IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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先ずはコロナの影響で色々あって更新が半年以上伸びてしまったこと、本当に申し訳ありません

ってか、半年かけて話がほとんど進んでないとかありえないよね






ちくしょ………誰か、ドラ〇もん呼んできて(現実逃避)


たんぽぽとセシリアお姉ちゃんとお婆ちゃん③

 

 

『セシリア』

 

 ―――優しい声色を忘れた日なんて一度もなかった―――

 

『父さんは行かなきゃいかない』

 

 ―――なのに、どうして今はこんなにもつらいのだろう?―――

 

「いかないで、おとうさまっ!! おかあさまがっ」

 

 ―――幼い私の言葉を聞いた父は、一瞬だけ躊躇するように振り返りかけるが、やがて彼は二度と振り返ることなく歩き出す―――

 

「おとうさまぁっ!」

『………セシリア』

 

 ―――幼い私の腕の中で目を開いた血まみれのお母様は、遠ざかっていく『血塗れ』の父の背中を見ながら、瞳から一筋の涙を流してこう囁かれました―――

 

『こんなときぐらい………本当に損な人』

「おかあさま………」

『最後……ぐらい…………そばに、い……』

 

 ―――瞳から光が消えていくお母様―――

 

 ―――何もわからずに叫び続ける私―――

 

 

 

 

 でも、お父様が私達のほうを振り返ることは二度となく、その後救助された私が目にしたのは、列車の瓦礫の上で何かを掘り起こそうとし、途中で力尽きてうつ伏せで息絶えたお父様の姿だった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 午後の日差しがようやく傾きだした時間、海風が吹き抜ける学園の林道に置かれたベンチにおいて、一人俯きながら座るセシリアの脳裏に、かつてあった父母との最後の別れの時間が鮮明に映し出されていた。

 幼い自分を連れた久しぶりの家族旅行。いつも忙しそうに働いていた母と、そんな母を手助けしていた父と自分との三人の旅に、幼いセシリアは幸福と充実感に包まれていた。

 ヨーロッパ本土と英国を繋げる海底トンネルを走る高速鉄道に乗っての2週間の旅………だが、セシリアに待っていた現実はかくも過酷なものであった。

 

 

 

 ―――死者数百人を出す列車爆破テロ―――

 

 

 未だに犯人の特定すら出来ていないイギリスでヨーロッパでも有名なテロ事件によって、セシリアの両親は帰らぬ人となり、彼女は幼くしてオルコット家の当主に就くこととなったのだ。

 幼い彼女をたぶらかしてオルコット家の資産を悪用しようとすり寄ってくる悪人も多くいたが、すぐさま英国女王が後見人に名乗り上げると、鶴の一声としてすぐさまそれも収まり、幼い瞳を険しく釣り上げたセシリアの『母のような立派な女性になる』という人生が始まる。

 そして貴族としての教育を受ける傍ら、同時に判明した高いIS適正を生かし、英国の象徴になるための訓練も始まり、生前から自分の家に仕えていたチェルシーから貴族教育のレクチャーを、そしてISのほうに関しては、母の従妹であり英国正代表の『ジーナス・ファブル』に施されるのであった。

 

『セシリア?』

「は、はい」

 

 ある日、訓練用のISを使っての実戦的な訓練を行っていた休憩時間のセシリアに、ISスーツ姿のジーナスは諭すように語りかけた。

 

『憎しみで引き金を引くようなことをしてはならないわ』

 

 きっぱりとした姿に、なぜ今自分がそのようなことを言われているのか見当がつかずに戸惑うセシリアに続けてジーナスは語り諭す。

 

『貴女もいずれは英国の未来を背負って戦う日が来るわ。だからこそ私達には私怨は許されない。祖国と陛下の御名に誓い、引き金を引く指先に恨み辛みを乗せてはならない』

「私は常に我が祖国と女王陛下への忠誠のために戦っております」

『いえ………貴女はそれだけでは戦えていない。貴女の中には未だ、貴女のお父様への不信の火が燻っています』

 

