう褒め称えた新しい彼女のISの姿は、以前のものに比べて、明らかに過激な物に生まれ変わっていた。
以前のシュヴァルツェア・レーゲンに比べても、明らかに増えた黒い重装甲に、両肩には大容量コンデエンサーを兼ねたフィールド強化装置を備え、両脚部には展開式のビームキャノンを備え、背部には銃口を二つ備えた巨大なキャノンを二門背負っていた。
今までの遠近両用のISから、大火力砲撃型にシフトしたISを纏い薄紫色のバイザーを被ったラウラは、自らが封印していた左眼の封印を解き放ち、オッドアイに僅かな悲しみを乗せて、マリアを見据えながら問い掛ける。
「何故なのですか………マリア先輩?」
「そんなに悲しそうな顔をしないでラウラちゃん………私も悲しくなるわ」
言葉とは裏腹に、余裕のある声で、鈴の首を絞めていた左腕を解き、彼女を放り出しながら先ほどと同量の鋼糸を今度は放つ。
もしこの攻撃が、今までのラウラであったならば、左腕の攻撃に対処できなかっただろう………だが、
「無駄です、マリア先輩」
「!?」
冷めた言葉とともに左手を差し出したラウラは、現状不可能であったはずの両手によるAIC展開をあっさりと行った。そこで初めて、微妙にマリアの表情に変化が訪れる。
「………両手による、AIC展開………貴女の入学時のデータでは確か不可能だったわよね?」
「人間は日々進歩するモノです先輩………それにこの新しい私のIS『シュヴァルツェ・ソルダート(黒き戦士)』は、私の負荷を軽減するためのサポートOSが搭載されています」
ラウラの手持ちデータが不足していたために過分に憶測で補っていた部分があるマリアであったが、どうやらそれはだいぶ修正するべきだと内心ため息をつく。
「そして私の越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)は、貴女の鋼糸といえども完璧に見切れます。他の隊員達とは違い、私と貴女の相性は最悪に近い………無論、貴女の方にとっては」
「………どうやらそのようね」
相手との戦力比を比べ、冷静に告げるラウラの目的は、無論マリアの武装解除にある。
軍人として訓練を生まれた時かつけてきたとはいえ、自分に親切にしてくれた人を一方的に攻撃できるほど、彼女は非情でも無情でもない。むしろこうやって無言で武装解除をしてほしいと促しているのが彼女の軍人らしかぬ優しさなのだ。
「ぐっ………その言い方、ちょっとむかつくわよラウラ」
マリアの足元で息を整えながら起き上がろうとする鈴。千載一遇の仕返しのチャンスをと下からマリアを見上げた彼女であったが、その瞬間、背筋が凍りつく。
―――薄く口元を歪ませるマリア―――
「ラウラッ!」
「ちょっと気がつくのが遅いわ」
言うや否や、ラウラに受け止められていた鋼糸を切り離し、新しい鋼糸を指先から出した彼女は、再び笑顔を取り戻すと、優しい声音でラウラ達に告げる。
「確かに私とラウラちゃん、相性が悪いわね………だから、私も……」
瞬間、背筋に走った悪寒を信じて動けない体を無理やり動かした鈴と、鋼糸にがんじがらめになっていたセシリアが、衝撃波で壁際に叩きつけられる。
「きゃぁっ!」
「カハッ!」
「セシリア! 鈴ッ!!」
二人の心配するラウラであったが、そんな彼女も、マリアが放った強烈な殺気が突き刺さり、思わずそちらの方を凝視してしまった。
―――全身から今までとは比べ物にならない量の鋼糸を出す、鬼神の様相を醸し出すマリア―――
「本気を出させてもらうわ」
「…………」
その言葉には微塵の驕りも偽りもない、と予感したラウラが目配りを箒に送り、彼女も無言でうなづく。
確かに、目の前のマリアは、今までのオーガコア操縦者達は一線する「格の違う空気」が存在している。多少の油断はあったのだろうが、それでも彼女の自信の根本を揺るがせる程のものでもない。ラウラにとってこれほどの操縦者に心当たりがあるとすれば陽太か千冬しかいない。
「ところで、ラウラちゃん? あなたのその新しいIS………おそらく大火力を用いた砲撃支援型よね?」
「!?」
「嘘が言えない子で良かったわ♪ この狭い空間で、慣れないISに、発揮できない性能………どこまでやれるか、見せて頂戴ね?」
