IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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降りしきる雨の中で、途方にくれた陽太は何を思うのか?

そしてもう一方で、動き出した者達がいた………


それでは本編をお楽しみください!


迫る雨足

 

 

 

 

 夕方から降り出した雨は、その雨脚を強め、夜の闇に染まりつつある街を濡らしていく………。

 もうすぐ梅雨が始まろうとする季節にしては、冷たい温度の中を傘を差した人々が行き交う。だが、ただ一人、傘も差さずに頭に簡素な包帯を巻いた制服姿の陽太が、何も映さない瞳のまま、何処かに行く当てもなく彷徨い続けていた。

 

「……………」

 

 口に咥えた煙草に火も着けず、彼はひたすら心の中で同じことだけを考え続ける。

 

 ―――なぜ、シャルを本気で攻撃した? いや、攻撃することが『出来た』?―――

 

 シャルを巻き込まないように、これ以上傷つけないように、そのために自分は戦ってきたはずなのに、何をした? 何故そんなことができた?

 

 ―――そうだ………そもそも、俺は何か守りたくてISに乗ってるんじゃない―――

 

 そこで陽太は、澱んだ空を見上げながら、心の底から掃き捨てるように自嘲した。

 

 いつから、自分の戦いは『守ること』だと勘違いしだしたのだろうか?

 いつから、そのことに疑問も挟まなくなっていたのだろうか?

 

 シャルが転校してきてから?

 織斑弟の成長が気になりだしてから?

 中華娘がタメ口きき出してから?

 ドイツ娘が口うるさく説教し始めてから?

 エロ下着が妙に馴れ馴れしく話しかけるようになってから?

 あの馬鹿師匠が無茶を隠してたことを知ってから?

 

 それとも、シャルとフランスで再会したあの時から?

 

 だがもう、そんな『過去』のことを気にしてもしょうがない。自分はもうシャルの傍にはいられないのだから。

 気がつけば簡単なことだ。そして思い出した以上、もう忘れることはないだろう………ましてや変えることも。

 

 ―――ああ………そうだ。俺は空で戦って死にたかっただけだ………守るとか、誇りとか、役割とか、誓いとか………そんな立派なものじゃない―――

 

「……………さて、やることも思い出したし………戦うだけ戦って………死ぬとするか」

 

 なんと楽なのことなのだろうか?

 悩むことも悔やむことも苦しむことも、もうない。

 ただ戦う、そして戦って、死ぬんだ。

 

 ………ああ、心が軽くなった。

 

 取り戻したかつての自分を陽太は歪んだ笑顔で喜んで受け入れた時だった。ちょうど角を曲がろうとした陽太と、数人の崩れたスーツを着たチンピラ風の男が肩を軽く接触させたのは………。

 

「何しやがるっ!?」

「てめぇ、何処に目をつけて歩いてやがる!?」

 

 年下の学生、しかも相手は一人っきり。このようなことには慣れているのだろう。集団で陽太を囲んで恫喝し始める。

 いつの時代も、多数で一人を相手にしか出来ない人間というのは存在しており、そして彼らはこうやって、日頃から金品を巻き上げたり、憂さ晴らしに私刑(リンチ)を行っていたのだろう。

 

 だが、今日だけは相手が悪すぎた。

 

「てめぇ、コラッ!? コッチ向けや!?」

「……………復帰戦としては物足りないけど、後腐れないって意味じゃ最適だな………」

「あんっ?」

 

 陽太の独り言が理解できないでいるチンピラたちであったが、やがて陽太が顔を上げると、彼らを鼻で笑い飛ばしながら呟く。

 

「場所、変えよーや………」

 

 そしてチンピラたちは、そんな陽太の態度が癇に障ったのか、更に舌を捲くし立ててドスの効いた声で脅し始めるが、この時、彼らは気がついていなかった………ここで陽太を見逃しておけば、全治半年の大怪我など負う事もなかったということに………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「火鳥ッ!!」

 

