シャルロッ党のみんな
ま た せ た な !!
では本編をお楽しみください
「!?」
陽太は、自分がとある大きな木の木陰に寝ていたことに気がつく。見ればそこはとある田舎町そっくりの世界で、あたり一面の向日葵畑と、どこまでも続く青い空と燦々と輝く太陽があり、そして自分が寝ていた場所のほど近くに煙突付きの民家があるため、ここが今どこなのか思い出し、溜息をつきながらもう一度寝転がった。
「そんなに寝てばっかりだと、今以上にバカになっちゃうぞ?」
「………IS操縦者になって一つだけ不満なことがある。なんで何時もお前のいる場所に来ると、決まって『ココ』なんだ?」
大きな木の上を眺めながら、陽太は木の幹にある大きな枝の上に座る一人の少女に不満をぶちまけた。
「それは? もう、いつも言ってるでしょ? ボクは陽太が一番好きそうな場所を再現してるだけだって」
大きな枝に座る少女………金色の髪の毛を赤いリボンで括り、まるで古代の巫女のように白い民族衣装に身を包み、布地の少なさのために白い肌があちかこちら見え隠れする結構大胆な服装であった。
だが、問題はその顔立ちである。彼女を見て、遠いフランスの地にいる若干数名は、絶対にこう応えるであろう………『シャルロット・デュノア』そっくりだと。
「陽太の方こそ、どうしてそんなに不機嫌なの?」
「別に………?」
明らかに不機嫌そうに返事を返すと、ゴロッと寝返りを打って少女が背を向ける陽太。そんな彼の態度にご立腹なのか、頬を膨らませながら木の枝から地面に飛び降りると、陽太の側まで寄り、大胆にも彼の頭部を抱きしめながら一緒に寝転がる。
「どう!? シャルロットちゃんのオッパイと同じ大きさにしてみたんだけど!?」
「……………」
「アレ? ムッツリ陽太君は感動のあまり声もでないのかな?」
後頭部に感じる柔らかく温かな感触に、一気に血圧を急上昇させ、勢い良く起き上がりながら少女を振りほどく。
「いい加減にせんかぁー!!」
「きゃああああっ!!」
ゼェゼェと肩で息をしながら少女を見下ろす陽太であったが、そんな陽太の様子が面白かったのか、少女は肌蹴てしまった衣装を引っ張りながら、蠱惑的な笑みを浮かべると、彼を手招きする。
「襲ってみる? お姉さんが好きな女の子に好きって言えない奥手で可愛らしい陽太君をレクチャーしてあ・げ・る♪」
「帰る(おきる)!!」
「フフンッ♪」
プンスカと全身で怒りを発散させながら、大股歩きでその場を後にしようする陽太であったが、目の前の少女が浮かべる意味有り気な笑みが妙に気になり、立ち止まって彼女に問いただす。
「………なんだ?」
「主語が抜けてて、何を聞かれているのか理解できませ~ん」
「だからっ!」
「ま、仕方ないから答えてあげましょう!」
「(マジに殴るぞ)」
拳に若干の力を込めながら、なんとか喉元まで出掛かった言葉を飲み込んで少女の言葉を待つ陽太。『女の子相手に暴力はいけません』と幼馴染の少女とその母親に昔教えられたのを思い出しての行動である………アレキサンドラ・リキュールにはフルスイングで殴りかかったが………。
「最近出来た末の妹にね、聞いたんだ~」
「末の妹? お前らのコアネットワークの話か?」
「そう」
「………お前ら(IS)ってのは、世間様で思われてるよりも、ずっと人間臭くて暇人の集まりなんだな」
「なんだよ、その言い方は!?」
「ハイハイハイハイ」
「ハイは一回!………えっと、それでね」
そこで少女はニヤリと微笑を浮かべて、陽太に微笑みかけた。だがその笑顔が妙に『兎耳付けた天災』に似ていたため、警戒しながら後ずさる陽太。
「もう! なんでそんなに警戒するの!?」
「自分自身に聞け! そしてお前は年々どっかの馬鹿兎に似てきてるぞ!!」
「創造主(マザー)に似るのは当然だもん。ボク達(IS)は創造主(マザー)の子だし」
「反面教師にしろ。おおよそ考えられる限り、ああなってはならない代表例だろうが!」
「話しずれちゃったね………それでねそれでね!」
「(俺の話を聞かないところまで似てきやがって)」
「もうすぐ会えるよ」
その言葉を理解するのに数秒の時間を要した陽太であったが、首をちょっと傾げながら考え込むと、少女に問い返す。
「誰………にだ?」
「陽太が一番会いたい人」
「だから、誰だよ」
「その顔は本気で解ってないな………駄目だこりゃ。彼女も苦労するね」
『ヤレヤレ、このお馬鹿さんは~』と頭を抱える少女のことを、今度こそ本気で殴ってやろうかと拳を振り上げるが、それよりも早く、少女は何処からかその手に金属バットを取り出して陽太に突きつけるのだった。
