IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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さてさてメインヒロイン回第二段!?

そして陽太の久々の「困ったスキル」が発動します!!


シャルロットの気持ち

 

 

 

 

 コンコンッ

 

「では、皆さん、静粛にっ!」

 

 丸めた教科書で教壇を叩いたのは、常に眠たそうなゆるゆるの笑顔と雰囲気を全身から発し、だぶだぶの制服を羽織、余った袖をまくることもしないで着こなしている少女『布仏 本音 (のほとけ ほんね)』こと通称『のほほん』は、黒板に書かれた議題について、まるで裁判長のごとき振る舞いで進行を務める。

 

「では、皆さん! 『よーよーの女の子泣かせ事件』についての審議を執り行います~~、皆さん、宜しいですか~?」

「一から十まで、何一つよろしゅーないわ!!」

 

 椅子に括り付けられながら抗議の声を上げる陽太と、女子生徒達からハンカチを渡されながら丁重に慰められるシャルロットという対比であったが、のほほんは一瞬だけ陽太の方を笑顔で見ると………。

 

「では審議に入りま~す」

「だから無視すんなっ!!」

「判決! よーよーは『クラスの女子全員に一ヶ月の間三食デザートを無料奉仕する』の刑とします~!」

「「「「マンセー!」」」

「「「「よっ、大岡裁判!!」」」」

「審議してないだろうが!! そしてなんで関係ないお前等に無料奉仕せんといかんのだ!?」

「静粛に! よーよーは女の子を泣かした大犯罪者なんだよ~!」

「「「「そうよ、そうよ!」」」」

「「「「連帯責任で私達に無料奉仕するのは当然でしょう!?」」」」

 

 意味のわからない連帯責任問題に対して『違憲立法だ! 断固抗議する!!』と騒ぎ立てる陽太であったが、クラス中の女子生徒が一斉に鋭い目線を陽太にぶつけて、珍しく気圧されてしまう。

 

「火鳥君って、最初は怖い人かと思ってたけど、ひょっとしてヘタレさんじゃないの?」

 サクッ

「そうそう。ISに乗って戦ってる時って、結構イケメンかもって思うけど、日常だと織斑先生に叱れてばっかりだよね?」

 サクサクッ

「後、よく授業サボろうとするよね? でも補習の常習犯だし」

 サクサクサクッ

「この間、実力テストで一人だけ『字が汚すぎて採点出来なかった』って真耶ちゃんに言われてたし」

 サクサクサクサクッ

「そういえば教官から渡された漢字ドリルはもう全部済ませたのか!?」

「へっ? 漢字ドリルって!?」

「うむ。教官が「火鳥の日本語書き取り能力が小学生レベル」だと嘆かれ、とりあえず小5レベルの物を渡されたハズなのだが………」

「ああ、あれってそうだったのか? この間、寮の部屋で長い間机と睨めっこしてたから何なのかと思って聞いてみたら、突然『お前、やってみろ!?』とか言われたからしたけど………」

「うわ、それほんと織斑君?」

「サイテェ………」

 サクサクサクサクサクッ

「そういえば未だにお箸使えないよね」

「三日で匙投げて『俺のスピリットを理解するのはこの二本は柔らかすぎる』とか言ってスプーン使ってるし」

 サクサクサクサクサクサクッ

「わたくし、下着見られた上にむ、むむ胸を触られましたわ!!」

「えっ!? それ初耳」

「………胸のことで私もセクハラなこと言われたぞ」

「篠ノ之さんも!?」

「ヘタレでセクハラだなんて………」

 

 女子生徒達からの情け容赦ないコメントを散々言われた陽太であったが、だがここでようやく彼は反省………。

 

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーよっ!! 超ーーーーーーーーーーーーうるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーよぉぉぉっ!!!! さっきから聞いてりゃどいつもこいつも好き放題言いやがって!!」

「うわ、逆ギレだ!!」

 

