IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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視点ががらりと変わって、いきなり彼女の追憶から始まります







幕間③

 

 

 

 

 

 ―――もしも正しき『神』が私達のことを見ておられるのでしたら、どうか私達の罪をお許しにならないでください―――

 

 

 

 手記『〇月〇日』

 

 冬にもなれば零下40度を下回る吹雪が吹き荒れる極寒の北の大地において、この『実験』は密やかに行われることとなった。

 

 ほとんどの生物の生存が許されない環境の中、核シェルターを上回る強度を誇る外壁で覆われた巨大な建物は大きな街一つの大きさを誇り、それでいて如何なる軍のレーダーにも映らないように建物そのものに特殊な技術でシールドをされ、下界との一切の交流を遮断したこの『ラボ・アスピナ』は、我々が行う行為から理性を奪い去るには十分なものだったのかもしれない。この地に集められていた人間は大きく分けて二種類。一方は各界においてそこそこの成績を収めている優秀な技術者達。もう一方は国籍を持たず、年齢も人種も出身地もバラバラの子供達であった。

 

 そしてこんな辺鄙な場所に集められたグループの後者・・・我々技術者は、中央研究室に展示されてる『ソレ』に視線を集め、皆が一様の不安と未知の物への抑えきれない興奮を隠しきれずにいる。

 

 ―――脈打つ心の臓のように怪しい光を点滅させるISコア―――

 

「これは現在世界のどこにも確認が取れていない、全く未知の新型コア・・・・・・これを使って、皆様には最強の『IS』を製作していただきたいのです」

 

 そう言って私達に話しかけてくるのは、この研究室の総責任者であり、研究所副所長の『モルガン・グィナヴィーア』。

 十代後半の時に熱力学で栄誉ある賞を受賞したこともある天才であり、同時に数年前に彗星のごとく登場したISを起動させる稀有な才能があると噂された才色兼備の美女であった。だが突如として表舞台から消え去った彼女は、その後の行方を誰にも悟らせないまま、今はこうやって様々な分野の技術者を統括する立場にいる。

 

「・・・・・・」

 

 そしてそんなモルガンの隣に立ち、飴玉を舐めながらもこちらを値踏みするような無言の視線を向ける見た目は十代前半の『少女』。彼女を前にした者たちは皆、口を閉ざして明らかに恐れを抱いてた。無理もない・・・私達は歴史的な人物を前にするにはあまりにも中途半端な存在であるのだか。

 

 メディア・クラーケン・・・この名を言われて何者かと答えられる一般人は皆無だろう。兵器マニアか何かなら第二次世界大戦当時に兵器開発をしていた人物の一人であると答える者がいるかもしれない。

 だがこの世界の科学者にとって、メディア・クラーケンとは何者なのかと問われれば、畏怖と敬意と恐れをもって相対しなければならない存在なのだ。

 

 現在、世界に存在する約3分の2の兵器は彼女の発案した物を改良したとされ、一般的に使われている電化製品すらも、彼女は手遊びで作ったものが多いなどと一体どこの誰が想像できるというのか。近代の偉大な科学者達といわれる者達がまさか彼女から設計図を買って、それを自分の開発したものだと発表している事実は世界的に暗黙の了解とされている。もしそれを発表してしまえば待っているのは身の破滅だと、科学者達は皆が知っているのだから。

 

 かつてこの世界にいたという、救世主(セイヴァー)の陰として彼女を支えた相棒(パートナー)。神の如き慈愛を持つ英雄と相反する悪魔(アモン)、対の存在を有することで裏世界最大の勢力を誇れる『亡国機業(ファントム・タスク)』において、英雄を亡くした現在も科学部門統括として最新鋭兵器の開発を行い、世界支配に最も近い位置にいるといわれているメディア・クラーケンの視線は、底知れない何かを私に伝えてくる。

 

「・・・・・・」

 

 彼女は先ほどから一言も話すことなく、モルガンが出す指示にも反応を占めることもない。ただ私達を濁った瞳で見つめてくるだけだ。

 年齢を考えれば相当高齢のはずなのだが、彼女の容姿は十代前半のものを維持している。化粧で誤魔化せるレベルではない。おそらく投薬かナノマシンを用いた老化の抑制を行っているのだろう。だが、病的に白い肌と整った美貌の中にある感情が暖かなものではないことは見ていても私には伝わってくる。

