声優ってすげぇな。
キタエリ、マジ尊敬するわ
―――私、凰鈴音は現実を生きる女だ―――
皆に面と向かって言ったことは一度もないけど、私、凰 鈴音《ファン インリン》は仲間の中で現実を最も直視している女だ。リアリストという言葉が最も似合う女といっていい。こんなことを陽太辺りに言ったら、アイツは指さして笑ってくるだろう。うし、後でぶん殴ろう。
話を戻すと、私は現実をよく見る。
この日本ではいじめにもあった。人種の違いで人は差別するものだと知った。
本国の中国でも新人いじめにあった。同じ人種でも人は能力で差別したがるものだと知った。
この学園でも差別を時々見かける。私たちの現状も知らないで、優遇されているだけだと勘違いする奴等もいるんだと知った。
―――でも、私はこの話をきっと仲間に打ち明けたりしない―――
皆、仮に話を聞いても大げさに取り沙汰にはしないだろう。だって、自分達に現状の実害はない。そして仮に自分達に実害が出ても、きっと許してしまうのだろう。
つまりは誰もがお人好しが過ぎる、そして優しい、良い奴等ばっかりだ。それが好ましい反面、それでいいのかと疑問にも思い、私は決して情に流され過ぎないように自制している。
でも、私もきっと最後は人としての情を取れる人間が好きなんだって思いだけは捨てたりはしない。
最初は一夏だった。
小学生のころ、私をいじめから救ってくれたのは彼だ。そして彼はそのままで大きくなって、今も仲間と千冬さんのために懸命に戦ってる。現実が見えていないバカにも思えるけど、見えていないわけでも見て見ぬふりをしているわけでもない。アイツは現実がどうあれ、自分が信じてる理想を信じ続けるって決めてるだけだ。
セシリアはここ最近特に変わり始めたように思える。
包容力というものなのか? 自己鍛錬も欠かさないでいるけど、周りへの気遣い方に優しが多分に含まれるようになった。もっともそれ以外は特に変わってない。料理の腕なんて男子二人を保健室送りにできるレベルだ………私とラウラで搬送したけど、シチュー食べて意識混沌って、何を鍋の中にぶち込んだのか?
陽太とシャルも大いに変わった気がする。
陽太は相変わらずアホだけど、最近のピリピリ感がだいぶん引いてきた。目元が緩んできたのか? そのままアホな行動もやめてくれたら、シャルの頭痛の種も減ると思うんだけど…。
シャルはもう完全に子育てママさん状態だ。
育児本を読み漁り、ネットで子供用のおもちゃや絵本、洋服なんかを買い漁り、周囲の女子生徒にしょっちゅうスマホで撮った写真を見せ合ってる。自慢話が止まることがない。
ラウラは戸惑いが大きいみたいだ。どうも小さな子って存在そのものと近くで接したことが少なくて、何をどうしたらいいのか皆目見当もついていないとのこと。でもそれではいけないと思って、近々何かするつもりらしい。
箒は相変わらず一歩引いた位置で皆を見ている。でも胸の自己主張は激しさを増してきやがって………テーブルの上に無意識に乳乗せるな。引き千切るぞ。
―――凰 鈴音は現実を見る女。だから、その実は苦手なものがどうしても一つある―――
自分の思い込みだけで生きられる存在。
そして周囲がそれを責めることをしない存在。
私自身もそのことについては疑問に思うこともない。
だから、私はこの目の前の幼女、『たんぽぽ』が実は苦手なのだ。
☆
女王陛下との騒動から数日後、セシリア・オルコットのたんぽぽへのいらぬお節介令嬢教育をなんやかんやヤンワリと回避しながら過ごすこと数日。
昼の時間の食堂に鈴が入ってきたとき、夏休みということで人も疎らなはずなのに、陽太とやっぱり諦めきれないセシリアの言い争う声が食堂内に響き渡るのであった。
「今日という今日こそっ! たんぽぽさんの教育を始めさせていただきますわっ!」
