体調管理って重要だね。
てことで、ついに第一部完結!
そして彼女のISがいよいよ登場して、大暴れします!!
数多くの企業がひしめき合う、とある都市に存在する超高層ビルの一角。
表向きは世界的な貿易業を中心に、あらゆる物資を世界中に流通させ、同時に人材派遣やサービス業などを手広く行い、世界的に有名な巨大複合企業、『アドルフ・グループ』
その本社であるビルの中を、堂々と特注の豊満が過ぎる爆乳が見えそうな胸元が開いた軍事用ジャケットとブーツ。そして二本の刀を持って、赤い高級カーペットの上を歩く女傑がいた。
「リキュール………」
アレキサンドラ・リキュールを呼び止めたスコール・ミューゼルは少々呆れ顔になっていた。
「もう、ここに来る時はちゃんとした格好でって、いつも言ってるでしょっ!」
「ん? ああ、そういえば言われていたな………」
ここに来る度同じ問答を繰り返しながらも、まったく悪びれる様子がない困ったちゃんに呆れ顔になるスコール。彼女がきっちとしたワインレットのスーツを着こなしているだけに余計に異様さが目立って仕方ない。
「一応表向き、貴方はここの子会社の女社長なのよ?」
「それについてはいつも呆れさせられる………私に会社経営など一番向いていないというのにな」
この「アドルフグループ」が「亡国機業(ファントムタスク)」の表の顔であることを知っているのはあくまでも幹部クラスと直接従事する人間だけのだ。
スコールにしても表向きは営業本部の本部長という結構な役職につけられており、何かと仕事をこなしているというのに、リキュールはそういったことをまったく行おうとしない。
「闘争狂い(ウォーモーカー)」などと揶揄されることもあるリキュールであるが、あながちそれも間違いではなさそうである。
「はぁ~~~ストレスでお肌が荒れちゃいそうよ、私?」
「苦労をかけるね、君には……」
目を閉じながらおどけた様子のリキュールに、スコールは子供のように頬っぺたを膨らませながら抗議する。
「いつもそればっかり!! 本当は私の事をいじめて楽しんでるんでしょ?」
「おや、今日の君はエラくご機嫌がナナメなご様子だね?」
いつもよりも少々ご立腹なスコールの様子に首を傾げるリキュール。そのリキュールの顔が余計に気に入らなかったのか、スコールは返事をせずに通路の壁に手をかざす。すると壁が独りでに左右に割れ、中から亡国機業構成員専用のエレベーターが現れ、スコールが乗り込むと、続けてリキュールもエレベーターの中へと入るのだった。
「せっかくデートができると思ってたのに、いきなり『仕事』をくれだなんて、私、貴女の正気を疑っちゃたわよ?」
「私とて亡国機業(ファントム・タスク)の幹部としての自覚ぐらいあるつもりだが?」
まさか真面目に仕事したいと言ったら、正気を疑われていたなどと、今度はリキュールが不満そうな表情をしながらスコールに抗議する。だが、そんな彼女の様子にスコールは嬉しそうな笑顔で答えるのだった。
「もう、怒っちゃった?」
「いや、別に?」
若干拗ねたような口調のリキュールを微笑ましそうに見つめながら、エレベーターのボタンを押すスコール。キンッという音と共に扉が閉まると、スコールはエレベーターに一つしかないボタンを押す。それは組織の人間か否かを証明するための指紋センサーの役割があるボタンであった。
更に指紋センサーが終了するとボタンの下にあるカバーが開き、中から特殊なキーを入れる装置が現れ、いくつかのボタンを押すと、突如エレベーター内部の照明が落ち、網膜センサーや特殊なスキャニングを行う赤いレーザーが二人を包み込んだ………数秒の後、赤い光が消え、今度は緑色の照明に切り替わり、エレベーターが僅かなGを感じさせる程度の高速で地下に降りていく。
時間にしておおよそ10秒程度、地下数百メートルにある巨大研究施設への扉が開くと、二人の目の前では、白衣を真っ赤な血に染め負傷した研究員達と、大騒ぎしながらアサルトライフルやマシンガンを持った警備員達とでひしめき合っていたのだ。
しかし、普段は静かな空間であるこの場所が、突如戦地の野戦病院のような様相を見せているにも拘らず、二人の女幹部は暢気に目の前で起こっている事態を静観していた。
「何かあったようだな?」
「ひょっとして………貴女の『相棒』ちゃんが、またしてもご立腹なのかしら?」
「………それは………」
リキュールが何か言いかけたときラボの一室の扉が開き、中からスキンヘッドに左目に片眼鏡をかけ、右手に杖を持ち、90歳近い年齢のために前かがみの猫背になりながらも、老いを感じさせない元気な怒鳴り声で、負傷している研究員達を怒鳴り散らしている老人が現れた。
「この馬鹿者共がっ! 無能なのも限度を考えんかっ!!」
「も、申し訳ございません………ですが」
「言い訳なんぞ聞きたくもないわいっ!!」
負傷して腕が折れている助手の研究員が必死に弁明しようとするが、そんな状態の彼を老人は杖で尻を思いっきり強打すると、『しばらくワシの視界に入るなっ!』と怒鳴り散らして追い払ってしまう。