 傘を差した箒が陽太の姿を目にした時、彼女はまるで陽太がオーガコアに取り憑かれたのではないのかと疑うほどに、歪んだ表情で、左腕一本で大の大人を持ち上げながら、足元に転がっているチンピラ達をいたぶる姿が目に入り、思わず声を張り上げてしまう。すると、陽太は歪んだ表情をすべて失くし、まるで能面のような完璧な無表情さで箒を見つめたのだった。

 

「お前………何をしている!?」

「………見ての通り」

「そこまでする必要があったのか!?」

「そこまで? どこまでの事?」

 

 箒の言い分を馬鹿にしてるかのような口調で、足元に転がっていた、両手をへし折られて掴んでいたナイフが壁に突き刺さっているチンピラの首を踏みつける陽太。足をジタバタさせながらもがき苦しむが両腕をへし折られては足を退かす事も出来ない。顔色が一気に紫から青色に変化するのを見た箒は、このままではチンピラが窒息死するか首をへし折られるかのどちらかになると思い、彼を止めようと再び彼の名を叫ぶ。

 

「火鳥ッ!!」

 

 そこに、チンピラの一人が銃を抜く姿が入り、箒は足元の鉄パイプを投げつけようとしゃがみ込む。が、そんな箒よりも早く反応した陽太が、手に持ったチンピラを放り投げ、疾風の如き速度で間合いを詰め、銃を蹴り上げるとそのまま掴み、逆に右足に向かって発砲したのだ。

 そして、地面で芋虫のようにもがくチンピラに向かって、銃口を突きつけながら、彼らの様子を嘲笑して言い放つ。

 

「高々ケンカに拳銃まで持ち出してきたんだ………命取られるぐらいは覚悟の上だよな?」

 

 今にも発砲しようとする陽太だったが、そこへ鉄パイプを握り締めた箒が切っ先を突きつけながら警告する。

 

「もう止せ! 本当に殺す気か!?」

 

 箒が信じられない物を見るような目付きで陽太を睨み付けるが……………そんな箒に、陽太はくるりと振り返って、光を映さぬ瞳と歪んだ笑みで問いかける。

 

「やっぱ、こんな雑魚じゃ駄目だわ………憂さ晴らし、付き合ってくれよ?」

「………貴様」

 

 自分が知る火鳥陽太という男は、こんな理不尽な暴力を振るう男ではない。箒の中にある彼への印象と結びつかない。ましてや、こんな死んだ魚のような腐った目をする男ではない。

 何が彼をここまで変えたのだろうか?

 何がここまで彼の瞳を絶望させているのだろうか?

 

 箒が悩む中、突如、陽太はそんな箒からも興味が失せたと言わんばかりに彼女から視線を外し、歩き出していく。

 

「ま、待てっ!」

 

 だが今の陽太を放っておく訳にはいかない。今の陽太ならば手当たり次第に喧嘩を吹っかけて、最悪死人を出しかねない。それを止めてくれとの千冬の要請なのだ。

 

「!!」

 

 そんな時、彼女の携帯が鳴り、着信画面に『布仏 本音』の履歴が写る。

 

「こんな時に………」

 

 彼女の数少ない友人とはいえ、タイミングを見計らってほしいと思いながら通話ボタンを押す。

 

「どうした、本・」

『箒! 今どこなの!?』

 

 てっきりあの間延びした暢気な声が聞こえてくると思っていただけに、この予想外の人物の声に驚いて声が裏返りそうになってしまうが、何とか落ち着いて通話相手の名を聞き返す。

 

「お、お前、シャルなのか?」

『ごめんね。私、箒の携帯の番号知らなくて、寮に帰って片っ端に電話番号知ってる人聞いてたら、ちょうど布仏さんが知ってたから!』

『そうだよ~~♪』

 

 背後からのほほんの声が聞こえてくる。確かに自分の携帯の番号を知っているのは、生徒会のメンバーである楯無と虚、そして虚の妹であり、箒のルームメイトでもある本音だけなのだが、極力誰にも教えないようにとあれほど念を押しておいたはずなのに………。