「という訳で!」
「どういう訳か、一から百まで説明しろ!」
「陽太君………君は早く…」
バットを振りかぶる少女は………。
「起きなさーーーーーーいっ!!」
「テメェ、ブホッ!!」
見事に彼の即頭部を強打した。
「……………」
朝日がようやく顔を出し始める時間帯。隣のベットでは未だにスヤスヤと夢の世界を満喫する一夏がいる中、頭からベットの下に落ちた衝撃で目を覚ました陽太は、状況を飲み込むとのそりと起き上がり、自分の胸元にある待機状態のISを掴むと、睨み付けながら問いかける。
「何のつもりだ?」
返答がないことは承知の上だが、それでも聞かずにはいられなった陽太はISをベッドの上に放り投げると………。
「妙なことばっかり言ってないで、テメェーは黙って俺のサポートしてろ」
そんな捨て台詞を吐き出すと、妙な気分を洗い流すためにシャワーを浴びに浴室に入っていくのだった。
☆
早朝5時過ぎ。操縦者としての訓練の一環で軍人としての教育をされているセシリア、ラウラ、そして鈴。中学の頃、早朝から新聞配達のアルバイトをしたことがある一夏は遅刻も無くいつも練習のために最も新しい第六アリーナに集合したのだか、その日はいつもとは違うことが一つあった。
「なんだ? 鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがって」
「いや、その………」
いつもいつも、理由を付けては朝練をサボろうとして一番遅く来る陽太が、誰よりも早くアリーナに来てISを展開状態でアップしていたのだ。これに一夏達は唖然としているのだった。
「(ねえねえ一夏、アイツ、今日はどうしたのよ?)」
「(知るかよぉっ! 朝起きたときにはベッドの上はもうもぬけの殻だったんだし)」
「(ひょっとして何か新手の悪戯でも考えられたのでは?)」
「(有り得るぞ。この間は『親戚のお婆ちゃんの友達のいとこが急死したので練習休みます』などと本気で言っていたぐらいだしな)」
四人が小さく円陣を組んでヒソヒソと小声で話している中、そんな四人に陽太は………。
「俺がIS展開中なこと忘れてるだろテメェーら。全部丸聞こえだぞ」
「「「「えっ?」」」」
「うし、一夏は朝一で俺と模擬戦(タイマン)な。ボコボコにして燃えないゴミにしてやるから」
「なんで俺だけ!?」
「連帯責任!」
「使い方完全に間違ってるよぉ!!」
陽太には届かないツッコミを入れる一夏ではあったが、その実は内心嬉しく思う気持ちもあったのか、口では文句を垂れていたが、即座にISを展開して上空に飛び上がった。
最近、オーガコアとの戦闘を経験してからというもの、毎日基礎練習ばかりさせられていたため、基本一夏は仲間内での模擬戦を行っていないのだ。これは『基礎を疎かにするする奴が実戦で使い物になるか』という千冬の考えでもあり、陽太もそれには異議を唱えなかったため、必然的に一夏は陽太達の訓練を見ているだけに留まっていた。
だが、二度の戦闘において、重要なキーパーソンとして働いたという事実は知らず知らずの内に一夏にある種のフラストレーションを与えていたのだった。
「(もっと実戦を経験してみたい!)」
基礎を重んじる千冬辺りが聞けば激怒物の考えだが、周囲も認めるほどの目覚しい成長を遂げ始めている一夏に、基礎練習の日々は物足りないのだ。
「(………単なるド素人……のハズなのに)」
対して陽太も、身近に一夏の成長速度を目の当たりにし、知らず知らずの内に心の奥底に自分でも表現しきれない暗く、淀んだヘドロのような気持ちが募っていくのを感じ、それが最近の彼への僅かな敵愾心へと変換され始めていたのだ。普段は『雑魚など気にしない』などと豪語している陽太であるが、無意識に発してしまった言葉によって急に決まったこの模擬戦を取り下げようとは思えないでいる。まさにいい機会だと言わんばかりに、ISの内側から滲み出る炎のような闘志が今にも活火山のマグマようにあふれ出ようとしていた。
二人の少年の、そんな気持ちのあり方を、周囲にいる三人の少女達は若干困惑した面持ちで見つめる。
「あのさ、これってやってもいいの?」
「模擬戦と銘を打っていますから………それにしても急に、陽太さんはどうされたのかしら?」
この間の騒動から一転、誰に媚びる事もなくざっくばらんとした言葉と表情を示すようになった鈴と、いつの間にか対等の友人のように扱うようになったセシリア。
それにしても、数日中に本国へと強制送還が決定していたはずの鈴が、何故未だに学園に普通に通い、この部隊に在籍できているのだろうか?
