そしてラストでは、IS達はまた新しい姿を人に見せます………そう、兵器としてではない、人類に寄り添う者としての
ではお楽しみください
福音とIS学園メンバー及び米国太平洋艦隊が再び戦闘を開始する少し前、本来ならば生徒達がISの演習で使用していた砂浜を、一人の女性がゆっくりと歩いていた。
ウサ耳を付け、ゴシック風のファッションながら胸元が大胆に空いたワンピースを着た美女。ISの生みの親である『篠ノ之束』である。よく見れば脇には、陽太に警告を放ったクロエ・クロニクルも控えていた。
鉛色の空の下、ここから肉眼では見えないほど沖合で戦闘を開始している自分が見出した少年と、実の妹、幼馴染の弟とその仲間達のことを思い浮かべながら、彼女は柔和な笑顔を浮かべて絶やさずにいた。
「?」
だがその時、彼女の目元で空中で投影されるディスプレイが突然表示され、何やら赤いアラームを鳴らしながら『ユーラシア方面、なんか飛んできてる』と独特な文章での警告文が表示される。
「あれれれれっ?」
一瞬だけ思案した束は、すぐさま事態の全容を把握し、右手で握っていた真紅の宝石をあしらった首飾りに問いかける。
「これは予定外なことだよ? また何かいたずらしたでしょ?」
温和で柔和な笑顔………彼女が問いかけたその宝石から発せられた言葉はただ一つだけであった。
『にゃんっ♡』
☆
一方、艦隊からの攪乱幕による妨害を封じ込め、白式と紅椿の二機からシールドエネルギーを強奪することで自身の分を回復させた福音と、新型の武装を持ってそれに対抗しようとするシャルとラウラの二人が空中で火花を散らしあっていた。
「!?」
すでに光学兵装を弾く攪乱幕の効果は切れている。ここからは福音も火力を全開にして襲ってくるのであろう。だがそれはラウラの駆るブーゲンビリアとて同じこと。ここからは本当の意味での福音とのガチバトルなのだ。
ブーゲンビリアは複雑化した対オーガコア用のISの火器管制システムに連動し、ラウラのみ見えるディスプレイから彼女が選択した武装を展開し始める。シリンダー形式で武装を変更する武器腕のうちで最も火力が強力な物を選び変更した。
右腕に展開された砲口は瞬時に機体と接続されジェネレーターから送られてくるエネルギーをチャージし始める。そしてバレルが延長され、最大まで伸び切ること全長とほぼ同じ長さになると砲口を福音へと向けた。
「くらえっ!」
ブーゲンビリア最大火力のメガ・ビームキャノンが火を噴き、福音は機体を翻して射線から一瞬で退避する。極太のビームはやがて海面に激突し、海を叩き割るかのように線を引いて水蒸気爆発を起こして消滅した。
高機動の福音にはやはりただ狙って撃つだけでは直撃させることは困難であると確信したラウラが内心で舌打ちする中、福音は反撃のバスターライフルをラウラに向かって放つ。敏捷性で福音に劣るラウラはその攻撃を回避することは困難であると判断し、機体に内蔵されたAIRコンバーターと連動したブーゲンビリア本体をすっぽりと覆いつくすAIRでバスターライフルの攻撃を全て弾き返すのであった。だがAIRでビームのすべてをはじき返してなお襲い来る衝撃は凄まじく、一瞬だけその場に釘付けにされてしまいどうしても足を止めざる得なくなる。その隙を狙い、ビームサーベルを抜いた福音が近接戦闘をラウラに仕掛けようと迫る。
「させないっ!」
大火力ゆえの小回りの利かなさをカバーするように、四機のビットを従えたシャルロットが福音に詰め寄りながらこちらはレーザーソードを抜いて逆方向から斬り掛かり、福音はこれを回避するためにラウラへの突撃を一時中断せざるえなくなった。
シャルの一撃を回避した福音はシルバーベルを展開して彼女へと発射する。この攻撃をシャルは二基のビットを操作して緑色のフィールド………バリアフィールドを展開して防ぐ。そして返す手ですかさず残りのビット二基がビームキャノンと化してビームを連射して福音に攻撃するのであった。
―――エトワル・ガニアン―――
実はこのパッケージに関してはラファール・ヴィエルジェの開発が急ピッチで始まった直後から始まっており、当初は機体のロールアウトと同時に実戦配備できる予定だったのだが、いざ開発が始まると大きな問題にいくつもぶつかることになる。
まずはパッケージの内容がBT兵器仕様であること。これは誘導兵器特有の『高い空間認識能力』を持たない物にはまず扱えないということ。IS学園で最高の適正値を持つセシリアが『A』であるのだが、その彼女をもってしても実戦レベルでのBT操作は困難を極めており、OSの補助無しで自身とBTの同時機動を行えば双方に支障がでてしまう。そしてシャルに関しては適正値は『C+』という数値。これはギリギリBTを起動できるという数値であり、とても実戦での使用は無理と断言される数値なのだ。
次に武装の特異な性質なことと多機能化されたことによって武装がビットとしてはかなり大型にされたことと、それゆえの機動力の低下と本体重量による継続力の低下。強度など様々な問題にぶちあたり、デュノア社IS部門開発部を悩ませた。
だが、彼らは決して諦めることなく、研究所で寝食を惜しんで機体開発のために共に慣熟訓練に勤しんだ社長令嬢のことを想い、何とか開発を成功させたのだ。
―――福音が残弾が心もとないマシンキャノンを斉射しながら接近してくる―――
「くっ!」
シールドでそれを防御しながら、四基のビットを付き従えながらシャルも負けじとハウリングを撃ち返す。同時に二基のビット達………『ガンビット』がビームキャノンを一緒に放つ。