 ………なんて当然するわけもなく、椅子に括られたままの状態で勢いよく起き上がった陽太であったが、一月前の入学当時ならいざ知らず、今の彼を知る者には如何ほどの恐怖も与えれずにいた………彼は口調ほど乱暴ではなく、意外に理知的でおいそれと暴力を振るわない(一夏を除いて)ということがクラスにも知られたためで、それはある種の親しみを持たれ出していると、まだこの時の陽太は理解できずにいたが………。

 

 だが、一夏が後ろからしがみ付いてブレーキをかけられている陽太と、クラスの女生徒達の間で激しい口論がなされる中、しばしそれを呆然と眺めていたシャルはだんだんとその様子が可笑しくおもわずクスリと笑ってしまうのだった。

 

「どうした?」

「あ、いえ………すみません」

 

 隣に立っていた箒が、妙に目の前の様子を面白そうにしているシャルに質問を投げかけてみる。

 

「えっと………」

「篠ノ之箒だ」

「篠ノ之?」

 

 一瞬だけ視線が刃のように鋭くなるシャルの変化にたじろぐ箒であったが、すぐさま元の温厚そうな笑顔に戻ると、後ずさってしまった箒にフォローを入れた。

 

「あ、ごめんなさい篠ノ之さん。べ、別に篠ノ之さんを怯えさせるつもりなんてなかったんだけど………」

「そ、そうか?」

「うん………ただちょっと……一発の借りは返さないとなって…」

「???」

「ううん、こっちの話、こっちの話」

「まあ、なんだ………」

 

 コホンッと一度咳き込むと、箒は改めて目の前で小学生レベルの口論を繰り広げる陽太と女生徒達を眺めながら箒は話を続ける。

 

「先ほど、何を楽しそうに笑っていたんだ?」

「ん?………ヨウタが、こんなに楽しそうに学校に通ってるのが嬉しくて」

「楽し………そうなのか?」

 

 箒には、どうにも一方的に陽太が言葉で言いくるめられて地団駄を踏んでいるようにしか見えないのだが、どうやらシャルには違った様子で見えていたようだった。

 

「ヨウタってさ、昔からすごく人見知りする子で、それが原因で友達出来なくて………だから最初、IS学園に入学してるって聞いて凄く心配したんだ。ちゃんと友達出来てるかなって」

「………耳が痛い話だな」

「???」

「イヤ、なんでもない」

「でもね、逆に慣れれば人を惹きつけるタイプなんだ………だから、この学園の人達がヨウタのこと受け入れてくれてて、私、凄く嬉しかった」

「………デュノア……」

「あ、シャルでいいよ。篠ノ之さん」

「あ、いや、その………(まるで火鳥の保護者のようだぞ)」

 

 どうみても遠く離れてた息子か弟の成長を喜ぶ母か姉のような発言に、箒は先程とは違った意味で衝撃を受ける。だが、そんな箒を尻目にシャルはスッと立ち上がると、ニコニコと笑いながら陽太に近づく。

 

「バーーーカッ! バーーーカッ!!」

 

 舌を出しながら『あっかんべー』する陽太に、シャルはゆっくりと近寄ると、彼の斜め後ろに立ち止まって声をかける。

 

「ヨウタ?」

「んだよっ!! 今取り込み中だ!!」

「私ね、凄く嬉しい………ヨウタに友達が出来て」

「!!?」

 

 『友達』という単語に反応して素早く振り返った陽太は、必死な形相でシャルの理解は間違いであると言い始めた。

 

「友達!? こんな奴等友達じゃないやい!!」

「「「こんな奴等って何よぉー!?」」」

「綺麗にハモんな!!」

「もう、ホント昔から素直じゃないんだから………でもね、ヨウタ」

 

 ぬっと伸びた手が陽太の首根っこを掴んだかと思うと、椅子に括り付けられている状態の少年の足元が数センチ浮き上がる。

 

「………女性の下着見たり、胸触ったり、セクハラしたりってどういうことなのかな?」

 