それはこの間のオーガコアとの戦闘が終了した直後、全員が学園に帰還した直後のセシリアのこの台詞によってもたらされたのだった。
―――そういえば………特記事項21、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする………などという校則がありましたわね―――
用はIS学園に在籍中は、いかに本国の命令といえどもおいそれと強制送還はされないということである。だが、いかに治外法権なIS学園といえども、国際問題になりかねない問題を無視することができるのだろうか?
鈴もすぐさまその心配をしたのだが、それを解決したのは千冬のこの台詞であった。
―――安心しろ鳳、お前は本日付で正式な甲龍・風神(シェンロン・フォンシェン)の操縦者に確定した。それに伴い部隊への正式な配属も確定した―――
通話中の携帯電話片手にさも当然そうに言い放つ千冬に唖然とした鈴だったが、電話口の向こうからすらも酒臭さが漂ってきそうな女性の酔っ払いの声が『ああ~ん、気にしない、気にしない~~。オッサンどもの寝言は、お姉さんに任せなさい~~ヒグッ』という言葉を発していたことによって、すべての事柄が繋がる。
つまり千冬は最初から自分の目的が何なのか知った上であえて部隊に配属していたということなのだ。
「この忙しい時期に、むざむざ人材を手放すと私が思っているのか? 安心しろ、お前の母国の政府の百倍はこき使ってやる………その代わり、お前がこの学園の生徒であり、この部隊の一員である限りは、必ず私がお前を守ってやる」
その一言によって、鈴は自分がもう誰かの人形になる必要がないのだと知り、思わず泣き崩れそうになったが、それは持ち前の根性で耐え、元気な笑顔で返事を仕返したのだった。
―――話題休題―――
そして現在、対オーガコア部隊のサイドアッタカーとして一夏と共に前線で戦うポジションに着かされた鈴と、そんな彼女を一夏と共に誰よりも早く受け入れたセシリアは、この隊長と最先方との一騎打ちに戸惑いが隠せずにいた。
「フン、どっちも餓鬼丸出しだな」
本来なら真っ先に止めるべき副隊長であるラウラであったが、生粋の軍人である彼女には特に珍しくもない小競り合いであり、また、最近の一夏の能力の向上に思うことがあり、効率重視の考えから陽太との模擬戦をあえて止めることはせずにいた。
「さあ、私が審判をしてやる! さっさと始めろ!」
『おう!』
『何故お前が仕切る?』
ラウラが仕切りだすことに若干の不満を抱える陽太を無視して、ラウラは模擬戦開始の号令を手を振り下ろして下す。
『両者、はじめ!!』
ラウラの号令と共に互いの手に獲物を持った両者(陽太と一夏)。
そして一夏は、小細工無し、スラスターを全開にして陽太に一気に詰め寄り、手に握った雪片弐型を振りかぶる。
「うおおおおおおおっ!」
「……………」
単純で直情を絵に描いたような一夏に、銃撃で弾幕を張ることも考えた陽太であったがあえてそれはせず、目の前に到達した一夏が振り下ろした斬撃をヴォルケーノでいなして体勢を入れ替え、彼の背後を取りながら、余裕のある台詞を口にする。
「おい、織斑弟。ルールの確認がまだだったな」
「ルール!? そんなものどっちかのシールドエネルギーがゼロに・」
「それじゃあ、俺が面白くない………一撃だ」
「何っ!?」
「一撃………お前がシールドエネルギーを尽きさせる前に、俺に1ミリでも傷をつけられたらお前の勝ちにしてやる。どうだ? それならお前でも勝てる可能性がちっとはあるだろ?」
この余裕たっぷりの陽太の上から目線発言に、案の定、一夏は頭に血を上らせて激怒する。
「ふざけんなぁぁぁぁっ!!」
「別に? いたって真面目だぜ?」
激怒した一夏が、陽太に怒涛の連撃を加えてくる。左、右、上、下、斜め、突き。あらゆる斬撃を雪片を使って放つ一夏であったが、陽太の両手に携えたヴォルケーノの銃身がその攻撃を尽く弾き返してしまう。