福音はそのビームを回避するとビームサーベルを抜き、攻撃の隙間を縫って接近戦を仕掛けてくる。シャルはレーザーサーベルを片手で持ち換えてその攻撃を受け止めると、もう二基のビット達……『ガードビット』がフィールドを調整し、大型のビームダガーと化して近接戦闘中の福音に襲い掛かった。
「どうして!?」
二基のビットをサーベルで払い除けバスターライフルを放とうとする福音と、それはさせないと接近して今度はシャル自身が果敢に近接戦闘を仕掛けに行く。
ビットそのものに内蔵されているサブCPUによって適正値の低さを補うように動き回るガードビット達と一緒に斬撃を繰り出すシャルであったが、福音は瞬時にバスターライフルを量子変換で収納するとビームサーベルに持ち替え、両の刃でそれを全て防ぎきってみせる。
「(この近接戦闘の仕方は箒だ!?)」
正操縦者のナターシャの言葉を信じるというのであれば、単一仕様能力や超絶的な技術でない限り福音は短時間で相手の動きをコピーすることができるとのこと。ならば既に自分を含めた対オーガコア部隊全員分の技能をある程度有していると考えて間違いない。一瞬だけ切り崩し方を考え込んだシャルであったが福音が突進しての突きを繰り出し、際どい所でそれを回避したことで考えを改めさせられる。
「(ダメだっ! この距離で悠長に物を考えてられない!)」
陽太の戦い方、箒の戦い方、一夏の戦い方を思い出しながら、シャルは近接戦闘で重要なことを思い出しながらソードを振り続ける。
「シャルッ!」
「シャルロットさんっ!」
エネルギーを奪われないように距離を取りながら、目まぐるしくポジションが変わり続ける近接中のためにろくな援護攻撃ができない鈴とセシリアは彼女の名を呼ぶことしかできないことに悔しさを滲ませる。
「距離を取れよシャル!」
「危険だ! 高速切替(ラビット・スイッチ)を使えシャル!」
危険な近接戦闘に拘らず、いつものように距離を巧みに取る戦い方に変えろと一夏と箒は叫ぶ。
「………いや」
いつの間にか援護攻撃することなく、シャルの戦い方を静かに見守っていたラウラはようやくここにきて彼女の意気込みを理解する。
接近戦でソードとサーベルをぶつかり合わせ、いつの間にか純粋な斬り合いの様相を呈していた現場をモニター越しで見つめるナターシャは、危なっかしくて見ていられないといった表情でシャルの戦い方を非難する。
「危ないッ! 距離を取りなさい! 銃撃で弾幕張って、シャルロットちゃん!!」
おそらくシャルの本来の取り方は『ヒット&アウェイ』、距離を巧みに取りながら様々な武装を使用するものだと僅かな時間で見抜いていたナターシャにしみれば、こんな『らしくない』戦い方をされてはたまらない。まさかさっきので全て吐き出させていたと思っていたがまだ何か溜め込んでいたのだろうか?と心配するが、その時、高速で激突していたシャルと福音が鍔迫り合いで押し合うあまり額をぶつけ合わせ、反動でシャルがよろめいてしまった。
「いけないっ!」
接近戦でこの隙は危ない。やはり距離を取らせるべきだと叫ぼうとするが、誰よりもこの場において冷静な声でこの男が遮った。
「邪魔するな」
いつの間にか『真っ直ぐ』とモニターを見つめていた陽太の声は、誰よりもこの場で透き通って全員の動きを封じ込める。
火の灯った彼の瞳が、真っ直ぐに幼馴染の少女を見つめて言葉を紡がせる。
「流れは変わんねぇ。だからこのまま見てろ」
「だけど危険すぎる!? 一度距離を取らせて、ラウラちゃんと挟撃を………」
ナターシャの意見は誰もが真っ当なものなのだろうということは陽太にもわかっている。数を使って福音一機に集中砲火を仕掛ければリスクは少なく済む………のだろう。
「だけどシャルはあえて一対一で接近戦を仕掛けるさ」
―――体勢を崩しながらシャルはソードを振り上げると―――
「はあああああああっ!!」
―――強引にその一撃を振り下ろし、防御の体制を取っていた福音の上から叩きつけるのであった―――
「シャル………」
「珍しい……」
「てか、初めて見た。あんな荒っぽい打ち方するシャル……」
箒にセシリアに一夏が初めて見るシャルの姿に彼らは戸惑いが隠せない。訓練中に剣を使う姿は見なかったわけではないが、それらはどちらかといえば教本に乗るように規則正しく、そして基本に忠実な刃筋をしていた。いや、シャルの戦い方自体が基本に忠実でかつ堅実な技術をもって相手に合わせるタイプだと思っていただけに、今もまだ強引にソードを振り回しながら気合で福音を押し退ける姿に皆が驚嘆していた。
「シャルはパワーで上回る福音に対し、前へ出て主導権を掴んだ」
ほかのメンバー同様に驚愕するナターシャ達米海軍達に対して、陽太は熱さを含んだ声で語り続ける。
「勝つための『道』を切り開いたんだ」
いつか自分は彼女に『IS操縦者としての才能はない』と語ったことがあった。戦いにおいて勝敗を決するための決定的な何かを彼女から感じられないと思ったから。
事実、シャルロット・デュノアという少女は陽太や亡国の若手ジェネラル達と違いIS操縦の天才ではない。織斑千冬や暴龍帝といった常識を超えた超人ではない。身体を改造されたサイボーグでも、ましてやラウラのように人間兵器として作られたわけでも、一夏や箒といった超人や天災が身内にいるわけでもない。
普通の家庭に生まれた普通の少女、それがシャルロット・デュノアであるのだ。
