IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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現状に悩む陽太

そんな陽太に差し出される一つの光明




では、お楽しみください




『学ぶ』ということ

 

「怪我のほうは大したことなくてよかった」

「ありがとな箒」

 

 保健医が小用で席を外しているらしく保健室の中は無人状態であったが、外傷の処置の経験があると箒は怪我をしている一夏の治療を行っていた。

 慣れた手つきで消毒液で一夏の擦り傷を拭った箒は、そのまま彼のほっぺたに絆創膏を貼り付け、治療を終了する。

 

「本当に腹や背中は無事なのか?」

「ああ! これでも俺、頑丈な方なんだぜ?」

 

 嘘だ。

 彼は派手にやられていたかのように見えたが、実際は大怪我になるような箇所は一度も打たれていない。自身の耐久値うんぬんよりも、自分をあそこまで激しく攻撃していた陽太の手心のおかげでこうやってピンピンしている。

 だが時間が立って、そのことがわかりだすと、ますます彼に対しての憤りが強まってきた。

 アレだけ見下された上に手加減されていた事実が一夏には悔しくて仕方なかったのだ。

 

「あの野郎………」

「………一夏」

 

 一夏の憤りを感じ取ったのか、箒が彼の肩に無意識に手を置いてしまうが、それに気がついた箒はすぐさま手を引っ込めてしまう。そんな箒の様子が気掛かりなのか、一夏はとりあえず腹の底から湧き上がる憤りを一旦仕舞うと、笑顔で彼女に話しかけるのだった。

 

「なんか、こうやって落ちついて話すの久しぶりだな」

「………そうだな」

 

 記憶の中にある通りの人懐っこい笑顔で自分を見てくる一夏の姿に、箒は懐かしさと嬉しさと、そして若干の後ろめたさを感じていた。

 彼女はそんな自分の気持ちと一緒に一夏に背を向けると、保健室から出て行こうとする。

 

「お、おい!」

「ここでしばらく休んでおけばいい。私はこれで……」

「………なんだ? お前は帰るのか篠之乃?」

 

 そこに手に何か四角いケースを持った千冬が先に保健室へと入ってきた。彼女の姿を見るなり、箒は僅かな怒りを覚え、厳しい表情で千冬を見る。

 

 箒にしてみれば、最初から千冬は陽太と揉める事を承知の上で一夏を屋上に向かわせたという意図を見抜いていた。それどころか、陽太が一夏を叩きのめす事すら予測していた節がある。

 彼女が何を考えているのか未だにわからないが、自分の思惑のために弟が怪我をしてもいいのかと、大声で怒鳴りたい気分であった。

 

 そんな箒の気持ちすら理解しているのかいないのか、千冬はボコボコにされた弟の様子を面白そうに眺めが、彼に今の心境を問いただしてみる。

 

「さて、織斑? お前のコーチなってくれそうな男の実力を肌で感じた感想はどうだ?」

「あんなヤツにコーチなんて頼んだりしねぇーよ!! 絶対にっ!!」

 

 一夏が立ち上がりながら強気に叫び、箒も言葉こそ発しなかったが強い視線で千冬の言い分を非難する。だが千冬はそんな二人の意見も何処吹く風よと、話を続ける。

 

「だがこのままではお前はオルコットの練習試合で負けが確定するぞ?」

「そんなのやってみないとわかんないだろうが!! とにかく、あんな奴に力を借りるだなんて、絶対に無理だかんな!?」

 

 姉を馬鹿にして自分をボコった上に見下しながら屈辱の言葉まで投げつけてきた人間に頭を下げるなど、普段は温厚な一夏といえども不可能である。

 とりあえずこの話は一旦今は置いておくしかないなと、千冬は突然話題を切り替えるように、二人に四角いケースを見せ付ける。

 

「話が突然変わるが………織斑」

「えっ? は、はいっ!!」

「お前のIS………専用機を今渡しておこう」

 

 その言葉に目を見開いたのは一夏ではなく、隣にいる箒のほうであった。

 

「ちょ、待ってください! 千冬さん!?」

「織斑先生だ、馬鹿者」

「あっ、どうもすみません………って今はそんなことどうでもいいです!!」

「どうでもいいわけあるか。公私の区別をせねば示しがつかん」

 

 箒にしてみればまさにそれどころの話ではない。

 

