IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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いよいよ序章も佳境に突入!


そして「太陽の翼」において、大きく暗躍する闇の組織『亡国機業(ファントム・タスク)』の本格登場です!



親子

 

 

 

 

 

 パリの街中を陽太が運転する白いバンが信号無視、標識無視をして裏通りにあるリナの店の前に突っ込んだ。

 入口の前にドリフトしながら停車する車の運転席から、ドアを蹴破る勢いで飛び出した陽太とその後を青ざめた顔で助手席と後部座席からヴィンセントとベロニカが出てくる。

 荒れ果てた店の入り口と人だかりによって、ここで何が起こったのか悪い予想が的中していたことを物語っている有様に、陽太の眉間により一層の皺が寄ってしまう。

 

「(こんなことならここじゃなくて束の所で匿うべきだった。自分の見通しの甘さに虫唾が走るぞ!!)………チッ!」

 

 己の油断に腸が煮えくりかえりそうになっている陽太は、なんとかリナの無事だけは確認するべく店の中に入ると、そこにはひっくり返ったテーブルとイス、そしてカウンターで顔見知りの客に包帯を巻かれているリナの姿があった。

 

「リナッ!」

「陽太!!………アンタ、無事でよかった…」

 

 心底安堵したかのようにため息を漏らすリナの姿を見た陽太は拳を強く握り締めた。

 

「リナ………怪我してるところ悪いんだが…」

「そうだ! シャルが連れてかれたんだ!!………デュノア社の人間に!!」

「………そうか…」

 

 やはり束の情報は正しかった。そして、肝心な時にこの場に入れなかった事実が心に突き刺さる。

 

「ごめんよ………あの娘を守れなくて……すまない…」

 

 怪我をしてまでも体を張ったにもかかわらず、自分が至らなかったと頭を下げるリナ。だが陽太にしてみれば、勝手に連れてきて迷惑を顧みず、更には店と彼女にこんな酷い真似をさせてしまったのだ。謝るのは自分の方だと思い、短く一言謝罪の言葉を告げる。

 

「すまなかった………」

 

 それだけ告げると、踵を返して店の外に出ようとする陽太。

 

「陽太!」

「シャルを取り戻す………そして奴らに落とし前をつけさせる」

 

 もはやこうなればこちらも容赦しない。

 最悪デュノア社本社ビルにいる人間を一階から最上階まで皆殺しにしてでも彼女を取り戻すつもりになった陽太は、待機状態のISを握りしめると、店の外で待っていたデュノア夫妻に話を始めた。

 

「アンタ達はここで待ってろ。シャルを取り戻してくる」

「やはり攫われていたのか!」

「おそらく本社ビルにいるはずだ………今から乗り込んでくる」

「私達も一緒に行きます!」

 

 夫妻が強い眼で陽太を見つめるが、そんな二人を容赦なくぶった切る陽太が発した気配に気圧される。

 

「来るな、邪魔になるだけだ」

「そんな………!」

「今、本社ビルには最低でも戦闘可能なISが一機以上いる。何が出てこようが負ける気はないが、お宅らを気にしながら戦闘になったらシャルの危険性も増大する」

「だが…!」

「くどい。それにな………」

 

 そこで陽太の眼に激怒と殺意が渦巻いていることが夫妻にも見て取れた。

 

「俺の方は相当「キテる」ぞ?………正直シャル以外はブチ殺したいぐらいだ」

「「!?」」

 

 そのあまりの迫力に息を飲み込むヴィンセントであったが、意を決したベロニカの方は、一瞬だけ陽太の瞳を見つめ返すと一歩前に出て堂々と陽太に進言する。

 

「私は一緒に行きます」

「ベロニカッ!」

「…………」

「自分の娘の身が危険にさらされているのです。私には助けにいかない理由はありません………例え、あの娘がそれを望まなくても…」

「………十中八九荒事確定だ、しかもISが出てくる。生身で行くのは無謀もいいところだ………それでも来るのか?」

「ならば貴方は荒事を如何にかしてください。あの娘は私が命を賭けてでも守ります………」

 

 その瞳に宿った意志の存在を陽太は知っていた。

 世界中の人間が見捨てても、自分を見捨てなかった血の繋がらない陽太にとっての『母親』と一緒の瞳の色をしていたのだ。

 