 温厚な笑顔と温厚な目の色に、何故か背景から悪魔染みた黒いオーラが教室内を覆い尽くしていることに気がつき、彼は理解する。

 

 マズイ、これは非常にマズイ流れだと。

 

 すぐさま彼はこの状況を回避するための言い訳を考え出すが、上手い具合に言葉が出てこない。だがもしそこで諦めては、人生という名の試合が終了してしまう。有名なバスケの監督も言ってたじゃないか、諦めたらそこで試合終了だよと………。

 

「……………深度一万メートルよりも深い理由があるので、一言ではとても言い表せないのですが………あえて言い表すなら『事故』ということでして、ハイ…」

「うん、じゃあとりあえず二人っきりで話を聞いて、改めて頭冷やそうね………物理的に」

 

 やっぱり無理でした。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 生命の危険を感じて暴れる陽太の首根っこを掴み上げながら、モーゼのごとく体から発した空気だけで人垣を割ったシャルが教室から出て行く。しばし訪れる沈黙、そして………。

 

 ―――地響きを起こす打撃音、絹を引き裂くような悲鳴で叫ばれる少年の命乞い、辺りに舞う血飛沫、そして激しさを増す鉄槌の嵐―――

 

 その日の情景を後に織斑一夏はこう語った。『千冬姉が菩薩と思えるぐらいに酷かった』と………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 騒動が治まった後、二時間目の授業を行うために千冬と真耶が教室に戻ってきた時、彼女達が見たのは、いつも以上に静まり返った教室内と、その中で全員冷や汗を流しながらピクリとも動かずに着席し、一人ニコニコとしながら授業の開始を待つシャルロット・デュノアと、一夏の隣の席で血まみれになりながらアン〇ンマンのように顔面を腫らして、時折ピクピクと痙攣したまま失神している陽太の姿であった。

 そのあまりの悲惨さに言葉を失くしてしまう真耶であったが、もっとも隣でテキストを開いてさっさと授業を進めようとしている千冬は動揺など欠片もしていなかった。だが、テキストを開いた後、一度だけシャルの方を見ると………。

 

「気は済んだか?」

「ハイ!」

「そうか、では授業を始める」

 

 どうやら千冬の中では予定通りのことだったらしい。流石にこれには一夏も口にこそ出さなかったが心の中で『ヒデェ………』と言ってしまう。口には絶対に出さなかったが………。

 

 その後、午前中の授業はつつがなく行われる。特に転入したてにもかかわらず、シャルのIS関連への造詣と理解力は群を抜いており、教師である千冬や真耶からみても一月分の授業の遅れなどを気にする必要は全くなく、逆に前の方の席で相変わらず教科書と真耶が話して書いている内容とを必死に照らし合わせている一夏の方が明らかに授業に遅れていて、千冬の頭痛の種になっていた。

 

 そして、昼休み、対オーガコア部隊のメンバーと箒、そしてシャルロットという構成で集まり、楽しいランチタイムが開かれていた………もっとも、対オーガコア部隊の隊長だけは率先して逃げ出そうとしてシャルに拘束されてしまったが。

 

「今日だけで、俺は一生分の不運な目にあったぞ!!」

「不運と言うよりも、身から出た錆だよヨウタ?」

「なんだとっ!?」

「なんだよっ!?」

 

 焼きそばパンを頬張りながら愚痴る陽太と、同じくサンドイッチを食していたシャルが互いに睨み合うが、十数秒後、ヨウタが根負けする形で視線をずらしてしまう。午前中の件のおかげか、精神的にすでにへし折られている模様である。そんな今まではあり得なかった光景に、鈴が実に面白そうに二人の関係を茶化しに入った。

 

「へぇ~~、アンタってこの子に弱いんだ~?」

 

 鈴が面白そうに陽太の頬っぺたをぐりぐりしながらからかうと、少年の額にピシリッ!と音を立てて青筋が奔る。

 

「…………」

「沈黙は肯定って受け取るわよ~?」

「黙れ、メイド・イン・チャイナ・イズ・ZE☆PE☆KI☆!」

 