 本来、ISの専用機とは国家か大企業に所属している操縦者のみに与えられる一種の選ばれた操縦者の証なのだが、よもやそれを国家代表でも代表候補生でもない一夏に与えられるとは………。

 

「本来ならば、この専用機というものは国家か大企業のどちらかに所属している者にしか与えれないのだが、お前は特別な事情で与えれることになった」

 

 千冬の説明にも一夏は一切の反応を示さない。それぐらいに差し出された目の前のものに心が魅入ってしまっていた。

 

 銀色のガントレットが、まるで宝石のように丁寧にクッションの上に置かれ、だけれども無機質な鋼の腕輪でありながらも不思議と優しい温もりが伝わってくる。まるでこの出会いに歓喜してくれているように、ほのかな輝きが自分の中に水面に波紋を広げるような『何か』で満たされていくのだ。

 

 自身の愛機(IS)との邂逅に心奪われる一夏………だがこの時、彼はある重大なことに気がついていなかった。

 

 なぜ、今、自分にISを千冬が授けたのか?

 そして『特別な事情』とはいったいなんなのか?

 

 だがそれはもう間近にまで迫った、とある者達がもたらす悪意の産物との闘争(遭遇)という形によって彼自身が身をもって思い知ることになるのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 一方、一夏を気分でボコボコにするという所業をしてしまい、軽く自己嫌悪に陥りながら当てもなく学園の中を散策する陽太。

 特別行きたい場所があるわけではない。居るべき所があるわけでもない。ましてや、するべきことも見当たらない。

 授業中であるためか、周囲に生徒の姿もなく、逆にそれが今の陽太をより一層孤独にさせているような気がしていた。

 

「何を馬鹿な………」

 

 孤独がどうした? それは今までと何か違いがあるのか? 気がつけばそんな『下らない』考えに及んでいた自分を笑い飛ばす。

 

 一人でも戦える。いや、戦ってきたじゃないか!!

 今までも、そしてこれからも・・・。

 

 やはり、千冬の言う『対オーガコア用部隊』などという茶番に付き合う気は起こらない。

 ならば自分が取るべき道はいつもと変わらない。

 力づくで千冬に言う事を聞かせればいい。

 たとえ相手が世界最強のIS操縦者であろうとも………自分に戦い方を教えてくれた『恩師』であろうとも………。

 

「………結局、俺が出来ることなんてこんなもんなんだよ」

「………何が出来るというのですか?」

 

 突然、背後から老人と思われる声に思わずギョッとなって振り返る。そこには総白髪の歳相応の皺が刻まれた柔和な笑顔を浮かべた初老の老人がビニールのごみ袋を持って立っていたのだ。

 

「!!?」

 

 油断していたことは認めるが、よもやこの学園において千冬以外の人間にこの至近距離まで近寄られるなど考えていなかった陽太は、すぐさま腰に隠し持っていた拳銃を抜き放ち、老人の額にこすりつける。

 

「これは物騒な………下ろしていただけると嬉しいのですが…」

「………誰だ、テメェ…」

 

 この事態に動揺していることなどと気取られないために低い声で脅すように言い放つ陽太であったが、初老の男性はまったく笑顔を崩すことなく、自己紹介を始める。

 

「私の名前は轡木 十蔵(くつわぎ じゅうぞう) 。何の変哲もないこの学校の用務員ですよ」

「ただの用務員が俺の背後を取れるわけない………てめぇ、どっかの廻し者か?」

 

 相手の柔和な態度が今の陽太には反って癇に触ったようで拳銃を握る手に力が籠る。そしてそれをあえて相手に教えるように突き付ける力も強めた。まるで下手な発言で自分の命が無くなるぞ、と相手に警告するように。

 

「すごい自信ですね君は………まあ、毎年ウチの学園には優秀な子がたくさん入学してきますから…」

「質問に答えろ、さもなくば……」

「………気に入らないなら、力づくで従わせますか?」

 

 老人の澄んだ声に、一瞬茫然となる陽太。決して威圧的でも攻撃的でもないというのに、その声の奥深さにたじろぐ陽太。老人の視線が陽太を捉え、まるで心の中まで見透かすように射抜く。

 

「なるほど………攻撃的な振る舞いの陰に隠れていますが、君はそれを良しとは思っていないのですね」

「なっ!」

「典型的なヤマアラシのジレンマだ。傷つけたくないから遠ざける。だがそれでもやはり傷つくのを止められない………見ているだけの歯痒さと、どうにもできない苛立ち………若いですね」