 

『しののんの友達なら私の友達だもん~~、そうやって友達にまで壁作っちゃ駄目だよ~』

 

 微妙に説教が混じっている所を見ると、人付き合いを避ける箒の性分を心配していたのか、それとも困ってる箒を見て楽しみたいのか、あるいは両方か………判断が付けかねない箒だったが、そこに焦ったシャルの声が彼女の思考を中断させた。

 

『ごめん、箒! あのね、箒が織斑先生に頼まれてヨウタを探してるって聞いて………』

「あっ!?」

 

 自分の使命を思い出した箒が周囲を見回すが、そこにはすでに陽太の姿がどこにもなかった。

 

「しまった……………本音ッ!」

『うえっ? どうして怒るの!?』

 

 八つ当たり気味に名前を呼ばれて、おそらくのほほんが頭を抱えながらしゃがみ込んでいるであろうことが容易に想像できた箒だったが、シャルはそんな箒を宥める様に言葉をかけてくる。

 

『ごめんごめん………布仏さんは悪くないの。無理言ったのは私だから』

「い、いや、すまん………急に大きな声を出したりして。反省している』

『布仏さんなんて畏まらなくていいよ~~、『のほほん』って、おりむーと同じ呼び方でいいからね~~』

 

 ひたすら暢気で調子のいい友人にもう一つか二つ説教をくれてやりたいところであるが、今は生憎とそんな場合ではない。表情を引き締め、箒は簡単に状況だけを出来るだけ穏便に伝える。

 

「火鳥の奴を先ほど見つけたんだが、少し目を離した隙に逃げ出されてしまった。どうやら路地裏でチンピラ連中に絡まれていたみたいだったんだが………」

『ヨウタ、大丈夫だったの!?』

「いや、それは………大丈夫だ。怪我はなさそうだった」

 

 代わりに10数人の重傷者を作ったのは問題だが………凶器を持ち出して集団で一人を囲っている連中ならば、警察もチンピラ同士の小競り合い程度にしか考えないだろうが、もしこれがただの一般人であったならば、IS学園といえども庇い立てすることはできない。

 危うく明日の朝刊の一面を飾ったかもしれない事態だけは避けることはできたかもしれないが、この現状をシャルにどう説明したものかと、箒は途方に暮れてしまった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 日本某所・マンション15階

 

 都内でも有数の高層マンションの一室において、亡国機業(ファントム・タスク)幹部(ジェネラル)、『ライダー(騎乗者)』のスコール・ミューゼルの副官であるジーク・キサラギは、パーカーにジーパンというラフな格好の上にエプロンを着用しジャガイモの皮を剥きながら、部屋に飾ってある時計に目をやった。

 

「(そろそろ飯の時間か)………おい、お前ら」

 

 ジークは出来得る限り平常心であろうと心の中で呟きながら、目の前の少女たちに声をかける。

 

「誰か一人ぐらい、飯の支度の手伝いしようとか、考えねぇーのか、オイコラッ!! こんだけ女がいてよ!? 自覚あんのか!! ああんっ!?」

 

 無地のTシャツにハーフパンツという格好で寝転がってお尻をかきながらバラエティ番組を見るフリューゲル。色違いの上下ジャージを着ながら二人仲良くハンター系のネトゲに熱中するスピアーとマドカ。別室で一人でぶつぶつ呟きながら『締め切りまで後三日、目指せ東〇国展』と張り紙をドアに張って引きこもるリューリュク。LLサイズのお買い得用ポテトチップスを二時間で7つ空け、今なお8つ目に突入しながら漫画を読むフリューゲル。

 年頃の娘とは思えない惨状に、ジークは自分の自制心を褒め称えながらも、そろそろ限界に達していることを伝えようかなと本気で考え出していた。

 

「ねぇ、ジーク」

「アンッ!?」

 

 そのうちの一人、フリューゲルが静かな声でジークにこう言い放つ。

 

「私、鯛茶漬け食べたい。作れ」

 