 はっきりと言い放つ姿に、セシリアは飲みかけのスポーツドリンクを床にぶちまけ、怒りのまま立ち上がると恩師に詰め寄る。

 

「如何にお姉様でも、そのお言葉は訂正してください!」

『………訂正はないわ』

「あんな男への憎しみなどありません! とうの昔にくだらない過去として全て捨て去っておりますっ!!」

 

 激怒して吐き捨てた言葉であったが、そんなセシリアに向けたジーナスの瞳はとても悲しそうなものであった。

 

『本当に捨て去れるの? あんなに貴女が大好きだったお父様なのよ』

「違います! あの男は裏切り者です!」

『セシリア………貴女のお父様は貴女を裏切っていないわ。あの人は……』

 

 聞きたくはなかった。

 聞いてしまったら、決定的に自分の中の何かが崩れてしまうから。崩れてしまった先に閉じ込めている本当の『自分』が今の自分を見てくるから。

 瞳があってしまったら、もう見ないようにするのは無理だから………。

 

「失礼しますっ!」

『セシリアっ!?』

 

 ジーナスの静止を振り切ってその場を後にしたセシリアは、一人走って無人の部屋にまで駆け込むと、扉の鍵をかけてその場に埋まってしまう。

 

 亡き父の声、母の最期の姿、大恩ある主君の優しさ、信頼するメイドの忠義、そして恩師の言葉。

 

 その全てが心に痛みと共に突き刺さる。暖かいはずのものが、痛くて痛くてたまらない。

 だからなのか………彼女はやがて父母への想いに蓋をして、心の奥底に沈めるように記憶を忘却の彼方に押しやり、ただひたすらに自分の輝かしい未来ばかりに目を向けるようになっていた。

 

 ―――自分は未来の英国代表である!―――

 

 そうなる理由すらも忘れ去るぐらいに自分自身に言い聞かせていたことを今更ながら思い出して落ち込んでいたのだが、ふと、隣に人の気配があることに気が付き振り返る。

 

「…………」

 

 ―――隣にちょこんと座って覗き込むたんぽぽ―――

 

「きゃぁあっ!」

「セシリアお姉ちゃん、きがついた!」

 

 自分に話しかけてくるまでずっと待っていたのか、嬉しそうに微笑んだたんぽぽは手に持っていたマドレーヌをそっとセシリアに差し出すのであった。

 

「はい、おばあちゃんのマドレーヌッ! とってもおいしいよ」

「………」

 

 彼女から手渡されたマドレーヌを驚きのままに受け取ったセシリアは、もう一つ持っていたマドレーヌを美味しそうに頬張るたんぽぽに問いかける。

 

「たんぽぽさん………なぜここへ?」

「ふぁい?」

 

 一瞬で食べ終え、口の周りについた食べカスを雑に手で払うたんぽぽは、彼女のその質問にも笑顔でこう答える。

 

「セシリアお姉ちゃん、おばあちゃんのマドレーヌたべてなかったから」

「………」

「おばあちゃん、セシリアお姉ちゃんのためにつくったんだって! だからお姉ちゃんにもたべてほしかったの!

 

 そういいながら頬っぺたを両手で持ちながらマドレーヌの味に感動する幼い少女の姿に、セシリアは在りし日の自分の姿を思い出すのであった。

 

「(………よく、お父様も私にお菓子を買ってきては、こうやって食べさせてくださいましたわね)」

 

 

 ―――「よし、セシリアっ! 今日のケーキは街で一番美味しいって呼ばれてるんだよ!?」―――

 

 ―――「わぁ~~!」―――

 

 ―――「だから………ママには内緒に」―――

 

 ―――「アナタッ!? またわたくしに内緒で勝手にッ!?」―――

 

 ―――「!?………い、いや、君の分もちゃんと買ってきているから」―――

 

