IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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嵐の親方様来襲!

そして嵐は去った、IS学園では……

一方、かの地において、もう一つの『彼女』の物語も再び動き出そうとしていた!




その夜

 

 

 

 

 

 リキュール達の襲撃から、数時間後。

 気を失った陽太を保健室に運び込んだ千冬達は、彼の意識の回復を待っていた。

 

 

「そうか………そいつは厄介なことになったな」

「ああ………だが、逆を言えばこれは好機だ」

 

 上着に袖を通しながら答える千冬に、白衣を着た30代前半の、眼鏡を掛けた金髪の男性が湯気が上がる淹れたてのコーヒーを手渡す。

 

「あの女が敵になっていることを知れば、連盟の重い腰も上がるだろう。なんせアイツの実力は連盟の幹部連中も全員知っているからな」

「しかも唯一対抗できそうな織斑千冬も、今は戦えない………か」

 

 手渡されたコーヒーを掴む手が一瞬だけ力が篭るのを感じた白衣の男性は、千冬に苦笑いを浮かべる。

 

「………私は戦える」

「君のそういう頑固な所を、君のお弟子さんや弟君は受け継いでいるんだろうな」

「カール!」

 

 千冬とこういう会話が楽しめるのは、彼女の親友である束を除けば、このIS学園の保険医兼千冬の主治医である、カール・テェクスだけであろう。

 千冬にコーヒーを手渡した後、自分のカップに入った分を一口飲むと、彼は穏やかな顔で千冬を諌める。

 

「私としてはすぐに手術を受けてほしいところなんだがね………今ならまだ…」

「その話ならば断ったはずだ。仮に手術を受けるにしても、全てを終わらせた後だ」

「ふう………まったく…」

 

 医者泣かせの患者だ、と嘆いて見せようかと思った矢先、カーテンで仕切られていた向こうで、毛布が宙に舞うのだった。

 

「起きたな」

「起きたようだね」

 

 ヤレヤレと、首を鳴らしながらカールは、新しいカップを用意し始める。

 

「オイ、コラ!?」

 

 上半身に火傷と打撲を隠すための包帯を巻かれた陽太が、制服の上着を手に取りながら裸足でベッドからズカズカと降りて歩いて千冬のほうに寄ってくる。

 

「あのデカチチ女はどこいった!!」

「目下、捜索中だ………だから少し落ち着け」

「そんなの待てるかよ!!………俺が今すぐブチ殺しに行ってやらあ!!」

 

 目を覚ました途端にこの騒がしさ………しかもあれだけ手ひどく返り討ちにあったというのに、この態度………どうやら本気でリベンジに向かおうとしているようだ。

 そんな彼の無謀は許可できる訳もなく、千冬が冷たく彼に言い放つ。

 

「許可できんな………それに今のお前では勝てん」

「!?」

「おそらくあれでもまだ全力を見せていはいまい………しかも、アイツは今日はISを使っていなかった」

「………だからなんだ?」

「いい加減にしろ、と言っているんだ」

 

 千冬の空気が更に冷たくなる。

 如何に頭に血が上っていようとも、長年築かれた上下関係はそう簡単に覆せはしない。その証拠に、千冬が本気で怒気を放った瞬間、若干後ずさったのを、二人を面白そうに見物していたカールが見逃していなかった。

 

「感情任せの行き当たりばったり………いつまでガキであり続ける気だ?」

「!?」

「腕前だけは上がっているようだが、肝心の中身は何一つ進歩していない………この数年でお前が知ったことは、自分よりも弱い者をいたぶって悦に入ることと、子供のように周囲に当り散らすことだけか!!」

「グッ!」

 

 煩せぇ! という言葉が腹の中をグルグルと渦巻きながら、口から出てこようとするのを必死に堪える陽太。もし、また怒鳴り散らしたら、なんだか負けを認めたような気がして余計に腹立たしく感じたからだ。

 だが、真っ赤なキングスラ〇ムのような膨れっ面を作る陽太に、千冬はまたしてもため息をついてしまう。本当に手間がかかる馬鹿弟子だと………。

 そんな二人にタイミングを見計らったかのように声を掛けたカールは、陽太に砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーを手渡すのだった。

 

「冷めないうちに飲みたまえ」

「………アンタ誰だ?」

 