 

 ―――我々を人ではなく、『家畜』として見下しているような瞳――‐

 

「・・・・・・開発プランは以上です。引き続き、各レセプションに分かれて作業をしていただくための配属を発表させていただきます」

 

 助手であるモルガンの説明が終了し次々と配置が決まっていく中、私は彼女の視線が一体何を見ているのか、我々は本当にただISを開発させるために召集されたのか、私達はこの天然の監獄から晴れて無事に暖かな大地に帰れるというのか、何一つ明かされていないままに踏み出す状況に対して、戸惑いが隠せずにいた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 手記『〇月〇日』

 

 【プロジェクト・アンサング(語られぬ者)】と名付けられたこの計画は、土台が荒唐無稽の話だったのかもしれない。

 

 『最強』のISの創造・・・メディアから与えられた命題は分かり易くも難儀を極めるものであった。

 現段階、世界に二つとない『ISとオーガコア』が融合した全く新しいハイブリッドコアを搭載させたISを最強と言わしめるには、どうすればいいのか?

 

 様々な参考資料と意見が出揃う中、我々がまず一番最初に着目したことは、現時点において比類なき最強のISと思われている、第一回モンド・グロッソを圧倒的な強さで勝ち抜いた、『ブリュンヒルデ』織斑千冬の駆る『暮桜』であった。

 一撃必殺の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)『零落白夜』を操り、全てのISをその白刃の元に斬って落としていく彼女の姿に、我々は最強の方向性を定めることにする。

 

 『零落白夜』の前には如何なるシールドバリアも意味はなく、彼女の技量と暮桜唯一の武装である『雪片』の前には装甲での防御は無意味に等しい。

 織斑千冬の戦い方には無駄がなく、そして射撃兵装に対しての反応速度は尋常ではない。科学者であって格闘家ではない私が言うのもなんだが、アレはただ勘が良いとか第六感が優れているとかという次元の話ではない気がする。無論、動体視力やほかの五感も優れてはいるのだろうが、ハイパーセンサーによる強化にしても限度はある。まるでそれらを超越した『何か』で他のISの動きを捉えているかのような動きに見える。

 また近接用ISということか、暮桜の速度も異常なほど速く、高機動パッケージを用いずとも編み出された高速マニューバで敵ISを必ず追い詰め、高火力による火砲などは構えて照準を合わせている間に叩き斬られる。かといって暮桜の足を止める補助兵装を並行して使用させても、零落白夜と雪片の斬れ味がある限り無駄骨にしかならない。

 

 一見尖った性能にも思えた機体の難攻不落ぶりであったが、これが逆に機体開発部にコンセプトを固まらせる要素となる。すぐさま機体開発部の者達は本体の設計図を引き、程無くして開発の許可をメディア所長が下す。

 

 

 ―――機体性能の全てを『速度』に凝縮することで生まれる超速戦闘IS!―――

 

 

 防御できない攻撃の全てを回避し、逆に高速戦闘戦で相手を一方的に追い込む。これ以外に攻略手段がないと判断した開発部によって、最強を屠る最強のISは生まれることになった。

 またこの頃、参考資料の一つとして与えられた亡国製ISの一機の機体が設計の段階で大いに役立つこととなった。フレーム周りの基礎設計が本計画機にも流用できるのではという話だ。極限まで無駄を削ぎ落す必要があるこの計画のISと似て、向こうも相当尖った設計の機体となったらしく、大出力機関を搭載することが前提のISが既にロールアウトしているとのことだが、設計プランに無理がありすぎたらしく、ここ最近まで肝心要の操縦者が存在していなかったとのことだ。

 

 最強を屠る最強のISを操る操縦者………これは我々にとっても無視できない問題になるかもしれない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 手記『〇月〇日』

 

 やはり計画には無理があった。いや、これは欠陥と言ってもいい。メディア所長はこのことを最初から想定していたのか?

