そして気がつきゃ、過去最長の約19000字! 正直二話に分けたほうがよかったかもしんない!
さあ、ついに始まる主人公対ヒロインのガチ対決。
そして勝負は、驚愕の結末を迎えます。
それでは皆さん、お楽しみください。
PS シェリーカさん、設定の一部使わせてもらいました! でも武装だけという中途半端さ、大変申し訳ない!
次回以降、きっちりとした形で設定使わせてもらいます!!
―――陽太とシャルロットの模擬戦当日―――
IS学園の寮の一室において、勉強机の上で窓から差し込んできた朝日を受け、目を覚ましたシャルロット・デュノアは、数秒間寝ぼけ眼で部屋の状況を見回す。
たくさん散らばった書類は、陽太の高速機動時のマニューバなどをラウラが示した物。
テレビに映っている戦闘時に記録された映像は、鈴やセシリアが自分のISからダウンロードした物だである。本来ならばちょっとした機密情報の部類に属する物だが、同じチーム内ということもあってか、誰も咎めようとはしなかった。
「あ………」
意識が大分はっきりして、自分『達』が今日の対戦の為に陽太の動きを研究していたことを思い出し、ベッドの上で力尽きて寝るルームメイトのラウラと、チームメイトのセシリアと鈴の姿が目に入る。
「………みんな、ありがとね」
陽太をぶっ飛ばすという目標自体はあまり歓迎できるものではないのだが、皆が各自真剣に作戦や戦術を考えてくれることには素直な感謝をシャルは感じていた。
「皆、今日の日の為に頑張ってくれたんだもんね」
そんな未だ夢の世界にいる少女達に、毛布やシーツを着せ、シャルは無音(ミュート)でテレビ画面に映し出されている、二週間前に撮られた訓練用プログラムでのブレイズブレードの動きを食い入るように見る。
通常のISが高機動用パッケージを装備せねば出しえないスピードを余裕綽々と出し、トップスピードを緩めずに急接近、弾幕を張ったデコイの攻撃がまるで意思を持ってブレイズブレードを避けているとしか思えないほどにミリ単位で攻撃を必要最小限の機動で全弾回避し、構えると発砲をほぼ同時に行う早撃ちで正確にデコイの的のど真ん中を射抜いていく。しかも20ほど用意されていたデコイ全てに同じ結果を叩き出し、記録ではIS学園始まって以来の大記録となるレコードを叩き出しているのだ。
次の攻撃無し(ノーアタック)での回避プログラムでは、もはや芸術としか呼べない機動だった。
プログラムで用意された述べ300近い対IS用ミサイルとCIWSの掃射という過酷なもので、通常ならば回避するよりも防御用のパッケージで防ぐような場面であるにも関わらず、高度1000m地点で足の裏の補助スラスターを点火しながら、糸が切れた凧のような急横転でこれを回避していく。機体(IS)を急速に回転させながら、横へ滑るように高度を落とし、ミサイルがまたしても意思を持ってブレイズブレードを避けて飛んでいるように明後日の方向に消えていくのだ。普通のIS操縦者ならばPICのフォローがあろうとも間違いなく空間失調症に陥って失神するか、目の前で炸裂する灼熱と猛炎と煤煙によって視界が塞がり動きを止めてしまいそうになるものだが、攻撃が止んだ瞬間、陽太は何事もなかったかのようにピタリと回転を止めて飛行姿勢を取り戻し、僅かな間隙を突いて、無傷で安全域にゴールする様など、もし現場にいれば拍手喝采を送ってしまったかもしれない。
近接戦闘でも、一夏と鈴の二人の攻撃を同時に受けながらカウンターで逆に押し返し、フォローに入ったラウラにヴォルケーノの射撃を用いて逆に牽制し、ほぼ真後ろから放たれたセシリアの狙撃を、振り返る事すらせずにノールックで回避していく。
反射速度と運動能力、持久力、瞬発力、空間認識能力、IS用のFCS(射撃管制装置)を用いずに数百メートル離れた相手に正確に弾丸を撃ち込める算定基盤(戦場に吹いている風、自分と敵との速力差、距離、高度、三次元における位置関係すべてを計算して銃弾を当てる計算能力)、敵オーガコアの能力を瞬時に分析して対応する頭脳、そして見ただけで格の違いを教える圧倒的な操縦技術。IS操縦者に必要と思える要素を、全て突出したレベルで備え、それらを実戦で鍛え続けてきたキャリアを持つ、世界最高の操縦者である織斑千冬に『天才』と賛辞が送られる自分の幼馴染、火鳥陽太の凄さをシャルは改めて実感した。
「………本来なら、私じゃ絶対に勝てない相手だよね」
いくら代表候補生とはいえ、いや、代表候補生であるがゆえに、陽太がどれほどの実力を持っているのかを肌で感じ取ってしまう。もしこれが同じ機体同士の勝負であったなら、間違いなく端から勝負は捨てていただろう。それほどに『操縦者』としてのレベルの差は歴然だと彼女は冷静に自分で分析していた。しかも陽太が乗っているブレイズ・ブレードの性能は、未だ性能が安定しない第四世代の白式と比べ、常時どの局面でも極めて高水準の性能を発揮している。まともに戦って勝てる見込みは薄い。
だが、そんな彼女にも勝機があった。
それは陽太のISの特性はほぼこの二日で理解できたこと、操縦者としての癖も分かったこと、そして何よりも陽太は自分のISのことを何も知らないということだ。僅かな勝機かもしれないし、陽太ほどの操縦者ならば短時間でISの特性を見抜いてしまうだろう。しかし、今の自分に残ったこのはこの希望しかないのだ。
「私と『ラファール・ヴィエルジェ』なら………出来る」
チョーカーからぶら下る橙色の宝石を握り締め、窓から差し込む朝日に向かって、静かな決意を口にするシャルロットであった。
☆
「おはよー!」
「おはよ~~」