そんな老人にリキュールとスコールが笑顔で近寄ると、老人は助手たちに見せたこともないような破願した顔で二人に向かって微笑みかけるのだった。
「オオッ! これはこれは、ワシの女神達よっ!!」
「ご機嫌ナナメのようだな、御大」
「もう………またどんな実験をしたんですか、プロフェッサー?」
老人はニコニコと近寄ってくると、いきなり目をクワッ!と見開き、90近い老人とは思えないジャンプ力でリキュールに飛び掛ると、至福の表情でその豊満すぎる谷間に顔を埋め、彼女の胸の感想を述べ始める。
「相変わらず完璧過ぎる弾力、吸い付くような肌触り、天に昇るような芳しい匂い………これだけで30は若返る!!」
「御大……」
特に嫌がる様子もなくそんな老人のセクハラ行為を成すがまま受け入れるリキュールであったが、突如彼女の横から老人の股間目掛けて、どこからか取り出した拳銃を突きつけて笑顔で最後通告をする………若干黒いオーラを放ちながら。
「撃つの?………スコールちゃん、撃っちゃうの?」
「今すぐ離れてくださいプロフェッサー・ヘパイトス」
キンッと安全装置(セフティ)が外れる音が聞こえたヘパイトスという名の老人は、全身から冷や汗を垂れ流しながらも渋々といった表情で々リキュールの谷間から顔を離し、残念そうな顔でスコールに文句を言い出す。
「なんじゃいなんじゃい………アホばっかり相手にしてるこの老人の、数少ない生きがいを奪うつもりなんかい?」
「もっと別の生きがいを見つけてくださいプロフェッサー。後、次に同じ事したら今度は予告ないですからね?」
黒い笑顔のスコールを見たヘパイトスは、冷や汗をかきながら二人から若干距離を離すと、コホンと咳払いをし、近くにいた研究員の一人を手招きして被害の状況を確認する。
「で? 肝心の『あやつ』は今どの辺りをうろついとるんじゃ?」
「ハッ! 監視カメラからの情報によるとB区画の資材倉庫にとのことです」
「フム………さてはお嬢ちゃんが来たことを感じ取ったな?」
リキュールのほうを見てニヤリと微笑むヘパイトス。彼のそんな様子を見たスコールはやはり自分の勘が当たっていたことを胸を張ってリキュールに自慢するのだった。
「ホラ! 私の言った通りでしょ!」
「どうやらそのようだね………ご老体、皆を下がらせろ。後は私一人でいい」
「そいつは有難い。なんせオーバホール終わった直後に、新入りのアホが不用意に触ったことが原因の癇癪じゃしな」
三人が並びながら通路を歩き始め、途中、会う職員たちや警備員たち全員に下がっておくように指示を出していく。
ツカツカと歩くこと数分、B区画にある倉庫の前に到着した三人は、厳重に閉じられていたハズの隔壁が、何か『力任せ』にネジ開けられている姿を見て、ココにいると確信を持つ。
静まり返る通路と、マシンガンやバズーカを持った警備員たちが固唾を呑んで見守る中、一歩前に出たリキュールが大きく息を吸うと、次の瞬間、大声で倉庫の中にいる騒動の犯人の名を叫ぶ。
「ヴォルテウスッ!!!」
大声で名を呼ぶリキュール。そして数秒後、真っ黒な倉庫の中から不気味な二つの朱色の光が灯り、まるで彼女を見つめるかのようにその輝きはゆっくりと近寄ってくる。
「長らく待たせたな、我が愛機!! いいか、聞けっ!!」
歓喜の声を上げて光を見るリキュールが更に前に出ると、それに合わせて二つの朱色の光はゆっくりと彼女と同じ目線に高度を下げたのだった。
「『敵』だっ!! 我らについに『敵』が現れたぞっ!!」
本当に、本当に嬉しそうに微笑むリキュールに呼応したのか、突如、真っ暗な闇の中かから不気味な雄叫びが研究施設全域に響き渡り、その後、激しい雷光が迸り、施設の蛍光灯やモニター、その他電子機器を次々と破壊ししていく。
研究員や警備員たちがその現象を前にパニックになりかけけるが、リキュールとスコール、ヘパイトスだけはまったく動じる事もなく、暗闇の向こうにいる、眠りから目覚めた『黒き暴龍』の雄叫びを楽しそうに見続けるのだった。
「さあ、行くぞ!! 我々が立つべき場所に! 選ばれし『戦士』のみの生き場所………戦場だ!!」
リキュールが右手を暗闇の中に突っ込み、黒き暴龍の首を掴み自分のほうへと引き寄せる。歓喜に震える紅玉と朱色が、お互いを舐め合うように血よりも赤い輝きを放ちあう。
そしてしばしの静寂の後、紅の閃光を放った黒き暴龍は、龍のエンブレムを象ったペンダントに変化し、キンッという金属音を奏でながら静かに研究施設の床に転がり落ちながら、リキュールの足元にぶつかって止まるのだった。
「だが、その前に一仕事だ。悪く思うなよ?」
自分の愛機を拾い上げたリキュールがペンダントを首にかけると背後のスコールに微笑みながら振り返った。
「さて、今からいけばちょうど向こうの演習開始時刻に間に合いそうだな?」
「そうね………足の速い子用意しておいたから、遅刻はしないわよ」
来た時と同じように仲慎まじく歩き出す女幹部二人に呆然となるギャラリーと、いつの間にか入れてきたコーヒーを飲みながら、『気をつけての~』と暢気に送り出すヘパイトス。
そんなギャラリーの中で、年の若そうな白衣を着た青年が小声で研究施設の総責任者のヘパイトスに話しかけてきた。