「持って生まれたモノだけでできるコトじゃない。才能とかいう安っぽい言葉ではその『道』は開かねぇよ」
だけど、そんな彼女は自分の胸に秘めたその想いをもって、自分が進むべき未来を切り開こうと前へ、前へと進むことを決めたのだ。
どんな困難が待ち構えようとも前へと進む意志。それが『覚悟』であると………、
「勇気で切り開いた道だっ!! シャルは断固その道を行くに決まってる!」
そんな幼馴染の少女の強い想いを誰よりも『見た』陽太であるのなら、もう戦うななどという無粋な言葉はかけることは決してしない。
『頑張れシャルッ!」
「!?」
『そのまま突っ込んで押し切れ!!』
自分の背を押すその声が嬉しくて、あんなに遠く感じたはずの背中が今はすぐ近くに感じられる。頑張れと背中を押してくれた想いが暖かくて心地良い。
「はああああああっ!!」
左腕のシールドが剥がれ、中からリボルビングパイルバンカー『ネメシス』が出現し、ソードの連撃で怯んだ福音の腹部を強打し、シールドエネルギーをごっそりと奪い去る。
逆に福音はこれまで調べたシャルのデータからはない戦い方に戸惑っているようにすら思えた。
シャルの猛攻に恐れをなしたのか、それとも一対一を始めたころから電脳内部に走るノイズが邪魔をするのか、中途半端な間合いとタイミングで後退し始める福音の姿に、何かの異変が再び福音に起こっているのではないのかとナターシャが推測する。
『シャルちゃん、福音の動きがおかしいわ! また何かあるかわからない、注意して!』
「ハイッ!」
ナターシャが言葉をかけてくる前からシャルには動きの異変に気が付いていた。それは先ほどから自分に対して陽太や箒といった近接戦闘で有利な技能を一切使ってこないでいるから。それどころか攻撃を受けながらもまるで何か手探りで思い出そうとしているようにも思えた。
「福音(ゴスペル)!? お願い、答えてっ!」
ソードを構えたシャルは一度立ち止まり、福音をしっかりと見つめながら語りかけた。
「貴方は何がしたかったの!? 日本(ココ)には何をしに来たの? ちゃんと思い出して!!」
『シャル?』
陽太も突然のシャルの行動に疑問を覚えるが、その時シャルはソードを突然投げ捨て、左腕のネメシスすらもパージし、両手を広げて語り掛ける。
『シャルっ!?』
「貴方は優しいIS。ナターシャさんは貴方をそう信じてる。なら私も貴方を信じる………貴方は誰かを傷つけたくて来たんじゃない。きっと何かを探しに来たんだ」
自殺行為ともいえるその行動を心配した陽太の声がシャルの耳を打つが、内心で『ごめん』と謝ることしか今はできない。
「さあ、自分を取り戻して。いつもナターシャさんと一緒にいた貴方はこんなこと本当はしたくないはずだよ!」
―――シャルの必死の訴えに、一瞬だけナターシャの姿がダブる―――
『!?』
シャルのその姿を見た瞬間、福音は頭を左右に揺らしながら、まるで痛みにこらえるように震えだすのであった。
『ゴスペルっ!?』
ナターシャも心配そうに声を張り上げる中、福音は激しいノイズが電脳に吹き荒れる中、彼女の中に蓄積されていた記憶がコマ飛ばしのように再生される。
―――初めて見た人間、可憐な笑顔で自分を見つめる少女、ナターシャ・ファイルス―――
―――モンド・グロッソで彼女と共に戦い、大観衆に拍手される―――
―――相方の少女の初恋に、苦笑しながらも協力した日々―――
―――やがて想い人と結ばれ、結婚式を挙げた日も待機状態の彼女を外すことなく共にあり続けた―――
―――人間である彼女の内に一つの命が宿り、その『奇跡』が何よりも嬉しかったことを今でも忘れていない―――
―――そして仲間達と共にあの蒼い空を駆け抜け、青い海を守るために出撃した『あの日』―――
『ギイッ………ニイ…サン…………ア、アアアアアアナタニ……』
痙攣しながらも福音はツインバスターライフルを構え、その銃口をシャルへと向けるのである。
慌ててシャルはそれを回避しようと思ったが、直後に自分の背後に艦隊がいることを思い出し考えを改めて、ラウラに向かって叫んでいた。
「ラウラっ! ブーゲンビリアのAIRをフル稼働させて、艦隊を守って!」
「わ、わかった! お前はどうする気だ!?」
ラウラの問いかけに、シャルは毅然と答える。
「私は………福音を止めます!!」
シャルの意思に応えるように四つのビットが彼女の周囲を浮遊し、低い音を鳴らしながら内部で輝きをため込み始める。
「(いきなりのぶっつけ本番の実戦から、更にこれを使うことになるなんて………)」
理論上は問題ないと言われていたが、後のことを考えて使用は禁じられていたエトワル・ガニアン最大の能力を、今この場において解き放つ。シャル自身は知らないかもしれないが、土壇場においての思い切りの良さは実は陽太以上という評判通り、彼女は即時即断で全機能の開放を宣言した。
「エトワル・ガニアンッ!!」
―――シャルの号令の下、瞬時に変型し始める四つのビット達―――
―――そして両手両足の装甲が消え去り、代わりにビット達がラファール・ヴィエルジェの手足としてドッキングしていく―――
―――そしてバイザーも消え去り、ブレイズブレードに似たフルフェイスタイプのマスクを装着したシャルは高々と叫んだ―――
「『デエス・アルミュール(女神の鎧)』!!」
光り輝く宝石を埋め込まれた疾風の乙女の新しい姿は、どこか女神から授かった鎧をまとった凛々しさを彷彿とさせ、仲間達に強い衝撃を与える。
「ビットと、合体した!?」