やはり彼女がこの場所にいたことは偶然ではなかった。
彼女が未完成のショッピングモールを選んだのは、数で劣る彼女でも待ち伏せがしやすく、そのISの能力を最も発揮しやすい場所(シュチエーション)と、対して屋外での、高機動高火力での戦闘を想定している自分達のISが苦手にしている状況を確保するため。しかも、鋼糸に巻かれたシャルは未だ動かせない。これでは自分のISが砲撃しようものなら天井が崩落して生身であるシャルの命が危険に晒される。
少なくとも今までのオーガコア操縦者にはない、周到な準備とやり口である。その事実にラウラが気を引き締めた瞬間、彼女がその場から音もなく上空へ跳躍した。
「!?」
それがISのスラスター噴射による飛行ではなく、鋼糸を使用した独特な高速移動であると越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を持つラウラが分析するが、その動きは通常のISにはない、空中で壁を蹴って移動するかのような独特(トリッキー)かつ高速な動きであったため、ラウラ達は慣れない相手の動きについていけず、その場で棒立ちになってしまう。
「この空間が私に有利に働いてくれている以上、それを最大限利用するのは当然のことよね?」
右手の鋼糸を幾重も重ね合わせ、銀色のランスを生み出したマリアが、斜め上から斬り込んで来る。それを右手のプラズマソードを出力して受け止めるラウラ。互いにランストソードが激しい火花を散らし合わせるが、ラウラはなお、この状況でもマリアに対して問いかける。
「教えてください先輩! すべては嘘だったと言うのですか!!」
「ううん。私のついた嘘は身分だけ………貴方が可愛い後輩なのは偽りようがないことよ」
「だったら!!」
「だからこそ」
ラウラのソードを弾き返し、彼女の体勢を崩すと同時に、両手を振り抜き、左右から挟むように斬りかかって来た箒と鈴に鋼糸を放つ。
咄嗟の事だったが、箒も鈴もなんとか刀と青龍刀で鋼糸を受け止めるが、込められていた力が先程とは桁違いであり、突進した威力を殺すどころか、逆に押し返すほどの力で彼女達を弾き飛ばしてしまう。
「くぅぅぅぅっ!!」
「きゃああああっ!!」
箒と鈴が、未完成のショッピングモール内部の店の中にガラスを突き破って転がっていく。
二人の様子に気を取られそうになるラウラだったが、次の瞬間、滑るような動きで間合いを詰めてきたマリアが振るうランスの猛攻に、両手のプラズマソードで防戦に廻るハメになってしまう。
「(速い上に隙がない!! これでは直接AICで捕縛する暇が………)」
「今更、私を捕縛で済ませようだなんて………優しいわね、軍人さん?」
完全にラウラの心の内を見透かしたマリアが、十本の指を高速で操り、天井から鋼糸の刃をギロチンのように幾重も落としてくる。その攻撃を飛び退いて回避しようとするラウラだったが、それよりも早くマリアが笑顔で言い放ってきた。
「こんなの生身で受けたら命が幾らあっても足りないわね?」
「ッ!?」
後方にいるシャルが瞳を閉じるのを見たラウラは、とっさにスラスターを噴射して後方に下がると、同時に新ISの新機能を全方位に展開する。
不可視な力場が発生したかと思えば、ラウラとシャルを中心に3mほどの球状の半透明のフィールドが展開され、地面を抉り、破片を吹き飛ばし、さらには落下してきた鋼糸を全て弾き返してしまうのだった。
ウィンウィンと極めて機械的な駆動音をさせながら、両肩のフィールド発生装置が生み出しているフィールドを目の当たりにしたマリアは、初めて一筋の冷や汗を流しながら、目の前のフィールドの正体を言い当てる。
「呆れた………AICですら研究中の代物だというのに、篠ノ之束はまさかここまで時代を先行しているだなんて…………」
「……………」
「アクティブ・イナーシャル・リバウンド(慣性反射結界)………さしずめ『AIR』といったところかしら?」
「先輩の見識の深さ、恐れ入ります」
