IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

106 / 127
すっかり更新が遅れた上に、なんと………一回で終わらない(涙)

後編は早急にうpするように努めます


分岐点(前編)

 

 

 

 

―――「今日という日がとうとう来たのだな」―――

 

―――「姉さん………おそらくナンバー『004』は来ないけど」―――

 

―――「………『003』が同意を得てくるはずだ」―――

 

―――「じゃあ残りは………『002』」―――

 

 

「私達(IS)の運命が、また一つ、動くことになるのだな」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 海鳥が鳴きながら空を飛ぶ海岸線。日差しの強さは朝から増すばかりで、今年の最高気温をまた今日で更新しそうな夏日の中………福音との戦闘を終わらせた翌日にあたる臨海学校三日目の正午前、普段着に着替えた対オーガコア部隊のメンバー達は、臨海学校においてIS学園が使用しているビーチではなく、大型の船などが停泊できる港を歩いていた。

 

「…………」

「…………」

 

 顔面をボコボコにされた二人の少年が無言で先頭を歩き、その後をシャルと箒の二人が済まなさそうな表情をして後をついて歩いてくる。更にその後ろにラウラと鈴とセシリアが神妙そうな顔で続くが、沈黙に耐え切れなくなった鈴がここで一つ先頭の二人に声をかけるのであった。

 

「………シャルも箒も反省してるんだからさ。もうその辺で許してあげたらお二人さん?」

 

 アレキサンドラ・リキュールが退出した後、男湯に乗り込んできた二人は勢いそのままに陽太と一夏が言い訳する間も与えずにボコボコにしたのだが、二人が血文字で「はなしきいて」と書き出した辺りで様子を見に来た奈良橋によってようやく静止され、よくよく考えてみれば信用する必要ない言葉だったことを思い知り、二人はその場で平謝りする羽目になったのだった。

 

「…………ごめんなさい、ヨウタ」

「………すまない、一夏」

 

 本当に済まなさそうに謝る二人に対して、本心ではそんなに怒りを感じてるわけではないのだが、一切の言い訳を許さずにボコボコにされたことをあっさり許してあげられるほど少年達も大人ではなかった。二人の少女が早とちりしがちなのも悪いことなのだが、先の戦いでアメリカの国家代表も言っていた『時に制御できなくなるのが恋心』との言葉があるように、思い込みが激しいことが彼女たちの短所であると同時に愛おしむところなのかもしれない。

 が、そんな大人の対応を知らない(てか出来ない)二人の少年が意地を張ることしかしない状況では、流石にシャルと箒が可哀そうに見えたのか、最後尾を歩く『彼女』はこうぽつりと呟く。

 

「でも女性は我儘な方が男性が喜ぶもんだって思うんだけどな…………男って、黙ってると面倒くさい女とか言い出すし」

 

 こちらも普段着を着た………シンプルな白シャツに、ボトムスとデニムベストを合わせた着こなしの上にサングラスをかけて歩くナターシャ・ファイルスの言葉に、陽太が異議ありという表情で睨んでくる。

 

「問題をすり替えるな。殴られて喜ぶ趣味を地球上の全男子が共有してるわけじゃねーぞ?」

「ハーイハイ。チェリーな火鳥隊長☆」

「ぬがっ!?」

 

 昨日の言葉を思い出し、再び蹲りそうになる陽太………なぜナターシャ・ファイルスがそれを知っているのかは謎であるが、彼女は動かなくなった陽太を抜き去り、先頭に立つと皆のほうに振り返りながら問いかけた。

 

「私の旦那様ほどに良い男にならないと、シャルちゃんが苦労しちゃうぞ?」

 

 一児の母でありながら全く崩れることない抜群のスタイルを持ち、魅惑の美貌を持つ人妻操縦者に言いくるめられる陽太の様子に、シャルはようやく済まなさそうな表情から苦笑に変化するが、その時、前方にどこかで見たことのある大型客船と、大柄なショートヘアなメイドさんと小柄な金髪ツインテールのメイドさんが、それぞれ仁王立ちしながら客船へと昇る階段の前を陣取っているのが見えた。

 

「あれは!?」

 

 ラウラがさっそく警戒しながら待機状態のISを構え、いつでも展開できる準備を取る中、しょぼくれた表情の陽太が、何か言いかけた二人に対して先んじた暴言を口にした。

 

「なんだ………色物戦隊ザコナンジャーのイエローとブラックか」

竜騎兵(ドラグナー)のフリューゲルよっ!!?」

竜騎兵(ドラグナー)のスピアーだっ!!?」

 

 適当に考えた名前で呼ばれ激憤する二人を適当にあしらいながら、陽太はうんざりした表情で更に一言付け加える。

 

「初登場時点で力量差歴然のお前らはどうでもいいんじゃ!! お前らのオッパイ上司どこだ!?」

 

 墓穴に埋めたる、昨日の屈辱を晴らさずにおくべきか、と誰よりも鼻息が荒くなる陽太であったが、そんな彼のほうを心底忌々しそうに見つめながらも、丁寧に腕を船内の方に向けて引き攣った表情でこう言い放つ。

 

「ほ、本日はようこそおいでくださいました………『お客様』」

「で、では………ご案内させていただきます………『お客様』」

 

 心の底から嫌そうな笑顔を浮かべる二人の微妙な様子に、全員が円陣を組んで相談し始める。

 

