今回は区切りの関係上いつもよりも若干短いかな?
「・・・・・・」
不機嫌そうに保健室で椅子に座る陽太は、むくれた顔のままに自分の膝の上に座る少女に目をやってみた。
「・・・・・・」
膝の上に座りながら陽太のことをじっと見つめ続ける幼女は、彼の様子を注意深く観察するように一言も話すことなくその空色の瞳で陽太を捉える。
「・・・・グヌヌヌッ」
いい加減この状況にジレてきてる陽太であったが、こういう時に何をどうすればいいのか皆目見当もつかず、沈黙の持久戦となっているのだが、どうにも彼自身がすでに限界に達しているようだ。流石に幼女相手に怒鳴り散らすことはしていないが、そういうことをやっちゃいそうなのが火鳥陽太という人間であると皆が分かっているだけに、とりあえず話を進めようと真耶が極力少女を怯えさせないように話しかけた。
「あ、あのね・・・貴女、自分のお名前、わかるかな?」
「!?」
真耶なりに精一杯優しい笑顔と声色で話しかけたつもりだったのだが、彼女が近寄った瞬間に少女は再び涙目になって陽太の胴体に両手両足を使ってしがみ付き、胸に顔を埋めてしまう。
「めっちゃビビられてるな、真耶ちゃん」
「私、怖がられたの初めてですっ!」
年下から舐められることは数あれど、年下に怯えられたのは人生初体験なのかショックで半泣きになる真耶を見かねて、今度は千冬が代わりに話しかけてみた。
「少しいいか?」
「!?」
一瞬だけ千冬を見た後、先ほどの倍は怯えた表情で陽太に必死にしがみ付く姿を目の当たりにし、陽太は半目で自分の師匠をこう糾弾する。
「幼女だってライオンと目を合わせたら危ないことぐらいわかってるよ」
「誰が怒った獅子だぁっ!?」
そういう表情がじゃないの? と言われ反論したい気持ちはいっぱいなのだが、目の前で目を合わせただけで泣き出しそうな幼子がいる時点で、そういうことを言うと負けっぽく感じてしまうのでとりあえず身体を震わせて沈黙してみる。
一方、これでは埒があかないと思った陽太は胸に埋まる幼女を引き剥がすと自分の目線まで持ち上げ、しっかりと見つめながら問いかけた。
「おい、お前。名前は?」
「・・・・・・・・・」
「自分の名前だよ。言ってみろ」
「・・・・・・・・・」
「聞こえてます? お客さん?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・イエス! ノー! 返事ぐらいしてみせろよ!!」
一言も話さない幼女に様子に陽太がイライラしだすが、カールはその様子を見て何かを感じ取ると、おもむろに空のコーヒカップを取り出し、幼女の真後ろに立つとスプーンで叩いてみる。
「!?」
スプーンで打ち鳴らされた音に反応した幼女がカールのほうに振り返り、またしても怯えた表情を浮かべる。 だがカールはその反応から幼女のある事実に気が付くのであった。
「やはり音は聞こえているようだね。目もはっきり見えている。それに身体の動作も問題がない・・・ということは」
「ということ?」
「・・・・・・この子は、そもそも言葉そのものを知らないのではないのかな?」
それならば自分の名前を言えないことも返事ができないことも説明がつく。そもそもが名前も返事も言葉という概念すら知らないのだ。つまりこの幼子にこれ以上事情聴取をしても意味がないということなのだ。
「・・・・やってられっか!?」
もうこうなってはこれ以上の対処が思いつかない陽太は幼女をベッドの上に座らせると、大股でドカドカ歩きながら保健室を出ていこうとする。
「あ、待ちなさい陽太君!?」
「待たんッ! 俺は保育士じゃねぇーんだ! これ以上構ってられるか!!」
そもそもが自分はこんなところで子供の番をしてる場合ではない。一刻も早く強くならねばならないのだ。自分自身が決めた期日まであまり時間がないこともあり、陽太は速足で保健室を出ていくのであった。
「・・・・・・行ってしまった」
「・・・・・・相変わらず面倒事だと思えば逃げ足が速いな」