 大きく溜息をつくと、陽太は懐から煙草取り出して火を着け煙を吐き出すと、背を向けながら車の方に向かう。

 

「アンタはとにかく自分の身とシャルのことだけを考えてろ。後は俺がどうにかする………いいな?」

「!!?………ハイ!!」

 

 助手席のドアを開きながらそう告げる陽太に嬉しそうに返事を返すベロニカ。

 そんな二人に置いて行かれまいと、ヴィンセントも緊張した面持ちで陽太に宣言する。

 

「私も一緒に行かせてもらう!」

「邪魔だ。すっ込んでろ」

「なっ!」

「アナタはここで待っていてください。社長ともあろうものが社員に怪我をさせてしまうのはいただけませんから……」

 

 かなり雑な扱いを受けるヴィンセントであるが、彼にも父親としての意地がある。ズカズカと二人を無視したまま後部座席のドアを開くと、ドカッと腕を組んだまま座りこんでしまった。

 そんな姿を見た陽太とベロニカ、溜息と苦笑を洩らしながら車に乗り込むのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一方、その頃。

 

「なにぃ!? 私は聞いていないぞ!!?」

 

 会社に戻ったジョセフを待ち受けていたのは、部下からのデュノア夫妻の失踪という報告であった。

 

「馬鹿なっ! 軍の精鋭三個小隊分の見張りを付けておいたはずだ!」

「それが………」

 

 顔を青ざめている部下に若干取り乱しながら問い詰めるジョセフであったが、その報告を聞き彼も青ざめてしまう。

 

「あ、ISだと?」

「はい! 正体不明のISが飛来し二人を連れ去ってしまいまして………対IS用の装備を用意する間もなく…」

「言い訳などはいい! さがれっ!!」

 

 怒鳴り散らして部屋から追い出すと、彼は落ち着かない手で引き出しからウィスキーのボトルを取り出すと、グラスに並々注ぎ込んで一気飲みしてしまう。

 アルコールを取ってなんとか自身を落ち着かせようと試みるが、彼の動揺は収まることを知らない。

 

 シャルとの婚姻によって彼女が持つデュノア社の次期社長の座を受け取ろうと考えていたジョセフにとって、現社長のヴィンセントの存在は厄介なことこの上ないものでしかなかった。仮に今すぐ彼を暗殺しても、遺言がすぐさま発動してシャルが自分の上に立つことになる。それゆえに、まずは彼女の配偶者となり、会社経営などしたことのない彼女に代って夫である自分が社長としてトップに立つ。

その間はヴィンセントには何があっても生きていてもらわないと、他の親戚や役員たちに自分が地位欲しさに社長を殺したのではないのかと疑われてしまう恐れがあるのだ。

 

「クソッ!………これもそれも社長が……叔父さんがあんな遺言状を作らなければ!?」

 

 現社長のヴィンセントと自分の亡き父親とは深い確執があった。

 若い頃から優秀で人望も厚かったヴィンセントに対して、父親は凡庸そのものであり、それを認められない器量の小さな人間であった。

 デュノアの一族からは早い段階から社長の座はヴィンセントのものになるであろうと噂されていたにも関わらず、父親は兄である自分こそが社長になると疑わずに放蕩の限りを尽くし、一族中から鼻摘み者にされていた。

 結果、先代が引退する時にヴィンセントが社長に指名されても、彼だけはそれを認めずに最後まで抵抗を重ね、しまいには『弟なんぞに従えるか!』と小さなプライドに縋りついたまま家を飛び出て、麻薬に溺れ、最後はピストル自殺を図ってしまったのだ。おかげで息子である自分は一族の笑い者にされ、どれだけ優秀な結果を残してもそれが認められることはなかっただった………ただ一人を除いては…

 

「………貴方が、最初から僕を後継者に指名してさえくれたなら…」

 

 一族の中でヴィンセントだけは唯一自分のことを正当に評価し、学生のころから会社経営のノウハウを伝授してくれていたのだった。

 それゆえに、ジョセフは彼に認められようと必死に頑張った。必死に頑張る彼を信頼してくれていたから副社長の地位を与えてくれていた………そう信じていたのだ。

 

 だが、それはシャルロットの存在であっさり覆る。

 

