IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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更新にずいぶん手間取りました!

台風やら地震やら最近落ち着かない日が続いてますが、皆さんもそんな毎日を健康に過ごしてください


では、お話の続きに行ってみましょう


幕間②

 

 

 宇宙空間に漂っていても、そのフォルムの美しさは翳ることはない。

 亡国機業兵器開発局統括官であり、力の象徴である円卓の一席・・・キャスターの称号を持つ『メディア・クラーケン』が自ら開発に着手、最新鋭の技術を惜しげもなく投入して完成させた『審判の熾天使』ことカリュプス・ミカエルは、ちょうど地球と火星の間に存在するデブリベルトの中を、スラスターの軌跡を優雅に描きながら高速で飛翔し続ける。

 空気抵抗がない場所において、普段から重力を感じさせないカリュプス・ミカエルの速度は更なる高みを見せ、スラスターの軌跡が描く無重力のアートは見る者の心を奪い去っていく。

 

 そしてカリュプス・ミカエルがデブリベルトを抜けた直後、無数の光点が宙域に疎らに現れ、それを待ち受けていたように、カリュプス・ミカエルが両手のライフルを連結し、長距離狙撃モードに移行して狙いを定め・・・一瞬の沈黙の後、引き金を引いた。

 

 ―――宇宙空間に咲く光―――

 

 レーダーに映らないステルス状態であったにも拘らず、僅かな空間の揺らぎを感じ取るジェネラル『アーチャー』トーラ・マキヤの卓越した感覚は冴え渡り、続けざまに放ったビームの幾つかが『何か』に直撃し、爆発の光を生み出す。

 長距離攻撃を一方的に受けていては不利と判断したのか。または、反撃の準備が整った為か。何もなかったはずの宇宙空間に、多数のGSとIS、そしてそれらを収納する武装搭載型の宇宙船が姿を現し、トーラはそれを待っていたかのようにライフルの連結を解除し、両手に持った状態でスラスターを再び点火、急加速してそれら戦闘艦隊に一機で突っ込むのであった。

 

「・・・・・」

 

 バイザー越しに高ぶるわけでも感情が無くなっているわけでもない、落ち着いた表情で相手の行動を見ていたトーラの瞳に、戦闘空母から多数放たれたミサイルが確認でき、彼女は半ばそれが何なのか理解しながらも、試しの一撃を艦隊に向けて放つ。

 

 ―――カリュプス・ミカエルと艦隊の間で弾けるミサイル―――

 

 ―――同時に拡散された攪乱膜によって遮られるビーム―――

 

 カリュプス・ミカエルの主戦力であるビームを防ぎ、実弾の数と火力で押し切る作戦なのだろう。見れば実弾装備したGSがバズーカを、ISたちがアサルトライフルをこちらに向かって一斉斉射してくる。

 味方のいないこの状況で、ただ一機のトーラにとってこれは確かに痛い状況ではあるが、勝機が消えうせたというわけでも何でもない。それらを示すように、トーラはカリュプス・ミカエルの主力武装であるビット10基全て射出すると、通常のモードから近接用に切り替える。

 

「モード『D』」

 

 トーラの指令を受け取ったビット達は、内蔵されていたエメラルド状のクリアパーツを銃口から生やしたモード『D(ダガー)』となり、鋭利な刃を持った生物のように複雑な軌道で主の障害となる物を排除し始めた。 

 セシリア曰く『世界最高』と言わしめたビットの軌道は複雑かつ高速で、トーラに向かって放たれたバズーカとミサイルの弾頭を一瞬で切り伏せ、返す手で周囲のGSの手足、ISの武装やスラスターを集中的に剥がし始める。当然敵勢力もビットの存在に気が付き排除しようとするが速度が余りに速すぎる。ロックすることすらできずに瞬く間に丸裸にされていく敵勢力を尻目に、トーラは腰部のスタビライザーを変形させレールガンを発射する。

 光学兵器を全て阻害する攪乱膜の中においても実弾を電磁力で加速して打ち出すレールガンは一切減衰することはない。連射することで敵戦艦たちの主砲や副砲の武装を次々と破壊していくカリュプス・ミカエルはトドメの一撃を繰り出す。

 両肩の装甲に埋められたクリアパーツ………後付武装(イコライザ)を収納する量子変換機構から、二挺のIS用実弾バズーカを量子変換し、彼女は両手のライフルに接続する。これは通常ISコアよりも高い出力とエネルギーゲインを持つオーガコアの数少ない弱点である『拡張領域(バススロット)』を全く持たないという弱点を補うものなのだが、本来のコアのスロットに比べれば極めて容量が少なく、また変換にエネルギー消費が伴うために一部のオーガコア搭載機にしか積まれていない機構なのである。

 

「!?」

 

 ビットの結界をすり抜けて勇敢に斬りかかってきたラファールをその場で素早く回転しながらいなし、肘打ちで弾き飛ばしたトーラは、両手のバズーカと両腰のレールガン、それらを機体のハイパーセンサーと連動させたマルチロックオンによって一斉掃射し、艦隊相手に一機で蹂躙し始めた。

