IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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さてさて
フゥ太肝入りの新章がついに開幕!


そこで登場するニューヒロインとは果たして・・・?


六章・少女と家族の物語
少女の夏の始まり~目覚め~


 

 

 

 

 

 ―――激しく波を打つ嵐の沖合―――

 

 高波が発生し落雷や激しい雨が降り注ぐ太平洋沖合に、密かに建造された研究施設。

 外部からのあらゆる索敵を遮断・・・先進国が持つ最新鋭の監視衛星はおろかISの索敵すらも寄せ付けない難攻不落の要塞は、こんな嵐の夜だというのに密かに、そして慌ただしく動き続けていた。

 

 ―――研究所の隔壁の一つが解放され、中から『何か』を海に次々投擲していく―――

 

 数十メートル沖に飛ばされた何か・・・白いカプセルは不規則に赤いランプを点滅させて、黒い海の中に消えていってしまう。

 

 

 

 ―――そして消えていった白いカプセルたちがある海を、研究所の最上段から見つめる瞳が妖しい光を放ってその未来を見つめていた―――

 

 

 

 ☆

 

 

 

「・・・・・・よし、思った通りの味付けになったね♪」

 

 私服の上から白いエプロンを羽織ったシャルロットは、自室において今しがた出来上がったばかりの特製コンフィチュール(ジャム)の味見をして思い通りの味に仕上がった事に上機嫌となる。

 

 7月も半ばを過ぎ、日本の夏が本格的となった日々において、今日から夏休みとなったIS学園のメンバーは同時に土日ということもあり、専用機ISのオーバーホールを倉持技研に預け休養日とあいなった。 と言っても、ただの非番というだけでは勝手に訓練を始めるのが最近の対オーガコア部隊のメンバー達であり、それでは身体を休めるということにはならないと強く言い聞かせるように、現場に復帰した千冬からの訓示によって『休養日』と名を打たれ、各々が身体を休める傍ら久しぶりにプライベートを楽しむこととなったのだ。

 

『いつ出動がかかっても万全を心がけて臨めるようにするにも、休むのも一つの訓練だと思え』

 

 実働部隊の隊長がゴネかけた瞬間、そう言い放って反論を封じた千冬のドヤ顔は生気に満ち溢れており、ついこの間生死の境を彷徨っていたとは思えないほどである。

 

 織斑千冬の電撃復帰・・・当初は誰もが寝耳に水であり、担当医のカールや弟の一夏や弟子の陽太とラウラから猛反対を食らうことになったが、彼女のガンとした意思を跳ね返すことができずに全員が折れる形となる。確かに身体機能は当初の想定とは良い意味で大きく外れており、このまま順調にいけば後二か月ほどで普通に退院できるというほどだったのだが、千冬の強い希望を学園長である十蔵が承諾したことでこの度の現場復帰の流れとなった。最も直接的な戦闘行動は絶対に厳禁なこと。また体調が少しでも悪化するようなことがあれば再入院する、という条件を飲むことになったのは言うまでもないが。

 教職についても9月からの二学期から復帰するということとなり、夏休みの期間はリハビリを兼ねて病院への通院をしがてら現在指令代行をしている真耶を補佐する形で部隊の運営にも携わることとなったが、退院初日において早速好き勝手していた陽太に雷を落とし、彼の天下に終焉(というほど威張れた試しもないが)をもたらしたのは誰もが想像していた通りのことであった。

 

 退院して初めて顔を合わせた時の千冬には、何か憑き物が落ちたかのような落ち着きがあり、何か心境の変化でもあったのか声色にも優しさがあって、陽太にシャルが問いかけてみた。

 

「織斑先生・・・何か良いことがあったのかな?」

「病院食のおかげで、ダルダルだったビール腹がへっこんだんじゃない?」

 

 歩行に杖がまだ手放せない状態なのだが、そんなことを感じさせないハイキックが悪ふざけした陽太をぶっ飛ばす姿を見ると、やっぱり自分の思い違いなのかなと自信がなくなってしまうが・・・。

 

 とりあえず訓練を中止して身体をとにかく休めろ。と厳命を下され、セシリアと鈴は買い物、箒は簪の様子を見に病院、ラウラは千冬の何か手伝いは出来ないかと付きまとう中、シャルは先日荷物の整理をしていた義母のベロニカが発見し、フランスから日本へ郵便物として届けられた亡き実母の料理レシピ本を片手に彼女と陽太が幼少時によく食べていたコンフィチュール(ジャム)に挑戦していたのだ。