 当初は、彼はシャルのことを妹のように愛そうと努めていた。敬愛する社長から若い時に起こった悲劇を聞かされていたからだ。しかし、偶然入手した彼の遺書に書かれていた内容に愕然となる。

 

 自分は結局信用されていなかった。実の娘の小間使いにするために教育されていただけだった。

 

 そこに思いついた時、裏切られた気持ちと暗い幼少時のコンプレックスが一気に爆発し、彼は同時期にとある『闇の組織』と接触を果たす。

 

 そして彼らの言われるがまま水面下で会社の人事を操作して内部の人間を自分の息のかかった者達で構成し、社長を身体的な事情で一時療養と称して監禁し時期を見て殺害し、新社長となるのにヴィンセント派の役員を納得させるためにシャルの配偶者となって、彼女に相続される地位と資産を一気に手に入れるつもりでいたというのに………。

 

 シャルの誘拐から始まって丸二日で、彼の立場は一気に窮地に立たされているのだ。

 

「社長………」

「!?」

 

 その時、音もなく背後からした声に驚いたジョセフがひっくり返ってしまう。

 

「オ、オトヌ!!」

 

 そこにいたのは黒髪の秘書、オトヌであった。

 

「キ、キサマ!! こ、こここれはどういうことなのだ!?」

「どういうこと………とは?」

 

 妖艶とも取れる笑顔で首を傾げるオトヌに、狼狽したジョセフが余裕のない声で詰め寄る。

 

「お前達の言う通り動いていれば、私は全てを手に入れるはずだった!! なのに、なのに!!」

「………るせぇ」

「はぁ?」

 

 急に態度を豹変させたオトヌのその様子についていけないジョセフが思わず間の抜けた声をあげた瞬間、思いっきり彼を裏拳で殴り飛ばしてしまう。

 

「ギャピッ!」

「うるせぇっ、つってんだよボケっ!」

 

 殴り飛ばされ尻もちをついているジョセフを見下しながら、彼女は丁寧に縫い上げていた黒髪を乱雑に振りほどくと、不機嫌そうに彼に唾を吐き捨てた。

 

「ペッ!………お前は私らに黙って担がされてりゃいいんだよ! てめぇ………調子こいてんじゃねぇーぞ!?」

「ヒイィッ!」

 

 ジョセフの股間を踏み潰そうと脚を踏み下ろすオトヌであったが、その脚は大きく的を外し、彼のすぐ横の床を踏み砕くだけに留まるのだった。

 彼を圧倒的な高みから見下しながら、オトヌは慈悲を与えることで自尊心を満足させ、彼に吐き捨てるように言い放つ。

 

「まあお前のおかげで思わぬ獲物が舞い込んできたんだ………今回はこれぐらいで許してやるよ。だが次に舐めた口きいたら………どうなるかわかんな?」

 

 真っ赤なルージュが塗られた唇を舐め上げるオトヌにビビったジョセフはそのまま地面で半ベソをかきながら黙って頷く。

 そんな彼にはもう興味も失せたオトヌは、彼に背を向けるとツカツカとソファに寝かされていたシャルの元まで歩いていき、シャルも彼女に気がつくとキッと睨みつけた。

 

「おうおう意外に元気があるじゃねぇーか、お姫様?」

「貴方は………一体何が目的なんですか?」

 

 筋弛緩剤のおかげでいまだに身動きが取れない上に、用心のために手足を縛られたシャルであったが、その心は折られておらず、今のやりとりを注意深く観察していた。

 

「(ジョセフ兄さんの言葉の通りなら、この人はデュノア社の人間じゃない………ひょっとして外部の?)」

「ロリコンの手伝いなんて最初は吐き気がしたんだけどな………まさに鴨ネギってやつか?」

「痛ッ!」

 

 シャルの目が気に入らないオトヌが、彼女の髪を掴みながら自分の方へと引き寄せる。髪を引っ張られた痛みに思わず声が漏れてしまうシャルを見下ろしながら、まるで虫ケラを見るような目つきで彼女の頬を乱暴に掴むオトヌ。

 

「乳臭い小娘の何が良かったのか知らねぇーが、お前の『騎士(ナイト)』様は私がしっかりお相手してやんよ。てめぇはここでロリコンの玩具にでもなってな!」

「!!」

 

