4月に入って色々立て込んでしまって更新が遅れてしまったことまことに申し訳ありません!
週一更新って、やっぱり難しいな~
それでは、本編をお楽しみください!!
後、今回の敵は、ちょっと強敵です
「フフフッ………」
廊下の窓から外の景色を眺める『紫のボブカットの髪と黒縁眼鏡を掛けた』女生徒の気分は、まるで自分が仕掛けた悪戯に誰かが引っ掛からないか楽しみに待つ子供の様に高揚していた。
数日前、中国の代表候補生にいい様にしてやられ、クラス内のみにあらず学園中の生徒達から軽蔑と侮蔑の視線にさらされていた可愛い『後輩』に、オーガコア(禁断の果実)を与え、孵化するのを彼女は心待ちにしているためだ。
「組織(ファントム・タスク)の意向とは違う独断専行………これで失敗すれば、私は間違いなく処罰されるわね)」
そもそも彼女が亡国機業(ファントム・タスク)からオーガコアを与えられていたのは、来るべき日にIS学園内部から破壊工作をするためのものである。このように単機の破壊活動などはあまり効果はなく、また貴重なコアを浪費したと厳しい追究が来るのは、明白なことであった。
「(自分では冷静な人間だと思い込んでたけど………やっぱり駄目ね。ごめんなさいお姉ちゃん………私やっぱりね…)」
心の中で一人の人物に謝罪する彼女は、ふとある人物の名前を口にする。
「火鳥陽太が生きていることが我慢ならないんだ………腸が煮えくり返るほどに…」
眼鏡の置くから灯るのは、純粋な憎しみ………もし特殊な封印処置を施してなければ、オーガコアの方が間違いなく反応していたであろうその強い殺気を放ってしまったことに、彼女は自重しなければと自分を戒めながら眼鏡をかけ直す。その時であった、突如校舎を強い揺れが襲ったのは………。
その振動に、騒ぎ出す女生徒達の群れに彼女は表面上同じように振舞いながら、心の中ではほくそ微笑む。
「(さあて、今度のオーガコアをどう退治するのか、お手並み拝見させてもらおうかしら?)」
教師陣が行う避難誘導に導かれるまま、その女生徒の姿は生徒達の群れの中に消えていってしまうのだった。
☆
「やっぱりか………」
「どうやら中国はアメリカの失態に付け込んで、世界情勢のリーダーシップを奪い取るのに躍起になっているようだね」
一方、保健室において湿布を貰いに来るという口実の元、カールから鈴の情報を聞き出していた陽太は、彼の入れたブラックコーヒーに一口付けた後、腹の中から湧き上がる苦味を言葉と一緒に吐き出す。
「それで? テーブルの上の政治『ゴッコ』につき合わされなきゃらない、俺達操縦者にはプライベートという物はないのか?」
鈴が何か腹に何かを抱えていることは初見で理解していた。こう見えても陽太は10年近い月日、裏街道を歩いてきた男である。初対面の人間の世辞を丸呑み出来るほど暢気でもお人良しでもない………荒んだ思春期だと言えばそれまでのことであるが。
だが、かといって中国政府が鈴に無理強いさせていたという事実を無視しして何食わぬ顔でこれから接するという事も感情的に出来そうもない。
つまるところ陽太という少年は、表面的に大人びた思考で取り繕っても、心の奥底にある直情的な熱さを鎮火させる術を知らない、年相応な面を持っているのだ。
話を終えて無言でコーヒーを啜りながらも、背中から出る不機嫌極まりないオーラが手に取るように判るカールにしてみれば、大人になれば嫌でもしなければならない理不尽に対する諦めを拒絶しようとする目の前の少年に抱いた、大きな憧れに似た期待と、ホンの小さな嫉妬を隠すように微笑んでみせる。もっとも、目の前の陽太はその笑みが『自分を小馬鹿にしている』物と感じてしまったようだが………。