「よろしいのですかプロフェッサー?」
「………何がじゃ?」
先ほどまで女性二人を相手にしていたときの嬉々とした表情などはどこかに吹き飛び、至極うっとしそうな表情で青年を睨み付ける老人に、年の若い青年は気圧されそうになりながらも質問を続ける。
「あんな『化物IS』を渡してしまってです。もし幹部のお二人に何かあったら………」
「お前の耳はゴミか? 『アレ』はリキュールのお嬢ちゃんの愛機じゃぞ」
「ですが………正直信じられません! あんな化物を人間が操縦できるわけ……」
尚をも突っかかってくる青年に、ヘパイトスは右手の杖を突きつけながら、有無も言わさぬ迫力で言い放つ。
「お前の小さな常識でモノを語るな小童が。ワシの最高傑作たる『アレ』を、真の意味で使いこなせるのはリキュールのお嬢ちゃんだけなんじゃよ………それにな」
ニタリと笑うヘパイトスは、この常識でしか世界を知らない世間知らずの若き研究員に諭すように言葉をつむぐのだった。
「『化物』は人間がコントロールすることはできんというのは正解かもしれん………つまりは、リキュールのお嬢ちゃんもまた、『人外の化物』なのかもしれんな……ヒョッホッホッホッ!」
☆
―――太平洋・ハワイ沖某所―――
世界的な観光地の一つであり、日系人などが数多く住み、複数の諸島が存在するハワイ沖を、今、一隻の巨大な空母が航行し、またその周囲を十数隻の巡洋艦が旗艦である空母を守るように陣形を取りながら同じ速度で付き従っていた。
世界で最高最強の軍事規模を持つアメリカ海軍の一つ、『太平洋艦隊』に所属し、普段は東太平洋を中心に活動する『第三艦隊』の戦艦群なのだが、現在彼らは政府からの特別要請によってとある演習に赴く途中であったのだ。
その演習とは、つまり『対オーガコアを想定したIS部隊との連携』という任務を賜った海軍は、予定の水域まで特別なトラブルもなく順調な航海が続いており、滞りなく任務を遂行できると誰もが信じきっていたのだが、そんな海軍兵士の中でも、おそらくただ一人だけ、言い知れぬ不安に陥っている者が、空母の看板から雲がまばらに散らばった空をじっと見つめていた。
IS操縦者特有のスーツの上に海軍のジャンバーを着込み、鮮やかな金髪を風で揺らしながら、厳しい表情で空を睨むIS操縦者の名は、ナターシャ・ファイルス。普段は『地図にない基地(イレイズド)』と呼ばれる基地に勤務している階級が中佐のIS操縦者で、以前、陽太と戦闘し、まんまと彼に出し抜かれてしまったイーリス・コーリングの同僚であった。
「……………」
「予報では雨が降る確率はコンマ数%だとのことだが、何か気になるのかね?」
「副長!」
背後から声をかけられたナターシャは、とっさに振り返り、この空母の副長である口元に髭を生やしたスキンヘッドの四十代後半の黒人男性に右手で敬礼をする。そんな彼女に副長である黒人男性はニコニコと笑いながら手に持っていた紙コップのコーヒーを差し出すのだった。
「冷めない内に飲みたまえ、ファイルス」
「………いただきます」
階級も年齢も上でありながら、柔和な物腰と口調で下の部下たちにも気さくに話してくるこの副長のことを好意的に思っていたナターシャは、差し出されたコーヒーをありがたく頂戴する。
湯気が海風に乗って流れていくが、尚も感じるナターシャの中にある、操縦者としての『第六感の警鐘』が彼女の表情を厳しくしてしまう中、副長は彼女がこれから行われる演習に対して気負いすぎているではと勘違いしたのか、彼女の肩を軽く叩きながら、緊張をほぐすように気軽に話し始めるのだった。
「今回の『対オーガコア部隊の設立』に君が一番尽力してたのは解るが、そう気負うことはないファイルス。これはあくまでも演習だ。実戦を想定して緊張感を保たなくてはならないのはもちろんのことだが、気負いすぎると思わぬ事態に足元をすくわれてしまうぞ?」
「あ、申し訳ありません副長………」
「なあに、この演習が終われば、君達『福音部隊(チーム・ゴスペル)』の有用性は不動の物になる。そのための演習でもあることを忘れたわけではあるまい?」
「はい………」
そう、今回の目玉であり、表舞台にその姿を初めて見せることになるアメリカとイスラエルの共同開発した第三世代IS『銀の福音(シルベリオ・ゴスペル)』と、銀の福音を元に製作され、世界でも初の『第三世代量産機』となる『銀の精霊(シルバー・エレメント)』による対オーガコアIS部隊、通称『白銀部隊(チーム・シルバー)』。
世界的に見てもオーガコアを専門に対処する初の『正規部隊』となるこの白銀部隊の設立を提唱し、上層部に必要性を訴え続け、量産機の設計から製作まで関わり、部隊員となる操縦者の人材発掘なども行い、正規部隊としての活動にまで漕ぎ着けたナターシャとしても、今日という日は記念するべき日なのだが………。
「(どうしてだろう………気のせいか今朝から福音(ゴスペル)も珍しく緊張していた………何か来るというの?)」
拭い切れない不安な予感。
そしてその視線の遥か彼方の先には、地上に向けて今、恐るべき闘いの鬼神が降り立とうとしていた………。
―――ハワイ沖上空約90000m地点―――
