IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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世間はGW真っただ中だけど、今年も外出は控えめですよね。
私も今年も釣りだけかな。外出は


というわけで、前回予告ができませんでしたが、今回は最年少コンビ?となるドイツ娘とたんぽぽさんの交流回です!

では


はじめてのおつかい~しゅっぱつまえ~

 

 

 

 

 

 

 ―――ドイツ首都『ベルリン』―――

 

 古くからヨーロッパの強国の一つであり、現代においても、また独自に開発したドイツ製ISで構成された部隊は、世界屈指の戦闘力と噂されるドイツにおいて、本部を首都ベルリンに置く、ドイツ陸軍IS部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』は、全部隊員を一同に集め、薄暗くされた一室で極秘の会議が開かれようとしていた。

 

「………お姉様」

 

 会議室に座っていた十数名のシュヴァルツェ・ハーゼの一員である証であり、左眼を眼帯で覆った一人の少女が立ち上がり、一番前方の席に座る議長役の女性に話しかける。

 濃い青色のセミショートの妙齢の女性。部隊員の一員である左眼の眼帯は勿論しており、おそらく部隊の中では最年長の部類なのだろう。他の隊員達の視線を一身に受けても身震い一つせずに、冷静な声で会議を進行させるのであった。

 

「では、ラウラ隊長からの定例報告を……」

「ハッ!!」

 

 現在、対オーガコア部隊に出向中のラウラ・ボーデヴィッヒに代わり、現在『シュヴァルツェ・ハーゼ』を指揮する副隊長のクラリッサ・ハルフォーフは、日本から受けた映像付きの報告書を会議室のモニターに出力し、部隊員全員がそこに注目する。

 

「『対象「X」との距離を、本日は30㎝まで縮めることに成功。対象「X」は睡眠中のため会話をすることはしなかったが、この分ならば明日には挨拶を交わすことも可能かと………』以上が隊長の今回の報告です」

 

 対象「X」………モニターに映された存在。それは………。

 

 

 

 ―――腹を出しながらベッドで涎を垂らして昼寝をするたんぽぽの姿―――

 

 

 

「…………」

 

 ドイツの会議室を沈黙が支配し、誰もがあきれ返る結果とな………。

 

「(………相変わらず、たんぽぽちゃんが可愛い)」

「(………ラウラ隊長うらやましいっ!! 私ならすぐに抱きしめて一緒に添い寝してあげるのに!?)」

「(ラウラ隊長!! もう少しです! もう少しで普通に挨拶をかわせます!)」

「(玩具を買ってあげたのですが、ラウラ隊長宛がよろしいのですか? それともIS学園宛で?)」

「(先日私が送ったお菓子はたんぽぽちゃんに食してもらえましたか?)」

「(もう私が日本に行ってラウラ隊長と代わりたい)」

「(いや、私が)」

「(抜け駆けするな、貴様ら)」

「(なんで誰もが脳内会話を成立させてるのかツッコミなさいよ)」

「(小さな子にどう接したらいいのかわからずにどもるラウラ隊長も可愛いです)」

 

 呆れ返ってくれていたほうが幾分も良いぐらいに、誰もが涎を垂らしながらモニターを注視する奇怪な様子であった。

 そして涎を垂らして一瞬だけトリップしていたクラリッサも、我に返ると涎を拭きながら軽く咳ばらいをし、立ち上がると彼女は高々と宣言する。

 

「すでに隊長には『例』のブツを日本へ輸送させていただいた。おそらくすでに届けられているはずだ」

 

 副隊長のその発言は会議室全体にに驚きの声を上げさせる。中身のほどはこの場の全員で決めたものだから内容については知れ渡っている。問題はいつ、どのタイミングで渡すかであったが、鍛え上げられた変態軍人としての感性が即時配送を告げていたのだ。

 

「隊長ッ! その装備を使い、必ずや本懐を遂げてください!」

 

『幼児と分かり合うにはどうすれば良いの?』

 

 たったそれだけのことが、なんだか壮大なミッションの始まりのように母国で語られていることを、この時のラウラが知る由もなく、会議室内は意味不明な熱気にいつまでも包み込まれており、結果、偶然部屋の前を通りかかった軍の高官が内部の異様な状況に感づき、部隊員全員がこっぴどく叱られたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ!!」

 

 逃げる。ただひたすらに。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ!!」

 

 みっともなく、恥も外聞もなく、このラウラ・ボーデヴィッヒが逃げ続ける。

 

「………クッ!?」

 

 故郷のドイツでは精鋭部隊を率いるエリートであり、このIS学園においては世界を守る盾である英傑達をまとめる副隊長であるというのに。

 

「っ!?」

 

 茂みに飛び込み、周囲を見回す。静まり返った周囲は蝉の鳴く声と近くの海から伝わってくる波の音しか聞こえてこない。

 

「(振り切った………)のか?」

「のか~」

「!?」

 