 

 老人に心の中を見透かされたことに、言い知れぬ恥辱を覚えた陽太は、顔を真っ赤にして老人が持っていたビニールを蹴飛ばしてしまう。

 高々と舞い散るゴミであったが、老人の顔色を変えることはできず、余計にそれが今の陽太に敗北感に似た屈辱を感じさせる。

 

 しばし、老人を睨みつけた陽太は、銃口を下げると自分の腰に拳銃を戻し、老人に背を向けて大股開きでその場を後にしようとする。

 

「待ちなさい」

 

 だが、初老の男性は、柔和な笑顔を浮かべてそれに待ったをかける。犬歯剥き出しで振り返る陽太に、老人は予備のビニールを差し出して、笑顔を崩さぬままにこう告げる。

 

「君が散らかしたゴミだ。君が片付けなさい」

「はぁ?」

「なぁに、君が一人で出来ないというのであれば、私も手伝おう」

「いや…だから、勝手に決めんな!!」

「さあ~て、あら………せっかく集めたゴミがあんなところまで」

「だぁぁっぁああああああっ!!! 話し聞けよっ!!」

 

 芝生の上まで飛んでいったゴミを拾いに行く老人に怒鳴りつけるが取り合ってもくれない。その場で地団太を踏みながらも、ビニール袋片手に、老人のいるほうへと歩いて行くのであった。

 

 

「はい、これで今日の分は終了です」

「……………」

 

 気がつけば日は傾き、他の生徒達も放課後を部活動なりISの自主トレーニングなりに費やすために専用の施設に向かう中、気がつけばビニール袋は3袋。明らかに自分が散らかした量よりも多いゴミを拾っていたことに気がつき、呆然となる陽太。

 

「ふむ………やはり奇麗なのは良い事です。君もそう思うでしょ?」

「俺は………なんで…」

 

 がっくりきたのか地面にしゃがみ込む陽太。違う、自分は進んで美化活動に勤しむようなキャラではない、と首を横に振りながら必死に自分の行動を否定する。

 そんな彼に、老人はどこから買ってきたのかペットボトルのお茶を差し出す。

 

「お手伝いしてくださったお礼ですよ」

「……………ビールがいい」

「20になるまで我慢してください」

 

 華麗に受け流され、チッと舌打ちしつつペットボトルを受け取り一気飲みをする陽太。その様子を眺めていた老人は、彼の微妙な変化を見逃さずにいた。

 

「………ようやく目元が少し柔らかくなりましたね」

「あ?」

「無心で体を動かすと、嫌な気分などすぐに吹き飛ぶとは思いませんか?」

 

 そう言われれば、先ほどまで感じていた苛立ちも腹の底に渦巻いていた千冬に対しての怒りもいつの間にか忘れていた。

まさか、この老人、これを狙っていたのかとジト目で睨む陽太。

 

「何をそんなに苛立っていたのか知りませんが、周囲にまで当たり散らすのはいけませんよ?」

「知るかっ………俺は…」

「………そういえば」

 

 突然、話題を変えた老人は、柔和な笑顔のままにとある質問をする。

 

「君は先ほど、何が『出来る』とおっしゃっておいでだったんですか?」

「!!?」

「いや………どうにも先ほどの君の表情が気になってしまってね」

「………表情?」

「そう………何かに懺悔するような表情をしていたものでね」

 

そ の言葉を聞いた瞬間、閉じ込めていた感情が爆発する。

 

「てめぇーに、何がわかる!!」

 

 ペットボトルを放り出し、老人の胸倉を掴む陽太。

 そんな彼の様子を見た老人の表情は、笑顔が消えて、代わりに真面目なものが浮かんでいた。

 

「闘う、ぶち壊す!………そうだよ!、俺に出来るのはそれだけだ!!」

「……………」

「それだけだってのに、千冬さんも、アンタも、部隊作れだの、掃除しろだの、俺が出来もしないことばっかり押しつけやがる!!」

 

 そうだ。自分が幼い頃からしてきたことは、ひたすらそれだけではないのか?

 だが、そうやって怒鳴るたびに、苛立つたびに、陽太の心の中には、とある人物が思い浮かんでは、鈍 痛が心に響いていくる。

 

 ―――俯いて泣いているシャルの姿―――

 

 いい加減うんざりするほど彼女の姿を思い出しては、苦い気持ちが溢れかえってしまうのだ。

 

 どうすればよかったのか?