 イチゴをできる限り原形をとどめながらドライピーチも混ぜ合わせ、蜂蜜を使ったそのジャムは非常に口当たりが良く、フルーツの酸味のおかげで甘すぎず子供も大人もおいしく食べられる実母オリジナルであり、よくパンケーキなどをオヤツに作ってくれた時はこれと一緒に食べ、陽太も喜んでいたのを思い出し挑戦することにしたのだ。

 思い通りの味に仕上がったことに満足したシャルは、熱湯消毒したガラスの瓶に火傷しないように注意しながらジャムを入れ、冷蔵庫で冷やしにかかる。

 コンフィチュール(ジャム)はある程度冷えて固まってからのほうがおいしいため、これを食べるのは明日以降のほうが良いと思ったシャルは、今日は男子勢が『釣り上げてくる』予定の獲物のほうを調理してあげるか、と上機嫌で窓辺から海のほうを眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「いよしっ! アジ五匹目ゲッツッ!」

 

 サンバイザーを被った陽太が自分のアタリにご満悦の様子で、針にかかったアジを自分のバケツに入れる。

 

「午後から巻き返しにかかる。という言葉は本当だったようだね」

 

 午前の釣り上げ数がトップでありながら、午後からは不振が続くカールは、自分の浮きに手応えのなさにポーカーフェイスを被りながらも焦りが若干出始めた。

 

「・・・・・・・何故だ」

 

 赤い冷感インナーとサングラスに帽子という一番本格的な釣り人スタイルで、マイロット持参であるにもかかわらず、本日は僅かにイワシが三匹という実績に、奈良橋武夫は全身から熱気を吹き出し始める。

 

「あっ、スズキが来ました」

 

 何食わぬ顔で午前中の釣り上げ数二位、午後は現状トップの轡木十蔵は慣れた手つきでバケツの中に大量に蠢く獲物たちの中にスズキを放り込んでいく。

 

「(ちくしょう・・・みんな楽しそうに)」

 

 午前中ゼロというブービー賞の罰ゲームとして昼ご飯の用意を仰せつかった一夏は、レジャーパラソルの下、カセットコンロを使い茹だるような暑さを我慢しながらキスの天ぷらを揚げ終え、クーラーボックスで冷やしておいた刺身と一緒に出すと全員に声をかけた。

 

「みんなー! ご飯できたぜー!」

 

 アジの刺身とキスの天ぷら、そしてあらかじめ作っておいたおにぎりを合わせた昼食が完成した所で皆に声をかける。

 

「おおっー!」

「これは美味しそうだ」

「釣れたてのを刺身にして食べるのは、釣り人の特権だな」

「天ぷらも美味しそうで・・・料理の出来る男子は女性にモテますよ、織斑君」

 

 昼食の出来が好評だったようで、珍しく全員満場一致で高い評価を受けたことが嬉しかったのか、頬を赤く染めて上機嫌そうに皆にススメる一夏なのであった。

 

「ささっ♪ 皆、遠慮せず食べてくれよ」

「ん。そうだな。どうせ全部お前が釣った魚じゃないしな」

「ぐっ!? ぐぬぬぬっ・・・」

 

 ・・・・・・一瞬で陽太に斬って落とされ、下唇をかみしめることとなってしまったが。

 

 暇を持て余し気味の少年二人を釣りに誘った男性三人組の思惑は、もちろん陽太の監視である。

 あの日、臨海学校から帰ってきた陽太の様子にはまたしても微妙な変化があり、しかも最近では『ある事』を朝から晩まで繰り返しひたすら集中して没頭し続けている現状を見かねたカールの提案で、息抜きという名目、そして朝一番に声をかけたときに断ろうとした陽太にすかさず『自信がないなら結構だよ。一夏君のほうが釣りのセンスが有りそうだしね』と彼の闘争心に火を着ける言葉を使い分けて見事に誘い出すことに成功した。

 本来は彼にこの様な振る舞いをするのは失礼なのだが、それでなくても最近は身体を壊しかねない程の鍛錬の量を熟している現状と、それを『止めろ』と言えない亡国機業との戦いという現実のはざまにおいての苦肉の策なのである。

 そしてこうやって戦闘から離れて、同年代の一夏と二人肩を並べて何かをしている時の彼がひどく普通の少年のように思え、カールや奈良橋にしてみれば戦闘中の彼とのギャップの差に戸惑ってしまう。

 

