IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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千冬さんが抱えた、想いの一端がついに語られます


馬鹿なヤツ

 

 

 

 

 セシリア・オルコットの朝はとにかく早い。

 それは毎日の身嗜みに気を使う年頃の少女だからではなく、未来のイギリス代表としての、オルコット家当主として何処の誰といつ対面してもいいようにするための見繕いなのだ。

 

 毎朝早朝五時から始まる半身浴の湯船の中、セシリアは昨日のことを改めて思い出していた………。

 

 腹立たしいドイツの代表候補生との連携(になっていなかったが)しての敵との戦闘。

 

 強気にいたもののまったく歯が立たない自分………だが、そんな自分を助けてくれた一人の男性……。

 

「火鳥………陽太……」

 

 おおよそ紳士とは言い難い立ち振る舞いながら、IS操縦に関してはセシリアすらも芸術と思えるほどの、誰にも真似できない技量を持って敵を圧倒する天才とも呼べる操縦者。そして自分を窮地から二度も救ってくれた男性でもある。

 

「………私が知る殿方とは、あらゆる意味で常軌を逸脱している……」

 

 粗暴、乱雑、勝手気ままな行動。男とは紳士足らねばならないというイギリス生まれの彼女が想像し得る男性像とはかけ離れた行動であるが、戦闘時の眼光は野生の狼を思わせる鋭さを放ち、敵に対して軽口をたたく様子は腹立たしさよりも頼もしさを感じさせる。ますますセシリアが知りうる男性像とは遠い陽太に、彼女は戸惑い、日本人から見れば豊満とも言える肢体を晒し、バラの香りと花びらが浮かぶ湯船でタオルを頭に巻いて一纏めにした長い金髪を振り回しながら叫びだすセシリア。

 

「いやぁぁぁぁっ! こ、これが……ここここ『恋』と呼ばれるものなのですか!! わ、わたくしとあろう者がぁぁーーー!!!」

「(………うるせぇ…)」

 

 二人一組の相部屋が基本の学生寮において、セシリアの奇行によりベッドの中でシーツに包まりながら耳に両手を当てながら、目の下に隈を作っている彼女のルームメイトの睡眠時間は、本日もガリガリと削られたのは言うまでもない………。

 

 一方………。

 

 未来の(あくまで彼女の要望)イギリス代表候補生が湯船で悶絶しているなど、想像すらしていない陽太と、彼のルームメイトの一夏は早朝の学園内をジョギングしていた………正確には、千冬を部屋に送り届けたまま数時間帰ってこなかった陽太から話を聞きだそうと一夏がジョギングを口実に部屋から連れ出したのだ。

 

「……………」

「オイ、陽太!」

「気安く名前で呼ぶな」

「って! 今はそういうこと聞いてるんじゃないだろ!」

 

 Tシャツとジャージだけというシンプルな姿で走る二人であったが、一夏が千冬のことを問う度に陽太は話をはぐらかし、一向に肝心なことを一夏に伝えようはしない。

 

「千冬姉は大丈夫なのか!?」

「大丈夫だって言ってるだろ? ただの風邪だぞ?」

「絶対にそれは嘘だ!! いい加減に本当のこと言えよ!!」

 

 あくまでも陽太の話を信じようとしない一夏。あの千冬が風邪如きで他人の前で弱みを見せるような真似をするはずがない。必ず何かある………一夏の直感がそう告げている。

 

 対して陽太は自分の後ろを走るシスコンの扱いに完全に困り果てていた。

 陽太としても、本当は全部話してすっきりしたいところであるし、何よりもこれ以上隠し立てしても状況を良くするとは思えないことなのだが、当の千冬は自分の身体のことを意地でも隠し通す気でいるのだ。

 

 そのことを昨日、彼女を自室に運んだ時にハッキリとこう告げられている。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 誰にも見られないように注意しつつ、寮の彼女の自室に千冬を連れ帰った陽太はできる限り負担をかけないようにそっと彼女をベッドへと寝かせる。額に汗を滲ませながら小さく唸っている千冬を心配そうに見つめていた陽太は、何かに気がつくと周囲を見回し始める。

