IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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僕じゃない

僕じゃない

僕じゃな~い

2020年初更新が遅れた責任は僕じゃな~い








嘘です。全部フゥ太が悪いのです


スランプじゃないよ! ただやることが多かったのと、突然のハプニングが続いただけさ!




たんぽぽとセシリアお姉ちゃんとお婆ちゃん②

 

 

 

 

 

「「いきなり、ナ〇ーム・〇ンビネゾン~~~~~ッ!!」」

「キャビホッ!」

 

 シャワー室の一件から立ち直って数十分。

 乙女としてあってはならない屈辱を受けてしまった英中コンビによる、至高のツープラトン技によって、近くにあった鉄柱に腹部を突き刺されたのは、幼い娘にいらぬことばかり吹き込んだ陽太であった。

 

「「思い知った(知りました)か!?」

「〇ン肉族の根底は慈悲なのに………ガクッ」

 

 そのまま失神した陽太を見て、ようやく少しだけ溜飲が下がった英中の二人と、顔を真っ赤にして何があったのか恐る恐る一夏に説明する箒、そして『今回の件は、私はフォローしないからね』と頭を抱えるシャルロットと、ラウラとポチとシロとクロと一緒になって醜いオブジェと化したパパを興味深げに下から見つめるたんぽぽ。

 そんな連中を一通り眺めていた千冬はというと、とりあえず失神してる隊長を問題なく放置することを通常営業のように行いつつ、午後の予定を皆に言い渡す。

 

「とりあえず、午後からシュチエーションD、パターンΔでの戦術訓練を行う。それまでそこのバカは起こしておくように」

『ハ~イ』

「あと、今日の半休はオルコットだったな?」

 

 皆のスケジュールを手元のタブレットで確認しながらセシリアへと問いかけた。

 

「は、ハイ! 私ですわ!?」

「……………」

「オホホホホホッ♪」

 

 赤面して肩で息をしていたことを悟られないよう上品に笑って誤魔化すセシリアであったが、千冬はそんなのどうでもよさげにタブレットを睨みつけながら、何やらシャルを手招きして相談し始める。

 

「(実は急遽、布仏達に急用が出来たらしく、山田君の手も空いていないのだ)」

「(えええぇ~~~!?)」

 

 焦った表情のシャルが、不思議そうに自分を見つめるセシリアと、拾った木の枝で失神している陽太を突いているたんぽぽの交互を見比べ、彼女はさらに千冬と小声で相談を続ける。

 

「(やっぱり、私が交代した方がいいでしょうか?)」

「(うぬ………轡木先生も今はおられぬしな)」

 

 意を決したシャルは、何とか角が立たないような言い回しを選びながらセシリアに言葉を紡いでみる。

 

「あ、あのねセシリア………今日の半休の話なんだけどさ」

「はい?」

「どうも今日はのほほんさん達も都合が悪いみたいだし、十蔵先生も今はいないし、山田先生もダメっぽくてさ…………た、たんぽぽの面倒を見る人が」

「………ふむ」

 

 そこまで言うとセシリアが何かを考えこむポーズを取り、シャルはそれが「自分と半休を交代してくれる」ものと思い込む。

 彼女のことを別段馬鹿にしているつもりはないが、セシリアの普段の様子を見ている限り幼子の世話が得意そうとは思えず、また時々発揮しる貴族特有のボケっぷりを思い出し、出来たら自分と変わってほしいなぁ~と思うのであった。

 

「そうなのですか………ならば、致し方ありませんわね」

 

 かつてないほど自分の思いを正確に受け取ってくれたセシリアに、シャルは満面の笑みを浮かべ、つい先出しでお礼を言ってしまう。

 

「そうなの! ありがとうね、セシリア!!」

「そうですわ!! このセシリア・オルコットに全てお任せください!」

 

 キャッチボール成立。とシャルが思ったのもつかの間………。

 

「わたくしが、たんぽぽさんのご面倒を立派に見て差し上げますわ!」

「ヴぁあ゛っ?」

 

 普段のシャルロットであるのなら上げないような声をあげながら硬直する彼女を放置し、セシリアはたんぽぽの方へと向き直ると、彼女に言い放つ。

 

「………たんぽぽさん」

「あい?」

 

 ポチとシロとクロが陽太を甘噛みして涎だらけにしているのを見守っていた幼女が振り返る中、セシリアは華麗なポーズを決めながら言葉を続ける。

 

「これから半日の間、このセシリア・オルコットが貴女のお相手をして差し上げます」

「セシリアお姉ちゃんが、いっしょにあそんでくれるの?」

「ええっ! そしてその間に………淑女としての振る舞いも、たっぷりと教えて差し上げますわ!」

 

 セシリア・オルコットとは善意の人。

 

 セシリア・オルコットとは正義の人。

 

 そしてセシリア・オルコットはちょっとズレた人。

 

 熱意と善意に溢れるやる気満々のセシリアを止める言葉を、終ぞ迄シャルロットは思いつくことが出来なかったのである。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

その後、心配そうに食い下がるシャルを箒とラウラが引きずっていく(ついでに陽太は一夏が引きずっていく)形で、その場を後にしていく仲間達を見送ったセシリアとたんぽぽ達は改めて向き合う。

 

「では、たんぽぽさん」

「あいっ!」

 

 元気良く声を上げて手を挙げる幼女を見て、つい微笑んでしまう。

 本国で過ごす日々の中で、こんな年少の少女を相手に遊ぶなどということは一度もなかった。物心ついた時から立派な貴族になるための教育が始まっていたし、自分もそれが当然であると感じていた。両親の死後はそこへ更にISの訓練と、一足早い当主としての振舞いの教育も加わり、年頃の少女のような同年代との戯れも色恋沙汰なども遠ざかり、せいぜい社交界にて年上の殿方の相手や、持ち上がるたびに断るのもウザったい貴族同士の見合い事などがほとんどであった。

 

「(お母様たちが生きていらっしゃる時はどうだったでしょうか?)」

 

 目の前のたんぽぽぐらいの年頃のころ、両親は元気で健在だった。思い返しみると無邪気にこのように笑って二人の間を駆け回り、無償の愛に育まれていたような気がする。

 

「(そうだ………あれは、私の五つの誕生日の時………私はお父様の膝の上に乗って、お母様に)」

 

 そこまで思い出したセシリアであったが、急に首を横に振ると、何かを振り払うように表情を厳しいものにしてしまう。

 

「(あんな、『裏切者』のことなど、思い出してどうするというのですか!?)」

 