 その台詞を聞いた瞬間、今度は鈴の額にピシリッ!と音を立てて青筋が走る。

 

「ほ、ほほほほほほう? わ、わわわわたしのこと言ってるのかな?」

「お前以外に誰が………いたな、ドイツ」

「??? 何の話だ?」

 

 この手の話題が相変わらず苦手なラウラは、カロリーメイトを食べながら子リスのような仕草で頭をかしげた。

 

「アンタ、乙女のトップシークレットに触れて生きて帰れると思っての!?」

「上等じゃ発育不良!! ボコッてふとももに『私デブ専で~す(はーと)』って掘り込むぞ!!」

 

 一触即発の状態で立ち上がる両者であったが、三度そんな状況にシャルの厳しい目線が陽太の視界に割り込んでくる。

 

「ヨウタ………」

「なんだぉ!? 何でも俺が悪いって言うつもりかよ!!」

 

 大声で怒鳴りあげるとそのまま地面に不貞寝して一言も話さなくなる陽太、今の彼に出来るシャルに対しての精一杯の抵抗である。

 そんな陽太よりも鈴の興味は俄然シャルの方に向けられ、シャルにしても鈴に対して好意的な姿勢で握手を求めた。

 

「私の名前はシャルロット・デュノア。皆、呼び名はシャルでいいよ」

「私の名前は鳳 鈴音。鈴でいいわ!」

「じゃあ、俺は織斑一夏、一夏でいいぜ!」

「わたくしはセシリア・オルコットですわ!」

「ラウラ・ボーディヴィッヒだ」

「じゃあ、よろしくね鈴、一夏、セシリア、ラウラ!」

「ん! よろしくシャル」

 

 陽太ではありあえない速度で打ち解けあうシャルと鈴達であったが、鈴はシャルの苗字にとある心当たりを思い出す。

 

「ねえ、シャル………アンタさっき、デュノアって」

「ん? そうだよ。私のお父さんはデュノア社の社長なの」

「「「「!?」」」」

「??? デュノア社?」

 

 一夏だけがボケた返しをする中、四人の少女たちは目の前の少女が世界第三位のISメーカーの令嬢であることに強い衝撃を覚え、そしてある種の納得をする。どこかしらの気品を感じさせる立ち振る舞いに、IS関連の知識、確かに世界屈指のIS開発力を持つ大企業の令嬢ならば納得もできよう。しかも聞けばフランスの代表候補生だという。難しい編入試験を潜り抜けてきただけに、おそらくそれ相応のIS操縦技術も併せ持つと考えてもいい。

 だが皆がうんうんと頷く中、一人とある事実に気がつく少女がいた。

 

「(令嬢、代表候補生、金髪………ハッ! わたくしのポジションがっ!?)」

「? どうしたの? 虫歯?」

 

 隣でムンクのごとく顔で驚愕? の事実に揺れるセシリアに不審な表情になる鈴。イギリス貴族だからなのか、それとも彼女がセシリア・オルコットだからなのか、自分というパーソナリィティーに重大な障害が出ることには非常に敏感なってしまうようである………シャルには何一つ非はないが。

 

「(わたくしの………わたくし(ヒロイン)の座が奪われてしまう!!)」

「???」

 

 戦慄して慄いているセシリアがシャルを見つめる………が、脳内で一人勝手に盛り上がっているセシリアの視線の意味がシャルには伝わらなかった………当然である。

 

 色々と個性的なリアクションをしてくる一行を温かな目で見つめていたシャルであったが、ふと、ある重大な話を思い出し、その話を笑顔で切り出した。

 

「ヨウタッ! 私、お願いがあるんだ!!」

「………んだよ?」

 

 笑顔の彼女は不貞寝して寝転がっている陽太の方を向き直ると、表情を固くし、軽く軍隊調の敬礼をしながら、陽太に進言する。

 

「ヨウタ隊長! 私、シャルロット・デュノアは対オーガコア部隊に入隊したく、ヨウタ隊長に推薦を貰いたい所存です!」

「!?」

 