「ほらほらほら、お前の方こそ遊んでんじゃないの?」
「うるせぇ! これから俺は本気だすんだよ!」
そう言って、一旦間合いを開き、一夏はニヤリと陽太に笑いかけると、雪片の新機能を見せ付けたのだった。
「いくぜっ! 雪片弐型!」
『展開装甲起動。雪片弐型参式・烈空』
白式の電子音声と共に手に持った雪片弐型が瞬時に変形して、いつもの片刃の日本刀のようなフォルムから、両刃のサーベルのようなフォルムに変化する。
「ホウ?」
「くらえっ! 陽太!!」
そして一夏は陽太に向かって雪片を振り下ろし、白い『飛ぶ』斬撃を放つ。
「おおっ!」
「あれが、展開装甲の………白式の能力か!」
ラウラが驚くその白式の能力………未だに凶悪な「オーガキラー」とも言える単一仕様能力(ワンオフスキル)である『零落白夜』の発動が出来ない一夏であったが、新たに白式が発現させたこの『烈空』は、『零落白夜』の下位互換とも言うべきもので、一口に言うと『エネルギーを消滅』させる零落白夜に対して、『エネルギー同士の対消滅』とも言えるのがこの烈空であるのだ。対消滅である以上、消滅させられるエネルギーは同量であり、一方的なエネルギー消滅の零落白夜よりも威力で数段見劣ってしまうが、だが本家よりも優れている部分がある。
それはまさに『飛ぶ』ことである。これは本家零落白夜にはない遠距離攻撃能力であり、また威力の調節が効くことで、ある程度の連射も出来るのだ。攻撃手段が近接一辺倒だった一夏にしてみれば、まさに僥倖とも言うべき能力の発露である。
「(当たれば、大ダメージを与えられる!!)」
白い斬撃の勇姿に見とれる一夏。彼もこの能力には甚く嬉しがり、自分の攻撃のバリエーションが増えたことで、少しでも陽太に近づけると思ったのだった。
だが、現実はそう甘くなかった………。
上空に佇む陽太に向かって真っ直ぐ空間を走る烈空の白い刃であったが、微動だにしない陽太に直撃………。
―――スカッ―――
………することなく、陽太をすり抜けてしまう。
「へ?」
「どこ見てる?」
驚きながら背後を振り返る一夏。そこにはフルフェイス状態で欠伸をしている陽太の姿があったのだ。
一夏の放った攻撃を、残像だけ残して彼の背後を取った陽太は、すぐさま反撃を加えることなく、一夏に余裕たっぷりの声で話しかえるだけに留めた。
「そんなに速く動いたつもりはなかったんだが………ひょっとしてあんな見え見えの残像もわからなかったのか?」
「う、うるせぇ!!」
陽太のその言葉に顔を紅潮させて、一夏は再び烈空を放つが、それもギリギリまで引き付けてミリ単位で陽太は回避してしまう。
「ち、ちくしょうーーーっ!!」
「お坊ちゃん♪ こっちだよ♪ 手の鳴る方へ!」
「「……………あちゃ~」」
ムキになって一夏は陽太に烈空を立て続けに放つが、どれもこれも陽太には掠りもせず、見る見るうちにエネルギーの残量が減っていくことにすら気がついていないのが、地上にいる鈴とセシリアにも手に取るように理解できた。もうこうなっては勝負にもならない。その様子に頭を抱えてしまう二人。
「へっ?」
そしてようやくシールドエネルギーの残量が一桁になり、警告音が鳴り響いたところで、自分の状態に気がつく一夏であったが、そんな一夏に陽太は微塵の手加減も加えずに、彼の腹部目掛けて、思いっきりフロントキックで鳩尾の部分を強打する。
「しばらく基礎練追加!」
「グフッ!」
その一撃によって地面に叩き落され、絶対防御が発動し、ISが強制解除になりながら失神する一夏を見下ろしながら、陽太は深い深いため息をつく。
「(一瞬でもコイツを意識した自分が恥ずかしい………)」