 初対面の人間に言う言葉ではない、と千冬が戒めを込めた鉄拳を彼の側頭部に喰らわせる。悶絶しながらコーヒーを溢さない様になんとか支える陽太。

 

「ウゴッ!」

「お前は本当に礼儀の一つもないのか?」

「………へいへい。なんせ師匠が誰かさんなもんでね」

「………」

 

 心底冷たい笑顔でお互いを見つめ合う師弟。きっと心の中で『減らず口だけ達者だな』とか『アンタほどじゃねーよ』とか罵り合っているのだろう。

 そんな二人を見かねたカールが、進んで陽太にその手を差し出すのだった。

 

「私の名前はカール・テェクス。この学園の保険医だよ。よろしく頼む」

「……………」

「どうしたのかね?」

 

 その手を陽太が神妙な面持ちで眺めているのを不審に思ったカール。すると千冬が陽太の気持ちを代弁するようにコーヒーを飲みながら静かに語るのだった。

 

「コイツは普段は対等に扱えと文句を言うくせに、いざ対等に扱われると、その手の扱いに不慣れなのか照れてしまう奴なんだ」

「誰がだよ!!?」

「ハハハハッ、なるほど。確かに君は面白い!」

 

 千冬に確信を突かれ、頬を赤く染めそっぽを向いてカールの握手に応える陽太の姿に、カールも内心本当に可笑しく感じる。まるでこれでは人見知りの激しい幼子のようだと・・・。

だが、笑ってばかりもいられない。

 医師として彼の無茶を止める義務もカールにはあるのだ。

 

「まあ、君も感じているだろうが、その火傷と胸の打撲………とりあえず今日はもう休みたまえ」

「こんなん………いつものことだ」

 

 師弟揃って似たことを言い出す様に、彼は心の中で密かに苦笑してしまう。本当に似た者同士な頑固者師弟だと。

 そして彼はニコニコと笑いながら陽太の肩をポンポンと叩きつつ、握り拳を腹の辺りまで下ろすと、包帯を巻かれている陽太の腹を軽く小突くのだった。

 

「ッ!!!!!」

 

 その瞬間、陽太の腹に激痛が奔るが、彼は持ち前の負けず嫌いで声に出さないよう必死に我慢する。もっとも表情は思いっきり目と口を閉じて滝のように汗を流しているために痩せ我慢しているのが丸分かりであったが。

 

「その様子だと、明日の晩ぐらいまでは痛みは引かないよ………大方全治10日といったところか?」

 

 患者の患部を刺激するというS気を見せながら、涼しい顔でコーヒーを飲むカール。そして千冬も痛がっている陽太の姿を見ながら、更なる警告を発するのだった。

 

「それみろ。それにお前にはこの学園でやるべきことが沢山あるだろう?」

「……………そうだ」

 

 痛みがようやく引いたのか、顔を上げた陽太は真剣な表情で千冬を見る。千冬の方はというと陽太のこの表情を見た時、てっきり対オーガコア部隊の話を断ると言い出すのだと思い、腕を組み待ち構えるが、彼が次に発した言葉は彼女の予想を大きく違えるものであった。

 

「誤魔化さずに教えろ! アンタ、身体どっか悪いのか!?」

「!?」

「さあ、答えろよ!!」

 

 この質問に千冬は目を大きくしながら、思わず組んだ腕を崩してしまった。よもやあの時のやり取りで陽太がそこまで見抜けるようになっていたとは思っていなかったのだ。

 真剣な表情で彼女に詰め寄る陽太であったが、その時千冬に助け舟を出すかのように、後ろに立っていたカールが彼女に代わって話し出す。

 

「ああ、陽太君。盛り上がってるところ悪いんだが、千冬はこれから用事があるんだ」

「そんなもん………」

「誰かさんが派手に焼き払った学園の敷地の件についてだ………彼女が行かないと、『本人』に賠償請求を送るかもしれないという話なんだが……」

 

 『派手に焼き払った』誰かさんといえば、その話を聞いて激しく目が泳ぎだす。先ほどとは違った種類の汗をかきながらコーヒーを飲みながら『そ、それは………大変ですな、ハイ』と適当に誤魔化そうとし始めるのだが、それがチャンスと言わんばかり、千冬は空いたカップをカールに手渡すと上着を着て、保健室を後にしようとするのだった。