「あれがシャルの言っていた新しい機能?」
「ブルーティアーズ系列では考えられない使い方ですわ!?」
「す、凄いじゃないシャル!?」
「デュノア社が開発に手こずっていたのはあの機能のせいだったのか」
「(ジェネレーターを内蔵したビットと合体することで、本体機能そのものを拡張したのか!?)」
輝く両手両足の各所から、内蔵された小型ジェネレーターが唸りをあげてラファール・ヴィエルジェの力を引き上げ、余剰エネルギーが粒子となって漏れ出していた。
汎用性の高いラファール・ヴィエルジェと、基本技能に忠実なシャルロット・デュノア。だが、特化能力が求められるシュチュエーションにおいてはサポートに回されることが多い。これはつまり一対一の状況次第では単機では後れを取る可能性があるということになる。
ゆえにシャル本人と開発陣が考え出した先の結論、それは『武装にジェネレーターを内蔵し、一時的に機体と接続することで本体の出力を爆発的に上昇させる』というものであった。
「各ジェネレーター連結完了! フルモードッ!!」
合体が無事に済んだこと。OSもFCSも問題なく動作していること。機体出力も上手く制御できていること。初めての合体だったにも拘らず上手くいったことに安堵したいシャルであったが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。
―――銃口の輝きが最大限にまで高まっていた福音の姿―――
そしてもう一つ、ハイパーセンサーのディスプレイ脇に表示された合体限界時間。
爆発的に出力を上げられる代償として機体への負担が限りなく大きく、またエネルギー消費も膨大で、現状では一回の出撃で1分以上の合体維持ができないというリスクもあり、シャルは早々に決着をつけるべく、格闘用兵装である大型ビームブレイドを手に構える。
「ゴスペルッ! 聞いてッ!!」
突撃体勢を取り、切っ先を向けながらも彼女の心は福音を『助けたい』という気持ちでいっぱいであった。
「私は………ヨウタが好き!!」
『!?』
『『『『『『!?』』』』』』
この土壇場で何をおっしゃいますか!! と陽太とその他の大勢が声を出すこともなく硬直してしまうが、真剣な表情のシャルはそのことに全く気が付くことなく言葉を続ける。
「箒が好き」
『えっ?』
「ラウラも、セシリアも、鈴も一夏もナターシャさんも………皆のことが好き!!」
あ、そういうことなんですね。と賢者モードに入った陽太が瞬時に遠い目になるが、砲口から溢れる光は解き放たれようとしており、もはや発射を止める術はない。
ならばこの場でできることはただ一つのみ。覚悟を決めたシャルの視線は福音のみを捉える。
「だから私は戦う。皆で一緒に帰るために、皆が一緒に笑えるように………!!」
その言葉を聞いた福音が悲鳴を上げるように引き金を引くのと、大剣を振り上げたシャルが空中を駆け出すのはほぼ同時であった。
―――ツインバスターライフルのフルパワーを真っ向から斬り払いにかかるシャルロット―――
眩いばかりの閃光が艦隊を背にした彼女に迫り、荷電粒子の波の向こうに見える戦天使へ至るため、シャルは渾身の力を込めてビームブレイドを支える。だがツインバスターライフルの威力は絶大で、機体各所から危険域のアラームが鳴り響く。
「(このままじゃ………押し切れない!)」
いくら合体して出力を上げようとも、シャル本人の能力が向上したわけではない。操縦者としての自分は特別格闘に秀でているわけではなく、純粋な意味での剣術ではチームでも最下位だ。ここにきてそのことが重くのしかかり、ビームの威力に負けて弾き飛ばさそうになるシャルロットであったが、その時、ふとビームブレイドを掴む自分の手を、ほかの誰かが必死になって握っていることに気が付く。
『負けないでっ!』
オレンジ色の長い髪と瞳をした白いワンピースを着た少女………そう、今も自分と一緒に戦ってくれている相棒(ヴィエルジェ)はまだ諦めていなかった。
自分を信じて支えてくれている。
「(そうだ………私は一人じゃない)」
負けそうになっていたその心に、ヴィエルジェの気持ちが伝わり、それを皮切りにたくさんの人の想いが流れ込んでくる。
『負けるな!シャルロットッ!』
『まだいけますわよ!』
『弱気になっちゃだめよ、シャル!!』
『押し切れるぞ!』
『諦めるなシャル!』
『シャルロットちゃん!!』
『シャルッ!!!』
「はああああああああああああっっっっっ!!」
極限まで高まったシンクロ率が成しえた技なのだろうか、皆が背を押してくれた結果なのか、すでに限界時間寸前だったヴィエルジェ・デエス・アルミュールの機体出力が限界を超え、ツインバスターライフルのビームを斬り裂き、シャルは福音の眼前に迫る。
―――呆然と立ち尽くすように動かない福音―――
―――振り下ろされるビームブレイド―――
誰もが福音が斜め一文字にされると思い、とっさにナターシャが瞳を閉じてしまうが、シャルは福音を斬るのではなく、彼女が握っていたツインバスターライフルを半ばから叩き斬り、すぐさま切っ先を福音に突き付けた。
本来ならばここで勝負あり、そう唱えられる場面なのだが、今の福音は無人状態である………ではシャルはどうするというのか。
固唾を飲んで見守る人々の前で、シャルはこう呟いた。
「貴方だって、皆のことが大好きなんだよね? ゴスペル………」
シャルは美しい微笑みを浮かべながら、迷い子を見つけた母親のように福音を抱きしめるのであった。