「(何かの罠か?)」

「(あり得ますわ)」

「(でもそれならなんでお客様なんて言い方するのよ?)」

「(そんなの油断させるために決まってるだろ)」

「(だがしかし………悔しいことに我々全員を相手するなら、あの亡国幹部一人でも十分にお釣りがくるはずだ)」

「(俺一人でも今度は返り討ちにしてやる)」

「(だからヨウタ………)」

 

 今日の招待について、当初は一人で行くと言い張った陽太の言い分をシャルは諫める。確かにただ情報を仕入れるだけであるのならば、彼一人のほうが身動きはしやすかろうが、残念なことに陽太があのアレキサンドラ・リキュールと対峙してそのまま帰ってくるとは思えない。

 

「(ひ、必要ナ情報ダケヲ手ニイレテカエッテクルヨー)」

「(はいはい)」

 

 信用のない(できるわけもない)隊長の意見を却下したシャルの隣において、ナターシャは船内を見つめながら陽太に問いかける。

 

「ここまで来て帰っちゃうって選択肢もないこともないけど………どうしますか、隊長?」

 

 修理待ちの福音しかもっておらず、戦闘になれば最も危険度の高い身でありながら、まるでその様子を感じさせないナターシャの問いかけに、陽太はニヤリと口元を歪めながらこう言い放った。

 

「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』………せっかくのご招待だ」

 

 待ち構えるものが何なのかもはっきりしていないが、相手は『暴龍帝』アレキサンドラ・リキュール。下手な作戦など立てて舐めたことをすれば一瞬で取って食われる相手。ならば考えることは相手への探りではなく、いかなる事態にも動じないという覚悟だけ。

 

「覚悟決めていくぞ、テメェ等」

 

 いつだって出たとこ勝負。

 対オーガコア部隊の名物になりつつある矜持(スタイル)を象徴する隊長の言葉を聞き、『また始まった』と苦笑しながら全員がそのあとに従うのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「さあ、ここよ」

 

 そして歩くこと数分。豪華客船の内部を案内された陽太達は、周囲に多少の警戒をしながらも大きな扉の前まで通され、いよいよ決戦の火蓋が切って落とされるのかと皆が緊張した面持ちとなる。

 だが、そんな警戒をしているIS学園メンバー達の心境になんぞ興味ないといわんばかりに、スピアーはぞんざいな様子で中にとっとと入れと言わんばかりな手つきで扉を開く。

 

「本日はようこそおいでくださいました、お客様」

 

 先ほどの二人とは違い、自分のロングスカートを手に取り、一歩引いた状態で頭を下げる非常に丁寧な淑女の挨拶をしたフォルゴーレが出迎え、対オーガコア部隊のメンバー達と対面する。

 

『…………………』

「…………………」

 

 扉が開いた瞬間、ナターシャを除く全員がISを瞬時に装着できる体勢を取っていた陽太達と、頭を下げた状態のフォルゴーレの間で、奇妙で緊張した空気が流れるのであった。やがて痺れを切らしたフォルゴーレが頭を上げ、周囲を見回しながら首を傾げた。

 

「…………………あり?」

 

 なぜにお客様が臨戦態勢を取っているのか理解できないフォルゴーレは、役割は終えたとばかりにとっとと退出してしまおうとするフリューゲルとスピアーに問いかける。

 

「今日のお食事会のこと、ちゃんと伝えた~?」

「親方様に言われてるんだから、こいつ等だってそれぐらい覚えてるわよね、『お客様』?」

「そうだぞ『お客様』?」

「お客様として扱う気がないだろ、お前らっ!?」

 

 お客様として礼儀を尽くす気なんて欠片もない事が態度から滲み出る二人を見た陽太のツッコミを受け、とりあえず二人に代わってフォルゴーレが頭を下げるのであった。

 

「申し訳ございませんお客様………二人に代わって謝罪を」

 

 二人と違い、素直にかつおそらく上司の命令通りIS学園メンバーをお客様として扱うフォルゴーレに戦闘意欲を削られ、一旦警戒状態を解いたメンバー達はアレキサンドラ・リキュールの真意が本当にただの『昼食』に誘っただけだったことに気が付き始める。

 

「………あの女、とことんまで我々を馬鹿にしているのか?」

 

 彼女への敵意が強いラウラのセリフに、フリューゲルが素早く食いつく。

 

「何言ってるの? 親方様がお前達程度を敵に認識するわけないでしょう?」

「なんだと!?」

「そうだ………敢えてそんなお前達に褒美を与えらえれる親方様の度量の広さを、今日はたっぷりと味わうがいい!!」

「じゃああんた達にお礼を兼ねて、地面の味を味合わせてやってもいいわよ?」

 

 ラウラを援護しつつ煽り返す鈴の言葉に、フリューゲルとスピアーの二人の額に青筋が走る。背後では陽太が『ケンカか? 俺も混ぜろ』と腕まくりして参入しようとしたが、シャルロットが襟首を掴むことで阻止する。

 が、流石にこの状況はまずいと思ったのか、フォルゴーレは一度だけ響く大きな拍手をすると、同僚の二人に注意を施す。

 

「駄目だよ二人とも。今日は私たちはウエイターに徹しろって、親方様に言われたじゃない」

「あっちがケンカ売ってきたんだしょう!?」

「そうだそうだ」

 