 首が振り切れるかと思うほどの速度で振り向くと、そこにはラウラの隣で同じ方向を除くたんぽぽの姿があったのだ。

 

「なっ!?」

「……………あ、たんぽぽがオニだから、かくれちゃダメだよね?」

 

 そしてラウラのほうに微笑みながら振り返ると、彼女に抱き着くと、笑顔でこう告げる。

 

「ラウラお姉ちゃん、たっちぃぃ~!」

 

 逃げるラウラと鬼ごっこをしていたつもりのたんぽぽであったが、当のラウラからしてみればそれどころではない。

 ドイツ陸軍の特殊部隊で生まれ育ち、専門の軍人からの技術指導によって一級品のプロとしての逃走技術を持つラウラがまるで気が付かないレベルで尾行され、しかも隣でのほほんと笑っていたのだ。

 

「(何故っ!? 私はこの娘を振り切ることができない!!)」

 

 更に逃げようとしたラウラであったが、それをしがみ付くたんぽぽが待ったをかける。

 

「ダメッ!! 今度はラウラお姉ちゃんがオニだよ!!」

「わ、わたしは……べ、べべべべべべべつに……」

 

 お前と遊んでいたわけではない。と面と向かって叫ぼうとするのだが、なぜかこの娘と正面から瞳を合わせると、激しい動悸に襲われ、顔が紅潮し、言葉がうまく出てこなくなる。

 

「(これは………『恋』と言われるものなのか!?)」

 

 部下たちが渡した専門資料の一つに、女性同士の恋愛関係を『百合』と称するときがあるが、まさか自分がその『百合』に芽生えたのか?

 ラウラ・ボーデヴィッヒは人生初の正体不明の『感情』の対処がわからず、持て余し、頭を抱えるのであった。

 

 

 事の起こりはたんぽぽが来た初日から遡ることになる。

 頼まれごとを終えて部屋に帰宅したとき、本当に珍しく中から陽太の寝息が聞こえてきて、彼女自身何事かと静かに部屋に入ったとき、強い衝撃を受けることになる。

 

 

 ―――自分よりも遥かに幼い子供―――

 

 

 触れてしまえば壊れてしまいそうなぐらいに儚い灯に似た何かだと錯覚し、近づくことすらままならなかったが、その後、陽太から無事に不審者の扱いを受けるという屈辱も一緒に受けるが、そんなことよりもラウラの興味はその幼子に注がれることになり、そして、彼女は続けざまに思い知ることになった。

 

 どこかの研究所で彼女は『何か』をされていたこと。

 

 彼女は用がなくなったと物理的にも捨てられたこと。

 

 流れ着き、この学園で陽太達に拾われたこと。

 

 ラウラがそのことを知ったとき、不思議と他人事ではない既視感を覚える。どこかでよく知る話ではないか? さて、自分はどこでその話を聞いたのだろうか?

 いくら首をかしげても思い出せないでいたが、そんな自分の目の前でたんぽぽと名付けられた少女は次々と騒ぎを起こし続けることとなる。

 

 言葉を半日足らずで覚えたと思えば周囲を振り回すほどに元気に走り回り、犬猫を飼いたいと敬愛する千冬を困らせ、セシリアを訪ねてきた英国女王(後で知って血の気が引いた)を実の祖母のように接したり、先日は鈴と部屋(静かにキレたシャルロットが行ったのかと初めは誤解したが)を半壊させるほどの喧嘩を繰り広げたりと、陽太すらも凌ぐ問題行動を起こしているにも関わらず、誰も彼もがこの少女を甘やかしてしまう。

 

 これでは風紀が乱れてしまう。

 

 そう危うんだラウラは、最初に千冬にその話をしようとしたが、穏やかな表情で日に日にたんぽぽの成長を見守っている姿を見て言葉をかけることができなくなった。

 次に陽太とシャルロットにどこかの施設に預けられないのかと言おうとしたが、母親の顔でたんぽぽを愛でていた彼女にそんな言葉を告げることもできず、陽太にしてもグチグチと文句を言いながらもその瞳が穏やかな色に染まっていてやっぱり話しかけることもできず、セシリアや鈴にしても同様である。

 

 このままではいずれこの学園は世界平和を守るための最前線から、幼児を見守る保育園へと変貌してしまう。そんな危機感にかられたラウラは、まずはたんぽぽの生態を知るべく遠くから有視界でのモニタリング(という名のただの覗き見)をしようとしたのだ、何を思ったのかそんなラウラを新しい玩具だと言わんばかりにたんぽぽが追い掛け回す図式となっていた。

 

 おかげで早三日、たんぽぽを視界に収めるたびに謎の動機に襲われるラウラと、そんな自分を見つめながら逃げ惑う姿に新しい発見を見出し、鼻息全開で追い掛け回すたんぽぽという姿は、IS学園の皆の目には………。

 

 

『この間まで末っ子だった娘が、つい最近できた妹相手に頑張ってお姉ちゃんをしている』

 