「それについては結構っ! 十分に間に合っております」
たんぽぽに是非ともオルコット家伝統の淑女教育を施し、どこへ出しても恥ずかしくない淑女にしたいセシリアと、セシリア・オルコットという実例を前にその教育は信用できないんだよと面と向かって言えない陽太の間で、激しい火花が散っていた。
「何故なのですッ!?」
「(お前みたいなのに出来上がったらいろいろ心配なんだよって………)言えない」
セシリア自体は悪い人じゃない。善人の分類だ。と思っているものの、やっぱり親として願うことは違うので、丁重にお断りしたい陽太との言葉のキャッチボールが延々と繰り返し続ける。
「つるつる、おいしい~~~♪」
肝心なたんぽぽは冷やされた素麺を美味しそうに食べるのに夢中になっていたが………。
「(飽きもせずに、毎回よく出来るな~)」
そんな二人のやり取りを横目に鈴はラーメンセットを注文すると、若干席の間隔をあけて座ったのだが、熱中する二人よりも先にたんぽぽが目敏く鈴に気が付く。
「鈴お姉ちゃんっ!」
嬉しそうに手を振るたんぽぽに、鈴はそっけなく手を振るだけの挨拶に留めるのだが、何を思ったのかたんぽぽは素麺ごとお盆に乗せ、自分の座っている席までやってくるのだ。
「鈴お姉ちゃんっ!」
「コラッ、ゆっくり置け。めんつゆが飛び散ってるっ!?」
テーブルに置いた表紙にめんつゆがとびったせいで若干汚れたテーブルを、備え付けのテーブル拭きで拭う鈴に、たんぽぽは瞳を輝かせて話しかけてくる。
「鈴お姉ちゃんのつるつる、きのうたんぽぽもたべたよ!」
「そう………」
「あとね、シャルロットママもさっきたべてたよ! でもラウラお姉ちゃんとどっかいっちゃった!」
「あいつ等、機体の整備あるからね。今日は忙しいのよ」
訓練のたびにマメにチェックを怠らない二人の習慣を感心しつつも、この目の前の幼女の番を陽太だけに任せるのは軽率ではないのかと毒づくが、決して口には出さない。それぐらいのTPOを弁えているという自負が鈴にはあるからだ。
「一夏お兄ちゃんと箒お姉ちゃんいない。簪お姉ちゃんのとこ」
「アイツ等もマメよね。特に一夏は最近の面識しかないはずなのに」
箒が暇を見つけては見舞いに行っているのは知っているが、どうしてだか一夏までちょくちょくついていくのだ。この展開には正直、内心かなり物申したい気持ちで一杯である。最も、一夏自身も最初は遠慮して箒だけで行かせようとしたのだが、彼女と同室の見た目ゆるゆる中身結構腹黒な少女の差し金によってショートデートコースを毎回とらされているのは秘密であるのだが………。
「のほほんちゃんたち、きょういないの」
「………なんで?」
「シロとクロを『びょういん』につれてかなきゃいけないって………おちゅうしゃされてるのかな?」
注射という単語に怯えるたんぽぽであるが、どうやら子猫二匹は動物病院で予防接種させられているらしいということは想像できた鈴が、ラーメンのナルトを箸で遊ばせながら、たんぽぽに問いかける。
「で? アンタの相手は今日は誰がするの?」
「鈴お姉ちゃん」
「そうそう、私がする………………私ぃっ!?」
ノリツッコミ状態で今度は鈴が立ち上がる中、強行突破してたんぽぽを連れて行こうとするセシリアと、そうはさせまいとつかみ合いに発展していた陽太がそのままの体勢で怒鳴り散らすのであった。
「見ての通り……だぁっ!! 誰が、ソイツの面倒を………見るっ!?」
「わたくがぁぁっ!?」
「それが頼めないって言ってんだろうが!! しつこいぞぉ」
最後は泣きそうになっている陽太の様子と、鼻息荒く『まずは基本となるオルコット家令嬢の心得108』と口に出しながら鼻息が荒くなっているセシリアの様子を見比べて、深いため息が漏れる鈴であった。