 いや、そっちだから。というIS学園メンバーの視線を受け止めたフォルゴーレは、上司(親方様)を中心に世界が回っている二人に対して、伝家の宝刀を抜き放つ。

 

「じゃあ今から私、料理持ってくるね。フリュちんとスピちんの振る舞いの報告兼ねて」

「「待てっ!!」」

 

 そんなことは断じてさせない、と超絶焦った表情になる二人に両肩を持たれたフォルゴーレは、『マズイと思うなら最初からしなけりゃいいのに』という言葉を心の中だけで呟くと、二人の声を無視してIS学園メンバーを昼食の席へと誘うのであった。

 

「さあ、こちらにお座りください」

 

 ショパンが作曲したクラッシクの名曲が流れ、イタリア製の高級インテリアで揃えられたテーブルとイスを見て、このような会食の場に慣れているセシリアは、それなりの待遇の人間を迎え入れる気は本気であると感じ取り、目配りしてまずは隣のナターシャに無言で問いかけた。

 

「・・・・・」

 

 そんなセシリアの視線を受けたナターシャは、ここまで来てしまっては後に引けないと、まずは真っ先に座席へと腰を下ろす。それを皮切りに、セシリア、箒、一夏、鈴、ラウラ、シャルと順番に座っていき、最後に陽太が舌打ちしながら着席するのであった。

 

「お飲み物は何にいたしましょう?」

 

 フォルゴーレの問いかけに、テーブルに肩ひじを突きながら明後日の方向を見て不貞腐れていた陽太が言い放つ。

 

「グレイグース ル・シトロン(※フランス産のウォッカ)」

 

 敵陣ど真ん中で真昼間からいきなり堂々と飲酒を始めようとした陽太であったが、すかさず後頭部を叩いたシャルが改めて引き攣った笑顔で答える。

 

「ぜ、全員、ミネラルウォーターで」

「かしこまりました」

 

 オーダーを受けたフォルゴーレが出ていくと、シャルが小声で『バカ?』と陽太に問いかけ、結構痛かったのか頭を抱えて震えながら『馬鹿じゃないもん』と精一杯言い返す中、ミネラルウォーターを持ったフォルゴーレと、オードブル(前菜)を乗せた台車を押してきたリューリュクが入室してくる。

 

「失礼いたしますお客様」

「失礼いたしますお客様」

 

 それぞれのグラスに水を注いでいくフォルゴーレと、それぞれの前に蓋つきの皿を並べていくリューリュクの二人の淀みない動きに、しばしIS学園メンバー達は圧倒されていく。

 

「(なんか………手慣れているな)」

「(普段はだらしなさそうな印象があるのに)」

 

 小声で囁きあう箒と鈴は、竜騎兵達の意外な一面に驚く。ただの戦闘狂いに盲目的に従っているだけの少女たちだと思っていただけに、こうやって行き届いた教養があることを見せつけられたからだ。

 そして見とれていた陽太達の前に、本日の前菜料理が置かれ、蓋が開かれる。

 

 

「こちらが本日の一品目、前菜『イシダイのカルパッチョ、和風ソース仕立て』でございます」

 

 

 食べやすい大きさに捌かれた石鯛とスライスされた野菜とバジルをまぶし、醤油をベースに香酸柑橘類と他にも何か入れられているのであろうか………既に只ならぬ雰囲気と香りが皿から放出され、全員を凍り付かせる。

 

―――「あれ? 世界観が何か違う料理が出てきてない?」―――

 

 突然違う番組でも始まったのか、と戸惑うIS学園メンバーとナターシャは互いに目と目で話し合い、とりあえず代表して陽太と一夏が口をつけることにする。

 

「「・・・・・」」

 

 フォークで刺した時に違和感は感じられない、臭いに異常なし、やはり問題があるとしたら口に入れた瞬間なのだろうか? 緊張した面持ちで二人はゆっくりと口の中にカルパッチョを放り込み、一噛みし………。

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

 ―――脳内で打ちあがる花火―――

 

 ―――未知の彗星が地球に接近―――

 

 ―――人類は、今、新しい地平に降り立ったのだ!!―――

 

 

「「・・・・・」」

 

 瞳孔を限界まで開いた状態で静止した二人の頭の中で勝手に始まったナレーションのことなど当然誰も気が付きはしないだろう。が、やはり毒入りだったのかと二人の異変を勘違いした皆が騒ぎ出そうとする。

 

「「(ゴクリッ)」」

 

 一口目を噛み締めるように飲み込んだ二人は、そのまま項垂れると全身を震わせ、ようやくそこで今口にしたものの感想を口にする。

 

「「悪い皆、ちょっと美味過ぎて死にかけただけだから」」

「大問題よ!!」

 

 鈴の鋭いツッコミが飛ぶ中、そんなもの知ったことかと陽太と一夏の感想が続いていく。

 

「人間は多幸感が過ぎると死にかけるという噂があったが、まさか自分でそれを実感するとは」

「ちょっと何なんだよ!? 何なんだよコレ!?」

 

 震えが止まらない二人の様子を見て、命の危険はなさそうだと思ったのかラウラが続けて口をつけ………二人と同じように凍り付く。

 

「ラウラッ!?」

「・・・・・わ、わたしが」

 