朝食を取るために女生徒達で賑わう食堂に、未だ寝ぼけるセシリア達を引き連れてシャルが来た時、ちょうど一夏と箒もトレーの上に日本食を乗せて姿を見せる。
「よっ! シャル」
明るく片手で挨拶をしてくる一夏にシャルも笑顔で挨拶し返す。
「おはよ一夏! 今日も箒と一緒?」
「ああ! ちょうどそこで会ってよ」
「………シャル」
微妙にシャルのその言い方を咎めようとする箒がなんだか可愛く見えて、クスクスと笑ってしまう。そんなシャルの姿を見て、口先を尖らせる箒がまたより可愛く見えるから仕方ない。
からかうつもりはなかったのだが、どうにもこの素直になれないクラスメートの姿が、ここにはいない幼馴染とダブってしまって、意地悪したくなるのがやめられないのだ。
「ゴメンね箒」
「………もういい」
「あ、一夏!!」
「ん?」
「あの………ヨウタ、帰ってた?」
一夏のルームメイトである陽太が、この二日ほど寮の部屋に戻っていないことが気になったシャルが問いかけるが、一夏は彼の名前を聞いた瞬間、苦い表情になりながら首を横に振る。
「いや………昨日も帰んなかった」
二日たったためか、流石に怒って言葉が悪くなることもないが、それでも彼に抱いている嫌悪と憤怒が見え隠れし、シャルの表情を曇らせる。
シャルとの決闘が決まってからの二日間、陽太は部隊の仲間はおろか、この学園の生徒達とまったく口を利かず、授業にもほとんど姿を現さない。唯一、千冬とカールのみ会話はしているようだが、最低限の事務的な言葉だけを伝えると、とっとと何処かに姿を晦ませてしまう始末。時間の合間を見つけてはシャルが一方的に話しかけるが、その全てを無視して彼女から距離を置こうとするのだ。
そんな彼の姿を見ていた他のクラスの生徒達からは、『いよいよ居場所がなくなってきたことが理解できたんじゃない?』とか『元々ああなのよ。陰湿で暴力的な絵に描いたようなダメ男』などという陰口まで叩かれていると聞いた時は、流石にシャルが憤激しそうなったぐらいだ。
それと反比例して、この二日間の間でシャルへの声援が増えたことが、更に彼女の気持ちを重く暗い場所に落としそうになる。どうやら前々から『男のクセに女よりもISの操縦が上手い』陽太のことを気持ちよく思っていなかった女子達が、まるで自分をそんな思い上がった男に鉄槌を下す救世主のように錯覚しているのだ。元々このIS学園は女尊男卑という風潮の中で、選ばれた少女達のみが入学できた、いわば『女のエリート中のエリート』の集まりだったのだが、そこに降って沸いたような陽太の存在が疎ましくて仕方ない者がいるのも頷ける。しかも、陽太は女性に媚びずに自分が強いと公言してはばからない。摩擦が起こっても不思議はないのだ。
「(こっちはいい迷惑だよ………ホント)」
だが、そんな偏見を持った他人の事情など、心底どうでもいいシャルにしてみれば、陽太を悪者扱いにした上に、自分を勝手に正義の味方呼ばわりしてくる人間には辟易させられ、何度心の中でため息をついたか分かったものではない。
「どしたの?」
「あ、ん? な、なんでもないよ」
自分の後ろでトレーに朝カレーを乗せた鈴が、落ち込んでいるシャルに問いかけくるのを曖昧な返事で誤魔化す中、騒がしさに包まれていた食堂の喧騒がピタリと止まる。
「?」
急に静かになった食堂内をシャルが見回すと、入り口から缶コーヒーと書類を持ってやってきた人影が原因だと理解する。
「ヨウタッ!」
「!?」
自分に呼びかけてくるシャルの声に気がつき、一瞬だけ視線を彼女に送るが、すぐにそっけなく外すと、彼女を無視してテーブルに座りながら、書類に目を通し始める。
シャルがそんな陽太の姿に一瞬だけ表情を曇らせてしまうのを見た周囲の人間は、陽太に各自冷めた視線を送り始めた。この二日ほどで、学園に来た時と同程度に陽太の評判は地に堕ちてしまい、周囲から急速に人がいなくなっていた。
「陽太………」
一夏達『対オーガコア部隊』のメンバーも、そんな陽太の姿を決して愉快な気持ちで見ることは出来ないが、彼が何を考えているのか今一歩理解できず、どう声をかけるべきなのか判断できないがために結局人だかりに混じって彼を見ることしか出来ない。
だがそんな中、あろうことかシャルは一人トレーを持って陽太と同じテーブルに座ったのだった。
「おはよう、ヨウタ!」
「……………」
「今日、私との模擬戦だけど、大丈夫? 昨日も寮の部屋に帰ってなかったみたいだし………」
「……………」
「それに最近、ちゃんと食べてるの? なんだか顔色悪いよ? 昨日はどれぐらい寝たの?」
とても今日、全力で決闘しようとしている相手にかけるべき言葉じゃないと一夏達は思いながら、それでも一方的に無視し続ける陽太に新たな憤りを積もらせていく。
「ヨウタ………よっと」
「!?」
シャルの言葉は聞こえている物の返事はしないと決意していた陽太であったが、突然、シャルがテーブルに身を乗り出して、自分の額に彼女の額を当ててきた事に驚愕して固まってしまう。
「う~~~~~ん………ちょっと熱っぽいよ? カール先生にお薬もらった方がいいんじゃない?」
近い。彼女の顔が、唇が、限りなく近い。
シャルの吐息が鼻先にかかり、思わず赤面しかかる陽太は、一瞬で師匠譲りの鉄仮面を取り戻し、シャルの肩を押し返して、冷めた視線を彼女にぶつけながら問いかけた。
「ずいぶんと余裕だな? もうクラスの連中とお別れは済んだのか?」
「……………そっちの方こそ、やる前から勝ったつもりでいるの?」
陽太の挑発にシャルも表情を強張らせながら返す。そんなシャルの姿を、陽太はあろうことか鼻で笑い飛ばす。