 ―――母様が死を迎える瞬間に、背を向けて何処かへ向かおうとする父(裏切者)の背―――

 

「…………セシリアお姉ちゃん?」

 

 足元で自分をのぞき込むたんぽぽとポチ達に気が付いたセシリアは、誤魔化す様に笑顔を作ると両手を掴み、何をして遊ぼうかと相談する。

 

「ではたんぽぽさんは何をされたいですか? 私、こう見えましてもバイオリンなども少々嗜んでおりますわよ?」

「ばふぁりん?」

 

 優しさで半分が作られているお薬ではないのだが、セシリアはそこへツッコミは入れずに、次々と何だか自慢をするように提案を続ける。

 

「乗馬などができましたら良かったのですが、ここはIS学園ですのでそのような施設がございませんし………本国へ帰れば、たんぽぽさんとご一緒にわたくしが乗馬して差し上げますが」

「じょうば?」

「馬に乗ることですわ」

 

 馬、と呼ばれる物をテレビや絵本でしか見たことないたんぽぽであったが、やがてイメージが出来たのか、ピョンピョンとその場に飛び跳ねながら、両手を挙げて喜んでセシリアに話しかけた。

 

「たんぽぽ、しってるよ! おうまさんにのって、みんなでいっしょに『きょうそう』するんだよね!?」

「競争………ですか?」

「パパがテレビでこのあいだみてた! あと、ちっちゃくて、すうじがかいてる『かみ』をたくさんもってたんだよ!」

 

 自分の思っていたイメージとは乖離しているたんぽぽのイメージに首をかしげてしまうセシリアは、彼女が言っていることが何の話なのかわからなかったが、たんぽぽは『あとね、『たんしょういってんがい』とか、『あんぜんぱい』とかいってた………あ、このことはママにいっちゃダメって。みつかったらおそろしいめにあうからって』と漏らしているところ、隠れて競馬の馬券を仕入れているところをたんぽぽに見つかったようである………どうして自分から危ない場所に飛ぶこむのか。

 

「とりあえず何のお話か分かりかねませんが、陽太さんも楽しんでおいでで………本国へと行かれることがあれば、三人で乗馬を楽しむというのもいいかもしれませんね」

「うん。じょうばをたのしむ」

 

 ツッコミ不在の場に陽太は感謝するべきなのかもしれない。

 

「それでは改めまして………たんぽぽさんは何をして私と」

「オニゴッコッ!」

 

 元気よく手を挙げて提案したたんぽぽの笑顔を見て、セシリアは確認するように首を傾げながら彼女に問いかける。

 

「オニゴッコ………とは、10数える間に逃げた人を追いかけるゲーム、でしたか?」

「うん! あと、タッチしたら「おに」をこうたいするの!」

 

 日本の遊びであるが、セシリアも知るほどにポピュラーなものであったのが幸いし、さっそく始めようとする。

 

「じゃあ、セシリアお姉ちゃん! あっちむいて10かぞえる。たんぽぽはスタコラサッサ」

「フフフッ」

 

 後ろを振り返り、さっそく逃走の体勢を整えるたんぽぽにセシリアは愛らしさを覚える。子供らしく全力で逃げようとしているのだろう………しかし、相手は未来の英国正代表(予定)。

 

「では………ひとーつ、ふたーつ、みっつ……」

 

 高々5歳児程度が全力で走ったところでどれほどの距離を開けるというのか。そして自分は未来の正代表(自称)。さすがに五輪の陸上選手に敵うとまでは言わないが、並みのアスリートと同等以上の身体能力は持っているのだ。

 

「………ななーつ、やぁーっつ」

 

 子供相手に全力を出しては貴族の名折れ。ここは遊戯ということで、できるだけたんぽぽに合わせる形で後ろを追いかけてあげよう。なあに、20秒もあれば向こうのほうが息を切らしてしまうに決まっている。

 

「とうっ!」

 

 笑顔で振り返るセシリアは、ゆっくりと周囲を見回し、必死に逃げているであろうたんぽぽを探してみる。

 

 

 

 

 

 ―――遥か地平の彼方、ポチの背中に乗って豆粒ほどの姿になっているたんぽぽの姿―――

 

 

 

 

 

「……………犬を使うのは卑怯でありませんか!?」

 

 全力疾走で彼女の後を追いかけ始めるセシリアであったが、原付ほどのスピードで走るポチに追いつけるはずもなく、20秒ほど立って息を切らした後に、完全に姿を見失うのであった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 一方。

 思わぬ苦戦を強いられることとなったセシリア・オルコットに会うために、イギリスからやってきた老婆と付き人の女性の二人は、学園の近くにタクシーを止めると、そのまま正門ではなく裏門の来客用の入り口に向かって歩いていた。

 

「日本の夏は湿度が高い。と聞いていたけど、本当に暑いわね」

「ですから門までタクシーで行きましょうと言いましたのに」

 

 日傘を指して歩く老婆の斜め後ろで、眼鏡をかけてキャリーバックを引っ張っている女性が少々呆れた感じで話しかける。

 

「ごめんなさい………普段は公務公務で、こんなに外をゆっくりと歩くことなんてなくて」

「私どもも治安が100%安全であるのなら、ゆっくりと歩いていただいても構わないのですが、残念なことにその様なことはないので、陛下には・」

「ジーナスさん?」

 

 にこりと笑って振り返るが、結構威圧感が伴っている気がしないでもない。

 

「『奥様』の身の安全には、我々も細心の注意を払っていますが、安全確保のために致し方ないのです」

「では普段も貴女が一緒にいてくれれば?」

「私も完璧ではありませんし、万が一もあります。後、他の仕事もありますから」

 

 慣れたやり取りで会話しつつ、眼鏡の奥で周囲365度に警戒するジーナス嬢が一瞬の空気の流れを感じ取り、足早に斜め後ろから斜め前に位置を変えると、肩から下げているバックの中に手を入れ、隠し持っていたハンドガンのセフティーを解除する。

 彼女が瞳をそちらにやると、IS学園内に植えられている植木が揺れるのであった。

 

「プハッ!」

「ワオンッ!」

「ニャン!」

「ニャンッ!」

 

 ―――緑の茂みから顔を出す、幼女と犬と猫二匹―――

 

 セシリアから逃げ果せたたんぽぽ達は、そのまま自分の身を隠すために茂みの中に隠れていたのだろう。しかし、茂みから顔だけ出して辺りを見回すたんぽぽと、びっくりしている二人との瞳が交差する。

 

「あんぜんかくほ!ー………あっ」

「あらあらあら」

 