☆
「というわけで、今日はテレビ見てなさい」
「てれび? みていいの?」
食堂からたんぽぽを連れ帰った鈴は、彼女の自室に招き入れるとリモコンを渡して、おとなしくテレビでも見せるという選択を取るのであった。
「シャルロットママはいちにち『いちじかん』しか、テレビみちゃメッって」
「意外に教育ママなのね、シャル………私が今日は特別に許可します。シャルたちが返ってくるまで好きなだけ観ててていいよ」
「ホント!?」
そういっていきなり部屋から飛び出したたんぽぽは、数十秒で鈴の部屋に戻ってくると、手に持ったあるものを鈴に見せる。
「これっ!!」
笑顔で差し出したDVDケース………そこに描かれていた物は……。
「『美少女聖騎士プリティ・〇リア』………なんじゃこりゃ?」
ツインテールの少女が痛々しい姿魔法少女の姿を取っているアニメのようだが、鈴には何が良いのかまるで理解できない。対してたんぽぽは輝く瞳で熱く語りだす。
「あのね、プリティ・サリ〇があいのひかりををあつめてギュッ♪ コイのパワーをハートでキュン♪して、わるいまじょの〇ンジュをたおすものがたりなんだよ!」
「こ、恋のパワー…」
「しずりお姉ちゃんがみせてくれたんだよ!」
「(鷹月のやつ、想像を絶するチョイスの趣味を持ってんのね)」
1組においてもっともしっかりしていたショートカットの少女のイメージがガラガラと崩れ落ちる中、たんぽぽは慣れた手つきでケースからDVDを取り出し、部屋のテレビに備え付けられていたプレイヤーに入れてさっさと再生を始める。
そしてしばらくし、映像が流れ始めるのであった。
『遅刻遅刻~!』
―――推定17.8歳の少女が食パン咥えて走る姿が映し出されていた―――
『みんなぁ! 私、夢見杉サ〇アっ!』
『夢に三本の杉って書いて、夢見杉』
『胸はちょっぴり小さいけれど、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群な14歳なのっ!!』
『こんな完璧な私だけど、ある日突然現れた、色ボケ妖精ビッチに魔法のステッキを押し付けられて、悪い奴らとたたかうことになっちゃったの♪』
『わたしぃ↓、一体、どうなっちゃうのぉぉぉ↑』
「どうなっちゃうの、サリア〇、だいじょうぶ?」
「(まともに観てると、心が大丈夫じゃなくなりそう)」
精神に異常をきたし始めそうな冒頭部分を前に、すでに両手で顔を覆っている鈴であったが、まだこれは開幕1分足らずであり、これから始まる地獄の幕開けでしかなかった。
『〇リアちゃ~ん、事件だビッチっ!』
『もうビッチっ! 今日も紐パンが過激ねっ!』
『〇リアちゃん、変身だビッチッ! この世界から、悪のパワーを浄化するビッチ!』
『わかったわっ! フンッ!!』
『愛の光を集めてギュッ♪ 恋のパワーをハートでキュン♪ 美少女聖騎士プリティ・〇リアン♪ 貴方の隣に突撃よッ!』
『シャイニングラブエナジーで…私を大好きになぁ~れっ♪』
『こうして、学園は悪の手から救われた………だがいつまた悪魔が襲い掛かってくるか分からない。戦え、プリティ・〇リアン。頑張れ、プリティ・〇リアンっ!』
『今度は、貴方の隣に、突撃よッ!』
―――流れるED。感動するたんぽぽ。顔を真っ赤にしてもだえ苦しむ鈴―――
「もう………やめて。お願いだから」
「きょうもおもしろいっ! プリティ・〇リアンッ!」
床に転がりながらもだえ苦しむ鈴を無視して、たんぽぽがパッケージと同じポーズを取り、とっととケースにしまい直すと、彼女は笑顔でこう告げる。
「つぎのやつ、とってくるぅっ!」
「まだあるの、ソレっ!?」
弾丸のごとき速さで部屋から駆け出す幼女を止めるタイミングを逸した鈴は何とか立ち上がって見せるが、テーブルの上にふと目が留まる。
