IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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思った以上にまた難産。高まれ俺の小宇宙・・・・・・光の速度まで加速しろ指先


え? やる気の問題じゃない?


(;言;`)


臨海学校二日目~撃墜~

 

 

 

 対オーガコア部隊の戦闘が激化する中で、指令所となっている旅館を経営する従業員達にもその緊張感が伝わったのか、皆がいつも通り食事の用意をしていた仲居の一人が困った顔で電話に対応していた。

 

「申し訳ありません。何度も申し上げておりますように明後日の午前中まで当館は貸し切りになっておりまして………」

 

 IS学園が貸し切っている『花月荘』なのだが、どうやら電話の向こうの相手はそのことを聞いても一向に引き下がらずに食いついてばかり。これでは拉致が明かないとどうするか迷っていたところに、責任者である清州女将がやってくる。

 

「どうされましたん?」

 

 女将の問いかけに、年配のベテラン仲居は困った表情を浮かべながら答えた。

 

「先ほどからこの旅館に今日から泊まりたいっていうお客様が………こちらが無理と言ったんですが、そしたら『お風呂だけでも入らせて貰えないか』としつこくて」

 

 国家機密を取り扱うIS学園を宿泊させているだけに、もし期間中に何かあったら旅館の名誉にも関わってくると思った仲居が断ろうとしていたのだが、どうも電話相手が手強い。なんとか穏便に諦めて貰えないかと思案していたのだが、そんな従業員を気遣ったのか、電話の受話器を女将自らが取る。

 

「お電話変わりました。毎度ご贔屓にしてもらっております、花月荘の女将の清州どす…………………ハイ…ハイ」

 

 相槌を打ちながら通話を続ける清州女将は、終始笑顔のままで数分後、会話を終えて受話器を電話へと戻す。結局諦めて貰えたのかと安心した仲居だったが、清州女将の返答は予想だにしないものであった。

 

「向こうさんも了解してくれたみたいで、とりあえずお風呂だけ浸かっていくそうどすわ」

「えっ?」

 

 旅館の中に部外者を入れてもいいのだろうか? 最もな疑問を浮かべる仲居にも、清州は笑顔を崩さない。

 

「電話口の若いお嬢さんは初めてどすが、途中で変わられた方は以前、何度かここへ温泉に浸かりに来てくれた人どすへ。大丈夫、ちゃんと礼儀作法を弁えたきちんとした御人どすから」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 強い潮風に包まれながら、実弾やレールガンはおろかビームすらも飛び交う戦場において、GSのコックピットから生身のまま乗り出したナターシャ・ファイルスは、自分が最も信頼するISに対して、まるで家出をした子供を迎えに来た母親のような優しい声色で語り掛ける。

 

「さあ福音(ゴスペル)、早く本国に帰りましょう。大丈夫、貴女は絶対に私が守ってみせるから」

 

 両手を広げて彼女(IS)を迎え入れようとする操縦者と、そんな操縦者を見つめたまま呆然とするように福音は空中で静止する。

 

「うっ!」

「あっ!? 気が付いた? 身体のどこが痛むの?」

 

 そしてGSの腕の中で受け止められたシャルが動こうとするのを見たナタルが心配そうに覗き込んでくる。なんとか身体を動かして上半身を起こしたシャルであったが、自分に話しかけてきた女性を見て驚きが隠せずにいた。

 

「『七色の大天使(アルカンシェル・アンジュ)』、ナターシャ・ファイルス………さん?」

「アハッ………フランスの人はロマンチックな通り名つけたがるから………ちょっと現役時代のニックネームは恥ずかしいな」

 

 第一回モンドグロッソ準決勝において、大会の準優勝だったイタリアの『アリーシャ・ジョセスターフ』選手相手にタイムアップの上に延長戦を行い、最後は紙一重のポイント差で惜敗。その年の総合ランキングで3位に輝き、次の第二回モンドグロッソにおいてブリュンヒルデ『織斑千冬』によって再び準決勝で敗退させられてしまうが、翌年に初めて開かれたモンドグロッソと並ぶタイトル『アテナリーグ』において、因縁のアリーシャ・ジョセスターフを下し、見事初代女王に輝く。

 だが大会を境に『一身上の都合』で現役を電撃引退、アメリカ国内において軍務につきながら後進を育てていると噂されていた有名人を目の当たりにした驚愕して固まってしまうが、テレビで見ていたよりもずっと人懐っこそうな笑顔を浮かべると、謝罪の言葉を述べてくるのであった。

 