 シャルのその言葉に一瞬だけ肩を震わせた陽太。対して一夏達は一様に驚きの表情を浮かべながらシャルに問いかけてくる。

 

「シャ、シャル! それってどういうことなんだよ?」

「どうもこうも………私も一夏達の仲間になりたいって思ってるんだ」

「そんな、なりたいからなれます、って部隊じゃないのよ!?」

「その辺りは大丈夫だよ鈴………フランス政府からの推薦と、織斑先生にも推薦を貰ってるよ」

「教官から!?」

「そうだよラウラ。私の専用機は対オーガコア用の物だし、基礎訓練も済ませてるから、問題ないって………」

「で、でも、それならどうして陽太さんの推薦が必要なんですか?」

「その辺りは私もよく分からないんだけど………一応、ヨウタが『隊長』だからって……やっぱりセシリア達もヨウタの許可貰ったの?」

 

 顔に似合わない行動力で『国からの許可』『千冬の許可』『対オーガコア用IS』という入隊の条件を済ませているシャルに、皆が更に驚く。そして最後の問題である現場リーダーの陽太の許可を受けようとシャルは一歩前に乗り出して、再び陽太に問いかけた。

 

「ヨウタ! 私、頑張るから!」

 

 陽太から別れ、束からISを受け取って一ヶ月。寝食を惜しんで訓練に励んだのは他でもない、陽太の力になるためであったシャルにとって、ようやく努力が報われようとしている瞬間であったためか、声色が若干上がっていた。それだけ彼女が陽太の返事を待ち遠しく思っているのだ。

 

 ヌクリ、と立ち上がった陽太は無言のまま、昇降階段に向かうと、入り口の扉に手をやり、静かに答える。

 

「………ヨウタ?」

「そういうことなら俺の答えは一つだシャル………入隊は認めない。おとなしくフランスに帰れ」

「!?」

 

 陽太の予想外の返答に今度はシャルが驚愕する。

 

「人手は足りてる。お前がいても邪魔になるだけだ……………わかったなら、とっとと失せろ」

「オイ、陽太!?」

「アンタ、少しは言い方ってものがあるでしょう!!」

 

 陽太の厳しいを通り越した棘のある言葉に、シャルよりも周りにいた一夏と鈴が反発した。

 

「フランスからせっかく来たんだぞ!?」

「俺は頼んでない。寧ろ、うっとしいぐらいだ」

「それ、本気で言ってるの!!」

「ああ。頼んでもいないのに勝手にきて、勝手なことばっかりほざきやがる………迷惑なんだよ」

 

 ブチッという言葉が聞こえたかと思うと、一夏と鈴が勢いよく立ち上がって握り拳片手に陽太に殴りかかろうとするが、それをシャルが自ら静止する。

 

「ダメッ!? 一夏も鈴も止めてっ!!}

「止めんなよシャル!!」

「ちょっといくらなんでも………アンタがバカにされてんのよ!? 悔しくないの!?」

「それは…………ヨウタッ!!」

 

 シャルの言葉にも陽太は一切振り返らず、背中越しに彼女に言葉だけを一方的にぶつけた。

 

「話は以上だシャル。わかったならフランスに早く帰れ」

「………イヤだ。私は帰らないよ」

 

 そのシャルのはっきりと陽太の意見を跳ね除ける言葉に、陽太は珍しい苛立った表情と瞳でシャルを睨み付けながら言い放つ。

 

「ふざけんな、早く帰れ!」

「イヤだ」

「いい加減にしろよ………お前のバカ話にこれ以上付き合う気は、俺にはない」

「コッチには大有りだよ。それに私は真剣に話をしてるんだ。バカ呼ばわりしないで!」

「!!」

 

 苛立って扉を開くと、早足で潜り抜け、扉が壊れるかと思わんばかりの乱暴さで戸を叩き閉める陽太。そして豪快に閉められた音を残して階段を下りていく彼の後姿を見送りながら、シャルは項垂れて肩を落としてしまう。