ほとんど自滅みたいな形で陽太に掠り傷一つ付けられずに敗北し、目を回して失神する一夏に、地上で厳しい意見を彼に投げかける三人の少女達。そんな彼女達と共に『この間感じた頼もしさはきっと気のせいなんだろう』と一人で納得した陽太は、ゆっくりと地面に降り立つのだった………。
☆
その後、水をぶっ掛けられて気がついた一夏であったが、仲間である三人の少女からの「情けないですわ」「自滅とかダサすぎる」「もっと訓練あるのみ!」と散々なフォローを浴び、しかも陽太にも半笑いの状態で「文句言わずにランニングね、負け犬」との台詞を喰らい、半泣きの状態で「覚えてろよ! 次は勝ってみせるからな!」との宣言をしつつ、大人しくランニングに従事し、他の三人も各自各々与えられたISの性能を引き出すための訓練に努める。特にISがバージョンアップしたセシリアとラウラは搭乗時間を効率良く引き伸ばして、少しでも性能を引き出さなければならず、訓練の内容も濃い物になっていた。
そのためか、SHRの時間が差し迫ってしまい、各自急いで制服に着替えて更衣室から駆け出していく。
「おい、陽太!」
「先行け、負け犬」
陽太を除いて………。
「陽太さん!? このままでは授業に遅刻してしまいますわよ!?」
「大丈夫大丈夫……なんとかなるなる」
「何がどう大丈夫なのよ!!」
セシリアや鈴も急いで駆け出そうとするが、当の陽太がどこか上の空な状態なため、焦りながら問いかけるが、一向に陽太は動こうとしないのだ。
「置いていくぞ!? 教官にする遅刻の言い訳でも考えておけ。もっともそんなもの通じないだろうがな!」
そう言ってラウラは三人を引っ張っていく。一夏達も陽太の煽りを受けてとばっちりを受けるのは勘弁願いたいのか、特に反論することなく教室へと駆け足で向かっていく。
「………なんだろう? この嫌な胸騒ぎ?」
今朝見た変な夢(ではなくある種のコミュニケーション)の為か、どうにも足取りが重たい陽太は、ポケットからタバコを取り出すと、一本咥えて火を着け、ゆっくり煙を吸い、そしてゆっくりと吐き出す。
「………仕方ない、いくか」
だが、遅刻はともかく授業をサボると、マジで千冬に撲殺され兼ねないと考えたのか、陽太は携帯灰皿にタバコをしまうと、重い足取りで教室に向かって歩き出す。
そこで運命の再会が待っているとは知らずに………。
一方、陽太とは違い、なんとかギリギリ千冬達が教室に来る前に着席することが出来た一夏達は、一息着きながら、教室内の微妙な空気の変化に気がつく。もっとも箒のみは別段興味無さ気に教室の窓から外の様子を眺めていたが………。
「(なんで、みんなそわそわしてんだ?)」
「あ、織斑君おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」
いつもよりもギリギリに教室に入った一夏に、クラスの女子が話しかけてきた。
「転校生? 今の時期に?」
「うん、なんでもウチのクラスでフランスの代表候補生らしいわよ」
IS学園はその性質上、学園の転入手続きというものには国やそれに準じた機関の手続きが必要な為、けっこうな確率で転入できる人間は優秀な者が多いのだ。
「ふ~~ん」
だが今朝のタイマンからランニングによってすっかりと体力を消耗した一夏は特に気にする様子もなく机につっぶしてしまう。しかし無情にも彼が少しでも休養を取ろうとした瞬間、教室のドアが開かれ、クラス内の喧騒がピタリと止み、一夏も何とか起き上がって前を向く。
そこにはいつもの鉄仮面を作った千冬と、ニコニコと笑みを浮かべる真耶と、そして、見たことがない女生徒が鞄を持って入ってきた。
―――人懐っこそうな笑顔とアメジストの瞳。濃い黄金色の髪の毛を首の後ろでピンク色のリボンで丁寧に束ねて、首にオレンジ色の宝石が付いたチェッカーを着け、健康的な白い肌が見える美脚をした少女―――
「全員………オイ織斑。隣のバカはどうした?」