「ご迷惑をかけてしまい本当にごめんなさい、対オーガコア部隊の皆さん………ここからは私自身で『彼女(ゴスペル)』を止めてみせます」

「えっ? でも……ちょっと待って!?」

 

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の正規操縦者がナターシャ・ファイルスであることは事前に知らされていたのだが、だが今彼女は目の前でGSに乗りながら自分を助け、しかも自分のISを『止める』と言っている。

 事前に知らされていた情報とは根本的な差異を感じたシャルが、ダメージを受けた身体を起こして頭をフル回転させる中、同じように混乱したラウラがGSに近寄って叫ぶ。

 

「ナターシャ・ファイルス!? ちょっと待ってください!」

 

 現役時代の経歴を知るラウラとしても下手にタメ口を聞く訳にもいかず敬語を用いてナターシャに問いかける。

 

「操縦者の貴女がどうしてココにいる!? 今、福音を動かしているのは別の操縦者なのですか!?」

「………違うわ」

 

 小刻みに首を動かし続ける福音に注意を払いながら、ナターシャは学園側に知らされていなかった情報を伝えるのであった。

 

「今、福音は『ヒューマノイド・デバイス』の上から着装された状態で稼働しているの」

「『ヒューマノイド・デバイス』?」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げる箒にもわかるようにナターシャの説明は続く。

 

「米国内で以前から持ち上がっていたISの無人機化プランの一つで、分かり易く言えば遠隔操作可能なロボットの上からISを着装させて戦場に送り出す、とでもいえばいいかしら?」

 

 有人稼働が前提なISという兵器であるが、常にそれは『操縦者』という問題が付きまとってくる。ISとてエネルギーは無限ではないが、生身の人間の消耗は機械のそれと比べれば遥かに速く、そしてデリケートなのだ。ましてやシンクロして操縦するという手間があり、養育のために莫大な時間と労力がかかってくる。

 だからこそ、その問題を素早く解決するために、ISが世に出回り始めた時点で密かに研究されていたのが『無人機』プランなのだ。

 

「ですが無人機には壁が………」

「ええ、生体認証の問題がどうしてもクリアできなかったんだけど、そこに試験として持ち込まれのがヒューマノイド・デバイスなの。無人機を開発できないのであれば、有人機をなんとかできないだろうかって」

 

 自身の疑問に答えたナターシャの言葉に、セシリアはヒューマノイド・デバイスとはなんであるのか、本質を理解する。

 

「ISの遠隔操作装置、ですね?」

「そうよ」

 

 ISには操縦者を認識する生体認識装置がコアに備わっており、無人機開発の最大の壁であるのだが、IS自身に『そこに操縦者がいる』と認識させることで、あたかも無人機のようにISを操縦させようと試みたのが『ヒューマノイド・デバイス』なのである。

 

「BT技術の延長で、脳波パターンを受信する装置を組み込まれたマネキンの上から福音を展開してみたんだけど………」

 

 展開するまでは問題なく成功し、いざコントロールしようとした瞬間に起きたのが今回の暴走なのだ。何が原因でそうなったのか定かではないが、結果、ISはコントロールされるどころかコントローラーであるヒューマノイド・デバイスを逆クラッキングし、乗っ取り返してしまう。

 

「では、もう破壊するしかないということか」

 

 中にいる操縦者がコントロールを取り戻す可能性も潰え、箒としては操縦者の気兼ねも必要もないということで、福音そのものを破壊する方向に作戦をシフトしようとするが、それを大声を張り上げてナターシャが『待った』をかける。

 

 

 

「そんなことは絶対にさせないために私はここに来たのよ」

 

 

 

 決して叫んだ訳でも、脅した訳でもない。だが箒には、込められた『強烈な意志』が福音を助けることをだれにも邪魔はさせないという圧倒する威圧感が含まれるのを敏感に感じ取り、言葉を続けることができなくなってしまう。

 そんな圧倒されてしまった箒に対して、怯える必要はないと笑顔で謝罪の言葉を述べるのであった。

 

「ごめんなさい。別に貴女のことを責めてるわけじゃないのよ」

「は、はぁ………こちらこそ、申し訳ありません」

 

 生真面目な後輩操縦者に対しての気遣い、尊敬するべき偉大な先輩操縦者への気遣い、互いに頭を下げあった両者は改めて視線を前方の福音に向けあう。

 

 ナターシャの姿を目の当たりにし、ずっと首を小刻みに動かして必死に彼女が何者なのかを思い出そうとしているようなのだが、それが後一歩のところで上手くいかない。喉元まで出かかっている言葉が出ない時のもどかしい状態なのだ。次第にその苦しみによって福音が頭を抱えて、呻きだすのを見たナターシャは我慢できず意を決してGSを動かして彼女(福音)にゆっくりと接近する。