 

「……借りが出来たな」

「……今度奢ってください」

 

 短く会話を済ませると、保健室を出て行く千冬。彼女の後姿を見送ったカールはというと、未だ動揺して目が高速で左右に動いている陽太の前に座ると、自分の持っていたカップをテーブルに置き、静かに話し始めるのだった。

 

「一応これから言うことは他言無用にしてください陽太君。なによりも千冬には知られないように………彼女怒ると怖いですから」

「ん?」

 

 声とは裏腹に真剣な表情でそう語るカールに、陽太も知らず知らずのうちに表情が強張る。これから話されることがどれほど重大か伝わってきたのだ。

 

「そう………これは彼女自身についての事だからね…」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 夕食を取った後、寮のロビーにあるソファーの上に一人寝転がっていた一夏は、手渡された銀色のガントレットを一人眺めながら、物思いに耽っていた。

 

「(………これさえあれば、俺は……)」

 

 幼い頃より自分を守ってそして育ててくれた、たった一人の家族である千冬を守ることができる。いや、守ることができなくても彼女の弟にふさわしい、彼女の名前を汚すことない男になることができる!

 そう思うと知らず知らずのうちに興奮して手に力が入る一夏。そんな一夏に声をかけてくる少女がいた。

 

「おりむー!」

「ん? どうした、のほほんさん…」

 

 布仏(のほとけ) 本音(ほんね)。

 いつもなぜか袖丈が異常に長い制服や私服、着ぐるみを着ている不思議な不思議なセンスをした天然少女である。

 間延びした話し方と、妙なセンスのあだ名で一夏のことを呼ぶ、このクラスメイトのことを彼も親しみを込めて「のほほん」と呼んでいるのだ。

 

「さっきからヌボーとして、どうしたの?」

「ぬぼーって………」

「そう言えば、織斑先生がおりむーのこと探してたよ?」

「千冬姉が?」

 

 何のようだろうか? と首を傾げながら起き上がった時、ちょうど廊下の角から千冬が姿を現し、一夏の姿を見つけると歩み寄ってくる。

 

「織斑、ちょうどよかった。お前に話がある」

「話って、何なんだよ。千冬ねr」

 

 またしても何時も通りの呼び方をしてくる弟の頭を平手で殴り飛ばす千冬。寮内でも公私を分けろとあれほど言っているにも関わらず、一向にその呼び名に慣れない弟に溜息が零れてしまう。

 

「いってぇー!」

「織斑先生だと何度言えばお前は覚えるのだ?」

「でもよ、今まで呼んでた呼び名を急に変えろと言われても・」

「それに話し方もな。貴様、私を教師だと思っていない……などとぬかすわけではないだろうな?」

「失礼しました!! 以後気をつけます、織斑先生っ!!」

 

 直立不動の体勢で敬礼をする一夏に、一応の反省の色があると判断したのか、この話を一旦打ち切ると本題に入る。

 

「今日の放課後にやる予定だった白式の初起動テストは明日の放課後に変更する………例の騒ぎのゴタゴタで予定がズレこんだのは済まなかったな」

「いや、こっちは別に構いません。特に明日も予定があるわけではないですし」

「お前がそう思っていても、操縦者の観点からして早い目に起動させておいたほうが良いに決まっている。ISの能力開発は起動時間と密接に関係している。つまりは長い間乗れば乗るほどISは能力を引き出してくれる。お前も操縦者を名乗るなら、一秒でも長くISと触れ合って、乗りこなす努力をしろ」

「は、はい!」

「それともう一つ………今日からお前の部屋に新しい住人が…」

「はい?」

 

 何のことやらと一夏が聞き直そうとした時、千冬がロビーを潜ってくる人物に声をかける。

 

「火鳥!」

「!!?」

 

 その名前を聞いた瞬間、一夏に嫌な記憶が蘇り、思いっきり振り返りながら険しい表情で背後に現れたであろう人物を睨みつける。

 

 鞄を一つ手に持ってポケットに手を突っ込みながら、煙草を口に咥えたまま寮内に入ってくる陽太であったが、彼が自分の名前が呼ばれた事に気がついて顔を上げたとき、すでに彼の目前まで移動していた千冬の後ろ回し蹴りが放たれており、ハイヒールが深々と彼の鳩尾に突き刺さっていた。