 

「………薬……あるだろう!」

 

 昨日今日受けた傷でない以上、日常の中で起こりうる発作に対処するための常備薬ぐらい、あの医師なら持たせているだろうと考えた陽太は、部屋のテーブルや引き出しを漁り始めた。だが、目的の品は一向に見当たらず、次第に焦り始める陽太。

 カール医師はまだ来ないのか? 今から自分が迎えに行こうかどうかと悩みだした時、ベッドで寝かされていた千冬が、突然起き上がり始める。

 

「オイ! 動くな!」

「……小…僧………水……」

 

 息も絶え絶えといった感じだが、内ポケットから何かのケースを取り出した千冬の様子を見て、とりあえず指示に従いながら部屋のキッチンでコップに水を入れて千冬に手渡す陽太。

 そして千冬は弱弱しい動きでケースから錠剤を数個取り出すと口に含み、陽太から手渡されたコップを一気に仰いだ。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ………とりあ……えず……後はカールが来るのを待つだけだ」

「…………わかった」

 

 薬が効いてきたのか、呼吸のほうがだんだんと落ち着きを取り戻し始めた千冬は自分を心配そうに見つめてくる陽太に苦笑いをしながら、意地悪そうな声で問いかけるのだった。

 

「私をブッ潰す………のではなかったのか?」

「えっ?………あ、その……えっと………」

 

 千冬の思わぬ言葉に、陽太は視線を左右に泳がせながら所在無さげに手をプラプラとし、足で貧乏揺すりし始める。そんな様子を楽しそうに見つめていた千冬は、ゆっくりと寝転がると右腕で瞳を隠しながら静かに語りだす。

 

「………私の身体のことをカールから聞いたな?」

「ぐっ!?」

「隠さなくていい。怒っているわけではない………ただ………済まない」

 

 千冬の謝罪という、今まで数度も聞いたことのない言葉に思わず彼女の正気を疑いそうになる陽太であったが、その時、彼女の中に滲み出している深い悔恨に気がつき、陽太は千冬を見つめ直す。そんな陽太の視線に気がついているのか、千冬は弟子である陽太に強いてしまったことを謝罪し出す。

 

「………本当はお前を学園に呼ぶつもりはなかった………私のこの身体(ポンコツ)がもう少し耐えてくれるのならば………」

「…………」

 

 黙りこむ陽太は、先日聞かされたばかりのとある事柄を思い出していた。

 そう、それは千冬が出ていたった後の保健室において、彼女の担当医であるカール・テュクスから聞かされた耳を疑いたくなるような事実………。

 

『正直に君には話しておく………このままでは千冬の命はもって一年。いや、これ以上無理をすれば即、死に繋がる危険性がある、極めて危険な状態だ』

 

『彼女は10年前、本来なら即死になるほどの大怪我を心臓に負っている』

 

『だが、とあるISの、ある『機能』によって一命を取り留めたんだが………あいにく完治したわけではなかった』

 

『この10年間、薬や他の治療で周囲や自分の身体を騙し続けてきたが、もはやそれも限界に来ている』

 

『今ならば外科手術で完治させることも可能だが、それには一つ問題があった』

 

『心臓に直接メスを入れなければならず、そして外科手術後は彼女のIS操縦者としての人生は死ぬ………一般人として普通の生活を送るならば支障がないんだが、操縦者としての身体能力は確実に奪われてしまう』

 

『そのためか、彼女は唯一の完治させれる治療法の手術を頑なに拒んでいるんだ……』

 

『理由は………この傷も、この痛みも、咎人の自分が背負うべきものだから。この一点張りだ』

 

『私は医者だ。患者の意思を無視しての治療を施すわけにはいかない。だから君が来てくれればと思っていたんだが………とにかくできうる限りの手は私も尽くす。説得も続けさせてもらう………だから代わりに君にも頼みがある』