澄んだ青空を広げさせる高気圧の遥か真上、遮る物が何もない太陽光にさらされた場所において、不規則な輝きを放つ物体があった。
成層圏90000m付近を、超音速でカッ飛ぶ一機のステルス戦闘機………否、戦闘能力を排除され、代わりに如何なる偵察衛星にも引っかからないステレス(隠蔽)能力と、大質量の物体を輸送する輸送能力を持たされた世界ただ一機の亡国企業専用機『ドミニオン』。
輸送コンテナの中に固定されているとある『機体』の内部で、アレキサンドラ・リキュールは時々起る乱気流の振動すらも、まるで自分の戦意を高めるBGMのような気分で感じ取っていた。
『お休みだったかしら?』
「いや、少し考え事をしていただけさ」
目を閉じて瞑想するように静かだったリキュールに、通信画面越しにスコールは再び不満そうにほっぺたを膨らませながらあることを聞いてみた。
『もう! また、陽太君?』
「それもあるよ………彼こそが私の求めていた『宿敵』に成り得る存在だからね」
彼と対面を終えた日からというもの、一日足りとも彼への賞賛の言葉が止む事は一日もなく、なんだか恋人を取られた女のような気持ちになってしまうスコールは面白くないのだ。が、そんなスコールの様子が面白いからあえてリキュールが陽太の話題を出しているとは、流石のスコールも知る由もなかった。
ほっぺたを膨らませてそっぽを向いているスコールを微笑ましそうに見ながらも、一瞬だけ視線を通信画面から外したリキュールの目に止まったもの………。
ブレイズ・ブレードを纏った陽太と、オータムやジーク、そして変異したラウラとの戦闘シーン。
そしてもう一つは、長距離から高感度カメラで捕らえたためか、画像が荒くはっきりしない映像ながら、『白い光を放つIS』と『黒い髪をした操縦者』の映像であることがなんとか確認できる。
前者はともかく、後者のほうは何者かのクラッキングを喰らい、唯一見ることができる映像がこれだけであったのだが、他の幹部達はいざ知らず、リキュールのみ、この操縦者が何者でこのISがいかなる存在なのか、直感で感じ取っていた。
「(束の仕事の割には少々雑すぎたな。それとも私に知っていてほしかったから、あえて雑で済ませたのか? クックックッ………ついに完成させた『第四世代』ISを、よりにもよって千冬の弟に与えたか)」
ここにはいないウサギ耳をつけた女性を思い、再び瞳を閉じるリキュール。
「(お前も私とは敵対する道をいく………元は一つの道を歩いていた私達だが、今は見事に三つ巴の様相になったな)」
過去は二度と戻ることはない。
ならばこれから自分が世界に見せる答えは、ある意味、アレキサンドラ・リキュールにとって特別な『二人』へのメッセージに成り得るのだろうか?
誰にも問いただすことなく、内心だけでそう呟いたリキュールの耳に、作戦領域に到達したアラームが鳴り響く。
「では行って来るよスコール」
「………気をつけて、ご武運を」
先ほどの膨れっ面から一変し、恐ろしいほどの真剣な表情と、僅かなリキュールの無事を祈るそんな表情をしたスコールに、リキュールは柔らかく微笑みで返事を送り、コンテナのハッチを開放する。
「では行くぞ!! ヴォルテウスッ!!」
機体を固定するためのフレームが外され、ゆっくりと重力に従いながら、全面青い海面に向かい、一機の黒よりも漆黒よりもなお深い黒鋼のISが降下を開始した。
真昼の太陽に照らされ、美しい光沢を放つ黒鋼のボディに、各装甲の間に走らされた黄金のラインが凶暴さの中にある神々しさを演出し、胸部に埋め込まれた5つの何かしらの装置である真紅の宝石が、体内からエネルギーをマグマのように吹き上がらせていた。
頭部はというと、漆黒のマスクと左右対になっている鬼の角のようなセンサーと、血のよりも濃い朱色のデュアルアイになっており、顔部全てを覆い尽くしていながらも彼女の特徴である瞳の色が再現されているようにも見える。
背中からは上下二個のノズルがついたスラスターが三つ付けられ、そしてその両左右のスラスターからは、通常のISの1.5倍ほどの巨体を覆いつくせるほどの巨大な悪魔を彷彿とさせる翼が取り付けられており、高速で落下する機体を減速させるように左右に広げられていた。
そして最大の特徴であるとも言える、機体の全長とほぼ同じ大きさで、幅が通常のブレードの三倍以上はある、特大の斬艦刀を二本とも背中に背負い、禍々しく尖った先端を持つ両腕を胸の前に組みながら、ひたすら目的のポイントまで、降下していく黒鋼の全身装甲(フルスキン)オーガコア搭載型IS。
その名は、ヴォルテウス・ドラグーン(暴嵐の黒龍帝)
設計思想の段階から「イカれている」と言われ続け、実に8人以上の優秀なIS操縦者を取り殺し、超絶的な性能を持ちながらも、主に出会うことなく解体を待つだけのISであった………そう、運命とも操縦者、アレキサンドラ・リキュールに出会うまでは………。
そして恐るべき力を秘めた機体が、今から自分が『食する』ことになっている『前菜』達をセンサーで捉えると、歓喜の声を上げながら、着地姿勢へと移行するのだった。
GUOOOOOON!!