『!?』
―――ノイズが走っていた電脳に光が差し込む―――
―――ナターシャ…………ナターシャ……―――
「!! 福音(ゴスペル)!?」
遠く離れていたはずのナターシャの脳裏に、何よりも探し求めていた『福音(彼女)』の声が響いた。
―――ずっと探していたの………私、見つけられた―――
「貴方………そう………だったの」
もう何年も離れ離れになっていた家族に出会えたような感覚になり、一気にこみ上げてきたナターシャであったが、同時に福音が今まで抱えていた気持ちが流れ込み、自然と彼女に涙を滲ませる。
―――私が弱いせいで………ごめんなさい。皆を守れなくて―――
「貴方は………私達を……ずっと………守ろうとして」
―――黒い霧の中で、一人迷っていたみたいで………でも、今はそうじゃないみたい―――
ナターシャにそうささやいた福音が、糸の切れた人形のように力を失くし、シャルの腕の中で機能を停止する。
―――皆が私を見つけてくれたみたい………異国の地の…私の姉妹達とその操縦者達が―――
☆
数分後、完全に機能を停止した福音とエネルギーをほとんど使い果たしたヴィエルジェを纏ったシャルの両方をブーゲンビリアを使ったラウラが搬送することで、なんとか空母の甲板までたどり着いた対オーガコア部隊を、涙目のナターシャと超絶不機嫌そうな陽太が出迎える。
「…………とりあえず、これで任務完了なの?」
「俺………疲れた」
一日中戦い続けていたような、長時間飛行し続けていたような気になり、看板につくなりISを解除してその場にへたり込む鈴と一夏の横を通り過ぎた陽太は、同じように疲労困憊となっていたシャルの前に仁王立ちすると、彼女を無言で見下ろしながら問いかけた。
「最後のアレは………何のつもりだ?」
「アッ………ハハッ」
さすがにツインバスターライフルの砲撃に正面から飛び込むような無茶を許した覚えはない。と怒り心頭の陽太に対して、シャルも心配かけたのかとバツの悪そうな笑みを浮かべるだけであった。それを背後から箒とセシリアが何とか宥めようとするが、陽太の怒りが収まりそうな気配がない。
「陽太、シャルだって反省しているはずだ」
「そうですわよ陽太さん、ここは一つ……」
「イーヤーだッ!! 見てるほうは心臓が口から飛び出かけたんだぞ?」
自分でメチャメチャ心配していたと漏らしていることに気が付いていない陽太であったが、その時、シャルはあることに気が付き、陽太に近づいて彼の頬に触れて問いかけた。
「ヨウタッ!? 見てるほうって………目が」
「ん? ああ………もうばっちり見えてるぞ」
『誰かさんのボロボロの顔もばっちり見えてます』と両眼の瞼を広げる陽太であったが、そんな彼が目の前で見たものは、先ほどまでの凛々しさなど嘘のように泣き崩れたシャルロットの姿であった。
「良かった………ホント…グスッ…良かった」
しゃっくりを上げて泣き崩れたシャルの姿にびっくりした陽太は、二、三歩後ずさると、これはどうしたらいいのと戸惑いながら首を左右に振りながら動揺する。
「え? あ? そ、その………」
そして皆の視線が自分に集中していること。その視線が『泣かせたのはお前だぞ』と訴えていることに気が付くと、行動は一つしかないことに気が付く。
「どうも心配かけて御免なさい」
アレ? さっきまで俺が怒ってたはずなのに、なんで俺が怒られた後みたいになってんだ?と疑問符が絶えないながらも頭を下げて謝るのであった。
「ごめんなさい………私のせいで、ヨウタの目が見えなくなったらどうしようって………私、それが心配で心配で………」
「いや、ちゃんと見えてますから大丈夫です。ホントです。あとで視力検査も受けます」
相変わらずシャルに泣かれると弱いのか、と箒達が再認識する中、機能を停止して横たわる福音に触れたナターシャは、手をまわして抱きしめると涙を滲ませた声で謝り続ける。
「ごめんねゴスペル………私は貴方の気持ちをちゃんとわからないといけなかったに。ごめんね」
福音はただの自責の念だけでここまで来たわけじゃない。
仲間をずっと探し求めていたのだ。自分の隊の仲間を救おうと、あの日の悪夢から覚めることなく一人で戦い続けていたのだ。
そして彼女の探し続けていた仲間(シルバーエレメンツ)に出会うことは終ぞなかったが、代わりに日本にいる対オーガコア部隊のIS達と出会い、戦いという形になってしまったがコンタクトをとったことでようやく意識を取り戻したのだ。
「貴方は仲間を探して長い旅をしていたのね………そして、出会うことができた」
かつての絆ではなく、新しい仲間との絆………福音が止まってくれたことに本当に安堵したナターシャであったが、その時、武装した海軍兵が彼女の周囲を取り囲むと、銃口を向けてナターシャに警告する。
「今すぐ離れてください中佐! いつまた再起動するか分かりません!」
「銃を下ろしなさい。ゴスペルはこれ以上の戦闘行為を行うことはもうありません」
元に戻ったのだからそんなことをする必要はない、毅然と言い返すナターシャであったが、数名の海軍兵はライフルの銃口をなおも向けながら叫ぶ。
「ソイツが我が部隊の戦艦を攻撃するところはみんな見てるんだ! そんなこと信用できるわけないだろうが!」
「数か月前に俺達の仲間を多く殺したのもISなんだぞ! そんなの何を信じろっていうんだ!?」