 

『彼女に代わって………戦って欲しいんだ』

 

 最後のその言葉が心の中でいつまでも反響し続ける。カール自身もその台詞を言った後、自嘲気味の苦笑をしながら『いや、最後の言葉は忘れてくれ』とだけ言ってきたが、あれが彼の本音なのだろう。ただ、陽太が千冬に代わり戦うことを『強制』させることにカール自身も嫌悪していることだけが伝わり、その場では陽太はそれ以上何も追求するような真似はしなかったが………。

 だが、数年来の師匠の変わり果てた姿は、陽太が普段表に決して出さない気持ちを揺り動かし、シャルを人質に取ったとか、生徒を見殺しにしようとしたとか、二人っきりになったらキッチリ怒鳴り散らそうと思っていた事柄をどこかに置き去りにしてしまい、彼はどうやって声をかけるべきか迷い、しばしの沈黙が続いていた。

 そしてそんな陽太の動揺を察しているのか、千冬は長い長い沈黙が続く自室において、ついに本音を漏らすのだった。

 

「陽太………お前は束の元へ帰れ。私の代わりになろうなど決して考えるな」

「!?……アンタッ!!」

「何度も迷ったが、ようやく踏ん切りがついた。やはり関係のないお前を巻き込もうなど虫が良いにもほどがある。元はといえば私の撒いた種だ………総てな」

 

 オーガコアのことを言っているのか、亡国機業(ファントム・タスク)のことか、それともアレキサンドラ・リキュール(あの女)のことか………千冬が何をもって『総て』と称したのか理解できない陽太であったが、今はそんなことよりも、彼女に何よりも言わなくてはならないことがある。

 

「それで………アンタはどうするんだ?」

「私が戦う………鎮静剤の量を増やせば少しはまともに動けるようになる。お前の出る幕はもうないさ」

「じゃあ、なんで今まで使わなかった?」

「……………」

「当ててやろうか………薬の量増やしたところで、根本的にもうアンタは戦える体じゃないってことだろう!」

「それもカールの差し金か? まったく………あれほどお前には話すなと言っていたのに…」

「……そういう……ことじゃねぇーよ」

 

 うつむき加減で話す陽太の様子に気がつかない千冬であったが、次の瞬間、今までの彼女ならば決して口にしなかった言葉を言い放ち、陽太をキレさせてしまう。

 

「あの女の言う通りだ………形だけのスクラップに成り果てた『現在(いま)』の私などが、死ぬことなどにビクビク怯えていてはいかんな。今度はちゃんと刺し違えてみせるさ」

「そうじゃねぇーって、言ってんだろうがぁっ!!」

「!?」

 

 陽太が立ち上がり、顔を真っ赤にして千冬に怒鳴りつける。いろいろ言いたいことが目の前の女性にはあったが、もうそんなこと遠い何処かに吹き飛んだ。

 人を散々引っ掻き回しておいて、そのおかげで慣れない学園生活やら、IS操縦者になって初めてと言っていい屈辱やら、面倒くさい素人の訓練やら、散々人をこき使っておいて、今度は弱弱しく泣き言を吐き出して『帰れ』だと………?

 

 戦闘の天才(自称)である自分にIS操縦から戦闘術の全部を伝授した師匠、天下の織斑千冬は何処に消えうせた!?