 ―――戦っていないときの君。戦っている時の君。どっちが君の本当の姿なのかな?―――

 

 年少二人のやり取りを微笑ましく見ながら、少し苦い気持ちも湧き上がってくる大人達は、せっかくのごちそうを前に箸を進め料理の出来に惚れ惚れとしながら、陽太が案の定こっそり持ってきて缶ビールを奈良橋が取り上げて強制廃棄し、『鬼ッ!悪魔ッ!とっつぁんなんて加齢臭が強すぎて娘さんから『私の洗濯物とパパの洗濯物を一緒に洗わないで!』って嫌われたら良いんだ!』っと余計な事をほざいて柔道の裸締めを食らっていた時、ふと一夏が海側に流れてきている多くのゴミの存在に気が付き、眉間に皺を寄せて不愉快そうに言葉を発する。

 

「なんでこんなにゴミを不法投棄するかな、皆?」

「・・・そうですね。せっかく整備されてこの辺りも綺麗な海岸になってきたというのに」

 

 一夏の言葉に十蔵がしみじみと首を縦に振って頷く。綺麗好きな二人としてはどうも許しがたいこの状況であったが、カールがふとある事を思い出した。

 

「このゴミって、昨日太平洋の沖合で通過した大型ハリケーンでここまで流されてきたんじゃないですか?」

 

 先日太平洋沖で発生して通過した台風(ハリケーン)があったことを思い出したのだ。幸い日本には直撃することはなかったものの、かなり大型であったらしく波の影響は結構あったとのこと。そのためから潮の流れが一部代わり、今日の爆釣りに至ったのだが、こういう風にゴミまで吊り上げかねない状況は嬉しくないのか、十蔵が珍しく感情的になって言葉を発した。

 

「このゴミを処理するだけで、年間どれだけのお金が必要だと思っているのか・・・まったくですぞ」

 

 表向き用務員裏学園長な十蔵の経営者視点の憤りには、カールと奈良橋も苦笑いになる。一方、隣で『陽太、食い終わったら一緒に掃除しよう』『絶・対・ヤ・ダ』と言い合っていた一夏と陽太は様々な漂流物(ゴミ)の山を眺めながら感想を述べあう。

 

「ってか、あれってケーキ屋の人形じゃないか?」

「あ、〇コちゃん」

「冷蔵庫とか流れてるけど、開けたら大量の『G』が湧いてくるんかな?」

「さすがに塩水に長時間は『G』でもキツイだろ」

「お、人体模型」

「理科室とかにおいてあるやつ!? そんなんまで放棄してんのかよ!」

「夜中の砂浜にアレが流れ着いて見つけたら、軽くホラーだぞ?」

「闇夜に浮かぶ内臓とか、確かにお目にかかりたくない」

「お、あのバイク。前半分なくなってるけどカ〇サキのニンジャシリーズか!?」

「バイク? 陽太ってさ、バイク好きなの?」

「速い乗り物は基本的に大好きさ! ゴミ掃除したくないけど、あれのレストアなら考えてもいいかも!」

「・・・後は・・・ミサイルポット?」

「んな訳ない。あれは救急救命用のカプセルだよ。あそこから」

「あ、ちっちゃい女の子が射出された」

「そうだ。ああいう風に幼女をぶっ飛ばしたりするもんなんだよ」

「「・・・・・・・・」」

 

 ちょうど遠目に見えた流れ着いた白いカプセルから、薄茶の髪の色をした小さな少女を海に放り出す光景を横目で眺めながら、二人が同時に硬直する。

 

「「「・・・・・・・・」」」

 

 楽し気に談話していた中年三人も少年達が凍り付いた方向を注目し、やはり一瞬で凍り付く。

 

「「「「「・・・・・・オイッ!!!」」」」」

 

 五人が全員同じツッコミを入れながら一斉に大地を蹴ってスタートを切るのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 光が差し込んだ瞬間、目の前に広がった光景を表現する言葉を『彼女』は持ち合わせてはいなかった。ただ目の前に一杯に広がる『青空(もの)』を美しいと、言語としてではなくイメージとして捉える。その直後、美しい光景から一瞬で歪んだ世界に飛び込んだ『彼女』を待ち受けていたのは、急に感じ取った息苦しさと、舌を抉るような強烈なしょっぱさ、そしてどこまでも沈んでいく恐怖であった。