「俺が負ける要因がまるでないからな………あ、織斑弟達と熱心にお勉強してたみたいだな。で? 傾向と対策の方は万全か?」
「!! ヨウタ………」
「机の上でテストするのなら結構だが、生憎と実戦は生モノだ。一秒先の変化を前に、過去の事例なんざ通用せんぞ? そんなこともわからない『奴等』と、ご苦労なこったな」
陽太のあからさまな侮蔑の笑みに、シャルだけではなく、周囲のギャラリーまでにも強い反発を生み出してしまう結果になる。
「いい加減にしろよ、陽太ッ!」
「そうよ! アンタ、シャルより先に…」
頭に血が上りやすい一夏と鈴が前に出て陽太に抗議しかけるが、そんな二人を陽太は馬鹿にした様な嫌な表情を作り、後ろで二人を制止するラウラとセシリアも含めて、とんでもないことを言い出し始める。
「後ろの二人も含んだ五人がかりでも、俺は構わんぞ? まあ、負けた時には今度こそ強制送還してやるけどな」
「!? なんだと?」
「大した実力もないくせに粋がるな雑魚が………群れりゃ俺に勝てるとか、そういう発想がウゼェーって言ってんだよ………なんなら、あるだけのIS使って俺にココの全員ぶちのめされるか?」
一夏と鈴が眼を見開いて、陽太に殴りかかる体勢を取り、セシリアもラウラも二人を制止しながらもその言葉に不快感を示す。そして周囲の女生徒達も、その言葉を天衝く自惚れだと思い込み、一斉に陽太を
睨み付けた。
一触即発の食堂内、いつでも殴り合いが展開しそうな空気、だが、その雰囲気を消し飛ばしたのは、テーブルを思いっきり叩いて立ち上がったシャルであった。
「いい加減にして! ヨウタも! 皆も!」
屹然とした言葉と意思で立ち上がったシャルは、まず一夏達の方を振り向いて、皆に注意を促す。
「これはあくまでも私とヨウタの一対一の決闘だよ! 手伝ってくれたことは凄く嬉しいけど、一夏達は手を出さないで! 他の皆も!!」
シャルのその言葉に圧倒されたのか、全員が『お、おう……』と素直に首を縦に動かす。そしてシャルは再び陽太の方に振り返り、睨みながら話しかける。
「皆を巻き込むような真似は止めて! それと、私と一人で戦うのがそんなに怖いの?」
「………んだと?」
意図した言葉ではなかったが、実は陽太の内心をズバリ言い当てられ、陽太は静かに激高しながら立ち上がると、彼女を正面から睨み返した。
「痛い目見ないうちにフランスに帰る気はないんだな?」
「くどいよ。そんな気があるなら、私は初めから日本に来たりしない」
「………そうか」
視線を外し、何かを諦めたかのような溜息をつくと、陽太は書類を持って立ち上がろうとする。
が………。
「!?」
―――一瞬だけ手元の書類がブレて見えた―――
「ヨウタ?」
「!?………なんでもねぇーよ」
すぐに平静さを取り戻し、シャルを無視して食堂を出て行く陽太。途中、入り口から中の様子を見に来た千冬と真耶とすれ違うが、陽太は真耶に書類を放り渡すように無言で乱雑に押し付けると、それを注意する千冬の言葉すらも無視して、そのまま足を止めることなくシャルの視界から姿を消してしまう。
「ヨウタ………」
そんな陽太の後姿を、泣きそうになって見つめていたシャルを、静かに見つめていた箒は、この時、心の内に嫌な予感を感じていた。
「(この模擬戦………止めるべきなのか?)」
理由も訳もないのだが、突然心の内に芽生えたこの嫌な予感がまさか現実のものになろうとは、彼女自身まだこの時、知る由もなかった………。
☆
放課後の第三アリーナにピット内において、自分一人以外誰もいないカタパルトの上で、陽太は己の手を見ながら、物思いにふける。
それはこの二日間、嫌というほど考えて、未だに答えを出すことのできない問い掛け………。
―――自分はシャルを攻撃できるのか?―――
―――守りたかった、今でもかけがえのないあの笑顔を、自分は攻撃できるのか?―――
カタログスペックならば核攻撃にも耐え、絶対防御で守られたISを纏っているとはいえ、万が一という可能性もある。それは自分ならばよく理解しているハズ………。
―――緋(あか)い血に染まる自分の手、そして『ありがとう』という言葉を残して逝った命―――
「!!?」
まただ。最近、思い出すことがなかったあの日のことが、最近良く頭の中にチラつく。まるで自分が今度はシャルを血染めにしてしまうのではという、陽太には何よりも恐ろしいことすら想像させてしまうのだ。
「………火鳥」
そこへ、カールを引き連れて千冬が陽太の様子を見に来る。
「……………」
彼女に名を呼ばれても反応しない陽太。普段ならばこんな真似をすれば問答無用で鉄拳制裁な場面なのだが、今日の彼女は珍しく拳を振るうことなく、陽太を気遣うような台詞を口にする。
「………模擬戦、中止するか?」
「!?」
「………お前の気持ちは………理解しているつもりだ。だが……」
「………今更過ぎんぜ」
ならば何故、最初からシャルの入隊を拒否しなかった!? 思わず声に出して講義しそうになる陽太だったが、なんとか押し留める陽太。千冬にしてみれば全体の戦力を考え、且つ対オーガコア用に改造されたISをシャルが保持しているのであれば、当然束も関わっているのだろうことも、そのためにシャルを傍に置こうと考えるのも理解できる。感情を抜きにした戦略的な考えとしては………。
「どいつも、こいつも………」
―――何故? どうして? そんなにアイツを戦わせたいんだ!? どうして?―――
血が滲みそうになるほどに唇をかみ締めた陽太は、束の、千冬の、そしてシャル自身の考えが腹立たしくて仕方ない。
戦いなど、得るものが無く、ただ失うだけだと、どうしてそれが理解できないのだ?