大気を振るわせる遠吠えが、看板にいたナターシャの耳に木霊した時、それを合図にするようけたたましいサイレンが鳴り響き、そして艦隊中にアナウンスが流れる。
『戦闘警報発令! 現在、艦隊に向かって未確認ISが接近中!! 第一種戦闘態勢!!』
アナウンスを聞いた瞬間、手に持っていたコーヒーを捨て去り、上に羽織ったジャンバーを脱ぎながら、ナターシャはISのプライベートチャンネルを開いて、部下達に連絡を取る。
「全員揃ってる!?」
『ハッ! いつでも出撃はできます!!』
八人分の画像が開き、その中で自分の副官である部下の女性のその返事を聞くと、ナターシャはアメリカ国内でも屈指といわれる実力者としての空気を放ちつつ、部下達に指示を出す。
「これは演習ではないわ! いきなりのデビュー戦が実戦になるとは皮肉だけど、訓練を思い出し、全員で任務を完遂するの、いいわね!?」
『イエス・マム!!』
全員のその返事を聞くと、彼女はいったんチャンネルを閉じ、目の前で軍帽を被り直している副長に敬礼をしながら報告する。
「それでは副長! ナターシャ・ファイルス中佐。これより作戦行動に入ります!」
「うむ」
短い返事を送り、副長も慌しく艦橋へと向かい小走りで去っていく。
ナターシャも副長に背を向け、部下達が待つブリーフィングルームに向かって走り出すが、そんな彼女の胸中では、先ほどまで感じ取っていた言い知れぬ不安が倍増し、いよいよもって現実味を帯びたものに変化し始めていたのだ。
このままでは、この演習は失敗に終わる。
彼女自身でも、説明ができないその予測が、最悪な形で正解であったと証明されるまで、絶望の砂時計は刻一刻とその砂を減らしながら落ち続けていた。
一方、慌しく部下達が働く艦橋では、別の意味で緊張感に溢れて返っている。
「まったく………こんなつまらん演習で、よもやこんなハプニングになるとは……」
来年でめでたく退役をすることになっている初老の艦隊司令官である中将は、不機嫌そうな顔で双眼鏡から目の前のISの様子を確認していた。
この初老の中将は、とにかく部下に嫌われていることで有名であり、よく己の失態の尻拭いを部下に押し付け、部下の手柄を自分のものにすることで上層部に媚びへつらう、典型的な『ダメ』上司であった。しかも女尊男卑な今の世界を作り上げたISが大嫌いときており、この演習すらも当初は嫌がっていて、何かしらの失態をナターシャが犯せば、それを理由に部隊を解散に追い込む気が満々であり、仮に無事に演習が成功しても、『自分がいたおかげだ』と恥もなく言いふらしていただろう。
それゆえに、これから起こる惨劇の引き金を、彼が容易に引くことになる。
「未確認ISのコード確認しましたが、登録がありません。それにこの反応は明らかに通常ISとは違い、オーガコアと思われます!」
「例のフロリダを襲ったISとは別か………」
部下からのその報告に、中将は苦虫を潰したような顔になる。大方、フロリダを襲ったISを返り討ちにすれば、自分の経歴に箔がつくとでも思ったのだろう。
小さく舌打ちしてから、中将は部下達に命令を下す。
「現状を持って未確認ISを敵性ISと判断。ファイルス達に撃墜させる」
「了解! 敵性ISの現在地………艦隊正面!?」
「何を?」
上空から飛来した黒いISが、体勢を入れ替え、艦隊正面の海面に静かに降り立つのをモニターから確認する将校一同と中将。如何に優れたISであろうとも、同じくISを所有するこの艦隊に正面から近寄ってこようとは正気の沙汰ではない。
やはり自我を失ったオーガコアらしい行動か。
そう吐き捨てるように考えた中将であったが、次の瞬間、その考えは真っ向から否定される。
「敵性ISから、通信!?」
「なんだと!?」
「わ、わかりません………これは、こちらのシステムがクラッキングを…」
『こんにちは、アメリカ艦隊の諸君』
突然、勝手に通信回線が開き、スピーカーから女性と思われる声が流れ出す艦橋。
『私は亡国機業(ファントム・タスク)の七人の率いる者(ジェネラル)の・狂戦士(バーサーカー)、世に言う悪の幹部という奴だ』
狂戦士(バーサーカー)を名乗りながらも、優雅さと知的な本質を含んだ声色に、これが任務中でなければため息をつく男性軍人も多くいただろう。
だが、この無能な中将にとってしてみれば、己を小馬鹿にしたような話し方だと感じ取り、マイクを取り上げると唾を撒き散らしながら怒声を放つ。
「ふざけるな貴様! 何が悪の幹部だ!!」
『?………お前は誰だ?』
「わ、私は太平洋艦隊所属・」