―――パッケージの裏面にあるゲスイ良い笑顔の美少女聖騎士―――
「………」
一切の憧れは抱かないものの、なぜか妙に親近感を感じる笑顔である。
ツインテール、貧乳、周囲に振り回される常識性…………よくよく考えると、自分と多くの共通点を持っているではないか………君も周囲を振り回しているけどな
「………」
ストレスを解消するために、普段とは全く異なる自分を演じてみる。それもまた良いストレス発散なのかもしれない。なぜかそう感じ取ると、彼女は部屋に置いてあった布団叩きを手に取ると、ドレッサーの前の鏡を見て、しばし鏡の中の自分と向き合ってみる。
「………あ、あいのひ、ひかりを、あ、あああつめてぎゅっ」
恥ずかしい。すごく恥ずかしい。
でも、一度だけ。一度だけ、自分も冒険してみる………そうすれば、ひょっとしたら良いストレス発散の方法が見つかるかもしれない。少なくとも自分は幼女の世話をしてワイワイキャッキャッするタイプじゃないんだから。
なんの言い訳にもなっていないことを内心で呟きながら、彼女はヤケクソ気味に声を張り上げてみた。
『愛の光を集めてギュッ♪ 恋のパワーをハートでキュン♪ 美少女聖騎士プリティ・〇ンファ♪
『シャイニングラブエナジーで…私を(一夏が)大好きになぁ~れっ♪』
やり切った。私はやり切った。その事実に関してのコンマ数秒間だけ訪れた爽快感。
そして腹の底から徐々にせりあがってくるマグマのような恥ずかしさ。結論から言うと「やんなきゃ良かった」と自分自身も認めるレベルだったが、その時、彼女は足元から自分を見上げる瞳が『いる』ことに気が付き、滝のような汗を流しながらゆっくりと視線を下に送った。
「…………………………鈴お姉ちゃん」
DVD二巻目を持って瞳を輝かせるたんぽぽは、彼女の顔から火が噴く恥ずかしさなんて気にする様子もなく、大声を上げる。
「たんぽぽもプリティ・リ〇ファごっこやっ」
「ふがぁっ!」
神速で彼女《たんぽぽ》の口を封じると、血走った目で必死に言い訳を開始する。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ! これは違うの、たんぽぽ。これは違うのよっ!」
「ふんふんふぉふふぃふぃふぃんふぁふぉっふぉっ」
「とりあえず静かにッ! 落ち着けっ!」
ふんふん、と頷くのを見てゆっくりと手を放す鈴であったが、興奮気味の幼女は俄然やる気で彼女の両手を引っ張りながら、ごっこ遊びをしようと言い続ける。
「鈴お姉ちゃんとたんぽぽのふたりで、〇リティ・リンファとマルカル・たんぽぽっ!」
「あんたはマジカルでもリリカルでもいいの! 年齢的に大丈夫なのっ! でも、私は完全にアウトッ! 今のが聞かれたら社会的にもアウトなのっ!?」
アウトとは何がアウトなのか? 意味が分からないたんぽぽが困った表情で首をかしげる中、鈴は周囲を見回しながら、誰かほかに見ていなかったのか、真剣に心配し始めた。
「………こんなの、陽太とかに見られたら、ホントマジ最悪よ」
「ヨウタパパ?」
陽太に知られると何がいけないのか? それもわからないたんぽぽが困った表情で首を傾げたとき、とりあえずのことを鈴は言って聞かせる。
「いい? 私が今やってたことは内緒。秘密よ。わかった?」
「やってたこと?」
「そうっ! ぷ…………〇リティ・〇ンファのことよ」
もう二度と口にしたくない単語を恥ずかしそうに言う鈴の様子を見て、未だに理解できないたんぽぽが問いかけてきた。
「どうして鈴お姉ちゃんがプ〇ティ・〇ンファだっていっちゃだめなの?」
「お、大人には……色々あるのよっ!」
「そっか。いろいろあるのか~」