 驚いていても上品さを失わないエリザベスと、流石に銃を抜くことはせずにバックから手を放すジーナスは、突如現れた珍客相手に一瞬だけ驚いてしまうが、すぐさま笑顔を取り戻すと同時に挨拶をするのであった。

 

「こんにちわー!」

「ワンッ!」

「「ニャンッ!」」

「あら、こんにちわ」

「こんにちは、小さなお嬢さんと可愛いお友達さんたち」

 

 目の前の老いた貴婦人と護衛の女性に対して、特に警戒することなく挨拶をしたたんぽぽは、そのままの状態で話を続ける。

 

「いまね、セシリアお姉ちゃんとおにごっこしてるの」

「「セシリアお姉ちゃん?」」

「そうだよ! おににつかまると「ごうもん」されたうえに「さらしくび」にされちゃうんだよ。陽太パパがおしえてくれたの」

 

 幼女相手にここぞとばかり嘘を吹き込む酷いパパである。しかし、イギリスから来た婦人二人はそこではなく、やはり「セシリア」という言葉に反応し、目と目を合わせた上でもう一度たんぽぽに問いかけてみる。

 

「お嬢ちゃん………そのセシリアお姉ちゃんって、どういう娘さんなの?」

「セシリアお姉ちゃんはね………イギリスっていうくにの「めいもんきぞく」で、みらいのだいひょうなんだよ!」

「まあ」

「あの娘ったら」

「あと「ばふぁりん」がとくい」

 

 指を天に差して高々と叫ぶのは、きっとセシリアの真似なのだろう。二人は嬉しそうな表情になると、たんぽぽにあることをお願いする。

 

「私達ね、そのイギリスからセシリアお姉ちゃんに会いに来たのよ」

「ご案内お願いできるかしら?」

「ごあんない? たんぽぽが…………おしごとっ!!」

 

 お仕事、という響きが自分で言っていて大変嬉しかったのか、茂みから飛び出ると、学園と道路の間を作っていた柵を潜り抜け(子供ならば抜けられる間隔であったため)、彼女は三匹の動物を引き連れ二人の横に飛び出ると、諸手を挙げながら瞳を輝かせて言い放つ。

 

「では、ごあいないいたすます。おきゃくさま」

 

 キリッとした表情で慣れない敬語を必死に使う小さな案内人に笑みが零れてしまう。そして、二人の前に立つと左手を差し出し、「あんぜんかくにー!」と言いながら、人がいない道を指さしながらゆっくりと歩きだす。

 

「ありがとう………お名前は、たんぽぽちゃんで良かったかしら?」

「ハイ、ようございますです」

 

 綺麗に右手と右足、左手と左足が一緒に出ているフォームが可笑しさと愛らしさを同時に抱かせ、エリザベスに笑顔を浮かび上がらせる。

 

「たんぽぽちゃん。セシリアとは、仲良しさんなの?」

「あい。セシリアお姉ちゃんはたんぽぽとなかよしさんなんですます」

「セシリアはいつもはどんな感じで過ごしているのかしら?」

「セシリアお姉ちゃんは…………」

 

 たんぽぽの脳裏にいくつもの姿が浮かび上がり、同時に目下全力でたんぽぽを校内で探し回っているセシリアに悪寒が駆け抜ける。

 やがてたんぽぽは悩んだ末に、『ありのまま』の姿を報告するのであった。

 

 

「ラウラお姉ちゃんにまけて、『つちのあじをおぼえた』んだって。パパがいってた………あと、どんなにすってもおっぱいからミルクがでませんでした。あかちゃんまだうまれないからかな?」

「……………」

「……………」

 

 

 ―――貴方はこのIS学園に来て、何があったというのですか。セシリア!?―――

 

 イギリスから来た知り合い二人の想像を遥かに超える体験をしているセシリアの様子に、戦慄を覚えずにはおれなかった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一方、幼女案内人によってイギリスの最重要人とその護衛の二人が案内されている中、IS学園首脳部はパニックに陥っていた。

 

「………それはマジですか、更識君?」

『冗談で緊急回線を使って、英国の女王陛下のお名前を出すほどの度胸はありません。学園長』

 

 一時、家の用事のために帰宅していた楯無が英国政府から連絡を受けた公安によって、緊急案件を受けたのが1時間前。内容を聞いた当主による権限により、更識の国内ネットワークを駆使して二人を追跡した結果、このIS学園周辺で姿が目撃されたのが数分前。

 何の前触れもなく、突然の来訪を知らされた日本政府とIS学園はてんやわんやの大騒ぎである。

 

「と、とにかくこちらも受け入れのための準備を今、教員の方々に頼んでいます」

『私もそちらに至急戻ります。最近は亡国機業以外のテロリストの活動も活発になってきてますから』

 

 そういって通信機を切った十蔵は、全身から噴き出た冷や汗を拭うことも出来ずに頭を抱えてしまう。

 相手はかの欧州の象徴の一人である英国女王である。いくら極秘に来日しているからといって、何かあれば日英の外交問題だけでは済まずに、欧州との関係にも深刻な影響を与えかねない。

 

「(とりあえず信頼のおける人物に接客をしてもらって、こちらの準備が整うまでの時間を稼いでもらわねば)」

 

 しかし、すでに案内人は確定しており、しかもこういった場面で考えると限りなく問題しかないような人物であることをこの時の十蔵はまだ知らずにいたのであった。

 デュノア社に続いて二件目の来賓ということで、急ぎ準備を進めようと電話の受話器を手に取った時である。執務をするための机に設置されたモニターに映し出された映像を見て、目が点になったのは。

 

 

『ごめんくださーい! セシリアお姉ちゃんにおきゃくさまなのー!』

 

 

 裏門のインターフォンに張り付いたドアップのたんぽぽの顔。そしてすぐそばに設置されている監視カメラから見える、その様子を楽しそうに見つめる老女と妙齢の女性の二人組。

 

「……………」

 

 一瞬、気が遠くなりそうになるのを必死に抑え込み、彼は急いで千冬達に連絡を入れるのであった。

 

 

 一方………。

 

『ごめんなさい、たんぽぽちゃん。規則で御用のない人は学園に入れちゃいけないことになってるの』

「でも、おばあちゃんたちはセシリアお姉ちゃんにあいにきたんだよ?」

『だからね………』

 

 事務員として働いている一職員の一人と、インターフォンに張り付いた幼女とのやり取りが続いてた。彼女との接点はあまりなく、出会えば誰にも挨拶をする彼女の愛らしさを愛でながら、学園で仕事を続ける一職員にとって、ある程度のお願いなら叶えてあげたいのだが、今回は規則に対して大きく抵触してしまう。よってすぐに女性達に代わってほしいのだが、『会わせられない』という言葉を聞いたたんぽぽが憤慨して、なんとしても許可を下ろそうと食らいついていたのだ。