「・・・・・・まあ、確かに火鳥君は子供の世話とか得意そうじゃありませんしね」
しみじみとした感想を述べる三者だが、こうなってしまうと幼子の今後をどうするべきなのか自分達で当面の方針を決めねばならない。頭を抱えて悩む千冬達である。
「身体のこともある。一度どこかの施設で検査は行わねばなるまい」
「あと、どこか預ける場所を探さないといけませんね」
「孤児院・・・は反応が怖い。やはりある程度事情が分かる里親を探すべきか」
う~ん・・・どうするべきなのか? 三人は悩みながら同時にベッドにいるはずの幼子に目をやる。
―――もぬけの殻の白いシーツ―――
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
仲良く幼子がいないことに気が付くのも三人同時だった。
☆
「まったく、とんだ休日になっちまった」
一方、これ以上は付き合えんと保健室を後にした陽太は、その足で寮に戻ることはせずに訓練施設を目指して歩き続ける。目的はもちろん、これから晩までじっくり修行に明け暮れるためだ。
「・・・・・・『スカイクラウン』」
数か月前に教えられたその存在に、一向にたどり着けない現実を前に、陽太の拳に力が宿る。あの力があれば福音戦ももっと楽に終えられたはずだ。暴走した福音だって自分がスカイクラウンを使いこなせれば暴走をもっと楽に抑えられたかもしれない。シャルを危険な目に合わせることも、仲間達に余計な負担をかけることもなかった。
「・・・・・・チッ」
自分とあの女(暴龍帝)との距離はどれだけ縮まったのか? この間の臨海学校であった時、彼女の姿を見て前と同じように勝てるイメージが全く沸いてこなかった。つまりは差は依然として長大で、この差を埋めるには今以上に強くならないといけないということ。
だというのに、自分はもうすでに限界を迎えつつある。千冬から教えられた全ての技術を習得し、ブレイズブレードの機体性能はフルスペックを引き出してると自負している。こうなってしまえば、残りはスカイクラウンただ一つなのだが、これが一向に進まないのだ。
「・・・・・・どうしろって、いうんだ?」
どうすればいいというのか手掛かりがつかめないままに空回る日常に苛立ちすらも覚えてしまった陽太であったが、そんな陽太に彼女が声をかける。
「何処行こうとしてるの?」
私服姿で歩いてきたシャルである。彼女はすぐに陽太の『足元』に気が付くと、視線をそこへ向けながら近寄ってきた。
「自主訓練・・・釣りはもうヤメだ。一夏が予想通りザコい」
『釣りですら俺が上なのだ』と誤魔化す様に虚勢を張った陽太であったが、シャルはそのことに気が付くことなく、陽太に足元を見ながら問いかけた。
「ヨウタ・・・その子誰?」
「はぁ?」
―――陽太の足元に素足で立つ幼女―――
「ほぉえあぁ?!」
すっとんきょんな声をあげて驚く陽太を不思議そうに見つめる幼子にシャルはしゃがみ込んで挨拶をする。
「こんにちは♪」
「!?」
しかし、真耶相手にすら怖がって隠れてしまう幼子はやはりシャルを見た途端におびえた表情で陽太の足に縋り付き、顔を隠してしまう。残念そうにするシャルであったが、『いつの間についてきたんだ? 気配がまるでなかったぞ』とかなり動揺しながらも陽太がフォローの言葉を入れた。
「誰が相手でもこんな感じなんだ・・・悪いなシャル」
「ヨウタは平気なの?」
「なんか知らんが・・・平気らしい」
『そうなんだ』と相槌を打つと、シャルは何か考え付き耳元でヨウタにこう告げる。
「・・・だから、こう言ってみて」
「そんなんでいいのか?」
半信半疑な気持ちではあるが、シャルに言われた通り幼子に対して陽太は穏やかな声でこう告げてみた。
「大丈夫。シャルは怖くない」
「・・・・・・」
「ホラッ」
そして頼まれてもいないのにアドリブで陽太がシャルの手を握り締めてみる。その突然の行動にシャルは顔を真っ赤にして固まってしまうが、何とかシャルは笑顔を崩さないように心掛けながらじっと少女を見つめ続けた。
