IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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まずは今年最初の更新が3月になっちゃってることに、楽しみにしていた読者の皆様へ謝罪の言葉を

どうも、ほっっっんとごめんなさい!(土下座)

いや、人間仕事が大事だけどやり過ぎは良くない。健康診断でなんかまじめにイエローカード複数枚出されたわ



ってなわけで、今回のお話で幕間はラスト!

だけど長すぎてやっぱり分割するしかないですよ! ってことでいつもの流れで前後編です


幕間④前編

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 日も大きく傾いた夏の夕方。日差しも弱まり昼間の暑さも弱まってきた裏通りを歩く秋水は大きな後悔に苛まれていた。

 好々爺のラクーンに馴れないままに褒められ、しかもそれをリリィとトーラの二人に肯定されたものだから動揺したままに普段はあまり近寄らないように常に心掛けている・・・特にリリィとトーラの二人がいるときは絶対にしている通りに二人の手を繋いだまま出てしまったのだ。気が付き大急ぎで逆戻りしたかったが、ラクーンがいる場所に今は絶対に戻りたくないし、かといってこのままここに留まっているのも危険なのでどうするかと一瞬迷ってしまったのだが、時は既に遅く彼の当たってほしくもない予感が的中する。

 

 

 

「これはこれは・・・・・・仕事に疲れた僕の心を癒すために、シェイクスピアならばこう言ってくれるのだろう」

 

 190近い長身と腰まで届くアッシュブロンドの長髪が特徴的な美男子が、二人の背後からそっとリリィの右肩に手を置き、顔の左が全てを覆った前髪を掻き揚げながらキザなセリフを言い放った。

 

「『どんなに長くとも夜は必ず明ける』・・・気乗りしない仕事の帰りに君達に出会えたことを、ママンと神に感謝しよう」

「ゲッ」

 

 秋水が顔を引きつらせながら振り返るとそこには出来ればお会いしたくない相手の一人、『イケメンという言葉の語源《自称》』『女神に贔屓されて困っている男《自称》』『ママン随一の孝行息子《自称》』『リリィ随一のイケメン兄《自称》』『ギリシャ最高のカリスマ美容師《他称》』etcetc・・・な通り名を持つ『クルス・ギィ・スタージェス』は、そんな秋水の顔を見るなりため息をつきながらこう言い放った。

 

「『(モンキー)』君・・・何をボサッとしているのかね」

「はっ・・・って!?」

 

 肩にかけていた手荷物を秋水に投げ渡すと、それ以上の興味を持つことなくすぐさまトーラの手を持つと甲にキスをしようとする。

 

「リリィが百合ならば、君はさしずめカスミソウかな、トーラ?」

「っ!!」

 

 瞬時に手を引っ込めてさすりながら二歩ほど後ずさりしつつも、なんとか平静を装ってトーラは挨拶をした。

 

「こ、こんばんはクルスさん」

「これは失礼ッ! 相変わらずトーラは手厳しい!!」

 

 『男性に触れられることを嫌がっていたことを忘れていたよ!』とハイテンションで笑い出すクルスを見て、秋水とトーラは『相変わらず絡みづらいな』とため息を漏らす。基本的に美人に優しく野郎はぞんざいな所は、流石は『同郷』なだけはあるなと呆れていた秋水の目に、通りの向こう側から・・・いや、遥かな道の先からでも確認できるほどの引き延ばされたバラの花を口に咥えたクルスの10数メートルの写真と、『さあ、僕の腕に抱かれたまえ!』という問題を多々含んだ煽り言葉、そしてセクハラ発言されている側であるはずなのに、大挙として押し寄せている人種年齢がバラバラだが皆が一堂に『クルス様に逢わせてっ!!』と瞳を血走らせながら店の中をのぞいている女性の姿が目に入り、昼間はクソ親父どものせいで散々な気分にもなったが、女も女で怖いんだよなとちょっとだけブルーな気持ちに秋水はなってしまう。

 

「(ろくな人間が俺の周りにいない)」

「オイ、そこの『(モンキー)』君。何をボサッとしている? イの一番に女性に気を利かせられないとは・・・やはりあの動物園所属の猿か」

 

 自分を猿呼ばわりしてくるカリスマイケメン美容師相手に、ちょっとだけ怒りを感じて彼を睨みつけるのだが、秋水の視線を受けたクルスは胸元から『ある人物』の写真が入ったロケットを大事そうに取り出すと、突然そのロケットに口づけしながら一人でブツブツとつぶやき始める。

 