 ―――「そういうことではありません! そんな甘やかすように毎回毎回セシリアにばかり買い与えて」―――

 

 ―――「すまない………どうしてもセシリアが可愛くてつい」―――

 

 ―――「………ではもう、わたくしは可愛くも何ともないと? 愛想の無い怒ってばかりのダメな妻だと? そうおっしゃるつもりなのですか?」―――

 

 頬っぺたを膨らませてヘソを曲げる母に対し、しどろもどろで父は必至の弁解をするのが幼いセシリアの前でよく行われていた日常であったことを思い出し、まるで陽太とシャルとたんぽぽの日常のようではないのかと、思わずくすりと笑みが零れてしまう。

 そんなセシリアにたんぽぽも嬉しそうに笑みを浮かべると、彼女(セシリア)の膝の上に移動して、両手を広げ大声を張り上げるのであった。

 

「セシリアお姉ちゃん、わらったぁー!」

「た、たんぽぽさん?」

「セシリアお姉ちゃん、ニッコりしたの。お姉ちゃん、たんぽぽとあそぶまえ、ニッコリできなかったから」

「………」

 

 父のことを思い出して胸を痛めていたセシリアのことを、目の前の幼い少女は理解していたのか。笑ってくれたことが嬉しいと言ってくれる優しさに感謝するように、セシリアもポツリポツリと話し出す。

 

「たんぽぽさん、少し、お話を聞いてくださいますか?」

「おはなし?」

「はい」

 

 幼い日と変わらぬ青い空の下で、過去を思い出すセシリアの瞳は、切なさと寂しさで滲むのであった………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「さて………」

 

 突然の呼び出しによって食堂に集められた一夏達は、初めて会うセシリア・オルコットの自称祖母であるエリザベスへの挨拶もそこそこに、とりあえず真っ当な理由で問いたださないとならぬことを口にする。

 

「「「「「お前(キミ)が何で、食堂(ココ)にいる?」」」」」

「空腹を覚えたのなら、食堂で食事をするのは人間の基本ではないか、諸君。ゆえにサボったわけじゃないんだ。ただ怠かっただけ」

 

 ふざけたことを真面目な顔と瞳でサムズアップしながら言い放てる陽太の面の厚さ『だけ』は認めるものの、スルーしてあげられるほどの忍耐力もないシャルロットによるアイアンクローが炸裂して陽太が悶絶する中、顔を真っ赤にして羞恥に悶える教師陣を尻目にエリザベスが語りだした。

 

「私とオルコットの家との繋がりはずっと以前からよ。元来、オルコット家は公爵の祖先を持ち、歴代のイギリス王室とも繋がりが古く、過去何人かは王家の人間と婚姻も結んでいるわ」

「それって…………めちゃくちゃ凄い家柄ってこと?」

 

 由緒正しき一般人である一夏達には今一つピンとこないエリザベスの言葉であるが、王家との家柄の格において婚姻を結んでも遜色はないと判断される『公爵』位を持つセシリアは、源流を辿れば王族の血をその身に宿しているということであり、今でこそ直系の人間のみに限定されているが、時代によっては王位継承権すら持っている身分であるのだ。

 普段から割とセシリアのことを内心でぞんざいに扱っていることに気が付いていない陽太や鈴も一緒に首をかしげる中、エリザベスは楽し気に話を進めていく。

 

「でもセシリアの祖母の代で、オルコットの家は男子に恵まれず、また第二世界大戦の余波も受け時代の変革を求められてね………セシリアの母親も一人娘ということで、我が儘に育ったというか、気が強かったというか」

 

 陽太達の脳裏にセシリアそっくりのセシリア母が登場して高笑いしている中、エリザベスは懐かしむようにある日の情景を思い出す。

 

「でもね………そんなセシリアの母親が、心底惚れた殿方がある日、現れたの」

「えっ!? どういうことなんですか!!」

 