 ビームを封じられてなお、一個中隊にも匹敵するほどの火力で攻め立てるカリュプス・ミカエルに、大方の機体達が活動を封じられると、残りの大型戦艦相手にトーラはトドメの一撃を繰り出すため、バズーカをパージするとライフルの銃床(ストック)同士を結合させ、長距離狙撃モードからロングボウモードに変形させ、レールガンの銃身にストックされていたシャフトを取り出し、一基のビットを鏃(ポイント)とすることでアローを完成させる。

 ISの武装としては異例の単発式のロングボウ………だが彼女は狙いを定めると、逃げ場を失った艦隊の真上の大型隕石目掛け、限界まで引き絞った弦(ストリング)を放し、超音速の矢を放つのであった。

 

 虚空を切り裂く一条の流星と化した矢が、護衛機を失くした艦隊の上に存在していた直径数百メートルはあるデブリに直撃・・・流星は一瞬で目も眩むような超新星と変化する。

 

 ―――バラバラになったデブリが、小型の岩石のシャワーとなって艦隊に降り注ぐ―――

 

 ただでさえ至近距離で起きた爆発の余波で船体の姿勢制御に集中していたというのに、そこにトドメと言わんばかりに降り注ぐ破片の嵐は艦載されている武装と船の推進装置を破壊し、完全に戦闘力を奪い去る。

 

 ―――Mission complete! General『Archer』―――

 

 そう書かれたディスプレイが突然表示されたかと思うと、一瞬の暗転の後に宇宙空間は消え去って真っ白い巨大な部屋の中で武装を展開したカリュプス・ミカエルだけが、一人立ち尽くす。

 

「・・・9分56秒」

 

 彼女がポツリと呟きながら、天井付近に設置されていた窓からこちらを見つめてくる副官のモルガン・グィナヴィーアを見上げながら、外部スピーカー越しに問いかけた。

 

「これを本日の『基準』タイムとなります」

『!?』

 

 そして彼女の後方に待機していた特殊戦術部隊『ウリエール』の面々も息を飲む。

 ISを解除したトーラは、スーツ姿のまま一つ結びにした髪を揺らしながら部屋を退出すると、そのままエレベーターに乗り込み、モルガンたちがいる観覧室に入ると入り口から感情を写さない表情で部屋にいた部下たち全員に告げる。

 

「本日の教導はこのタイムを全員がクリアすることとします。よろしいですね、モルガン」

「・・・・・・」

 

 下唇を噛み締め恨めしそうな表情で、今にも泣き出しそうなぐらいに瞳に涙を貯めたままにモルガンは一言うなづきながら答えた。

 

「・・・・・ハッ」

 

 その一言を聞くとすぐさま踵を返して部屋を退出したトーラは、辛うじて早歩きにしか見えないぐらいの小走りで自室に戻ると大急ぎで部屋に入り、扉を閉めてそのまま部屋のドアに耳をくっつけて注意深く外の様子を観察する。

 

「・・・・・・追ってきてない」

 

 本日は非番であったにもかかわらず、朝一番に『新型のVRプログラムが完成したのでどうかお付き合いください。任務完了までの標準タイムを計りたいので』と無理やり連れだされ、自分の手元で拘束しようとしていたモルガンであったが、トーラが申し出た『推定時間の半分でクリア出来たら帰ってもいいですか?』という言葉を鵜呑みにしたのが運の尽きであった。半分どころかまさか小一時間かかると思っていたものを10分すらかからずクリアするという神業の前に、空いた口が塞がらない状態にされるとは思ってもおらず、おそらくモルガンたちは終日このタイムをクリアすること決して出来ないだろう。

 

「・・・・よしッ!」

 

 モルガンからの追撃はないと判断したトーラは、先ほどまでの能面顔を一変させて、頬を僅かに染めた乙女のモノにしながらISスーツを脱ぎながら、急いで風呂場へと向かう。今日は『彼』が朝一の訓練を済ませればフリーとなる日。すでに時間のリサーチは済ませているのだ。予定の時刻までそう時間はなく、大急ぎで身支度を整えなければ………。

 汗臭い状態ではとてもじゃないがそばによる勇気すら湧きそうもないので、念入りにお気に入りのシャンプーとボディーソープで急ぎながらも丹念に汗を洗い落し、バスタオル一枚を纏って浴室から出た彼女は洗面所で髪を乾かしながら鏡に映った自分の顔を眺めながら心の中でため息をつく。

 

「(もっとこう………どうしてリリィみたいに『可愛い顔』で生まれてこなかったんだろう?)」

 

 世の女性達が聞けば殺気を放って呪いの藁人形でも五寸釘で打ち始めかねない、『超』級美少女の悩みは多い。例えば髪の色はリリィと同じ金色が良かったとか、お尻のほうももう少し小さいほうがよかったとか………。

 

「(でも・・・こっちは、ちょっと自慢してもいいのかな?)」

 

 鏡に映った自分の胸の谷間を見ながら、ちょっとだけ頬を染めながら自画自賛を入れてみた。

 

 トップ89のアンダー65。形も大きさも申し分なしのFカップ。姉の胸部には搭載されていない高火力兵装は、今日の彼にはどう映るというのか?