大人の事情。それは子供に対して便利な言葉である。
利便性の高さを改めて思い知った鈴は、とりあえず納得してくれたことに感謝するように、たんぽぽにジュースでも飲ませてあげようと笑顔で問いかけた。
「アンタ、喉乾いたでしょ? 鈴お姉ちゃんがジュース買ってあげるわ」
「ホントっ!?」
嬉しそうにするたんぽぽに心底安堵した鈴であったが、その時、たんぽぽはぴょこぴょこと部屋の入口まで行くと、首だけ外に出しながら部屋の外に叫ぶ。
「陽太パパ、セシリアお姉ちゃん、のほほんちゃんっ! たんぽぽ、ジュースのんでくるねっ!」
至って普通の報告。
保護者に対して幼女は律義にどこかへ行くことを告げただけの、ただの報告。
だが、今の鈴にとってそれは死神からの死刑宣告に等しいものであった………。
「!?」
血の気が引いた鈴が即座に反応して、部屋の外に飛び出すと、そこには………。
「…………」
「…………」
「…………」
先ほどまで言い争っていた二人と、幼子の様子を見に帰ってきた一人が、廊下の上に笑い時に仕掛けていた。
お腹を抱えて右手で口を塞ぎながら、壁を左手で掻きむしって笑うのを必死に堪えながら転がり回る陽太と、鈴に背を向けて口を塞ぎながら耳まで真っ赤にして必死に我慢しつつも床をたたき続けるセシリアと、床に転がりながらも片手でスマフォを操作しながら、『リンリン、驚愕の新フォーム』というタイトルでLINEで画像を送信しようと必死に頑張るのほほんの姿があったのだった。
☆
先日、プライベートで英国から超VIPを招き入れた空港へと、一人の男が降り立つ。
搭乗口から出てきた男の顔色は、第三者視点から見ても非常に悪いもので、空港職員が時折『大丈夫ですか?』と声をかけるものの、男はその都度丁寧に大丈夫であると答え、入国手続きを済ませる。
「観光で日本に来られたのですか?」
「………」
税関の職員のその問いかけに無言で首を横に振る様子に、職員はそれ以上の追及をすることもできず、手早く手続きを済ませると、「どうかお気を付けて」という言葉を贈るだけに留める。
途中、違法薬物の疑いもあると判断した者もいたが、男はその都度、懐からあるものを出して信用のある者からの証明書として提出することで検査を逃れ、若干時間はかかったものの空港を出てタクシー乗り場でタクシーを拾う。
「お客さん、どこまで行かれますか?」
「………IS学園まで、お願いします」
日本人とそう変わらない流暢さがあるものの、やはり異国の人間特有の気配を出す男に、運転手はそれ以上の追求もせずに車を発進させる。
途中、高速に乗って順調に走るタクシーの窓から外の景色を眺めていた男は、懐のポケットに手を入れると静かに瞳を閉じてある少女の姿を思い出すのであった。
「(…………鈴《リン》)」
日本から自分たち家族が離れるときも同じく空港から母国へと帰国したのだが、その間、少女は自分と一言も話すことはなく、帰国してからも自分達は特に家族らしい会話をすることなく、気が付けば無理やり長年連れ添った妻に自分の名前が入った離婚届を押し付け、家族から背を向けていた。
そんな自分が、今、もう一度娘と向き合おうとしている。この事実に男は内心では不安で押しつぶされそうになりながらも、ポケットから家族写真を取り出して眺める。
「…………」
最後の家族旅行となってしまった、鈴が中一の冬休みのときのもので、今よりもあどけない表情の鈴を挟んで自分と妻が笑顔で映し出されていた。
「(もう、こんな笑顔に会うことはないのだろうな)」
これが最後になるかもしれない。自分の胸に宿る『カゲ』が疼く中、笑顔に会えなくても、もう一度だけ会おうと、劉 楽音《りゅう がくいん》は娘の鳳鈴音が通うIS学園に急ぐのであった。
来日したお父さんとの温度差w