 

 感情が爆発して、ブチキレた陽太は、普段は最低限の敬語を使う相手であることも忘れ、一気に捲くし立てる。

 

「もうテメェーの言うことなんざ聞いてやらん! 俺は俺の好きにさせてもらう!! この学園ぐらい守ってやる! 素人集めて部隊ぐらい作ってやる!! 亡国機業(ファントム・タスク)なんざ片手間でぶっ潰してやる! そんで何よりも、あの恐竜女を凹ませて鼻で笑い飛ばしてやる!!」

「………陽太…」

「だからお前は黙って手術なり何なり受けて、病院のベッドで寝てろ! これは命令だ!! 理解できたんならハイかYESで答えろボケッ!!」

 

 鼻息を荒く勢いよく捲くし立てた陽太が人差し指を千冬に突きつける。しばし呆然となりながら、キョトンとする千冬。だが、時間が立つにつれ、腹の底から湧き上がってきた感情に我慢できず、ついに我慢が決壊する。

 

「プッ………」

「!?」

「プッ………プププッ………そうか……クククッ……ならば、明日から……クククッ……お前を頼りにさせてもらおう」

 

 陽太とは目を合わせないように小さく肩を震わせながら、そう答える千冬。見ると微妙に目じりに涙を溜めている。そんな姿の千冬を見た陽太は、自身の失策に気がついた。

 

「(は………嵌められた!)」

 

 こうなってはもう自分から言葉を引っ込めることは陽太にはできない。意地でも学園防衛やら部隊編成やらテロ組織撲滅やらをこなさないといけなくなった………アレキサンドラ・リキュールを叩き潰すのは元から最優先事項だが……。

 そして未だに可笑しそうに肩を震わせている千冬は、顔を真っ赤にして硬直している陽太に向かって、話し始める。

 

「いや、すまない。あんまりにもお前がバカっぽいんでな………」

「殴るぞ………」

「そうだな………ああ、今ので何かだいぶ肩の力が抜けた気がするよ」

「………(おちょくりやがって!!)」

 

 からかわれたと『勘違い』している陽太の様子を見た千冬は、今度こそ誰にも悟られないよう、心の中でひっそりと呟く。

 

「(望めば楽に生きられるものを………そうやって馬鹿みたいに損な生き方しか選ばないお前だからこそ………呼びたくなかった)」

 

 やはり目の前の少年をこの学園に呼び寄せたのは不正解中の正解だった。

 陽太が来ていなければ、情けないまま犬死するところだった………そう、自分の『罪』は簡単に終わりにできるほど生易しくも軽くもないというのに………。

 

 未だに力が戻りきらない手を握り締めながら、千冬は陽太を再び見た。

 

「?」

「頼みがある………一夏にだけは私の身体のことを伝えないでくれ」

「………なんでだ?」

「家族だから………いや、これは私の我侭だな」

 

 たった一人の家族である少年に何も話さないことを千冬自身も決して良いことだとは思わない。だが今話せば、一夏はきっと己を責めるだろう。何故気がつかなかった、と己を浅はかだと思い込むだろう。

 それが想像できるだけに、姉としてはどうしても話して欲しくないのだ………そんな千冬の気持ちを陽太はどう察したのだろうか?

 しばらく考え込んだ後、彼は立ち上がると彼女に短く返事をする。

 

「それは聞いてやる………だが代わりに手術は受けろよ」

「……………そうだな。私が見ていなくてもお前が大丈夫だと確信してからな」

「!?」

 

 この期に及んでまだ駄々をこねるのか、と怒り心頭で振り返った陽太であったが、千冬もわかっているのか、きっぱりと言い放つ。

 

「だから、とっとと私を安心させろ。これは命令だ」

「なんでそこで命令なんだよ! お願いされたって良いぐらいだぞ俺は! 『どうかお願いいたします』ぐらい言ってみろよ!?」

「早よやれ、ボケ」

 

 傍若無人極まる千冬の態度に、頭を掻き毟りながら陽太は嘆く。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!! 超・か・わ・い・く・ねぇぇぇぇぇーーー!!!」

「結構なことだ」

 

 もう付き合いきれるか! と陽太が千冬の部屋から出ていこうとした時、ちょうど良いタイミングで診察道具を持ったカールが部屋に入ってくる。

 

「ノックなしで失礼………何を騒いでいるのかな、二人とも?」

「オイ、ヤブ! コイツのどこが死にかけなんだよ!! 今すぐ青酸カリでも飲ませろ!!」

 