 『彼女』は自分がいる場所が海中であるという認識はない。否、そもそも彼女は海という存在そのものを知らないのだ。それどころか未だに自発呼吸すらしたことがない。あるのはただ瞳を開くこともなくオレンジ色の液体に入れられ『出荷』されるまでの僅かな間に聞いた機械の電子音程度である。

 当然、『海中では呼吸ができず、また海水を飲んではいけない』などという人間としての常識中の常識などわからず、結果として大量の海水を飲み込み肺と胃が圧迫され呼吸困難に陥り、生まれたばかりの意識が急速に遠のいていく事となる。

 『自我』などというものはない『彼女』の世界は、こうやってホンの少しの刺激だけを残して物の数十秒で終わりを迎える・・・・・・・・・・ことはなかった。

 

 

 

 ―――遠のく光を背に、『誰』かが近寄ってくる―――

 

 

 

 海中に沈んでいく『彼女』の手を握った『誰』かは、そのまま『彼女』を自分の腕の中に抱きかかえると、沈んでいった時よりも遥かに速く浮上し、再び『彼女』をあの青空の下へと誘う。

 

 

 

 

 

「プハッ!!!」

 

 自分に纏わりつく海水を振り払って海面に顔を出した陽太は、まず沈んでしまった幼女を抱きかかえて大声で問いかける。

 

「オイッ! オイッ!!」

 

 体を揺らして意識があるかを問いかけるが瞳を閉じたまま返事が返ってこない。一瞬だけ遅かったかと諦めかけるが、一瞬だけ幼女の眉がピクリと動いたのを見逃さず、急いで釣りをしていた防波堤まで彼女を抱えて泳ぎだした。

 

「無事かっ!?」

 

 そしてこの場で最も頼りになる医師であるカールが真っ先に際まで駆け寄り、泳いでたどり着いた陽太から幼女を抱き上げながら彼の報告を聞く。

 

「海水を大量に飲み込んでる!! 呼びかけても返事せん。完全に意識がない!」

「・・・まずいな」

 

 ということはすでに呼吸が止まっている可能性がある。すぐさま自分の上着を枕にして幼女を寝かせたカールは彼女の口元に耳を近付け呼吸がないことを確認した後、彼女の顔を横に傾ける。

 

「人工呼吸は俺が!」

「頼む」

 

 海面から一緒に上がった陽太も救急救命に参加する。その間も奈良橋も上着を脱ぐと幼女が着ていた白い手術着のような着衣を脱がせて代わりに着せることで体温の低下を防ぎ、一夏は学園にいる千冬や真耶を呼びに走り出し、十蔵はすぐさま救急車両の手配をスマフォで行う。その間もカールは心臓マッサージを施そうと彼女の胸に手を置いて2.3度圧迫してマッサージを施し・・・異変に気が付く。

 

「!?」

「どうかしたのか!?」

 

 人工呼吸を施していた陽太もその様子に気が付く。

 指から感じるこの奇妙な『違和感』は人体としてはあり得ない硬質な感触を与えてくる。断じてこの5、6歳の幼い少女が身に着けている筋肉とも違う。

 

「(どういう事だ、これは!?)」

 

 医療に長年関わってきたカールにしか判らない『疑惑』が脳裏を掠め、身に着けていた衣類からそれが推測は出来る。だが今はそのことに意識を割きっぱなしというわけにもいかない。とにもかくにも人命を確保せねばならない。

 

「おいっ!」

 

 必死に人工呼吸を施す陽太が焦れたように問いかけた時であった。

 

「・・・・・・・・・・・・・ッ」

「「!?」」

 

 僅かに少女の表情が変化し、少しづつ瞳を開こうと瞼が動き出したのだ。

 

「おいっ! 大丈夫か!?」

 

 少女に意識が戻りだしたことを喜んだ陽太が笑顔で問いかけ、カールと奈良橋と十蔵も覗き込んだ瞬間・・・少女は瞳を一気に開き、『空色』の瞳を全開にして起き上がると・・・。

 

 

「オエッ」

 

 ―――口から海水と共に小型のシンコを一匹吐き出す―――

 

「「「「!!」」」」

 

 大の男四人が幼女から一斉に飛び退き、息を飲んだ。決してビビったわけではない。ちょっとだけ驚いただけである・・・と適当に心の中で言い訳をかましつつ、そのまま微動だにしなくなった幼女に少しづつ近づいた陽太が声をかけようとするが、幼女はやがてゆっくりと倒れると再び意識を失うのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「・・・で? お前ら海辺に『魚釣り』に行っていたのでは?」