 

「セシリアお姉ちゃんとおあいしないと、メッ!」

『たんぽぽちゃん。だからね』

 

 陽太達ほどの付き合いのない人物ではこれが限界なのか、内心怒りそうになっているのを必死に抑えている状態である。それを見かねたのか、ジーナスは柔和な笑顔を浮かべながらインターフォンに張り付いているたんぽぽをゆっくりと地面に下ろす。

 

「少しお姉さんと交代してね」

「………あい」

 

 いい子。と頭を一撫でしたジーナスは、その笑顔を浮かべたままにインターフォン越しに事務員に切り出す。

 

「轡木氏にご連絡いただけますか? アポメントは取れていませんが、『ジーナス・ファブル』が来た。とだけお伝え願えれば大丈夫だと思いますので」

『(何かその名前に聞き覚えが………)ハ、ハァ』

 

 どこかで聞いた覚えがある名前と訝しみながら内線に切り替える中、校舎のほうから金髪の少女が体力を使い果たし千鳥足になりながらも、体を引きずる様に三人に近寄ってくる者がいた。

 

「ゼェー、ゼェー、ゼェー………た、たんぽぽざん゛っ」

「あ、セシリアお姉ちゃん」

 

 優雅さなどかなぐり捨て、髪の毛も崩れ汗だくになりながら、それでも諦めることなく鬼ごっこの鬼を完遂しようとするセシリア・オルコットは、なんとかたんぽぽを発見すると、彼女の元にまで辿り着くのであった。

 

「た、タッチですわ」

「やっ」

 

 なんとかタッチしようとするが、それをヒョイッと回避されてしまう。残った体力で再びタッチしようと間合いを詰めるが、それも回避されてしまい、表情を強張らせたセシリアは大人げすらもかなぐり捨ててたんぽぽを捕まえようと躍起になる。

 

「お、お待ちなさいっ!」

「やぁーーー!」

 

 しかし、チビッコの驚異的なすばしっこさでセシリアの連続タッチ攻撃を掠らせもしないたんぽぽは、そのままエリザベスの背に回り込み、陰からセシリアをのぞき込んでしまう。

 

「どなたの陰に隠れるおつもりですか!? 正々堂々鬼ごっこをしなさい!」

「つかまえるからにげる。おにごっこはおくがふかい」

 

 『逃げるな。捕まれ』『捕まえようとするから逃げるのだ』と謎の問答を繰り返す二人であったが、その時になってセシリアは、たんぽぽが連れてきた二人が必死に笑いを堪えて震えていることに気が付く。

 

「どなたですか? わたくしを見て笑われになってる…………なっている」

 

 ―――必死に吹き出しそうになっているのを我慢しているジーナス―――

 

「…………なって………いる……」

 

 ―――ジーナス以上に我慢しながら、目尻には涙まで溜めているエリザベス―――

 

「………………」

 

 目の前の二人に気が付きようやく脳内が現実に追い付いたとき、彼女は震える指先を口で加え、嫌な冷や汗が一気に吹きで蒼褪めた表情でようやく言葉を紡ぐ。

 

「………ファ、ファブルお姉様」

「ハイハイ、貴方の教師役だったファブルお姉さんよ。未来の英国正規代表さん?」

 

 更に表情が蒼褪めたのは想像に難くない。なぜよりにもよってこの人が自分が普段IS学園で主張していることを知っているというのか………あいにく、たんぽぽの姿が目に入っていないセシリアであった。

 

「……………」

 

 しかし、もっと拙いことが目の前の御仁である。

 王室の頂点、つまりはセシリアが所属する貴族階級の頂点である英国の象徴にして、礼節を重んじる祖国において謁見すること自体が貴族として権威と名誉あることでもあるのだ。

 それだけではない。彼女との謁見は貴族の中でも守るべき不文律が特に厳しく、『触れない。先に座らない。ただ突っ立ってはいけない。手ぶらでは会わない。話しかけるまでは口を開けない。後ろをのろのろ歩かない』etcetc………。あげていけば数十という禁足事項が必要なほどである。

 

 とにかく会うことだけでも大変の名誉と労力を要する御方であるのに、よりにもよって自分は今、彼女の目の前で幼女を追いかけまわしながら汗だくで叫び倒し、あまつさえ無視した上に失礼な物言いで話しかけるという一発レッド物の行為を連発してしまったのだ。

 

「………………あっ」

 

 そしてそのことに気が付いたセシリアは…………………。

 

 

 

「…………お母様。今そちらに旅立ちます」

「ショックなのはわかるけど、落ち着きなさいセシリア」

 

 思考がフリーズし、目が点になったまま自決しようとしたセシリアを、ジーナスが真顔で止めにかかる。

 

「中々見られない狼狽ぶりなのは見てて面白いけれど、今はよしなさいセシリア…………今、ここにいるのは貴女のご祖母に『相当』するエリザベス大奥様で、私は個人秘書で貴女の家庭教師だったジーナス・ファブルよ。納得して頂戴」

「何を納得しようというのですかお姉様今目の前にいらっしゃるのは紛れもなく我らの女王陛下ではございませんかそして私は今から不敬ぶりの罪を償うために自害いたしますのでどうか家の者達への寛大なご処置をどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうか」

 

 ジーナスの言葉に納得できずに彼女を高速で前後に揺さぶりながら、セシリアは真顔で涙を流しながら罪の償いをするから家の使用人たちにまで非がないようにと、寛大な処置を望むのであった。

 対して、その様子を見ていたたんぽぽとエリザベスは、呑気に互いを見合いながら話しあう。

 

「セシリアお姉ちゃん、どうしてないてるの?」

「さあ? どうしてかしらね。たんぽぽちゃんはわからないかしら?」

「う~~~ん………エリザベスおばあちゃんにあえてうれしいの!」

「あらぁ。それなら嬉しいわ………マドレーヌ焼いてきたのよ。たんぽぽちゃんも一緒に食べましょう?」

「わーい! まどれーぬぅっ!」

 

「御待ちなさいたんぽぽさんっ!」

 

 エリザベスと手を繋いでセシリアの様子を見ていたたんぽぽが嬉しそうにはしゃぐが、それを見たセシリアは逆に大激怒する。

 

「何方相手に粗相をなさっているのです!?」

「!?」

 