 

 と、ゆるゆるでのほほんとした微笑ましい目線で見られていたのだった(ラウラの危惧は遠からず当たっていた)。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 そんなある日の早朝、ちょっとした異変が起こる。

 発端はラウラの同室であり、たんぽぽの義母役であるシャルロットであった。

 

「……………」

 

 早朝、目覚めた瞬間に自分の異変に気が付き、額に手を当てながら彼女はのそりと起き上がる。

 

「……………ちょっとマズイかな?」

 

 年に一度あるかないかの自己管理のミスだったのか、それとも最近の激務の反動なのか、明らかに「まずい」ことはこの時点で自覚していたが、それでも投げ出すわけにはいかない。

 隊には当直なんて制度はないが、それでもいつ緊急時に呼び出しがかかるかわからない。

 何よりも、たんぽぽに心配はかけたくない。弱った自分の姿を見たら心細くなってしまうかもしれない。

 すでに隣で寝ていたラウラがもそもそと起きだそうとしていた。幸いなことに昨晩のたんぽぽは陽太の部屋で寝ており、おそらく彼と一緒に起床してくるのだろう。

 

「むにゃ…………おはよう、シャル」

「ん………お、おはよう」

 

 とりあえず怪しい挙動を見せないように起き上がったシャルロットであったが、立ち上がった瞬間に軽いふらつきを覚え、これは中々誤魔化すのが大変だなと他人事のように内心で思いながら朝の準備を始めるのであった。

 

 一方―――

 

『さあ、集まるんだ良い子の皆! 常識の範囲内で必要最低限で身体を動かそう!』

 

 やたらいい笑顔のお兄さんと、いい声のお姉さんの掛け声にちびっ子たちが集まりだし、食堂のテレビの前のたんぽぽもワクワクとしながらピョンピョンと飛び跳ね、興奮したように鼻息を荒くする。

 

『A〇C、A〇C、A~〇~C~♪』

 

 軽快な音楽と共に踊りだす歌のお兄さんとお姉さんを真似ながらたんぽぽも踊りだすのだが、その踊り方には少々問題があった。

 

 ワンテンポ遅れる振り付け、自己流の謎のターン、そしてロックンローラーのような動きで激しく頭を前後させていたかと思えば、どこかのホラー映画のようなブリッジをしだすたんぽぽの姿を見て、缶コーヒーを飲んでいた陽太はぼそりと言う。

 

「悪魔崇拝の邪教が悪霊を呼び出すための暗黒盆踊りでもしてんのか?」

「!?」

 

 踊りきって悦に入ってたところにそのような評価を受けたためか、憤慨した幼女が父親に詰め寄り猛抗議する。

 

「あんこくぼんおどりじゃないもん! たんぽぽダンスだもん!!」

「最初からA〇Cダンスですらなかったのか」

「たぁ、んんっ、ぽぉっ、ぽぉっ!! ダンスッ!!」

「もうちょっと可愛らしさ前面に出して踊って見せろ、『妖怪』ぽぽんた」

「あっ!?」

 

 最近になってちょっとした陽太による、たんぽぽへのからかい言葉なのだが、これを言われるとたんぽぽは怒りだすのだ。

 

「ようかいぽぽんたじゃないもん!! たんぽぽだもん!」

「『妖怪ぽぽんた………IS学園に日中でも出没して、食っちゃ寝する謎の妖怪幼女。腹を空かせていると狂暴になって噛みついてくるので要注意。しつこいときは怒ったシャルロットママを連れてこよう』」

 

 説明口調で普段の生活を指摘され、さらに顔を真っ赤にして大激怒する。

 

「くっちゃねしてないもん! ちゃんとおてつだいしてるもん!」

「でも飯食えば腹出してどこでも寝てるだろうが。この間はベッドの下で寝やがって」

「し、シロがベッドのしたでねてたから………さびしいかなって」

「ぽぽんた」

「!? たんぽぽぉっ!!」

「ぽぽんた」

「たんぽぽ!」

「ぽぽんた」

「たんぽぽ!」

「ぽぽんた」

「たんぽぽぉっ!!」

「たんぽぽ」

「ぽぽん…………う゛あぁ!?」

 

 陽太に口で丸め込まれ、食堂の床に寝転がりながら地団太を踏むんで泣き叫ぶのであった。

 

「うわああぁぁぁーん!! パパがぁー! パパがぁーーーー!?」

「こんの小娘がぁー………パパに挑もうなんぞ10年早いのじゃー」

 

 大人げなさとはこういうことを言うのだと、食堂中に披露するかのような大人げない陽太であったが、怒ったたんぽぽの行動は素早く、彼の背後から彼の頭に噛り付くのであった。

 

「ぎゃあああああああああぁぁぁぁっーーー!!」

「がるるるるっ!」

「歯を、歯を立てるな! 本気で痛いッ!!」

 