 

「生身のままなんて!?」

「危険ですっ!」

 

 シャルとラウラはコックピットを開けた状態で銀の福音に接近するナターシャを心配し、見てられずに間に割って入ろうとするが、振り返った彼女の無言の視線によって押し止められてしまう。

 

 ―――ここは私に任せて―――

 

 決意に満ちた視線を送られては無視をするわけにもいかない。だが危険極まりないことも間違いなく、戦闘していた時よりも緊張した面持ちで展開をじっくりと見守る。

 

「………さあ」

 

 両手を広げ、銀の福音を優しく抱きとめようとする。

 このシルバーの鋼鉄のボディとは裏腹に意識体の彼女は非常に温和で優しく、何よりも周囲の人間をいつも気にかけていた。ゆえにナターシャはそんな彼女に展開中は重要なことから日常の下らないことまで全て打ち明け、まるで昔からの親友のように打ち解けあっていたのだ。

 

「大丈夫よ。貴女が心配している皆は全員無事だから」

 

 何か手違いによって暴走してしまったことを気に病み、こんなところまで自責の念だけで飛行してきたのだろうと思ったナターシャは、気にする必要はない。無理強いさせたのはこちらなのだからと謝罪の気持ちを持って福音を受け入れようしたが、その時、福音の視線が水平線の遥か向こうを捉え、静止する。

 

「………福音(ゴスペル)?」

 

 急に動きを止めた相棒を不審に思ったナターシャであったが、突如として動き出した福音は、まるで獣のような雄たけびを上げると、彼女を無視して『ある一点』を目指して飛び立とうとする。

 

「行かせない!」

 

 そんな相棒の行動を阻止しようと前方に立ち塞がるようにGSを動かしたナターシャであったが、彼女が目にしたのは自身の相方が向ける鋼鉄の銃口であった。

 自分に福音が銃口を向けてくることが信じられないナターシャが呆然とする中、バスターライフルに光が集まりだす。

 

「…………福音(ゴスペル)?」

「危ないっ!」

 

 呆然とするナターシャだけでも助け出そうとシャル達オーガコア部隊のメンバーも動き出すが、そのとき、上空から猛スピードで接近してくる機影を全員のレーダーが捉える。

 

「このスピードは!?」

 

 ハイパーセンサーがその機影の正体を認識するのとほぼ同時に、ラウラの真横を音速越えのソニックブームを引き連れて海面を切り裂きながら濃い紫色の機影が通り過ぎる。

 

「リ、鈴ッ!?」

 

 吹き飛ばされそうになるのをAIRで守りながら、機影の正体が鈴の甲龍・風神であることを確認したラウラの目前で、最高速で福音相手に突進すると変形状態で不可視の砲弾である龍咆を連射しながらナターシャから引き剥がしにかかる。不可視の衝撃砲を放たれた福音であったが、射撃兵装の取り扱いに慣れているためか、はたまたそれとは違う理由なのか射線からあっさりと退避してバックステップで後退するのであった。

 だがやられっ放しという訳でもなく、再度シルバーレイを展開し、鈴を狙い撃ちにかかる。

 

「無駄撃ちよッ!」

 

 が、アタックブースターを増設した甲龍・風神の機動力はシルバーレイの速度を遥かに凌駕し、幾重もの弾幕から一瞬で圏外に離脱すると、返す手でアタックブースターをビームキャノンにし、龍咆と同時に高速飛行しながら福音に対して連射する。その射撃に足を止められてしまう福音に向かって、上空から時間差で白い機体が近接戦闘を仕掛けに刃を振り下ろしてくる。

 

「くらえぇっ!!」

 

 鈴の甲龍にしがみ付いて一夏が途中で鈴を先行させ、時間差攻撃のためにあえて途中から離脱していたのだ。そして一夏は白式の零落白夜を起動させながら力一杯に福音に向かって振り下ろす。

 

 ―――迫る白刃ッ!!―――

 

 対オーガコア戦能力である零落白夜は、そのルーツをかつての千冬のISである『暮桜』を祖としている。暮桜の単一仕様能力(ワンオフスキル)である零落白夜は『対象のエネルギーをすべてを消滅させる』というものであったが、これは白式にコアが移植された現在は『大幅に減衰させる』程度に留まっているのだが、それでも対IS戦闘においても有用なのは語るまでもない。