「何ニタニタ笑ってやがる?」
「それは………君のように理知的に振舞おうとする単純(シンプル)な子は、見ていて面白いものだろ?」
「メガネ叩き割るぞ、クソヤブ」
「おや、先生に口の聞き方がなってないな。罰として便所掃除・」
「!?」
僅かな空気の異変からか、中身の残ったコーヒーを陽太が乱暴において振り返った瞬間、突然校舎自体を強い振動が襲い掛かる。
すぐにその異変に対処すべく、保健室を飛び出して現場に向かおうとする陽太であったが、そこへ背後から鋭いカールの声が飛び込み、驚いて立ち止まってしまった。
「火鳥陽太ッ! 君の立場は何だ!!」
「た、立ち………」
今までの温厚なものとは違う、叱責するような有無も言わさぬ気配に、陽太は渋々頭を掻き毟りながら自分のISのプライベートチャンネルの回線を開き、現状ISを手元に持っているであろう一夏と鈴に連絡を入れてみる。
「織斑弟、中華娘! 何が見える!?」
主語が抜けているため聊か何を聞いているのか説明不足気味であったが、この現状で自分達が聞かれていることが何なのか判らないようでは困るという陽太なりの思惑のため、あえてこのような聞き方を彼はしたのだった。
『こっちからは何も………煙しか見えない!』
鈴の探索を続けていた最中、ちょうど爆発が起こった現場とは後者を挟んで反対側にいた一夏には、立ち上る煙以外何も見えてはいなかった。
ならば鈴はと陽太が彼女に応答させようとした時、鈴は呟くように見た物を説明する。
『これは………鳥? いや違う………これは』
「これは!?」
『きゃあああああっ!!』
鈴の悲鳴と共に起こった二度目の振動に、陽太はすぐさま行動を開始する。幸い二度目の振動はどこから発せられたのかわかり易く、彼は迷うことなく廊下の窓から飛び出すとISを展開し、発生場所となっている一階の校舎から一番遠い場所、屋上へと一瞬で上昇した。
「!?」
―――視界に広がる黄色い閃光―――
背筋に奔る悪寒と共に陽太はメインスラスターを瞬間的にカットし、同時に足の裏のサブスラスターを点火、機体のPICが悲鳴を上げるような無茶な体勢で空中でブリッジするような体勢を取り、向かってきた閃光を鼻先を掠めるほどの距離で回避してみせる。
「!?」
だがブリッジの体勢を取っていたためか、彼は閃光の特異性にすぐさま気がつく。放れた閃光は真っ直ぐ学園中央にある時計塔に直撃すると、校舎の一部をバターの如く『切断』したのだ。
「なんだ!? レーザーじゃないのか!?」
高出力のレーザーやビームでコンクリートを焼き切ったとしても、切断面があまりに鋭利過ぎる。光沢すら放ちそうな見事な切口を見て、陽太は土煙の中から現れた影を睨み付ける。
―――巨大な翼を広げ、鋭い牙を持つ動物と鳥類の双方の容姿を持つ生き物―――
「………コウモリ男(バットマン)ならず、コウモリ女(バットガール)かよ」
鋼鉄の翼を広げ、全身を鮮血の様な紅の装甲で身を包み、胴体のシルエットから辛うじて女性であることが判別出来るものの、口から生えた鋭い牙やら爪のおかげか、人間というよりも、人間の姿に近い獣という印象を陽太に抱かせた。
「人型に近いか………やっかいだな」
数々のオーガコアとの戦闘の経験から、陽太は目の前のオーガコア暴走体の戦闘能力がかなり高いことを一目で判断する。
オーガコアの特性上、憑依された操縦者たちは理性や思考を失っていき、最後は本能だけで動く獣になる傾向が殆どで、それゆえかその形状は虫や動物といった非人型の姿に取られることが多く、逆に一部の者、例えばラウラのように人型を取れる者は、最後まで人間的な思考や判断能力を失わないのだ。しかもそのくせオーガコア暴走体特有の凶暴性は全開になるため、通常暴走体のようなパワーに振り回されることなく、非常に高い戦闘能力を維持するのが人型の暴走体の特徴なのだ。
