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"ブラックホール"というものをご存知だろうか。
それは極めて高密度かつ高質量であまりに強い重力のため物質はおろか、光さえも為す術もなく飲み込まれるという天体である。
ある半径から脱出に必要な速度が光速を越え、中心近くではあまりの力に時空さえも歪んでいるという。中心から宇宙を見渡せば時空の歪みによって宇宙全体の時間は早送りのように進み、やがて宇宙の終わりが見えるという話だ。
飲み込まれた物質はどうなるのかと色々な議論がされているが、時空の歪みにより永遠に中心で静止した状態になるのではという話が有名だ。
「食糧を運べぇ!!」
「足りねぇぞ!!」
「生でもいい!とにかく量だ量!!」
なぜいきなりこんな話をしたかと言えばそのブラックホールがボンちゃんとオカマ王"エンポリオ・イワンコフ"、及びそのニューカマー軍団の目の前にあるからだ。
軍隊ウルフとの戦いで限界を迎えた二人はニューカマー軍団の一人、クローバー型の髪型を持つ"イナズマ"に保護された。イナズマが連れ帰った二人をイワンコフは治療し、自分達の城である「LEVEL5.5番地ニューカマーランド」に匿っていた。
そして現在イワンコフの目の前でニューカマーランドの食糧がブラックホール、もとい治療を終えたルフィの胃袋へと消えていく。
ルフィが腹ペコなのは分かる。本来マゼランの重複された毒など喰らった人間は生きてはいられない。このニューカマーランドに運ばれてくるまで生きてたこと事態奇跡だ。ルフィはそれに加えてイワンコフの「エンポリオ・治癒ホルモン」によって引き上げられた自己治癒力によって毒に打ち勝ってみせたのだ。それで使った分のエネルギーを今取り込んでいるのだろう。それにしたって食べ過ぎだが。
ニューカマーランドの数日分の食糧を胃袋に収めたルフィはゆっくりと立ち上がる。その出で立ちは、顔や手足がガリガリで腹部だけが食糧で膨れ上がっている。もはや人間の姿じゃない。
そんなルフィが身体中にぐっと力を入れると腹部に溜まっていたエネルギーがルフィの全身へと運ばれ、ガリガリだった体に活力が戻る。
「ん治ったぁぁぁぁぁ!!!」
両手を天に突き上げ高らかに叫ぶルフィ。そんなルフィをニューカマー軍団の面々はわっしょいわっしょいと胴上げをする。
本来ルフィの治癒には2日かかる予定だった。それでも助かる確率はほんの2、3%だった。それを何とルフィはわずか20時間でこの世に舞い戻ってみせた。とうの昔に奇跡の度を越えている。
イナズマから帽子と服を受け取ったルフィはビブルカードを確認する。カードはまだ下を向いているのでエースさらにこの下にいることになる。
「そうだ!イワちゃんは脱獄すんのか!?ボンちゃんはおめぇを助けたくて階を降りてきたんだもんな!」
ハッと思い出したルフィはイワンコフにその旨を聞いてみる。ボンちゃんがルフィと一緒にLEVEL5を目指していた理由はイワンコフを救出するためだった。謂れのない罪で囚われた「カマバッカ王国」現女王。その人の助けになりたかったのだ。
しかしイワンコフにはまだ脱獄する気はないという。その理由は、世の中は「海軍」と「白ひげ海賊団」を中心に世界は大きく動こうとしているが彼(彼女?)の同胞である"ドラゴン"はまだ動かないからであった。
「ああ、俺の父ちゃんか。」
「そう、ヴァナタの父ちゃんが軍を率いて動き出す時、ヴァターシは再びシャバへ飛び出し世界の流れに身を投じる。今むやみに脱獄を試みてもシャバで大きく手配されるだっキャブル。…………父ちゃんっ!!!?」
ルフィの「俺の父ちゃんはドラゴン」発言を華麗にスルーしたイワンコフだが時間差で周りのニューカマー達と共に目を飛び出させて驚く。あまりの衝撃にとんでもない跳躍力で後ろへ飛び、壁にめり込んでしまった。さすがは新人類(ニューカマー)、もはや人間業じゃない。
「あ、これ言っちゃいけねぇんだった。まあ、俺もよく知らねぇんだけどな。顔も見たことねぇし。」
「(し、知らないって逆にリアル!ウソをつけるような男には見えないし海賊界でも超新星!たった今見せた常識外れな生命力!ふ、普通じゃない……!!充分にありえる話!!)ヴァ、ヴァナタ…出身はどこ!?」
「"東の海(イーストブルー)"だ。」
「!!やっぱり………!!!」
動揺しながらもルフィの出身を聞くイワンコフ。返ってきた答えに彼(彼女)?は確信を持った。