 学園で日常的に行われている訓練においてそのことを千冬から事前に説明されていた一夏は、自分が決めることができるのなら勝負が決することを自覚した上で、全力の一撃を放ってみせたのだが、福音はこの攻撃を間一髪、紙一重で仰け反ることでギリギリの所を躱してみせるのであった。

 

「チッ!」

 

 不意打ち気味に放った攻撃が回避され、舌打ちする一夏であったが、彼はすぐさまニヤリと笑い、返事が返ってくることはないとわかっていながらも福音にこう皮肉る。

 

「駄目だぜ、俺にばかり気を取られちゃ」

 

 ―――突撃した一夏の真後ろに隠れていた姿―――

 

「本命は俺じゃないんだ!」

 

 ―――体勢を立て直す暇もなく―――

 

「ドッセイッ!」

 

 一夏が回避された時の更なる保険として、更に一夏よりも若干時間をずらして突撃してきた陽太の駆るブレイズブレードの全力ミサイルキックが福音の腹部に直撃し、海面に強烈な勢いで叩き付け、海中深くに沈めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふう。間に合ったか」

 

 現場から送られてくる映像を更に旅館の機器を経由して見ている千冬の目に、米国の友人を救う弟子の姿が映し出され安堵の溜息が漏れる。生身であのビームを受ければ死体すら残らない所なのだが、相変わらずこういう時のタイミングの良さは流石だと褒めてしまいたくなる。

 

「(だが喜んでばかりもいられない)」

 

 あの福音の異常な戦闘力がまず気にかかる。対オーガコア用に改修されたとはいえ主不在の自動操縦にしては異常なレスポンスだ。何より何故操縦者不在の状態でどうしてここまでやってきたのか?

 やはり外部から何かしらの操縦を受けているのか? 本当にただの暴走状態なのか?

 

 現状何一つはっきりとしないままで、現場は陽太達の到着によって新しい動きを見せ始める。

 

「………気を付けろよ陽太、一夏、みんな………」

 

 

 

「………んで、毎度のことながら俺のいない間に随分訳の分からない進展具合だな、オイ」

 

 海中に沈んだ福音を眺めながら、警戒心を緩めない陽太が振り返らずに問いかける。この間のショッピングモールの件を引き合いに出されたシャルとしては、小馬鹿にされている感じがして助けに来てくれた感謝の気持ちが一瞬萎えかけてしまう。

 そんな風に思われているとは終ぞ考えていない陽太は、ふと空中で何とかホバーしているGSと、コックピットを開いて直接乗り出しているパイロットの存在に気が付く。

 

「アンタ……………アメリカの『ヴァルキリー』」

 

 雑誌やテレビ、またインターネットなどで顔が公表されており、なおかつ陽太は以前の立場上最低限の情報収集などは自分で行っていたため、ナターシャの顔を見るなり一目で素性を把握できたのである………ついでにその後ろで首を傾げる一夏が鈴とセシリアから呆れ顔で『ヴァルキリーとは何ぞや?』という説明を受けていたが。

 

「初めましてミスターネームレス。フロリダではイーリスがお世話になったそうね?」

「ボフッ!!」

 

 無数の棘が隠れた挨拶を笑顔と共に投げつけるナターシャであったが、当然そばで話を聞いてたシャルにしてみれば何のことかさっぱりわからないのだが、陽太にしてみればややこしいことこの上ないために、できれば誰にも触れてほしくないとあからさまに逃げの姿勢を見せる。

 

「過去を悔やんでいては前には進めないということだシャルロット君と皆の衆! この話はこれでおしまい!!」

「ええっ~~~!?」

 

 『後でナターシャさんから詳しく聞いてみよう。必ず』と心の中で固く誓うシャルロットであったが、見つめていた陽太が突如、何かに気が付いたかのように海面のほうに振り返りながら、両手にヴォルケーノを持ちナターシャに問いかけた。

 

「とりあえずアメリカのヴァルキリーッ!! 福音に『声は届いた』のか!?」

「!?」

 

 余計な説明を除いた言葉に仲間の理解は追いつかなかったが、IS適性が『S』であるナターシャには同じく適性『S』の陽太が何を問いかけているのか理解し、悔しそうに首を横に振る。

 

「ごめんなさい………このところずっと会話ができてなくて」

「らしいな。コアネットワークにも顔出ししてないって、相棒(俺のIS)も心配してるって昨日話聞いた」

 

 コンコンと装甲を自分の親指で叩きながら、他のIS達も福音のことを心配しているんだと伝えるとナターシャが若干表情を緩める。

 

「………貴方、話に聞いてたよりもずっと優しいのね」

「!?」

 