 

「貴様………私は朝、なんと言った?」

「!!!?ッ」

 

 アレキサンドラ・リキュールにやられた傷の上から容赦なく突き刺さった蹴りの威力に、声も出せずに蹲って悶絶する陽太のポケットから、容赦なく煙草を取り出すと、グシャッと握り潰してゴミ箱に投げ捨てる千冬。

 

「織斑……『このアホ』が今日からお前の部屋の相方になる男だ。案内しろ」

「えっ?………ええええええっ!?」

 

 驚愕してすぐさま拒否しようとする一夏であったが、殺気立った千冬の表情を見た瞬間、反論は一切自分の胸の内に押し込んだ。怖すぎて口答えする気も起こらないのだ。

 

「では、お前達には色々説教をかましてやりたい所だが、今日は遅い上にまだ私にも残務処理が残っている。早く部屋に帰って、明日遅刻しないよう…」

「お、おい……」

 

 ようやく悶絶から復帰した陽太が、千冬に何かを言いたげに彼女を見つめてくる。その表情に千冬も怪訝になりながらも問い返してみた。

 

「どうした?」

「いや………その……」

 

 かと思えば、なぜか急に視線を外し、それでいてチラチラと千冬を見つめるという奇妙な動きを見せ始める。陽太のことを幼い頃から知っている千冬も初めて見るその奇怪な仕草に首を傾げながら、彼に話しかけるのだった。

 

「私も忙しい。聞きたいことは明日にして………さっきのことについてもな」

「いや……それはもういいんだ……だから、その…」

「はっきり言え。どうした?」

 

 モゴモゴと誰にも聞こえない程度の小声で何かを言っている陽太に焦れた千冬が更に聞き返すと、陽太は顔を紅潮させて、急ぎ足で彼女の横を通り過ぎると、すれ違いざまに言い放つ。

 

「悪かった!……朝も夕方も……その………酷い言い方した」

「!!?」

 

 自分からこうやって謝罪してくる姿など見たこともない千冬は、目を丸くしながら振り返ると………。

 

「陽太………」

 

 思わず、幼少時からずっと言い続けている呼び名で彼を呼び、陽太の頭に手を置き……。

 

「あの女に殴られたショックが、今頃出たのか!?」

「ふざけんてんのか、テメェっ!!」

 

 真剣に彼を心配しながら、彼の正気を疑うのだった………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 その後、『もう二度とあの女には謝罪せん』と不機嫌そうに言いながら、一夏に部屋へと通された陽太。そこには急に用意してくれた部屋とは思えないぐらいに、中の調度品も、ベッドの感じも清潔感があり、そこいらのビジネスホテルよりもずっと高級感がある。

 もっとも、その清潔感を醸し出しているのが、この部屋に3日間ずっと一人部屋を満喫していた住人による努力によるものだとは、陽太は気がつかずいた。

 

「…………」

 

 窓側のベッドには誰も寝ていた痕跡がないことから、陽太は鞄と上着をベッドに放り投げると、窓辺に寄りかかると、雲一つない星空を見上げ、一人物静かに佇む。

 そんな陽太を一夏は厳しい表情で睨みながら、自分も静かに部屋に置かれている勉強机の椅子に腰をかける。

 

 しばしの沈黙が部屋の中に流れる中、最初に口を開いたのは陽太のほうだった。

 

「………お前…専用機貰ったのか?」

 

 一夏の右手に着けられているガントレットに気が付いた陽太が振った話題がそれであった。やはりある程度気心が知れた相手である千冬と違い、ほとんど何も知らない一夏相手になると、彼自身も頭の中で『謝罪』しようという思いはあるものの、すぐに実行に移すことができないのだ。

 だが、それを指摘された一夏はというと、陽太の出した話題に対し、未だ表情は堅いもののしっかりと返答する。

 

「昼間に千冬姉から貰ったんだ。明日起動実験だってよ……本当は今日のはずだったんだけど、なんか騒ぎがあって、使うはずだったアリーナが一部倒壊したんだと」

「騒ぎ?」

「お前知らないのかよ………なんかどっかのISの暴走事故だとか…」

「ああ……」

 