 そういい残すと大股開きで部屋から出て行く陽太。そして部屋に取り残された二人はというと、互いに視線をあわせると苦笑しあいながら、千冬の診察と治療を始めるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「オイ! 答えろよ!」

 

 尚もしつこく聞いてくる一夏の様子を眺めながら、昨日のそんなやり取りを思い出していた陽太は、思い切ってとあることを聞いてみる。

 

「オイ、シスコン」

「誰がシスコンだ!?」

「お前以外に誰がいるのだ………まあ、お前のシスコンはどうでもいいが」

「シスコン呼ばわりされる方からしてみれば、どうでもいいことないぞ!」

「仮、にだ………」

 

 唐突に陽太の声が真面目なものになり、一夏に問いかけてくる。その急な様子の変化に一夏も知らず知らずのうちに真剣なものになっていた。

 

「………お前の姉ちゃんが、不治の病であと一年の命だったとしたら……どうする?」

「ホントなのかよ! オイッ!」

 

 陽太の質問に顔色を変えた一夏が、彼の両肩を力一杯掴むと、目を血走らせて今にも死にそうな表情で聞いてくる。

 

「千冬姉が……一年で死んじまうのか!?」

「お、落ち着けよ」

「本当なのかよっ!? オイ、どうなんだぁっ!」

「だから、例え話だって言ってんだろうが!」

「あ………ごめん」

 

 一夏の両手から無理やり抜け出した陽太であったが、彼の焦りように千冬がどうして一夏に本当のことを話せないのかなんとなく理解してしまう。

 

「(コイツ………千冬さん死んだら、後追い自殺図りそうな勢いだな)」

「俺の家………両親いなくてさ……」

「千冬さんから聞いてる。あの人がお前の親代わりなんだろ?」

「ああ、うん………それでさ……」

 

 空を見上げる一夏は、自分の中で渦巻く想いを掴むように握り拳を胸元で作る。

 

 幼い頃より自分を育てた親代わりの千冬。

 厳しく接しながらも、時々自分を褒めた千冬。

 

 彼女に褒められるたび、本当は内心とても嬉しくて、彼女の誇りになりたいという想いは募っていた。それは彼女が世界最強のIS操縦者と後も変わらず、それゆえにどんどん先を行く彼女に追いつけないことに歯がゆい思いを抱えたことも一度や二度ではない。

 

「………いつも、あの人は………俺に何も言わずに、色んな重たいものを抱えてて………いつか、俺が変わりにその重たいもの背負ってやりたい、あの人にもっと楽に生きてほしいって………」

 

 彼女の身に課せられた重圧を少しでも軽くしたい。だからこそ彼はこのIS学園に来た。

 

「だからさ、俺にもっとIS操縦の………ってぇ!?」

 

 自分の想いを改めて陽太に伝えようとした矢先………すでにジョギングを再開していた陽太は遥かに先を走っていた。

 

「てめぇ! 人がせっかく真剣に・」

「…………一つわかった」

 

 一夏が怒鳴りながら陽太の後を追いかけてくる中、くるりと振り返った陽太は、にやっと笑いながら言い放つ。

 

「おまえ、シスコンでマザコンか!」

「!?」

「やーい、やーい!! シスマザコン!!」

「なんだよそれぇ!!」

 

 小学生のように『織斑弟はシスマザコン!』とか大声で叫びながら走る陽太と、『待ちやがれぇ! てか黙れぇぇッ!!』と後を追いかける一夏。

 この時、陽太がからかい口調の言葉とは裏腹に、内心、どうして千冬が本当のことを一夏に話さないか、その本当の理由を理解したのだった。

 

 

「追いついてみろー! このシスマザコン野郎~~!!」

「まてやコラァーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 朝からガキ同然の言い合いと追いかけっこを終わらせた男二人は、軽くシャワーを浴びた後に制服に着替えて未だに言葉で小さな口喧嘩をしつつ、朝食を取るために食堂に来ていた。