 陽太よりもそのセリフにシャルが反応するが、ナターシャは何が楽しいのか振り返らない陽太の背中を見ながら語った。

 

「『ああ見えて、頼りたくなる背中になってきた』」

「?」

「いえね。私の…」

 

 誰が言った話なのかと詳しい続きが聞きたかったシャルであったが、海面から巨大な水柱と共に突撃してきた福音の姿によって強制的に中断させられる。

 

 普通の操縦者であるならば、あれほどの衝撃で海面に叩き付けられてしまえばISの保護機能を持ってしてもしばらくの間の行動不能は余儀なくされるのだが、今の福音は言わば『鎧が自我をもってマネキンを包んでいる』状態なのだ。いくら内部に衝撃を与えても意味などない。そのことを思い知らされた陽太は手加減してダメージを抑える方法を諦め、一周回った『正攻法』を取ることにした。

 

「地道にSE削って待機状態に戻すしかないか」

 

 シールドエネルギーをゼロにしISを強制的に待機状態に戻して改めて呼びかける。方針を即座に決めた陽太は突撃してくる福音相手に、自身も突撃をかける。

 

「陽太ッ!?」

 

 作戦も決めない内から真っ先に独断で行動をとった隊長を批難しかけたラウラであったが、陽太の返答は予想外のものであった。

 

「全員待機。アイツは俺が一人でやる」

 

 通信を聞いた全員が思わず『ハァッ!?』と驚愕するが、陽太は周囲のリアクションなど知ったことかと言わんばかりに高速で福音に接近すると、右手にアサルトライフル、左手にビームサーベルを携えた敵機に対して自分もヴォルケーノを構える。

 

「!!」

 

 ―――福音がアサルトライフルの照準を合わせた瞬間、すでに放たれていたヴォルケーノの弾丸がライフルの銃口に叩き込まれ、一瞬で破壊する―――

 

「!!」

 

 ―――更に福音が諦めずにビームサーベルを突き刺そうとするが、もう一挺のヴォルーノの弾丸がサーベルの柄を叩き落していた―――

 

 発砲音が聞こえた時にはすでに武装を叩き落すほどに、陽太の抜き撃ちは常軌を逸した速さで行われていることを物語り、福音は新しい武器を出すことなく、今度は突撃の威力を利用した回し蹴りを放つ。

 

 ―――タンッ―――

 

 対して陽太は受けることはせず、仰け反りながら回避すると同時に右足を福音が放った蹴り足に横から絡ませ、軸にしながら自身の身体を回転させつつ逆に頭部を蹴り返すのであった。

 

「なっ!?」

「そんなカウンターがっ!?」

 

 体術を得意とする鈴や、一流の操縦者であったナターシャも驚きの技であったが、陽太は福音が後退するとすかさず構え、相手の様子をうかがいながら言い放った。

 

「操縦者のいない暴走ISぐらい一人でどうにかできないようなら、俺の『将来』が思いやられる…………『あの女』ならこれぐらい造作もなくやってのけるだろうしな」

 

背中から炎のような闘気を放ち、マスクの中の好戦的な笑みがそのまま透けて見えそうになるほどに陽太の声は闘志に満ちたものであった。本来ならば悪い癖が出たのかとラウラが怒り、セシリアや鈴達が便乗して説得しにかかる場面であるのに、今日の陽太はそれすら背中だけで封殺してしまう。

 箒や一夏にしても今の陽太の研ぎ澄まされた気配が、以前に暴龍帝に対峙した時のそれと酷似したものになっているのを感じ、決して油断しているのでも慢心している訳でもないことを理解している。唯一そんな中で皆と異なる印象を受けているのはほぼ初対面のナターシャとシャルロットだけであった。

 

「(この子………何者なの!?)」

 

 先ほどまで感じていた暖かみが引っ込み、彼が背中から放っている気配は彼女が忘れがたい『暴龍帝(亡国機業幹部)』のソレに非常に近い物へと変貌しており、忌むべき記憶を嫌でも思い浮かべさせ、思わず二の腕を掴んで、鳥肌が立った肌を隠すように握りしめる。

 

「(………ヨウタ)」

 

 シャルにしてみれば最早これは只事ではない。幾度も抱いていた嫌な予感が現実の物になってしまったという事実。

 

「………ヨウタ」

 

 陽太の心の中に自分がいなくなり、中心に彼女(暴龍帝)が居座ってしまった、という錯覚がシャルに手を伸ばさせ、陽太を掴もうとした。

 

「!!」

 