 台詞と共にシャルをソファに叩きつけたオトヌは、懐から通信機を取り出して笑みを漏らす。

 

「おい社長(ロリコン)! お客様が見えたぞ!」

「!?」

 

 モニターを指さすオトヌ。そこには猛スピードでビルの入口に停車する一台のバンが映し出されていた。

 画面の向こうでは黒い服を着たボディガードが二人ほど拳銃を抜きながら近寄るが、その時運転席から出てきた黒い髪をした男によって、叩き伏せられてしまう。

 

 目にも止まらぬスピードで黒服に近寄り、一人を金的を前蹴りで叩き潰して苦痛でしゃがんだところを容赦なく膝で顎を砕き、もう一人が反応するよりも先に後ろ回し蹴りで側頭部を強打した。

 鮮やかな手口で二人を再起不能にした男が、モニターに気が付き、殺意と闘気を込めて睨みつける。

 

 その顔を見た瞬間、ジョセフは恐怖のあまりに凍りつき、オトヌは面白そうに鼻で笑い飛ばし、そしてシャルは嬉しそうに涙を流して彼の名を口にする。

 

「ヨウタァッ!!」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「とりあえずこれは持ってろ」

 

 黒服が来ていた防弾チョッキと銃を取り上げた陽太が、それをヴィンセントとベロニカに手渡すと視線を最上階の方へと向ける。

 

「これからどうするつもりなのかね?」

 

 陽太に手渡された防弾チョッキを着込みながら尋ねるヴィンセントは、彼にシャル救出のためのプランを聞いてみる。

 

「そんなん決まってる。正面突破あるのみ」

 

 清々しくなるぐらいに迷いなく言い放つ陽太に唖然となるヴィンセント。みれば隣にいるベロニカも同じような表情となっていた。

 

「娘の命が懸っているんだぞ! 真面目にする気はないのか!?」

「失敬な。俺一人なら正面突破で十分なんだよ。てかシャルは多分大丈夫だ」

「?」

「アンタが書いた遺書を信じるなら、シャルがいないと地位と資産の相続の話が無効になっちまう。てか、命うんぬんの話ならアンタ達の方が危ないんだぞ?」

 

 陽太の指摘に押し黙るヴィンセント。

 その時、会社の入口からマシンガンやらロケット弾やらを持ってきた黒服達が大挙して押し寄せてくる。

 

「あいつら、戦争でも始める気か?」

「おそらくジョセフが外部から招いた者達だ。私はあんな者たちを部下に持った覚えはない」

「なるほど………」

 

 さしずめフランスの外人部隊出身の傭兵崩れか……と一人納得した陽太が、待機状態のISを手に持つと彼らに警告を発する。無論、相手が聞き入れないことは承知の上であるが………。

 

「気合入ってるとこ悪いが、お前らの相手なんぞイチイチしてらんないんだ」

 

 短く告げると、一瞬でISを展開してデュノア夫妻を両手に抱える陽太。その姿を見て驚いたのは黒服達だけではなかった。モニターの向こうのシャルとジョセフは目を疑ってしまう。

 

「ヨウタが………ISを?」

「お、男が!?………ISを使えるなんて、き、聞いてないぞ!!」

「(そりゃ、お前には言ってねぇーからな)」

 

 ジョセフの言葉を心の中で笑い飛ばすオトヌ。

 そもそも夫妻の失踪の報告が遅れたのは彼女の差し金であった。なぜならば彼女の『組織』から下った命令では、今はデュノア社よりも『ミスターネームレス』を優先してISごと捕獲、あるいは抹殺せよとの決が下ったからである。

 

「(さてと………ミスターネームレスの首を持って帰れば昇格は間違いなし………見ててくれよ、スコール!)」

 

 ここにはいない、自分の恋人を思い、思わず手に力が籠るオトヌ。

 

 画面の向こうでは、展開されたブレイズブレードが翼を広げて上を見上げている。飛翔して一気に来るつもりなのだ。むろん、目的地は言わずと知れた………。

 

「社長室に突っ込むぞ!」

 