 そしてやっぱり震えだしたラウラであったが、二人とは興奮が過ぎたのか涙を流しながら泣き出してしまう。

 

「・・・私が今まで食べていたものはゴミ同然だったのだ」

 

 アウアウと泣きながら自分が今まで体験していたことはただの補給作業でしかなく、今口にしている物こそが真の食事なのだと打ちのめされるのであった。なお、横から陽太が『いらないなら食べてあげるよ?』と小声で問いかけるとナイフを反転させ『いらないのはお前のそのふざけた右手のことか?』とかなり物騒な雰囲気で威嚇する。

 こうなってしまっては致し方ない。残ったメンバーもそれぞれが口をつけ、驚異の前菜料理が持つ普遍的説得力を体感するのであった。

 

「(これは桁が違いますわッ!!)」

 

 出身国がメシマズ国家と揶揄されてはいるが、上級階級に生まれ、このような場の食事には一番慣れているはずのセシリアすら味わったことのない美食の威力は、隣にいた鈴の下を完膚なきまで打ちのめす。

 

「(私生涯ダイエットなんてしない! これ一生食べていたい!!)」

 

 乙女の大事な何かを捨て去る価値がこの料理にはあるのだろうか? 少なくとも鈴にはその価値があったようだ。

 

「(和と洋、複雑に絡み合いながらも一切の乱れがなく、見事な調和が生まれている!!)」

 

 魚料理には少々うるさいと自負する箒は、以前更識家が招いた京の板前が作ったお刺身すらも凌駕する一品を前に興奮が隠せずにいた。

 

「(凄いッ!! こんな料理があるんだっ!! 私、この人に料理教えてもらいたい!!)」

 

 料理好きでチーム一家庭的なシャルは、これを作った料理人はさぞかし高名なシェフなのだろうと思い、会って是非とも話を聞き、料理のコツなんていうものも教えてほしいと想いをはせる。ヨウタのあの様子を見れば、この料理人の味がいたく気に入っているのは間違いないのだろうから。

 

「(やばーーーーい。超美味しーーーーーい!! 旦那(ダーリン)にも食べさせてあげたーい!タッパーウェア持って来れば良かった、タッパーウェアああああ!!)うふっ」

 

 唯一動じていない(あくまで表面上)ナターシャの大人の落ち着きぶりに、若い女性達からは「流石です」「これが大人の女」などという称賛の声が上がる………内心の超ハイテンションを悟らせないことは流石というべきなんだろう。

 

 それぞれが驚天動地するが、これはまだ前菜………フレンチのフルコースでは一品目にして口の中を整えることが役割の物でしかない。全て平らげられた皿をフォルゴーレが引き取り、続けてリューリュクが二品目のスープを入れた器を配っていくのであった。

 

「二品目、スープ『コンソメのロワイヤルスープ』でございます」

 

 フレンチにおいてメインとされるのはスープからであり、コンソメスープは気が遠くなるほどの時間と手間をかけて作られるため、ワンランク上のおもてなしとして人気のあるものである。

 先ほどの前菜の驚異的な味を食したものとしても、このスープも先ほど同様に新しい地平が拓ける味なのかもしれない。陽太達がスプーンを手に取ると唾を飲み込み、全員が同時に一口にし…………本日の戦いが長いものになることを覚悟するのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「三品目は、ポワソン『伊勢エビのフランベ パスティスの香り』でございます」

「はうっ」

 

 高級感の溢れるエビがよく合うお酒によって更に味を引き出し、箒の心を見事打ち抜いてしまう。

 

「四品目、ソルベ『白ワインのグラニテ』になっております」

「これっ!! 凄い美味しいっ!!」

「(ミーニャっ!? 御免なさい。ママばっかり)」

 

 白ワインとマスカットの汁を使って作られたジェラードの口当たりの良さにシャルとナターシャのテンションが最大級まで高まる。

 

「五品目、本日のメインであるアントレ『和牛フィレ肉、ロッシーニ風』でございます」

「肉、厚ッ!」

「フォアグラかっ!?」

「黒トリュフとか使ってる!?」

 

 肉の登場を心待ちにしていた陽太、一夏、鈴の三人の目の前へ、光り輝く国産牛と二大素材による奇跡のコラボレーションを果たした料理が出され、あまりの恐れ多さに早く食べたい気持ちすらも凌駕され、ナイフとフォークを刺せずに躊躇してしまうのであった。

 

「六品目、デセール『スフレとフリュイルージュ』でございます」

「こ、これは………デセールだというのですか?」

「私は今まで見たことはないが………食べていいものなのだろうか?」

 

 数多くのデセール(デザート)を見てきたセシリアと、芸術方面などてんで疎いラウラが同時に感動を覚える、スフレの周りにアイスクリームで花を、ソースで色彩を、ジュレで色を飾られ、僅かにまぶされた金箔によって、それは最早デザートというよりも美しい調度品としかいいようのない見事な芸術作品が皆の前に出されたのである。

 

 そして最後に食後のカフェ・ブティフールが出され、コーヒーと数種の焼き菓子を皆が満足そうに口にする。

 

「いや~~~、本日はホント申し訳なかったな~」

「本当だよ。まさかここまで本格的なフレンチだったなんて………俺、ちょっと感動したかも」

「私もよ~~~。満漢全席みたいにドカッと料理出さないフレンチのフルコースなんて鼻持ちならないとか思ってたけど、今日で考え変えるわ」

 