 

 様々な国の住人が集うIS学園の食堂では、様々な人種の女子生徒達がレパートリー豊かな朝の食事を取っていたが、そんな中………目の前に差し出された一夏が持ってきた朝食に陽太は硬直していた。

 

「……………」

「食わねぇーのかよ?」

 

 黙々と鮭定食を食べる一夏であったが、同じ物を出された陽太はというと、内心困り果てていた。

 

 ここで一つ陽太について語っておくことがある。

 

 彼は人種こそ日本人で、生まれこそどこか正確にはわからないが、物心ついた時から8歳までをフランスで過ごしていた。その後も束と共に世界を様々渡り歩く生活を送っているが、基本的に一つの国に長く留まることをしていない。

 日本についても、特別な感情を持ったことはなく、沖縄や空港を利用するために東京に来たことが少々あるだけで、長い時間の滞在をしたことがない。

 

 つまり…………日本人ならほぼ誰もが当たり前のように使っている『箸』を彼はまったく使ったことがないのだ。

 

「……………」

 

 箸を二本とも握り締めたまま硬直する陽太………隣で涼しげに食事をしている一夏を習い、彼の持ち方を真似しようと箸を持つが………。

 

 ポロッ

 

 陽太の手から零れ落ちる箸………その後も何度もトライしてみるが、箸は手から零れ落ちるばかりである。

 

「………どうした? まさか……陽太って、箸使えないのか?」

「!?」

 

 陽太のそんな様子に一夏が何気ない質問をぶつけるが、それが気に入らなかったのか、それとも恥ずかしかったのか、陽太は再び箸を鷲づかみにすると、定食の小鉢に目をつける。ひじきと豆の煮物が入ったその小鉢めがけて、陽太は天高く箸を振り上げて………一気に振り下ろした。

 

 カンッ!

 

 案の定刺さるわけもなかったが………。

 

「…………」

「お、おい…………スプーン貰ってきてやろうか?」

 

 隣で一夏がこみ上げくる笑みを必死に抑えながら陽太に助け舟を出そうとする。よく周りを見れば、陽太の様子を見ていた女子生徒からも、クスクスという小さな笑い声が聞こえてきた。

 

「…………いい」

 

 短い返事をし、一夏がはじめて見るぐらい真剣な表情をした陽太が鷲づかみにした箸を使って豆を突き刺そうと小鉢の中を突きまくる姿に、周囲から小さな笑いがこみあげくる中、そんな小鉢の中の豆との静かなる真剣勝負をする陽太に、声をかけてくる者がいた。

 

「ご、御機嫌よう。お二方……」

 

 長湯しすぎてちょっと茹でてっているのか、額に汗をかいた状態のセシリア・オルコットがいつもの貴族ポーズを取りながら二人に挨拶をしてくる。だが、『ようっ!』と手を上げて挨拶する一夏はともかく、小鉢の中の豆と格闘する陽太はセシリアの存在にまったく気がつかない。

 

「………火鳥さんは……なにをなさっておいでなんですか?」

「………話しかけてくるな」

「悪い、なんかスゲェッ、ムキになってて………オイ、本当にスプーン借りてきてやろうか?」

 

 そっけなくセシリアに返事して、なお小鉢の中の豆との格闘に熱中する陽太を気遣った一夏であったが、その時、食堂の入り口で女生徒の悲鳴が上がり、小鉢の豆をようやく箸の上に一つ乗せることに成功してほくそ微笑んでいる陽太を除く全員がそちらの方へ振り返る。

 

 食堂の入り口付近で、尻餅をついている二人の女生徒とその二人を見下ろしているのは、昨日治療を受けた時と同じ、インナー姿に腕と額に包帯を巻いた状態のラウラ・ボーデヴィッヒが口論していた。

 

「ちょ、貴方! どこを見てるのよ!!」

「…………」

 