そんなオーガコア暴走体を前に、どのように攻め入るかと思案する陽太であったが、ふとオーガコア暴走体の視線が自分に向いていないことに気がつく。目の前の暴走体はモクモクと立ち込める粉塵の凝視しており、対峙しているはずの陽太のことなどまるで眼中に入れていないのだ。
「?」
無視されるのも腹立たしいが、オーガコアが何に反応しているのか気になった陽太が同じように視線をずらした時、粉塵の中から、ISを展開しセシリアを抱きかかえ飛び出してきた鈴が姿を現す。
―――突如として咆哮を上げながら開いた口を鈴へと向けるオーガコア暴走体―――
「!?」
同時にオーガコア暴走体から強烈な音が発生し、ISを纏っていないセシリアは勿論の事、展開状態の陽太と鈴ですら耳を劈く超音に表情を歪める。
だが、開かれた口の周囲の空間が微妙に歪むのを目の当たりにした陽太が、超音の中でも聞こえる怒声に近い大声を鈴に向かって張り上げた。
「鳳ッ!! 回避しろ!!」
「!?」
陽太の声に反応した鈴がすぐさま回避行動を取ったそのコンマ数秒後、直前まで鈴がいた空間をオーガコア暴走体の口から放たれた先程陽太に向かって飛んできたのと同じ閃光が、空気を、彼女の背後にあった校舎を貫き、地面を引き裂く。
「超音波兵器(フォノンメーザー)!?」
オーガコア暴走体が放っているのが、極めて短い波長の音波を発振して、対象を鋭利なメスで切断するように切り刻む超音波砲であることを察知した陽太は、これ以上のフォノンメーザーの乱射をさせないため両手に愛用のヴォルケーノを呼び出すと、暴走体に向かって乱射する。だが陽太の放った銃弾は暴走体に命中すると、貫通することなくいきなり『粉砕』されたのだった。
「げっ!」
そんな声が思わず漏れてしまうほどに予想外だった陽太は、一瞬だけ呆けてしまうがすぐさま気を取り直すと、右手のヴォルケーノを再び量子化して、空になった拳にプラズマ火炎を纏わせ、握り締めたまま暴走体に向かって突撃すると、渾身の力を込めて殴りつける。
格闘特化機体に匹敵する威力がある拳を顔面に叩き付ける陽太とそれを防ぐように翼で防御するオーガコア暴走体。
ブレイズブレードと暴走体の間で激しいスパークが起こる中、陽太の想定を超える事態が再び起こる。暴走体の体が発光しながら高速で振動したかと思えば、一瞬で拳に纏わせたプラズマ火炎が空に四散してしまったのだ。
「オイッ!?」
流石にこれは有り得ないだろうがと心の中で罵倒するが、今まで陽太に興味を示さなかった暴走体が翼を広げ、今度は逆に叩き付けようとしてくる。それを左腕の楯で防ごうとした陽太であったが、そこへ………。
『斜め下に跳べ!』
有無を言わさぬ鋭い声が通信回線から響き、条件反射でその声の指示のまま斜め下に跳んで攻撃を回避する。
振るわれた翼はブレイズブレードが今までいた空間を空振り校舎を掠めるが、激突した校舎のコンクリートがフォノンメーザー同様の鋭い切断面をしていることを確認した陽太は、受け止めていれば最悪自分の腕ごと胴体が真っ二つにされていたかもしれない事実に悪寒を走らせ、同時に指示の正しさに子供じみた嫉妬を覚えながら、通信回線越しの鋭い声の持ち主に怒鳴り返す。
「イチイチ叫ぶな!! 俺は素人じゃねぇーぞ!?」
『馬鹿抜かせ!! 思いっきり死に掛けた分際で!!』
「グッ………」
通信相手であり、自分にIS操縦の根本を教えてくれた師である千冬は、今一つ頼りになるのかならないのか微妙なラインの弟子相手に思いっきりため息をつく。