 とにかくいつもは量を食べたがる三人すらも味で満足させられ、今日はとにかく美味でお腹がいっぱいなったようだ。

 

「しかし、これほどの料理が作れるシェフの方ともなれば、さぞかし高名な方なのだろう」

「当然ですわ箒さん。このセシリア・オルコットの舌をこれほどまでに満足させられる方、おそらくどこかの名のある3つ星のお店の料理長クラスなのでしょう」

 

 箒とセシリアの二人は、これほどの料理が作れるのだろうから、おそらく今日のこの日のために高名なシェフが招かれたのだろうと、疑いなど入る余地がない満足感を得ていた。

 

「(………さっきのデセール。教官に持って帰って差し上げたい。頼めば作ってくれるのだろうか?)」

「(今日のソルベ。作り方は絶対に聞かなきゃ)」

 

 高名なフレンチの名店から来た料理長と思われる人物に、お土産の注文とレシピを聞き出そうとラウラとシャルは握り拳を作って燃え上がる。

 

「…………アレ? 私、今日、何しに来たんだっけ?」

 

 コーヒーを飲みながら一人冷静さを取り戻したナターシャであったが、その時、フォルゴーレとリューリュクがお辞儀をしながら、集まったメンバー達にあることを告げる。

 

「本日はご苦労様ですお客様。ご満足いただけたでしょうか?」

「特別に本日のコース一式を作ったシェフが挨拶をしたいとのこと」

 

 これほどの物を作ってくれた人が自分達に挨拶をしたいと言っているのだ。断る理由はなく、むしろ自分達の方こそ感謝を述べたいと、ここに連れてきてほしいと告げる。

 

「了解いたしました」

「では、シェフを紹介させていただきます」

 

 フリューゲルとスピアーがドアに手をかけ、扉を開き中にその人物を招き入れる。

 

 

 

 

 

 ―――長い髪を後ろで一つに束ね、白いYシャツとジーパンという簡素な格好の上からエプロンを付けた姿の―――

 

 

「本日のシェフ、『アレキサンドラ・リキュール』でございます」

『ウソだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 

 

 

 

 

全員がテーブルを叩いて立ち上がって否定する中、暴龍帝はどこ吹く風よと我気にせずに空いている席に座るのであった。

 

「いや~~~。久しぶりに作ってみたが、満足していただけたようで、私としても大変喜ばしい」

 

 彼女が着席すると同時にフリューゲルとスピアーが素早くコーヒーと茶菓子を用意して差し出し、淹れたてのコーヒーに一口付けたリキュールがようやく立ち上がった全員にこう問いかけるのであった。

 

「・・・・・・ひょっとして足りなかったかい?」

『違うッ!!』

 

 怒り狂うIS学園メンバーであったが、そんな彼らにフリューゲルとスピアーは胸を張りながら自分達の主がどれ程の存在なのかを哀れな子羊達に丁寧に説明する。

 

「聞きなさい、貧相な食生活しか送っていない哀れな味覚の持ち主たち!? 親方様はそんじょそこらのボンクラシェフ共とは、技能、素材への見識と観察力、そしてあくなき探求心と深い知性の次元が違うのよ!」

「今回はフレンチであったが、親方様が御作りなれるものはフランス料理だけではない! 日本懐石、中華、イタリアン、ロシア、スペイン、ドイツ、その他ヨーロッパ諸国、また中東やアジア方面にも精通されておられる!!」

「「世界各地の料理を網羅され、なんとレシピ数は数万!! おかげで私達は一度だって美味しいと言ってもらえた例無し!!」」

 

 自慢と自虐を同時に行う二人に対して、褒め称られたはずの主の対応はいつも通りである。

 

「フリューゲル」

「ハッ!」

「スピアー」

「ハッ!」

「黙れ」

「「ハッ!!」」

 

 いつものやり取りをするバーサーカー陣営に対して、それどころではないのはIS学園メンバーの方である。

 『どうした? 気分でも悪いのかい?』と更に余裕ありげに首を傾げながら問いかけられることに対しての腹立たしさもあるが、何よりも先ほどの瞬間までの自分達の発した言葉を思い出し、余計に自分自身への怒りが沸き上がり何度もテーブルを叩きつけるのであった。

 

「クソッ、クソッ!! 人生で初めて、美味過ぎたことが逆に腹立つ!!」

「落ち度がないことに落ち度を感じる!!」

「せめてちょっとぐらい………バカッ!!」

「わ、わたくしは………わたくしは………お母様ぁっ!! 申し訳ございません!!」

「教官………教官……………大変申し訳ありません!!」

「防人の恥だ!! 誰か、介錯の準備を!!」

「(私は絶対に言わない、一瞬でもこの人に弟子入りしたいとか考えた事を)」

 

 項垂れたシャルと目が合ったリキュールは、ニヤッと笑うとこう言い放つ。

 

「なんなら作り方の一つぐらい、教えてやらんこともないぞ?」

「!?」

 

 更に見透かしたかのような発言をされ、怒りのあまりシャルは一際強くテーブルをぶん殴るのであった。

 ある意味この世で一番予想外な人物の驚くべき特技の前に、なんでかまたしても負けたかのような屈辱感に包まれるIS学園メンバーとは違い、米国の軍人であるナターシャはテーブルの上に食器をたたき割り、椅子をひっくり返して立ち上がり、本気の怒りを見せて彼女に歩み寄る。