「人聞きの悪いこと言うな!!」

 

 保健室に気を失った幼女を連れて帰ってきた男性陣に対して、不審な表情で問いかけた千冬に対して一斉にブーイングが巻き起こり、これには一緒にいた真耶も苦笑いである。

 

「だから何回も言ってんだろうが!? 釣りしてたらガキが流れてきたんだよ?」

「ほうぅ~?」

「なんで、そこで俺の話を疑うかな!?」

「まあ、それは別に構わん」

「ちっとも構わなくありません!!」

 

 何か妙な趣味に目覚めたとでも思ったのかこの野郎!と憤慨する弟子を置き去りに、ベッドに寝かされた少女をいくつもの医療機器を駆使して彼女の検査をし続けているカールに声をかける。

 

「緊急車両の受け入れを拒否してまで検査をしている理由はなんだカール?」

「・・・・・・そういうことなのか」

 

 最後の検査を終えたカールは眠れる少女にシーツを優しく被せると、険しい表情のまま保健室を出ていこうとする。途中入り口で立ち止まると彼は指と目線で千冬と十蔵に合図を送ると廊下側の窓に手をやり、険しい表情のまま青空を睨みつけ、ここにはいない『誰か』に敵意をおくるのであった。

 

「どうしたカール?」

「・・・何かわかりましたか?」

 

 杖を突いて出てきた千冬といつもの柔和な表情を浮かべた十蔵に対して、カールは無言で手に持っていたタブレットを差し出す。

 

「「!?」」

 

 二人の表情を一瞬に変化させる内容。その中身を理解していたカールは震える声で二人に問いかけた。

 

「い、今はまだ検査の途中です。ですが現状の見解を述べさせていただきますと・」

 

 ―――二人の間から伸びた手がタブレットを一瞬で奪い取る―――

 

「んん? なんか寄生虫でも腹の中にいたのか?」

「陽太!?」

 

 いつの間にか一緒に出てきていた陽太が奪ったタブレットの中身を閲覧するために指でスクロールしていくのを、千冬は厳しく叱りつける。

 

「何をしている!? 早くそれを寄こせ!」

「いつまでも人をガキ扱いすんなよ。一夏はともかく俺にまでまだ何隠し事を・・・」

 

 大人達が内々にしようとしていることを学生であると同時に対オーガコア実働部隊隊長の陽太は逆に非難したのだ。俺はもう保護してもらわないといけない身分じゃないと・・・。

 だからこそ、内容を見ていく内に段々怒りの表情に染まっていく陽太の様子を見て、やはり見せるべきではなかったと千冬が溜息を漏らした。

 

「お前に見せれば・・・」

「・・・誰がやった?」

「そんなことを言い出すだろうとわかっていたから内密にしようとしたんだ」

 

 タブレットにヒビが入るほど力を込めて握りしめた陽太の問いかけに、千冬は答える。

 

「今回ばかりは嘘をつくことも誤魔化すこともしない。正真正銘、どこの誰の仕業か見当もつかない」

「亡国か!?」

「そもそも拾ってきた状況は私よりもお前のほうが詳しいはずだ」

「チッ!」

 

 偶然自分達が保護した少女が、まさかこんなとんでもないことになっていようとは陽太も予想の範囲外だったのだが、現在一番彼女の状態に詳しいカールが話を続ける。

 

「見てもらった通りだ。私にも彼女にいつ頃、誰が、どうやってこんなことをしたのか分からない」

 

 

 ―――レントゲンに映った、心臓の位置に存在する金属のパーツ―――

 

 

「これが何なのか、誰が、何を目的に行ったのか分からないが、今言えることは・・・」

「『心臓の代わりに入ってる機械が、文字通り心臓の代わりを行っている』?」

「・・・ああ」

 

 いくら検査を行っても心臓が見当たらない以上、この謎の金属物が心臓の代わりを行っているということ。

 IS学園の最新鋭機器を駆使しても構造解析がまるで行えないこと。

 つまりはこれをくり抜いて代わりの心臓を入れることが出来ないということをカールは陽太に伝えるのであった。

 

「医療用に使われる人工心臓や人工的な内臓は幾度も見てきたけれど、これはそれらとは明らかに異なるものだ。ほとんどの場合は人体への影響を考えて有機素材を使うのが一般的なんだが、これは明らかに硬質な金属で作られている。それでいて人体へのアレルギー反応が全く見受けられない・・・どんな技術を使っているのか」

 

 自分の想像をはるかに超える技術を使っている者が世界にいたとして、なぜ彼女は海に流されていたのだろうか?