 それだけで何のことか大体察しがつく陽太。どうやら自分とオーガコアの戦闘は事故という扱いになっているようである。まあ、見たところ何も知らない一般生徒である一夏が、オーガコアのことを知らないのは当然のことであり、例え軍関係者でも、恐らく一握り程度しか教えられてはいないはずの機密事項である。

 

「それで………なんにも知らないお前に専用機与えるとは……えらく余裕があるな、この学園も千冬さんも…」

「!?……なんか問題があるのかよ!」

 

 別段千冬を馬鹿にするつもりもなかった陽太であるが言い方が悪かったようである。一夏はまたしても千冬を愚弄していると取ったのか、椅子から飛び上がるとすぐさま陽太に詰め寄った。

 

「言っとくがな、俺はこれから千冬姉や他の皆を守れるぐらいに強くなる!! 絶対にお前に言われたみたいに千冬姉に守られているだけの男になったりしねぇーからな!!」

「………そうだな、それは当然だ。むしろそうなる必要がある……絶対にな」

「え?」

 

 てっきりまた小馬鹿にしてくるものかと思っていた一夏であったが、陽太の瞳は極めて真剣に一夏を見返してくる。その表情に圧倒される一夏であったが、陽太は更に言葉を続ける。

 

「千冬さんの弟………お前に専用機が与えられたって言うなら話は早い。明日から俺がお前を鍛えてやる。徹底的にな」

「な、なんで急に……」

「俺の『事情』が変わったんだ」

 

 そう。陽太の事情がガラリと変わったのだ。彼はもうこの学園から出て行くよう真似はしないし、できるはずもない。

 思えば回りくどく腹立たしいし、最初からそうならそう言ってもらえればいいことなのに………。

 愚痴りそうになる自分を抑え、陽太は窓を開けると、自分のズボンの裾からとある物を取り出す。

 

「あっ!」

「誰もアレが最後とは言ってない…」

 

 タバコである。しかもわざわざそんな所に隠している辺り、千冬の説教にもまったく反省する気はなかったようであった。

 一夏が吸うなと怒ってくるが、そんな彼を小馬鹿にするように笑い飛ばすと、口に咥えて火を着け、肺一杯に煙を吸い込み、一夏に向かって思いっきり煙を吹き付ける。

 

「ゲホッ、ゲホッ!! てめぇ!!!」

「イチイチ煩い奴だな。誰もお前も一緒になって吸えって言ってるわけじゃねぇーだろうが?」

「そういう問題か!! てかこの部屋で吸うな!!」

「断る………安心しろ。吸うときはちゃんと窓際か換気扇の下で吸ってやるよ……後、千冬さんには言うなよ。煩いから」

 

 一夏がなおもクドクドと「体に悪い」とか「肺ガンになりたくないなら今すぐやめろ」とか言い出しているが、それも陽太は右から左に聞き流すだけであった。

 

「だから、お前の健康を俺は心配してだな!」

「禁煙なら憶えてたらしてやるよ………10年後ぐらいに」

「覚えてる気、ないだろう!?」

 

 その時、二人の部屋をノックする音が聞こえ、陽太が大急ぎでタバコを携帯灰皿に隠す。

 ビビるぐらいなら最初から吸うなよ、と心の中でツッコんだ一夏であったが、入り口に近かったという理由から自主的に応対に行く。そしてゆっくりと部屋のドアを開けた時、そこにいたのは………。

 

「あ、あの………こんばんは。ミスター火鳥! ほ、本日は助けていただきどうもありがとうございました。このセシリア・オルコット、この御恩は一生忘れません!!!」

 

 深々と頭を下げる私服のセシリア・オルコットの姿があった。そして思いっきり頭を下げられた一夏の方はというと、突然の事態に声をかけるのも忘れ、目が点の状態で呆然とその様子を眺める。

 

「イギリス名門貴族の末裔であるこのわたくしといたしましても殿方に限らず命を救っていただいたお方に何のお礼も言わずにいるというのは貴族の恥ですし何よりも初めて肌をお見せしてなおかつ殿方の肌に触れてしまった以上これからのお付き合いのことも考え今日は馳せ参じた所存でr」

「おお、エロイ下着の………えっと…マスカット?」

「オルコットですわ!!」

 

 陽太のいい加減な名前の覚え方に、反射的に顔を上げてツッコミをいれるセシリアであったが、目の前にいるのが陽太ではなく一夏であるとわかると、今度は彼女が呆然となって目が点になる番であった。