『ハァ~~………』
「溜息つくな!」
『腕前だけはまともになってくれたと信じていたのだが………危なっかしいのは相変わらずだな』
「うるせ・!?」
ムキになって反論しようとしたとき、踵を返した暴走体が突っ込んできたため、陽太は上空に急上昇し暴走体の上方を陣取る。
『で? そこからどうするつもりだ?』
モニター越しにコーヒー飲みながらショー気分で観戦している姿が容易に想像できた陽太は、額に青筋を作りながら千冬の問いかけに真っ向から言い放つ。
「こうすんだよ!!」
左手のヴォルケーノからプラズマ火球を3発発射する陽太であったが、その攻撃は先ほどの拳の時と同様に翼に激突すると若干拮抗した後にやはり大気中に四散されてしまう。
「嘘ッ!?」
『気を付けろ! 恐らくそのオーガコア暴走体は口内だけではなく、翼を含めた全身が振動兵器と化している。ブレイズブレードのプラズマ火炎も全身振動で集束状態のプラズマを拡散させて無効化しているのだろう』
「チッ! じゃあ下手に格闘戦しようものなら………」
『替えの手足が容易に手に入るなら、やりたいようしてみればどうだ?』
心冷める助言を有難くいただいた陽太は通信越しに一言吐き捨てる。
「選手(ボクサー)の気分を向上させる言葉をいえないセコンドだな、オイ」
『キャリアは十分だから助言(アドバイス)はいらんのだろ?』
ああ言えばこう言う師匠相手に本気でブチ切れてやろうかと真剣に考え出す陽太であったが、その時、セシリアを安全圏まで退避させた鈴が飛行形態でまっすぐこちらに向かってくるのが見えた。だが、それは暴走体も同じようで、またしても陽太を無視して鈴に対してフォトンメーザーを乱射し始める。
『ウワッ! 何なのよコイツ!?」
「鳳!?」
『今忙しいのよ! 後にしなさい!!』
プライベートチャンネル越しに呼びかけた少女からは、つい数時間前までの可愛らしい猫のような反応は消えうせ、心底鬱陶しそうな声返ってきて、陽太は一瞬別人かと思案するが、これがコイツの素の声かと納得すると、再びチャンネル越しに鈴に指示を飛ばす。
「とりあえず海上まで飛べ!! 死なないように!」
『何を!? アンタ、私がやられるとか考えてるんじゃないでしょうね!?』
「当たり前だボケッ!」
『何が当たり前よ、このサル!!』
「!!………このオーガコア片付けたら、次はテメェを泣かせちゃる!」
それだけ心の底から宣言すると、フォノンメーザーを乱射するオーガコア暴走体に向かってプラズマ火球を立て続けに放ち、あえて防御させることで鈴への攻撃を寸断する。どうやらオーガコア暴走体をもってしてもプラズマの無効化とフォノンメーザーの発射は同時に行えない様で、翼を全身に巻きつけて全力防御の体勢を取った。
攻撃が止んだ事を確認した二人は、これ以上この場で戦っては校舎や周辺はもちろん、一般生徒まで切り刻まれる可能性が高いため、戦場を人的被害が出来得る限り少ない学園近くの海上に移そうと一気に上空を駆け抜け、の背後からオーガコア暴走体も二機………正確には鈴へと狙いを集中させながら後を追いかけてくる。とりあえず狙い通りの展開になったことを確認した陽太は素早く通信を他の者達に入れ、状況の確認をし始めた。
「はい! 皆が愛してやまない陽太様からの状況確認タイム!!」
止せばいいのに余計な前フリをしてしまったがために、女性陣から圧倒的な不評を受けた返答が返ってくる。
『誰がだ!!』
『分を弁えろ!!』
『調子ノリ過ぎですわ!!』
『アンタ本当に頭ン中に虫沸いてんの!?』
「女共まとめて後でシメる! マジやってやんかんな!! 覚悟してろよぉ!!」
絶対に泣かせて土下座させて這い蹲らせて哀願させる!