 清清しいほどの命令系で言い放ったフリューゲルの言葉に反応したスピアーとマドカが同時に言い放つ。

 

「私はイタリアンハンバーグだ、ジーク」

「私には五目チャンポン作れ、ジーク」

 

 それに続いて、どこから聞いていたのか、ドア越しにリューリュクも続く。

 

「あ、そういうことなら、私、ドライカレー食べたいです、ジークさん」

 

 そして最後に、フォルゴーレが口の周りに目いっぱい食べカスを付着させながら手を上げて宣言する。

 

「私はね、私はね!………う~~~んと………とりあえず大盛りならなんでもいい!!」

 

 ―――プツンッ―――

 

「ふッ・ざッ・けッ・んッ・なッ・ァッ!!!!」

 

 テーブルをひっくり返してブチ切れたジークは勢い良く立ち上がると、フリューゲル達に詰め寄りながら怒鳴り散らす。

 

「お前ら、どこまで人を舐め腐ったら気が済むんじゃ、メス豚共ッ!? 俺はテメェー達の上官だぞ!?」

「豚とは何よッ!? 糖分の過剰摂取で脳ミソがぶっ壊れてんじゃない!?」

 

 だが、当然のように気が強いフリューゲルが噛み付くが、ここでジークは思わず最近では禁句になっていることを口走ってしまう。

 

「うるせぇ、俺のは必要な行為なんだよ! ったく、あの化け物オッパイのやろう、俺に厄介事ばっかり押し付けやがって………俺はテメェーの親衛隊じゃねぇーんだぞ………って…」

 

 いつの間にかフリューゲルとスピアーが、両手で顔を覆って蹲っていることに気がついたジークであったが、そんな彼にフォルゴーレが珍しく諌めるような口調でジークに話しかけた。

 

「もう、ジーク君駄目だよ。今はフリちんとスピちんには親方様のこと禁句だよ」

 

 だがすでに時は遅し。二人は蹲りながら、地獄の底から響いてくるような泣き声で、ジークの上司であるスコールといるはずのリキュールを求め始める。

 

「う゛う゛っ!!………おやがだざま~~~、どこにおられるのですか~~!!」

「ばやぐごめい゛れいぐだざい~~、ずびあ゛-ば、じごぐのばででもばぜざんじまずので~~」

「早く親方様のお声が聞きたいです~~! そして罵って下さい~~!」

「早く親方様の髪を洗って差し上げたいです~! そしてクンカクンカ匂い嗅ぎたいです~~!!」

「「お゛や゛がだざま゛ッ!!」」

「(心底ウゼェー)」

 

 お互いに抱き合ってアレキサンドラ・リキュールを求め合うフリューゲルとスピアーを心底うっとおしそうに見つめるジークと、もう慣れているのか特にツッコム様子もなく漫画を読んだり書いたりする同僚二名と、ひたすらネトゲに熱中するマドカであったが、その時、ズボンのポケットに入れていたジークの携帯の着信音が鳴り、取り出したジークは首を捻ってしまった。

 

「?」

 

 相手別に着信音を変えているために、誰がかけてきたのか瞬時に理解するジークであったが、それでも珍しい相手だったために、怪訝そうな表情でジークは電話に出る。

 

「………なんだ、マリア?」

『あら、随分ご機嫌がナナメみたいね。後、今の私は『フィーナ・チューダス』よ?』

「………なんだよフィーナ?」

 

 電話口の相手、それは現在、IS学園に学生として潜入し、主に情報収集とジークたち実働隊の進行の際の後方支援を主任務にしている、ジークと同じスコール直属の配下である少女からの物であった。

 

『ちょっと暇になってね………世間話でもと思ったんだけど?』

「緊急時以外に電話掛けるのは厳禁だってのは、お前の発言じゃなかったのか?」

『もう、相変わらず顔に似合わず細かい男(ヒト)ね………あ、マドカッ! ヤッホー!!』

 