 次の瞬間、猛スピードで飛び立った陽太は数十階あるフランス最長と言われるデュノア社本社ビルの最上階に辿り着くと、高層ビルのガラスを一瞬で蹴破ってしまう。

 社長室に猛烈な風が流れ込み、部屋の中に置いてあった書類やらが巻き上がる中、ISを展開したまま悠然と室内に侵入してくる。

 

「シャル!」

「シャルロット!!」

 

 両脇に抱えられていた夫妻を床に下ろすと、彼は展開されていたISを解き、ソファに寝かされていたシャルの元に駆け寄る。

 

「………無事で良かった」

「ヨウタァッ!!」

 

 幼馴染の笑顔を見て安堵するシャルであったが、続けて来た二人を見て表情を険しくする。

 

「シャルロット………」

「……………」

「……………お父様、義母様」

 

 視線を外しながら何とかその単語だけは絞り出すシャルの姿を見て、夫妻は言葉を無くしてしまう。彼女から滲みだしているのは、敵意と嫌悪………道具としてしか思われていないという錯覚であった。

 

「………シャルロット、すまない……私は…」

「………この様な手間をお掛けして申し訳ありませんでしたお父様、義母様………ですが、私はもう決心がつきました」

「シャルロット………なにを?」

「私はデュノアの家を出ます………どうかもう私のことは忘れてください」

「「!?」」

 

 一切二人に視線を合わせようとしないシャル………それは完全なる拒絶を意味していた。その態度に声も出ない夫妻と、この親娘のやり取りをただ黙って見つめていた陽太。

 

「(今だ………)」

 

 この隙を使って隠し通路から部屋を出て行こうと、ジリジリと後退し始めるジョセフ……が、

 

「ヒィッ!」

「何処へ行く?」

 

 彼に向って砕かれたガラスの破片が通過する。無論、陽太が放り投げたものであった………僅かにそれが掠めて頬から血が流れ出すジョセフ。

 

「何処へ行くと言っているんだ?」

「ヒィ!………あ、あの……わ、わわわわわたしは!!?」

「………」

 

 彼の前にまで辿り着くと、ジョセフのネクタイを掴みあげ、無理やり椅子に座らせる陽太。シャルに向けられていたものとは正反対の、冷徹で容赦の欠片もない眼がジョセフの肝っ玉を縮めさせてしまう。

 

「わ、わわわしゃしは、あの、あのペギャッ!!」

 

 恐怖で呂律も回らなくなっていたジョセフの頬を思いっきりビンタする陽太。否、通常のビンタなどとは訳が違い、殴られた右側の奥歯が全て抜けて口から掛けていたメガネと一緒に飛び出してしまう。

 

「す、すすみまぜん! あのののギャプっ!!」

「しっかり喋れ」

 

 返す手で今度は左側を殴り飛ばす陽太。今度は左側の奥歯が全て飛び出す。そして動けないシャルを指差しながら、今にも殴り殺しそうな殺気を放ち彼に問い質す。

 

「シャルに薬盛ってやがったな………何をするつもりだったんだ?」

「ヒィッ、ヒィッ……」

 

 痛みと恐怖でついには失禁までしてしまっているジョセフにも陽太は容赦するつもりはない。三撃目は金玉でも潰してやるかと考えている最中、そんな彼の肩を掴む者がいた。

 

「待ってくれ陽太君………」

「………今、いい所なんだが?」

 

 ヴィンセントである。彼はジョセフを憐れむような眼で見つめていた。

 

「何故だ……何故なんだジョセフ…何故お前がこんなことを?」

「な………何故じゃと?………お前がそれを言うのか!!」

 

 その憐れむような眼と、乗っ取りをした理由を理解していないヴィンセントに怒りを爆発させるジョセフ。彼は殴られた痛みも忘れ、泣きながらヴィンセントに怒鳴り散らす。

 

「僕を将来、シャルの小間使いにするように仕向けていたお前がそんなことを言う権利があるのか!?」

「………ジョセフ」

「アンタだけは僕を認めていてくれたと思ったのに!!……それを裏切られた僕の気持が理解できるのか!! お前がシャルを後継者に指名さえしていなければ……僕を指名さえしててくれればこんなことにはならなかったんだ!!………そうだよ、全部お前が悪いんだ!!」

 

 ジョセフのその言葉を聞いたシャルは顔色を変える。後継者? 自分はジョセフの婚約者でしかないのではないのか?