心の底からそう誓う中、唯一の同じ男性の一夏が陽太と鈴にかなり劣るスピードで飛行しながら話しかけてくる。
『オイ陽太! 俺は何をすれば………』
「ハイパーセンサーを高速戦闘用に切り替えられるか!?」
『えっ? 何それ?』
「!!………ああ、もう!! おとなしく留守番してろ!! 邪魔だ!!」
頼りにならない相方に一方的な留守番を言いつけると、彼は後方でフォノンメーザーの連射に晒されている鈴の援護のためにプラズマ火球を放ち、防御不能の音の矢の連射を阻止しつつ、更なる沖合いへと戦場を移そうとしていたのだった………。
☆
「ハイパーセンサーの設定変更って………ちくしょう! どうすりゃいいんだよ!?」
一方、半ばなし崩し的に留守番を言い渡された一夏であったが、二人が戦っている最中に自分だけ黙って待機しておくなど彼の気質が許しはしないためか、慣れない手つきで表示されている空中ディスプレイを操作するのだが、思うように高速戦闘用へと切り替えができず、苛立ちのために言葉尻が熱くなってしまう。
だがそんな彼を見兼ねたのか、千冬からの助け舟となる通信が入る。
「織斑、大丈夫か?」
『千冬姉っ!』
「織斑先生と言えとあれほど言っているだろうが」
『いや、今はそんなことよりも、頼む! 教えてほしいことがあるんだ!!』
「分かっている………今から山田君が指示を出してくれるから、彼女の指示通りに設定を…」
「織斑先生!!」
そこに全力疾走してきたのか、額に汗をかきながら肩で荒い息をしたままのセシリアがラボに滑り込むように入室し、一目散に千冬の前に立つと、開口一番にとある懇願をしてくる。
「私にラファールをお貸しください! 陽太さん達の援護に向かいます!!」
「ならん」
有無も言わさず自分の意見を却下する千冬に、セシリアは表情を荒げて喰らい付く。
「何故なのですか!?」
「言った筈だ。通常ISではオーガコアに対抗しきれない。ましてや今、火鳥達が戦っているオーガコアは全身を振動兵器と化した怪物だ。実弾兵器が主体のラファールではダメージを与えるのは極めて困難だ」
「クッ!」
セシリアの技量の有無ではなく、機体性能の差が激しい上に今度のオーガコアは固有の能力そのものが厄介極まりない。半端な機体に乗っていってもそれこそ開きにされかねないのだ。
それを承知している千冬は、ラボの奥で作業を進めているくーに通信を入れて作業の進行状況を確認する。
「くー」
『はい、なんでございましょう?』
「二機のコアへの換装は中止して、今すぐブルーティアーズ改良機へのリンクを最優先に行え」
『了解しました。ただし新型BT武装の調整に少々お時間をかけることになりますが…』
「コアと機体のリンクとハイパーセンサーの調整のみでいい。それならば5分で仕上げられるだろう?」
『!?』
だがその千冬の意見にくーは顔色を変化させる。元来完璧主義なところがあるくーにしてみれば、束が手掛けたISをそのような中途半端な状態での出撃などさせたくないのだ………が、相手は織斑千冬である。くーにも有無も言わせない迫力で一瞬だけ目付きを鋭く睨み付けると、彼女の返事を催促する。
「くー………?」
『わ、わかりました! ですが、BTが使えない以上、この機体の攻撃手段は………』
「私を『あの馬鹿』と一緒にするな。ちゃんと考えはある」
それだけ言い残すとくーへの通信を切り、セシリアの方を改めて見ると、彼女の予想を超えることを言い出し始める。
「オルコット、聞いての通りお前の新型ISが後五分ほどで仕上がる」
「はい! ならばその機体で私も戦闘空域に………」
「いや、お前の機体はここからしてもらうことがある」
「?」
「オルコット………お前の狙撃をヒットさせた最高の距離を教えろ」
なぜ今になってそのようなことを聞いてくるのか? 怪訝な表情になりながらもセシリアは真面目に千冬の質問に答えた。
「はい………最高距離は確実に狙えるのであれば7.2kmですが…」
「なるほど。ではこれからその記録を大幅に更新してもらう」
モニターにオーガコアと戦闘を行っている空域の映像とレーダー画像を交互に表示し、千冬はセシリアに改めて『命令』する。