 

「(・・・がんばれ、自分(トーラ)!)」

 

 自分を奮い立たせて髪を乾かし終えると、櫛を入れて奇麗に整えてそのまま洗面所を出て、部屋の洋服ダンスの中から今日の日のために通販で購入したスカイブルーの下着を身に纏う。ちょっと勇気を出して冒険した末に高級ランジェリー専門店で手に入れたものだ。手の込んだ編み込みが可愛さを見せながら、布地の面積は通常のものよりも小さく、サイドはヒモで括るものである。購入決定のボタンを押すまで5時間悩みぬいたのだ。今日はその真価を見せてもらってもいいはず。

 そして纏う洋服は花をあしらった白いワンピースに、薄手のカーディガンを羽織り、クルッとその場で一回転してみる。

 

 ―――誰もが認める、高貴な身分に生まれた良家の令嬢がそこにいた―――

 

 一人称が『ボク』でありながらも、奥ゆかしい性格と気質は誰が見てもお嬢様のそれである。ちなみに双子の姉のほうは一応の礼儀作法は仕込まれているものの、下手な男よりも殿方であった。

 準備を済ませたトーラは、お気に入りのファッションバッグの中に今日の朝から丹精込めて作ったランチを入れ、足りない物はないのかと指差し確認した上で彼女は部屋の扉の………向こう側をインターホン付きカメラで注意深く観察し、突然の障害(モルガン)とのエンカウントがないことを確認した上で、一度大きく深呼吸する。

 

「・・・トーラ・マキヤ。出撃します!!」

 

 先ほどの演習よりも遥かに真剣かつ緊張した面持ちで、この日のために購入した宝石のついたパンプスを履きながらも、驚くほどの速足で自室のある建物を後にすると、普段は幹部などが専門で使うエレベーターでも、陸戦隊などを見下すモルガン達エリート構成員が使う主玄関といわれるアドルフグループ本社ビルの玄関に続くエレベーターでもなく、古参の隊員達がプライベートなどでよく使っている個人用の地上行き搬入口から外へと出ていく。これは地下深くという特異な場所に作られた亡国機業本部という場所ならではの作りで、真上にある表向きの顔であるアドルフグループ本社ビルとは離れた、下町にある亡国支援者の店から出入りする場所であった。ちなみに本来の使用方法は万が一の本部襲撃に対しての逃げ道なのだが、50年も立ってしまうと最早実家の勝手口程度の存在に皆が認識しており、陸戦の隊員たちは(何年たっても直せない柄の悪さにスコールが激怒して玄関から出れなくなったため)ほとんどがこれを使って地上への出入りを行っているのだ。

 

「おんや?」

 

 蟻の巣のごとき無数の出入り口の一つである、下町の時計屋の店の裏から現れた絶世の美少女相手に、90過ぎた爺様は、古ぼけた眼鏡を一度拭いて掛け直すと、トーラに問いかけた。

 

「・・・・・・・・・・・若い頃の婆さんが現れよった」

「御免なさい。お婆さんんじゃなくてボクはトーラです」

 

 老年によるボケに対して天然ボケ気味のトーラがツッコミ不在のあいさつを交わすと、彼女は店を飛び出し、目的地へと駆け出した。

 

「(この時間なら、いつもは通りのほうにいるはず!)」

 

 行動パターンのリサーチなど当に把握済み。彼が非番の日に顔を出すバイト先、とある理由で資金稼ぎに使うカジノ、食べ歩きできる好みのジャンクフードショップ、個人携帯する銃器を購入するガンショップ・・・朝何時から起きて夜何時に寝るまでの行動などはすべて把握済みなのだ。

 

「(それも今日のこの日のため!)」

 

 秋水に食べさせたくて、密かに特訓して作り上げた特製クラブサンドという切り札を抱え、夢見る少女はギリシャの街中を走り続ける。

 

「きゃあっ!」

「あ、ごめんなさい!」

 

 途中、道を歩いていた『シスター』と接触しそうになるのを何とか寸前で回避し、会釈と謝罪だけを残して更に加速し、彼女が通りを左に折れた時であった。

 

 ―――移動型のホットドック屋の前で支払いをする私服姿の秋水―――

 

「しゅ・」

 

 ―――その隣でホットドックにマスタードを塗っているリリィの姿―――

 

「もうマスタードが欲しい者はいないな」

 

 ―――そして二人に群がる小さな子供達の集団―――

 

「早くオレの分買えよ、秋水ッ!?」

「オレが先だぞ、秋水ッ!?」

「なんで先に買ってくれてないんだよ、秋水!?」

「気が利いてないぞ、秋水ッ!?」

「次は私だからね、秋水ッ!?」

「それよりもコーラがいい、秋水ッ!?」

「私アイスがいい、秋水ッ!?」

「私は今日はケバブかな、秋水っ!?」

 

 比較的年齢が高い小学生ぐらいの集団に集られながら、呼び捨てにされているという屈辱に対して、秋水は男子勢に対してだけ、彼は顔面を引き攣らせながら注意を勧告する。

 

「『お兄さん』が抜けてるぞ・・・男は後回し」

『ああ“んっ!?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼に群がり髪の毛やら頬っぺたやら口やらを引っ張りまわし、『秋水のくせに生意気だぞー!!』とどこかのいじめっ子のようなセリフを口にする男子勢と、その様子を見ながら『ガキね』と大人びた表情で女子児童達が呆れ返る。そしてその隣では、幼稚園児童ほどの年少達にホットドックを渡しながら頭を優しく撫でていたリリィが、騒がしい少年達に注意を呼び掛けた。