「自分にないものばかりを持ち合わせている完全無欠なこのボクを暴力で黙らせようとする猿が目の前にいるよママン。やはりあの動物園に所属しているのは獰猛で低俗で知能指数が75以下な獣ばっかりだよ~。やっぱりリリィは早々にボクが引き取って素敵で天使のような淑女(レディ)にしたほうが良いよね? リリィには白いワンピースに白い帽子と白い靴と、白いパラソルのオープンテラスでアフタヌーンティーだよママ~ン」

「私は陸戦は辞めないぞクルス」

「おおっと!? そこら辺の犬畜生と同等な行動レベルしかない類人猿共を見捨てない高貴なる聖女の優しさを持っているリリィはやはり僕の妹なんだよママン。大丈夫、安心して・・・チャンスを狙ってゴリラ軍団は保健所に引き取ってもらうから」

 

 延々とロケットの中にいる母親と会話し続けるクルスにうんざりしたのか、秋水は彼を置き去りに歩き出し、女性でごった返すクルスが経営する美容室に荷物だけを放り込もうと扉を開いて入店する。

 

 ―――女性週刊誌を読みながら店員に髪を櫛とドライヤーで梳かしてもらっている妙齢の女性―――

 

 一瞬意識を失いかけるが即座に立ち直ると鞄を置いてダッシュで店から逃げ出そうと身体を180度ターンする。

 

「・・・・・・で? どこに行く気だい?」

「(一瞬で気が付かれてたぁっ!?)」

 

 低音で腹に響く声色から、元陸戦隊所属のクレイモアの女主人のご機嫌が悪いことを経験から理解し、秋水から逃げるよりも先に言い訳を始めるのであった。

 

「いや、この店に俺は荷物を置きに来ただけで、しかも表にいるのはクルスだけなんで、テレサさんはここでゆっくりしててくださいよ~~」

 

 頭を掻きながら『じゃあっ!』を愛想よく別れの挨拶を済ませて逃げ出そうとする秋水であったが、テレサは読んでいた雑誌のページを破ると、まるで忍者の手裏剣よろしくただの紙切れを指のスナップだけで放り投げた。そしてその紙切れが鋭利な刃物のように秋水が手をかけていたドアに突き刺さる。

 

「(ヒイッ!?)」

 

 身近な雑誌すら人殺しの凶器にしかねない元陸戦ナンバー3の行動に戦慄し、悲鳴だけはなんとか内心だけで押しとどめた秋水が振り返ると、表情こそ変わらないものの機嫌が更に悪くなったテレサが更に声のトーンを落として秋水に詰め寄ってくる。

 

「つい先日、あのアホゴリラ共がまた私の留守中に店で好き勝手ツケで飲み食いしていきやがったんだけど、アンタ、その場にいたのかい?」

「い、いえ!? まったくこれっぽっちも心当たりがありません!!」

「へぇ~~?」

 

 必死にしらばっくれる秋水の顔色が青くなっていくのに反比例し、テレサの背中の業火が真っ赤にも上がっていく。

 

「リアン曰く『シュウの奴、私のお気に入りの下着を見て、『リア姉が美人なのわかったから服着て。もし何か足りないならまた休みの日に買い物付き合うから』って言って全然ドギマギしてくれないの。なんか最近また生意気になっちゃった。テヘペロ☆』って言ってたんだけど」

「それはまた違う日のことです。あとテヘペロは年齢的にちょっと控えたほうがあぶなっ!?」

 

 ガトリングのように飛んできた紙手裏剣が秋水の足元に複数突き刺さり、無言の殺気が55パーセントほど増量する中、たくさんの女性の熱視線と求愛の言葉を受け流しつつ店の主が入ってきた。

 

「・・・・・・どうしてボクの店で、メスゴリラが髪をトリートメントしているのか」

 

 テレサを見るなり開口一番で不機嫌さを隠さないクルスの登場で場の温度が一気に五度ぐらい下がり、店内にいた従業員が顔を蒼ざめさせて奥に引っ込んでいく。

 

「トリミングがしてほしいなら、斜め前のペットショップにいくことだよ、メスゴリラ」

「いい加減その言い方は辞めろ、ナルシスマザコン」

 

 テレサに言い返されショック受けたのか、再びロケットを取り出すと熱い視線と口づけを繰り返しながらブツブツと一人で話し出す。

 

「いつものメスゴリラが僕をいじめてくるよママン。どうせ婚活パーティーに張り切って似合いもしないドレス姿で出たら誰にも相手にされなくて途中で怒りだしてワインを手刀でせん切りしてドン引きされたんだよ。据え膳食わねば男の恥という言葉が日本にはあるけど、食わされる男の身にもなってほしいよねママン」

「テイッ!」

 

 どうやら正解だったのか、顔を真っ赤にして怒ったテレサが猛スピードで立ち上がるとクルスの手からロケットを奪い取ってしまう。

 

「・・・・・・・・・・・・・ん?」

 