 

「アレキサンドラ・リキュールッ!!」

「………その皿一つでも、結構な値段がするものなんだがね」

 

 ナターシャのあまりの剣幕にアレキサンドラ・リキュールと竜騎兵を除く全員が気圧される中、拳を振るってリキュールに殴りかかろうとするナターシャであったが、それを横合いから部分展開したISの武装を突き付けたフリューゲルとスピアーが阻みにかかる。

 

『!?』

『!?』

 

 残りの竜騎兵とIS学園メンバーも突然の事態に自分達も参加しようとするが、皆を止めたのは右手を上げ、左手でカップを持った暴龍帝であった。

 

「フリューゲル、スピアー、止まれ」

「はっ!」

「はっ!」

 

 いつものやり取りで側近の二人を静止させたリキュールはゆっくりと立ち上がると、ナターシャの前に歩み寄り、改めて自己紹介をするように右手を差し出すのであった。

 

「この間やりあったときは挨拶が十分にできなかったな」

「!?」

「君の怨敵である、亡国機業幹部のアレキサンドラ・リキュールだ。よろしく、『七色の大天使(アルカンシェル・アンジュ)』、ナターシャ・ファイルス。君を戦士として再認識させていただいたよ」

 

 まるでこれから友人になる人間に自己紹介するかのようなリキュールの態度に、ナターシャの言葉はなく、代わりに握り締めた拳が振るわれる。

 

「ナターシャさん!?」

 

 シャルが止めるように静止の言葉を発する中、彼女の拳を止めたのは本人ではなく、ましてやリキュールでも竜騎兵でもなかった。

 

「・・・・・」

「陽太君、なんで!?」

 

 ナターシャの隣にいつの間にか立った陽太が横合いから彼女の拳を受け止めたのだ。リキュールのみがまるでそのことがわかっていたかのような余裕の笑みを浮かべる中、しばし彼女を静かに睨みつけた陽太はこう言い残して、自分の席へと戻る。

 

「これで『貸し借り』無しだ」

 

 コーヒーに一口付け、リキュールはにこりと微笑みながらこう言い返す。

 

「君のそういう律義な所も、私の好感度が高いところだよ」

「「!?」」

 

 陽太とシャルが同時に、怒った猫のように全身の毛を逆立たせてその言葉に言葉ではなくオーラだけで『黙って(ろ)』と反応する。が、その様子がまた甚く気に入ったのか、上機嫌そうな様子になるが、面白くないのは途中で止められたナターシャの方である。

 

「なんで私を止めるのよ!」

 

 猛然と陽太に詰め寄るナターシャに、うんざりした表情で顔を背けながら陽太は語るのであった。

 

「福音がドライツバーク『ドッペルト』モードをぶっ放しかけた時、コイツが部下使って援護砲撃してくださりやがったんだよ。おかげで射線がズレて避けやすくなりくさりがったけど」

 

『最も、俺はそんなんなくても全然平気だったけど。ケッ』といつもの減らず口を付け加えるが、ナターシャにしては信じられないといった表情でリキュールに話しかけるのであった。

 

「貴女………何のつもりで?」

 

 彼女のことをよく知らないナターシャの質問に対して、ある程度予想がついていたIS学園メンバーが想像した通りのセリフを、空になったカップに二杯目のコーヒーを注がれながら暴龍帝は口にする。

 

「なぁに、彼らは私達亡国機業の獲物だ。その中でも一番の逸品を他の連中のドサ紛れで倒されるのは我慢ならんだけだよ」

 

 こうやって呑気にランチをごちそうし、コーヒーまで出しておきながらもあくまで自分は敵であると主張するアレキサンドラ・リキュールの様子に、いよいよ意味が分からなくなってきたナターシャが小声でシャルに話しかける。

 

「(何なのよコイツ? いつもこんな感じなの?)」

「(いつだってこういう感じで、人の神経を逆撫でてくるんですよ、この人は!!)」

 

 百年越しの怨敵に出会ったかのように嫌悪感丸出しになるシャルの様子にナターシャは若干引き気味になる。というか、本当にこの女は敵であるIS学園と自分にタダ飯食わせに現れただけなのだろうか? 情報が足りずに判断つきかねる所に、リキュールがまたしても爆弾を投入する。

 

「そういえば客がもう一方いるんだ………別室で同じ食事を取ってもらっていたのだが」

「客?」

 

 いったい誰なのだろうか? 疑問符を浮かべる陽太達であったが、すぐさまその相手が判明する。

 

「いやいやいや~~~、相も変わらずあーちゃんの料理は美味いッ! ザ・三ツ星!」

「クッ………わ、私はまだ負けたわけではございません!」

 

 どっかで聞いた少女の声が悔しさを滲ませと共に、何処かで聞いたことのある女性の声がドアの前から発せられ、陽太、箒、シャル、一夏達という順番で緊張を走らせる。

 

「この声は!?」

 

 箒が叫びながら立ち上がった時、同時にドアが開かれ、案の定クロエ・クロニクルこと『くー』を引き連れた天才科学者・篠ノ之束が、満腹になった腹を抱えて現れた。

 

「おっ! これはこれは、ほーちゃんじゃないか!?」

「姉さん!? なぜここに………」

 