 

「店の前であまり騒ぐな。店主に迷惑がかかるぞ」

『ハァーイ!! リリィ姉ちゃん!!』

 

 なんでかリリィの言葉には素直に従う少年と秋水が睨み合う中、茫然としていたトーラのことを一人の幼稚園児が指さす。

 

「とーらねえちゃん」

「「ん?」」

『あっ』

 

 秋水とリリィが振り向き、少年少女達がめかし込んだトーラの姿に対して『今日の姉ちゃん気合入ってるな』と評価し、幼稚園児達は気にせずホットドッグを頬張る中、誰もまだ何も言っていないにもかかわらず、今日は秋水と二人っきりでデートするのは無理なんだな、と心の中で何かを諦めざる得なくなったトーラの顔に、乾いた笑みが浮かび上がるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「(いい? トーラお姉ちゃんが秋水兄と一緒にいるときは、秋水兄に甘えちゃ駄目よ?)」

「(どうして?)」

「(それが一番平和だからよ。いいからお姉ちゃんの言葉に従いなさい)」

 

 小さな少女をそうやって黙らせた年長の少女は、周りの少年少女とともに視線をそっと隣の席へと移す。

 

 ―――表情失くした状態でずっとアイスティーをストローでかき混ぜ続けるトーラ―――

 

 ―――トーラの異変とプレッシャーを感じ取りながら必死に話題を探すフリをしつつ取っ掛かりがつかめないでコーラを飲む秋水―――

 

 ―――まったく二人の様子に気が付かないまま、一人でホットドッグの山を攻略し続けるリリィ―――

 

 それらを黙って見つめる少女達の視線は秋水に対して『いつかこうなると思ってたんだから。責任取りなさいよ秋水』と訴え、少年達の視線が『リリィ姉ちゃんとトーラ姉ちゃんで両手に花とかふざけんな。エクスカリバーで刺されろ』と血涙流しながら無言で訴える。残念なことに少年達の念は届いている様子はないが・・・。

 しかし、秋水とトーラがそれぞれ視線を泳がせながら話のとっかかりを探す中、自分の横顔をリリィが見つめていることに秋水が気が付く。

 

「・・・どうしたお嬢?」

「いや、もう大丈夫そうだと思って」

「?」

 

 トーラ一人が首をかしげる中、リリィは先ほどまでの秋水の落ち込んでいた様子を気にし、こうやって外へと一緒に出てきたのだ。

 

「あの感じだと、また部屋の中で塞ぎ込んでしまいそうだったからな。太陽の下のほうが健康的でいい」

「・・・・・・るさい」

 

 人を振り回す陸戦隊の総隊長らしい傍若無人な一面を持っているくせに、こうやって自分が落ち込んでしまうと自然と気を使ってくる一面があり、鈍感なのか敏感なのか判断がつけ難いリリィに対して、こうやって短く憎まれ口を叩くのが今の秋水の精一杯であった。

 が、ここで面白くないのが二人の間でアイスティーを飲むトーラである。

 

「・・・今日、リリィはスコールと作戦後の事後処理を一緒にするはずだったんじゃないの?」

「ん? なぜかレオンが交代してくれると・・・スコールに確認したところ、『むしろ大歓迎だ』と言われた」

「(書類仕事する時って・・・お嬢は正直邪魔にしかならないし)」

 

 熱意は人一倍あるのだが、書類にまで感覚で書くのだけはやめてほしい。擬音が多すぎて理解するのが苦労するのは自分なのだから、と何時も彼女の上げる書類の清書係である秋水が心の中でつぶやく。

 

「・・・今日、訓練はいいの?」

「他の者達から『頼むから有休を消化しないんなら、せめて半休だけでもしてくれ』と言われてな。仕方なく午後だけ休みをもらったんだ」

「(ほっとけば寝ずに一日中でも働きそうだしな・・・誰かさん達と違って)」

 

 誰かが見ていようがいまいが組織の模範となるべく精力的に働くリリィの姿を目にすれば、誰かが見ていようがいまいが欲望に忠実に仕事をサボろうとする老害(ベテラン)共のなけなしの良心も痛もうものだ。てか、もう少し真面目に生きろよあのボケ老人共、と心の中で秋水は悪態をつくのであった。

 

「・・・・・」

「????」

 

 半睨みでリリィのことを見つめてしまったトーラがばつの悪そうに視線を外す。

 

 リリィが今日は一日仕事で秋水が午後からOFFだということで、スケジュールを合わせて朝から昼食も拵えてきたというのに、ものの見事に計画がご破算になってしまった。だが、それはあくまでリリィの意思によるものではないし、秋水がもし落ち込んでいたというのであれば部屋に塞ぎ込んでしまうにきまっていた。そうなってしまえば、自分一人では秋水を外を連れ出すなんて無理だ。理由を適当につけられて彼は一人で閉じこもってしまう。

 

「(イヤだ・・・ボクは何もしてないのに、リリィに嫉妬してる)」

 