「時間だ」
一切の感情を押し殺して、鋼鉄の仮面(IS)を瞬時に展開した陽太が、カタパルトの上に足を乗せる。
「陽太君!!」
「………?」
今にも発進しようとしていた陽太であったが、そんな彼にカールは真剣な表情で気遣うように声をかけてくれた。
「今の状況が君にはどうあっても気に入らないだろう。だから言っておく………眼を見開いて、振り返ってくれ」
「……………」
「そうすれば見えるはずだ………ちゃんといつも君を見守ってくれている存在に」
「……………」
頭に血が上っている陽太には、その言葉は届かなかった。すぐさま顔を正面に向けると、スラスターを点火してカタパルトから発進してしまう。
轟音を轟かせて屋外に出て行くブレイズブレードの後姿を眺めながら、千冬は珍しく項垂れて呟く。
「………済まない。こんな時に、なんと上手く言葉をかけてやったらよかったのか判らなかった」
「千冬………」
「やはり、私は教師失格だ………人に教え導くことなど、端から………」
項垂れて自分を卑下し始める千冬であったが、そんな彼女の鼻先をカールはデコピンで弾くのだった。
「痛ッ」
「そんな簡単に教え子の事を投げ出そうとする事の方が、よっぽど教師失格だよ千冬」
「………カール」
「模擬戦を止めることは叶わなかった。だったらこの決着がどのようになろうとも、我々は最後まで見届けてやる。もし最悪の事態になりそうなら、全力でそれを阻止する………それでいいんじゃないかな?」
「そうだ………そうだな。済まなかったカール」
年齢にすれば10歳近く年上のカールのその言葉を聞いた千冬は、自分の弱気を悔いて、いつもの口調を取り戻すのだった。
「来た………」
ラファール・ヴィエルジェを纏ったシャルが上空でホバーリングを続ける中、相手側のピットから白い全身装甲(フルスキン)のISが飛び出してくる。
ブレイズブレードを纏った陽太はすぐさまシャルの5m前に飛来すると、彼女に向かって実戦さながらの闘気をぶつけながら問いかける。
「それがお前のISか?」
「そうだよ。ヨウタを倒すことも出来るIS『ラファール・ヴィエルジェ』だよ」
右手に複合型65口径アサルトカノン『ハウリング』と、左腕にEシールド内蔵型マルチシールドを携えたシャルのISを注意深げに眺める陽太は、すぐに興味が失せたかのような声でシャルをまたしても挑発した。
「『ラファール・ヴィエルジェ(疾風の乙女)』か………まあ、そんなことよりも、今ならまだ間に合うぞ? 降参するなら…」
「くどいって言ったよねヨウタ? そんなに私に負けるのが怖いの?」
「……………」
もうこうなってくると、自分の言葉を頑なに拒絶すると感じて、無傷で済ませようという気持ちが大分萎え、陽太はフルフェイスのマスク越しにシャルを睨みつけながら、一言、鋭く言い放つ。
「………後悔するなよ」
「そっちこそ」
お互いの気合が臨界点に達したとき、模擬戦開始の知らせを告げるブザーが鳴り響く。
『それでは両者、規定の位置まで移動してください』
どうやらアリーナの審判役は真耶のようである。彼女のアナウンスに施され、競技時の開始距離、5mにお互いが間合いを開く。そして………。
『それでは両者、試合を開始してください!』
ビーッ!と鳴り響くブザー。それが切れると同時に両者が動いた。
教科書通り、両者スラスターを急点火させて、横旋回の『巴戦』という互いに互いの背後を取ろうとする高速旋回を両者繰り出す。PICによって耐Gはほとんど感じられないが、それでも高速機動中に無理な旋回をすれば負傷、下手をすれば骨折することすらもある中で、陽太は出来る限り早期に決着を着けようと、脚部のサブスラスターを点火し、機動をより内側に急激に捻じ込み、見事シャルの背後を取る。
「終わりだ」
両手に愛用のヴォルケーノを呼び出し、背後からスラスターをピンポイントで撃ち抜きにかかる陽太。どのような機能があろうとも、メインスラスターを失ったISは空戦はできない。空中で機動力を失えば、その瞬間ISはただの的と化すのだ。地上に足を着けて戦う以外の選択肢はない。そして古今東西、頭上を取られれば戦術的に圧倒的な不利になる。シャルに力量の差を教えて改めて降参を勧告しようと考えた陽太は銃口をヴィエルジェのメインスラスターへと向け、発砲する。
―――だが、その瞬間、背後のリアクターを分離させ、重心を変化させたシャルが急上昇する―――
「なっ!?」
あまりの予想外の動きで攻撃を回避され、驚愕する陽太であったが、そこへ更にシャルロットは追い討ちをかける。
「驚くのはこれからだよ、ヨウタ!!」
分離させたリアクターから翼が生え、なんと自立稼動して高速飛行しだす。更にシャルは振り返りざまに、複合型65口径アサルトカノン『ハウリング』で銃撃を仕掛ける。
対オーガコア用の特殊弾頭を使用したアサルトカノンは、正確な弾道でブレイズブレードに迫るが、その銃撃を瞬時に回避した陽太が、シャルに向かって銃口を構え直す。どうやら今度は武装狙いのようだ。距離は50m少々、陽太の腕前ならば銃口だけ射抜くことも出来るだろう。
「!!」
だが、そこに下方向から緑色の荷電粒子ビームが放たれ、とっさに銃撃を取りやめてその攻撃を回避する陽太。どこのどいつが援護射撃しやがった!? と内心舌打ちするが、それがすぐさま間違いであったと気がつく。
見れば、先ほど切り離されたリアクターの前部に2門搭載されているビームキャノンからの砲撃であり、更に連射しながら陽太に向かって突撃してくる。
自立稼動兵装「ディスタン」は、セシリアのBTとは別系統の自立稼動兵器であり、本体であるヴィエルジェから分離させてもマニュアルでのコントロールができ、また高度な自立AIを搭載しているためにオートで運用することもできる優れた兵器なのだ。
そして今度は、前部のビームキャノンだけではなく、ビーム砲横に左右三門づつ内蔵されている実弾の機関砲をビームキャノンと共に連射し、陽太の動きを封じ込めにかかる。しかも更に別方向からシャルのアサルトカノンが火を噴き、一対一での決闘のはずが、事実上の一対二の戦いを展開しだす。
「器用なこったな、オイ!」
「お褒めに預かりどうも!!」
左右から挟みこまれながら、その攻撃をギリギリの位置で回避する陽太の動きを見て、現状は有利に試合を進めているシャルは内心では焦りだす。