 

 急ピッチで組み上げられながらも高い完成度を誇るボディに、史上初となる二つの異なるコアが融合したハイブリッドコアを内蔵させたISを我々は『アンサング』と名付けた。正確には当初はもっと別の名で呼ばれるはずだったが、メディアがポツリと漏らした言葉が計画の名となり、そして本機に名付けられた。

 別段彼女は一言も我々に強制はしていない。だがあの瞳で見られたとき、我々は目に見えない鎖で首を曳かれ返事を強制させられた気がした。それらは同調圧力となり他の者たちの意見を握り潰すことになる。

 

 『アンサング(称えられることはない)』を一応の完成をさせた我々は、最初の起動実験を試みた。あくまでもこれはただ組み上げたISを起動させるだけの実験でしかない。それ以上の意図は我々にもありはしなかったのに………。

 

 最初の起動実験に選ばれたのは、『N』ナタリア。26人いる被検体であり正操縦者候補の14番目・・・研究所に送られてきた26人の子供達に最初に行われたISシンクロの適正テストによって振り分けられたアルファベットのナンバーは、そのままコードネームとなり子供達を唯一識別する物となる。

 コードネームで呼ばれる訳、それは単純に彼女達には研究所より外の世界の記憶が一切ないからだ。26人全員の記憶が一切なく、またそれ以前の記録も問い合わせてみた所どこにも存在していない。捜索願もどこの国にも存在しておらず、まるでこの26人の子供達は最初から世界に存在していない扱いのようだった。おそらくこの研究所に送り込まれてくるときに徹底したそれ以前の人生の『洗浄(フィルタリング)』が行われていたのだろう。この時点で私はすでにこのプロジェクトが人命よりも成果に重きが置かれていると気が付くべきであった。

 

 そして整備用ハンガーの上に置かれているアンサングにナタリアが乗り込み、フィッティングの為に電源を立ち上げた時、事件は起こる。

 

 フィッティングが開始されて数十秒後、突然奇声を上げたナタリアが隣でデータを採取していた研究員の頭部を掴むと、文字通り『彼』の頭部を握り潰し死体を貪りだしたのだ。瞬く間に灰色の機体色が鮮血で染め上がり、濃い血の匂いが実験室に立ち込める中で次なる獲物を捕らえようとナタリアが腕を伸ばし歩き出し・・・電源ケーブルを無理やり引き千切りそのままISを停止させた。今回はあくまでも起動用の実験データを取るための段取りだったためか機体のエネルギーバイパスを解放させずに全て外部電源で行ったことが功を制したようだ。

 我を取り戻した私が駆け寄り、アンサングの中にいるナタリアに声をかけるが返事はない。苛立った私が出来上がったばかりの機体を破壊する覚悟で、仲間の研究員数人と共に工具と電動器具を使い手動で彼女を機体から助け出すと、白目をむいたまま仮死状態になっていた。すぐさま蘇生処置を施して一命を取り留めたが意識が戻る気配がない。

 

 何が原因の事故であったのか・・・オーガコア特融の暴走事故に関しては我々もすでに詳細は承知している。そのことを考慮し、亡国本部から送られてきた最新のプロテクトを用いて意識が乗っ取られないように気を使っていたにも関わらず事故は起こった。

 ありのままの報告をメディア所長にするよう指示されたのは私であった。操縦者のメンタルカウンセリグとバイタルの調整の担当を任されている私に報告させた辺り、他の研究者達は機体ではなく操縦者側に問題があったと思っていたのかもしれない。

 私は最悪今のポジションを解任される事を覚悟の上でモニター越しに座るメディア所長に事実を伝えると、返ってきた答えは我々の想定を超えるものであった。

 

 ―――『やはり』そのままでは無理か………生体改造も必須だな。資材の手配は済んでいる。明後日までに全て届くはずだ・・・向こう半年以内に全ての被検体に『生体改造』を施せ―――

 

 まるでこうなることを見越していたかのように淡々と指示を出すメディア所長は、さらに気になることを言い出した。

 

 ―――あと、被検体『A』『B』『D』のパーソナルデータは随時送れ。詳細な物が見たいからフィルタリングにもかけるな。ありのままのデータを送ってこい―‐―

 

 何事かと聞き返すこともできずに呆然とする私に対して、メディア所長は詳細な各操縦者達の詳しいパーソナルデータとバイタルチェックを行うよう指示を出し、一方的に通信を切る。