 

「シャル………そんな落ち込むことないわよ」

「そうだ。いくらなんでもアイツのアレは横暴が過ぎる」

 

 鈴とラウラがすかさずフォローを入れるが、シャルの表情は晴れることは無い………。

 

「(わかってたことだ………陽太が素直に『うん』って言ってくれないことぐらい………)」

 

 ISを渡された時にも束に指摘されていただけに、シャルは思っていた以上の動揺はせずに陽太の対応を受け止めることができた。束の指摘どおりだったのが少々癇に障るが………。

 

「(でも絶対にあきらめない………)」

 

 陽太の力になってみせる。

 母にも父にも会社の皆にも我侭を通して、それでも頑張ってきたことを、簡単にあきらめるわけにはいかない。なによりもこのまま泣いて帰ろうとものなら、その皆に申し訳が立たないし、何よりも束が自分を嘲笑おう。それだけはシャル自身のプライドが許せるものではないのだ。

 

 彼女はもう一度、陽太が去っていった昇降口を見ると、意を決して立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 穏やか午後の日差しが差し込む、畳の上に千冬と真耶、そしてカールという学園教師三人が座りながら、カールが入れてきたコーヒーを飲みながらくつろいでいた。

 いつもならば、この時間、特に用事の無い場合はカールのいる保健室にいることが多い。これは無論、彼女の体調の関係上、もしものことが起こった場合真っ先に適切な処置ができる主治医のカールの目の届く場所にいるという意味が多いのだが、今日だけはその場所を保健室ではなく、IS学園にある武道場に移していたのだった。しかも何故かいつものスーツではなく、白いジャージ姿に手足に格闘用の教導の際に使用するグローブまで嵌めた状態である。

 

「あの織斑先生?」

「ん?」

「どうして今日に限って保健室ではなく、ここだったんですか?」

 

 コーヒーと一緒に食べようと持ってきたシュークリームを頬張りながら真耶が質問をする。それににこやかに答えたのは千冬ではなく、隣で足を広げてくつろいでいたカールであった。

 

「簡単だよ山田先生。私が言ったのさ………『保健室で暴れられてはたまらん』と」

「???………あの、お話が…」

「大丈夫。もうすぐ何の話なのか理解できるさ」

 

 穏やかで静かな空気が流れる武道場であったが、千冬が飲み干したカップをカールに手渡すと、静かに瞳を細めながら重い口を開く。

 

「………来た」

「ほう?」

 

 何が来たのか? 最初は理解できない真耶であったが、だんだんと荒い足音が道場に近づき、入り口の前で止まったかと思えば、勢い良く木製の戸を吹き飛ばして陽太が土足で上がり込んでくる。

 

「か、火鳥君!? 何事ですか!!」

「!!!」

 

 千冬の姿を見るなり、親の敵を見るような厳しい表情になりながら、鼻息荒く彼女に近づく陽太を止めようと真耶が駆け出そうとするが、それをカールが腕を掴んで静止してしまうのだった。

 

「カール先生!?」

「今、割って入るのは危険だ」

「ですが!?」

「大丈夫大丈夫………それに今回ばかりは、陽太君が勿論悪いんだが、私は彼の心情も理解できるんだ。男としてね」

「?」

 

 『男』という単語を強調したカールと、どういうことなのか未だに図りかねている真耶を尻目に、陽太は全身から戦闘モードで紅蓮の烈火の如き闘気を放ちながら千冬に近づくと、そのまま言葉は不要と言わんばかりに、彼女の顔面目掛けて拳を突き立てた。

 

「テメェッ!!」

「フンッ!!」

 

 千冬が陽太の拳を体を逸らしながら受け止めた時、ドスンッ! という、軽自動車が衝突したような音を立てながら、突き抜けた拳圧だけで武道場の壁が抉れ、小さなクレーターを形成する。

 