「(もうこっちの動きに対応してきた………)」
パッと見、陽太の方が押されているようにも見えるが、シャルの攻撃は未だ一撃も掠っていない。それはつまり、まだ陽太には余裕があり、そして時間をかければかけるほど陽太はシャルの動きを見切れる能力を有しているということになる。
これ以上続けても、恐らく陽太には通用しない。冷静にそう判断したシャルは、出し惜しみ無しに、ヴィエルジェの『最大の特徴(切り札)』を切ることを決意し、ディスタンを呼び戻してドッキングし、地上に向かって急降下を開始する。
「(なんだ? 何が狙いだ?)」
シャルの意図する行動の真意が掴めないまでも、留まっていても仕方ないと判断して、陽太はシャルの後を追いかける。
「よし!」
目論見どおり陽太が追いかけてきてくれた事を嬉しく思い、小さく左手でガッツポーズを取ったシャルは、アリーナ内部の地面スレスレを高速で飛行しながら、突如振り返る。
「!?」
振り返りざまにシャルが左手で何かを投げたことを見た陽太は、すぐさま銃口を構えて発砲する。
「ナイスショット!」
「ゲッ!」
シャルが投げた『それ』を正確に射抜く陽太であったが、次の瞬間、『それ』が爆発し、黒い煙幕をアリーナ内部に発生させてしまうのだった。
手持ち式の煙幕弾(グレネード)だったのだと理解した陽太は、自分がまるで素人のような失敗を犯してしまったことを内心毒づく。
「(舞い上がってたのか!? それとも焦ったのか!?)」
何なのかも理解せずに攻撃して視界を奪われるなど、普段の自分ならば絶対に犯さないミスだと思い、予想以上に自分自身が動揺していたことを否定するように首を横に振る。
「(主導権は渡さない!)」
普段の自分を取り戻すため、陽太は素早くシャルの位置をハイパーセンサーで索的する。現状10時の方向、距離60m。ブレイズブレードのハイパーセンサーを信じて黒い煙幕から飛び出す陽太であったが、そんな彼を待ち構えていたシャルのヴィエルジェの姿に、陽太は今度こそ声に出して驚愕してしまう。
先ほどまでは、確かに背部のリアアーマーには自立稼動兵器のディスタンがあったはずなのに、今はどうだ?
―――左右に一門づつ搭載された25mmパルスレーザーガトリング―――
―――強力な威力を秘めているであろう30mm二連装ビームガン―――
―――両肩に追加アーマーのように設置されているのは、8連装ミサイルポットと、脚部にも4連装ミサイルポットが蓋を開いて発射体制に入る―――
そして両手に59口径重機関銃『デザート・フォックス』を持ったシャルは、全火器の安全装置(セフティ)を解除し、陽太に不敵な笑みを浮かべながら、告げる。
「ここからが、このラファール・ヴィエルジェの本領発揮だからね!」
「ちょ、おまっ!?」
シャルのその笑みを見た瞬間、陽太は突撃体制を解除して足の裏のサブスラスターを全開にして急制動をかけた。
「Fire(発射)!」
同時にシャルは全火力を目の前の陽太に向かって解き放つ!
レーザーの雨が、ビームの砲弾が、ミサイルの群れが、実弾の牙が、一斉に陽太に襲い掛かり………。
「ッ!?」
………アリーナ内部で凄まじい粉塵を撒き散らしながら大爆発を起こした。
そしてその様子を、アリーナの観客席で眺めていた一夏達は思わずガッツポーズを取る。
一夏と鈴は一斉掃射を食らった陽太のシールドエネルギーのゲージがゼロになったと確信したのだ。
「よしっ!」
「避けれっこないわ! これで決まりね!!」
二日前から自分達と共に陽太の動きを研究し、寝食を惜しんでも訓練に励んだシャルの姿を知る一夏達にとって、食堂での陽太の発言は我慢ならない物であった。
―――継続する努力は必ず才能を超えれる―――
いくら天才的な操縦技術を持つ陽太といえども、何の準備もしない、才能に胡坐をかいた状態で油断をしていれば、隙もつける。一夏達はそう信じてシャルの勝利を願っていたのだ。
「それにしても………シャルロットさんのあのIS、なんとも凄まじいですわね」
「ああ、まさか机上の空論と言われていた、『リアルタイムでのパッケージ(換装装備)の瞬間換装』を実装したISとは……」
同じ欧州組であるセシリアとラウラにしてみれば、なんとも複雑な心境ではあるが、統合防衛計画(イグニションプラン)の最有力場と目されているラファール・ヴィエルジェの性能の凄さは、素直に認めざるえない。
ISとしての基本性能の高さに、莫大なバススロット(拡張領域)を持つことで、先ほどラウラが言った、リアルタイムでパッケージ(換装装備)を瞬時に変化させられるという特殊機能を実戦レベルで搭載することに成功し、如何なる局面にでも対応できる汎用性、複数の戦術を取れる柔軟性、兵器としての信頼性………まさに第三世代でも傑作機と呼べるISなのだ。これは、圧倒的な性能の高さを獲得したが、陽太という『天才』が乗ることを前提条件にしてしまったがために、他の操縦者では能力が引き出せないブレイズブレードとは真逆の結果であり、陽太のISが『第三世代最強機』ならば、シャルのISは『第三世代最良機』という見方もできる。
だが、第三世代の傑作機同士が激突するアリーナにおいて、戦局はすでに次のステージに移行していることを、観客席のギャラリー達は知る由もなかった。
「……………」
空になったデザート・フォックスのマガジンを排出し、次のマガジンを銃身に装填するシャルは、モクモクと立ち込める粉塵を睨み付けながら、シャルは索敵を怠らない。今の攻撃で陽太を仕留め切れたという確信がシャルには得られなかったためだ。
「(いる………絶対に!)」
注意深く辺りを見回すシャル、その時、起動中のISの熱源を発見する。
「(距離70! 斜め上!?)」
背筋に悪寒が走ったシャルは足元のスラスターを全開してISを後退させる。と、同時に先ほどまでシャルがいた場所に複数の銃弾が叩き込まれ、地面を大きく抉り取ってしまう。
「ヨウタッ!」
「……………」
名前を呼ばれても返事をせず、アリーナの地面を高速でホバーリングするシャルに向かって、アリーナの外壁の頂上から淡々と銃弾を叩き込み続ける陽太の姿を見た一夏は、どうやって陽太があのタイミングで攻撃を回避したのか理解できず、呆然となりながら呟く。