教壇に立った千冬が、一夏の隣の席にいるはずの少年について問いかける。
「なんかグズグズしてたんで置いてきました」
「また遅刻か………あとでスクリューパイルドライバーをすることは確定事項として………アイツめ、もしや途中で気がついて一日隠れるつもりか?」
『???』
何かニヤニヤする千冬を不思議そうに見るクラス一同。こんな上機嫌そうな千冬など学園に来てから見たことがないため、なおさら異質に映ってしまう。
「仕方ない………自己紹介を始めてもらおうか」
「ハイ、織斑先生」
そして女生徒は一歩前に出ると、ディスプレイに表示された自分の名前を読み上げながら、温和そうな笑顔を浮かべ、クラス全員に微笑みかける。
「シャルロット・デュノアです。皆さん、よろしくお願いします!」
「ッッッ!!!?」
教室のドアに手を着けかけた陽太の全精神全神経全運動器官が一斉に停止し、完全に硬直する。そして数秒後、意識が復帰し、遅れて身体の自由を取り戻した陽太は、自分は最近働き過ぎのせいで幻聴が聞こえて来たんだよ、ヤレヤレだ………と必死に言い聞かせ、教室のドアを豪快に………。
ガラッ
開くことなく、ちょっとだけ開けて中の様子を注意深く観察する。
「(クラスメート共、エロ下着、うるさ兎、Fカップ、負け犬………)」
全身から冷や汗を垂れ流し目を血走らせながら、どうか俺の聞き間違いでありますようにお願いします、と必死に何かに祈りつつ視線を段々と教壇の方に向ける。
「(鬼ババァ、童顔巨乳眼鏡先生………ヒィッ!)」
ピシャッ
そして教室のドアを再び閉めると、ドアに張り付きながら、荒い呼吸で状況を確認し始める。
「(ウソッ!………これは幻覚だ! 幻だ! 有名なオ〇レな人の名台詞『錯覚だ』!!?)」
ガラッ
ピシャッ
ガラッ
ピシャッ
ガラッ
ピシャッ
ガラッ
ピシャッ
ガラッ
ピシャッ
ガラッ
ピシャッ
ガラッ
ピシャッ
ガラッ
ピシャッ
ガr
「うっとしいわっ!!!」
陽太の非常に女々しいことこの上ない行動に切れた千冬が、思いっきり教室のドアを開いて、陽太の首根っこを掴み、彼を教室の中に放り込む。
「ぐへっ!?」
「いつもいつも下らんビックマウスを使う癖に、こういうときのその女々しさは一体なんだ!!」
床に倒れている陽太に千冬が吐き捨てるが、何故か陽太は何も答えずに起き上がろうとしない………多分、このままやり過ごそうとしているのだ、千冬………ではないのは勿論の事だが。
「……………」
「……………」
「……………では授業を…」
「(しめた!? 授業中は私語厳禁! チャイムが鳴ると同時に全速でバックレて体勢を立て直す!!)」
「と思ったんだが、急な職員会議が入って、一時間目は自習とする。騒ぐなよ」
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
勢い良く立ち上がると、いつもは誰よりも授業に不熱心な男が全力で千冬に授業をすることを要求する。
「授業しよう! お願いだからさ!!」
「断る」
「断るなよ!? 授業しないで何の為の学校だよ!?」
「正論だが、今日のところは聞いてやれない………では行こうか、山田君」
「は、はい………」
早足で教室から出て行く二人に縋り付くことも出来ず、教壇の前でまるで何かに必死に土下座しているような体勢で取り残される陽太………。
「(口元が若干笑ってた。絶対にワザとだ………あ の ク ソ ア マ ッッ!!)」
後で絶対にシメると心の底から誓うが、すぐさま現状に気が付く。
「(超~~~~~~気まずいんですけど?)」
背後にシャルの気配があり、しっかりと今の自分の姿を見ているのが解る………もうこうなっては勢いに任せて逃げ出すということも出来そうもない。すくり、と立ち上がると陽太はシャルのほうに振り返る………顔だけは背けて。