 だが、そんなシャルの動きにすら気が付かない陽太は、あの時とは違い今度は一声もかけることなくシャルを無視して完全に目の前の敵との戦闘に集中しきり、ロケットスタートのような加速で福音目がけ突撃する。

 

「………修行の中間成果、ちょっくら拝ませて貰うぞ!」

 

 距離を詰めあう両者、互いの獲物を向け合い、ギリギリの距離まで引き付けあう。そして………。

 

 ―――接触するかどうかのコンマ数秒前に、互いに左斜め上方向に飛び退き合う―――

 

 高速で飛行しながら予めそう決められていたかのように両者ほぼ同時に上空に踊り出て、熾烈なドッグファイトが開始される。

 

 両者斜め宙返りで再び接近し始める中、やや小回りが利いたのかブレイズブレードのほうが福音よりも内側につけることで、ループが終わった後飛行を続ける福音の後方を取り、陽太が熾烈な追撃を展開する。

 

「特盛満載だ!!」

 

 両のヴォルケーノからいくつも放たれたプラズマ火球が福音に高速で迫る。最初は急旋回と急上昇を織り交ぜた機動で回避しようとした福音だったが、陽太はかつて楯無との模擬戦で見せた『相手を高速追尾する火球(ホーミングプラズマ)』を使用して決して逃がそうとしない。振り切れないと判断したのか、福音は高速機動を維持したままシルバーベルを発射してプラズマ火球を相殺しにかかる。

 空の上でいくつもの光の華が生まれあたりに轟音が鳴り響く中、相殺による爆風を突っ切った陽太に対し、福音は続けざまにシルバーベルを発射して彼の行く手を阻みかかった。

 だが当の陽太はその光の弾幕に対して回避機動を取ることもなく、更に加速して自分から飛び込む。一撃一撃が重く、防御兵装無しでは致命傷になりかねない威力を持つ『銀の鐘(シルバーベル)』に対し両手ノヴォルケーノを持ったまま接近すると、

 

 ―――聞こえたのは一発分の銃声、だが周囲に張り巡らされた銀の光弾が多数撃ち抜かれる―――

 

「なっ!?」

「速いッ!」

 

 思わず見ていたセシリアが絶句し箒が叫ぶほどの連続速撃ち(クイックドロウ)をもってシルバーベルをほぼすべて撃墜した陽太に警戒心を上げたのか、福音はバスターライフルを構えながら振り返る。福音の動きに勘付いた陽太は直線に飛ぶことを止め、ブレイズブレードを急上昇させ、それに合わせるように福音が取った旋回機動とは逆にバレルロール気味にロールしながら敵機の速度に合わせて降下して軌道の下にもぐり、福音の進行方向に対して自分のISを下から突き上げることで下方部から攻撃する進路を取るのであった。

 

「ロール・ア・ウェイッ!」

 空戦マニューバにおいて難易度そのものはそれほど高くないが、応用性と戦術眼の高さから飛行技術に優れた操縦者ほど愛用する技を披露した陽太を見て、ナターシャは陽太が自分と同じ『高機動マニューバ』を得意とする操縦者だと知る。

 福音は猛然と自分に迫る陽太に何を見たのであろうか………一瞬だけその技術に惚けたような挙動で見つめ続けるが、すぐさま目の前の白いISに『あの影』が重なって見えた。

 

 ―――私の仲間を………『黒き龍』!!―――

 

『ヲマェエエエエエエエエエエエエエッ!』

 

 突然激高した福音はブレイズブレードに向かってマシンキャノンを一斉掃射し、弾幕を張って距離を離すと両手にバスターライフルを展開し、二挺の銃身を左右から挟むように合わせるのであった。

 

「ツインバスターモードッ!?」

「!?」

 

 本気で焦るナターシャの声に反応した陽太も、背筋が凍り付く予感が走った。『アレはまずい』という第六感の警鐘を信じ、発射を阻止しようと突撃するのだが福音はエネルギーが十分にチャージすることもなく無理やりトリガーを引く。

 

 ―――視界を埋める閃光!!―――

 

「なっ!?」

 

 間一髪で射線から回避して見せた陽太であったが、上空から下方部に向かって放たれたプラズマの咆哮は海面に激突した際に、大爆発と水蒸気の嵐を巻き起こす。

 瞬間的に数十メートルの突風を巻き起こし、数キロ先から肉眼で観測できるほどの衝撃波を作った攻撃に戦慄するIS学園一行であったが、何とか空中でGSを踏み止まらせたナターシャから絶望的な進言を受ける事となる。

 

「気をつけなさい! 今のは試射で見た時のと同等の出力30%程度!! 次はゴスペルは100%で撃ってくるわ!」

「今ので三割以下ッ!?」

 