 年頃の娘らしく、『他人』の色恋沙汰には敏感なシャルロットが興味津々な表情で聞きたがる。

 

「あれはもう20年も前、ロンドン国際空港でハイジャック事件があったのよ」

 

 ―――今より20年前、海外視察を行い帰国したばかりの英国政府専用のチャーター便をテロリストがハイジャックが発生。イギリス陸軍も出動する大捕り物に発展した事件があったのだ―――

 

「ふ~ん………そんなんあったんだ」

「陽太はもうちょっと興味を持て。対外的にも有名な話だぞ」

 

 軍関係の話であるのならある程度の知識を持つラウラに窘められる陽太であったが、彼のポーカーフェイスを崩すことができない。

 

「確か政府の要人を人質に、海外への逃亡を企てようとした英国のテロリストが引き起こした事件だったはず」

「………でも解決したんだろ?」

「ああ。英国のSASが出動して鎮圧したという話だったが」

 

 一夏の質問に答えるラウラであったが、エリザベスは更にそこに言葉を付け加える。

 

「正確には、偶然その場に居合わせた休暇中のSAS隊員よ。彼がセシリアの父親なの」

『えっ!?』

「それだけじゃないわ。その時人質の中に含まれていたのがセシリアのお母様よ。そして当時6歳の私も一緒にいたわ」

 

 ジーナスも証言するその時の現場の情景はこのようなものであった。

 

 ―――犯人たちの要求に対して引き延ばしの時間稼ぎを行っていた現場の対応に、苛立ったテロリストの一人がついに銃を人質へと向ける―――

 ―――その銃口の先には、当時六歳のジーナスがおり、そんな彼女を庇う様に前に出たのがセシリアの母親であった―――

 ―――互いに親族の随伴として同行していた身分であったが、まだ幼いジーナスへの謂れのない暴力に対して毅然と立ち向かったセシリアの母親であったが、犯人は逆上し、今度は彼女に銃口を突き付けた―――

 ―――先の見えない不安と苛立ち、もし捕まってしまえば極刑は免れないという焦りから、犯人は簡単に引き金に指を掛け、セシリアの母親を撃とうとする―――

 ―――誰もが息を飲む中、彼女が撃たれようとする寸前、飛行機の窓ガラスが砕け、犯人達が反応するより早く、セシリアの母親に銃を向けていた男の肩が射抜かれ、それを合図に突入部隊が進行してくる―――

 ―――混乱する現場の中で、テロリスト達を次々と行動不能にしていく狙撃が行われ、人質達は全員無事に解放されたのであった―――

 

「その時の狙撃を行ったのが、たまたま友人を空港まで送っていたセシリアの父親だったのよ………騒然とする現場で、彼はいち早く最適な狙撃ポジションを選び取り、入り乱れする犯人達と突入部隊との戦闘でも、正確に犯人達だけを狙撃していたわ………セシリアの狙撃のセンスは父親譲りね」

 

 当時の情景を細かく記憶しているジーナスにとって、彼のその姿は忘れることない理想の勇姿でもあった。そしてその現場に巻き込まれたことこそ、今の彼女のキャリアの始まりでもあるのだ。

 

「でも、その後にびっくり。あの人、特殊部隊も軍部も辞めちゃったのよ」

「えっ!?」

「どうしてなんですか?」

 

 学生達の疑問もわかる。

 どうして政府の要人を救った、少なくともイギリス国内では英雄のはずの人が、いきなり軍人を辞めてしまっているのだろうか。そのもっともな疑問に、ジーナスは肩を落として呆れながらこう答える。

 

「『軍規を違反して銃を取り、現場の指揮系統を混乱させた罪』が自分にはある………本当に真面目な人だわ。我が恩師ながら」

「しかもジーナスさんの先生!?」

「でも、逆にその謙虚な態度がセシリアの母のハートを射止めたみたいで」

「(光景が目に浮かぶ)」

 