 シャルの頭の中で疑問が頭の中をグルグルと駆け巡る中、彼女の眼の前で父親は二人のちょうど中間に座ると………。

 

「すまなかった、二人とも」

「「!!?」」

 

 二人に土下座をして頭を下げたのだった。

 そして彼は沈痛な声で頭を下げながら胸の内を明かす。

 

「お前達の言う通りだ。私は父親としても社長としても人間としても失格だ………娘の気持も理解できず、甥の気持も踏みにじり、揚げ句がそれすらも理解できずに一人で腐っていた」

「なっ………なんだよ、それ?」

 

 ヴィンセントのそんな行動を信じられないといった表情で見つめるジョセフ。

 

「シャルが家を出ていきたいと言うのも当たり前だ………私はエルーを護れなかった。何があっても護ると誓ったハズの彼女を護れなかった………こんな男が父親になっていいはずはない」

「貴方………」

「ベロニカ………いいんだ」

 

 妻であるベロニカがそんなヴィンセントをフォローしようと割って入ろうとするが、それを彼自身が遮る。

 

「シャル………お前の人生だ、お前の好きに生きなさい。家の事情に振り回されるのは私達で最後だ………だがな、シャル。これだけは言っておきたい」

「な、なんですか?」

「ベロニカを責めないで上げてほしい………ベロニカは、お前のことを愛している」

「!!………嘘だ!!」

 

 シャルが動けない体を無理やり動かして反論する。

 彼女は自分を、自分を生んでくれた母を否定した、憎い女じゃないのか!!

 そう思おうとするシャルであったが、そんな彼女が初めて聞く話がヴィンセントから飛び出す。

 

「だって!……あの時、『この人』は!」

「………『シャルロット』………この名はベロニカが考えたんだ」

「!?」

 

 初めて聞くその話に、シャルも陽太も眼を丸くする。

 ヴィンセントはそんな二人に懐かしむような表情で語り始めた。

 

「………あれは時期的に考えれば、シャルを身籠ってすぐだったハズだ……エルーは突然、ベロニカと私に聞いてきたんだ」

 

 ☆

 

『ねぇヴィンセント、ベロニカ………子供ができたらどんな名前をつけたい?』

『『ブッ!!』』

 

 飲みかけていた紅茶を噴き出す二人。

 真昼のオープンカフェでいつも通りランチを取っていた三人であったが、突然突拍子もないことをエルーが聞いてきた。

 

 二人は顔を真っ赤にしながらエルーを睨みつけるが、彼女にしては珍しく真剣な表情になっていたことに気押されて、あたふたとしながらも答える。

 

『俺は……その…考えたことがない、そういうことは』

『ヴィンセントらしいわね~~~、で?』

『な、なによエルー?』

『ベロニカなら、可愛らしい名前を考えてるんじゃない?………意外に少女趣味だし』

『意外って、どういう意味よ!!』

『ハイハイハイハイ………で?』

『ええっと…………ロット…』

『ん?、きこえな~~~いっ?』

『シャルロット!!!………女の子ならシャルロットよ!!、何か悪い!?』

 

 思わず目が点になるエルーと、赤面しながら肩を震わせるベロニカ。数秒間静止した二人であったが、案の定、ケタケタと『可愛らしい~!』と笑い出すエルーと、それを真っ赤になりながら『だから言いたくなかったのよ!!』と怒り散らすベロニカであった。

 

 ☆

 

 

「お前の名前を聞いた瞬間すぐにわかったよ。きっとエルーは私達を驚かそうとしていたんだってことが……」

 

 ヴィンセントは胸の中に入れていた写真を取り出す。そこにはエルーとヴィンセントとベロニカの学生時代の姿が映されていた。

 

「エルーはベロニカへの友情の証としてお前の名前をシャルロットとしたんだ………」

「お母さん………」

 

 亡き母と義母との関係など初めて聞いたシャルは、信じられないといった表情でベロニカを見た。

彼女はそんな義娘の姿に、戸惑いながらもなんとか言葉を紡ぐ。

 