声を出さなかった兵士達の多くもまた彼らの意見に無言で賛同する。それが紛れもない事実なだけにナターシャにはこれ以上声を出して反論するための言葉が見つからなかったのだが、しかし彼女もまた「だとしても」と心の中でつぶやき、福音に腕を回して身体で庇う様に守ろうとする。
「貴方達の言葉も気持ちもその通りよ。でも私もこれだけは譲れないの」
しかし、ナターシャのその言葉に賛同したのは、海軍ではなくこの男であった。
「ああ、そうだな」
「ギャアッ!?」
いつの間に移動したというのか。誰にも気が付かれないうちに周囲を取り囲んでいた兵士達の背後に回り込み、一人の海軍兵の金的を蹴り上げた陽太はいつも通り不敵な笑みを浮かべてこの状況に割って入ってきたのだ。
「ヨウタッ!?」
「ちょ、アンタ!?」
シャルと鈴が心配のあまり声が裏返るが、そんなの知ったことかと言わんばかりにデカイ態度をするものだから、ただでさえ苛立っていた海軍兵たちが一斉に銃口を陽太に突き付けてしまうのであった。
「部外者は引っ込んでいろ!」
「その部外者の手を借りないといけないぐらいに事態を大きくしたドサンピン共は黙ってろ。俺は中佐殿に味方するぞ………ここまで来て福音を破壊して皆さんでハッピーエンド、なんてクソみたいなEDになってたまるかよ」
数人の銃口にも全く怯む事無く、指をポキポキと鳴らし素手だけで制圧しようとする陽太が拳を振り上げようとしたとき、空母の甲板に耳を塞ぎたくなる怒声が鳴り響く。
―――キサマラッ! 何をやっとるか!!―――
全員の鼓膜にダメージを受けそうな声量を張り上げたファイルス『大尉』と、その後ろを無言で歩くファイルス『提督』は、先に銃のトリガーに指を置く兵士達を眼だけで叱責し、彼らは慌てて銃から手を放し敬礼をする。
「誰が発砲の許可など出した!? 艦の上で艦長の許可なく勝手な行動をするなど言語道断だ!」
「ハッ! 申し訳ありません!!」
大尉の怒声に周囲を取り囲んでいた兵士の中で一番階級の上の者は、背筋を正してその叱責を甘んじて受ける。
そんな大尉を尻目に、提督は陽太とナターシャの前まで行くと、まずは陽太達対オーガコア部隊のメンバーに感謝の言葉を告げた。
「作戦は終了した。とにもかくにもまずは日本のIS操縦者達、貴公らの尽力に合衆国を代表し、我々は感謝の念を述べる」
「おう」
今回の事件は紛れもない彼等の力なくしては解決することはできなかった。提督はその事に関しては素直に感謝を述べる。
だが、ここから先はそうはいかない。
「だが福音の今後の処置は我々合衆国の管轄だ。これ以上は内政干渉になるぞ………口を謹んで貰おうか?」
「………んだと?」
提督の意味有り気な発言に不信感が募る陽太が首をひねる中、ナターシャは父である提督に問いかけた。
「今後の処置とは………どうなさるおつもりなんですか、提督?」
「決まっている」
そう、これは彼の中ではすでに決まっている処置なのだ。感情が口をはさむ余地など欠片もない。
「福音は即時に凍結処理。寄港次第直ちにコアを含んだ全部位の解体が決定している」
つまり、福音という存在そのものの抹消である。息を呑むナターシャは一瞬だけ思考が真っ白になってしまうが、すぐさま声を張り上げた。
「待ってください提督!! 福音はすでに正常起動しています! そんな処置は必要ありません!!」
「ならん。これは国としての正式決定だ」
「父さんっ!!」
「甘えるなファイルス中佐!! 私情と国の決定を履き違えるな!!」
父であり尊敬する上官である男の言葉に気圧されたナターシャに、提督は静かに告げる。
「ISは兵器だナタル………お前の言う心さえも、操縦をスムーズにするためのインターフェイスでしかない」
あくまでISは兵器で、すでに福音は兵器としての信頼を失っている。
国家を防衛するための最新鋭兵器が、勝手な判断で暴走してしまうようでは国防の要としては不合格なのだ。提督の言いたい事を理解してしまったナターシャが項垂れる中、尚も陽太は納得していないという瞳で彼を睨みつける。
「勝手に話完結するなよオッサン?」
「さっきも言ったがこれ以上は内政干渉だ小僧………さあ、陸まで送ってやる。早く学園に帰れ」
「そういうことじゃねぇーだろうがっ!?」
話を切り上げ背を向けた提督に駆け出して殴りかかろうとする陽太であったが、大尉と一夏とセシリアと鈴の四人がかりで羽交い絞めにして抑えこむのであった。
「何をやっとるか貴様ッ!?」
「落ち着けよ陽太!!」
「流石にそれはシャレにならないのよ!!」
「お気持ちはわかりますが、堪えてください!」
他国の上級軍人を堂々と殴り倒したとあっては、流石に問題にせざる得ない。それがわかっている鈴とセシリアの言葉を聞いてもなお、陽太の怒りは収まらない。
「心がない、兵器として不完全? ざけんなオッサンッ!! こっち向けよ、オイ!!」
「……………」
「福音はな、仲間助けに来たんだよ! 仲間っていうのは単にISだけじゃない。お前らも含めて仲間なんだ………それを」
「俺は操縦者じゃないっていってんだろうが小僧………兵器に心を移してもお前らが辛くなるだけだぞ?」
ある意味その言葉は彼なりの気遣いだったのだろう。だが陽太にしてみれば、目の前で泣きながら項垂れるナターシャの姿を見て、なおもそんな言葉しか吐けない提督に苛立ち、こう吐き捨てる。
「一瞬だけでもアンタは違う大人だと思ってたんだが………見込み違いだ、クソッタレ」
「………ガキが」