 どうすれば傷付けずにすんだのか?

 答えの出ない問いかけが頭の中をぐしゃぐしゃにしていく。

 

「……………」

 

 胸倉をつかんでいた手から、ゆっくりと力が抜けていくのを確認した老人は、彼の手を優しくほどくと、陽太が放り出したペットボトルを取り上げ、彼の眼の前に差し出す。

 

「本日最後のゴミだ。君の手で処分してください」

「……………」

 

 老人の言われるがままに受け取って、ゴミ袋にペットボトルを捨てる陽太。

 

「出来るじゃないですか!」

「……………?」

 

 その姿を見た老人は、再び柔らかい笑顔を浮かべると、両手を広げて、今、陽太が何を行ったのかを諭すように話し始める。

 

「出来るじゃないですか………闘うことでも、壊すことでもない。君は今、ゴミを放り出すのではなく、きちんとゴミ袋に入れることができたじゃないですか」

「………それが、なんだっていうんだよ」

「君は若い。これから先の人生のほうが、今までの人生よりも遥かに長い………出来ることは段々と増えていきます」

「だから、高々ゴミを袋に捨てたぐらいで……」

「それができない生徒がいるから、私のような老人が掃除をして回らないといけないわけですよ。つまりは君は、ゴミをそのあたりに捨てた生徒さんたちに対して、誇れることを今したわけです」

 

 老人が何を言いたいのか陽太には理解できない。高々ゴミの一つをちゃんと分別したぐらいで、何をそんな誇ることになるというのだろうか?

 首を傾げる陽太に対して、老人は指をとある木製のベンチの方へと向ける。

 

「例えば、君は拳一つであのベンチを叩き割れますか?」

「………ああ」

「それは凄い。ですがね……君はその拳をベンチに当てる寸前で止めることだってできるわけです。それは君が今まで闘ってきた成果でもあるわけですね」

 

 確かに、自分ならば木製のベンチぐらい素手で粉々にするぐらい朝飯前ではある。

 だが、それがいったい何だと・・・。

 

「人と関わっていくことも同じなんです。君はこれからこの学園で、『人』と関わることを学んでいかないといけない。それは時に苦い思いや痛い思いもしないといけない。そうやって少しづつ他人を学んで、自分自身が出来ることを増やしていかないといけないわけです」

 

 自分自身が出来ることを………増やす?

 ゆっくり自分の中でその言葉を咀嚼して理解していく。

 

「君は闘うことはきっと達人なんでしょう。でも、人づき合いに関しては素人もいいところです………ならばここいらで一つ、『修行』をしてみてはいかかですか?」

 

 老人のそんな言葉に、今度こそ陽太は黙り込んでしまう。

 

 考えたこともなかった、『出来ることを増やす』などという発想に、ただただ呆然となる。

 

「千冬さん………ひょっとして、織斑先生のことですかね?」

「あ、ああ………」

「ならば、同じことを言いたかったんでしょう………彼女も昔は君にそっくりさんでしたから…」

「???」

 

 何が彼女と昔は自分にそっくりだったというのだろうか?

 疑問を感じて聞き返そうとする陽太に、老人は面白そうにおどけながら告げる。

 

「彼女も昔はヘタクソさんだったんですよ。人付き合いが………」

「ヘタクソって………今だって、拳で人を言いなりにしてるような人だぞ?」

「それは………それでも、昔に比べれば随分穏やかになったほうですよ………あれでも、学生時代は一日一人は半殺しにしてましたからね、彼女は…」

 

 自分の師匠の黒歴史を聞かされ、驚いたらいいのかドン引きしたらいいのか、それとも面白がればいいのか、リアクションに困ってしまう陽太であったが、ふと、とあることを思い出し、頭を抱えてしまう。

 

「どうしましたか?」

「いや………その……俺も…したから、今日…」

 

 たどたどしく自分のしてしまったことを話しだす陽太。むろん、昼間に屋上でボコボコにした一夏のことである。

 

「なるほど………それは謝らないといけませんね」

 

 老人の至極真っ当な返答に、更に頭を抱える。

 謝る? 頭を下げるのか?………理由はないが、何かとっても嫌で嫌で嫌でしかたない。

 深く謝罪するのが一番であるのだが、人付き合いド素人の陽太には思いつかない選択なのか、しゃがみ込み、ブツブツと何かを呟きながら考え込んでしまう。その様子を面白そうに見つめる初老の老人・・・。