 電話の向こう側から呼びかけられるが、マドカは画面に集中したまま返事も返さない………頬がピクピクと引き攣っていたが………。

 元来、直接の相方であるジークにすら、その生い立ちのためか、どこか壁を作って人付き合いを避けるマドカなのだが、スコールとこの少女だけは、そんなことお構いなく、まるで実の妹のように可愛がりながらからかってくるためか、彼女は苦手な人間と認識していた………もっとも、『まともな扱いをされる』ことに不慣れなことを『苦手』だとマドカが勝手に思い込んでいるところがあるのだが………。

 

「それで? 俺は今、お前の愚痴を聞いてやる気分じゃねぇーんだヨ」

『いつだって不機嫌そうなジークが、気分良く私の話を聞いてくれたことありましたっけ?』

「………なんだ、いつになく絡んできやがって………」

『ハハハッ、そうね。それじゃあ手短にいきましょうか。『しばらく』貴方の声を聞けそうもないしね?』

「?」

 

 何の話をしだすのかと思った矢先、今度は別の携帯端末のアラームが鳴り出す………マンションにいた全員が絶えず肌身離さず持ち歩いている、組織支給の特注品が、一斉に同じアラームを鳴らし始めたのだ。

 

「コイツは………」

『あら、お早いですこと………もうしばらく話し聞けると思ってたのに…』

「話っていえば………そういや、マリア! お前、オーガコアを勝手に使用したとかr」

『ジーク、絶対に今から来る人達には抵抗しないで、マドカもフリューゲル達もね』

「だから、何の話を?」

『後はスコールに任せておけばいいわ。安心して、証拠がないんですもの。おいそれと貴方達を手放したりは彼女はしないから』

 

 いったい何を言い出しているのだ? ジークが思案する中、マンションのチャイムが鳴り、全員が一斉に起き上がって臨戦態勢に入る。少なくともこの部屋に、現在来客の予定はない。そして予定のない人間は基本、敵性勢力しかありあえない。

 

『そのまま出てジーク。相手はおそらく総帥直轄の本部の人間よ。貴方達を迎えに来たのよ』

「………何がどうなっていやがる。コイツはどういう了見だ?」

『………を……て………ジー…………』

「マリア! マリア・フジオカッ!!」

 

 そして突如として携帯の音声に激しいノイズが走り、通話が一方的に遮断されてしまう。

 

「(………何が起こってやがる)」

「敵か、ジーク?」

 

 すでにISを手にいつでも戦える状態になっている五人を手だけで制すると、ジークは玄関口に設置されているのモニターを覗き込む。

 そこには結構なガタイに、黒服に黒いサングラスという、如何にもといった感じの四人組がモニターを睨み付けていたのだ。ジークは一瞬だけ考え込むと、思い切ってモニターの通話ボタンを押して話しかけてみる。

 

「新聞なら間に合ってるぞ?」

『ジーク・キサラギだな』

 

 間髪入れずにそう話してくるところを見ると、勘違いやおふざけできている様子もなく、おそらくマリアが先ほど言っていた『総帥直轄の本部の人間』というのも嘘話ではなさそうだ。

 

「いきなり人の名前呼び捨てとは、礼儀がなってねぇーな?」

『マリア・フジオカの組織離反に伴い、君とマドカ・オリムラには本部への強制出動が命じられた。君達に拒否権はない』

「……………」

「マリアが離反!? 何の話だ!? 私達は何も聞いていないぞ!!」

 

 いきなり降って沸いた話に取り乱すマドカ。今の今まで話しをしていた人間がいきなり離反したとか言われても、俄かに信じがたいのは無理もない話なのだが、ジークは本部の人間が来た時点で、ある程度予測がついていたのか、さほどの動揺もすることがなかった。

 

「(あの女が脈絡も無しに世間話なんてしてきた時点で、只事じゃねぇーのは予測ついたしな)」

 

 彼女が以前、ジークにだけ話したことのある、彼女が組織に加わった本当の理由、つまり『姉の仇』を探す。もし、彼女がその仇を見つけ、そして止むに止まれぬ事情で離反したというのであれば、ジークにはさほど疑問に思う行動ではない。

 

「(俺も似たようなもんだしな………だが)」

 

 だが、なぜ彼女は今、話をしにきたのか?