異国の地のIS操縦者である少年に、感情だけで叫んで暴れることに落胆したのか。それとも自分が置き去りにしてしまったものを目の前で見つけたことへの憧憬だったのか、振り返ることなくその場を後にしようとする提督であったが、突如看板のスピーカーが警報を鳴り響かせる。
『緊急警報! 飛行物体が超高速で接近! 距離3000!』
全員がその言葉に凍り付き、同時に空を見上げる。
「アレッ!!」
―――一夏が指さす空に光る赤い光―――
最初に気が付いた一夏が指さした先に赤い光が僅かに見える。なぜこの距離までレーダーで捕捉されなかったのかと提督が疑問符を浮かべる。
「なぜこの距離まで誰にも気が付かれなかった!?」
「(ステルス弾頭? どこの国(バカ)がぶちかましやがった?)」
先程までの激高ぶりが嘘のように土壇場になると頭が『冴える』陽太は、知識の中にかつて束が話していた『ロケットを使用せずに、噴射炎などを捉える弾道ミサイル警戒システムでは探知できず、弾頭自体にもステルス用の素材など各種の撹乱技術が使用された新型弾頭』であると推測する。
そして時間の問題と警戒システムをすり抜ける特性上、迎撃ができないのだ。艦に接近している状態でCIWSでの迎撃か、赤外線誘導で撃ち落とすぐらいしか手はなく、その時点ですでに敗北は決定していた。
「ステルス『核』なのか?」
「か、核ミサイル!?」
ただならぬ単語が陽太の口から飛び出したことに、驚愕して皆が驚く中、陽太の脳裏に聞きなれぬ声が響く
『(違う………ロシアで開発されていた対IS用の新型焼夷弾。特殊電磁パルスで私達ISのシールドバリアすら中和できる代物だわ。中国で開発されていたのは元々ロシアの物を流用したのね)』
「!?」
いつものブレイズの声ではない。もっと落ち着きを持った気品がある声………それは昨晩聞いた他のIS達の物とも違い、陽太は反射的に振り返った。
「お前なのか、福音(ゴスペル)?」
『時間がないわ………ごめんなさい、ブレイズ、甲龍、ブルーティアーズ、シュヴァルツェア』
何かに謝るや否や、待機状態の陽太と展開状態の鈴、セシリア、ラウラのISにスパークが走る。
「なんなのよ!?」
「これは一体!?」
「なんだというのだ!?」
展開状態のISが絶対防御を発動させたわけでもないのに、強制的に展開を解除されてしまう。
『きゃああっ!』
『こ、れはっ!?』
『姉上!?』
『まさか……!?』
何かに気が付くIS達と陽太、そして『彼女』を腕に抱いていたナターシャが異変に気が付く。
―――機能停止していたはずの福音の瞳に光が宿る―――
「ゴスペル!?」
彼女の腕の中で再起動した福音は、操縦者のナターシャを優し気な仕草で腕を解くとゆっくり立ち上がり、彼女を見つめながら、ただ一言だけこう告げる。
―――『今度こそ守ってみせる』―――
「ゴスペルッ!!」
相棒の考えを一瞬で理解したナターシャが慌てて引き留めようとするが、伸ばした手をすり抜けた福音は急発進すると、一直線に飛行物体………特殊電磁パルス弾に向かって飛行し続ける。元々距離的にあと数十秒で激突するほどの近距離だったためか、すぐさま弾頭を捉えた福音は先程四機のIS達から吸収したシールドエネルギーを放出し、背中で光の翼を形成する。同時に全身のPICをフル稼働し弾頭の前に立ち塞がると、弾頭の先端を直接掴んで光の翼で包み込むとそのまま軌道を無理やり海面へとずらしていくのであった。
「あれは!?」
「PICで弾頭を包んで………海中まで引きずり込むつもりか!?」
もし無理やり受け止めたり攻撃を加えれば近接信管が作動してその場で爆発してしまう。そのため機体のPICで衝撃を殺しながら空母への直撃コースから軌道をずらして、海面へと誘導したのだ。
「待って………ダメ」
しかしこの手段では福音そのものが離れることができない。そして特殊パルスはISのシールドバリアを無効化してしまえること。つまりは………福音が自己を犠牲に皆を救うつもりなのだと気が付いたナターシャが、腹の底から彼女の名を叫ぶ。
「銀の福音(シルベリオ・ゴスペル)!!!」
―――直後、そのまま海中に突撃した後、巨大な爆発を起こす―――
近距離で起こった衝撃で大きな水柱と高波が発生し、空母を激しく揺らす。兵士達は甲板にしがみつき、陽太は近くにいたシャルを腕に抱きしめると同じように甲板にしがみつき、仲間たちも互いに手を取り合って揺れに耐えていた。
やがて揺れが収まり、巻き上がった海水が虹を作る中で、何もなくなった海面を呆然と見つめていたナターシャは立ち上がるとゆっくりと歩きだす。
「ゴスペル………ゴスペル………」
自分と一緒に戦い続けてくれた相棒の名を口にしながら、ナターシャは空母から飛び降りようとしたのを見た兄である大尉は、錯乱した妹を背後から取り押さえるのであった。
「止せナタル!? 海面まで何メートルあると思ってるんだ!?」
「離して兄さん!! 今ならまだ間に合う!」
「もう………無理だ」
苦虫を潰すような兄の言葉を聞き、振りほどく力すらなくなったナターシャであったが、崩れた帽子の様子にすら気が付かない提督の姿を見ると、怒りに燃えた瞳で訴える。
「見たでしょう!? あの子は私達を守ってくれたのよ!!」
「……………」
「この場で聞いてたこと全部あの子は理解してたの!! あの子は………自分を殺そうとしていた皆を………それでも………」
それでも福音は『守ってみせる』と言い、我が身を盾にして艦隊全員の命を救ってみせたのだ。そのことを誰よりも理解していたナターシャは涙を溢れさせ、泣きながら父である提督に訴え続ける。