 

 

 その時であった。

 

「!?」

「!?」

 

 突然の爆発音と女生徒の悲鳴が木霊し、二人が瞬時に後ろの方へと振り返ったのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「あ……あ……」

 

 イギリス代表候補生のセシリア・オルコットは、普段から貴族としての振る舞いを忘れず、将来国家代表になるという強い自負を持って、自身を強く律していた。

 それゆえに驚くことはあっても、恐怖で腰を抜かすなどということは想像だにしてしていなかった。

 

 だが、今、自分は確かに恐怖に震えて、地面にへたり込んでいる。

 

 

 それは、ほんの数分前―――

 

 日課であるIS操縦の訓練をするため、アリーナの使用許可を得た彼女は寮に戻らず、第二アリーナに鞄を持ったまま向かっていた。

 来週には、あの祖国を馬鹿にした、馬鹿な田舎者を、念入りにボッコボコにしてやろうと息巻き、今日もそのモチベーションを上げるために射撃の訓練に力を入れようと、若干鼻息を荒くしていたのだったが、そこに不可思議な姿をした人物が、アリーナの近くを浮浪者のようにフラフラしながら歩いているのを見かけたのだ。

 

 この春先にボロボロのコートと帽子という格好に、ボサボサの長い髪の毛に、痩せこけた頬をしており、顔立ちを見る限り女性であるようだが、どうみても学園の生徒でも教職員でもないようだ。

 

 まさか不審者であろうか?

 

 ならば、ここはイギリスの代表候補生として、華麗に取り押さえねばならない。

 なぜならば…。

 

「わたくしこそイギリスの誇る代表候補生、『蒼穹輪舞(ロンド・オブ・サジタリウス)』の異名を持つ未来の代表!! セシリア・オルコットなのですからッ!!」

 

 一回転して天高く右手を差し出し、さながらオペラ歌手のように自分を褒め称える。

 誰の目にも止まるはずもないのに決めポーズまでとって激しく自己主張をするセシリア。貴族の感性が一般人とは程遠いのか、彼女の感性が常人の理解しがたい所にいるのかは置いておいて、早速貴族らしく華麗に浮浪者に話しかけてみるのであった。

 

「少しお待ちなさい。そこのみすぼらしくて明らかに不審人物の貴女!?」

「……………」

 

 左手を腰に当て、右手の人差指を思いっきり指しながら、かなり失礼な物言いをするセシリア。

 対して浮浪者は、歩みを止めて、無言で彼女の方にゆっくりと振り返る。

 

「まあ! なんという不遜な態度なんですの!?」

「……………」

 

 この場に誰かいれば「鏡見ろ」とツッコむ人もいたのだろう壮大過ぎる不遜な態度であったが、セシリアを止める者は誰もおらず、更に言葉を彼女は続ける。

 

「わたくしに問いかけられれば、一にも二にもお返事をして、すぐさまお辞儀をするのが礼節というものではありませんでして!? そもそもが、この日本という国は礼儀を重んじると聞き及んでおりましたのに、来てみれば、あろうことか私に喧嘩を売ってくる馬鹿で礼儀知らずの田舎者の男がクラスメートだったり、面白半分でそんな男にクラス代表をまかせようとする女生徒だったりと………まったく、何を考えているというのでしょうか?」

 

 クドクドと目の前の女性には全く関係のないことを話し出していたためか、セシリアは致命的な異変に気がついていなかった。

 

 目の前の浮浪者の女性の背中が、急激に盛り上がっていることに………。

 

「あ”‥あ”‥あ”あ”あ”あ”」

 

 この世の元は思えない奇声が浮浪者の喉から漏れた時に、ようやくセシリアは、目の前の異常事態に気がつく。

 

 ―――目の前の女の身長が倍以上に伸びている―――

 

 否、それは身長が伸びたのではない………足だと思っていた部分が、いつの間に鋼鉄の外骨格に変化していたのだ。

 

「あ………あ……」

 