 いつもこれだ。

 いつだって自分と秋水と二人っきりになりたい。と思っているのに、リリィがいないとまともに言葉を交わせない自分がいる。そのことを棚に上げて、自分はリリィのことを『間が悪い』と暗に非難した。リリィは自分と秋水の二人のことをいつも心配してくれているというのに。

 

「(リリィみたいにならないと・・・嫌われちゃうな)」

 

 優等生の『フリ』をする自分のことが、本当は嫌いなんだと気分が落ち込んでいくトーラは、せめてもの詫びにバッグから特製クラブサンドの入ったランチを取り出すと、彼女に差し出してこう述べた。

 

「ごめんリリィ・・・お詫びに」

「おっ!」

 

 何故謝られたのか理解できている様子はいないが、妹が詫びの気持ちでこのようなものを差し出してくれたのだから無下にするわけにはいかないと、瞳を輝かせた姉はその差し入れの入ったランチを手に持つと、当然のように声を張り上げた。

 

「みんな! トーラが作ってくれた物だ。平等に分けて食べよう!!」

「なっ!?」

「!?」

『ハァ~イッ!』

 

 この状況下で空気を読んだ年長組はともかく、男女の機微を知らない幼稚園組のチビッコたちは我先にランチに食いつき、光の速さでクラブサンドを手に取ってモグモグと食べ出す。一切の躊躇のない様子にアウアウと口をパクパクと動かしながら真っ白になるトーラと、彼女の表情に気が付いて顔面蒼白で微速後退を始める年長組であったが、残った最後の一個をリリィが秋水に差し出すのであった。

 

「うん。私のものと同じぐらい美味しいぞ、秋水」

「お嬢と同じレベルっていうのが本当なら遠慮させてもらうんですが、トーラのだから・・・」

 

 苦笑しながら最後の一つを手に取ると、秋水は苦笑しながらクラブサンドに口をつけ、咀嚼しながらやがて破顔する。

 

「んっ! やっぱり全然美味いじゃん!」

「!!」

 

 秋水のその言葉を聞いたん瞬間、トーラの周囲に花が咲き誇ったのを年長の少女達は確かに目撃し、頬を紅潮させながら上機嫌になった彼女の様子を見ながら、『そうやってチョロイ反応しちゃダメなのよ! よし、後で説教しなきゃ。秋水を』と急遽取り決めるのであった・・・秋水には全体的に手厳しい少女達である。

 

 そして午後の日差しが少しだけ傾き、リリィ達が食事を終えてチビッコ達の口を拭ってそろそろ場所を変えようと立ち上がった時であった。

 

 ―――砂煙を挙げて街中を爆走する集団―――

 

「???」

 

 全員が何事かとそっちを向いて集団を観察すると、戦闘をひた走る黒人の男達に見覚えがあった。

 

「・・・ルッツ、ドミニク、ドゥエのおっさん?」

 

 ドレッドヘアにラテン系の顔立ちの普段は陽気そうな表情を浮かべて女のあれこれを秋水に講釈してくる、亡国機業陸戦隊で主に航空機の操縦などの支援を行ってくれる凄腕パイロットのドゥエであった。そしてその後続にこの地元出身の戦闘員であるルッツとドミニクが、その他の続いて走ってくる者たちも皆、亡国陸戦隊のベテラン勢である。

 戦場でそれこそISと生身でタイマンやらされでもしない限り、決して余裕を失いそうもない彼らが今は命の限りを尽くして全力で逃走を行っている。この異常事態に陸戦隊総隊長の行動は誰よりも速かった。

 

「!!」

 

 弾丸の如き速度で集団の元に飛び込むと同時に、両腕と両脚にISを部分展開して片手で黒槍の獲物を構える。

 鉄パイプ、ハンマー、金属バット、釘バット、農機具、警棒、その他武装の数々・・・を持った数十人の暴徒の前に踊り立つと、高速で黒槍を旋回させながら技の名を叫ぶ。

 

「(対人用にかなり手加減しての)ケイロンズ・ライト・インパルスッッ!!」

 

 ―――街中に突如出現する『小型』の竜巻―――

 

 猛烈な旋風は街路樹を揺らしつつ店の看板や商品を一緒に巻き上げながら、暴徒達を打ち上げて地面へと落下させる。

 

「ふんっ!」

 

 ―――上空数十メートルまで打ち上げられた人々が、浮遊してるかのようにゆっくりと落下してくる―――

 

「な、なんなんだよ。これはっ!?」

「・・・こいつは」

 

 地面に落ちる直前、落下していた暴徒全員に細かく風のブレーキをかけてあげる細やかさを見せる騎士姫に暴徒達の視線が集中する。

 

『流石姫さんッ! 一生付いていきます!』

「姫さん言うなッ!」

 

 大の男共が見栄も恥じらいも投げ捨てて年頃の少女の背後に回り込んで隠れようとする中、暴徒達が地面にゆっくり足をつけると同時に少女は槍の切っ先を突き付けながら宣言した。

 

「我が同胞への謂われなき暴力。一方的な私刑・・・断じて罷りならん!!」

 