 そんな彼女に、陽太は『千冬さんじゃないからOKだな』と二本目のタバコに火を着けると、気軽にセシリアに手を振りながら話しかける。

 

「今日のことは気にすんな。別に礼を言われるほどの・」

「きゃああああああああああああっーーーー!!!」

 

 だがセシリアはというと、自分が謝罪した相手がまったくの別人であること、よりにもよって『未開のサル』と侮っている織斑一夏であったことの二つによって、頭の中で何かが爆発し、悲鳴を上げながら廊下を走り去っていく。途中で角に顔をぶつけて方向転換していたが………。

 呆然となっていた一夏であったが、ようやく再起動したのか、今日二人の間に何があったのか気になり

問いかけてみた。

 

「何があったんだよ?」

「アイツに纏わりついてたデッカイ『ムカデ』を退治しただけさ」

「???」

 

 何の話かさっぱりわからない一夏であったが、結局その日は最後まで陽太から詳しくその話を聞きだすことは出来ずに眠りにつくのであった………。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 ―――同日・パリ郊外―――

 

 陽太がIS学園に編入し、ゴタゴタに見舞われながらもなんとか一日を終えたその日、もう一つ、彼女の物語が始まろうとしていた。

 

「……………シャル」

「………ごめんなさい。おかあさん………今はほっといて」

 

 数日間何も食べていない義娘になんとか栄養をつけてもらおうと持ってきた食事にも、シャルは手をつけずにつき返す。

 陽太と別れた日から数日、フランスで彼に別れを告げられたシャルは、自室に引き篭もり、ひたすら泣き続けていた。

 

 ―――ヨウタに置いていかれた―――

 

 その事実が彼女の心を激しく傷付け、そして彼女を打ちのめした。

 ヴィンセントやベロニカはそんなシャルに色々気遣い、なんとか元気になって貰おうとしたが、シャルはベッドの上でシーツに包まり、まるで外界との接触総てを拒むようにただ一人泣き続けた。

 

「(ヨウタ………ヨウタは私のこと……重荷にしか考えてなかったの?)」

 

 自分が家族だと思っていた陽太であったが、陽太にしてみれば自分の存在は単なる「お荷物」でしかなく、不要だと感じてフランスに置き去りにしていったとシャルは感じていたのだ。

 それでもシャルは陽太を責める気はなく、ただそんな彼の重荷にしかなれない自分という存在が嫌で嫌で仕方ないのだ。

 

「(もう嫌だ………私なんて……)」

 

 負の無限ループ。

 一度悪い方向考え出すと、シャルの中では全て自分が悪いんだという考えに陥り、そして抜け出せなくなっていく………。

 

 いっそのこと、本当にこの世から消えてしまおうか?

 涙が尽き果て、瞳を真っ赤に腫らしたシャルがそんな馬鹿なことを考え付いたとき、ふと、ある気配に気が付いた。

 

「???」

 

 自室のベランダの方から感じる風の気配………母が開けていったのだろうか? だがそれはすぐに違うと気が付いた。

 

「………よう。役立たずの泥棒猫」

 

 いつの間にか夜になっていたことに初めて気が付いたシャルであったが、そんな失礼極まる言葉を言ってきたのは母でも父でもない。

 

 ウサミミとゴシック風の服装………そして柔和な笑顔と凍りついた瞳をした女性………。

 

「返事ぐらいしろよ、役立たずの泥棒猫」

「………貴女……誰?」

 

 なんとか搾り出したその言葉に女性は、『物凄く』嫌々ながら名乗り上げる。

 

「私の名前は篠ノ之 束だよ………せっかく『ようちゃん』が助けてやったのにいつまでもめそめそとしやがって……」

 

 ずずっと一歩前に出た束は、シャルのシーツを無理やり剥がすと、初めて柔和な笑顔を崩し、自分を知る人間がほとんど見たことがないであろう『怒り』の表情をして、シャルを見下ろしながら言い放つ。

 

「お前はそうやって、本当に『役立たず』のままで終わる気かよ、この泥棒猫?」

 

 

 

 

 

 





次回は、陽太を挟んで(精神的だよ。物理的に挟むなんて羨ましいことなじゃいよ!)、二人の女の戦いです。

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