陽太の足に顔を隠しながらも僅かに瞳だけ出してシャルをチラチラと見ていた少女は、その後数分間は観察するようにシャルを見つめていたのだが、やがて少しづつ顔を出しシャルの瞳をじっと見つめながら、恐る恐ると手を伸ばしてシャルに近づいていく。
「・・・・・・」
その間もシャルは一切の言葉を発さずに幼女の好きなようにじっと彼女のリアクションを待ち続けた。やがておっかなびっくりしながらシャルの手に触れると、その小さな手で彼女の手を握り締めるのであった。
「・・・・・・」
シャルに危険がないこと。陽太も特に危険を感じていないことを状況から理解したのか、幼子は陽太の体を離れると今度はシャルにしがみ付く。
「ハハッ♪ どうも、初めまして。私はシャルロット・デュノアだよ。よろしくね」
小さな少女にしがみ付かれたのが嬉しかったのか、彼女を抱き上げると頬ずりしながら笑顔で自己紹介をするシャルの顔を幼子は不思議そうに見つめる。
「君、可愛いね♪ 頬っぺたなんかモチモチお肌だ」
元来小動物大好き、小さい子はもっと大好きなシャルにとって、生まれたての子猫のようなこの幼子は黙っているだけでも可愛らしさが爆発して見えているらしく、興奮気味に彼女を褒めたたえる。
「この茶色の髪の毛もそうだけど、何よりブルースカイの瞳なんて凄く綺麗だ! うんうん。君は将来絶対に美人さんになるよ!」
抱きしめながらハート乱舞するシャルの様子を見て、陽太は逆に若干引き気味に話しかけた。
「相変わらず小さいガキの世話は得意なんだな」
「そりゃもちろん。普段から大きい誰かさんの世話ばっかりしてますから」
「どーいう意味だー!」
物静かな分だけ幼子のほうが聞き分けがいいんだよねー。と彼女に同意を求めるシャルに対して、どうしてすぐにそうやって自分の保護者を自称するのかと憤慨する陽太。その双方をせわしなく瞳を往復させながら黙って見続ける幼子。
そしてとりあえず興奮冷めやまないシャルに言われるがまま、直射日光の下ではなく冷房が効いた室内に移動しようとすると、慌てて幼子を追いかけてきた真耶が目を点にする。
「火鳥くーん! あの子がどこに行ったか見かけ・・・・・・アレ?」
「真耶ちゃん?」
「山田先生?」
幼子を抱き上げて会話(一方的にシャルが話しかけてるだけ)している姿を見て、真耶は顔を引き付けながら内心でぼやいた。
「(私の時は問答無用で泣き出しちゃったのに!? なんで?)」
どうしてシャルは泣かれていないのか? わかりやすく言うなら幼子の『警戒心』ゆえの行動なのだ。
目が覚めて状況が一切わからなかった幼子にとって、無意識の中でも唯一絶対に警戒しない相手を陽太として、そのほかの事がわからない状態では人見知りをしてしまうのは止む無く、いくら真耶が笑顔を作って対応してもその警戒心が解かれることはなかった。
対してシャルは幼子が人見知りの激しい状態であると初見で気が付き、無理に距離を縮めることをせずにまずは陽太に『大丈夫な相手だ』と言わせて警戒心を緩め、更に少女のペースに合わせて距離を自分から縮めてもらったのだ。この辺りは故郷のかつて住んでいたフランスの片田舎の村において、小さな子の相手を幾度もしていたシャルだからこその行動であった。
「デュノア? これはどういうことだ」
そして遅れて杖を突きながらやってきた千冬も同様に驚いた表情となり、陽太は彼女に近寄ると小声で説明と質問をする。
「(とりあえずシャルはもう警戒しないみたいなんだが、これからどうするんだ? 保健室連れて帰るのか?)」
しかし保健室に置いておいても自分かシャルがいないと怯えて逃げ出そうとするだろうし、最悪自分たちを探して一人で校内をうろつかれる危険がある。それがわかっているだけにどうするか迷う陽太に対して、千冬はため息をつきながら仕方なさそうに答えた。
「(とりあえず今日明日中はこちらで預かるしかあるまい。学食に移動しよう。とりあえずデュノアにも説明をする)」