 腹を空かせてなくても噛みついてくる妖怪幼女の本気の反撃で、痛みに悶える陽太を見かねたのか、単にこれ以上騒がれるのが迷惑だったのか、背後から近寄った箒がたんぽぽを抱きかかえると、あやしながら軽く注意する。

 

「もう止せたんぽぽ。食堂は騒ぐところではない」

「…………がるるるるっ」

「あと陽太を噛んでいると、陽太と同じ馬鹿になるぞ」

「誰が馬鹿だこらぁっ!?」

 

 頭に歯型をつけて猛抗議する陽太に対し箒が心底冷めた視線で言い返す。

 

「幼子を言葉で言い負かして悦に入るような人種を精一杯フォローしたつもりなのだがな………それともストレートに下種とでも言えばいいのか?」

「火の玉ストレート過ぎっ! 他の奴が真似したらどうするんだ!?」

 

 お前以外の人間が言い出したらどうするんだと、皆はそんなこと思ってないよね。と視線を送る陽太であったが、こういう時は味方してくれることが多い一夏が真っ先に言い出す。

 

「ごめん陽太。流石にちっちゃい子泣かせるのはダメだと思う」

「!?」

 

 一夏が真顔で正論を投げ返し、箒の腕の中であやされる涙目のたんぽぽを慰めるようと両サイドからセシリアと鈴が近寄り、頭を撫でながら陽太に吐き捨てるように言い放った。

 

「下種、以外の何者なのかと問いたくなる所業なのですが?」

「私達の前でたんぽぽをいじめようとか、そういう発想が下種なのよ。もちろん、見てないところでも同じよ」

 

 かつてないほど冷たい対応(そうでもない)をされたことがショックだったのか、半泣きになるのをなんとか堪えながら、陽太は捨て台詞を吐きながら食堂から逃げ出そうとするのであった。

 

「ちくしょっ! こうなったらいつも一夏がやってるみたいに、箒の部屋からパンツ取ってきてやるぅっ!?」

「ちょっと待てぇっ!? いつ俺がそんなことやったんだよ!!」

 

 穏やかではないことを言い出す陽太によってあらぬ疑いをかけられた一夏は、振り返ると必死になって箒に言い訳をする。

 

「やってないやってないやってないやってない! 俺は断じてそんなことしてない!」

「い、いや………それはわかっているんだが」

「そんな必死で言い訳するなよ。女として魅力ないとか言ってるの同じだぞ?」

「お前はどっかに行ったんじゃないのか!?」

 

 食堂の入り口からこちらを覗きながら追撃してくる陽太に猛抗議する一夏であったが、若干顔を赤らめた箒と違い、どういうことなのかわからないたんぽぽが首をかしげながら問いかけてくる。

 

「しつもん! どうして一夏お兄ちゃんは箒お姉ちゃんのおパンツとるの?」

「!?」

「はくの?」

「はかないっ!!」

「じゃあ、どうして?」

「ぐっ!?」

「(くっかっかっかっかぁっかっ!!)」

 

 煌めく瞳の問いかけに顔を真っ赤にして押し黙ってしまう一夏と箒の様子を見ながら、ざまぁみろと言わんばかりに無言で悪役笑いする。しかしそんな彼の背後から近寄る影があった。

 

「………どうしたの?」

「!?」

 

 反射的に振り返りながら防御態勢を取った陽太であったが、いつもは来るはずの『何か』が一向に来ず、きつく閉じられた瞳を恐る恐る開き、彼女の様子を見た。

 

「…………はぁ」

 

 若干頬を赤く染め吐いた息も少しだけだるさを含んだシャルが、妙に気だるげに食堂の中に入っていく。普段とまるで違うリアクションに戸惑う陽太であったが、やがて彼の直感はある事に気が付いた。

 

「ん? ようやく来たみたいだ」

「アンタが一番遅いなんて珍しいわね」

「ご、ごめんね」

「なんかラウラは荷物が届いたとか言って取りに行ったから、とりあえず私達だけで訓練始めようか?」

 

 一夏や鈴もシャルに気が付くと、ようやく全員揃ったと安堵しながら、さっそく訓練に入ろうとする。

 しかし、シャルの微妙な様子のおかしさが気になったのか、たんぽぽが一夏の腕の中で神妙な面持ちで彼女を見つめ続ける。

 

「…………………ママ?」

「ん? どうしたの、たんぽぽ」

「………………ママ、なんでおつかれ?」

「!?………おつかれっって………アハハハッ、起きてきたばっかりだよ」

 

 笑ってごまかそうとするシャルであったが、心配そうに見つめるたんぽぽの視線を誤魔化せず、どうやって言いくるめようかと思案していたため、背後から伸びてきた手に気が付くことができなかった。

 

「こんの、バカシャルロットが」

「!?」

 

 背後から伸びた手がシャルの肩に触れたかと思うと、足を払うというにはあまりに繊細で音も衝撃も起こることなくシャルの体を崩すと、彼女を抱きかかえ腕の中に収めた陽太は、落ち着いた表情でシャルの方を見る。