 呆然と目の前の不審者を見上げるセシリア。目の前で起こっていることに思考が着いていかず、しばし呆けてしまうが、それでもだんだんと彼女に恐怖として伝達されていく。

 浮浪者の下半身は加速的に伸びていき、成長が止まった時には十数メートルに及ぶほどに伸び、更にそこから鋼鉄の巨大な針のような脚を生やしていく。

そして最後に、上半身の服が完全に破け、中から虫のような頭部が飛び出すと、その全容がようやくはっきりとする。

 

 その姿は、ひとえに百足(ムカデ)であった。

 

 否、普通の百足にはあり得ないものが一つだけある。

 それは百足の頭部と思われる部分から、上半身だけ生やした『人間の女性』がいることだった。

 

「あ”‥あ”‥あ”あ”あ”あ”」

 

 正気とは思えない奇声を発する女性。限界を超えるほどに瞳孔は開かれ、しかも左右が別々の方向に向いているという異様さと、服がすべて破かれたためか、上半身は裸という状態なのだが、いかんせん下半身の部分があまりに醜悪すぎて、たとえ健全な男子がいたとしても劣情が湧くことはないであろう。

 

 そんな、この世のものとは思えない、目の前の現象に、セシリアはすっかり怯えてその場にへたり込んでしまう。

 

「!!?」

 

 何かを探すように周囲を見回していたと思えば、その下半身をアリーナの外壁にぶつける女性。

 

「キャアアアアアアアアアッ!!

 

 圧倒的な破壊力で外壁は破壊され、その破片がセシリアの周囲にも降り注ぐ。

 とっさに頭を抱えて、その場を転がりながら飛びのいたセシリアであったが、その声に反応したのか、ゆっくりと百足の女性が彼女の方を見る。

 

「ひぃっ!」

 

 泥だけになりながらも起き上がったセシリアの方も、その視線に気が付き、腰を抜かしながらジリジリと後退していく。

 

 唸るような動きで一気にセシリアの目の前まで上半身を下した浮浪者は、首を左右に傾げながら、まるで獲物を値踏みするようにセシリアを見続け、そしてその手を彼女の制服に伸ばした。

 

「いやあああああっ!!」

 

 ついに恐怖に耐えられなくなったセシリアが、叫びながら飛び退く。その拍子に制服が胸元から破られ、下着が外気にさらされてしまうが、今の彼女にはそんなことにかまっている場合ではない。

 

 早くこの場から逃げなければならない。

 

 ただ、それだけを考えながら、走り出そうとするセシリアであったが、浮浪者の女性は彼女の周囲をとぐろを巻くことで逃げ場所を奪い、取り囲んでしまった。

 

「だ………誰か……たたたたた助けて…」

 

 涙ぐみ、歯をガチガチと鳴らしながらしゃっくりを上げるセシリア。そんな今日の色に染まった彼女を今度こそ捉えようと手を伸ばす浮浪者の女性。

 

 

 セシリアが、あまりの恐怖に失神しかけたその時であった・・・。

 

 

 ―――天から降り立つ炎―――

 

 

 上空から一瞬で飛来した『白い甲冑』が放った炎が、浮浪者の女性を燃やし、セシリアを抱きかかえると、とぐろの中から飛び退いたのだ。

 

「…あ………」

 

 悪夢のような光景に突如として現れた『白い甲冑』に、お姫様だっこされていたセシリアが注意深く、ゆっくりと観察し始める。

 

 白のカラーリングを強調した全身のボディ、一角獣のような金色のアンテナ、深紅のV字のセンサー、深緑のバイザーによって顔部全てを覆い尽くした全身装甲(フルスキン)、左腕には青色のシールド、二枚一対のスラスターを兼任している白き鋼の翼。

 

 神話の騎士のような出で立ちのISを前に、彼女は呆然となって問いかける。

 

「あ………あの…」

「………怪我はないか?」

 

 男の声である。しかも聞き覚えのない、若い男の………。

 

「少し待ってろ、すぐに終わらせる」

 

 全身装甲(フルスキン)のISは、彼女を丁寧に下ろすと、腰からフレイムソードを抜き放ち、すぐさま目の前の『オーガコア搭載IS』に斬り掛るのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 鉄砲玉のようにISを展開して飛び去った陽太を見送った轡木 十蔵は、先ほどまでのやり取りを思い出しながら、ぽつりと呟く。

 

「さあ、見せてください火鳥 陽太君………。織斑千冬君が天才と称する『大空炎帝』の実力というものを………」

 

 

 

 

 

 




次回は、『あの方』登場回です!


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