 本気で怒ったセシリアの顔を見て、びっくりして振り返るたんぽぽに対して、なおもセシリアは剣幕を荒立てて叱りつけにかかる。

 

「お手を放しなさい! そのお方は英国において並ぶ者無き、私達の栄光そのものだというのに」

「…………セシリア」

「!!」

 

 そんなセシリアに対し英国からやってきた老婆は一言だけ、穏やかな声で彼女の名を呼びかける。しかし、ただそれだけの事であるにも関わらず、セシリアの怒りを直ぐに鎮火させ、手を握られたたんぽぽから叱られたことへの恐怖が消え去るのであった。

 

「確かに、私達の祖国はその成り立ちからずっと大切にしてきた伝統を重んじます。重んじたものの中に己が誇りがあると信じているからです………ならば、こんな幼き子に怒りを覚えることもありません」

「………陛下、ですが」

「私は今日はエリザベスお婆ちゃんとして来たのよ?」

「………おばあちゃん」

 

 手を握って笑顔を送る彼女を見て、たんぽぽも自然に笑顔を戻すのであった。

 彼女が持ち得るカリスマとも呼べる威光を久しぶりに目の当たりにしたセシリアは、さすがにそれ以上たんぽぽを叱りつけることもできずに閉口してしまうが、次の瞬間、エリザベスはその茶目っ気溢れる笑顔を向けてセシリアを一瞥した後、たんぽぽに舌打ちする。

 

「でも、ああやって怒ってるセシリアちゃんも、初めて会ったときはお婆ちゃんお婆ちゃんって、私に甘えてくれたのよ」

「ホントッ?」

「フフッ。本当よ~」

「陛下ぁっ!?」

 

 幼いころの初邂逅の時のことは今の自分にとって黒歴史そのものなので黙っていてほしいのに、この人はこういう時は実に楽しそうに意地悪になるのだ。大慌てで止めさせようとするが、瞳を輝かせて話し出すエリザベスと、同じぐらい瞳を輝かせて話を聞こうとするたんぽぽが止まる気配はなさそうである。

 

「(ああやってると、昔を思い出すわ)」

 

 ホンの数年前まで、ちょうど無邪気に微笑んでいたセシリア相手に自分もよく手を焼いたものだとその光景を微笑ましく見ていたジーナスであったが、その時、学園側から青ざめた表情で十蔵と千冬達教員が大急ぎで走ってくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 生きた心地がしない。とはまさに今のIS学園教職員達の心境そのものである。

 

 突然何の前触れもなく学園に訪問しに来たエリザベスを見て、卒倒しかけた十蔵と手術痕が開封しかけた千冬は、動揺しながらなんとか年老いた淑女の身元を説明し、同じように青ざめた真耶やカールや奈良橋達と一緒に彼女を出迎えたのだが、懸念事項はそれだけではない。

 なぜか突然、『茶菓子を持ってきたから食堂で皆で食べましょう』と言い出したエリザベスが、女生徒達が普通にいる学園寮の食堂に向いだしたのだ。粗相があれば心苦しいから応接室にと再三に十蔵が進言するのだが、聞く耳を持ってくれない。普段、公的な場で見せる威厳ある表情とは全く違う彼女の姿を見て、果たして何人があの英国女王と同一人物だと思うか。

 

「おいしー!」

「ふふふっ。沢山あるから大丈夫よ。お腹一杯食べて構わないわ」

 

 そうやって食堂のテーブルの上に出されたマドレーヌを喜んで食べるたんぽぽと、その様子を微笑んで見守るエリザベスであった、そんな彼女に紅茶を出す給仕役がいた。

 

「大奥様」

「ありがとうチェルシー………ダージリンね」

「……………」

 

 食堂に入ったとき、あまりにも自然と溶け込むようにエリザベスを給仕していたために反応が遅れ、紅茶を入れ始めたぐらいで二度見したセシリアは、自分の目の前で厳かに働き続ける『赤毛のメイド』に耳打ちする。

 

「(チェェールーシィィーーー!!)」

「(何でございましょう、お嬢様?)」

 

 クールに受け流したショートヘアの赤毛メイドさんはそのままクルッと向きを変えると、慣れた手つきでジュースを入れるとたんぽぽに笑顔で出すのであった。

 

「はい。たんぽぽ『様』にはカルピスでございます」

「わぁっ! ありがとう、めいどさん!」

「感謝の極み。です」

 

 知らないメイドさんがいたことに今のところ全くツッコミを入れないたんぽぽの対応に、エリザベスとチェルシーは内心で将来性の大きさを感じ取っていたのだが、今は全く関係のないことなのでそれは置いておこう。

 美味しそうにカルピスをストロー越しにチュウチュウ吸っているたんぽぽを微笑ましく見守るチェルシーであったが、自分への対応が疎かにされて全身の毛が逆立って怒りを表現している本来の主と向き合い、ようやく笑顔を見せると、優雅な淑女の一礼をして挨拶とするのであった。

 

「セシリアお嬢様。チェルシー・ブランケット、本国より『大奥様』のお世話をするために参上いたしました」

「よろしいですわ………私をぞんざいに扱った最初の間以外は全てにおいて」

「イヤですわお嬢様。お嬢様に忠誠を誓ったわたくしは、いつでも一番に考えておりますわ」

 

 素知らぬ顔で言い放つメイド相手に、頬を痙攣させながら怒りをぶつけようとするセシリアであったが、彼女には目下そのことよりも遥かに重大な問題が転がっていたのだ。

 

「(チェルシーッ! 貴女まで陛下の悪い戯れにお付き合いして、どうするのですか!?)」

「(悪い戯れなど酷いお言葉を………お嬢様のことをご心配なされて、わざわざ内閣府に内緒でこっそり来日なされたのに)」

 

 チェルシーの言葉を聞いて、蒼褪めながら信じられないものを見るかのような表情でエリザベスをみるセシリアであったが、そんな彼女の心境を知ってか知らずか無言で微笑み返すのみであった。

 彼女の笑みを見てまともな返答が期待できないと思ったのか、隣で千冬と談笑していたジーナスを物凄い形相で睨みつけるのであった。

 

「(セシリア………気持ちは分かるけど、どうか落ち着いて)」

 

 怒りで般若にでも変化しそうなセシリアの気持ちを一瞬で理解するジーナスは、伊達に幼い頃からの付き合いではないのだ。

 