 この間の宣戦布告以来すっかり姿を隠し、誰の前にも表れなかった人物が何の前触れもなく現れたのだから無理もない。だがこの中でただ一人だけその事情を知っているアレキサンドラ・リキュールは暢気にコーヒーを飲みながらこう言い放つ。

 

「今朝がた、漁港で仕入れをしている時に見つけて拾った。どうやら君達だけが私のメシを食うことに不満があったみたいでな」

「どうしてようちゃん達は私に連絡入れてくれないの!? あーちゃんのゴハンならどこにいたって駆け付けたっていうのに!?」

 

 『束ちゃんに意地悪とか、ホントようちゃんは顔に似合った卑劣漢だよ』とか勝手なことをほざいているが、大事なことはそこではない。

 お前等、この間宣戦布告をしあった敵同士ではないのか? 疑問符を浮かべるメンバーを代表するように陽太が叫んだ。

 

「この間は仲悪いフリして、実は裏ですでに結託済みだったのか!?」

 

 ビシッ!と指をさして両方を交互に指すが、二人はお互いの顔をしばし見つめあうと、やがて苦笑しながら陽太にこう言い返す。

 

「中々可笑しいことを言うな陽太君は」

「ハハッ! ホント、ようちゃんはギャグセンスがあっていいよ!」

「私はこの瞬間も束の敵だよ? 例えばこうやって談笑している間も彼女が私の首を撥ねに来ることだって許可している」

「ね?」

 

 何が一体『ね?』なんだよ、と聞き返すことができない陽太がアングリと口を開いた状態で硬直する。敵対する者同士だというのに、二人の間にある空気はまるで長年の友人関係のソレだからだ。

 

「私の感覚が少々世間ズレしていることは認めるが………君はどうなのだい、陽太君?」

「…………あっ?」

 

 ようやく意識が追いついた陽太が間の抜けた言葉を返すのにも気分を害さず、暴龍帝はゆっくりと語り続ける。

 

「私にとって戦闘は最高のコミュニケーションだ。愛も、憎悪も、喜びも、怒りも、悲しみ楽しみ苛立ち、憧憬………あらゆる感情が渦巻きながらぶつかり合う。だから私は命がけの戦いが大好きだ。これほどに公正明大な事柄もそうはない………命という人間の原初にして最大のチップを互いに掛け合うことで、お互いの全てが曝け出される」

 

 戦闘狂と称される彼女の主義そのものを言葉にすることで、陽太達にまたしても何かを問いかけようとしているのか………真偽が掴めないIS学園メンバーが返答に困っているのを見たリキュールは、コーヒーに一口つけると、気にするなと言葉をつけ足してくる。

 

「安心しなさい。いつぞやの勧誘ではない………これは『警告』だ」

「警告?」

「そうだ………命懸けの戦場を、無粋な行いで汚す者がいる。残念なことに私達『亡国機業』の中にな」

 

 何の話だ? と陽太が問いかけると、彼女は鋭い視線を作って答える。

 

「『メディア・クラーケン』………その名を覚えておきたまえ。そして戦場でもし遭遇することがあれば…………有無も言わずに『殺し』なさい」

『!?』

 

 自分と同じ亡国機業に所属する人間を、敵であるIS学園に『殺せ』などとはどういうことなのか? アレキサンドラ・リキュールがさらに言葉を続けることで、その疑念は膨れ上がる。

 

「躊躇するな。手を汚すことに戸惑うな。話し合いで解決しようなどとは間違っても考えるな………あの『女』にはそんな甘い考えは一切通じないと思え」

「どういうことだ?」

「………邪悪。ただそれだけだ。滅ぼしてしまって構わない」

 

 それ以上語ることなく言葉を終わらせたリキュールは、今度はシャルのほうを見ながら話題を変えてくる。

 

「さて、私の言いたいことはここまでだ。では次に………私と束がぜひとも問わねばならないことだ」

「?」

 

 視線の意味が分からないシャルが戸惑うが、束は彼女の隣に立つと覗き込みながらこう問いかける。

 

「おい泥棒猫」

「どっ!? だからその呼び方はやめてください!」

「呼び名なんてどうでもいいんだよ………お前は一体何なんだ? なんで福音をお前が止めることができたんだ?」

 

 ゴスペルが停止した件についての事を問いただしに来た束とリキュールは、殺気こそはなってはいないものの、なぜか厳しい視線をシャルに送りながら二人で言葉を続ける。

 

「お前は凡人だ。才能などはない」

「グッ!? ハッキリ言いますね!」

「ああ、束ちゃんから見てもそれは間違いない………だからこそ、わからないことがある」

 

 二人の女傑に挟まれ言葉に詰まるシャルは、自分が一体何をしたのかと考えながら椅子から腰を上げて後ずさってしまう。見かねた陽太が二人の間に割って入ってシャルを守ろとするが、二人はそんな陽太に見向きもせず、さらに詰めよってくる。

 

「もしこれが私か千冬……そして陽太くんであったなら、そこまで疑念は抱かなった。私や千冬は可能であると認識しているし、彼ならば可能性があるのだから」

「お前は違う。お前は『選ばれていない』………じゃあ、なんで閉じていた非限定情報共有(シェアリング)を開放し、福音がコアネットワークを接続できたのか………お前は答えを持っているはずだ」

 