「どうやって………回避したんだよ?」
「………PICをフル稼働させて慣性を殺したな」
そんな一夏の疑念に答えたのは、アリーナの観客席に下りてきた千冬であった。
「PICをマニュアルでフル稼働させ、前方にかかっていた運動慣性を瞬時にゼロにし、左腕の楯に内蔵されているワイヤーをアリーナの外壁に打ち込んで、デュノアの砲撃から逃れたんだ」
「あ、あの一瞬でですか!?」
陽太があの瞬間で行った動作を的確に説明する千冬に、ラウラが信じられないといった表情で疑問をぶつける。そんなラウラに無言でうなづくことで返事をした千冬は、一夏の隣に立つと、アリーナの方を見ながら彼に話しかける。
「一夏………お前はこの戦いをよく見ておけ」
「?」
「理不尽に感じるかもしれない。自分の努力が否定されているような屈辱を覚えるかもしれない。だが、よく見ておけ…………時に戦場には存在するのだ……………戦域全てを統べるような、『戦いの申し子』とも言うべき存在がな……」
ひたすらシャルは低空をホバーリングし続け、時にデザート・フォックスで反撃しようとするが、陽太の正確無比の弾丸は銃身を構えようとした瞬間をまるで見抜いているかのように自分の足元に撃ち込まれ、反撃の態勢を取らしてもらえないでいた。それにこのパッケージ『ワイルドウィーゼル』は砲撃に特化させたパッケージであるために、空中機動力は無いに等しい。
このままではジリ貧が確定する。そう感じ取ったシャルは、次なるワイルドウィーゼルを強制排出し、次なるパッケージを用意する。
「コール! ル・シャスール!!」
ワイルドウィーゼルが強制排出され、砲撃ユニットを失くし、身軽になったヴィエルジェがその場をジャンプする同時に、何も無かったリアアーマーに四基の高出力可変イオンブースターを装備し、両手のデザート・フォックスの代わりに、39口径マシンピストルを二挺持ち、今まではケタ違いの運動性能を発揮して、アリーナの外壁の頂点にいる陽太に迫る。
「……………」
だが、シャルが新たなるパッケージを装備したにもかかわらず、先ほどとは違い、然したる動揺も見せない陽太は、外壁をジャンプして、上空に向かって飛び立つ。
「ヨウタァァァッ!!」
その背後を追うシャルを引っ張りながら、上空1000m付近まで一気に上昇したブレイズブレードは急速反転し、今度は銃弾を撃ちながらシャルに迫る。
「クッ!」
推力任せに機動を捻じ曲げるが、反動で体中が軋むのを感じ取るシャルであったが、止まってしまってはその瞬間、勝負が決まると思い、陽太と超高速でのドッグファイトを展開する。
ヴォルケーノの銃弾をブースターの馬力で何とか避けるシャル。彼女もIS操縦者としての訓練を積んではいるが、これほどの速度での空中機動などはほとんど経験したことが無い。
ヴォルケーノとマシンピストルの銃弾が飛び交い、大空の中を自在に飛び交うブレイズブレードとラファール・ヴィエルジェ。
ル・シャスール(狩人)と呼ばれたこの空中機動ユニットは、空中戦で帝王の如く振舞うブレイズブレードと互角の機動力を得られるのだが、シャル自身の能力がこの速度域に到達出来ず、二機がドッグファイトを開始して一分で、彼女に限界が近づいてくる。
「(息が………続かない! 視界が……歪む!)」
圧倒的な速度にPICのフォローが追いつかず、無茶苦茶な機動のために空間失調症に陥りそうになりがら、それを根性で耐えるシャルに向かって、今度は陽太が突撃を仕掛ける。
完全に予想外のその動きに、避けることができなかったシャルは、何とかシールドでブレイズブレードの肩からのタックルを受け止めながらも、地面に向かって陽太と共に高速落下してしまう。
「きゃああああああああっ!!!」
「……………」
グングンと地面が迫る。このままでは地面に激突した衝撃でシールドエネルギーをかなり削られてしまう。いや、それ以上に衝撃で動けなくなってしまえば、陽太の銃撃が避けれなくなってしまう。そうすれば絶対防御を発動させられて、勝負が決まってしまうでないか。
「くっ! うあああああああっ!!」
腹の底から叫びながら、シャルはブレイズブレードを押し返しながらイオンブースターを全開にして何とか落下軌道から逃れようとした。
「……………」
「えっ!?」
だが、それこそが陽太の罠だったとシャルは気がつく。
シャルが陽太を押し返そうとしてイオンブースターを全開にした瞬間、陽太はシャルから自分から離れて楯を蹴り飛ばし、バランスを崩したシャルに向かって、銃弾を二発撃ち込む。
「しまっ・」
その銃弾は正確にイオンブースターを二基撃ち抜き、落下軌道から逃れようと推力を全開にしていたため、空中でのバランスを崩してしまい、錐揉み上に回転しながら、シャルは地面の上を転がりながらアリーナの壁に激突してしまったのだ。
「カハッ!」
シールドバリアによって大惨事になることはなかったが、それでも衝撃の全てを相殺することはできず、肺の中にあった空気を根こそぎ排出し、シャルは地面に倒れこんでしまう。
「シャル!!」
「ウソッ!」
「シャルッ!?」
「シャルロットさん!?」
その様子を信じられないといった表情で見る対オーガコア部隊のメンバー達。あれほど試合を優位に進めていたはずにも関わらず、ほんの数分足らずで試合をひっくり返してしまった陽太の戦闘力に驚愕し、そしてあんなに必死に努力していたシャルが届かなかったことが悔しさになって込み上げてくる。
「………ちきしょ…」
項垂れながら、そんな言葉を呟く一夏であったが、その時、周囲から驚きの声が上がり、何事かと思って一夏が顔を上げると、そこには………。
「……ま、まだ………まだだよ」
「…………」
壁を伝いながらなんとか立ちあがるシャルの姿があった。
シャルが立ち上がる姿を見た陽太は、ゆっくりと地面に降り立つと、特に構えることも無くシャルに向かって歩き出す。
「もう寄せ。これ以上しても時間の無駄だ」
陽太の中ではすでのこの勝負は終わっている。彼女の機体の特性に驚いたのは事実だが、だがそれだけだ。この勝負を決める決定打としては、いささか力不足だった。
「お前の機体特性は把握した。瞬時にパッケージを換装しての汎用機………束が作った割にはまともな設計だったな」
「まだ………まだって言ってるでしょう……」