 ワンテンポ遅れてその事実に気が付いたクルスがテレサからロケットを奪い返そうとするが、右に左にとクルスの手を擦り抜けてしまうテレサ相手に、とうとう奪還できないと絶望してクルスは床に転がりながら幼稚園児並みに泣き始めた。

 

「うわぁぁーーーんっ! ママンがメスゴリラに奪われたぁー!!」

「あー・・・これは昔、南アフリカ方面の内戦を終結させたときの記念写真をくり抜いた奴ね。綺麗に加工してるじゃない」

「バカバカバカバカッ!! ママンを、ボクのママンを返してッ! ボークーの、ママンッ!!」

「(なんなんだろう、この人たち?)」

 

 ベソをかきながらクルスが足に縋り付いてくるのを無視してロケットを眺めるテレサの姿を見て、やけに板についていそうなこの光景・・・きっとこうやって泣かせたのは今日が初めてじゃないんだろうな、と勝手に想像する秋水であったが、そんな彼の背からようやく女性の群衆をかき分けてリリィとトーラが姿を現す。

 

「すまない、ちょっと道を空けてくれ」

「すみません皆さん、ちょっとだけ」

「リリィ、トーラ」

 

 リリィ達の名を口にした瞬間、ロケットを眺めていたはずのテレサが目を力強く見開き、ロケットをクルスに返してつかつかと歩き出すと、秋水をロケットのような張り手で跳ね飛ばし・・・。

 

「オグッ!」

「秋水ッ!?」

 

 吹っ飛んでいった秋水に駆け寄るトーラにも目もくれず、リリィの前に立ったテレサは血走った目で彼女を見つめ続けるのであった。

 

「テレサッ!!」

 

 花が咲いたような笑顔で彼女の名を叫ぶリリィの姿を前に、目が血走った状態で肩を掴みテレサは・・・。

 

「リリィィィィィッッッッッッ!!」

 

 目からハート乱舞させながら頬刷りを始める・・・ちょっとだけ涎を垂らしながら。

 

「リリィィッッ!! 私のリリィィィッッッ!! リリィ可愛いよ! リリィ可愛いよっっ!! リリィィッッ!!」

「テ、テレサッ! 苦しい!! ちょっと待って」

「どうしてこんなに可愛いのよ! どうしたらこんなに可愛く育っちゃうんでしょうか! もう我慢ならない。家に持って帰ってしまいたい!」

 

 心底リリィを愛おしそうに抱きしめるテレサの胸に顔を無理やり埋められ、息苦しさと酸素を求めるあまり捨て猫のように暴れるリリィであったが、そんな彼女の様子も愛おしいのか余計にテレサは力を入れてしまう。

 

「帰ってお風呂にしまちょーか? それともゴハン? だいじょ~ぶ。おねえたまが素敵なパジャマを用意してあげまちゅからね~♪」

「ふんがふんがふがーっ!!」

「止すんだメスゴリラ・・・ボクの天使はこれからボクと二人っきり・・・いや、トーラも入れて三人でディナーへ行くのだから」

 

手に持ったロケットを奪い去られないように注意深くテレサから距離を離しつつ、『顔に似合った卑劣な行いだ』と負けじと言い放つへっぴり腰なクルスの姿を半目で睨む秋水とトーラ。が、そこでようやくトーラの存在に気が付いたテレサはリリィを大事そうに胸の中に埋めながら挨拶してくる。

 

「ん? トーラいたの?」

「は、はいっ!? こ、こんにちわ」

「ずいぶんとめかし込んで・・・オラ、秋水。お前が両手に花とか生意気。後で糞中年共(陸戦)のツケ払え。現金(キャッシュ)で、一括で」

「いや、現金(キャッシュ)とか言われても・・・さすがにあれは財布の中に入る量じゃないし」

 

 マジで現金で揃えようとするとサイフよりもボストンバッグが必要になる。リリィとトーラは知らないが、この近所の陸戦のツケをテレサが全て肩代わりしているおかげで街の住人達は商売を続けていけているし、住人からも迷惑がられても受け入れてもらえている一面もあるからだ。

 

「(じゃないと、当の昔に亡国機業全体が出禁になるわな)」

「しっかし、トーラ・・・そうやって『ボクゥッ、清純派なんだよ。秋水? ウフッ♪ 襲ってみたい?』みたいな恰好しちゃってさ・・・ケッ」

「ふえっ!?」

 

 本気で唾吐いてるテレサの態度にトーラが涙目になるが、なおもテレサの口撃が止まることがない。

 

「ブリっ子で男受けしそうで秋水の前でだけ清純ぶっこいてそうで・・・・・・アンタ、そんなんだからリリィ以外に女友達できないのよ!」

「ハグッ!!」

 