 

『!?』

「なっ! なっ!! なぁっ!!!!」

 

 俗にいう『お姫様抱っこ』の状態にされたシャルロットの顔が一瞬で紅潮し、言葉を出すこともできずに硬直する中、陽太は彼女の額に触れると、おもむろにたんぽぽを呼ぶ。

 

「たんぽぽ」

「あいっ!」

「ママの額にデコつけてみろ」

「わかった!!」

 

 さっきまで喧嘩していたとは思えないほど素直に陽太の言葉に従うたんぽぽは、しゃがんでたんぽぽがちょうどデコの当たる所まで降ろされたシャルロットの額に触れると、数秒間の沈黙の後、力強く陽太に言い放つ。

 

「ママ、あつい! とってもあつい!!」

「だよな。コイツ、こんな状態なのにいつも通り訓練しようとするとは」

 

 呆れた表情になる陽太であったが、ここにきてようやく我に返ったシャルが激しく抗議し始めた。

 

「お、降ろしてよっ!! わ、わわ私は大丈夫だし」

「意地張る場面でもないだろうが………たんぽぽ、鈴、ヤブ医者呼んで来い。起きてないなら叩き起こせ」

「わかった! よんでくる!!」

「アンタは?」

「コイツを部屋に送り返して寝かせる。どうでもいい時に休むっていう選択が考えられんのか」

 

 大方、たんぽぽに知られたら心配すると思ったのだろう。とシャルの内心を読み解く。

 そして陽太の言うことを素直に聞くたんぽぽがロケットダッシュでカールのところに走っていくのを送り出してから、立ち上がりシャルをそのまま部屋に送るために歩き出した。

 

「私、本当に大丈夫だから!?」

「大丈夫ならなんで誤魔化そうなんてしてんだ? ちょっと風邪気味って言えば済む話だろうが」

「それは………」

「たんぽぽに心配かけたくないのは理解できても、俺にまで何も言わない気でいるのは気に入らん。罰として大人しく部屋で寝ながら養生しろ」

「じゃあせめて降ろしてよ!?」

「………エルーさん」

 

 陽太から突然実母の名を出され、言葉を詰まらせたシャルロットであったが、静かな表情で陽太は語りだす。

 

「こんな感じでお前に何も言わなかったんだろ?」

「…………うん」

「じゃあ、たんぽぽにはせめてそういうの止めてやれ。後で知ってどんな気持ちになるかなんて俺よりもお前の方が分かってるはずだ」

 

 静かに諭すような言い方をする陽太というのは大変珍しく、それゆえに彼は今真剣に自分に対して忠告しているのだということが伝わったのか、どこかしおしおと耳が垂れた猫のように大人しくなったシャルが素直に謝罪した。

 

「………ゴメンナサイ」

「今一歩納得してないの伝わってきたがもういい。とりあえず今週一杯は寝てろ」

「あと四日も!?」

「来週末まで寝ててくれても構わんぞ、俺は!?」

 

 他人に無茶するなとか言うくせに、自分のことになると無茶しているという感覚すら持たないのはよくないだろうと内心では僻々する陽太であった。実に似た者夫婦である

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「………ふむ」

 

 簡単に喉や心音、肺の調子やここ数日の問診などを行い、体温計の温度を見ながらカルテを書き込むカールと、自室のベッドでパジャマに着替えさせられたシャルロットとチームメンバー一同が彼の下す診察の結論に耳を傾ける。

 

「この後、一応の血液検査はしてみるが………おそらく」

『おそらく?』

「夏風邪だね。デュノア君は日本の夏は今年初めてだし、ここ最近ドタバタしていたから疲労が一気に来たんだろう」

 

 その言葉を聞いて、陽太達が安堵するが、肝心なシャルは苦笑いしながら皆にそこまで心配する必要はないよと言う。

 

「もう、みんな心配しすぎだよ。だから大丈夫だって言ったじゃない」

「アンタの場合、無理しそうだから怖いのよ。どっかの誰かさんと同じで」

「なんでそこで俺を見る鈴?」

「そりゃ陽太は無理の常習犯だろ? ケガしても中々診察を受けたがらないし」

「出オチの常習犯の一夏は黙ってろ! 気合があれば俺は治るんじゃ!」

「そんなところで師匠と似たことを言ってほしくないんだが」

「お、織斑先生も、テュクス先生の診察を嫌がると?」

「………千冬さん」

 

 尊敬する姉の親友の意外な一面に頭を抱えた箒であったが、その時、部屋の外からの視線に気が付き、全員に問いかける。

 

「………すまない皆」

『?』

 

 風邪が移っては大変だと、部屋の外で待機することを言いつけられ、でもママのことが心配でたまらないたんぽぽがそっと部屋の中を覗き込んでいた。

 

「…………はいっていい?」

「診察の結果ダメになった」

「!?」

 