『どうでもいい。早く艦隊司令を出したまえ』
「私が司令だ!!」
中将の怒声に、一瞬だけ沈黙したリキュールは、心底うんざりしたような口調で再び話をし始める。
『思っていた以上に下らない仕事になりそうだ。ああ、ヴォルテウス、怒るなよ。私も知らなかったんだ………』
「キ、貴様………正面から現れたことといい、その話し方といい………私を馬鹿にしているのか!!」
常に自分を上位に置くことで自我を形成してきた中将にとって、自分を明らかに無視しようとするリキュールの口調は耐えられるものではなかったのだ。
だが、そんな中将に対して、リキュールは隠しもせずに、『なぜ艦隊の正面に現れたのか?』という疑問をいたって当然といった口調でこう言い放つ。
『私がコソコソと背後から不意打ちをかけねばならない価値が、君達にはあるのかね?』
「!?」
己の強さに対する絶対の自負と矜持。それらを持っていて且つ何ら疑ってすらいないアレキサンドラ・リキュールだからこそ言えるセリフであり、この二つが彼女足らしめる要因とも言える。それ故に彼女は大軍相手に『正面から』戦いを挑む気でいるのだ。
「ぜ、全軍攻撃開始!! あのISを今すぐブチ殺してしまえ!!」
だが、その一言が引き金になり、中将は即命令を下す。一瞬だけ唖然となった部下達は、この場に副長が到着していないことを悔やみつつ、中将の下した命令を各戦闘員たちに伝えるのだった。
「さて………」
海面で腕組みをしながらその場で浮遊し続けるヴォルテウス・ドラグーン内部で、溜息をつきながらもこの戦場での主賓を待つリキュール。彼女にしてみれば、あのような中将(虫ケラ)などは端から相手にもする気はない。
「おや、流石に分かっているようだな」
ヴォルテウスのハイパーセンサーが9つの反応を捉える。ISだ。
「さて、対オーガコア用にチューンされたISと部隊の実力………しっかりと見せてもらおうか?」
顔を上げた先、上空に輝く9つの光点。
頭部から生えた一対の巨大な翼を持ち、全身を銀色の装甲が覆ったIS。そしてそれらの背後に、福音を元に、武装の簡易化をすることで生産性を高め、福音にはないレーザーマシンガンと実シールドを持たされた『銀の精霊(シルバー・エレメント)』が付き従ってくる。
ヴォルテウスの様相がさながら地獄からやって来た悪魔であるのなら、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と銀の精霊(シルバー・エレメント)の様相は、まるでその悪魔を討つ為に天から使わされた天使のようにも見える。
更に後方では、艦隊の全艦隻が自分に向かって砲門を向けているのを見たリキュールは嬉しさのあまりに犬歯をむき出しにし、全身から龍の咆哮のような殺気を放ちながら飛び立つのだった。
「さあっ! 前菜(オードブル)の時間だぞ!! ヴォルテウス!!!」
☆
「あら? どなたかしら?」
一方、「亡国機業(ファントムタスク)」の本部に宛がわれた自室において、いくつも積まれた書類に目を通していたスコールの耳元に、部屋に備えられたチャイムを鳴らす音が聞こえてくる。
すぐさま彼女が机に備えられたモニターを見ると、そこには『あろは~!』と言いながら手を振るプロフェッサー・ヘパイトスの姿が見え、自動ドアのロックを解除するのだった。
「あら、プロフェッサー? 今度は如何様なご用件でこちらまで?」
「なに、アホ共の顔よりも、美女の顔を眺めながらコーヒーが飲みたい気分になっての!」
手に持参のシュークリームが入った箱を持ちながら部屋に堂々と入ってくる老人に苦笑しつつ、書類を机に置き、部屋に備え付けられたコーヒーメーカーから、特注の豆を使ったコーヒーをカップに入れに立つ。
対して、ヘパイトスとはというと、来客用のソファに座ると空中ディスプレイを表示し、とある映像を見ながら、持ってきたシュークリームをほおばり始める。
「あら、もうそんな時間だったのかしら?」
「ホッホッホッ、流石お嬢ちゃんじゃな!」
ディスプレイに表示された映像。それは今この時間、リアルタイムで行われている『リキュール対アメリカ艦隊』の戦いの映像であった。
スコールは両手に持ったカップの片方をヘパイトスに渡し、もう片方を自分で飲みながら、目の前で戦いを繰り広げているリキュールの愚痴を言い始める。
「もう~~、聞いてくださいプロフェッサー! この人ったら、最近口を開けば「陽太君が~」ばっかりなんですよ!!」
「ほう? 例の織斑千冬の秘蔵っ子か?」
―――空中でレーザーの嵐のような乱射を受けながら、爆風の中を傷一つもなしに突っ切ってくるヴォルテウス―――