ドラゴンは時折風にあたる。それが気持ちを落ち着かせるためなのか何なのかは分からないがとにかくそうする時があるのだ。イワンコフは彼が風に吹かれている時にどこにいても東を向いていることに気づいた。彼自身は特に意識した事はないと言ったが、イワンコフはそれは動物の帰巣本能のようなものとふんでいた。
そして目の前のドラゴンの息子を名乗る少年の出身が"東の海(イーストブルー)"。それが本当ならすべての辻褄があう。
「イナズマ!エースボーイの出航時刻をお調べ!!」
「ええ、すぐに。」
「ギリギリよね。ビブルカードが下を向いてるからまだ連れ出されちゃいない!ヴァターシはこれから麦わらボーイと"LEVEL6"へ向かうわよ!!」
「え!案内してくれんのか!?でも"LEVEL6"!?"5"じゃねぇのか!?ま、いいや!頼む!行こう!!」
ルフィがドラゴンの息子だと確信したイワンコフはイナズマにエースの出航時刻を調べるように指示する。エースの公開処刑執行時刻は午後3時、処刑は「海軍本部」で行われるので朝の内にエースはインペルダウンから連れ出されてしまう。
イワンコフはドラゴンの同胞、つまりは「革命軍」の幹部だ。勝手ながらルフィのサポートする義理がある。同胞の息子を目の前でみすみす死なせるわけにはいかないからだ。
「(迂闊だった!想像だにしなかった!つまりエースボーイとレイガールはドラゴンの息子と妻じゃないの!!海軍はまさかこれを知ってやってるの!?……いや、白ひげとドラゴンを同時に呼び寄せて政府にメリットなどないはず!政府の真意は何……!?)」
イワンコフは獄内の通信を傍受することでルフィとエースが兄弟であること、そしてその二人の母親がレイであることを知っていた。そうなるとドラゴンへの義理でルフィに手を貸すように、エースとレイも救出しなければならない。
「ニューカマーランドの住人全員に伝えなさい!ヴァターシ達はこれからエースボーイとレイガールを救出し、その後インペルダウンからの脱獄を試みる!!共に行きたい者は死を覚悟し、戦闘準備の上ここで待機を!!」
「え~!そんな急に!!」
「決断はいつも突然よ!!」
「よーし!!待ってろよエース!レイ!今行くぞぉぉ!!」
気合い充分のルフィはイワンコフとイナズマと共にニューカマーランドを飛び出していった。
◆
「それではポートガス・D・エース。これよりお前の身柄を処刑台のある町「マリンフォード」へ護送する。」
ここはインペルダウン最下層"LEVEL6無限地獄"。起こした事件があまりにも残虐すぎて存在をもみ消された犯罪者、政府にとって不都合な人間などが収監されるその全員が死刑囚、または完全囚人のエリアだ。
そのLEVEL6にマゼランとドミノが数名の看守と獄卒を引き連れてやって来た。エースの出航時刻になってしまったからだ。
「……………」
看守によって檻から連れ出されるエース。そんなエースを見てレイは何とかならないものかと鎖をガチャガチャと鳴らして動く。しかし、その鎖は切れる気配もなく、海楼石なので体に力も入らない。
やがてエースはリフトで上昇し、見えなくなってしまった。
「レイさん、大丈夫?」
「………ええ、ありがとうミク。」
何もできない自分の力不足に俯くレイを猫状態のミクが顔を舐めて慰める。
「エース!レイ!助けに来たぞ~!!」
そんな時、LEVEL6中に大きな叫び声が木霊する。何事かとレイが顔を上げればルフィがイワンコフとイナズマを引き連れこのフロアに侵入してきた。
「ルフィ………。」
「レイ!良かった!無事だったか!!でもエースがいねぇな。」
「イナズマ!レイガールを出してあげな!!」
ルフィは檻の中のレイの姿を見て安堵する。レイは血だらけで決して無事とは言えないのだが、生きてたことは一安心だ。
どうやらルフィ達は連れ出されるエースと入れ違いになったようだ。イナズマがレイを釈放する最中、ルフィとイワンコフはLEVEL6から上にあがろうとする。
しかし敵もバカではなかった。リフトは作動回路をロックし、階段には鉄格子を降ろして封鎖する。そして階段を塞ぐ鉄格子から睡眠ガスを噴射する。どうやらLEVEL6の囚人ごとルフィ達を眠らせてそれで終わりにするつもりらしい。
「ガスなんか関係ねぇ!ってうおっ!?レイ!何すんだよ!!」
「無謀過ぎ。」
フロアが催眠ガスで埋まっていく中、ガスへ無謀に突っ込むルフィをレイが首根っこを掴まえて止める。
レイとルフィのやり取りの最中、イナズマが地面をまるで紙のように切っていた。そして切った地面を階段の鉄格子へと張り付けていき、ガスを封じ込めることに成功する。
イナズマは『チョキチョキの実』のハサミ人間だ。切り出した物を紙のように扱えるイナズマにとってはこんなことは造作もないことだ。