 息をのんで一瞬で涙ぐむたんぽぽの姿を見かね、陽太が根負けした形で頭を抱えながら手で入って来いと合図を送り、その意図に気が付いたたんぽぽが小走りでベッドの側に駆け寄る。

 

「ママァッ!?」

「………ごめんね。心配かけちゃったね」

 

 一応マスクをして感染対策をするシャルであったが、やはり同じ部屋に長時間幼子と一緒にいるのはよくないと思い、できるだけやんわりと説得しにかかる。

 

「あのね。たんぽぽ………ママは『夏風邪』って病気になっちゃってね、ちょっとの間、たんぽぽと一緒にいられないの」

「ヤダッ!! いっしょにいる!」

「………ごめんね。でも風邪が治ったら、また一緒にいられるから、それまでは陽太パパとお姉ちゃんとお兄ちゃん達と一緒に遊んでくれないかな?」

「いつなおるの?」

「うっ………よ、四日ぐらい…?」

 

 人によったら高々四日といいそうなものだが、IS学園で生活を始めて以来シャルと一緒に行動することを半日以上空けたこともないたんぽぽにしてみれば、絶望的な時間の長さに感じたのか、彼女のそばに一層近づいて懇願し続ける。

 

「たんぽぽ、いいこにしてるからいっしょにいたい! しずかにあそぶからママといっしょにいたい!」

「………うっ」

 

 涙目で訴えてくる娘の視線に耐えながらも、シャルは何とか納得してくれるようにこちらも懇願するようにつぶやく。

 

「………良い子だから、お願い」

「じゃあワルイこでいい……………ママとずっといっしょにいたい」

 

 そのセリフにハートを撃ち抜かれたのか、シャルが悶えながらたんぽぽを抱きしめようとするが、陽太が寸での所でそれを阻止するのであった。

 

「お前が逆に説得されてどうする?」

「だってッ!? こんな可愛い懇願を娘にされたんだよ!? 良い子どころの騒ぎじゃないじゃない!!」

 

 我が子の必至な懇願を聞いてあげたい気持ちは大変よくわかるが、時と場合による。という言葉は残酷

なほどにこの場で機能しており、二人の意見は全員の暗黙の了解ですでに却下されていたのだった。

 

「とりあえずだ」

「………パパ?」

「………ヨウタ?」

 

 ひょいっ、とたんぽぽを脇に抱え、シャルに背を向け陽太は一度だけ深呼吸すると、我が義娘に宣言する。

 

「とりあえず今週はシャルの部屋での寝泊まり及び部屋遊びは禁止だ。さあ、一緒に行くぞ」

「ヤアァーーー!!」

 

 歩き出そうとした瞬間、シャルの腕をつかんで決して梃子でも動かんという意思を見せるたんぽぽに力づくで引き剥がそうとするが………。

 

「ヤアアアアアァーーーー!」

「痛い痛いッ! たんぽぽ引っ張りすぎ!」

「コイツ、めっちゃ力強ェ!?」

 

 陽太をもってしても中々引き剥がせない、幼女らしからぬ怪力でシャルの服の裾をつかんで放さない。そうこうしてる内に無理やり引っ張られるシャルも痛がり出したのを見て、遂に陽太はある強行手段に打って出た。

 

「ならば致し方ない………必殺ッ!!」

「ぬ………ヨウタパパ、まさか『アレ』を!?」

「たんぽぽ?」

 

 なぜか次に来る攻撃が見当でもついたのか、たんぽぽが顔面を引き攣らせる中、陽太の両手が彼女の脇を猛烈に擽り出すのであった。

 

「コチョコチョコチョコチョコチョッ!」

「アハハハハハハハハハハッ!」

「コチョコチョコチョコチョコチョコチョ!」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

「コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!…………やめんか!」

 

 擽りすぎて過呼吸寸前まで追い詰められ、ついにキレた幼女であったが、その時、両手を放して猛然と振り返ったため、瞬時に陽太は彼女を掴まえると部屋から走り出していく。

 

ママァァァァァァァァァーーーー!!!

「たんぽぽーッ!」

 

 引き裂かれた悲劇の母子よろしく、寮内に響き渡るたんぽぽの悲鳴と、涙ながらに手を伸ばし続けるシャルの姿に皆が涙を誘われ………若干、箒とカールだけが冷静にツッコミを入れる。

 

「いや、シャル………一緒にいるのはマズいだろ」

「やっぱり一緒にいる! 風邪が移らないにマスク着ける」

「君が参ってしまうよ?」

「がまんする!」

「口調が怪しいな………気分は?」

「ごめん。ちょっと頭が本格的にボーッとしてきた……でもだいじょうぶ!」

「大人しく寝ていなさい。医者の命令だ」

 

 案の定、熱が上がってきたことで言動と思考が不安定になってきたようで、うんうん唸りながら箒の手によって無理やり寝かされるが、涙を滲ませながら寝言のように愛娘の名を口にし続けた。

 