「現在、沖合い30kmの辺りで三機は戦闘を行っている」
「はい」
「では命ずる。セシリア・オルコット………30km先(彼方)の敵を射抜け!」
「……………はいぃぃ!?」
☆
夕日が海面を反射し、キラキラと眩しい輝きを放つ沖合いの上空1kmの上空において、航空機形態の甲龍・風神から連続して衝撃砲を放ち、オーガコアを撃墜しようとする。甲龍の放った衝撃砲は通常の肉眼では捉えることが適わぬはずの代物なのだが、オーガコアはその攻撃をまるで肉眼ではっきりと確認しているかのような動きで全弾回避し、返す手でフォノンメーザーを連射し甲龍を切り裂こうとした。
敵のその動きに内心舌打ちしつつ、鈴は機体を一気に急降下させて海面スレスレを飛行し、オレンジ色の海面を切り裂きながら蛇行することでその砲撃を回避しきる。だがそんな鈴へと更なるフォノンメーザーを放とうとするオーガコアであったが、攻撃を放つ直前に横合いから火球を放ちながら接近してくる陽太に気がつき、攻撃を中断し、翼を振動させてプラズマを拡散させるオーガコア。翼に直撃したプラズマ火球はやはりこれまでと同様に球状を保つことができず、拡散させられ光の粒子のようにキラキラと輝きながら大気に四散していく。
先ほどからこのような展開の繰り返しに、鈴も陽太もいい加減うんざりとなってくるが、二機の最大の武装である衝撃砲とプラズマ火炎の双方に対して強い耐性持つ、このオーガコア相手に有効な決定打が繰り出せないでいたのだった。
「(チッ! 最大出力のフェニックスファイブレードなら奴に拡散される前に装甲を突破できるかもしれないが、如何せん威力の調整を間違えると、オーガコアごと焼き鳥にしちまいかねん!!………どうする!?)」
力技で強引に突破するべき局面か否か、迷う陽太。だがなまじ相手の能力が高いだけに匙加減を誤れば最悪な状況に繋がるだけに、今一歩強引な手段に訴えることが陽太にはできずにいた。
「てか、なんで私ばっかり狙うのよ!!」
フォノンメーザーの集中砲火に晒されている鈴は、何故か自分を追い回してくるオーガコアに奇妙な既視感を覚え、オーガコア暴走体を注意深く観察する。
「(アイツ………何処かで?)」
獣染みた表情の知り合いなど彼女には存在してはいないのだが、だが先程から感じている感覚は確かに覚えのあるものである………そのように困惑する鈴であったが、敵のオーガコアは一切の容赦はしなく、彼女を撃墜しようと翼を羽ばたかせて急加速して突撃してくる。
「(速いっ!)」
スラスターがついているようには見えない外見からは想像もできない加速力である。間合いを詰められてはたまるかと衝撃砲で弾幕を張るが、今度は回避するのではなく、自分に直撃する直前で翼と大きく開かれた口内から発せられた見えない音波の障壁で全弾防ぎ切ってしまうオーガコア。
「なるほど………さっき衝撃砲を避けたのも、この芸当の応用かよ」
不可視の衝撃砲がはじけ散る振動を感じた陽太は、先程オーガコアに衝撃砲が掠りもしなかった理由がなんなのかに気がつく。超音波を空気中でソナーとすることでリアルタイムで衝撃砲の弾道を『視て』いたのだ。そしてオーガコアのあの反射速度ならば見えているなら回避するのも難しくはないだろう。
「(チッ! 不意打ちもしづらい相手だなオイ)」
敵の能力の高さに改めて舌打ちする陽太であったが、その時、自身のISのハイパーセンサーに新たなる反応が二つ表示され、瞬時にそれが誰なのか理解し、プライベートチャンネル越しに怒鳴りつける。
「Fカップはよくぞ来た! だが織斑弟!? お前は留守番言いつけただろうが!!」
『!! き、きさまっ! どうしてそういう発言ばかりする!?』
『留守番って………この状況を黙ってみてられるかよ!』
「接近戦しかできないテメェーは特に下がれ! マジでいらんわっ!」
『なにぉー!?』
援軍として現れた紅椿を身に纏った箒と、真耶に手伝ってもらったおかげで無事にハイパーセンサーの切り替えを終えた一夏であったが、プライベートチャンネルでまたしてもつまらないことを言い出した陽太と一夏が口喧嘩をしだす。だがその光景を偶然見かけた鈴に電流が奔った。