「………ごめんなさいシャル………貴方のお母さんを殺したのは、私のようなものなのに……」

「ベロニカ、それは違う!」

「いえ………そもそも私がすぐに身を引けば、貴女も貴女のお母さんも命を狙われる必要はなかった………私が決断できなかったのがそもそもの……」

 

 罪悪感で表情を眩ませるベロニカと、驚愕の事実で頭の中が真っ白になるシャル………そんな空間に、無粋な笑い声が割って入ってくる。

 

「プッ!……ハハハハッ!………もうやめてくねぇーかな!!?」

「「「!?」」」

「…………」

 

 驚くデュノア親子と、一人静かにその声の主を見る陽太。割って入ったのはオトヌであった。見ると背後には二名のインナー姿の女性も引き連れている。

 

「もう最高の茶番だなこれ! 泣ける陳腐な三文シナリオでお涙頂戴しようっていうのが、ツボに入ってたまんねぇーや!!」

「………亡国機業(ファントム・タスク)だな」

 

 陽太が最前列に立つ。背後にいる人間を護るように………。

 陽太とオトヌの二人の間に張り詰めた空気が流れ、お互いの放つ殺気で室温が低下していくのを、この部屋にいる全ての人間が肌で感じ取っていた。 

 

「ご説明は不要っていうのが助かるね………じゃあ私が何言いたいかもついでに答えてくれると嬉しいんだが?」

「ああ。とりあえずお前が今持ってる『悪鬼の魂(オーガ・コア)』を置いて、今すぐ消え失せろ。そしたら今笑ったことは勘弁してやる」

「!?………てめぇ……調子くれてんじゃねぇ・」

 

 オトヌが怒りで表情を歪ませて何かを言いかけた時、陽太はすでに動いていた。

 

「!!」

 

 彼女達の視界から一瞬『消え失せる』ほどの速度で間合いを詰め、オトヌを蹴り飛ばして自ら突き破った窓から外へ叩き出す陽太。一拍遅れてそれに気がついた後ろの二名がオトヌを助けるように窓から慌てて飛び出していく。

 

 あまりの早業に眼が追いつかなかった三人を置き去りにして、陽太は蹴破った窓の方に近寄ると、シャルの方を振り向いた。

 

「シャル………家出るとかいうなよ」

「!?」

「そりゃこんなことあって腹立つのも無理ないが………やっぱり帰れる家があるって幸せなことのはずだ。わかるだろ?」

 

 陽太のその言葉にシャルも反論することが出来ない。

 

「ま、これから親子三人で話し合えばいいんだ。生憎時間はたっぷりあるし………」

「ヨウタ………」

 

 その時、シャルは嫌な予感を覚える。まるでもう陽太と二度と会えなくなってしまう。そんな気がして………。

 

「俺が出来んのはここまでだ。後は俺が全部引き受けてやる」

 

 そう告げながら窓の外を覗き込む陽太。その時であった。

 

 彼の頭上から落とされたはずのオトヌの声が聞こえてきたのは。

 

「やってくれたなクソガキィィッ!!!」

「………うるせぇ奴だな。オイ」

 

 そこにいたのは、黄色と黒の禍々しい蜘蛛のような八本の装甲脚を生やし、両手と両足そして胴体にも同じようなカラーリングの装甲のISを完全に展開したオトヌであった。見れば後ろには、同型と思われるISを展開したIS操縦者が従者のように付き従って一緒に突撃してくる。おそらく彼女達がオトヌを助けたのであろう。

 

 予定通りに自分に向って突撃してきてくれるオトヌを見ながら陽太は、窓からひょいっと飛び降り、落下しながら彼女に訪ねてみる。

 

「さっきは聞かないままだったんで一応聞いとくが、アンタ、名前は何ていうんだ?」

「亡国機業(ファントム・タスク)のオータム様だ!!………理解できたんなら死ね!!」

「死ぬか、ボケ」

 

 意外と律儀に返事をしてくれたことに驚きながらも、短く言い返し陽太もISを展開し、一気に急上昇してオータムに接近する。

 

「やっぱり………そのIS、コアに『悪鬼の魂(オーガ・コア)』を使用してるな」

「だったらなんだ!?」

 

 オータムがマシンガンを構築して陽太に発砲するが、その攻撃を華麗な空戦軌道で回避しながら、彼は三機とすれ違い、空中で一旦静止して言い放つ。

 