 本人が気にしていることをズバズバ言ってくるテレサ相手に泣き出しそうになるトーラを見かねたのか、意を決した秋水が横入りでテレサに食って掛かる。

 

「ちょっと待ってくださいテレサさん! トーラは絶対にそういうことする娘じゃないですよ!」

「うっさいっ! 私はね・・・・・・・・・自分よりモテる女が嫌いなのよ!」

「「(本気で言い返しやがった)」」

 

 すごく堂々と言っちゃう辺り、トーラが自分よりも美人であることは認めているんだなと認識を改める秋水とクルスは、一生独身のままで過ごしちゃいそうな彼女をもらってくれそうな人が現れることを切に願いながら、『ヤーイ、ボッチボッチ~』と年下相手に大人気なくトーラを虐めるテレサを諫めに入るのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 そして小一時間少々の後、テレサとクルスのスッたもんだの口論の末にクレイモアでの夕食に決定した三人は、酸欠の末に気を失ったリリィを直も大事そうに頬擦りしながら抱きしめるテレサを先頭に通い慣れた裏通りを足早に歩き続ける。

 

「・・・・・・なんか、結局はいつものオチかよ」

 

 なんやかんやあっても、陸戦で過ごす日常の最後はいつもクレイモアという食堂である気がしてきた秋水は変わり映えしない日常に溜息が漏れた。

 朝起きてリリィの世話して朝ご飯食べてリリィの世話して訓練してリリィの世話して昼飯食べてリリィの世話してバイトしてリリィの世話して夕ご飯をクレイモアで食べてリリィの世話して寝る。見事に完成した日常(ルーティン)を思い返すと、俺の人生どうなってんだとぼやくぐらいはしたくなるというものだ。

 そんな秋水の変化に気が付いたのか、横を歩いていたトーラが覗き込みながら話しかけてくる。

 

「・・・・・・どうしたの秋水?」

「ん? いや、俺の24時間に、休憩時間が寝る以外にないことに今気が付いて・・・」

「???」

「なんでもありません」

 

 『24時間戦えますか?』というキャッチコピーが母国に日本のサラリーマンにかつてあったというが、まさか自分がそれを実践することになるとは・・・涙が出そうになったのを何とか我慢した秋水は、心配そうに見てくるトーラを適当に誤魔化すことにする。

 

「大丈夫大丈夫・・・それよりも昼間食べたクラブサンド、ホント美味かったよ」

「えっ!?」

 

 まさか自分の手料理がここまで好評だったとは・・・やはり彼の心を掴むためにもまずは胃袋から捕獲せねばとトーラは握り拳を作って自らに誓いを立てる。

 

「(次の休みの日にはもっと豪華な物を作ってみせるね!!)ボク、頑張るね!!」

「い、いや・・・が、がんばって?」

 

 目に力が宿り握り拳が燃え上がるトーラの様子に、唯一まともな人だ信じていたのにひょっとして・・・と揺らぎそうになる秋水の瞳に何かが煌めく。決してこれは悲しみの涙ではなくちょっとお腹が減って欠伸がでただけだよ、と誰も聞いてないし誰にも聞こえない言い訳をしながら早足で角を曲がりクレイモアに駆け込み・・・突然柔らかい『ナニカ』が顔面にぶつかってきた。

 

「ふもっ」

「うふふふぅ~~~。わぁ~~シュウ~だぁ~♪」

 

 ―――ウエイトレス用のカチューシャと黒い下着だけを身に纏ったリアン―――

 

 トーラの目の前で褐色の肌にグリーンの瞳、焦げ茶色の髪を三つ編みにした美女が突然秋水の顔に推定Gカップの巨乳を押し付けてきたのだから彼もその感触に思考が一瞬フリーズしてしまったようで動きを停止させてしまう。

 

「ッ!!!」

 

 一瞬で髪の毛が逆立ったトーラのことなど全く目に入っていないのか、リアンは更に秋水を抱きしめながら彼を押し倒すと、グリグリと彼の頭を自分のほっぺったにくっつけ倒し続ける。

 

「シュウだシュウだシュウだぁ~~~!! うふふふふぅ~~~。このリアンお姉ちゃんに会いにきてくれたのかな~~?」

「モガモガモガモガモガッ!!」

「くぅぁわいいな~~シュウは~! 最近ツレない態度が目立ってきたから反抗期かと思ってたのに~~。やっぱりこのリアンお姉ちゃんが一番なんだね、このシ・ス・コ・ン」

「モガァッー!」

 

 『違うっー!』と叫んでいるのだが豊満な感触がそれらを全て遮ってしまう。暖かくて張りがある感触が意識を遠のかせかけるが気合で跳ね除け、一度だけ大きく深呼吸をしてリアンに叫ぶ。