「ううっ………たんぽぽぉ~~」

 

 寂しさに涙を滲ませたシャルロットママである。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

「グズッ………グズッ」

「鼻水垂らすな」

 

 一方、食堂に強制送還した陽太とたんぽぽは、とりあえず腕の中でグズる娘を宥めるために、甘い物大作戦に打って出る。

 

「ママにあわせないパパはイケず! あんぽんたん! でーびー」

「DVな。殴っても無ければ暴言も言ってないんだが」

「でもでも!?」

「じゃあパフェ食べるの止めろよ」

「…………パフェにつみはない」

 

 涙と鼻水とクリームで顔をぐちゃぐちゃにしながらも、すでに五杯の空の器が置かれたテーブルの上で、六杯目のチョコバナナパフェを平らげる幼女を見てるだけで口の中が甘ったるくなってしまう。

 さて、どうしたものかと頭を悩ませる陽太であったが、その時たまたま食堂のモニターに流れていた報道番組に目を止めて見入るのであった。

 

 

『さあ、今回ご紹介したフルーツパーラでは、最高品質の桃を贅沢にも缶詰にして販売しております!』

 

 

 バラエティー番組のコーナーで紹介されていた何気ないシーンであったが、陽太はその映像を見た瞬間に、昔あったある出来事を思い出し、たんぽぽに話しかけた。

 

「そういやな、たんぽぽ」

「ん?」

「昔、シャルが今みたいに夏場に熱出したことあって、エルーさんがその時に桃缶を買ってきたことがあったんだ。その桃缶が美味いのなんのって………食べたら一晩でシャルの熱が引いちまってさ」

 

 そういやシャルは風邪を引くと割と甘えん坊になるから、後でまた顔を出してやるかと頭の片隅で考えていたが、ふと隣が静かなことに気が付き、振り返る。

 

「!?」

 

 ―――空になった六杯目のパフェの器とスプーンだけを残した席―――

 

 いつの間にかいなくなることに定評のあるたんぽぽから視線を外したことを後悔し、シャルの部屋に行ったのかと席を立ちあがるが、今度はモニターのほうから驚愕の声が聞こえてきて、そっちのほうに振り返った。

 

「……………」

 

 いつの間にかモニターの画面に顔をくっつけ、無言のまま凝視し続ける義娘の姿に驚きつつも、自分達に気取られることなくどうやって行動しているのか問いただそうと、ディスプレイにくっ付くたんぽぽを抱き上げる。

 

「お前、どんな隠密機能を搭載してるんだ? 俺にも後で教えろ。タバコ買いに行くときに活用・」

「パパ………たんぽぽがかいにいく」

「ん? たんぽぽではタバコは買えないぞ」

 

 輝く瞳で振り返った娘は、自分のなすべきことが『コレ』だと思い、陽太に提案するのであった。

 

「たんぽぽ、ママのために『コレ』かいにいくっ!」

 

 どうやら陽太の話を聞いて、桃缶を食べればシャルが元気になると思ったみたいで、自分がそれを買いに行くと主張しているようだが、陽太にしてみればたんぽぽを一人で外出させるなど論外もいいところである。すぐさまダメ出しを行うのであった。

 

「却下。俺が買いに行ってやるから、お前はおとなしく留守番してろ」

「きゃっかぁっ! たんぽぽもママのおやくにたちたい!」

「ええ~~? でも一緒に出掛けるのもな………」

 

 たんぽぽと一緒に出掛けて、おとなしく目的のものだけ手に入れてさっさと帰ってこれるのか? 目につくもの全てに素晴らしいリアクションをする義娘と一緒のお出掛けを、面倒くさそうに考える陽太であったが、その時、この状況を待っていたかのように、一人の人物が声をかけてくる。

 

 

「話は聞かせてもらったッ!!」

 

 

 高々に叫んだそのセリフに同時に振り替える陽太とタンポポであったが、父はその人物の姿を見た瞬間、口を開けたまま硬直し、娘は瞳を煌めかせ、そして彼女は後光を背負って歩み寄ってくる。

 

「シャルは我が友。そして私は対オーガコア部隊の副隊長として、早期にシャルを治癒してもらうための努力をする義務がある」

 

 ―――紺色のブレザー―――

 

「また、そこにいるたんぽぽも、母のために何かしたいという意思を持っている。これはこの年頃の子供にすれば見上げた考えだ」

 

 ―――真っ赤なランドセル―――

 

「ならば、どうすればいいのか? 私は総合的な観点から、唯一の解を導き出した」

 

 ―――『四ねん二くみ ラウラ・ボーデヴィッヒ』と書かれた名札―――

 

「それは………私とたんぽぽで、買い物に出掛ければ良い! ということだぁっ!!」

 

 ―――赤いリボンがついたベレー帽―――

 

「……………」

「ラウラお姉ちゃん、かわいいぃっ!!」

 

 違和感なくフィットした小学生姿のラウラが、腕を組みながら決めポーズを取り、『ドヤァ?』と言わんばかりの表情で陽太を見るが、絶賛するたんぽぽの声に一拍遅れ、意識を取り戻してツッコミを入れる。

 

「待ったッ! 待った待った待った待った待った!!」

「待つ必要がどこにある!?」

「一から十まで待て! とりあえず、その恰好からっ!?」

 

 なぜ突然小学生のコスプレに目覚めたというのか?