「手遅れになる前に言っておく。今すぐコアを俺に渡してどっかに消えろ………取り返しのつかなくなる前に……」

「死ねぇ!!」

「死ぬのはテメェらだけで十分だろ? 金貰って人殺ししてる人間の屑どもが」

 

 辛辣極まる陽太のその言葉であったが、オータムは逆に何か神妙な面持ちになると、彼にとある質問をぶつけてみた。

 

「お前があの篠之乃束と組んで、私ら亡国機業(ファントム・タスク)と敵対してるみたいだがな………なんでテメェ達はあたしらと敵対しようだなんて馬鹿な考えに至ったんだ?」

「………お前に何の関係がある?」

 

 若干苛立ったような声に、少しだけ己の溜飲が下がったオータムは、調子に乗った機嫌の良い声で更に話を続ける。

 

「だってそうだろ? お前ら程の力があれば、亡国機業(ファントム・タスク)でも、どこかの国家機関でも、そこそこの地位にまで登り詰めれるだろ? それをなんで棒にまで振って一門の得にもならない敵対行動なんてしてんだよ?………今からでも遅くないぞ? 負けを認めて軍門に下るって言うなら、それなりの待遇を………」

 

 その言葉に、陽太はわざとらしいぐらいの大きな溜息をつくと、わざわざ人差し指をオータムに指しながら、テンションの低い声で彼女たちに言い放つ。

 

「束がなんでそうするかなんて興味もないから聞いてないが、俺がお前等に敵対する理由はハッキリしてる。俺はお前等みたいに人の命で商売するテロリストなんてのが、死ぬほど虫唾が奔るんだよ」

「まさか、正義の味方気取ってるわけかい?」

 

 馬鹿にしたようなオータムの言葉であったが、次に言い放った陽太のその言葉に、今度は彼女が顔を真っ赤にする番であった。

 

「そんなもんじゃねぇーよ。俺はてめぇみたいな厚化粧のクソババァが敵に不意打ち食らった挙句、鼻水垂らしながら半泣きで助けを求める姿を見るのが、大好きなだけさ」

「てめぇっ!!!!」

 

 オータムは蹴り飛ばされた後、地上に降下している時に晒した醜態を、なぜか悟られていたという羞恥心に顔を真っ赤にして激怒したのだった。

 

「八つ裂きにして海にぶちまけてやる!!」 

「で、話元に戻るが、そのISはそれ以上使わないほうが……」

「知るかっ!!」

 

 だが頭に血を上らせたオータムには、そんな陽太の声も届かない。彼はやれやれと頭を掻きながら、決断する。

 

「だったら仕方ない。死んでも文句言うなよ?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「始まったか~~~」

 

 衛星から陽太とオータム達三機のISバトルをモニターしていた束は、キーボードを神業的速度でタイピングしながら誰に聞かせることなく話を始める。

 

「ふふふ~~、ひっさしぶりのガチ戦闘だよようちゃん!………束ちゃんに魅せてよ~ 『大空炎帝』ブレイズブレードを駆る、戦いの天才の姿をね!!」

 

 何かに恋焦がれるように………だがその眼には説明不可能の狂気を孕みながら、束はモニターに釘付けになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





 主人公設定

名前:火鳥(かとり)陽太(ようた)
年齢:15
性別:男
身長:174cm
体重:67kg
所有IS:第3.5世代機空戦近距離戦型IS『ブレイズ・ブレード』
性格:頑固かつ好き嫌いが激しい性格。他者に媚びることがなく喧嘩っ早い。友人はおらず孤立しがち。
いわゆるツンデレである。
備考:自意識過剰、傲岸不遜、礼儀知らず。普段は目的のために冷徹に振舞っているが、本心は強い正義感と思いやりの持ち主であるため、シャルをはじめとして心から信頼を寄せる者も少なくない。
幼くして一人で孤独に生きることを余儀無くされていたが、シャルロットと今は亡き彼女の母親のぬくもりと優しさに救われ、そのためかシャルロットのことは大事な家族だと言っている。ちなみに自分が兄でシャルが妹だと言い張って聞かない。

IS操縦者としての技量は、束をして「戦いの天才」と言わしめるほどであるが、次回それは明らかにされるだろう………。



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