 ジークにはそれだけが気にかかって仕方ない。組織に離反した時点で、自分達と接触するなどリスクが高くなるだけではないか? それがわからない愚か者ではない。むしろ彼女は仲間内では一、ニを争う現実主義者(リアリスト)のはず………。

 

「………五分で着替える。さすがに普段着じゃ体裁悪いだろ?」

『了解した………だが忘れるな。私達に危害を加えたり逃走し様とした時点で、君達はマリア・フジオカの協力者として処罰する権限を我々は有していることを』

「ふざけるなよっ!!」

 

 マドカは本部の人間の言葉に噛み付きかけるが、ジークはそんな少女の口元を自分の手で押さえると、彼女の耳元で小声で話しかける。

 

「(ここは大人しく引け。アイツに逆らっても得なことはねぇ)」

「(離せ! マリアが本当に離反したのか私が直接IS学園に乗り込んで確かめてきてやる!)」

「(やめろ。事大きくしたら、お前の本懐が遂げれなくなるぞ?)」

 

 彼女の本懐=織斑千冬の存在をチラつかされると、流石のマドカも大人しくするしかなく、ジークは未だに納得していない彼女を引きずりながら、とりあえず着替えを済ませようとリビングを後にするのだった………。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「そう………」

『すまないシャル………』

 

 電話口でしょぼくれていることが丸判りの声を出す箒に、シャルは苦笑しながら彼女を元気づける。

 

「ううん、遅くまでありがとう箒。もう戻ってくるんでしょ?」

『あ、いや、このまま捜索を続けようかと………』

「駄目だよ! もうすぐ門限なんだから! 後は大人の人たちに任せておけばいいよ」

『………シャル?』

「絶対に戻って来るんだよ? 女の子が夜遅くまで一人で歩き回っちゃ駄目だよ!」

 

 箒にそう言って聞かせ、シャルは通話を終了すると、携帯電話をのほほんに返して、頭を下げ丁寧に感謝の言葉を述べた。

 

「ありがとうね布仏さん」

「気にしない、気にしない。困った時はお互い様だよ♪」

 

 普段は本当にどこかゆるゆるとした感じの少女だが、こういうときに機転が利いて頼りになる子だと感心しつつ、笑顔でシャルは鈴を引き連れて部屋を出る。

 だが先ほどまで黙っていた鈴だったが、妙にあっさりと陽太の捜索を箒に打ち切るように言い放ったことに疑問を思い、鈴は思い切った質問をシャルにぶつけてみた。

 

「アンタ………まさか、箒に頼らず、自分一人で寮抜け出して探しに行こうとか考えてるんじゃないでしょうね?」

「!!?………何の話かな? 鈴~?」

 

 一瞬だけ表情が歪んだのは鈴は見逃さなかった。狙っている………鈴は非常に怪しむような視線をシャルにぶつけるが、当のシャルはどこ吹く風かといった様子で鈴の背中を押して歩き始めるのだった。

 

「今日はもう疲れちゃったし、陽太も外で一日頭を冷やせば反省して帰ってくるよ。だから今日はもうお疲れ様だね」

「………ホント? なんか今一信用に欠ける気が……」

「もう! 鈴は心配性だな~!」

 

 そうして、笑顔で鈴の部屋まで彼女を送ると、シャルは急いで自分の部屋に戻り、ドアを閉じて鍵を掛けると、ドアに額をつけながら、小声で静かに詫びの言葉を鈴へと漏らすのだった。

 

「(ごめんね鈴………心配してくれてありがとう)」

 

 シャルは小さくそれだけつぶやくと、ぐるりと部屋を一巡し、ルームメイトのラウラが戻ってきていないことを確認した上で、彼女が『いざという時の避難用具』としてシャルに使い方を熱弁した登山用のロープを戸棚から取り出し、またしても小声でラウラに詫びの言葉を述べる。