 あの後、奈良橋が近くに流れ着いた彼女が入っていたカプセルを調べたところ、認識票はおろか素材から内部構造までどの国のものでもないという結論にたどり着いていた。一応倉持技研に問い合わせて調べてもらうことになっているが、果たして解明されるのか奈良橋にもわからないとのことなのだ。

 

「これだけの技術を使っている以上、偶発的にカプセルに閉じ込めて海に放り出された・・・という可能性は考えづらい。むしろこれだけのことが出来るのなら救命信号の一つでも出していたはずだ」

「・・・つまりは」

「・・・ああ」

 

 誰かが意図して彼女をカプセルに放り込んで『棄てた』ということ。それが現在唯一はっきりと答えられるカールの答えだった。

 

「・・・っ!!」

 

 ―――陽太が八つ当たりで放った後ろ回し蹴りが廊下の壁にめり込む―――

 

「!?」

 

 十蔵が驚愕の表情で固まるが、陽太にはそのことに気が付く余裕がない。こんな風に小さな誰かを玩具扱いして、体の中を弄繰り回してる奴がいるというだけで彼の沸点を容易く超えてしまったのだ。

 

「こんなことするなんざ、亡国以外有り得んだろうが!?」

「可能性が高いことは認めるが、思い込みだけで話を進めるな陽太」

「だけどよ!?」

「私は言ったぞ。そして落ち着け」

 

 陽太を諫める千冬の脳裏に『暴龍帝(元親友)』の姿が過ぎり、だからこそ可能性としてむしろ低いんじゃないのかと彼女は考えたのだ。

 

「(アイツは・・・このようなことを一番嫌う女だからな)」

 

 戦えない幼子に無理やり改造手術を行おうなど、暴龍帝(彼女)が最も嫌う行為であり、戦士として天衝く『矜持(プライド)』の持ち主である彼女は絶対に許さないだろう。

 

「(だが以前の鵜飼総合病院で起こった更識の妹の件もある。結局オーガコアを植え付けた犯人の特定が出来ずじまい・・・警戒はしておくべきか)」

 

 亡国とて一枚岩とは言い難い。それは彼女自身が語っていた言葉が裏付けている。今はあらゆる可能性を考えるときであり、そして何よりもあの幼い少女の今後の行く末を考えていかねばならない。

 

「とりあえず今すぐ他の施設に移すという流れは一旦保留・・・で宜しいですか?」

 

 隣で蹴り砕かれた壁を涙目で眺めていた十蔵に問いかけ、首を縦に振っての無言の了承を得た千冬が保健室に戻ろうとした時だった。

 

「あっ!? 待ってください! 落ち着てい!」

 

 真耶が中で悲鳴を上げ、機材が倒れる音やけたたましくガラスが砕ける音が鳴り響き、陽太は保健室のドアを勢いよく開く。

 

「真耶ちゃん!?」

 

 『何があった!?』という問いかけようとしとするが、そこに小さな影が自分の胸目掛けて飛び込んできた。

 

「!?」

 

 つい反射的にそれを受け止めた陽太が目にしたのは、どこまでも済んだ空色の瞳を涙で滲ませた幼子であったのだ。

 そしてベッドの脇では眼鏡をずらして尻餅ついていた真耶が機材を立て直しながら慌てて立ち上がる。

 

「す、すみません織斑先生!? 目を覚ましたと思ったら私を見て怯えちゃったみたいで・・・」

「なるほど・・・・・・で?」

 

 真耶の状況は理解できたが、こっちの状況は今一つ理解し辛い。

 なんせ真耶を見て怯えてしまうような幼子が、必死になって両手両足を駆使して陽太の胸にしがみ付いているのだから・・・。

 

「・・・・・・ぁっ」

 

 言葉を発しようとしているのか、でも何かを語ることもなく少女はひたすら全身全霊の力を込めて陽太にしがみ付き続ける。

 まるで必死になって離れないようにしているかのように。

 

「えっ? あ・・・あれ?」

 

 戸惑う陽太が逆に今度は助けを求めるように周囲を見回す中、怯えたままの少女が彼を縋りつくように覗き見続けるのであった。

 




次回はシャルさんたちも巻き込んでまた騒動を

果たしてこの少女の正体はいったい何なのか?

そして幼女という未知の存在相手に陽太に勝ち目があるのか?


次回も更新頑張りたいです

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