 後光さえ差し込む、ご当地密着型テロ組織『亡国機業(ファントム・タスク)』の年間人気投票堂々一位のセイバー・リリィの言葉に、露天のおばちゃん達から『リリィちゃん、頑張り屋さんや・・・少しは、見習えクソ虫共! ペッ』とリリィを誉めながら、後ろに集る親父共に唾を吐き捨てていく。

 しかし、そのリリィの言葉を聞いても暴徒と化していた者達からは不満の声が止まることはなかった。

 

「謂われなくねぇし」

「一方的ちげぇし」

「えっ?」

 

 それはどういう意味なのか?と首を傾げるリリィと違い、普段から別の意味で散々世話を焼いている秋水と、親父共の素行を知っている年長の少年少女達が冷たい視線をして、大体の予想をつける。

 

「(どうせ、ツケの分の請求から逃げ回ってたんだろうが)今日はもうこのぐらいで・・・お嬢は引き上げるぞ」

 

 あんまりこういうことに巻き込むと鬼の副長の逆鱗に触れて叱られてしまう・・・怒る対象は自分じゃなくてこのどうしようもない奴等だろうがと思う秋水であった。

 

「・・・なるほど。日頃から私の部下達が大変な迷惑をおかけしてしまっているのは皆の様子から理解した」

 

 ようやくだが何となく事態を理解したリリィ冷や汗を垂らしながらも、それでもと声を張り上げて必死の説得を開始する。

 

「しかし!! 我々には言葉がある!! 対話と相互理解の機会をいただきたい!!」

「(辞めたほうがいいと思うんだが・・・どうせジジィ共の小銭の諍いだろうし)」

 

 少年少女たちの目からも『どうせ無駄だって』との無言の声が上がる中、リリィは部分展開を解除すると、転がっていた椅子を自分で持ち相手に差し出すと、お悩み相談室のように自分も座りながら話を聞く体勢をとる。

 

「じゃあ、俺から聞いてもらっていい?」

「承りましょう!」

 

 敬語で返事するリリィに対して、近所で自営業を営む男性(48)は釘バットを手に持ちながらこう告げる。

 

「お宅の部下がうちの家内(46)と浮気しやがった。そして嫁入りが決まっていた娘(20)とも肉体関係があったみたい」

「・・・・・」

「真っ黒過ぎるわ! おとなしく釘バットで殴られろ!!」

 

 一気に真っ白になって硬直したリリィの代わりに、秋水が激怒しながら叫ぶ。

 

「あ、俺も・・・お宅の部下と嫁が酒飲んで浮気されました。証拠の写真あります」

「こっちもかよ!」

「うちも」

「俺のところも」

「うちは酒に酔っぱらってる状態の浮気現場のメールが来た。殺していい?」

「・・・下半身ごと切除されちまえ」

 

 むなしくアホ毛が揺れる真っ白なリリィと、擁護する気なんてまるでなくなった秋水の前に、被害者一同から次々と罪状が並べられていく。

 

「儲け話があると財布ごと金を巻き上げられた。ツケでお願いと言われたけど信用できない」

「店のレジから金が盗まれた。汚い字で『後日返す』とだけ書かれたメモがあった。返ってきた試しがない。ツケでお願いと言われたけど信用とかする気がない」

「店の商品丸ごと持ってかれた。ツケでお願いとかいうけどツケの概念をこいつ等が理解してるとは思えない」

「店の男従業員の態度が悪いと毎回タダ飯食らって帰る。そのくせ女性従業員はナンパしようとする。両方最近ノイローゼ気味で許せん」

「酔っぱらった隊員同士が喧嘩して庭の植木全壊させやがった」

「買ったばかりの新車を無理やり運転して廃車にされた」

「ペットの毛を全部刈られた」

「酒が入るたびに店の看板に落書きして帰りやがる」

「音痴が昼間から騒音歌ってもう限界」

「何回言ってもうちのトイレで勝手に用を足して帰りやがる。しかも後を流さない」

「小腹が減ったからといって孫から飴玉取り上げやがった」

 

「警察の人! 犯人達はここです!! 早くコイツ等捕まえてください!!」

『イヤぁ~~~』

 

 照れながら頭をポリポリと掻くオッサンどもの姿を見ながら、自分から警察に電話して強制連行してもらおう、と割りと本気で悩み始めた秋水の指がスマフォのコールボタンにまで届くのであった。

 一方、そんな最低中年達の姿を目の当たりにしたトーラと少女達はすっかり怯え切り、互いに抱き締めあいながらオッサンどもと視線が合った瞬間、拒絶の言葉を口にする。

 

「最低ですっ! こっちに来ないでっ!?」

 

 涙目でそう訴える美少女の言葉に、流石の屑いことに定評があったオッサン達も肩を震わせながら項垂れ・・・。

 

「・・・・・・・・・・・・・今のいい」

「・・・・・・・・・・・・・お前もか?」

「・・・・・・・・・・・・・トーラちゃんほどの美少女に罵倒されると、ちょっと興奮する」

 

 雷に打たれたかのように、新しい性癖を開眼させるのであった。

 

『ハァハァ・・・もう一回、お願いしますッ!!』

 