 一夏の声が裏返るのも無理はない。あれほどの攻撃が30%程度で、しかも次にくるのがその三倍以上とくれば、いくらISを纏っていても一たまりもないからだ。

 

「なんでアメリカはなんでも派手にやろうとか考えつくんだよッ!」

 

 苛立った言葉をぶつけるように叫びながら、ヴォルケーノの銃口を濃い水蒸気に包まれた福音へと向ける陽太の目に、先ほどよりも強い閃光が集まりだすツインバスターライフルを構える白銀の姿が映る。

 

「撃つ気かッ!」

「チョットッ!?」

 

 ラウラとセシリアがすぐさまAIRとシールドビットを展開して強固な楯を作り出すが、それもあの攻撃の、しかも三倍以上の威力のものを受け止め切る保証はない。そのことを理解している陽太はダッシュしていては間に合わないと判断し、ヴォルケーノの銃口からプラズマ火炎を吹き上がらせた。

 

「ブリッツァ・プラズマ!」

 

 汎用性に長けた通常のプラズマショット、敵を追尾できるホーミングプラズマ、威力を極限まで引き上げたハイプラズマ、それらを使い分ける陽太が次に見せたのは、瞬間的に二連射して前方のプラズマ火炎を後方のプラズマ火炎が押し上げて速度を飛躍的に加速させた『ブリッツァ・プラズマ』であった。

 通常の火球を遥かに超えるスピードで飛翔し目前まで迫るブリッツァ・プラズマ相手に、福音は発射体勢を維持することは叶わず、すぐさま構えを解いてギリギリで回避する。そこに更なる追撃の一手を打つために、陽太はブリッツァ・プラズマを連射しながら瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って福音の進路に割り込むと、腰部の装甲に収納していたヴォルケーノの予備の弾倉を取り出して掴み取ると、弾倉を交換することなく直接プラズマエネルギーを注入するのであった。

 

「!!」

 

 プラズマエネルギーの注入によって赤熱化した弾倉を空中に放り投げると、それをヴォルケーノのプラズマ火球で包み込み、ブレイズブレードの全長と同じぐらいの大きさの火球として発射する。

 当然その攻撃に気が付いていた福音であったが、アクセルショットに比べれば鈍亀の如き弾速しか出ていない攻撃を前に、余裕をもって回避行動に移りながらツインバスターライフルを再び構える………が、巨大な火球が通り過ぎた瞬間、余裕の笑みを浮かべた陽太が言い放つ。

 

「あえて言おう………油断しすぎだぞ天使ちゃん」

 

 ―――突如空中で『破裂』する火球―――

 

「ショットガン・ボルト」

 

 エネルギーの塊である火球を炸裂させて散弾……無数の炎の礫となったショットガン・ボルトが、銀の戦天使に直撃し、いくつもの装甲に損傷を負わせて体勢を大きく崩させることとなる。

 

「ぃよしっ!」

「上手いッ!」

 

 絡め手を兼ねた巧みな戦術を駆使した自分達の隊長を素直に称賛した鈴と箒の前で、陽太は怯んでいる福音相手に勝負を決めるため、フレイムソードを手に取って斬り込む。

 

「とりあえず正気取り戻したらたっぷり事情の釈明は受けてやる! だからコイツで決まりだぁっ!!」

 

決め技(フェニックスファイブレード)によって取りあえずの決着をつけようとする場面、誰もが勝利するものと思っていた所に、次の瞬間、予想外の出来事が起こった。

 

「…………ダメ」

 

 フレイムソードを抜き、決着の一撃を放とうとする陽太の後ろ姿を見たシャルロットの目には、すでにいつもの陽太の姿はなく、完全に暴龍帝『アレキサンドラ・リキュール』ものへと変貌してたのだ………まるで彼女が彼を洗脳したかのように。

 

 ―――まるで、自分から奪い去ったかのように―――

 

「ダメ…………ダメェッ!!」

 

 戦闘を起こす前、ここ最近ずっと溜め込んでいた不安が、陽太が救援に来てくれたというのに自分を一度も見ようとしない、敵ばかり見ていて戦うこと以外に興味を示そうとしない姿が、いくつもの要因が重なり、最悪の場面で爆発する。

 

「ヨウタッ!」

 

 パイルバンカー片手にシャルが福音に向かって突っ込んだのだ。これには仲間達も、そしてヨウタも予想外すぎて思わず振り返ってしまう。

 

「シャルッ! 何をしている!?」

「邪魔になります!? お止まりなさい!!」

 