 呆然として部屋に残された私はメディア所長の言葉の真意がどこにあったのか考え込む。なぜ『A』『B』そして『D』と限定したのだろうかと・・・。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 手記『〇月〇日』

 

 送り込まれてきた子供達は人種も年齢にも開きがあり、もちろん記憶を失っているにもかかわらず性格や個性はそれぞれがあった。最も、年齢に関しては全員が年若いということは限定されていたが。

 その中で特異な存在が何人かいた。

 

 ナンバー『A』のアウラ・・・このラボ・アスピナの操縦者たちの中で群を抜いた操縦技術とシンクロ数値を誇り、精神的な安定度も非常に良好な操縦者である。アスピナの研究者の間ではほぼ彼女がアンサングの正規操縦者になると内心では確信している者も多く、事実私も彼女が本命であると半ば確定事項として認識している。

 唯一の問題があるとするならば、彼女の性格は極めて穏やかで心優しく常にほかの操縦者達を心配している。こんな場所に送られたこと自体が不憫に思えてならい。少し歯車が違えばこんな極寒の最果てではなく、暖かな都会で普通の少女として生きていけたはずなのに・・・。

 こんな少女が戦闘兵器の完成形となるアンサングの操縦者としてやっていけるのか、明らかに戦闘向きではない性格は彼女を苦しめてしまうだけなのではないのか?

 

 次にナンバー『B』のバティ・・・ラボ・アスピナの操縦者の中で最も優れた潜在能力を有しているのは間違いなく彼女だ。こと瞬間的なシンクロ率の数値は『A』アウラを大きく上回る数字を示す時もあるが、如何せん精神的に不安定過ぎる。また最年少の少女ということもあってか、操縦者に必要な身体能力が未発達なのも問題である。いくら生体改造が実施されているといっても、無尽蔵に何もかもを改造できるわけではない。作り変えるべき『器』があって初めて生体改造は実施されるのだから、年齢の未熟は無視できない問題だ。

 また先ほど述べたように精神的な未発達な部分が、戦闘時にどのように彼女に作用するのかも不透明だ。それに『A』アウラを姉か母のように慕っている姿を見るたびに、私の胸に走る痛みが良心の在りかを教えてくる。そんなものはとうに捨て去ったはずなのに・・・。

 

 この二人の操縦者はほかの操縦者たちと隔絶した数値と能力を有し、シュミレーションの結果『ブリュンヒルデ』織斑千冬に勝利を得れる可能性が最も大きい。否、この二人でしか『あの機能』の完全制御は不可能だろう。ましてや・・・。

 

 ナンバー『D』デイズ・・・お前は何を見て、何を考えている?

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 性能を引き出せる良好な操縦者もいれば、一方で極めてデリケートかつ異常な問題を抱えている操縦者もいるのが今回の『アンサング・プロジェクト』の仕様だ。

 その極地であるのが、『Z』・・・プロジェクトに選ばれた操縦者の中で最も低い適正であり、おそらくはある『一点』のみの他の操縦者には存在しえない特徴を持って選ばれた者なんだろう。操縦スキルも平均値であり、高い教育を受けた痕跡もないためか知性のほうも期待できない。

 性格は素行不良を絵に描いたような物で、『A』アウラのような他者との和を尊ぶような気は一切なく、職員に対しても日頃から平然と噛みつき、メンタルカウンセリングの担当である私に対しても粗暴な言動を行い、公正する気もない。そのためかとっとと廃棄処分にしてしまえと言い出す研究者達も少なくない数存在している。

 にも拘らず、『A』アウラは彼と頻繁にコミュニケーションを取ろうと積極的に話しかけるのを多々見かける。『B』のバティに関してはその逆に、彼のことを露骨に毛嫌いしている節すらあるが、おそらくは『A』アウラを取られてしまったという感覚から来ているのだろう。傍から見れば意中の人ができた、親しい姉のその相手に嫉妬する妹のようにも見える。そんな彼らを見つめていると、時に私は自分自身の中にある物が腐り落ちているような気がしてならない。私は一体何をしたくてこのアスピナにいるというのだろうか?