「ワシもちょいと興味があるぞ? 映像とデータを見せてもらったが、ありゃいいISと操縦者だわい」
「あら? プロフェッサーまで陽太君ファンになっちゃう気なんですか?」
―――量産型ISの視界から忽然と消え、次の瞬間、上空からの蹴りの一撃で、装甲を吹き飛ばし、腕を明らかに無理な方向にへし折るヴォルテウス―――
「ワシとしてはヴォルテウスの良い試し相手が見つかって、万々歳なんじゃが」
「それにしても、ヴォルテウスにも困ったものですね。自分が気に入らない人間が触れるだけで勝手に暴れだすだなんて」
―――背中から斬りかかってきた二機を、翼を羽ばたかせての衝撃波で身動きを止め、相手の動きが止まったところで、急加速急接近して、右の剛拳で二機とも吹き飛ばしてしまう。障害物のない海面を数百メートルほど転がり、最後はISを解除しながら海中に沈んでいく操縦者たち―――
「仕方あるまい。ワシの最高傑作は、おそらく世界一気位の高いISになっちまったんじゃ」
「気位が高くても、暴れる度に修繕費捻り出さないといけない私の苦労もわかってほしんですが?」
―――倒された部下達の敵を討つべく、福音が最大の武器である背中の計36の高密度高圧縮エネルギー弾を放ち、その全弾をヴォルテウスに命中させる―――
「それも仕方あるまい。そもそも最初のころに比べれば随分大人しいなったほうじゃなわい。なんせヴォルテウスにはオーガコアを『四つ』も使用してるからな」
「あれの設計思想見たとき、みんな呆れてたんですよ? 『こんなの人間が乗れるわけない』って」
―――空母すらも吹き飛ばせてしまえそうな攻撃の中、立ち込めた煙の中から、まったくの無傷で腕を組みながら現れたヴォルテウスは、腕組みを解き、背中の斬艦刀を両手に持つ―――
「実際に八人ほど死なせた後、解体する話になったときには焦ったもんじゃが、そこは流石リキュールのお嬢ちゃん。一発で従わせてもうた」
「『オーガコアの制御手段。それはオーガコアの感情すらも凌駕する意思を持てばいい』………四つの怨嗟の声を『子守唄』だなんて言えるリキュール以外には出来ない制御方法よね」
―――驚愕に固まる部隊員たちに向かって、斬艦刀を薙ぎ払い、衝撃波による攻撃を放つ。そのあまりの圧倒的な威力の衝撃波に、部隊員たちのISはシールドバリアを根こそぎ奪われ、絶対防御を発動させてしまい、福音を残して海面に落ちていく―――
「オーガコアが発生させる内蔵エネルギーによって自壊する危険があり、それを防ぐために超重装甲を与え、その莫大なエネルギーを、膂力と防御力と運動性にのみ割り振る」
「リキュールの求める性能を唯一クリアするために、あらゆる火器を持たず、武器は五体と特注の刀………聞けば聞くほどムチャなISですね」
―――落ちていく部下達に気を取られた瞬間、ヴォルテウスは福音の鼻の先まで移動し、その腹部にロケット弾に匹敵する膝蹴りを浴びせて福音とナターシャに甚大なダメージを与える。その一撃に操縦者が吐血してしまうほどのダメージを受けた福音の背後を取ったヴォルテウスは、上空に刀を放り上げ、がら空きになった背中の翼に手をかけると、力任せに引き千切ってしまう。福音が苦悶の声をあげる中、放り投げた刀を再び手に掴み、刃を返し、峰の部分で福音を叩き付け、ナターシャは意識を失いながら海面に堕ちていくのだった―――
「どうやら、お嬢ちゃんのお仕事は終わったようじゃな」
「でもまだ幹部としてのお仕事は残っているわよ」
映像ではすでに白銀部隊(チーム・シルバー)のISは全機稼動不可能である。だがヴォルテウスの朱色の光は、艦隊を捉えて離さないでいた。
そしてここからは、もう言葉に言い表せない惨劇が生まれる。
自分達を守るはずの銀色の天使達を壊滅させた漆黒の龍は、目標を艦隊に変えて襲い掛かったのだ。ISの攻撃すらも跳ね返すヴォルテウスの前に、艦隊の攻撃ではなす術もなく、2時間後、全ての戦艦は撃沈、もしくは大破し、中央の空母は大きな炎を上げながら沈没寸前の有様だった。
援軍を心待ちにしていた中将であったが、どれほど通信回線を開いてもノイズが走るばかりで、援軍が現れず、その表情が完全に絶望に染まった時、艦橋のガラスを突き破り、ヴォルテウスは彼の前に姿を現せる。
「ヒィィッ! ヒィィッ!!」
『浅ましく啼いてくれるな、ここは戦場だよ豚君』
部下達が拳銃を抜き放って銃撃するが、まったく意に返さないリキュールは、嫌々ながら手を伸ばし、中将の頭を掴みあげて、自分の目の前に持ってくる。
『一つ聞いておこう豚君。君は軍人かね?』