 遠い目でセシリアの母(空想上)が、セシリアの父(空想上)の背中を見ながら瞳がハートマークになっている光景が見て取れた陽太は、その後の粗回しを大体言い当てるのであった。

 

「んで、ホの字になったセシリア母が、猛アタックをかけてセシリア父を人生の壁際に追い込んだと」

「言い方っ!?」

 

 右手に包丁、左手に婚姻届けをもって迫る姿を想像し、結婚とは人生の墓場なのだろう。と勝手な想像ばかり広げる陽太であったが、隣のジーナスはだんだんと生気を失っていく瞳で説明する。

 

「そうでもないわ。なんかお父様のほうもスコープ越しに見た可憐な姿に一目惚れされたそうで………相思相愛なのに、中々くっつかないでたびたび騒動ばかり起こして………フフフッ、初恋って残酷なものよね」

「ジ、ジーナスさん?」

「ジーナスはお父様が初恋の人だったの。でもあのラブラブっぷりを間近で見せられてたら………拗れちゃうわね」

「(婆さん、完全に他人事として楽しんでやがる)」

 

 光を失った病んだ瞳をする若い女性の拗れた恋模様を心底楽しそうに見つめる老婆の姿に、陽太は何の確証もないけど全てを企んだ悪のラスボスっぽいオーラを感じ取る。いやきっと気のせいなんだろうけども。

 

「まあ、そんなこんなで騒動起こしながらも仲睦まじい夫婦になったんだけれども、当人同士は納得済みでも周囲は納得してくれる人ばかりじゃなかったわ」

「あ、なるほど………身分違いの結婚、ってやつですもんね」

 

 鈴が何かを悟ったかのような鋭い表情で答えると、ジーナスも無言で頷くのであった。

 

「オルコットの親戚筋からは受けは最悪で、資産目当てに近寄ってきた虫と、そんな虫に心奪われた愚か者の小娘扱いを受けて………」

「酷いッ! なんでそんな扱いをするんですかッ!?」

 

 愛人扱いで散々な目にあわされた実母を持つシャルロットは、当然その話を聞いて憤慨するが、エリザベスはそんな扱いをした貴族の人々についてこう述べる。

 

「確かに彼らは昔からの価値観を現代にもずっと引きずり続けているわ。でもそれは時代に適合できなかったからだけではない。それほどに重い物なのよ………その身に流れる血、伝統、歴史」

 

 自分だけの意思で捨て去るには、あまりにも多くの人達の想いが込められたものだから。

 息が詰まりそうなるぐらいの時間を、ただひたすらに歩き続けてきた人達の想いを捨てることが罪深いと思ってしまうほどに。

 

「愚かなだけでも賢いだけでもいられない。人とは本当に不思議なものね」

 

 老婆が見せたものは嘲りでも哀れみでもなく、愚かさと尊さが入り混じった国民達への共感であった。何とも言えない表情を浮かべるエリザベスを見たシャルロットは、覚えていた怒りが急速にしぼみ始め閉口してしまう。

 

「でも、今のセシリアを蝕んでいるものは間違いなく、愚かな『呪い』にも似た呪縛よ」

 

 エリザベスがはっきりと言い放った言葉を補足するように、ジーナスが話を続ける。

 

「ご両親が亡くなった英国鉄道の列車爆破テロ事件………セシリアは目の前で大好きな二人を失って………いえ、それだけではないわ」

「それだけじゃない?」

「ええ………セシリアのお父様の悪い癖よ」

 

 目の前で死に行く人々を見た父親は、自らもまた死に逝く身体を引きずって懸命に人命救助を始めたのだ。それは幼い、そして貴族社会に生きていたセシリアの理解の外の行動であった。

 その血を残すことを最大の仕事と教えられる貴族社会にとって、少しでも命を長らえさせるためではなく、他者の命を助けて自ら潰えるなど常識外の発想であり、ましてや同じく命が消えかけている母親を置いて、他者のために動く父親の姿は恐怖すら感じる狂気に思えたのだろう。