物体の運動慣性を停止させることができる従来のAICに対して、物体と運動慣性そのものを弾き返せる新型のAICとも言えるこの『AIR』は、従来の停止させるのにエネルギーを使用し、かつ行動にも制限が多いAICよりも格段に使用難易度が下がり、更にはAICの効果をすり抜けられるレーザーやビーム兵装にも強い効果が発揮できる使い勝手の良さを持っている優れた代物なのだ。しかも全方位の展開を可能としており、とっさの展開にも対応してくれている。
攻守共に格段な進化を遂げている、ラウラの新型IS「シュヴァルツェ・ソルダート」だったが、その新型ISを前にしても、マリアの決意は揺るがない。
「そのIS、自慢してもいいわよ。ラウラちゃん?」
「いえ、私は!」
「でも………いくら攻守に優れていても、エネルギーは無限じゃない………」
なおも指先の鋼糸が踊る。しかも今度は複数の鋼糸が織り合い、複数のランスを作り上げた。
「大規模砲撃で一撃逆転が出来ない以上、エネルギーが消費されない鋼糸で全方位から攻撃され続ければ………フィールドは果たしてどこまで展開していられるのかしらね?」
「クッ!」
一瞬で的確な推測と、この場における最善の戦術を選択してくるマリアに歯軋りしつつも、ラウラはココにきてニヤリと微笑みかける。
「いいですよ先輩………もしよろしければ、『時間』が許す限り戦いましょう」
「…………」
その微笑みに怪訝な表情を浮かべるマリアだったが、その意味はすぐに悟る。
―――血溜りの中で這い蹲っていたはずのあの男の姿、どにもいない―――
自分達が戦い始めてから、この場において二人、いなくてはいけないはずの人間の姿がすでに存在していない事にマリアは気がついたのだ。
「………なるほど、そういうことだったの」
そしてそのことを悟ったマリアの表情から、一切の温度が消え去る。
「まさか、ココにいる全員を囮にして火鳥陽太を逃がすだなんて………提案者は宗家様ね?」
「いえ。この場にいる全員の総意です。陽太を助ける………それが私達の使命ですから」
「…………」
ラウラに力強く否定され、マリアは無言の表情のまま、されど指先から放つ鋼糸には鋭い殺気を漲らせ、妹のように思っていたラウラに向かって、鋼糸の矛を嵐のようにぶつけるのだった。
☆
「これでいいわね」
激しい雨が降る中、入り口付近の門の警備をするものが使う小さな施設に、ISで鍵を無理やり壊した楯無は、血塗れの陽太を床に降ろすと、近くにあった救急箱から包帯を出し、さらに足りない分を、ロッカーの中に放り込んであった衣類などを切り裂いて使用し、応急手当を行っていた。
あらかたの傷の手当を終えた楯無は、失血によって意識を失っている陽太を置き、箒達の援護に向かおうと決意して立ち上がった。
「………待て」
「!!」
だが、それを意識を取り戻した陽太が静止する。
「初めましてかしら? 私の名前は更識・」
「お前の名前なんざ、どうでもいい」
「どうでもいいって………随分な言い方をしてくれるわね?」
失血によって意識が混濁しているものと思っていたが、あれだけボロボロにされた割には口調がはっきりしている。が、正直この物言いは問題だろとツッコミたくなった楯無だったが、陽太はそんな彼女にさしたる興味も見せずに立ち上がろうとする。
「やめなさい。もうすぐここに織斑先生達が来るわ。あの人達の指示を待って」
「俺がアイツに殺されれば、全部話は収まる」
「!!………ちょっと貴方、それ、本気で言ってるの?」
陽太は楯無の問いかけを無視し、動けない身体を気力で無理やり動かして立ち上がると、雨が降りしきる中、再びモール内に戻ろうとする。
「駄目よ。死にに行くつもりなら行かせることはできないわ」
だが、今度は楯無が肩を掴んで静止させる。
「邪魔するなっ!」
掴んだ手を陽太が振り払うが、やはり怪我の方は重く、上手く身体言うことを聞かないのか、足元がふらついて壁に寄りかかってしまう。
「どいつもコイツ………いらないくせに出しゃばって来るな! 判らないくせに近寄ってくるな! 俺に……これ以上関わるな」
そんなこと本当は思っているわけじゃない。
皆が自分を心配してくれている。それぐらい感じる心は陽太にもある。だからこそ今の陽太には判らない。
どうして、こんな自分を、人殺しの自分を、誰も彼も放っておかないのか? どうして傷付けられてまで関わってくるのか?