「た、たしゅたしゅたしゅけて!」
股間から小便を撒き散らし、醜く命乞いをする艦隊司令官殿を心底醜いものを見るよな眼で見下したリキュールはおもむろに司令官を外に放り投げる。
『よく戦場は軍人の生き場所だとか言う者がいるが、私はそれは間違いだと思っている』
外に放り出され叫びながら落下していった中将であったが、ヴォルテウスが破壊し、競り上がっていた鉄柱にどてっ腹を貫かれ、口からどす黒い血を大量に撒き散らしながら絶命してしまう。
『戦場とは、すなわち戦士の往き場だ。己の信念を持って戦う士(ものふふ)のみが立つことを許されている』
ヴォルテウスの朱色の瞳が、艦橋に生き残っている将校達を睨みつける。
『死に怯えているような者に戦場を生き抜くことは出来ない。君達は不合格だ』
ヴォルテウスの漆黒の手が将校達に迫り、直後、複数の叫び声とともに、彼らは中将の後を追うように艦橋で醜いオブジェと化してしまうのだった。
最後に残った空母の軍人たちを一人残らず皆殺しにしたリキュールであったが、その進路を白銀部隊の方に向けて空母から飛びたつ。
圧倒的な加速力で数秒もかからず先ほど戦った海域へと飛んできたリキュールは、傷ついた身体で必死に部下達を助けようと、浮き上がっている戦艦の破片にしがみ付かせているナターシャを発見する。
「!?」
『ほう………人命救助とはご苦労なことだ』
ナターシャは自分を上空から見下ろすリキュールの姿に気がつき、今度こそ自分が殺されるものだと覚悟をし、それでもこれだけはどうしても譲れないという思いを彼女に伝えるのだった。
「私の命と引き換えに、部下達を見過ごしなさい! 亡国機業(ファントム・タスク)!!」
『私がそんな取引に応じないといけない理由がどこにある?』
悔しさのあまり唇を噛むナターシャであったが、このまま部下達をみすみす死なせるわけにはいかない。
たとえ自分が死んでも、彼女達さえ生きていれば、祖国を守る者達が生き残ってくれさえすれば、この部隊を作った意味はあるのだ。
「取引に応じなさい! お願いだから!!」
『……………』
自分を静かに見下ろすヴォルテウスに、不安と恐怖を覚えながらも必死に睨み返すナターシャ。そんな彼女に何を感じ何を考えたのだろうか?
おもむろにリキュールは、頭部の装甲を開閉させ、自分の素顔をナターシャに晒しながら、大声で言い放つ。
「ナターシャ・ファイルス! 君は良い戦士だ!!」
「!?」
「その健闘に応じて、この場は引き上がらせて貰おう! 安心しろ………部下の者たちは死んでいない。それにもうすぐ騒ぎを聞きつけた別艦隊がこの海域に来るだろう」
そう言い放ち、背中を向けるリキュールに、ナターシャは声をかけずにはおられず、思わず叫んでいた。
「なぜ私達を見逃すの!?」
「………君は新しい時代を生きるべきだからだ」
その言葉だけを言い残すと、ヴォルテウスはあっという間に飛び去り、ナターシャの視界から消え去ってしまったのだった。
1時間後、リキュールが言ったとおり、騒ぎを聞きつけた別艦隊が救助に訪れ、ナターシャと白銀部隊の人間は全員救助されることになる。
だがこの事件の責任を取らされた、白銀部隊は表舞台に立つことなく解散を余儀なくされ、ナターシャもしばしの間、怪我のために入院をさせられる羽目になる。
また、別艦隊の救助隊が空母にいるはずの将校達を救助しに来た際、目にしたのは、鉄柱に串刺しにされて生き絶えた将校たちと、彼らの血で書かれた以下のメッセージであった。
『我等は亡国機業(ファントム・タスク)、我等は世界の幻影なり。幻影に関るべからず』
アメリカ政府宛に綴られたメッセージは、政府に対しての牽制と警告であり、これを破れば自分達が今度はこのような目に合うという意味をこめた物でもあった。
この事件は後に、亡国機業(ファントム・タスク)が初めて公の場に向けた行ったテロリズムとされ、世界はこれを期に、再び大きく揺れ始めようとしてた………。
気がついたら過去最長になってたな。
というわけで、親方様大暴れ回。ごめんねナターシャさん。また出番あるから
今回は、親方の考え方が存分に描かれてます。
『私がコソコソと背後から不意打ちをかけねばならない価値が、君達にはあるのかね?』
『戦場とは、すなわち戦士の往き場だ。己の信念を持って戦う士(ものふふ)のみが立つことを許されている』
この二つは、彼女のあり方を端的に表している言葉といえますね。
さてさて、こんな化け物を倒すと豪語している(仮)主人公は、この大暴れをどう思うのか?
次回をお楽しみにください