千冬が指でそう合図すると、陽太もシャルに目線で合図を告げ、一同は学食へと移動するのであった。
☆
―――食堂内に鳴り響くテーブルを叩く音―――
人の少ない時間帯といことでまばらにしか人がいなかったため、その行動は食堂内で一斉に注目を集めることとなる。
見れば先日復帰したばかりのブリュンヒルデ・織斑千冬が難しそうな表情で腕を組み、その前の席でテーブルを叩いて勢い良く立ち上がったシャルロット・デュノアが彼女を睨みつけている。という俄かに信じがたい光景であった。
「・・・・・・どこのどの人達なんですか!?」
「・・・落ち着けデュノア。このやり取りはすでに陽太ともしたぞ」
「どう落ち着けっていうんですか!?」
震える瞳のままに、決して責任がないことはわかっている千冬を睨みつけてしまうシャルは、抑えきれない感情を何とか堰き止めたままに言葉を紡いでみせた。
「こんな・・・こんな小さな子の身体を切り刻んで、わけのわからない機械を入れて、そして意味も分からないままに海に投げ捨てて・・・・・・こんなの、落ち着いていられるわけないじゃないですか!!」
話を聞いて震えるほどに怒りを感じたシャルであったが、すぐさま陽太の膝の上で座る幼子に気が付き、彼女に謝罪した。
「あっ・・・ごめんね! 大きな声出しちゃって!」
シャルの大声とテーブルを叩いた音にびっくりしたのか、すでに瞳に涙を一杯に貯めて決壊寸前だった。幼女を急いで抱き上げると、優しい声色であやし出す。
「ごめんね。私は大丈夫だよ・・・貴方も大丈夫。何も悪くないから」
「・・・・・・とりあえず今日明日中にその子の受け入れ先は探し出す。すまんがそれまでの間、陽太と二人で面倒を見てくれはしないか?」
あくまで事務的に話を続けようとする千冬に苛立ったシャルであったが、千冬は申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「この学園はあくまでISの運用と操縦者や整備や技術者の育成をするための場所。対オーガコア部隊は戦時中の特例なんだ・・・ましてその子はISやオーガコアにもまるで関係ない」
「そ、それは・・・」
「今はまだ夏休みだからお前達の負担も大きくないが、二学期が始まれば学生と隊の二束の草鞋となる。そうなれば満足にこの子の面倒を見てやるものがいなくなってしまう。そうなってしまえば結局のところ一番その子自身に負担になってしまうんだ・・・すまない。まだ私にはこれ以上の方法を取ってやれる経験も権威もない」
素直に頭を下げる千冬にはそれ以上の言葉を紡ぐことはできない。要救助した幼子の受け入れ先の世話という、本来は専門外なことも退院したての身体に鞭打って行ってくれているのだから、むしろこれ以上彼女を困らせようとしている自分のほうに非がある。
「申し訳ありません織斑先生・・・先生も一生懸命考えてくれているのに」
「私のほうこそ済まない。こういう口調だから私はその子に好かれないのかもしれんな」
保健室でおびえられたのは結構堪えたようである。こう見えても彼女だって女性なのだから幼子に泣かれることを良しとは言えないのは当然。内心でもっと小さな子にも好かれる人間にならねばと誓う千冬なのであった。
「話し終わったんなら、とりあえず解散でいいか?」
「ん? ああ・・・それは別に構わんが」
とりあえず話は終わったと言わんばかりに立ち上がると、陽太はそのまま歩き出そうとする。
「・・・・・・って、ちょっと待って!?」
「待たないッ!!」
自然な流れで全てを済ませようとした陽太であったが、そうは問屋(シャル)が下ろさないと彼の服を掴んで引き止め、何処にも行かせないようにもう一度席に座らせ直した。
「今言われたでしょう!? 私とキ・ミ・でッ!! この子の世話をするんだよ!」
「俺は嫌だ!!」