ただ、自分はこれ以上誰にも、傷ついても苦しんでも悲しんでもほしくない。だからこれ以上俺に関わるな!
後悔と苦悩だけで、周囲の人達の気持ちの本質に触れられない陽太の肩を楯無は掴んだ。
「火鳥 陽太君」
そして爪が食い込むほどに肩を掴んで無理やり振り向かせると、本気で瞳に怒りを滲ませて、足元も覚束無い半死半生の重症人であることも忘れ、あらん限りの力で彼の鳩尾に拳を突き立てる。
「ブフッ!」
鳩尾から衝撃が背中に一瞬でつきぬけ、半秒遅れて競りあがってきた嘔吐感に堪え切れず、胃の中にあったものを吐瀉しながら、膝をつき、あろうことか吐いた物の中に顔ごと突っ込む陽太を、楯無は心底冷たい視線で見下しながら、吐き捨てた。
「最悪………いえ最低よ。確かに皆がどうして貴方を助けようとしているのか、理解に苦しむわ」
「ぐっ………」
「だけどね。それでも私は貴方を助けなくちゃいけない。これは突入前の段階で皆で決めていたことだし、何よりも………それが皆の『気持ち』だから」
「………なに…が」
「皆ね。突入の前に、少しだけ織斑先生から話を聞いてたの。貴方が人を殺したってこと」
その言葉は陽太の脳内に電流を走らせる。
聞いていた? 判ってて自分を助けたのか? とまらない疑問符が頭の中を埋め尽くすが、そんな陽太に楯無はなお言葉を続けた。
「それで、皆、突入のときにハイパーセンサー越しに貴方達の言葉を聞いた瞬間、少しだけ動揺が走ったけど、一夏君だけは違った。迷うことなく『助けよう』って言ったわ。『例え陽太が人を殺してても、自分達が陽太を見捨てる理由にはならない』って」
「………織斑……弟が?」
「一夏君も、鳳さんも、オルコットさんも、ボーデヴィッヒさんも、そして箒ちゃんも、皆、傷付きながらでも貴方を助けようとしているのに………貴方はいったい何様!? 自分だけ悲劇の主人公ぶってればさぞ満足でしょうね!? 馬鹿みたいに自分に酔ってお星様にでもなれば、さぞ悔いの無い最後なんでしょうね!!」
それだけ言い残すと、雨の中、外に出た楯無は、ISを展開すると、再び戦場に戻ろうとする。
「…………」
無言で未だ蹲っている陽太の方に振り返ると、彼女はようやく怒りを納めた表情で、言い残すように呟いた。
「対オーガコア部隊の隊長を誰がやるかって話が出た時、織斑先生が貴方を強く推薦したのにはショックを受けたわ。あの人に遠回しに私よりも貴方の方が強いって言われている気がして、内心傷ついたのよ?」
「………そ……んなこと」
「確かに知ってるわけないわよね………だからこそ覚えておいて。貴方………皆に信頼されてるのよ」
今度こそ、陽太は息が詰まってしまう。
その言葉に、その言葉が持つ重みと、皆がどういう気持ちで自分を『隊長』に選んだのか? ここにきて、ようやく陽太が思い知る番になる。
「皆、貴方を信じてる………貴方を信じて皆が選んだのよ、『隊長』に」
それだけ言い残すと、楯無はすぐさま跳躍して建物の中に飛び込んでいく。
後に残されたのは、大雨の中、一人地面に這いながらも、顔を上げて凍り付く陽太一人であった。
☆
全方位から放たれる鋼糸のランスの攻撃(ラッシュ)に、ラウラはひたすら歯を食いしばって耐え続ける。
フィールド維持と越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)の処理にいい加減、脳が焼き切れそうになるが、だが今隙を見せれば、背後にいるシャルに命の危険が迫る。
「………だが」
AIRの維持をしながら、目の前で高速で切り結ぶ三機の姿を、ラウラは額から滝のような汗を流しながら見つめ続ける。
マリアはラウラに鋼糸のランスをぶつけ続けながら、箒と鈴相手に、鋼糸を長い棒(ロット)にして応戦しているのだ。しかも二対一の変則的な状況ながら、あろうことか互角かやや優勢に勝負を進めている。