「(ファブルお姉様ともあろうお人が、なぜこのような陛下のお戯れをお止めにならなかったのですか!?)」

「(宮使いの辛いところを今一歩理解してないわねセシリア………貴女も将来は、私の後を継いで陛下の護衛をする立場になるのよ?)」

「(わたくしが言いたいことは!?)」

「(陛下は貴方の後見人であるのは周知の事実でしょう? それに貴女を実の孫娘も同然に大層可愛がられておいでだったのよ。生まれる前にお亡くなりになられた貴女のご祖母様と陛下が大変親交が厚かったのはずっと聞いているでしょう? しかも、最近は陛下のご家族のごたごたが続かれていて………お孫の殿下も、奥方に甘いからといって何も王族を抜けられなくても)」

 

 自分の家族との間のゴタゴタのせいで心が荒んだから、自分にとって孫同然に可愛がっていた少女に『甘え』に来たのだ。という非常に身も蓋もない理由なのかと、セシリアの表情がゲンナリとなってしまう。

 思えば本国にいるときも色々と口実を作っては会いに来てはくれたのだが、家族を失ってしまった直後は寂しさから純粋に甘えられたものの、歳を重ねる毎に貴族社会の常識やしきたりを知り、それがどれほどとんでもないことか思い知ってしまい自然と距離を置いてほしいと頼んでいたのだが、その度にああやった笑顔を浮かべてこちらの要求を無視して強引に押しかけてくるのだ。

 

「(まあ………それだけではないのだけどね)」

「???」

「(それはいいわ………)ところで」

 

 クルッと向き直ったジーナスがセシリアに小声で耳打ちで質問をする。

 

「(あなた………肉体関係を持つ殿方がいらっしゃるの?)」

「ボフッ!」

 

 令嬢としてやってはいけない勢いで噴出したセシリアが、むせて返答が困難になってしまう中、なぜそんな質問をしたのかをジーナスが若干頬を染めながら尚もセシリアに問いかけ続ける。

 

「(たんぽぽちゃんが言ってたのよ。母乳がどうとか………だから、まさかと思って)」

「わたくしは未だに清らかな乙女そのものですわぁっ!!」

「「???」」

 

 大きすぎる声が食堂中に響きたんぽぽとエリザベスが注目していることにも気が付かないほど興奮して、『心外である』と大声で主張するセシリアであった。そしてマジギレしてくる愛弟子相手に、若干冷や汗をかきながら『ドウドウ。ステイステイ』と言葉で抑える中、のほほんとしたエリザベスは一心不乱にマドレーヌを食べ続けるたんぽぽにこう問いかけた。

 

「ねえねえ、たんぽぽちゃん? セシリアちゃんに『恋人』は出来たのかしら?」

「もきゅもきゅ………こいびとー?」

「そう。例えば………そこの彼とか?」

 

 

 

 ―――いつの間にか訓練をさぼって食堂で食事を取りながら、不思議そうにエリザベス達を見つめる陽太―――

 

 

 

『!?』

 

 来客の対応に頭が一杯だった教員達にとってそれはまさに不意打ちである。

 よくよく考えれば、外交問題とか政治問題とか小難しい問題が複雑怪奇に絡みつくこの現場で、その糸全てを燃やして可燃物にして大炎上させかねない存在は断固として近づけるべきではなかったのに、想定外の突然の来訪によって手一杯になって、存在を忘れていたのだ。

 

 この現場にいた対オーガコア部隊の教員組。千冬が、真耶が、カールが、奈良橋が、そして十蔵に緊張が走り、何かを口走る前に取り押さえようとする中、陽太はエリザベスを指さしながら彼にしてはソフトな表現を使った問いかけをする。

 

「なあ、たんぽぽ? そこの徘徊老人みたいな婆ちゃんだ・」

 

 ―――神速で手が伸び、全員で陽太を床に押さえつけて土下座をさせる―――

 

「「「「申し訳ございません! 本当に申し訳ございません! 平に、平にご容赦をっ!!!」」」」

 

 一瞬の迷いもない素晴らしいジャパニーズ土下座であった。

 突然のことで対応できなかった陽太がもがき苦しむ中、床にめり込むほどに顔面を押さえつけている千冬と奈良橋が必至な弁明に走る。

 

「この者の礼節の無さは師である私の責任ッ! しかし、現在においてこの学園の最高戦力であることも間違いなく、陛下には是非ともご考慮をっ!」

「頭も口も性格もとにかく悪いこやつですが、将来性は砂の一粒ほどの見込みがあるのです! 今後二度とこのようなことがないように、我々が全力でこの者に常識を伝えていきますゆえに、どうかっ! どうかぁぁっ!!」

 

 コンクリートに顔面がめり込んでもがき苦しみつつ両人に肩を猛スピードでタップしている、頭も性格も悪いけど学園最高戦力の困ったやつが息継ぎのための呼吸を求める中、特に気分を害した様子もないエリザベスは、隣のたんぽぽに処分をどうするか相談してみることにする。

 

「さあ、どうしましょうか?」

「陽太パパがわるい! さあ、ごめんなさいしなさい。たんぽぽがゆるしてあげるから」

「じゃあ、そういうことにしましょうか♪」

 

 割と深刻な国際問題になりかねないことだったのだが、とりあえずごめんなさいしたら許してくれるという寛大な処置だったためか、とりあえず安堵のため息が漏れた千冬と奈良橋がようやく陽太の拘束を解く。そして瞬時に起き上がった陽太は、自分に対して暴言と暴虐の限りを尽くした教師二人に激怒するのであった。

 

「俺相手なら、何でもかんでも雑な扱いしても許されると思うなッ!! いい加減にせんとマジで………」

 

 ―――『さあ、早く謝れ』と殺気交じりの無言のプレッシャーを送る教師陣―――

 

 普段は温厚なカールと真耶すらも、放つ空気が尋常ではないぐらいに殺気立っていたのだ。空気を読まないことに定評がある陽太ですらも圧倒されたのか、触れ腐れながら頭を下げるのであった。

 

「(なんでか理由は知らないが)ごめんなさい」

「よろしいっ!」

 

 返事をするのがエリザベスではなく、たんぽぽなのを見た陽太は、だんだんと自分の義娘が義母役の幼馴染に似てきたことに若干の不安を覚え始める。最近加速的に知識を吸収し始めているわけだが、どうもその知識が偏ってはしないか?