 口をそろえて罵倒を要求する変態共の姿に、ガチで涙目になるトーラが子供達と共に震える中、こっそり懐から銃を取り出して背後から撃ってしまおうかと秋水が本気で悩みだす。しかもその隣では、部下達の所業の数々に心が砕かれたリリィが近所のおばちゃんたちに心配されながらも地面に蹲っていた。

 

「もうよしな! コイツ等の悪事はリリィちゃんの良心の許容量を大幅に超越してるんだよ!」

「リリィちゃんのせいやない。アイツ等が人生やり直したほうがいいレベルの屑なんや」

「ダグ。あんたもかつては先生先生言うて真面目に生きとったのに・・・今じゃただの真面目のマも掠らん生ゴミになり果てよって」

「浅黒く腐った猛毒の餅や」

「ルッツッ! ドミニクッ!? そこのチンピラ二匹は毎度毎度毎度・・・忌々しさを固めて人型にして蛇蝎を埋め込んでも、ここまで不快になるもんなんかね?」

「アンタ達、恥ずかしくないのかい!」

 

『ぜーんぜんっ!!』

「(やっぱ度し難い人間の屑共だ)」

 

 虫けらを見るような忌々しい目で秋水に見られていることに気が付かない愉快な生ゴミ・・・もとい屑親父ズの反省の見られなさに、リリィは涙を流し鼻水啜りながら陳謝する。

 

「皆・・・済まない。だが・・・あまりにも・・・あまりにも!・・・あまりにもぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 『ちょっと好きなだけ街の人達に半殺しにされてください』と放置していくことを決めた秋水が、項垂れながら尚も泣き続けるリリィをトーラと少女達と一緒に連れ出す中、『あんな良い娘さん上司泣かせてんじゃねぇぇっ!!』『良い休憩になったぜ野郎どもぉ!?』という野太い声が背中に聞こえてきたのだが、黙認することにするのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「グスッ、ングッ・・・」

「もう泣かないでリリィ?」

 

 とりあえず表通りの騒がしい集団から遠ざかるように裏通りの路地裏を歩く秋水達は、未だにショックから立ち直れないリリィにハンカチやチリ紙を差し出しながら必死に慰めていた。

 

「もう気にすんなよリリィ姉ちゃん」

「そうだよ。母ちゃんだってリリィ姉ちゃんは頑張ってるって言ってるぜ」

 

 英雄『アレキサンドラ・リキュール』に寄り添うように作られた亡国機業とこの街中において、直参の弟子が未だに数多く在籍する陸戦隊は特に一般人との結びつきが強く、家族ぐるみでの付き合いが行われているのだ。

 街中において二代以上続いてる商店と何十年来の顔馴染みの隊員達にとって、この街はすでに生まれ故郷に次ぐ第二の故郷であり、それゆえか治安維持にも隊員達は何食わぬ顔をしながらも命令無しに参加し、街中の凶悪犯罪率の低さもそれを物語っていた。ちなみに軽犯罪者の占める割合のうち、6割が陸戦隊員という惨状ではあるが・・・。

 つまりは『住人からは愛されている社会の屑共』ということなのだ。言葉に変換すると物凄く違和感しかないことに秋水は戸惑いながらもその事実を改めて実感する。同時に、そんな陸戦を率いて戦場を駆け抜け、気が付いたら街一番の人気者になっているリリィの存在の大きさにも・・・。

 

「リリィちゃん、どうしたんだい?」

「屑共が馬鹿やったことを知っちまったのかい? ああ、なんてことだい」

「気にしちゃいかん。先生おったころからコソコソ隠れて馬鹿やってた屑共のなんやから」

「ほら、串焼き食べな」

 

 渡された串焼きを手に持ち、モグモグと泣きながら食していたらいつの間にか機嫌を元に戻していたリリィを見ながら、ああやっぱり立派に陸戦の一員なんだと実感するのであった。一方、おば様とお子様に大人気のリリィと二分する人気投票第二位の少女はおじ様連中から熱烈な歓迎を受けていた。

 

「こんにちはトーラちゃん、相変わらず美人さんじゃな」

「どうだいトーラちゃん。うちの孫なんぞ紹介させてもらえんじゃろうか?」

「うちの下の息子は年上じゃが、大学病院勤務しとるエリートじゃよ?」

「ワシの実業家の甥っ子もそろそろ身を固めていい歳なんじゃが、どうにも相手がおらんのじゃが・・・」

「正直に話す。むしろワシの嫁になってくれんか?」

「え、ええっと・・・」

 

 困った表情で曖昧な笑顔を浮かべ、遠慮させていただきますと両手を前に出してやんわり断るトーラの姿を秋水は改めて見つめてみる。出会えば街の誰もが振り返る超級の美少女はただそこにいてくれるだけで華やかさを世界に与えてくれるのだ。少なくとも短い『外』の世界で生きてきた人生の中でトーラ以上の美人と出会ったことのない秋水にとって、彼女は本来は自分の手が届くことなんてない存在のはずなのに、なぜかいつも自分に対して話しかけてきてくれる。

 

「(まあ、大好きな姉ちゃんの腹心の部下だしな。一応)」

 

 こんな解釈をする横顔を間近で見ていた子供達から、冷たい視線を送られていることに気が付かない秋水に、声をかけてくる店主がいた。

 

「タッハッハッ! 今日はどうした秋水?」

「ラクーン爺さん」

 