箒の二本の刀と、鈴の一対の青龍刀が唸る中、マリアの鋼糸の棒(ロット)は巧みに四本の刃を受け止め、捌き、弾き返す。数の劣勢も気にせず、しまいには突きや薙ぎ払いまで加えてくるのだから、操縦者としても恐るべきものが彼女にはあった。
「くっ!」
鈴は二本の青龍刀で棒(ロット)を受け止めるが、その瞬間を狙っていたかのように棒(ロット)が一瞬で元の鋼糸に戻り、鈴を縛り上げてしまう。
「きゃああああっ!!」
「鈴っ!!」
助けに入ろうとする箒だったが、至近距離から離れた鋼糸の刃がそれを許さず、地面を蹴って後ろに跳躍しながら回避する。更にそんな箒に幾重もの鋼糸が襲い掛かるが、箒も負けじとその全てを刀で捌ききる。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
地面に着地し、肩で息をしながら相手の出方を伺う箒。これほどまでの手ごわい相手、彼女も初体験といっていい。どう攻め崩すか見当もつかず、だがこのままだと押し切られるという予感が、箒の背中に冷たい汗を流させる。
この間もラウラへの熾烈を極める攻撃は続いている。いったいどれほどの鋼糸を同時に操れるというのか、目の前の「怪物」相手に、箒は思わず言葉を漏らしてしまった。
「まさか………亡国機業のトップクラスとは、これほどとは………」
「トップクラス?」
だがその言葉が、何故かマリアのツボに入ったのか、急にクスクスと笑い始めてしまう。
「フフフッ………ハハハハッ……私が、トップクラス?」
「………何が……そんなにおかしいんだよ?」
その言葉に怒りを覚えたのは、言った箒ではなく、負傷して蹲っていた一夏の方だった。彼は馬鹿にされたという怒りによって痛みを忘れてしまったのか、未だ血が滴る四肢に鞭打って、雪片を構える。
「あら、ごめんなさい一夏君! いや、本当に何も知らないんだなって思って………可愛いわね、貴方達は?」
「だからっ!」
「私がトップクラスだと思っているのなら、貴方達は亡国機業と戦うのは止した方がいいわ。これは純粋な忠告」
そしてマリアは、怒りに燃える一夏が凍りつくような一言を口にする。
「私はまったくの下っ端よ。そりゃ一番弱いなんてことは言わないけど………私に手も足も出せない貴方達の想像を遥かに絶した能力を持つ人達が、亡国機業にはいるわ」
「!!」
「幹部である『率いる者(ジェネラル)』………私なんて彼女達に比べれば可愛いものよ?」
「は、ハッタリ言ったって…」
「本当よ。すでにラウラちゃんとセシリアちゃんは一度『率いる者(ジェネラル)』と対面してるわね? 彼女たちは操縦者としての次元が私達とは隔絶しているわ………悪い事言わないから、戦うのはお止めなさい。巨大な嵐の前の虫ケラ同然に吹き飛ばされてしまうわよ?」
対オーガコア部隊の面々が息を呑む。
もしマリアの言葉が本当であるというのであれば、彼女一人に勝てない自分たちでは………嫌な絶望で闘志がもげそうになるが、そこにどこからともなく、女性の声が響き渡る。
「そんな女の言葉に踊らされる必要は無いわよ、皆!!」
マリアに向かい、水弾が絶え間なく放たれ、間髪いれずに銀色のクナイが投げつけられる。
「(最初と同じ攻撃………芸が無い上に…)そこ!」
鋼糸を自分中心に渦上に巻き上げ、水弾もクナイも全て弾き返し、声のした方向へ間髪いれずに鋼糸を放つマリア………だが、
「!?」
建物の屋上にいるISを纏った人影を鋼糸が切り裂くが、あまりに手応えが無さ過ぎる。まるで水を切り裂いたかのように………。
「しまったっ!?」
「フフフ……残念でした?」
いつの間にか、背後を取った楯無が首元にクナイを突きつけてくる。視線だけを元の方向に戻すと、そこには大量の『水』だけが取り残されていた。おそらく、水を使った囮(デコイ)を作って注意を引き付けて、自分の死角から間合いを詰めたのだろう。対暗部組織の長ならではの忍者殺法である。