対して、シャルは先ほどの温和そうな笑顔が成りを潜め、前髪に表情が隠れたまま俯き加減で陽太の前に立つ。
「……………」
「……………」
そして忘れてはならないのがクラス一同。彼女達はいきなり教壇の前で醸し出された異常な空気を察知し、固唾を呑んで事の成り行きを見守ろうと無言で目の前の二人を凝視する………のだが、一人だけ、一人だけ空気を致命的に読んでやれなかった奴がいた。
「なあ、どうしたんだ陽太?」
「(織斑君! ちょっとっ!?)」
「(今話しかけないでよ!!)」
「(空気読んで!?)」
「(良いところなんですわよ!?)」
「(これが………昔、クラリッサ達が言っていた『修羅場』というやつか!?)」
だが、そんなクラスメート一同の心の声も届かないのか、一夏はなおも硬直している二人に話し続ける。
「前に陽太はフランスにいたって言ってたからさ、ひょっとして二人とも知り合いなのか?」
「!?」
クラス中が『その質問をこの状況でした勇気』だけは一夏に感じつつも、とりあえず黙らせようと何人かの女子が立ち上がった瞬間だった。
―――ゆっくりとシャルの両肩が上がっていき、両足を地に踏ん張るように大股で開き、ついに両手が腰に据えられたのは―――
もう完全に温和そうな空気は消し飛び、むき出しの怒気を陽太にぶつけるシャル。
「………言い訳……ある?」
一片の言い訳も許さないという決意を込めた硬く鋭い言葉をぶつけられ、陽太はさらに俯いてしまう。
「…………俺は………その………」
いくつもの言い訳の言葉出てきた、やがて陽太は、何事かを考え、そして決断すると覚悟を決めた顔を上げてシャルを見た。
「………殴れ」
その瞬間、キリッ! と目を上がらせたシャルが大股で陽太の目前に近寄ると、唇を強く噛み締めて、有らん限りの力で拳を握り締め、全体重を乗せた右ストレートを陽太の鼻っ面にぶち込む。
「グッ!!」
その容赦なく振り抜かれた右ストレートに思わず後ずさりかけるが、これも自分のした行いの償いだと考えていた陽太はなんと踏みとどまり、左の拳を握り締めていたシャルをしっかりと見据えて………驚いた表情になる。
「馬鹿っ!!」
可憐な瞳に溢れ出る涙を溜め込みながら、涙声で陽太の胸を打つシャル。
「馬鹿っ! 馬鹿っ! 馬鹿っ! 馬鹿っ!!」
「……………」
何度も何度も何度も胸を打つシャルに、陽太はどうすればいいのかわからずに戸惑いながら成すがまま打たれ続ける………。
「馬鹿っ!! 私は望んでない! 私は………私はヨウタが一人で何処かで傷付くことなんて望んでないのに!! それなのに! ヨウタはっ!!?」
「あ………いや………その…」
自分の胸の中で小さく震えてすっかりと力を失くしながらも、それでも泣きながらポカポカと胸を打ち続ける幼馴染の少女の、この一ヶ月の間の不安さが伝わってきたためか、陽太はシャルの頭を撫でながら謝罪する。
「その……あの……俺も………」
「言い訳するなッ!!」
「ゴメン………シャル………」
謝罪しながら頭を撫で続ける陽太と、陽太の胸の中で小さく震えながら抱きついている少女………。
「「「………どういうこと?」」」
現状がまったく理解できない一夏とラウラと箒。
「(な………何者なのです!? シャルロット・デュノア!?)」
密かに想いを寄せる陽太をいきなり殴ったかと思えば、陽太に謝罪させるという偉業を見せ付けられ、戦慄するセシリア。
『あらあらあら、まあまあまあ………』
そして大半のクラスメートの女子達は、上質なラブコメの匂いを嗅ぎ取り、それはそれはとても興味津々と二人の様子を眺めているのだった………。
とりあえず、陽太はモゲテよしw
さてさて、太陽の翼はこのまま単なる学園ラブコメになってしまうのか!?
当然、そんなことはないぜ!!
次回「陽太、天に代わってお前を殺す!」(嘘予告
どういうことかは、次回をお楽しみくださいねw