―――つまらない言い争いをする二人の姿が、この間の自分と元クラス代表の少女の姿と重なる―――
「まさかっ!」
自身が抱いていた疑問の答えを導き出した鈴は、飛行形態で攻撃を回避していたが突如変形を解除し、呆然と海上に立ち止まってしまう。
「鈴っーーー!!」
そんな鈴に対して、容赦なく襲い掛かるオーガコアと一夏の声が重なり、次の瞬間、海面が大爆発を起こしたのだった………。
☆
「全システム異常なし、コアの正常起動確認。パーソナルデータの書き換え(リライト)終了………」
空中ディスプレイを高速でキータッチするくーの言葉が静かに響くラボの中で、新型ISに身を包んだセシリアが静かに左肩に装備されているライフルに手を掛け、一歩前に足を踏み出す。
「……これが、新しい私のIS………」
以前のブルーティアーズに比べて、まずは全身の装甲のが一回り以上大型化し、また覆っている部分も増えており、装甲の繋ぎ目には黄金のラインが走り、どことなく気品さが増した外見と、以前よりも左右一枚づつ増えた特徴的なフィン・アーマーが六枚に、装甲と同色の大型スコープと一体となっているオレンジ色のバイザーを被り、左肩には三連の砲口と折りたたみ式の大型砲口を一体化させた新たなるライフルが装備されていた。
「セシリア・オルコット。初起動がいきなりの実戦で、しかも相当な無茶ブリだ………いけるか?」
30km先を狙い撃てと言い出した本人でありながら、こんな時にそんな心配をしてくる千冬に、セシリアはあえて不敵な笑みで微笑み返してみせる。
「あら? 織斑先生はわたくしの通り名をご存知ありませんの?」
「…………そうだったな」
ついこの間までならば、置かれた状況に対して文句を言い出したかもしれないが、今の彼女には状況をうまく捌く柔軟さと、強い信念が宿っている。
自分の心配など、まさに不要な代物だったと僅かな後悔をした千冬は、すぐさまいつもの鉄仮面を作り直すと、セシリアに号令を発する。
「セシリア・オルコット、出撃しろ!」
「イエス・マムッ!」
軍人らしい敬礼をしたセシリアの足場が急上昇し、ラボの天井が開き、夕焼け色に染まった空が現れる。上がった足場が地上で固定されると、足元のセフティーロックが解除され、自由となったセシリアはスラスターを点火して跳躍し、破壊を免れている高い校舎の上に着地すると、左肩のライフルを取り外して構えた。
折りたたみ式の大型砲口が180度折り曲がり、砲身と一体化してISの全長とほぼ同じ長さの大型ライフルに変形すると、その砲口を戦闘空域に向かって向け直す。と同時に、バイザーの上から大型スコープが一体化し、彼女の脳内に極めて詳細な戦闘空域のデータが表示されたのだった。これは新たなるこのISが安定しかつ精密狙撃が行えるように新たに増設された特殊ハイパーセンサーであり、このスコープによって、従来のISでは不可能な距離と精度の狙撃が可能になったのだが、それを考慮しても30km先というのは至難を極めることこの上ない。
だが今のセシリアには、尻込みするような気持ちはない。いや、失敗する後ろめたい気持ちが存在しないわけではないが、だがそれに怯えて状況から逃げ出すようなことをしたくないのだ。
「(今、このスコープの向こうでは仲間が戦っています)」
性格も目的も足並みもバラバラ………だが不思議と今の彼女はそんな者達に愛着を持ち始めていた。
だからこそ、このミッションは外せない。
仲間のため、己のため、セシリアは高まる気持ちを更に鼓舞するように、新たなる自分の愛機の名前と己の通り名を口にする。
「『蒼穹輪舞(ロンド・オブ・サジタリウス)』セシリア・オルコット!! そしてその愛機である『ブルーティアーズ・トリスタン』!! 目標を射抜きます!!」
そんなセシリアに応えるかのように、ブルーティアーズ・トリスタンの大型スコープが輝きを放ち、戦闘空域に今、勝利の鍵となる矢を放とうとしていた………。
セシリアさんの新型の名前は、彼女の本国で有名なアーサー王伝説の円卓の騎士で、黄金の射手として有名なトリスタンからとりました。
あと武装の方は………本格的に動き出したら、わかる人には一発でわかるかもしれませんねw