 だが、口論といっても女生徒が一方的に声を荒げているだけで、ラウラの方は意にも介していない。眼帯をしているためか、両目ともにそうなっているのかわからないが、右目は小刻みに痙攣し、目の下にはどす黒い隈があり、頬もどこか痩せこけており、ブツブツと聞き取れないうわ言を繰り返しながらその目で何かを探している。そんなとても健康な状態とは思えない有様に、女生徒も軽い恐怖を覚える。

 

 そんな明らかに異常をきたしているラウラに誰もが恐れて一歩下がる中、一人悠然と声をかけるものがいた。

 

「おい、待て」

 

 輪の中から一歩前に出て、凛とした声と佇まいでラウラに声をかけたのは一夏の幼馴染である箒である。

 まるで迷信でよく言われる狐憑きにでもあったかのようなラウラの異常な有様に内心、とある疑いを覚えていた。

 

「(コイツのこの有様………もしや…オーガコアか?)」

 

 彼女もそれなりのオーガコアとの戦闘を重ねており、操縦者が起こす精神異常についても心得ている。それゆえか、ラウラのこの状態にかなり確信に近い疑念を覚える箒であったが、そこでラウラの様子が一変する。

 限界まで目を見開き、口元が裂けたかのように開きながら笑みを浮かべたラウラが、一直線に駆け出す。

 

「待てぇ!」

 

 途中で止めに入ろうとした箒の手をすり抜け、ラウラが一直線に向かっていった先………未だ小鉢の中の豆をようやく口の中に放り込もうとしていた陽太に、ラウラは咆哮しながら飛び掛る。

 

「火鳥………ヨォゥタァァァアアアッッ!!!」

 

 途中、驚愕して固まっていたセシリアの頭上すら飛び越えつつ、獣のような動きで陽太に飛び掛るラウラ。

 

 宙を舞う箸と豆…………それらがテーブルの上で音を立てながら散らばった時、周囲の人間……特に一夏とセシリアは安堵の溜息を漏らす。

 ラウラの放った拳に強打されることなく、真っ向から片手で受け止めている陽太の姿に。

 

「…………」

「ギッ! カトォリィヨウォタァ!!」

 

 狂ったように自分を睨み付けてくるラウラの様子に、陽太も箒同様彼女がオーガコアに取り憑かれたのではないのかと疑念を抱いており、それを証明するかのように細身で小柄な体躯からは想像もできない力が自分の手に伝わってきており、ますますその疑念は強まっていく。

 一方、ラウラは初撃が防がれたことにますます怒り狂ったのか、陽太の手を無理やり引き剥がすと、一旦距離を取って、助走をつけた一撃を放とうとする。が、その隙を逃さないとばかり、着席した状態から手だけでテーブルから飛び上がった陽太が、彼女目掛けて飛び蹴りを放つ。

 当然それを避けるものだとばかり思っていた陽太であったが、だがラウラはその攻撃を両手を使い真っ向から受け止めてしまうのだった。

 

「げぇっ!」

 

 自分よりも小柄な少女に簡単に攻撃が防がれたことに焦る陽太を、ニタリと笑い飛ばすラウラであったが………。

 

「隙有り!」

 

 が、受け止めた状態のラウラ目掛けて、横合いから箒が渾身の肘を脇の下に叩き込み、ラウラは悶絶しながら床に転がっていく。

 

「脇下は人体急所の一つだ。衝撃で呼吸困難になって、しばし動けまい」

「ムチャすんな………下手すると死ぬぞ、コイツ」

 

 容赦ない一撃を放った箒に、陽太が冷や汗を流しながら注意する。手加減を誤れば本当に死にかねない箇所への攻撃なだけに、よもやそこを強打するとは………。

 

「加減を間違えたりはせん………」

「織斑弟………お前の彼女(おんな)、えらくおっねぇーな」

「えっ!? お、女? 違う違う!!」

 

 陽太の言葉に赤面しながら否定する一夏と、同じように頬を赤らめながら咳払いする箒は、本題に入る。

 