 

「悪い癖………自分よりも、いつだって他人を守ることを使命としている………自分を大事にしてくれたいいだけなのに」

 

 ジーナスの言葉から滲み出た悲しみと、そんな人だから自分もセシリアの母親も恋をしたのだという前向きな諦めが吐き出されていた。

 いつだって実直に他者のために生きている人だからこそ、国を守る軍人になり、軍規を背いた罰を自らに課し、初めて恋した女性を真っ直ぐに想い、彼女とその環境にいつも頭を悩ませ、娘の前ですらその生き様を変えることができないでいた。他者に甘いくせに自分にはどこまでも厳しい人柄なのだから、幼いセシリアの瞳には腰が引けた男のように見受けられたのかもしれない。実際にはセシリアの母親は普段はどんなに罵倒のような厳しい言葉をぶつけていても、その瞳には熱が籠った愛に溢れていたものだ。

 

「幼いセシリアは押しつぶされてしまいそうな悲しみを、優しい思い出も一緒に記憶の奥に閉じ込めてしまったわ………だから、私とエリザベス様は時が来るのを待っていた」

 

 そこに浮かんでいたのは恋する乙女でもセシリアの姉役でもなく、師として弟子であるセシリアを導こうとする一人の操縦者のモノであり、ただの情とは一線した厳しい表情を浮かべて陽太に問いかける。

 

「隊長の貴方に問うわ。ここ最近のセシリアの状態………特に模擬戦における結果について、貴方はもう気が付いているわね?」

 

 ジーナスの言葉を聞いた陽太はむしろ彼女ではなく、隣にいた千冬に視線で問いかける。

 

「(なんでこの人が知ってるの?)」

「逐一訓練データなどは英国、ドイツ、フランス、中国には提出されている。出来る限り無編集のものをな………もちろん、こちらの機密に関わるものもあるから全てというわけではないが」

「うっぜぇな、そういうの」

「文句を垂れるな。むしろこうやって視点を変えた意見をもらえるからありがたいものだ」

 

 陽太にしてみれば勝手に自分達の普段の様子を映像で録画されてる気がしていい気分にならなかったが、政治的な絡みがある以上、千冬に駄々をこねても通らないことは今の陽太にも分かってしまい、困った表情のままに彼の意見を述べる。

 

「調子悪いのは事実だけど、そう………色々試してる最中なんだから、安定しないのは仕方ないだろ? そういうときって誰にも…」

「ヨウタ?」

 

 微妙に歯切れの悪い陽太の弁明を不思議に思ったシャルロットであったが、そんな彼の言葉をジーナスはばっさりと切って落とすのであった。

 

「この場での誤魔化しは必要ないわ」

 

 ジーナスの瞳には明らかに現状のセシリアの問題点が浮き彫りになっており、危機感を持ったからこそ態々英国からこの日本にまで足を運んだのである。彼女は掛けていた眼鏡を外すと千冬に願い出る。

 

「バトルシュミュレーターの使用許可を願い出るわ、千冬」

「ジーナス………お前、まさか」

 

 温和な彼女から一変し、文字通り『鷹の瞳』と化した世界最高精度スナイパーは、対オーガコア部隊のメンバーのほうに振り返ると、彼らが驚愕する提案を口にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

「………という、のが私のお父様とお母様なのです」

 

 一方、ほぼジーナスと似た内容の会話をセシリアはたんぽぽとしていたのだが、やはりセシリアのほうは自分の父親に対してかなり思うことがあったようで、つい語尾に恨み節が混じってしまう。

 

「あの日………お母様の最後の願いにすら気が付かなかったお父様のことを、陛下も姉様も許せと言われますが………私には」

 

 許すことなんて絶対にできない。彼は裏切り者なのだから………。

 

 そう思いたいセシリアなのだが、どうしてもその言葉が彼女自身の心を空しいものでいっぱいにしてしまい、本当にそれでいいのかと問いかけてくる自分自身もいるためか、答えの出ないループに迷い込んでしまうのであった。