はっきりとそう言い切ったものの、思いっきり睨み返されて反抗心が一瞬で折れかける陽太であったが、彼にはどうしても引けない理由があったのだ。そう、それは・・・。
「俺は、ガキが嫌いだ!」
「ガキはすぐ騒ぐ! うるさい!!」
「しかも言うことを聞かない! 感情に任せて行動するし、それを反省もしない!」
「おまけに正しいことで叱られたって逆ギレして暴れやがる! 性質が悪すぎるだろう!」
すごく真っすぐな瞳でそう主張する陽太であったが、その時彼はようやく気が付く。シャルロットは呆れを通り越して同情の眼差しになっていることに。そして周囲の数少ない女生徒や、食堂のおばちゃん、千冬までもが彼を物凄く可哀そうな子を見る目で見ていたことに。
「陽太君」
代表するように真耶は涙目になりながら精一杯に彼を案じて言葉をかけた。
「貴方、きっと疲れてるのよ」
「凄く今俺は馬鹿にされてんだよな、この状況!?」
いや、彼女なりの気遣いだよ。と皆が思う中、シャルの腕の中の幼女は精一杯に腕を伸ばすと陽太の服の袖を小さな手で掴んで、何かを訴えるように陽太を見た。
「・・・・・・」
「・・・・・・ていっ」
しかし、そんな幼女の主張など知ったことかと陽太が無理やり服の袖を放してしまう。負けじと少女がもう一度手を伸ばすが今度は陽太が身体をずらして触らせないようにしてしまうと、しばらく手を伸ばしていた少女だったが掴めないと理解したのかそのまま状態で静止してしまう。
「・・・・・・・」
―――ゆっくりと瞳に涙が溜まりだす幼女―――
「!?」
「ヨウタ!?」
言葉を出さないまでもしゃっくりをしながら今にも泣きだしそうになる幼子を見て、陽太を叱りつけるシャルと叱られて自分の行いを反省したのか、弱り切った表情で幼女の手を握る陽太・・・結局、陽太が彼女を抱きかかえることで泣き止み、シャルに押し付けることもできずに哀愁が漂う背中を引きずったまま三人で食堂を後にするのであった。
☆
「・・・・・・」
「うん。もうすぐできるからね♪」
幼い少女は部屋に備え付けのキッチンで何か料理を上機嫌そうに作っていたシャルの様子を興味深げにのぞき込む。初めて見るものばかりの彼女にとって、常に自分に笑顔を向けてくるシャルの存在は大変興味深いようだ。
一方、なし崩し的にもう一人の世話係にさせられた陽太は窓際にもたれ掛かって、二人のやり取りを黙って見つめ続ける。
「これはフライパン・・・今、とっても熱くなってるから手を出しちゃダメだよ。危ないからね」
「・・・・・・」
「うんうん・・・こうやって、ホラ! ひっくり返った」
「・・・・・・」
「表面が狐色になったら、もう一度ひっくり返して・・・ホラッ! 出来上がりました~!」
今朝作っていたジャムを塗り、上からシロップをタップリとかけてパンケーキを完成させたシャルはそれをお盆に乗せて、机の上に持っていく。途中幼子もそんなシャルの後をひよこのように追いかけてくる姿を見て更に幼女に愛らしさが募ったシャルは少女を抱き上げて座らせると、白いタオルをナプキンとして彼女の首に巻いて、少女に食べさようとした。
「さあ、遠慮しないで全部食べて♪」
「・・・・・・」
「美味しそうに出来たんだよ! 私のお母さんがよく作ってくれたパンケーキ。ヨウタも好きだよね」
「・・・おう」
子供時分に自分も食べさせてもらった一品を今度はシャルが作っていたことに、何か胸に来るものがあったのか、陽太とシャルと目の前のパンケーキの間を忙しなく行き来する少女の視線の理由を何となく察する。
「シャル、たぶんそいつ食べ方がわからんはずだ」
「あっ・・・そういえば言葉も教えられてないって言ってたよね」
『ひどいことをする大人がいるんだね』っとプンスカと怒りながらも少女に悟らせないように笑顔を作ったシャルは、少女の目の前に置いてあったプラスチックのフォークとナイフを手に取り、少女が食べさせやすいサイズに切り分けると、フォークで掬い上げてたっぷりのジャムとシロップがかかったパンケーキを差し出す。
「さあ、あーんして」
「・・・・・・・・」