「火鳥………この女、オーガコアに取り憑かれているのでは?」

「!?………なんでお前がオーガコアのことを」

 

 箒がなぜオーガコアのことを知っているのかと質問返しをしようとする陽太であったが、その時ラウラの胸元が妖しい紫の輝きを放ち始める。

 

「!?」

「!?」

 

 その光を見た瞬間、陽太と箒の疑念は確信へと変わり、二人はラウラを取り押さえようと同時に手を伸ばすが、ラウラは倒れている状態でありながら、一瞬で天井スレスレまで飛び上がると、もはや人間とは思えないスピードで食堂のガラスを突き破り、外に飛び出していく。

 

「チッ!」

「待てやゴラァ!」

 

 割れたガラスから外の様子を確認する二人であったが、猛スピードで地面を駆けていくラウラの様子を見た箒はいち早く食堂から出て行ってしまう。

 

「な、何事ですか!?」

 

 遅れて、ようやく騒動に気がついた1年1組副担任の真耶が大慌てで食堂の中に入ってくるが、彼女を無視して素通りしていく箒を呼び止めようとする。

 

「ちょ、篠ノ之さん!?」

「篠ノ之?」

 

 真耶を無視して走り去ってしまった箒の後姿を見た陽太は、ようやく初日から感じていた違和感に気がつく。

 

「そういや、束の奴、昔妹がいるとかなんとか言ってたが………そういうことかよ」

 

 ならば彼女がオーガコアのことを知っていてもあまり不思議ではないかもしれないと一人合点がいった陽太は、何がなにやら事態の把握ができていない真耶の肩を掴むと、手短に伝言を頼む。

 

「オイ、先生!」

「ハ、ハイ!?」

「千冬さん………ええっと、織斑先生は!?」

「あ、きょ、今日はお休みということでして……」

「電話ぐらいできるだろ! オーガコアが出たとだけ伝えろ。それだけで向こうは全部わかるから」

「えっ? えええっ!?」

「任せたぞ!!」 

 

 短く言い放つと、陽太は箒の後を追いかけて駆け出そうとするが、そんな陽太の後を二人の生徒が追いかけてくるのだ。

 

「待てよ、陽太!!」

「お待ちになってください!!」

 

 前を走る陽太に声をかけてきたのは、一夏とセシリアである。

 ラウラの突然の豹変に面食らっていた二人であったが、『オーガコア』と呼ばれる単語に興味を持った一夏とセシリアは、その言葉が何を意味しているのか確かめるべく、後を追いかけてきたのだ。

 

「帰れ! 邪魔だ!」

「嫌だ!」

「嫌ですわ!!」

 

 自分の得意技である『短く切って捨てる』を逆に返され、一瞬口ごもる陽太であったが、オーガコアとの戦闘になるかもしれないのに素人にちょろちょろされるのは、はっきり言ってかなり邪魔なのだ。どうやって追い返してやるかと考え込もうとするが、そんな中、100mほど先のアリーナで強い爆発音が響いてくる。

 

「アレは………」

「第一アリーナは今日は使えないはず………では、やはり」

 

 十中八九、ラウラと箒の戦闘音だろう。こうなれば徒歩でいく必要もない………腹を決めた陽太は立ち止まると、待機状態のISを前に出しながら二人に問いかける。

 

「口でどうこう言うよりも実際に見せたほうが説得力あるだろう。ただし見物料が自分の命になるかもしれん………それでも来るのか?」

「………ああ」

「私が貴方のお役に立つことは、先日証明済みでは?」

 

 二人もそれぞれ待機状態のISを前に出すと、力強くうなづいた。

 

「じゃあ………いくぞ!」

 

 陽太の言葉と共に、三人はそれぞれのISを展開し、一気に第一アリーナに向けて飛び立つのだった………。

 

 

 

 

 

 

 





さてさて、ラウラはどのような変貌を遂げるのかな?

次回にご期待です

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