「おい!俺は上に行きてぇんだよカニちゃん!!階段閉じちまったらエースに追いつけねぇよ!!」
「閉じる他ガスを止める方法がない。意識を失っては救出もクソもない。」
ルフィの気持ちも分かるがイナズマの言うことは正しい。単純だがこれはインペルダウン側の作戦勝ちだ。現状ルフィ達に脱出の術はない。ルフィ達にできることといったら電伝虫を無力化して敵の情報を奪うことくらいだろう。エースの身柄も今頃海軍に引き渡された頃だ。
こうなっては仕方がない。レイは救出したことだし、イワンコフ達は気持ちを切り替えルフィとレイを無事インペルダウンから脱獄させることに専念しようとする。しかし、ルフィは衝撃の発言をする。
「だったら俺行くよ!海軍本部!!」
「ヴァカおっしゃい!!白ひげの実力知ってんの!?迎え撃つ海軍の"大将"!"中将"!"七武海"の実力知ってんの!?ヴァナタ命いくつ持ってんの!!」
その発言にイワンコフは強く反論する。エースの公開処刑によって起こるであろう"頂上戦争"はその名の通りこの世界の頂点の戦いだ。いくら超新星のルフィでも所詮はルーキー。蝿のように軽く叩き潰されて終わりだ。
「もし諦めたら悔いが残る!俺は行く!!」
「……………!!」
そんなイワンコフにルフィは強く返した。イワンコフはこのルフィから感じられる雰囲気を何度も体験したことがあった。まさにドラゴンを相手にしているような気分になる。
とは言ったものの、ルフィ達はまずこのフロアから抜け出すことができない。レイの"破壊光線"などで天井を壊してもいいのだが、その余波で天井全体にダメージが及び、崩れてしまう可能性があるのでそれもできない。
「ここを抜けたきゃ俺を解放しろ。俺ならこの天井に安全に穴を開けられる。どうだ?麦わら。」
ルフィ達が困り果てているとレイが寄りかかっていた檻から渋い声が聞こえてくる。その人物は左手が黄金のフックの義手になっており、顔を横断する傷を持っていた。その姿を見た瞬間ルフィは叫んだ。
「クロコダイル!!」
そう、元王下七武海で元B・W社社長サー・クロコダイルその人だった。クロコダイルはアラバスタでルフィに敗北した後、このLEVEL6に収監されていたのだ。
彼はもうシャバに出ても面白みはないと思っていたが、白ひげと海軍が戦争をするという話を聞いて脱獄してみようという気になったらしい。海にごまんといるロジャーや白ひげに勝てなかっただけで涙を飲んだ「銀メダリスト」達。彼もその一人だったのだ。
仲間であるビビの国をめちゃくちゃにしたクロコダイルにルフィは当然反発。するとそこへイワンコフがクロコダイルを解放しようと提案する。クロコダイルがいれば相当な戦力になる。どうやらイワンコフは彼の"弱み"を一つ握っているらしく、いざという時は自分が抑え込むというのだ。
「その"弱み"というのは?」
「あら気になる?レイガール。ン~フフフ。それはね……」
「おい!余計なこと言うんじゃねぇぞ!!」
クロコダイルの弱みなんて総監督のレイですら知らない。レイがそのことをイワンコフに聞こうとするとクロコダイルが怒鳴る。どうやら相当な弱みを握られているらしい。彼の反応を見る限り、小学校の「お前の好きな人は…」などというレベルの話ではなさそうだ。
「後生の頼みだ!頼む!わしも連れて行ってくれ!!」
今度はクロコダイルの檻とは反対のレイが入れられていた檻から声が聞こえてきた。見ると"海峡のジンベエ"がルフィの目を見て叫んでいた。
ジンベエは白ひげに恩がある。それは彼の故郷である「魚人島」を海賊の手から守ってもらっているというものだった。だからこそジンベエは今回の処刑に反対したのだ。
「カニちゃん。出してあげて。」
「!?しかし、我々はこの者の危険度も人格も一切……!!」
「ジンベエの人格なら私が保証する。」
必死に叫ぶジンベエを釈放するようにレイが指示する。ジンベエのことを一切知らないイナズマは危険だと抗議するが、レイは大丈夫だと促す。総監督であるレイの太鼓判にイナズマはジンベエを檻から出した。ジンベエは「かたじけない!」と言いながら檻から出る。そしてイナズマはジンベエを解放した後、クロコダイルも解放する。
「さ~て、こうなったら時間がナッサブル!力技でこの監獄を突破するわよぉぉ!!ヒーハー!!!」
「白ひげのオヤジさんには手出しさせんぞクロコダイル!」
「クハハ、じゃあ今の内に殺し合っとくか?」
「元も含め七武海三人とは……。」
「三人?誰だ?あと一人。」
「ミク。しっかり掴まっててね。」
「うん!」
ルフィ達の反撃が始まる………