「どうして! アンタはっ!!」

「デュノアに私が推薦を出したことが、そんなに気に入らないか?」

 

 陽太の拳を受け止めた体勢のまま、千冬が彼の顎先目掛けて鞭がしなる様な前蹴りを放つ。手を無理やり引き剥がして回避する陽太であったが、先手の陽太同様、蹴りの衝撃で天井が抉れ、破片が四散するのを見て、千冬もどうやら今日は『その気』で反撃してくるものと感じ取る。

 

「どうせ何を言っても頭に血を昇らせた今のお前には無駄だろう。丁度いい、怠けた精神を叩き直すついでだ。お前が未だにどれ程の未熟者か身体の方に教え込んでやる」

「………ふざけんなっ!!」

 

 上から目線で語ってくるのはいつものことであるが、今日の陽太は殊更に千冬のこの態度が許しがたい。

 自分がシャルを守るためにこの学園にいるのにも関わらず、それを知っている上で部隊に編入させることを許可する………自分の本音を知るはずの千冬が行った、自分への手酷い裏切り行為を、陽太は看過できず、彼女の体調云々すらも忘れるほどに怒り狂って、千冬へと拳を突き立てる。

 

 拳と拳、蹴りと蹴り、肘と肘、膝と膝、それらが激突する度に空気を弾けさせ、一流のIS操縦者の真耶すらも目では追いつけないほどの超高速で交差させながら、目まぐるしい攻防を繰り広げる両者………所々両者の放つ桁違いの威力で壁や天井や畳が砕けて舞い上がる中、一転、陽太と千冬の肘が絡みながら両者が静止する。

 

「聞いたのか?」

「あんっ?」

「デュノアが何を思ってこの学園に来たのか、誰を想って戦いたいと言ったのか、お前は『聞いた』のか?」

「知るかっ!!」

 

 千冬を力任せに強引に弾き飛ばした陽太は、開いた間合いを利用して渾身のストレートを千冬に向かって放つ。先ほどのよりも格段に高い威力を持つであろう一撃が千冬に入れば、それこそ彼女すらも戦闘不能に追い込めるほどの一撃ではあった。

 

「そうやって………」

「!?」

 

 ―――両手で陽太の拳を受け止めた瞬間、彼の視界から消え失せる千冬―――

 

「女に自分の勝手ばかりを押し付けるのが………」

「(下!?)」

 

 ―――いや、陽太の拳を受けると同時に彼女は拳を軸に反時計回りに回転しながら……―――

 

「男の身勝手と言うのだ!」

「!?」

 

 ―――カウンターで陽太の顎を豪快に蹴り上た!!―――

 

 首が引きちぎれるかと思うような威力で首を跳ね上げられ、予想外の角度からの技の威力に、彼の首から下の神経は完全に沈黙し、陽太の目だけが、着地して態勢を整え反転しながら放つ肘鉄を捕らえる。

 

 縦方向に揺さぶられ、立っているのがやっとの陽太を、今度は横方向からの鋭い一撃が顎を揺さぶり、結果、大の字で陽太は崩れ落ちてしまう。

 

「『あの女』はお前と同じ、『剛』………つまり圧倒的な攻撃主体のスタイルで戦うタイプだ………来るべき日まで、今、お前が味わった『柔』………すなわち受け技からのカウンターを磨いておけ。必ず役に立つ」

 

 『あの女』が何者か、あえて言わない千冬であったが、陽太にはそれが誰なのか見当がついているのを知っての言葉である。返事をしないが、おそらく体感しただけに技の有効性は承知してるのだろう、返事をしなかったが、無言であることが逆に承知したのだと千冬に伝えてくる。

 

「それと、デュノアの話は必ず聞いてやれ」

「……ふざ………けんな」

 

 戦う技術のことならば多少の理不尽にも文句を言わないくせに、ことシャルのことになると恐ろしく頑固になる陽太に、千冬はため息をつきながら諭す言葉を伝える。

 

「誰を想って日本まで来たと想っている? まさかそれも解らない訳ではあるまい?」

「………知るかよ」

 