 自分の部下である副隊長の精神状態を真剣に心配し始めた機動部隊隊長の困惑をよそに、ラウラは平然と言い放つ。

 

「ドイツの部下が外出するときに使う私服といえば、日本のトレンドはこれだ。と言っていたのだが?」

「断じて違う」

 

 例えば、首都の繁華街をブレザー姿の大人達が行きかいしてる情景を想像しただけで、この国の行く末が心配を通り越して絶望しかねないのだが、ラウラは全くそのことに気が付いていなかったのか?

 

「夏休みに入って大勢私服の人間が寮内にいたが、誰か一人でもブレザー姿でランドセル背負って出かけてるのを見たことあるのか? てか、ドイツの知り合いはお前をどこに向かわせたいんだ?」

「安心しろ。たんぽぽにもちゃんと届いているぞ」

「ええっ!? ホント!」

「ああ………たんぽぽの姿はこれだっ!」

 

 

 ―――五分後―――

 

 

「完成した!」

「わああああああっ!?」

 

 黄色い通学帽子、空色のスモック、そして肩から下げたカバン…………由緒正しき幼稚園児の姿のたんぽぽが、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねる。

 

「……………」

 

 頭を抱える陽太であったが、たんぽぽは嬉しさのあまり、近くにいた女生徒にスマホでその姿を撮影してもらう。

 

「シャルロットママにみせてあげなきゃ!」

「アイツは喜びそうだが………って、そういうことじゃない!?」

 

 格好のことばかりが先行して流されかけたが、いままで頑なにたんぽぽと距離を置きたがろうとして、たんぽぽに間合いを侵略されてフリーズしてばかりだったラウラが、どうして急に一緒に出掛けようなどと言い出したのか?

 

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」

「?」

「今までの私は一定の距離から観察しようと不必要に間合いを開こうとしたせいで、かえってたんぽぽの接近を許してしまった」

「??」

「だが私は昨日までの私ではない。不用意な距離が命取りになるというのであれば、いっそのこと触れられるほどの接近戦であれば、私が不覚をとることはない」

「???」

「相手の思考形態を見切り、次の行動予測を可能とすれば、私がもう翻弄されることもなくなる。そう、私の内に湧き立った、この浮ついた感情など消し去ってくれる!」

「………ごめん。お前の言ってる言葉を地球の言葉に訳してくれ」

 

 宇宙人を見るような瞳でラウラを見る陽太は、この二人だけで外出させることに圧倒的な不安を抱える。

 考えてほしい。軍事用語に関しては一流だが、普段の生活を見ている限り一般常識は見た目通り小学生同然………否、その年代の子供達からすら心配されそうなラウラと、嵐の五歳児のたんぽぽである。おとなしく買い物をして帰ってこられるというのか?

 

「(思えるわけない)」

 

 心配のあまり、自分が一人で行く。と主張しようとするが、ラウラは右手を前に出してストップをかける。

 その理由を彼女は冷静に言い放った。

 

「お前は今日は一日報告書整理だ。未提出分を含めて明日までが期限なのを忘れたか?」

「あああああぁっ!?」

 

 俺のバカぁんっ!? 頭を抱えて自分の所業を後悔するが、先に立ってくれないから後悔なのである。っというか、どうしてこう一々やることなすことに文章化を求めるのだと軍社会の常識に文句をつけたくなる陽太であった。

 

「すでに教官から外出許可は取ってある。早速出かけるぞ!」

「あいっ!」

「返事はJowohl Herr Unteroffizier(ヤヴォール・ヘア・ウンターオフィツィーア)だ!」

「やばいおらうーたん?」

 

 小学生と幼稚園児の珍妙なやり取りを目にし、書類の山よりも内心の不安の山に圧し潰されそうな陽太はポツリとつぶやくのであった。

 

 

「やっぱり誰かついていかせたほうが………」

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「ううぅ………たんぽぽぉ~」

「熱が引けばまた一緒に眠れるだろう?」

 

 箒に冷えピタをオデコに張られながら、弱ったシャルはたんぽぽのことが心配でたまらないのであった。

 

「ううぅ………箒?」

「ん?」

「たんぽぽの代わりに一緒に添い寝して」

「(熱が出ると甘えん坊になるんだな、シャルは)」

 

 友人の変わった一面を見ながら、ため息が漏れる箒であった。

 

 

 

 

 




次回

両巨頭、都会に立つ!?


さてさて、夏休みで賑わう都心で、無事におつかいを二人は済ませられるのか!?

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