 子供らを自分達の欲と惨めさを満たすために犠牲にしている現実を前に、私は今日、つい口にしてしまった。

 

『もし、私がいなくなったのなら、できたら名を貰ってほしい』

 

 偽善ですらない。これは堪り兼ねた良心の呵責が言わせた逃避行動だ。だというのに、アイツは私の言葉にハトに豆鉄砲を食らったような顔をした後、「わかった」と一言だけ告げてくれた。

 

 愚かだ。私は本当に愚かだ・・・『Z』ジーク。お前はわかっていない。

 

 どこの父親が自分の息子を兵器に改造するというのだ?

 

 

 

 ☆

 

 

 

 これは必然なのか?

 おそらく偶然ではない。最初から仕組まれていたと考えれば筋は通ってくる。

 すでにプロジェクトのために集められた操縦者のうち、生き残りはごく僅かだ。あとは機体に全て『食われて』しまった。

 こんな機能は機体設計の段階で想定していなかった。おそらくコアの仕様であると私は考える。モルガンは報告と現場の写真を見て顔を引き攣っていたことを考えると、知らされていなかったのだろう。メディア所長・・・いや、メディアはこうなることを最初から理解していたのか? 

 いや、もう一人、最初から理解していた。否、途中から知らされていたかもしれない人間がいる。

 

 『D』デイズ。私は初対面から彼女に違和感を感じていた。

 記憶洗浄が行われていたにも拘らず、ほかの操縦者達のような狼狽ぶりもなく、『Z』ジークのような苛立った様子もない。そして彼女が私やほかの人間を見るときの『目』にも、正直私は嫌悪の情を隠せずにいられない。実験動物(モルモット)を冷徹に観察するかのような瞳は、どことなくメディアを彷彿とさせていたからだ。

 そのメディアとも繋がりはあるのだろうか? 『A』アウラや『B』バティと共に彼女のデータを送るようにメディアが私に命じたことも気にかかるが、一度だけメディアが通信越しに『A』アウラと『D』デイズに対面したことも判断の材料となった。

 会話には守秘義務が課せられ、何を三者は話し合ったのか私は知らされていない。ただあの日から『A』アウラは表情に影が掛かることが多くなった。『D』デイズに関しては様子に変化は見られないが、時折『A』アウラに何かを話しかけているようだ。『A』アウラにその内容を聞いたところ他愛もない話だと言われたが、本当にそうなのだろうか? 『A』アウラは私にも何かを隠しているのではないのか?

 『D』デイズの戦闘スキルは正直に言えば『A』アウラに次ぐ実力者だ。シンクロ率こそ第4席に甘んじているが、安定性を考慮すると最もアンサングが求める操縦者の理想像に近い。また戦闘時に平常心を保っていられる理性もそれに拍車をかけている。『A』アウラがいなければ間違いなく彼女を正規操縦者として選んでいたのだろうが、私は彼女に強大なアンサングの力を渡すことに躊躇を覚える。

 

 これはごく個人的な感傷だ・・・もし願わくば、アンサングを手に入れるものは、犠牲になった命達の在り方に報いれる者をと私が勝手に考えているだけなのだが。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 もう時間はない。おそらくメディアは明日中にもこのアスピナ全てを消滅させるつもりだろう。

 

 愚かな私は今日まで何一つ選ぶことなく、ただ流されるままに生きてきた。その最果てに『A』アウラは犠牲になったのだ。償いを唱える権利すら私にはない。

 

 だが何としても『B』バティだけは渡すことはできない。メディアはすでにアンサングに興味を持っていない。いや、最初から彼女はそんなものに大した希望を抱いていなかった。彼女は自分以外の人間に希望を抱かない・・・。

 

 今のうちに他の者たちと共にアンサングのパーソナルデータを『Z』ジークの物に修正しておかねば・・・。

 

 『Z』・・・いや、ジーク。私はお前に告げなければならない。

 

 私達がやってきたことは確かに世間に後ろ指を指される行為だ。そして、断固として断罪されて叱りなことでもある。でも、意味は確かにあった。プロジェクト『アンサング』は確かな意味を持ったのだ。

 

 ジーク・・・。

 

 我が息子よ。お前こそが私達の『意味』そのものだ。

 お前に命は続いていくのだ。だから例え、誰が相手でもその流れを断ち切ることはさせない。

 

 私は悪魔(メディア)に反旗を翻す。だから『D』デイズからバティを連れて逃げ果せてくれ。

 