 

「リア姉は早く服を着ろよ! てか、どうして下着姿なんだよ!?」

「えーーーー?」

 

 リアンが指さした先・・・そこには全裸で股間の一物をプランプラン揺らしながら酒飲んで踊り狂っている陸戦隊のオッサン連中と、そんなオッサン連中の群れの中心にただ一人だけ服を着た状態で楽し気に戯れる赤毛のチャイナ服美人、秋水にとってのもう一人の姉のような存在であるスイレイの姿があった。

 

『アウトッ!!』

「せーふ♪」

『「よよいのよいっ!」』

 

 リズム良く手拍子を鳴らしながら野球拳を行うオッサン達の好色な視線がスイレイに注がれている状況を秋水はこの上なく汚物を見るような嫌悪の視線で眺める。どいつもこいつも大人としての責任感など最初に質に入れたといわんばかりの駄目っぷりだ。対してじゃんけんに敗北したのか、数少ない下着をつけていた黒人のレゲエ頭・・・ドゥエが恥ずかしそうに頬を染めながらスイレイと話をする。

 

「ああ~ん! またスイレイちゃんに負けちゃったぁ♪」

「ふふふっ~。また私の勝ちですから・・・このお酒は私がもらいますね~♪」

 

 グラスに入った度数が強いウォッカを一気に飲み干すスイレイの表情にはいささかの変化もなく、柔和な笑顔が崩れることもない・・・お酒に極めて強い体質らしいのだ。

 そしてじゃんけんに負けたドゥエは恥ずかしそうに腰をくねらせながら下着に手をかける。

 

「うふふふっ~~! じゃあちょっとだけサービスしちゃう、ぞっ☆」

 

 誰が喜ぶオッサンのストリップ・・・という皆の声を代表したのか、一人の女傑がゆっくりとドゥエに近寄っていく。

 

『!!』

 

 ドゥエを除く全員が彼女の存在に気が付き戦慄する中、本来はスイレイ相手に実行するべき作戦をドゥエは実行する。

 

「あっ! パンツが足に引っかかった!」

 

 全裸のおっさんが一切の迷いなく人前でル〇ンダイブして東洋巨乳美女に飛び込もう宙を舞った瞬間、筋骨隆々の黒人の巨体が空中で微動だにせずに静止したのであった。

 

「・・・・・・私の留守中に許可なく店で飲食した挙句」

 

 ―――股間の✕✕✕を強烈な握力で掴まれ声が出ない絶叫を上げるドゥエ―――

 

「新米のクソガキに払わせる目的でツケでタダ飯タダ酒」

 

 ―――大の男を片手で持ち上げながらステキな鬼の笑顔を浮かべるテレサ―――

 

「おまけにうちの店員相手に下心を隠すつもりもなく野球拳? アンタらの生き様には恐れ入るわ」

 

 一瞬で場を静寂と殺気で支配し、本日は我儘の極みを尽くした陸戦のオッサン達に対して終焉のラッパを吹くように彼女は宣言する。

 

 

「さあ・・・消毒の時間だ! バイキン共ッ!!」

「ちょ、テレサ待っ」

「ヒート、エンドォッ!」

 

 地球上の全ての男子が戦慄する音が鳴り響き、泡を吹いて痙攣するドゥエを放り投げたクレイモア店主がゆっくりと陸戦(アホ)共に近寄っていく。

 元陸戦隊ナンバー3にして個人戦闘力で副長のレオンを凌ぎ、一度キレて暴れだしたら最後、敵が息絶えるか英雄アレキサンドラ・リキュールが取り押さえるかどちらかでないと収まらない『鬼神』テレサの暴虐の嵐にオッサン達が次々と屍・・・辛うじて息をしている程度の9割殺しにされていくのを目の当たりにした秋水は冷やかな視線のままに小声で語った。

 

「うわ~~・・・・・・ウスラ寒くなるほど良い気味じゃない」

 

 飛び交う拳と蹴りと時々凶器攻撃、阿鼻叫喚のオッサン達が逃げ惑う先を地獄の獣のような速度で先回りして立ち塞がる鬼神(店主)によって次々仕留められていく姿を清々しい笑顔で見送り、秋水は尚も自分に縋り付いてくるリアンに上着を着せると彼女を引っ張り従業員用の入り口からロッカールームに入って彼女をソファーに座らせ、軽い説教を垂れる。

 

「季節的に風邪引かないと思うけど、もう少しお淑やかになりなよ」

「えええっーー!! シュウはトキメかないの~! ヒックッ」

「もうトキメキ過ぎて直視できません。じゃあ、酔いが醒めたら店に出てきてくれよ。家まで送るからさ」

 