「それでも提督は………父さんはまだISを『兵器』だって言い切るの!? 心なんてただのインターフェイスだって……あの子の『守りたい』って願いすら機能だって、本気で言い切れるの!?」
それが事実だとすれば悲し過ぎる。兵器に仲間を庇うなんてことができるわけもないんだから。兵器が命を理解できるわけないのだから。
「…………」
沈んだ海面を睨みつけながら、意を決した陽太は腹の底からこの言葉を絞り出す。
「………気に入らねぇ」
自分が助けられたという事実も、中途半端に戦いが終わってリベンジする相手がいなくなったという事実も、全身あちこち痛くて腹が減って早く帰って寝たいという欲求も、それら全てを棚に上げても、『誰かが泣いたままで犠牲を容認する』ことなどは絶対に認められない。
「ああ、俺も気に入らない」
いつの間に隣に立っていた一夏も同じ気持ちだったらしい。すぐさま箒のほうを振り返ると、彼は無意識に叫んでいた。
「俺と陽太のISのシールドエネルギーを回復させてくれ箒!! 今すぐに福音を助けてくる!!」
急いで助けに行かねば、ISの限界深度を超えた場所に沈まれれば回収が極めて困難になってしまう。一夏がそのことを知っていたかどうかは定かではないが、彼を叫ばせる理由はそれだけではなかった。
自分を殺しかけた相手だなんてこと、すでに一夏はどこかに置き去りにしている。
今、目の前でナターシャが泣いていて、福音が暗い海の底に皆を守るために一人で沈んでいく………そんな悲しい終わり方を、一夏は全力で拒否しよう言っているのだ。
箒にもその気持ちが伝わったのだろう。彼女は手を伸ばすと二人のISを受け取ろうとした。
「部分展開するぐらいのエネルギーは残っている。二人ともフルパワーにするには時間はかかるが、捜査すくするぐらいのエネルギーに………」
『………ああ、これは認めたくないな』
が、その時、不意にISを展開しようとした箒の脳裏に、聞きなれない声が響いた。
『我(わら)わも右に同じくじゃ!』
「……誰ですの?」
同じくセシリアの脳裏にも声が響く。
『ボクだけの個人的意見じゃなくて助かったよ』
「何っ?」
『お姉さんは、ぬるくてもハッピーエンド派なんだからね?』
「はぁっ?」
ラウラと鈴の脳裏にも、聞きなれないボーイッシュな声と艶のある色っぽい声が木霊した。
『私達で、今度はお姉ちゃんを救いたい』
「………ヴィエルジェ?」
先程自分と一緒に剣を握った幼い声がシャルの心に流れ込んだ。
『一夏………』
「白騎士!?」
『初めてのことだけど………不思議にみんながいるとできそうだよ』
「暮桜!?」
いつぞやぶりにその姿を現したナンバー001とナンバー007は、若干緊張した面持ちで『初めて』の事を行うために気合を入れる。
『陽太………』
「ブレイズ!? お前……何やる気だよ?」
そして陽太の問いに、変わらない彼女は笑顔でこう述べるのであった。
『ちょっくら………皆で姉さん(ナンバー005)を迎えに行ってくるね!』
脳裏に浮かんだブレイズの姿が光に包まれたかと思うと、待機状態のISが突如同じように輝きだす。みれば皆のIS達も同じように輝いており、まるで共鳴するかのようにその輝きが一つになると、手に持っていた待機状態のISは消え去り、目の前に『それは』姿を現した。
―――頭部をブレイズブレードに、胴体を白式に、右腕を紅椿、左腕をラファール・ヴエルジェ、腰をシュヴァルツェア・ソルダート、左脚がブルーティアーズ・トリスタン、右脚が甲龍・風神―――
皆のISが一体になったかのような姿をした全身装甲のISは、顔を上げて空中に飛び出すとすぐさま海中に飛び込み、深い海を潜り続ける。
やがて、深度が深くなればなるほど太陽の光が届かなくなり闇が深くなる中で、IS『達』はわずかに反射した銀色の光を見逃すことはなかった。
「…………」
そして甲板に残された人間達は、目の前で起こった現象が何だったのか説明ができずに呆然としていたが、やがて海面が盛り上がり、再び吹き上がった水柱で我に返る。
「アレは!?」
―――右腕と左足を失い、頭部も半分損傷したボロボロのゴスペルと―――
―――そのゴスペルを大事そうに抱きかかえた全身装甲のIS―――
「仲間を………助けてきたっていうのか?」
先程IS達を憎んでいた海軍兵が呆然と呟くが、それこそが目の前で起こった事実の全てであるのだ。
ゴスペルを抱き抱えたISはゆっくりと高度を下げナターシャの前に着地すると、傷ついた同胞を甲板に下ろし、ナターシャに目線を上げて訴えた。
―――早く抱いてあげて―――
そんな声が聞こえたかと思うと、全身装甲のISは力を使い果たしたかのように光の粒子を撒き散らしながら、やがて待機状態のいつものIS達へと姿を元に戻してしまった。
誰もが声を出せないで呆然とその光景を見守っていた中、ナターシャは福音の前にしゃがむと、彼女の残った左手を握りしめ、自分の頬につけると泣きながら彼女の帰還を喜びのまま出迎えた。
「おかえり………おかえりなさい、ゴスペル」
『た……だいま……ナタル』
息も絶え絶えだけど、ちゃんと微笑んで自分に『ただいま』と言ってくれたことが嬉しくてまた涙があふれるが、もう一つだけちゃんと伝えたい者達に、ナターシャは言葉を述べる。
「そしてありがとう………優しい皆(IS達)」
待機状態のIS達についた水滴が陽の光に反射して、まるでそれがはにかむような笑顔にIS操縦者達には見えるのであった。
また後日、あとがきを活動報告でアップします