 

 

 そして頼む、アウラ。二人をどうか守ってやってくれ

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「・・・まったく」

 

 一冊の表紙が焼けた日記帳を閉じた聖職者(シスター)は、溜息をつきながらそれを手持ちの籠の中に隠すと、木陰の下から日の当たる通りの方を歩き出す。そして道を曲がり、一人の人物と肩がぶつかりそうになるのであった。

 

「きゃあっ!」

「あ、ごめんなさい!」

 

 どう見ても良家のお嬢様といった格好の少女に軽く会釈され、彼女は驚きの声をあげながらも同じようにお辞儀を仕返し、彼女との接触をそこで終わらせる。

 特にこちらを気にする様子もなく、また先を急いでいる少女はもうそのシスターの存在に気を回すことなく走り去ってしまうが、後姿を見送りながらデイズ(シスター)は一瞬だけ表情を綻ばせる。

 

「(まるで、普通の少女のようではないですか。『アーチャー』?)」

 

 どこを見ても普通の外見をした少女のように見えるだろう。誰もがこのシスターが世界最強テロ組織の最高幹部であるなどとは思うまい。

 

「(この数年でこのような演技もすっかり上手くなれましたね。これも全て貴方のおかげですよ、如月博士?)」

 

 廃墟と化した施設の一部に立ち寄った際・・・何か『彼』の興味を惹ける物はないものか、自分が消去に失敗した重大な見落としはないのかとラボ・アスピナに立ち寄ったところ、足元の瓦礫の中から一冊の手記を見つけられたことは僥倖以外の何物でもなかった。

 そして偶然手に入れた手記に目を通してまず驚かされたのは、自分という存在がこれほど早くから疑われていたという事であり、デイズの認識を一つ変える切っ掛けにもなったのだ。

 

 数字だけでは推し量れないアナログな経験や心理状態、洞察力と呼ばれる物の重要性。人間社会に溶け込むためのコミュニケーション能力。決して戦闘力の一面にだけ長けているようでは自分が目指す『完璧』には程遠いという事実であった。

 

「・・・フフッ」

 

 何かを思い出すように微笑みながら、彼女は通りの角を曲がり突き当りにあった一軒のパン屋のドアを開くのであった。

 

「お爺さん、お婆さん」

 

 古くからある街の一軒の店。店柄のためか地元住民に根強く愛され、すでに立ってから40年以上が経過してもなお人気が絶えない老舗のパン屋。その中にシスター姿のデイズが入店すると、ちょうど商品であるパンを並べていた60代の女性がデイズに笑顔で挨拶を返す。

 

「あら? お祈りの方は済んだの、デイズちゃん?」

 

白いエプロンを掛けた老婆が焼きあがったパンを丁寧に棚に配膳していきながら、値段が入った名札を棚にかけていく。そんな彼女に笑顔で挨拶しつつ、デイズは店の奥にも顔を出した。

 

「お爺さん、こんにちは」

「おお、来とったかい」

 

 パン生地を弧ね、小さく千切るとそれを棒で伸ばしロール状に生地をまとめていく作業をしていた白髪の老人がデイズの訪問を笑顔で迎える。

 

「私もお手伝いしましょうか?」

「そんなことしなくていいから………そこで座って休んでなさい」

「しかし、奉仕は私たち聖職者にとって当然のことで」

「いらんいらん。デイズちゃんが来てくれただけで、ワシらは満足なんだから」

 

 店の奥にある小さなカフェスペースにデイズを座らせると、自分達の作業を再開させる老人達はデイズの訪問を心から喜んでいるように見えた。

 元々夫婦には子供がいないらしく長年二人だけで生活してきたためか、あることがきっかけで知り合い、今はこうやって定期的に通いながら夫婦の話し相手をしつつ、時々店の手伝いをしている間柄だ。

 

「(さしずめ、私は代理の存在ですか)」

 

 子供を成せなかった夫婦が年老いて将来が不安になったとき、偶然にも知り合った聖職者で年若い自分を娘の代わりに代償行為を行う・・・よくある話だ。とかってに結論付けているデイズは、またしても完璧な『愛想笑い』を行い、夫婦に微笑みかけた。

 