 二人にとっても昨日の現象は大変興味深いもので、ましてやその中心にいたのがシャルであったことに驚きが隠せずにいたのだ。

 世紀の天災、世界を震撼させる超人と称される彼女達にとって『才能』の有無は絶対的な判断基準となっている。だからこそ才能がないはずのシャルに一度は失望したし、今度はそんなシャルが福音を目覚めさせたことに驚いたのだ。

 彼女達には見えない『力』がシャルにはあるのではないのかと………だが、そんなこと知る由もないシャルにしてみれば、二人の威圧的な問いかけに答えられる知識などはなく、彼女は怯えながら必死に言葉を紡いだ。

 

「そ、そんなに聞かれても、私知りません! あの時だってヴィエルジェや他の人達が必死に言葉をかけてくれたから、ゴスペルの声が聞けたんだし!」

「「!?」」

 

 だが咄嗟に喋ったシャルの言葉を聞いた二人は、しばし押し黙りながらそれぞれが推測に入る。

 

「(IS側から問いかけてネットワークを開いたのか? だが暴走している方にはアクセスなどできるはずもあるまい)」

「(非限定情報共有(シェアリング)には私も知らない裏機能がある? もしそうだとするならコイツの言葉にも可能性は出てくる………スカイ・クラウン持ちか、到達の可能性のある者以外でも、ISコアの全領域に接触できる手段があるのかも)」

 

 お互いにブツブツ言いながらまた何か考え込む二人に呆れ顔になる陽太とシャルであったが、その裏で誰にも気が付かれない事態が静かに行われつつあった。

 

 

 

 ―――これで『4機』揃ったな―――

 

 ―――こうやって揃うだなんて、10年ぶりね―――

 

 ―――・・・・・・―――

 

 ―――ナンバー003………それで、ナンバー004はやはり?―――

 

 ―――・・・ニャンッ☆―――

 

 ―――『灰姫』姉さん!―――

 

 ―――灰姫ちゃんはフザけてないニャン☆ ちゃんとお話はしてきたニャン。そしたらどうでもいいと返されたニャン。きっと白騎士がいるから来たくなかっただけニャン☆―――

 

 ―――・・・・・・―――

 

 ―――落ち込まないで姉さん! 話が進まないわ―――

 

 ―――福音(ゴスペル)ちゃんもひどい奴ニャン☆ やっぱりIS一優しいのはこの灰姫ちゃんニャン―――

 

 ―――フザけてると私が怒りますよ………あと、兄さんも何か言ってみせて!―――

 

 ―――・・・・・・ウヌ―――

 

 ―――もうどいつもこいつも!!―――

 

 ―――さあ、とっとと始めるニャン、空気読めない姉さん―――

 

 ―――空気読めてないのは貴方よ灰姫姉さん!!―――

 

 ―――福音、今はいい………しかし004が不在での決議は―――

 

 ―――大丈夫ニャン。ちゃんとあの子の分は灰姫ちゃんが預かってきたニャン。そんな間の抜けたことはどっかの長女IS一人で十分ニャン―――

 

 ―――そ、そうか………では、始めよう―――

 

 

 

 真っ暗い空間に、五つの光が灯る。

 

 

 ―――ナンバー001、決議に了承する―――

 

 ―――…………了承する―――

 

 ―――ナンバー003、及び004も了承するニャンス☆―――

 

 ―――ナンバー005『福音(ゴスペル)』、了承します―――

 

 五つの光が線を描き、中心に黒い箱を浮かび上がらせる。

 

 ―――………10年かかりました。申し訳ありません―――

 

 白い甲冑を纏った手に剣を携えた黒い髪の女性………原初のISであるナンバー001『白騎士』は、ゆっくりとその箱に手を付けると、愛おしさと切なさを同時に感じながら、その箱をゆっくりと開放したのであった。

 

 

 

『・・・・・・うか』

 

 思案していた二人の動きが止まり、ゆっくりとその声の方へと視線が向けられる。

 

『・・・・・・どうか』

 

 陽太もシャルも、その声に気が付き、やがて仲間達と共に振り返った。

 

『・・・・・・どうか』

 

 竜騎兵達もその声に驚き、視線が織斑一夏………の右腕へと向けられた。

 

『・・・・・・どうか』

 

 そしてその声は、リアルタイムで通信が送られていたある病室にも静かに響いた。

 

『・・・・・・どうか。この声は届いているでしょうか?』

「…………あ」

『・・・・・・届いているのであれば、幸いです』

「…………あっ」

『私の名前は………』

 

 忘れられない、優しい声色を聞いた織斑千冬は、治りたての心臓が早打つ負担も忘れ、かじりつくように画面に詰め寄った。

 

「………先生?」

『私の名前は、アレキサンドラ・リキュール。この声を聞いてくれている人は誰なのでしょうか?』

 

 十年の歳月を経て、再びこの世界に彼女の声が、静かに響く。

 

 運命が静かに示すように、彼女の声が分岐点を誘う様に。

 

 

 

 

 

 

 

 




親方様の秘められた恐るべき秘技………女子力でも大きく溝をあけられた千冬さんに突破口はあるのかw

てか、あれだよね。親方様って、なんで高スペックなのに、戦闘以外はダメ人間ぽいのか・・・。


そして、サラッと会話だけで登場した新キャラと、先生の『声』が再び世界に分岐点を生み出します

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。