腰に標準装備されているレーザーソードを抜いて、動かぬ体を無理やり動かして陽太に斬り込むシャル。
「だが、最大の失敗はやはり………操縦者がお前だったことだ、シャル」
「!!」
その光刃を左腕の楯で受け止め、火花が散る中で陽太は更に語る。
「器用さは大した物だが、『それだけ』だ。他の奴等に比べれば目立った能力が無い。怖くないんだよ………お前は」
左腕を薙ぎ払い、シャルごと跳ね飛ばした陽太は、地面に蹲っている幼馴染に哀れみを持って最後通告をした。
「終わりにしよう。お前はやっぱり戦場に出るべきじゃない。出る資格も無い………降参しろ、シャル」
「う、うわああああああっ!!!」
それでもシャルは降参は認められないと、しゃにむにレーザーソードで斬り込んでくる。それをもう防ぐ事もせず紙一重で簡単にいなす陽太は、シャルに内心怒りを感じて、拳を握り締める。
「………お前は…」
「私は………負けない!」
「なんで………!!」
シャルが刃を振りかぶる。
陽太が拳を握り締める。
「………解れよ!!」
腹の底から滲み出るような声で叫んだ陽太は、超短距離瞬時加速(ショート・イッグニッション・ステップ)という高等技術を駆使し、シャルが斬りこんできた瞬間、彼女も彼女のISのセンサーも感知するよりも早く側面に回りこんで、シャルの顎先数ミリのピンポイントを、超高速のストレートで射抜く。
―――一夏達の目の前で、まるで糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちるシャル―――
意識の死角ともいえる場所からの、顎先の数ミリに衝撃を受け、脳内をピンポイントを揺らされたシャルの視界が闇一色に染まってしまう。
「……………」
アリーナの観客席よりも上、通用口付近で壁に持たれながらその様子を見ていた箒は、崩れ落ちたシャルを、そしてそんな彼女を冷たく見下ろしている陽太の姿が、哀れに思えてならなかった。
「(お互いに想いあっているのに………戦いあっている)」
生徒の中で、シャルを除いて最も陽太の心境を理解していたのは箒であった。
それは同じように人付き合いが苦手な性分であったためか、それとも、自ら戦士であると戒めた者同士のシンパシーであったのか、安寧や平和とは無縁の世界をどうあってもシャルに戦わせたくなかった陽太の気持ちも、そんな陽太だからこそ共にいたいと願ったシャルの気持ちも、彼女には痛いほど伝わってきた。
「(シャル………もう立つな………千冬さん、早く止めてください)」
これ以上、シャルが傷付くこともないし、陽太がシャルを傷付けるべきでもないと思った箒は、試合終了の合図を千冬が出すことが一番だと思い、心の中で呟いた時、観客席で湧き上がった歓声に驚いてアリーナを見た。
―――ボロボロの状態で、尚も立ち上がるシャル―――
「馬鹿なッ!!」
近接戦闘に秀で、人体の構造も教え込まれている箒にしてみれば信じられない光景である。如何に高いモチベーションを持とうとも、意識の死角から急所目掛けて放たれた攻撃など根性で耐えられようもあるまい。
だがこの状況で箒よりも、千冬よりも、一夏達よりもこの状況が信じられない者がいた。
「………シャ、シャル…」
完全に勝負が決まった一撃だと確信していたにも拘らず、立ち上がってきたシャルを信じられないといった表情で見つめる陽太は、何が彼女をそこまで突き動かしているのか、理解できないでいたのだ。
「も………もう……いいだろうが!!」
その為なのだろうか………陽太は圧倒的有利であるものの、逆に追い詰められているかのような声でシャルにこれ以上『戦うな』と叫ぶ。
「もう寝てろ! 戦うな、シャル!」
「………イヤ……だ」
陽太の言葉をきっぱり断ったシャルは、リアアーマーを再びディスタンに戻すと、フラフラと歩き出す。シャルが一歩近づく度に、シャルから一歩後ずさる陽太。
「私は………戦うよ…」
「なんでだっ! お前は戦いとは関係ないだろうが!!」
それは陽太の魂からの叫びだった………。
空の上から何度も見ていた、地上の花。
空の上では決して咲かないもの。
強い者しか生きることを許さない、シンプルでどこまでも無慈悲な空の上では、決して咲かない心温かなもの………。
だから、そんな彼女(地上の花)が、血で濡れるのが怖くて怖くて堪らないのだ………。
「決まってる………じゃない」
シャルは右手に62口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を持つと、前屈みの体勢を取りながら、目の前で動揺している陽太に、静かに微笑みながら告げる。
「私が………決めたんだ。もう陽太一人には戦わせないって……」
「!!」
そしてシャルは残りの全エネルギーをこの場で使い果たすこと覚悟で、スラスターを全開にして陽太に迫る。
「あっ………」
シャルの言葉を聴いたため、動揺して初動が遅れた陽太がヴォルケーノを構えようとするが、彼が銃口を向けるよりも早く、シャルのショットガン『レイン・オブ・サタディ』の弾丸が、ヴォルケーノを弾き飛ばす。
「チッ!」
「(このチャンスに全てを賭ける!)」
端から勝機の薄いこの勝負、寧ろこの状態こそが最大のチャンスであり、ここを外せば後は無い。それを覚悟したシャルが、リアアーマーに装備されていたディスタンを陽太に向かって解き放つ。
「!?」
シャルの背後から射出されたディスタンは、ロケット弾のように陽太に迫るが、あまりのその長大さのために陽太はその場から跳躍することでディスタンを回避してしまう。
―――だがそこで待ち受ける、圧縮空気の音と、自分の目の前まで迫ったシャルの姿―――
「これで、最後っ!!」
「!!!」
シャルがディスタンを先に向かわせたのは、攻撃のためではなく視界を防いで自分の姿を隠すためだと陽太が気がついた時、すでにシャルは陽太を持ってしても回避不可能な距離まで迫っていた。
「届いて!!」
そして彼女は残された最後の切り札、左腕のEシールド内蔵型マルチシールドを解き放ち、その内側に内蔵されていた80口径リボルビングパイルバンカー『ネメシス』を振りかざし、陽太にその想いのありったけを叩き込もうとする。
―――攻撃回避不可能、体を捻っても直撃は避けられない、防御するにはパイルの口径がデカすぎる―――
ドクンッ!