 

「ママには内緒なっ! アイス買ってあげるから」

「わかった! たんぽぽ、ないしょにするっ!」

 

 堂々と皆の目の前で買収しにかかる陽太が言っても説得力のない話ではあるのだが。

 幼女を買収するという身も蓋もないかっこ悪さに、陽太を教師陣が白い目で見つめていたが、そんな彼に注目する英国から来たエリザベスは、セシリアに問いかける。

 

「セシリア………貴方、ひょっとして彼のことが」

「!? へい………じゃなくてお婆様ッ! そのようなこと決してありません!!」

 

 孫娘のような少女の色恋沙汰の行く末を想像して興奮しそうになるエリザベスであったが、そんなことは断じてないとセシリア自身が力強く否定するのであった。

 

「わたくしは名門オルコットの当主としての使命を全うすることに全精力を傾けております! そんな色恋………などというものにうつつを抜かしている暇など………って」

 

 しかし、セシリアの言葉を聞いたエリザベスは何か強いショックを受けたのか、急に両手で顔を覆うと肩を震わせてだんだんと涙声になりながら語りだすのであった。

 

「そんなッ! わ、わたし………花よ蝶よという16歳の乙女のセシリアちゃんが、異国の地で自由を謳歌しながら、輝く初恋に心躍らせているものだとばかり思っていたのに………そんな」

「「大奥様ッ!!」」

 

 そこへジーナスとチェルシーも一緒になって肩を震わせながらショックを受けたとばかりの様子で参加しだす。結構芝居かかった様子で………。

 

「大奥様のせいではありません! そもそもが教育係の私がもう少し情操教育に力を入れていればッ! 思えば10歳のころ、フェンシングの試合で2つ年上の貴族の長男坊を泣かせるぐらいにボコボコにしていたのを止めなかったのがいけなかったのです!」

「大奥様やファブル様のせいではありません。全てはこの近衛(ヴァレット)の私の責。夜な夜な一人ベッドの中で、保健体育の本に書かれていた男女のキスに、並々ならぬ興味を持たれていた時に、もっと先の行為があることも教えておくべきでした!」

 

「「「わたしのせいでっ!!」」」

 

 ―――チラッ―――

 

 指の隙間からセシリアの顔色を伺う三人を前に、セシリアだけではなくそれを見ていたギャラリーからも『全体的に小芝居感が酷い』と内心で思われたのだが、しかし、ただ一人だけこの寸劇を真剣に受け止めた者がいた。

 

「…………おばあちゃん」

 

 悲しそうにしているエリザベスの様子を見て、泣きそうな顔になったたんぽぽが彼女を抱きしめながら必死に励まし始める。

 

「だいじょうぶだよ! セシリアお姉ちゃんはおばあちゃんのことだいすきだから」

「ああ、たんぽぽちゃん」

「なんて優しい子なんでしょう!」

「ご幼少期のセシリア様のような純真さを感じます。さすがセシリア様の『妹』君ですわ」

 

 ―――チラッ―――

 

「(いちいち、確認するように見られましても)」

 

 たんぽぽを抱きしめながらその小さな優しさに感動しつつ、何かリアクションを求める三人の視線を受け止めるセシリアは、話題を逸らすように突然の来日の理由を問いかける。

 

「それよりもっ!」

「もう、つまらないわね」

「そうよ。いつの間に大人の逃げ方を覚えたの?」

「お嬢様も灰色の階段を登り始められたのですね。ああ、あの幼き日々にさようならを」

「(私を揶揄う為だけに本国からいらしたのかしら?)」

 

 顔を真っ赤に本気で怒りだす寸前になっているセシリアを見て、いい加減彼女で遊ぶのは止めにして、三人はようやく今日の来日の目的を告げる。

 

「本日私が来た理由は一つだけ。セシリア………これは貴女が16歳になった時に、改めて訪ねようと思っていたことよ」

「私が16になった時に?」

 

 改めて。という言い回しは、今の自分が知っていることなのだろうが、そのような重大な問いかけに対して彼女自身は何も思い当たる節はなく、首をかしげてしまう。

 

「…………セシリア」

 

 

 

 ―――貴女はまだ、父親のことを恨んでいますか?―――

 

 

 

「!?」

 

 エリザベスのその一言にセシリアは凍り付き、急な震えに襲われる。真夏の昼間だというのに背筋には真冬の氷のような冷たい感触がはい回り、まっすぐに目の前の君主の瞳を見ることができなくなってしまう。

 

「私は貴女の心まで強制することはできないわ」

 

 彼女の身に降りかかった不幸を全て知っているだけに、セシリアの意志を強制するような言葉を発することはしないエリザベスであったが、同時に憎しみだけを亡き肉親に向け続けることを良しとすることもできない。

 

「だから、大人の考えが理解できる年齢に達したからこそ、もう一度問いかけます…………貴女はまだ、のことを恨んでいるの?」

 

 

 

「あの男は、お母様と私を裏切ったのですッ!!」

 

 

 

 身体を支配していた悪寒を押しのけた激情がマグマのように噴火し、理性を容易く崩してしまったセシリアは、君主相手に決してしてはならない大声を張り上げ、はっきりと拒絶の言葉を発する。

 その様子を何も語らずに黙って見つめていたエリザベスは、やがて静かに瞳を閉じるのみであったが、ようやく思考が追いついたのか、自分の態度と言葉にショックを受けたセシリアはよろよろと狼狽え、後ずさりを始める。

 

「………し、失礼しますッ!」

「お嬢様ッ!」

「セシリアッ!」

 

 チェルシーとジーナスの言葉も無視し、彼女は踵を返すと食堂から走り去ってしまう。自体の展開についていけなかったIS学園教師陣も陽太も、何がどうなってこうなったのかと狐に化かされたかのような表情で戸惑うのだが、重い空気に包まれた食堂内で再び口を開いたのは、この場で最年少の少女であった。

 

 

 

「おばあちゃん…………なんでセシリアお姉ちゃん、ないてたの?」

 

 

 エリザベスの老いた手を握る小さな少女は、瞳にいっぱいの涙を溜めながら老人に問いかけ続ける。

 

「たんぽぽ、なにかいけないことした?」

「いいえ。たんぽぽちゃんは何も悪くないわ。そしてセシリアも悪くないの」

 

 自分が何か悪いことをしてしまったのだろうか。と心配するたんぽぽを安心させるようにエリザベスは、小さな少女の涙をその指で拭いながら話し続ける。

 

「セシリアの心を支配しているのは、幼いころの寂しさ。置いていかれてしまったと思っているセシリアは、ずっと寂しさに凍えていた」

「………セシリアお姉ちゃん、さびしいの?」

「そう。本当はとても寂しがり屋で、でも頑張り屋さんだから、絶対に他人にそれを見せたりしない。どんなに悲しくて泣いちゃいそうでも、凛々しく在ろうとする」

「………さびしいは、かなしい?」

「そうね………寂しいは、悲しいわ。大事な家族がそばにいないのですもの。泣いちゃいそうになっちゃうわね」

 