「貴女のISで、あんな真似が出来るなんて聞いてませんでしたよ?」
「そりゃ………私だって、隠し事の一つや二つぐらいはあるわよ~」
まるで仲の良い友人同士の会話のようにも聞こえるが、両者の表情には些かの暖かみも含んではいない。
「箒ちゃん、今のうちにデュノアさんの鋼糸を斬ってあげ・」
「それは出来ませんわ」
「貴女!?」
「それに………隠し事を持ってしまっているのは私も同じですから」
いち早くシャルを開放して状況を少しでも有利にしようとした楯無だったが、それをマリアが静止する。
楯無はそんな彼女をとりあえず戦闘不能にしてしまおうと、クナイに力を込めて………。
「!?」
「すみません。切り札を切らせてもらいました」
動けないことに気がつく。
「目に見えないでしょうが、今、ご当主様を完全不可視の特殊な鋼糸が取り巻いておりますわ」
マリアの言葉に、楯無は自分のISを注意深く観察し、そしてそれが嘘ではない事を目の当たりにする。
確かに自分の肉眼にもISのハイパーセンサーにも映ってはいないが、確かにわずかづつワイヤーのようなものが装甲を削り取っていた。
「ご当主様………降参していただけますか? 私は友達の貴女を傷付けたくないの」
余裕の笑みを浮かべ、楯無に最後通告をするマリアだったが、対暗部組織の長として、IS学園生徒会長として………そして、彼女の学友としての楯無の矜持は、その通告を拒否する道を選ばせる。
「相変わらず冗談が上手いわね、フィーナは?」
「そう………そうよ。友達なんていったのは、冗談なのよ楯無?」
一瞬だけ、いつも楯無の冗談を困った表情で返していたフィーナの顔が現れ、そして一瞬で消え去る。
「ストリンガーレクイエム!!」
―――目に見えない無数の鋼糸が乱舞し、鋼鉄のISを一瞬で切り刻む―――
不可視の鋼糸による全方位からの光速乱撃に、楯無の霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)の装甲は一瞬で破壊され、楯無が地面に崩れ落ちる。
「楯無姉さんッ!!!!」
崩れ落ちた楯無の姿に、悲鳴に近い絶叫を上げる箒。それが親友の姿がダブり、腹の底からマグマのような耐え難い激情が吹き上げ、彼女を無謀な突撃を選ばせてしまう。
「うぁああああああああああっ!!!」
「箒ッ!」
一夏がそれを阻止しようとしたが、初動が遅れてしまい間に合わない。マリアは突撃してくる箒に、先ほど楯無を戦闘不能に追いやったストリンガーレクイエムを再び放とうと構える。
激突しかける箒とマリア………だが、その間に突如として巨大なプラズマ火球が割って入り、両者が一瞬で飛び退いた。
「今のは!?」
「ヨウタッ!!」
一夏とシャルの声が重なる中、ISを展開した陽太がゆっくりとした歩みで、戦場に降り立ち、マリアに近寄ってくる。
彼の姿を見たマリアは、僅かな間呆けた様な表情だったが、すぐさま先ほどまで消えていた狂気の表情を出して、陽太を祝福するように両手を広げた。
「ハハハハッ!! よく逃げ出さずに戻ってきたわね、火鳥陽太!!」
「……………」
「皆お前を逃がすために奮戦したというのに、その努力を無に返すなんて、つくづく人のことを踏みにじるのが得意な男ね!!」
マリアは戻ってきた陽太に容赦ない言葉をぶつけるが、もはやマリアの言葉にも動じない陽太は、静かに彼女に問いかけた。
「………止めにしよう」
「なに?」
「お前が俺の『仲間』を傷付ける限り、俺はお前を倒さないといけなくなる………だから止めよう」
「……………」
陽太の言葉にマリアは顔を伏せ、反応を示さない。
「お前がもし、本当に俺が許せないっていうなら………命はやる。だが今じゃない」