最初に嫌な予感を得たのは、やはり学園で最も長くIS戦闘を見続けてきている千冬だった。
箒が試合終了を内心願うまでもなく、陽太のストレートを食らった時点で彼女もシャルが戦闘不能になったと思い込み、陽太とシャルの二人に詫びる気持ちで一杯になりがら試合終了のアナウンスをするように真耶に連絡を取りかけたときであった。
シャルが立ち上がったのだ。これには千冬も驚愕せずに入られなかった。
根性だけではどうすることもできない攻撃を受けながら、それでも立ち上がった彼女を、千冬は泣きそうになりながら見つめた。
「(デュノア………お前はそんなにも陽太の事を想っててくれていたのか………)」
陽太の師として、彼にIS操縦と戦闘術を教え込み、だがそれゆえに段々と世間から遠ざかっていた、オーガコアと戦うたびに、戦いに嫌悪しながらも戦いに高揚する自分に矛盾を感じていた、そんな陽太の姿を見ながらも、助けることが出来ずにいた不甲斐無い自分とは違い、まっすぐに彼を想うことで救おうとするシャルの姿に、彼女は年下ということも生徒ということも忘れて敬意すらも覚えた。
だからそれゆえに、彼女が最後の攻撃に出た瞬間、嫌な予感が襲い掛かる。
「!!」
陽太が明らかにシャルの姿に動揺していること。そして彼女の攻撃がこのままだと確実に陽太にヒットすること。そのことがいち早く理解できたがためであった………。
「止せッ!! 陽太ァッ!!!」
一夏達が驚いて振り返るのも気にせず、中の二人に向かって叫んだのは………。
そしてその声を聞いて、真っ先に動いたのは、観客席にいた一夏達ではなく、通用口にいた箒だった。
「!!」
シャルが最後の攻撃を仕掛けた時点で、彼女は何故かその攻撃が失敗に終わることを確信していた。理由は特にない。敢えて言うのであれば、一流の操縦者のみが持つ『勘』であろうか………そしてそれゆえに箒は思い立つ。
―――追い詰められた虎は、大人しく死にはしない―――
陽太という虎が、このまま大人しく攻撃を食らうことなどはない。
ならばどうするのか?
「止せ、火鳥ッ!!」
箒は瞬時に自分のISである紅椿を展開し、アリーナでの戦闘時、観客席を保護するために展開しているバリアーに向かって、主力武器である空裂と雨月の二本を放り投げる。と同時に、背部のビットを切り離した。
―――そして放り投げられた二本の刀とビットが瞬時に合体し、全長10mの巨大な剣と化す―――
突然観客席から出現した全長10mの巨大斬艦刀に驚く一夏達を尻目に、箒はその巨大な刃の柄の部分を蹴りながら紅椿のスラスターを全開にし、アリーナのバリアに激突させたのだ。
―――甲高い音を上げて砕けるバリア―――
そして、箒がアリーナの内部に飛び込んだ瞬間、目の前で最悪の結末が起こる。
精神的にも追い詰められ、逃げ場所を失ってしまった陽太は、真っ白になりながらも、それでも動いてしまった。
それは天性のセンスを持つ者ゆえの、凡人には計り知れない動きだったのかもしれない………並の操縦者ならば起こさなかった悲劇とも言えた。
「フェニックス………ファイブレード!」
目の前に迫るシャルに向かって、陽太は無意識に最速の動きでフレイムソードを取り出すと、パイルバンカーを構えて迫るシャルを『本気』で迎撃してしまう。
―――シャルの視界を焼き尽くす、烈火の不死鳥―――
シャルの、箒の、千冬の、一夏の、鈴の、セシリアの、ラウラの、時間がそこで停止した………。
☆
「シャルッ! シャル!!!」
間一髪、壁に激突する寸前にシャルを受け止めた箒の声を聞いた陽太は、ようやく我を取り戻す。
「(ナンダ、コレ………)」
炎の残滓、気を失っているシャル、そして突然振り出した雨………。
何もかもが悪い夢のように思えながら、それでも自分の手に持ったフレイムソードが、今が現実であると告げるのだ。
「(オレハ………ナニヲシタ?)」
自分はたった今シャルを殺そうとしたのか?
信じたくない気持ちで一杯になって棒立ちとなっている陽太であったが、その時、そんな彼に向かって、怒りに燃える白い騎士が白い刃を振りかざして迫ってきたのだ。
「ヨウタァァァァァァァァァァァッ!!!」
仲間が、千冬が、箒が、一夏を静止する声をあげる中………。
―――アリーナに、雨音に混じった鈍い金属音が響き渡る―――
・シャルロットさんの敗因
「頑張り過ぎたこと」w
健気に陽太を思ってなんとしても勝とうとしたことが、よもやこのような結末を迎えるとは………。
シャルさんのISですが、実はまだ出していないだけで、どんどんで増やしていこうと思います。よろしかったら、感想にでも何か良いのを思いつかれた書いてください。
さて、次回は驚愕の幕切れにゆれる対オーガコア部隊!
ブチキレた一夏は?
それを見たセシリア達は?
自分の力量に悩む千冬は?
両者を思う箒は?
そして、ついぞ勝利できなかったシャルと、そんなシャルを本気で殺しかけたヨウタの行く末は?
次回もご期待ください