「さびしいは、かなしくて、ないちゃいそう」

 

 その言葉に何を感じたのか。

 たんぽぽは心の中で今のエリザベスの言葉を反芻するように何度も思い返し、やがてエリザベスの手を離すと、トコトコと食堂から走って後を追いかけだす。

 

「おい、たんぽぽっ!?」

「セシリアお姉ちゃんのトコッ!」

 

 呼びかける陽太に返事をしたたんぽぽは、心配する養父にこう告げる。

 

「さびしいは、かなしくて、ないちゃう。ないちゃうのはメッ!」

「!?」

 

 本当にどこまで理解しているのかわからないが、セシリアを独りぼっちにしてはならないと思い探しにいく幼女を見て、おもむろにメイドは優雅な礼を陽太にすると、感謝の言葉を口にした。

 

「たんぽぽ様のお心遣い。セシリア様に仕える者として無上の感謝を」

「えっ?」

「お二人のことはこのチェルシーにお任せください。それでは」

 

 それだけを告げると、チェルシーは静かにたんぽぽの後を追っていくのであった。

 幼女とメイドの後姿を見送ったエリザベスは、ここでようやく陽太のほうを真っすぐに見て、暖かな笑顔を浮かべ、戸惑う彼にこう告げる。

 

「純粋さと利発さと、何よりも人の優しさを併せ持った素敵なお嬢さんよ。大事に育ててあげてほしいわ」

「あ、ああ………」

「そして貴方にも問いたいわ。対オーガコア部隊実働隊隊長の火鳥陽太君」

 

 先ほどまでとはうって変わった、『女王』モードともいうべき威厳あるオーラが彼女から発せられ、陽太も背筋が張り詰める気持ちとなる。

 

「セシリア・オルコットを………貴方はどう思っていらっしゃるのかしら?」

 

 それは試すような、それでいて何かを願うような、そんな気持ちが混ざった問いかけなのだと、女王が僅かに滲ませる瞳が発しているように感じ、陽太は普段はおちゃらけた半分冗談交じりの言い回しを止め、深くわずかな時間、瞳を閉じて考えると、再び開いた瞳で真っすぐに彼女を見つめて言い放つ。

 

「セシリアは………俺にとって戦友だ」

「……………」

「そして俺達にとって大事な仲間で、命を共にする戦場で俺は命を預けることもある仲だと思っている」

「…………それは、何があっても、これからも変わらないと断言できますか?」

 

 その問いかけ。彼女の真剣な表情の問いかけに、陽太は僅かな笑みを浮かべた表情で言い返す。

 

「相手を見て出し入れするものを信頼なんて呼び方はしねぇよ、婆さん」

『(ヨウタァッ!)』

「俺は、俺達はいつだってセシリアを信じる。信じると決めた自分を信じる。それが俺達の全部だ」

 

 途中で失礼な物言いが発せられ教師陣の背筋も凍り付くが、女王は陽太の表情を見て、ようやく安堵したのか、砕けた笑顔を浮かべて陽太に話しかけた。

 

「セシリアは『友』に恵まれたのね。あの子の人生においてこれは無上の財産となるでしょう」

「ええ。わたくしもそう思います」

 

 ジーナスも同様だったのか、陽太に己の右手を差し出すと、黒縁眼鏡を外して自己紹介をする。

 

「ジーナス・ファブル。あの子の教官もしてた者よ。一応、遠縁の親戚筋なんだけど」

「アンタ……………『英国の鷹(ブリタニア・ホーク)』か」

 

 陽太の瞳が険しいものになったのは、目の前の『女傑』がただのセシリアの親戚というだけでは留まらないからだ。

 

「世界に五人しかいない、そこにいるポンコツ師匠と同じ『ヴァルキリー(ランクS)』」

「オイ」

 

 陽太の全く敬いの気持ちがない言い回しにツッコむ千冬を無視し、彼女の経歴を読み上げるように言い続ける。

 

「アンタが三度輝いたモンド・グロッソの射撃部門で不滅の『百発百中(パーフェクトスコア)』を毎回叩き出し殿堂入り。世界最高精度のISスナイパーの称号をほしいままにしてる、英国の女王様じゃないか」

「アラ、ヤダ。意外にこういうことは物知りなのね」

 

 英国、否、ISの業界においても千冬並みのビックネームに挙げられることも少なくないほどの操縦者であり、近年でもIS業界の一大イベントである「モンド・グロッソ」にただ一人だけ出場を続けるなのだが、彼女自身はそんな自分の経歴を鼻にかける気はサラサラないようだ。

 

「殿堂入りしたのだって、千冬たちがいない射撃部門だけだもの………総合部門じゃ私、千冬にもナタルにもほかのヴァルキリーにだって勝ったことないのよ?」

「あんなん、格闘機が俄然有利なフィールド設計なんだから仕方ない。そうじゃないならそこのポンコツ師匠だって、アンタ相手に楽勝ってわけじゃなかったはずだ」

「ポンコツ連呼するな陽太………だが、まあ………一理はあるな」

 

 千冬自身、もし実戦の場において目の前の『英国の鷹(ブリタニア・ホーク)』が相手ならば、決して楽勝という結果にはならないだろうということ。相手が誰であろうと負ける気はない千冬だが、それがそのまま結果に繋がると思うほど甘いものではないことも理解している。

 

「『英国の鷹(ブリタニア・ホーク)』が師匠だったとは………それにしてはセシリアは落ち着きなさそうだけど」

「ええ………昔から、あの子のやんちゃぶりには手を焼いたものよ」

 

 しみじみとした言い回しは、本当に手が焼いたという気持ちが伝わってくる。だからこそ、彼女が手を焼いた可愛い妹分のことをちゃんと知ってほしいと思ったのか、改めて陽太に向き直ると、彼を見つめてこうお願いする。

 

「貴方と貴方の仲間にも知っていてほしいの。セシリアのことを」

 

 彼女のこと知ったうえで、彼女のことを任せたい。

 英国の鷹と呼ばれる女傑の真摯な訴えに、陽太は特に反対する理由もないためか、二つ返事でOKを出すのであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 




間違ってもお婆ちゃんはセシリアいじりをしたくて英国から来たわけじゃないんだよ(多分)

女王が後見人という、割と豪勢な設定になった太陽の翼のオルコット家。果たして次の話で語れることとは一体


そして何よりも、このあたりからたんぽぽが出てきた本当の意味が問われだします。



つまりは、幼い少女を通して、もう一度今の自分を見つめなおす。という意味が

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