「ヨウタッ!!」
陽太の言葉にシャルが抗議の声を上げるが、今はシャルの声には反応せずにマリアの対応を待つ。
「だから………」
「………火鳥 陽太」
そしてようやく顔を上げたマリアは………憤怒に染まった表情で陽太を睨みつけると、叫んだ。
「ふざけるなぁ!!! キサマは私を馬鹿にしているのか!!」
「違う………俺は、お前を『倒したくない』」
あくまで非戦を望む発言をする陽太に、とうとうマリアがブチギレる。
「それがふざけているんだ!!! 自分がいつでも勝てるかのような物言いは止めろ!!」
両手を振り上げ、マリア必殺のストリンガーレクイエムの体勢を取る。それに対応して、陽太は右手を上げると、ポツリと呟いた。
「………この技は、二度と使いたくなかった」
「ストリンガーレクイエム!!!」
楯無を倒したとき以上の衝撃を纏った不可視の鋼糸が、陽太に迫り、包み込んだ。
―――場に起こる一瞬の静止―――
そして、その静止から時間を進めたのは、マリアの呟きだった。
「………嘘だ」
信じたくない。驚愕の現実がマリアの心の内を支配した。呼吸が乱れ、足元が覚束無くなり、眩暈がする。
―――切り裂かれ、ゆっくりと地面に落下したマリアの左肩の装甲―――
「ドイツ娘………もう大丈夫だ。フィールド解け」
「あ、ああ」
まったくの『無傷』の陽太はマリアに背を向け、ラウラ達の方を振り返ると、指示通りフィールドが解かれ、身を守るすべが無くなったシャル目掛けて、指を振るう。
「!!」
すると、彼女を縛り付けていた鋼糸がいとも容易く切り裂かれ、シャルは地面に落下してしまった。それを察知していたラウラがちゃんと受け止めるが、シャルも驚愕の事実に理解が追いつかず呆然と陽太の指先に注目する。
直接目に見る事は出来ないが、それは確かに存在している。
「嘘だぁっ!!!」
だが、シャル以上にその事が認められないマリアは、がむしゃらに狙いもつけずにストリンガーレクイエムを三度放つ。
音速を超えてあらゆる物体を切り裂きながら突き進んでくる不可視の鋼糸だったが、それが陽太に激突した瞬間、『彼の指』がその鋼糸を絡め取り、『そのまま』マリア目掛けて鋼糸を跳ね返してしまう。今度は左肩だけとは言わず、左腕の装甲をズタズタに切り裂いてしまった。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」
だが左腕を切り裂かれた衝撃もまったく気にせず、狂ったような声をあげながら敵である陽太に詰め寄ると、彼女は陽太の襟首あたりに両手を置くと、彼に詰め寄った。
「どうして、お前が『この技』を使える!! 『この技』を使える人間はこの世でただ一人だけだ!! この世でただ一人だけでなくてはならないんだぁぁっ!!!」
マリアの声は答えを予感しながらも、それでも彼女の心は受け入れられず、陽太はそんな彼女にフルフェイス越しに哀れんだ瞳のまま、短く答えた。
「お前はもうその答えがわかっている筈だ」
「嘘を言うな!! 『鋼糸返し』を使えるのは、この世でただ一人だけだ!! キサマではない」
「それが答えだ。鋼糸返しが使える人間はただ一人。だからこそ、俺が使える以上………答えは一つだけだ」
マリアの予感がいよいよ現実味を帯び、彼女の声が悲痛なものに変わる。
鋼糸使いの秘伝であり、外部に決して漏れてはならない秘中の奥義である『鋼糸返し』を使える人間をマリアは一人しか知らなかった。
「俺は………この技をあの女に伝授され………この技であの女を殺した」
マリアが瞳を大きく見開いて、陽太を見つめ………そして彼はゆっくりと答えた。
「モミジ・フジオカは俺にこの技を伝授したんだ。自分を『殺させる』ためにな」
ついに次回、事実の全容が明かされます
そして
彼女の言葉が、陽太の心を激しく打つ