 『シュウのアンポンタン! 玉無し! 不能!』という罵詈雑言を背中に受けながらロッカールームから出ると、すぐさまソファーに誰かが倒れる音とイビキが聞こえてきた。

 

「はぁ~」

 

 年上なのに一度寝れば子供同然でしかないリアンにため息を漏らすと、秋水は腕まくりをしながら店の厨房へと行き、そこで流し(シンク)で大量の食器類を一人で洗っていたスイレイの隣に立つ。

 

「シュウ君!?」

「スイ姉も一休みしなよ。後は俺がしとくから」

「ん? 大丈夫。お姉さんはここの従業員で、アナタはお客様なんだよ~?」

 

 従業員として客に手伝いなどさせるわけにはいかない。というごく当たり前の一般常識が今は非常に希少なような気がする秋水は苦笑しながらスポンジを取り、彼女の反対を聞き流しながら皿洗いを始めるのであった。

 

「もう・・・そういうところ、シュウ君は強情さんだね」

「ん? いや・・・そういうつもりは」

 

 秋水の行動を咎めることなくスイレイが苦笑だけで済ませたのは、店の親父共が好き勝手飲食した上にセクハラまで働いたことに対しての詫びの気持ちでの行動をしている秋水に気を使ってくれたのだ。

 

「それで? 今日はリリィちゃんとトーラちゃんと三人でお出掛けしたのかな?」

「まあ、そんなところ。って言っても、トーラは偶然バッタリ会ってさ」

「コラッ。嘘でもそういう言い方しちゃ女の子に悪いぞ」

「えっ? いや、でも、本当に偶然で」

「女の子は一歩踏み出すのにだって勇気は必要なんだよ。だったら男の子はその手を黙って握って笑ってあげるの・・・そうしたら女の子は嬉しいものなんだから」

「???・・・とりあえず了解」

 

 一体何の話をしてるんだスイ姉さんは。と疑問符だらけの秋水の様子が可笑しかったのか、クスクスと笑いながら皿洗いを手際良く続ける。よく臨時バイトと言う名のツケ返済業務の一環でクレイモアの厨房に立つことがある秋水であったが、このスイレイという女性は容姿端麗だけに留まらず細やかで気配りに長け、それでいて誰よりも早く仕事をこなしてしまうのだ。今も後から来たとはいえ自分が担当しようと思っていた食器類のすべてを洗い上げ、本来の自分が行っていたはずの食器まで洗い出している。それでいて汚れ一つ染み一つ残していない完璧ぶり。これがリアンなら適当に洗い上げていたし、リリィなら几帳面に皿を全て真っ二つに破壊している場面である。

 

「(クソッ! 相変わらずスイ姉の仕事についてけない)」

 

 なぜお淑やかでゆっくり洗っているようにしか見えないのに、自分よりも速く正確に仕事を終わらせてしまえるのか? どうでも良さそうな場面なのに対抗意識が燃えて皿洗いに熱中しだした秋水であったが、ふと隣を見ると彼女が自分の顔を神妙な面持ちで覗いていた。

 

「ど、どうしたの?」

「・・・ん? いえ・・・ようやくシュウ君がいつもの感じに戻ってくれたのね。って思って」

 

 そして残りの洗い物を済ませた二人は明日の仕込みのために下ごしらえの野菜の皮を剥きだす。慣れた手つきで芋の皮を剥いていくスイレイがここ最近の彼の様子を語り始める。

 

「最近は心配事が多かったのかな? 沈んだ顔が多かったから・・・料理を出しても食べてくれないことも一度や二度じゃなかったの、覚えてる?」

「あ゛あ゛ぁ・・・いや・・・その」

「クレイモアはお金を出していただければお料理をゴミ箱に捨てても良い店ではありません。今後も気を付けてくださいね、お客様」

「・・・ごめんなさい」

「はい、わかりました。そのことはもう結構です・・・だから、代わりに一つ約束してねシュウ君」

 

 芋の代わりに秋水の手を握り締め、秋水の瞳をまっすぐに見つめる碧色の瞳が訴える。

 

「一人じゃどうにもできなくなったら、誰かに頼って」

「・・・スイ姉さん」

「私でもリアンでも店長でも、もちろんリリィちゃんでもトーラちゃんでも他の陸戦隊のオジサマ達でもいいわ。そうじゃないと、私達・・・実は誰もシュウ君のこと、頼れないんだよ?」

 

 一度思いつめたら内部に何もかもため込んでしまう秋水には、ハンマーで側頭部を殴られるかのような衝撃が走る言葉である。周囲に人たちの暖かい気持ちに感謝していても、どこかで遠慮ばかりしていることがあった。