「(『家族』・・・こんなバカバカしいコミュニティーに拘らないといけないとは、貴女も随分情けないことを)」

 

 ―――常にデイズの前を歩いていた一人の少女―――

 ―――最下級であるにも関わらず自分に文字通りの『牙』を突き立てた男―――

 

 彼女は常に自分の前を歩いてた。

 すでに『あの機能』の掌握も済んでいる。この数年で操縦技術も身体能力も劇的に上昇しており、当時の彼女と戦えば九分九厘勝利しているだけの差はすでについている。だが未だに心の中にトゲが刺さったかのように、彼女の存在が自分に訴えかけてくるのだ。

 

 自分は未だに『A』アウラを超えてはいない。と・・・。

 

 彼は絶えず見る価値もないほど後方にいたはずだった。

 シンクロ率も最低、操縦技術も平凡、時に醜悪にも思える性根が気に入らず当時は気にも留めていなかった。

 

「(『あの時』に、この傷を付けられる日までは………)」

 

 首筋に薄っすらと残る傷跡を撫でながら、『あの時』の彼の底力を思い出し彼女は今も驚愕を忘れられないでいた。覆せない実力差を強引に覆し、自分に牙を突き立ててみせたその原動力はいったい何だったのだろうか?

 

 そのことに気が付いたとき、『D』デイズはこの茶番染みた老夫婦との付き合いを続けることを決断する。本来ならばこんなうざったい付き合いを必要としてないデイズなのだが、『A』アウラが特に大事にしていた家族(コミュニティー)という存在の解明に尽力を注いでいたのだ。それさえ解明できれば自分は『完璧』により近づくことができると。

 

「(あとはジークにそろそろ接触しないといけませんね)」

 

 このままでは彼は駄目になる。人にも獣にも戦士にもなれないままに飼殺されてしまう。ジェネラル・ライダーには彼を扱える器量はない。当然だ。一般の家庭で育てられたスコールに彼の気持ちを理解するなど不可能なのだ。ゆえに自分しかいない。そう・・・もうジークには『自分(デイズ)』しかいない。

 

 自分を完璧に押し上げるもう一つのキー・・・『Z』ジークとの再会を近々行おうと決断したデイズが少しだけ笑みを浮かべると、店の奥さんが彼女にこう問いかけた。

 

「どうしたんだいデイズちゃん? 嬉しいことでもあったの?」

「え? どうしてですか、お婆さん?」

 

 なぜそのようなことを聞いてくるのかと問うと、老婆は事なげもなくこう言い放った。

 

「だって・・・さっきまで愛想笑いばっかりだったのに、今は本当に楽しそうに笑ってたじゃない」

「!?」

 

 とっさに表情に出かけたがそこは寸での所で抑え込んだ。あり得ないほどの動揺を隠そうと、必死になって言葉を出そうとするが、何を話せばいいのか何を言えばいいのか見当がつかない。

 

「デイズちゃんにも楽しみなことがあって良かったわ。私、本当にそれが心配で心配で」

 

 自分が浮かべていた愛想笑いにもずっと前から気が付いていて、尚且つそれを責めることも咎めることもせずにこの初老の女性は自分を許していたというのか? 知らぬふりを決め込まれていたという事実を前にデイズは数秒間考え込むと、やがて立ち上がって鞄からエプロンを取り出してそれを身に纏う。

 

「・・・やはり手伝います」

「えっ? でも無理しなくても」

「いえ。やらせてください」

 

 先ほどの笑みを引っ込めたデイズは今どのような表情をしているのだろうか? 彼女自身がそれを自覚するのはいったいいつの日になるのだろうか?