 

「(ごめんラウラ………こんなことにコレ使ちゃって…)」

「詫びるぐらいなら、直接声を掛ければいい」

「ひゃうっ!!」

 

 どこかともなく聞こえたラウラの声に、びっくりしたシャルはひっくり返りそうになりながら辺りを見回す。すると、ベッドの下から音もなく小柄な影が現れ出でるではないか………。

 

「聞かれる前に答えよう。織斑教官から『デュノアが無茶をしないか見張っておけ』との厳命を受けてな………こうやって隠れて様子を伺ったんだが、見事に尻尾を出したな、シャル?」

「うっ!」

 

 自分が聞きたかったことを全てを言われ、返答に困ってしまうシャル。このまま千冬に通報されるのか、それとも鈴かセシリアか、はたまたラウラ自身が朝まで彼女を見張っておくのか………どちらにせよ、もう寮を抜け出すチャンスがなくなってしまい、シャルはがっくりと肩を落としてしまう。

 

「………シャル、ロープを貸せ」

「………はい」

 

 しょんぼりしながらロープをラウラに渡すシャルだったが、彼女からロープを受け取ったラウラは、突如として自分が設置したフックにロープの先を引っ掛けると、窓を開けて下の様子を確認した後、ロープを投下する。

 

「………ラウラ?」

「どうした?」

「なに………してるの?」

「見ての通り、ロープを下に放り投げたんだが?」

「あ、いや、そう………なんだけど、そうじゃなくて………」

「おかしな奴だ。このロープで下に降りようととしてたのではないのか?」

 

 何を言っている? と言わんばかりのラウラの行動と言葉に、シャルは思考がついていかないのだ。

 

「いや、ラウラは………私を見張っておくのが………お仕事じゃないのかな?」

「そうだ。だから私が責任を持ってお前に同行してお前を見張ろう」

「あの………ああもう! そうじゃなくて、ラウラは私が寮を抜け出すのを阻止しようとしてたんじゃないの! って聞きたいんだよ、私は!!」

 

 ようやく自分が何を言いたいのか思いつき、ラウラに言い放つが、言われた本人はというとフックに掛けたロープの強さを見ながら、静かに話し出す。

 

「今日の試合………本来なら、私が止めに入るべきだった」

「ラウラ?」

「教官は自分の責任だと気に病まれておいでだったが、それは違う………本来、隊長と隊員との間に摩擦が生じた場合、緩衝材になるのは副隊長である私の役目だ」

「ラウラ、違うよ。ヨウタと私の問題は………」

「関係ないなどとは言わせんぞ、シャル」

 

 ラウラはシャルのほうを向き直すと、まっすぐな瞳で彼女を見つめて、シャルに問いかけた。

 

「シャルは対オーガコア部隊に入隊しようとしたのではないのか? お前は私達の仲間になろうとしたのではないのか? そしてお前も火鳥も同じ部隊の仲間ではないのか?」

「………ラウラ」

「思えば我々は火鳥を一方的に責めるだけで、アイツの話を何一つ聞こうとしなかったな」

 

 小さな手で握り締めたロープを見つめながら、ラウラは俯きながらポツリと呟いた。

 

「今なら、少しだがアイツの気持ちがわかる………そうやって他人の事を深く想い遣れるシャルは、確かに戦いに向かないし、戦わせたくはないな」

「………ラウラ、それは違うよ」

 

 そう言ってラウラの手からロープを無理やり奪い取ると、シャルは雨が止まない外の景色を眺めながら、力強く話す出す。

「ヨウタもラウラも鈴もセシリアも箒も一夏も、みんな本当は戦いに向いてなんかないんだ。でも誰かに頼まれたからじゃない、自分の意思で決めて戦ってる………違う?」

「あ、ああ………」

「だったら私も同じだよ。自分の意思でIS操縦者になったし、自分の意思で銃を握ってる………みんな同じだよ」

 