 気を使っているといえばいいのかもしれないが、それはまるで小さな子供が嫌われるのを怖がって良い子を演じているようにも見えて・・・無理をしているんじゃないのかと、スイレイが秋水を心配しての言葉なのだ。

 

「・・・・・・俺は」

 

 そうは言われても言葉が続かない秋水が俯いてしまうが、スイレイは優しく微笑むと項垂れた彼の頭を優しく撫でながら言葉を続けてくれた。

 

「すぐに全て変えなくていいんだよ・・・ゆっくりでいい。歩くような速さでいいから」

 

 歩くような速さでいいから、と彼の気持ちをできるだけ尊重してくれたスイレイの懐の大きさにちょっと目頭が熱くなる秋水であった。

 

「(ごめん。ありがとうスイ姉)・・・だったら何か今我儘言ってよ。すぐにできることなら何でも聞くからさ」

「うん? いいかしら!!」

 

 秋水が言った言葉に即座に反応したスイレイは、とりあえず彼にこうお願いする。

 

「両手を広げてみて」

「えっ? いや、それぐらいなら・・・」

「えいっ!」

 

 何気なく両手を広げた秋水であったが、スイレイは彼を抱きしめると先ほどのリアン同様に胸に顔を埋めながらホールドするのであった。

 

「さっきリアンがしてたのを横目で見てたんだよ・・・ちょっと羨ましくて」

「ふんがっ!」

「私もシュウ君成分が足りてませんでした!」

 

 サイズにしてリアンを上回るIカップ爆乳バストの破壊力は抜群のようだ。そしてスイレイ自身の体温とほのかに甘い彼女自身の匂いが更に秋水を追い詰める。頬っぺたが味わう抜群の柔らかさと張りの間で硬直する秋水を良い様に抱きしめ続けるスイレイなのだが、そんな二人のやり取りに突然の横やりが入る。

 

「ああっ! スイ姉だけズルイッ!」

 

 いつの間にか復活したリアンが厨房に入ってきたのだ。しかもさっきまで自分が占有していた弟分を独り占めしているのだから気持ちは穏やかではない。

 

「テイッ!」

「ぬがっ!」

 

 今度はリアンが秋水を後ろから抱きしめてくる。後頭部に当たる感触はやっぱり彼女のGカップであった。

 

「ふふんっ! 大きさで負けちゃうけど、私のほうが若さがあるもんね!」

「ああぁー! お姉ちゃんはまだおばさんじゃありません!」

 

 IとGの間で挟まれるという陸戦隊のオッサンどもが血涙を流しかねない状況を何とか脱しようと彼は素早くしゃがんで間を抜けると、くるくると床を転がって厨房から食堂への出入り口付近まで器用に転がりまわっていく。

 

「ふ、二人とも! 俺、あんまりこういうことされるのは」

「照れちゃう?」

「固くなっちゃう?」

「そうじゃない! あとリア姉はちょっと下ネタ止めて!」

 

 良い様にからかわれる年下の初心な少年扱いされるなど、プライドが許さない秋水は立ち上がって食堂でその辺に転がっているオッサンたちの死体()の処理に行こうかとしたのだが、そんな彼の右肩と頭を何者かがガッチリと掴んでしまう。

 

「なにも・・・」

 

 ―――振り返った闇の中から延びる、別々の右手と左手―――

 

 そして一拍遅れて、金と銀の瞳が浮かび上がると、ゆっくりと彼に顔を近づけてくる。

 

 ―――ハイライトが消えた瞳をしたリリィとトーラがそこに立っていた―――

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 無言で何も言わず、虚空を見つめながら、でも手に込めた力は尋常ではなく、明らかに感情が籠っている。

 

「あ・・・あの、二人とも?」

「・・・・・・・秋水がお楽しみのようだったなトーラ?」

「・・・・・・・秋水がお楽しみのようだったねリリィ?」

「い、いや・・・お楽しみとかじゃなく、あれは」

「・・・・・・・最大出力のエクスカリバーで試し切りってしたみてことがなかったな」

「するなよ! 試しにされてもこの世から消えちゃうから!」

「檻の準備はもう終わってるよ秋水。低反発枕がまだ届いてないけど、今日からボクが一緒だから」

「なに!? 檻って何んなの!? 聞きたいけど聞いちゃいけない気がしてきたぞ!」

 

 ズルズルと闇の底無し沼に引き込まれていくように二人に引っ張られる秋水は、今こそ誰かに頼るべきだと判断して、必死に助けを求めた時・・・。

 

「頑張れシュウ! 女の子にモテモテは羨ましいぞ!」

「頑張ってシュウ君。女の子を泣かせちゃだめだよ!」

 