 ラウラもセシリアも止めに入るが間に合わない。箒や鈴や一夏にしても気が付いたのは二人よりも遅く、割って入るのを阻止するのが叶わない。

 

「ちょ、なんでそこで突撃してんのよッ!?」

「今割って入るのはかえって危ないッ! 引き返せシャル!!」

「陽太はそのままでも勝つよ! だから今は任せて……」

 

 突然の行動に驚きが隠せない一夏の言葉を聞いていたシャルは、振り返ることなく涙を流しながら言い放つ。

 

「それじゃ駄目なのッ! 私が………ヨウタッ!?」

 

 シャルの言葉、涙………不安で押し潰されそうになった気持ちが爆発し、自身でも正当性がないとわかりきっている行動を起こしてしまったのだ。

 突然、自分の背後から突進してきたシャルに気が付いた陽太はここにきてようやく振り返る。

 

「ちょ、お前、なにをやって……」

 

 だが振り返った陽太が目にしたのは泣きながら必死に自分を追いかけてくるシャルの姿であったものだから、自分が攻撃を仕掛けている最中だというのに思わず足を止めてしまう。

 

『………!!』

 

 そしてその隙を見逃すほどに今の福音は優しくはない。ショットガン・ボルトのダメージを立て直し、それでもブレイズブレードに反撃するには足りない数個のシルバーレイを形成する。

 

「ヨウタッ!!」

 

 自分に武器を持って自分に危害を加えようとしているIS………反撃の力が足りない以上、今は『弱い』敵から順番に撃墜していこう。福音(彼女)はそう素早く判断すると、数個のシルバーレイをシャルに向けて発射するのであった。

 

「!?」

 

 福音から放たれた攻撃、最初陽太はそれは自分に向けられているものだと思い、迎撃と反撃を瞬時に行おうと身構えるが、攻撃の軌道が明らかに自分に向けられていないこと。そしてその軌道の先にいる人物が目の前の福音の行動にすら理解できていないほどに半狂乱していることに総毛立つ。

 

 ―――陽太を通り過ぎた銀色の光弾がシャルに迫る―――

 

「えっ」

 

 戦場で間の抜けた声を出すシャルは、次の瞬間、信じられない物を目にする。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「…………何をやっているのか」

 

 戦闘が始まりからすでに数十分………一隻の豪華客船が、ISによる戦闘区域になることを予想された警告を無視し、沿岸部にほど近い場所を航行していた。しかもこの船、法律で定められている航路を明らかに無視して、更には所属などを表す認識票も無く、堂々と海上を違法に航行している船であることを丸出しにしているのだ。

 そんな船の上に備えられた豪華な室外プールにおいて、パラソルの下にあるデッキチェアで寝そべっていたサングラスを掛けた水着姿の美女は、片手に最新鋭の双眼鏡を手に、傍に控えている二人の少女(メイド)が差し出すカクテルを飲み干しながら忌々しそうに言い放つ。

 

「ふう………いい感じだったというのに、相も変わらず小娘は空気が読めない」

 

 腰まで伸びた白金(プラチナ)の長髪をし、日に焼けた肌を申し訳程度隠している黒い紐………どこかの代表候補性とは違い、『この水着はこうやって着るものだ』と言わんばかりに自己主張する三桁越えの爆乳を若干揺らしながら、彼女は言い放つ。

 

「スピアー、代わりを持ってこい」

「ハッ!」

「フリューゲル、リューリュクに伝えろ。このまま真っすぐ戦闘宙域まで行け、とな」

「ハイッ!」

 

 メイド服に身を包んだ配下の少女二人に指示を出すと、彼女………暴龍帝『アレキサンドラ・リキュール』はスリリングショットに身を包み、双眼鏡で覗きながらヤレヤレといった表情でこう呟く。

 

「まったく………戦闘に集中しないからそうなるのだよ」 

 

 ―――福音の攻撃からシャルを守り、左側頭部にシルバーレイの直撃を受けて落下していくブレイズブレードの姿―――

 

 あと一歩まで敵(福音)を追い詰めながらも、他のことに気が回って無駄にけがを負う陽太の様子を見て、まだまだ修行不足だよと人事のようにアレキサンドラ・リキュールは呆れてしまうのであった。

 

 

 

 





シャルさん、ある意味今回が一番底の底なのでここから持ち直してくれると信じてます。
陽太、大局的にみると割と何も悪いことしてないけど、フォロー足りてないのも事実。




親方様、なにしてんすか(汗
(大体今回の事態の9割8分は親方様が悪いのに)

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