 ベランダに足を掛けたシャルは、笑顔で振り返るとラウラに催促を始める。

 

「で、どうするの副隊長? 私はこのまま、どうしようもないダメダメな隊長を、一人で迎えに行っちゃうぞ?」

「フッ………」

 

 心の中でつっかえていた物が取れたかのように、なぜか晴れやかな気持ちになったラウラは笑顔でシャルに応えた。

 

「新入りの平隊員が、副隊長に偉そうに指図するな」

「失礼しました、イエス・マム♪」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 夜のIS学園がどのような警備をしているのか知らないシャル達は、センサーや監視カメラに気をつけながら、適当に抜け出せそうな場所をひっそり捜し歩く。ISを使えば警備用の電子機能ぐらいなら一瞬で解除できるかもしれないが、学園のセキュリティーコンピューターに即座に察知されてしまうので、あくまでも自分達の技能で抜け出さねばならない。

 

「うむ………やはり、職員用の駐車場の入り口の警備が一番緩いな」

「大丈夫? 監視カメラあるよ?」

 

 入り口に小さな証明があり、門の両端に監視カメラがあるのを見たシャルが、茂みに隠れながらそう聞き返すが、ラウラは不適な笑みを浮かべたまま、服の裾から手榴弾を取り出してシャルに見せびらかす。

 

「煙幕だ。息を止めて煙にまぎれて外に飛び出るぞ」

「ダメだよ! 大騒ぎになっちゃうでしょ!!」

「??? 煙幕なら姿も隠せるし、電子機能に悪影響もないだろう?」

 

 今一歩何かが抜けているラウラ相手にため息が出たシャルだったが、そこに突然、まぶしい閃光が二人の網膜を焼き付ける。

 

「貴女たち!! 底で何してるの!?」

 

 まぶしさのあまり目を閉じた二人の耳に、年若い少女の声が入ってくる。

 

「(しまった! いきなり見つかった!?)」

「(いや、まだだ! 当身を与えて気絶させれば、我々の事を『悪夢だ』と勘違いするかもしれん!!)」

 

 限りなく物騒なことを考え、握り拳を作るラウラを慌てて羽交い絞めにして止めようとするシャルであったが、その時、その声の主は二人の様子を見て、何かをぽつりと言い放つ。

 

「貴女たち………一年生ね~~、ハハン、甘いわよ」

「「???」」

 

 何がどう甘いのか? 首をかしげる二人であったが、すると少女は手に持っていた懐中電灯の明かりを消して、二人に傘を差し出す。

 

「これ、使いなさい。私は折り畳みあるから」

「えっ?」

「……………」

 

 突然の展開過ぎてついていけないシャルとラウラに、少女は先に歩き出しながらなおも楽しそうに話しかけてくる。

 

「私もね、一年生のとき、最初は失敗したのよ~~、でもね、その次にもう卒業しちゃった当時三年生だった先輩に抜け道聞いたら、あら不思議。朝まで外出しても気が付かれなかったのよ?」

「あ、あの………その……」

「貴女はいったい?」

 

 困惑するシャルとラウラに、その少女は振り返ると、自己紹介を始めた。

 

「私の名前はフィーナ・チューダス、IS学園の二年生よ。私もちょっとこれから外出の予定があるから、途中まで一緒に行きましょう、一年生のお二人さん?」

 

 紫のボブカットの髪と、黒縁眼鏡を掛けたIS学園の制服を着た少女、スイスの代表候補生と亡国機業(ファントム・タスク)の裏切り者、そして復讐者という三つの顔を持つ少女、フィーナ・チューダス(マリア・フジオカ)は、そんな闇を一切感じさせない、人懐っこい笑みを浮かべながら、シャルの手を握って歩き出したのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




志村! 後ろ後ろ!!

な感じですね。

さあ、フィーナさんこと「マリア・フジオカ」さん。

母国はスイスなのに日本名? 会長を「本家」と言った理由? そして追い求める「姉の仇」

亡国もいよいよ動き出してきます。

そして次回は、久々に『あの人』が!


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