「あーーーん」
「・・・・・・・・」
シャルの様子を見ていた幼女であったが、いまいちシャルのリアクションの意味が理解できないようである。ちょっと困り顔になってしまったシャルを見かねたのか、陽太が近づくと顔を横から出して・・・。
「こうするんだ・・・あーん」
「あっ!?」
フォークで掬われたパンケーキを一口で平らげてしまう。モグモグと咀嚼して大げさに飲み込むと、懐かしい味にすっかり上機嫌となった。
「おっ。美味い」
「当たり前! お母さんのレシピ通りちゃんと作ったんだから!」
「ああ・・・懐かしい。エルーさんの味だ」
子供時代の一番幸福だった時に、エルーが自分とシャルのためによくこのパンケーキを焼いてくれたものだ。孤児院や浮浪児の時にはこんな穏やかな気持ちで食事一つとれなかった陽太にとって、エルーがくれた物はかけがえのないものであった。
そんな昔を懐かしむ陽太の様子を見て、少女は何かを感じ取ったのか・・・シャルに向かって突然口を開くとパクパクと動かしてパンケーキが欲しいとアピールを開始する。
「・・・うん♪」
少女側から初めて起こしてくれたアクションが嬉しかったのか、喜んだシャルが嬉しそうにパンケーキを切り分けて少女の口に運んでみた。
「・・・・・・・!!」
陽太がやったように咀嚼してパンケーキを飲み込んでみた少女はしばし呆然としていたが、やがて頬を赤く染めて瞳が輝きだし、次のが欲しいと積極的にシャルに向かってアピールする。
「大丈夫だよ♪ まだまだ沢山あるから!」
母鳥から餌をもらう雛のように次々とパンケーキを平らげていく少女の様子が、自分が作った物を心から美味しそうに食べる姿が、本当に嬉しいシャルは少女のために食べやすいサイズに切り分けて口に運び続ける。
「(エルーさん・・・シャル・・・)」
かつて自分が見ていたモノ。
自分にとって唯一の母親と、かけがえのない幼馴染。
故郷のフランスの片田舎で確かにあった、何気ない日常の続きを見ているようで、心の奥底にとても暖かな想いが広がっていくのを陽太はしかと感じ取っていた。
「!?」
「あ、ごめん!」
が、初めて食べた食事が嬉しすぎたのか、少女がのどを詰まらせてしまう。苦しそうにする少女の背中を慌ててシャルがさすり、陽太は急いで冷蔵庫を開いて中に置いてあった自販機でも売っているピーチ味の缶ジュースのプルタブを開き、少女にゆっくりと飲ませていく。
「がぶ飲みするな・・・って言ってもわからんか」
食事が初めてならジュースを飲むのも初めてなのだろう。細心の注意を払いながらジュースを少しづつ飲ませて喉につまった物を異に流し込ませた陽太は、大きく深呼吸する少女の様子が可笑しかったのか、つい吹き出してしまった。
「・・・フフッ・・・ハハッ」
「もうヨウタ・・・笑ってあげちゃ・・・フフッ」
それはシャルも同じことで、一つ一つ当たり前のことを一生懸命にする少女が微笑ましすぎてこちらも吹き出してしまう。
二人が突然笑い出した様子が理解できないのか、見るからに頭の中で『?』マークがいっぱいになっている少女に詫びながら、二人は食事を続けるように少女に促した。
「悪い悪い・・・さあ、残りも食べような」
「うん・・・これは全部貴方のなんだからね」
パンケーキを切り分けて食べさせるシャルロット。
時々ジュースを飲ませる陽太。
そして二人から交互にもらいながら、一生懸命食事をする幼い少女。
もし、この時に部屋のその様子を見た人がいたのなら、きっとその人たちはこう口を揃えていったはずだ。
『大変仲の良い家族』の肖像がそこにはある、と・・・。
シャルさんが幼女に嫉妬する!? ヴァカめっ!(ウザさ´な聖剣ボイス)
シャルさんは本編でも小さな子供好きなのだよ!
そして陽太君がなんとなく、昔のことを思い出しながら穏やかに・・・。
さてさて、次回はまた一波乱ある模様。
この少女の行く末は?
そしてほかのキャラたちはこの子を見てどう思うのか?
こうご期待してください