 相撲取りほどもある脂肪分の上からアロハシャツ一枚とジーパン、頭に派手な柄のバンダナを巻き、手入れがまるでされていないもじゃもじゃの髪の毛と一体化した髭を生やした超大柄の老人が、金槌片手にアンティーク家具のタンスを修理していたのだ。

 秋水が非番の日に、アンティーク美術品の修繕のアルバイトをしている臨時のバイト先の老人であり、この裏通りにおいてもっとも古い店の一つを経営する名前が不明で、タヌキに似たその容姿をみんなから「ラクーン(タヌキ)爺さん」と親しみを込めて呼ばれているのだ。

 

「ラクーンッ!」

「タッハッ!! リリィちゃんっ!!」

 

 年老いた老人でありながら2m余りある巨体でリリィを赤子をあやすように持ち上げる姿は、遠くから会いに来てくれた孫を出迎える祖父のそれである。タプタプの下あごの肉をリリィが触り心地良さそうにタプタプしていたところ、彼女にラクーンが問いかける。

 

「タッハッ・・・今日はどうした、トーラちゃんもいっしょにデートかい?」

「でーと・・・だったのか、トーラ?」

 

 首をかしげて問いかけるリリィに対して、真っ赤になって顔を伏せてしまうトーラと、話半分に自分が修理しかけていたテーブルの状況を確認し始める秋水。そんな三人の状況をしばし観察したラクーンは、小声でリリィに話しかける。

 

「(秋水のやつ・・・何かあったな?)」

「(今日はレオンと訓練していただけのはずだが)」

「(それとトーラちゃんは?)」

「(訓練が終わって・・・そういえばめかし込んでいるような)」

 

 秋水の微妙な表情、リリィとトーラへの距離感、それらを一瞬で見極めたラクーンは何かを思い立つと、店の奥に入り、数分後に何かを持って出てくる。

 

「おい、秋水」

「ん?」

 

 40センチほどの小物入れを二つ持ってきたラクーンは彼が見ていたテーブルの上に置くと、彼に突然問いかけた。

 

「ハイ、クイズ。高いのはど~っちじゃ? 触っちゃいかんぞ」

「なんだよ、藪から棒に」

 

 いきなり始まったクイズ大会に、リリィや子供達も勝手に参加してくる。

 

「俺、右!」

「私、左! だって右のほうはボロボロだもの!」

「いや、こういうものは・・・こういうものは・・・」

 

 必死になって頭を捻るリリィをよそに、ある程度知識を持っている秋水はそれぞれを見比べながら考え込む。

 

「(年代的に右のほうが古いけど、状態は左のほうがいい・・・それに左のほうには)」

 

 外見から判断した秋水は左の方を指さす。その答えを聞いた老人は満面な笑みを浮かべながら・・・。

 

「ブッー。正解は右」

 

 なぜならと彼は小物入れの蓋を開き、中身を皆に見せる。

 そこの中には明らかに高そうなサファイヤとルビーのついたネックレスが二つ入れられており、その輝きに皆が息をのむ。

 

「何故なら右の中には、こんな宝石が入っておるから。たっはっ!」

「触れんなとかいいながら中身の値段込みとか、卑怯だろうが!!」

 

 ツボに入ったかのように笑い出す老人に詰め寄る秋水であったが、そんな彼の頭を軽く撫でながら老人は笑顔で言葉を続ける。

 

「たっはっ! 誰かさんと同じじゃ」

「何がっ?」

「外見がどうではなく、中には確かな輝く物を持っておる。なあ、リリィちゃん、トーラちゃん?」

 

 秋水を指さしながら自分たちに問いかけてきたことの意図を理解したリリィとトーラが、満面な笑みを浮かべんながら頷いた。

 

「うん! ちゃんと輝く物があります」

「そうだ。私達にもそれがちゃんとわかります」

「!?」

 

 二人の言葉を聞き、顔を真っ赤にした秋水はその場から一目散に立ち去るように二人の手を握って早足で歩きだす。その姿を見送りながら、老人は最後に振り向かずに歩き続ける秋水の背に言葉を投げかけるのであった。

 

「お前さんもいつか大事にしているものを、引き出しから出してみせえよ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ―――鵜飼総合病院・特別入院病棟―――

 

 窓から夏の風が吹き抜ける病院の一角において、VIP患者用に作られた病室に入院させられていた千冬は、厳しい表情のもとに空を見つめ続けながら、やがて何かの意を決したかのように備え付けの引き出しから、自分が普段使っているスーツを取り出すと、小声で一言ぽつりと呟いた。

 

「・・・また心配をかけてしまうな、一夏」

 

 

 

 

 





昨年の亡国機業人気投票(非公式)


・堂々一位、セイバー・リリィ(3万2456票)

・貫禄二位、アーチャー・トーラ(3万0164票)

・急追三位、ライダー・スコール(1万7987票)

・流石の四位、『元祖』アレキサンドラ・リキュール(1万500票)

・ちゃっかり五位 元陸戦テレサ・バンガード(8072票)

その他の沢山のご応募、誠にありがとうございました!(亡国機業広報課)




人気投票できるのに秘密結社とは一体何なんだろうか?(哲学)

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