 動かない身体を無理やり動かして視線を外す陽太に、これ以上言っても不貞腐れるだけだと思った千冬は道場を後にしようとする。

 

「待った………千冬」

「大丈夫だカール………嘘ではない。少しはしゃぎ過ぎたことは事実だがな」

 

 千冬の体調に変化が無いか、カールの厳しい視線が彼女に向けられ、そして厳しさが一瞬で和らぐ。

 

「どうやら嘘ではないようだね………だが大事をとって今日は運動をしないこと。残業も今日は無しにして早く休むんだぞ」

「了解した………それといい加減、子ども扱いしないでくれないか?」

「私に言わせれば、君も彼も十分に子供さ」

「ムッ!?」

 

 千冬のジト目を華麗に受け流し、大の字で横たわる陽太に近寄ったカールは、陽太に簡単に問診を始める。

 

「見事な脳震盪だ………吐き気はしないかい?」

「失せろ………」

「これは何本?」

「二本だ………てかうるせぇーんだよ」

 

 陽太の抗議も簡単にスルーしたカールは、どうやら特に重大な後遺症もなさそうな陽太をその場に置き去りにすると、カップを持って千冬の後を追いかけるように道場から出て行こうとする。

 

「どうやら脳震盪だけで目立った重大な症状は無さそうだね。しばらくしたら動けるようになるはずだから、今はそこで寝ておきたまえ」

「……………」

「安心しろ、昼一の授業はサボリは認めてやる………しばらくそこで頭を冷やしておけ」

 

 陽太にそれだけ伝えると、未だに動揺している真耶を引っ張って道場を後にする千冬達。彼女達を目線だけで追いかけていた陽太であったが、姿が見えなくなると、未だに痺れる手足を動かして寝返りを打つ。

 そんな彼の様子を遠目から見ながら、千冬はフトあることに気がついた。

 

「(最後の二撃………本気で打ち込んだにも関わらず手応えがあまり無かった。生意気にも後ろに飛んで衝撃を逃がしたな、アイツめ……)」

 

 刹那の瞬間に自分の動きを不完全ながら見切った弟子の成長を嬉しく思う一方、彼のあの頑な性分だけはもうちょっとどうにかならないのかと千冬は頭を悩ませる。

 

「(心配だから戦わせたくない………それだけが何故言えないのだ?)」

「………どうやらその様子だと気がついていないようだね千冬?」

 

 陽太のあり方に思い悩む千冬に、隣を歩くカールは意地悪そうな笑顔を浮かべて彼女に言い放つ。

 

「何がだ?」

「陽太君は君と本当にそっくりだと言うことさ………」

「………どういう意味だ?」

「さあね?」

 

 おどけた調子のカールを問い詰めるように後を追う千冬。どうやらこの二人の関係は精神的にはカールのほうが数段上のようである、口の上手さに関しても………。

 

 

「………」

―――デュノアの話は必ず聞いてやれ―――

「………話聞いたって、俺はシャルを戦わせない………」

 

 道場で寝転がりながら、まるで揺れる自分自身に言い聞かせるような言葉を口にする陽太。鈍感と良くシャルに言われる陽太であったが、流石に今回のようなケースならば、何故シャルがわざわざIS学園に来たのか察することぐらいは彼にも出来ていた。

 

「………シャル……」

 

 出来ていただけに、陽太にはどうしても認めがたい。彼女が戦うという事が………。

 

 梅雨入り前の晴天が広がる青空の下、もうすぐ夏を迎えようとする陽気を含んだ風が陽太を優しく撫でるが、それすらも彼の心を軽くすることは出来ずにいるのだった………。

 

 

 

 

 

 





ヨウタェ………どうしてお前と言う奴は…

伝えれば数分で解決できそうなことも言えない内気………もとい口下手かつ頑固者の陽太君


そして、次回、彼は更なる「失敗」をしてしまいます。

それはいったい何なのか?

次回を楽しみにしていてくださいね!

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