 

「お嬢様」

 

 そんな時、父と母が存命の頃から共にいたメイドの声が聞こえ、思わず振り返る。

 

「どうかお静かに、お願いいたします」

 

 ―――いつの間にか設置された携帯用クーラーと、右手の人差し指を当てながら、左手で日傘を差しながら小声で自分を注意するメイド―――

 

「スピー……………ン‶ン‶ガッ」

 

 ―――鼻提灯を作りながら、いつの間にかベンチで寝ながら鼻でイビキをかく幼女―――

 

「(ね、寝こけておりやがりますですってっ!?)」

 

 淑女とヤンキーが複合した言葉が錯乱した心中で流れるが、その時、鼻提灯が割れると同時にたんぽぽも目を覚まし、寝ぼけ眼でまずはセシリアを見つめる。

 

「………おはよう、ございます」

「………お、おはようございますわ、たんぽぽさん」

「お目覚めですか、たんぽぽ様?」

「メイド、さんも、おはようございます」

「はい、日はまだ高く暑いですが、穏やかな午後でございます」

 

 脳が未だに半覚醒状態のために寝ぼけているたんぽぽの挨拶にも律義に頭を下げて返事をするメイドの鏡であるチェルシーは、メイド服の裾から取り出した水筒のコップを取り出し、中に入っていたカルピスを注ぎながらそれをたんぽぽに手渡すのであった。

 

「たんぽぽ様。まだ暑うございますから、まずは喉を潤してくださいませ」

「あーい!」

 

 飛びつくようにコップを受け取ると、ベンチの上に立ち上がると腰に手を当て一気に飲み干していく。そして「ぷはぁーっ!」と酒飲みの親父のように叫ぶと、コップをチェルシーに返却するのであった。

 

「たいへんなおてまえで。おいしかったです」

「まぁ」

 

 中途半端に手に入れた茶道の知識を見せつけるようなたんぽぽにも、特に気を悪くした様子もないチェルシーであったが、そんな二人のやり取りを頭痛がするかのような気分で見つめていたセシリアは、自分の専属メイドであるはずの女性に問いかけてみた。

 

「チェルシー。貴方は確かわたくしの近衛メイド(ヴァレット)ですわよね?」

「はて? 私の記憶が正しければ、あなたに初めてお仕えしてから今日のこの瞬間まで、ただの一度たりとも、ほかの方の近衛(ヴァレット)になった記憶はございませんが?」

 

 その割にはさっきからずっと自分よりもたんぽぽの世話を甲斐甲斐しくおこなっているではないか。とツッコミをいれたいのだが、機嫌をよくしているたんぽぽの手前、口喧嘩をするのもどうかと思い止まる。一方、喉を潤し意識がはっきりとしたのか、自分がなぜ今この場で寝ていたのかを思い出し、たんぽぽは嬉しそうな顔をしながら、さも話を最後まで聞いていたかのようにはしゃぎ出す。

 

「セシリアお姉ちゃんのママがたすかってよかったねっ!」

「(開始五分程度の触りですわよね。もうその辺りから眠っていたと?)」

「正確には三分ごろから睡魔に襲われ、5分と30秒程度で眠りに入られました」

 

 しっかりと時間を記憶するチェルシーに感心しつつも、深くため息をついたセシリアはたんぽぽの方を見て呆れながらつぶやく。

 

「まあ、幼い貴女には退屈なお話ですわよね? ごめんなさい、私の方が間違っておりましたわ」

「ごめんなさい?」

 

 どうして自分が謝られたのかわからないたんぽぽであったが、彼女は沈んだ表情になってしまったセシリアを元気づけるように、両手を広げて感じたことをありのままに口にする。

 

「セシリアお姉ちゃんは、お姉ちゃんのママもパパもだいすきなんだよ!」

「………はあぁっ?」

 