 『完璧』を追及している少女のそんな内心の全てを見透かしたのかどうか・・・老婆は少女に微笑みかけながら、パンの陳列を頼み込むのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「いや、すまない一夏君。せっかくの休みだったのに」

 

 鵜飼総合病院のVIP病棟に向かう廊下をカールと鞄を抱えた一夏が肩を並べて歩く。学園と病院を忙しそうに行き来しているカールに千冬の着替えを持たせるのは忍びなかった一夏が、休みを利用して今日は一日中彼女の看病をしようと考えていたのだ。

 

「いや、別に構いませんよ。休みの日だけど学園にいたらトレーニングになっちゃいそうだし、千冬姉の看病なら運動にはならないでしょ?」

「まあ・・・それはそうなんだが」

 

 最近は皆が平均的にトレーニングの時間が伸びている中、休息の是非を度々説いていたカールとしてもそのことに異存はなかった。

 

「(それに君がいてくれれば、こっそりと抜け出して彼女も訓練なぞするまい)」

「・・・先生?」

 

 自分を見つめてくる視線を不思議そうに見返す一夏に、カールは無言で微笑み返すと千冬の病室のドアを

開いて中に入り・・・立ち竦んでしまう。

 

「・・・千冬?」

 

 そこにはキレイに畳まれた布団と入院着のみが置かれており、まるで新しい入院患者の受け入れを待っているかのような状態であった。慌てて周囲を見回す一夏とカールであったが、やがて病室の前を通りかかった若い女性看護師を捕まえると、彼女に問いかける。

 

「ここに入院していた患者のことを誰か知らないか!?」

「織斑さんですか? 今日退院だったじゃないんですか?」

「馬鹿なっ!?」

 

 担当医であるカールはそんなことは聞いていないと詳しく女性看護師に問いただそうとするが、その時、自分の持っていたカルテを見返し、愕然となる。

 

「(いつの間にか日付を書き換えてある? 千冬の奴っ!?)」

 

 通常、医師が書くカルテは英語かドイツ語で書かれていることが一般的で、その両方に精通しているものであるのなら医師以外でも読み解くことはある程度可能なのだが、まさか千冬が自分に隠れてそのような工作を働いていたなどと考えもしていなかったカールは急ぎ彼女のスマフォに電話してみた。

 

「『お掛けになった番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりま・』」

「ダメだっ!」

 

 やはりスマフォの電源を切っているようだった。学園に一度電話してみようかと悩むカールであったが、その時姿を消した姉の姿に衝撃を受けた一夏が持っていた荷物を床に放り投げるとその場から走り出してしまう。

 

「一夏君っ!」

 

 カールの叫び声も耳に入らない。彼女と見つけるために走り出した一夏は、とりあえず自分の家へと急ぎ戻るのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ハァハァ・・・」

 

 身体が重い。少し歩いただけで息が切れる。

 自分の身体の変化を実感しながら、タクシーを降りて数分歩いたいつものスーツ姿の千冬であったが、やがて目的の場所にたどり着くと、汗をぬぐって表情を整える。

 

「・・・・・」

 

 ―――五反田食堂―――

 

 ちょうど開店のために暖簾を出そうとしていたのか、弾と蘭の母親である蓮が店の戸を開けて中から出てきており、千冬の姿を見るなり驚愕する。

 

「千冬ちゃんっ!?」

「・・・ご無沙汰しております。蓮さん」

 

 一夏が弾に話し、彼を経由して千冬の大怪我のことを聞いていただけにこうやって店を訪ねてきたことが予想外にも程があったのだ。

 

「貴女、身体の方は大丈夫なの!?」

「おかげさまで」

 

 嘘だ。今頃病院ではカールあたりが血相を変えて自分を探し回っているはずだ。そのことを理解している千冬は戸の向こうで、難しい顔をしながら開店準備をしている老人を捉える。

 

「申し訳ありません」

 

 蓮に一言詫びを入れた千冬は店の戸をくぐり、やがてこの店の主である老人と視線をぶつけ合わせるのであった。

 

「!?」

「ご無沙汰しております。五反田の大将」

 

 彼女が一礼して挨拶すると、流石に彼も驚いたのか厨房から慌てて出てきて身体の心配をしており、彼のその暖かさに千冬は一瞬だけ笑みを浮かべるが、すぐさま元の鉄仮面に切り替える。

 

「千冬ちゃん!? てめぇ、まだ身体が・・・」

「申し訳ありません大将・・・今日は重要なお話があって参りました」

 

 真剣な表情のまま厳を見つめる千冬の口から、その場のすべてを凍り付かせる言葉が彼女から放たれるのであった。

 

 

 

「10年前の白騎士事件(あの日)にすべきだったことを、今、させていただきます」

 

 

 

 




さて、最後の更新を今年中に行い、来年速攻で次章に入れるかな?

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