 ・・・世の無常を知ることとなる。

『うわっ、俺ってやっぱり孤立無援じゃん』・・・彼がこの一日で得た教訓は涙も引っ込む知りたくもない事実のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

「楽しくやっているようだね?」

「ケッ!」

 

 店の入り口にもたれ掛かるクルスとワインをラッパ飲みして座り込むテレサがその様子をどこか楽し気に、忌々しそうに見つめる二人は近寄ってくる一人の客人に気が付く。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

「グッドタイミング・・・転がってるバイキンマン共の回収してくれるなら一杯やっててもいいよ」

 

 私服のスーツに着替えた陸戦隊副隊長のレオンが店にやってきたのを見たテレサが、親指で店の中で転がっているオヤジ達を指さす。毎度のことなのでもうテレサの行為を咎めることもせず、店の中の奴らが悪かったんだろうと一瞬で理解してため息を漏らしたレオンであったが、その隣をクルスが無言ですれ違う。

 

「クルス・・・あんた、晩飯食っていかないの?」

 

 テレサが呼び止めるが、クルスは立ち止まると吐き捨てるように言い捨てた。

 

「この男と同じ空間で椅子に座って夕食を共にしろと? おぞまし過ぎて吐き気がする」

「ちょっと・・・待ちなッ!」

 

 流石に言い過ぎだと注意しようとするが、静かな怒りの炎を灯したクルスが止まることはない。横目でレオンを睨みつけながら、猶も言葉の矢を止めることなく射続ける。

 

「何も言わないことを美学か何かだと思っているなら大間違いだ。アンタ達は10年前に間違えたんだ・・・はっきりとそのことを認めて謝罪するべきなんじゃないかな?」

「クルス・・・いい加減におし」

「誰かだなんて・・・先生(ママン)に決まってるじゃないか」

 

 胸のロケットを握りしめ、クルスは敵意を込めて言い放った。

 

「アンタ達は止めるべきだったんだ。先生(ママン)が死に逝くのを止めずに見捨てたくせに、自分達はノウノウと今もテレサのところで酒に酔って笑ってる・・・・・・ひょっとして先生(ママン)のことを忘れようとしてるのか・」

 

 ―――クルスとレオンの間に割って入る、空になったワインボトル―――

 

「クルス・・・それ以上は私がブチギレるよ」

 

 ワインのボトルをナイフのように光らせたテレサの鋭い眼光を受け、クルスはそれ以上は何も言うことなく夜の闇に一人消えていくのであった。

 しばし消えた彼の後姿を眺めていたテレサとレオンであったが、やがて痺れを切らしたテレサがバツの悪そうな笑みでレオンに話しかけた。

 

「いや~~~・・・アイツのマザコンは100年立とうが消えそうもないわね」

「・・・・・・気にするな」

 

 店の方に振り返ったレオンはその瞳に何かを宿らせながら、滲む瞳で言葉を漏らした。

 

「・・・・・・アイツの感じ方は、きっと正しいことだ」

「レオン・・・」

 

 陸戦隊という名の『家』において、『長兄』という立場にある兄貴(レオン)の背中が語る、一言では言い表せない複雑な感情を理解しているテレサだからこそ、彼女はレオンの背をあやすように叩きながら励ますのであった。

 

「『伝わらない気持ちはない。伝えようとする意志がある限り』・・・先生(かあさん)がいつも言ってたじゃないか・・・だから大丈夫だよ。アイツだってきっとわかってる。ただ感情が追い付いていないだけさ」

 

 『長女』であるテレサの珍しい励ましの言葉に、レオンもまた珍しく表情を変えながら苦笑する。

 『家』を出て行った後もこうやって自分達の受け皿になる店を作った『妹』のテレサには、レオンも感謝の気持ちがいっぱいなのだが、あいにくの不器用さがそれを伝える術を持たせてくれない。

 

 一瞬の微笑みの後に、いつものしかめっ面に戻ったレオンがいつも通りに言い放つ。

 

「・・・・・・店の馬鹿共は秋水と二人で引き受けよう」

「あ・・・その秋水も馬鹿共の仲間入りしてるかもよ?」

 

 

 ああ、結局はいつも通りの夜のふけ方する陸戦隊の一日であった。

 

 

 

 




秋水さんがラブコメしてなはなる・・・おかしい、IS学園のメンバーではこういうノリが見せられないのに

新キャラのマザコンクルスさん、怒ったら怖い。怒らなくてもやっぱり怖い美人のテレサさん。そして無口すぎるレオンさん。
そんな彼らと他の人々を加え、亡国陸戦隊は一つの『家』としての側面があります。そしてそんな家の中心である『母親』の英雄をめぐり、心中複雑な感情があり、だれもが一筋縄とはいきません

さてさて、後編は千冬さん編。来週の予定となっております

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