 今の今までの話の流れで、どうしてまだ自分が父親のことを好いていると言えるのか、やはり子供には理解が早い話であったと、この話は打ち切ろうとするセシリアなのだが、たんぽぽは意外なことを口にするのであった。

 

「だいすきだから、ちゃんとぜんぶおぼえてるの! まえに陽太パパがいってたの」

 

 ―――俺はエルーさんがしてくれたこと、ちゃんと全部覚えてる。何一つ忘れちゃいない―――

 

「『どうして?』ってきいたらね、シャルロットママは『パパがエルーお母さんのことが大好きだからだよ』っていってたの!」

 

 その後、シャルの言葉を聞いた陽太がその場から離れるまで一言も喋らなくなったのを聞くと、『照れるとだんまりするのもエルーお母さんがいた時から変わらないね』と、やけに嬉しそうに語っていたのもたんぽぽはしっかりと記憶していた。

 それだけではない。

 昨日、一緒に何を食べたとか、何を話ししたとか、たんぽぽにとっては何気ない日常の言葉ではない。一つ一つが世界を作る魔法の言葉なのであった。

 

「たんぽぽ、パパとママがだいすきっ! セシリアお姉ちゃんも、ほかのお姉ちゃんも、一夏お兄ちゃんも、みんなのことだいすき!」

「………」

「だから、きっとセシリアお姉ちゃんのパパとママのことも、たんぽぽはだいすきなんだよ!」

 

 屈託なく穢れのない笑顔を向けて信じてくれる姿を見て、胸の中に熱さと痛みが同時に走るのを感じたセシリアが唇を噛みしめる中、チェルシーはたんぽぽの両肩に手を置いて語りかけてくる。

 

「セシリアお嬢様。もう、よろしいのではございませんか?」

「………チェルシー?」

「お嬢様の御心はたんぽぽ様にちゃんと伝わっておいでです。それはきっと旦那様と奥様の想いがちゃんとセシリア様にも伝わっている何よりの証拠のはず」

「で、ですが………」

「確かに旦那様は完全無欠ではございませんでした。だからこそ伝わる想いが必ずあったはずです」

 

 最初は不安だった。

 セシリアが一人で英国から遠く離れた日本で数年間生活するということが。

 そしてやはり途中でさらに不安になった。

 対オーガコア部隊への編入と、世界最強のテロリスト集団との全面戦争に身を投じることに。

 

 しかし、随伴して日本に来て、とても驚いたのだ。

 自分の知っているセシリアが、幼い少女相手に悪戦苦闘している姿を見て、そんな少女のことを内心で実の妹のように可愛がっていることに。

 家族を失い、傷ついていた少女(あるじ)が、この国で確かに癒されていたことを知って、チェルシーはしてもしきれないほどの感謝の気持ちが沸き上がっていたのだ。

 

 そんなチェルシーの気持ちを受けて、セシリアの奥底の気持ちがだんだんと胸の扉を叩く音を強めていると、頃合いを見計らったかのように『彼女(英国の鷹)』が姿を現す。

 

「………セシリア」

「!?」

 

 驚いて振り返ったセシリアであったが、その異様な雰囲気に言葉が一瞬で詰まってしまう。

 温厚そうないつもの笑顔がなくなり、眼鏡を外し、険しい表情となったジーナスは、対オーガコア部隊のメンバーと主である英国女王を引き連れて、彼女の前に詰め寄ってくる。

 

「ジ、ジーナスお姉様?」

「チェルシーには反対されていたけれども、ここは私の意見を通させてもらうわ」

 

 一瞬だけ、非難するようなチェルシーの視線を受けたジーナスは、改めてセシリアに向き直ると、弟子である彼女と相対する瞳ではなく、一人の戦う者としての瞳でこう訴えかけた。

 

「選びなさいセシリア。私と戦い勝利と自由を得るか、敗北して負け犬として英国へ戻るかのどちらかを………」

 

 

 

 

 




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