何もできなかった。
視界の中に、白煙が見える。おそらく、ICBMのロケット噴射口から立ち上っているのだろう。今にも発射しそうなやばい雰囲気だ。
でも、それすらも、気にならない。
自分の大切な奴が、撃たれるのを見ているだけしかできなかった。
ただその事に対する後悔だけが俺の頭の中に渦巻いていた。
俺の隣に駆け寄ってくる流無の姿を見ることもできない。
何が相棒だ。ともに戦う存在だ。
守り守られるんじゃない。共に戦うために戦い、助け合う。
そう誓った。
なのに、俺は助けられなかった。
うなだれる俺の耳に、延命効果のあると言っていた緋弾を失い、いきなり何年か年を取ったシャーロックの声が入ってくる。
「イロカネの所有者同士の戦いは、まだ互いにけん制し合う段階にある。しばらくはこのままだろうが、これから戦いは本格化していくだろう。君たちはそれに巻き込まれていくだろう。どうか、その時は、悪意ある物たちの手から緋弾やイロカネを護ってほしい。
世界の……ために?
その言葉に、俺はまるで沈下した炎が再び燃え上がるような感覚が、心の中で広がる。
なんだそれは?
そんなことを、押し付けるために……こんなことをしたのか!?
流無を撃ち。
記憶を奪い。
刀奈に妹と戦わせた。
散々、流無を、流無の家族を、流無の運命を弄んで、そのうえ、世界だと?
もうやめろ。
こいつを、俺の女を―――好き勝手すんじゃねえ!!
「「ふざけるなあああ!!!」」
俺とキンジは、もう35歳くらいにまで老けたシャーロックを前に、再び立ち上がった。
互いに、俺たちを心配して寄り添ってくれていた流無とアリアの手を振り払って。
「ふざけるんじゃねえ!あんたは自分の曾孫を、アリアをそんな危険な戦いに巻き込むつもりなのかよ!こいつの母親を嵌めて、振り回しておきながら、まだ弄ぶつもりなのか!?」
キンジの怒りの籠った声に、シャーロックは淡々と答える。
「キンジ君。君は世界におけるアリア君の重要性を分かっていない。僕がかつてそうだったように、彼女は今のこの世界に必要な重要人物なのだ。そして、それは流無君も同じだ」
「そいつは違う!」
シャーロックの言葉を、俺は真っ向から否定する。
「流無もアリアも、そんな御大層な奴じゃない!流無はいつもお姉さん気取りで余裕ぶっているけど、本当は結構初心で、恥ずかしがりやな、どこにでもいるような女子高生だ!授業中に居眠りしたり、休み時間に友達とくだらないことを話して笑ったり、放課後にゲーセンでダンスゲームに夢中になったりする奴なんだ!」
「アリアもそうだ!こいつも体の中に何が埋まっていようと、クレーンゲームに夢中になったり、桃まん食い散らかしたり、流無や理子にいじられて顔を赤くしている……ただの女子高生だ!二人のことを分かっていないのはシャーロック、お前の方だ!」
「……君達二人の気持ちは分からないわけではない。確かに認めたくはないだろう。だがね、この広い世界にはまるで悪魔の手先のような人間はごまんと存在する。いずれ、君たちの想像もつかないような悪意を持つ者がイロカネの力を狙って――」
「知ったことか!」
「んなもんどうでもいいんだよ!」
俺とキンジは、シャーロックの言葉を半ばやけくそ気味に叫び、遮る。
「俺たちは世界なんかに興味はない!善意も悪意も知ったことか!」
「世界がどうなろうと関係ない。俺たちは俺たちだ!」
俺とキンジの言葉を聞いたシャーロックは黙って目を閉じると、俺たちに背を向けた。
「それが世界の選択か……ならば、平穏に生きると良い。君たちのその強い意志があればきっと通るだろう。なぜなら、君たちは十分強いのだからね。
いつの時代も、どんな場合も、意思を通したければ、まずは強くなければならない。力無き意思は、力ある意思に踏みにじられる。だから君たちの『強さ』を急増する必要があった。キンジ君にはイ・ウーのメンバーの中から、ギリギリ君たちが死なないような相手を選び段階的にぶつけていく、
春先の合宿でのIS襲撃も、お前の仕業だったのか。
「つまり、何もかも、全部、お前が描いた通りだっていうのかよ!?シャーロック!」
キンジの言葉に、シャーロックは相変わらず背を向けたまま、少しこちらを振り返る。
「最初に言ったはずだよ、キンジ君。
全て、僕の推理通りだよ」
ああ、ああ、そうだな。
全部、お前の推理通りだよ。
何もかも、あの日の俺と流無の出会いも、その後のあれこれも、全部お前の思った通りなんだろうさ。
でもな、ここから先は、そうはいかねえぜ。
「……武偵憲章3条――『強くあれ。但し、その前に正しくあれ』」
「……?」
キンジのつぶやいた言葉の意味が分からずにシャーロックは横を向いたまま怪訝な顔をする。そして、俺がキンジの言葉を引き継ぐ。
「強くなければ意思が通らない。なるほど、確かにそれは正しい。だがな、
「そうかもしれないね。でも、僕にはそれができた。それに流無君のことは、刀奈君の願いもあったのだよ?彼女は何よりも自分の守りたいもののために、行動した。例えその先に自分が消滅してしまうことが分かっていたとしてもだ。だから、僕は彼女の願いをかなえるために行動した」
「シャーロック。もう一度言ってやる。ふざけるな。そんなものはただの詭弁だ。他にもっと手はあったはずなんだ。刀奈が消えたりせず、そもそもこんなわけのわからない展開なんか迎えなくても、みんなが笑っていた未来が。だが、お前はそれを壊した。自分の導き出した答えが最善だと、さも当たり前のように振る舞い、それ以外の道を放棄したんだ」
「だから、俺たちはお前に一発返さないと気が収まらねえ。武偵は義理堅いんだよ。パートナーが一発もらったら、一発返すのが決まりだ」
風よ、風の精霊たちよ。
集え集え、俺の元に。
もう力なんか、碌に残っていないはずなのに風は俺の周りに集まり始める。
蒼く輝く蒼風となりて。
ちょうど、格納庫のハッチが開き始めて空が見えた。
白煙と流れ込んでくる外気で、気流が乱れるが、その全てを持てる力全部で集める。
精神が肉体を凌駕する。
今の俺はまさにそんな状態なのだろうな。限界だったはずなのに、どんどん力が湧いてくる。
精霊たちは、俺のちっぽけな願い、流無を弄んだシャーロックに一矢報いるという思いにこたえてくれている。
そんな俺の隣で、キンジも炎の精霊を集めて、身に纏い始める。
「できるつもりかね」
「できる。『桜花』――絶対に躱せない一撃でな」
「俺もやらせてもらうぜ。俺の持てる全力で、お前に一矢報いてやるよ」
キンジはバタフライナイフを右手で構え、右腕に全身の炎を集め始める。
俺も蒼穹覇王を再び構える。
右腕を、弓を引くように引き絞り、左手も添える。
右足を後ろにして、体を半身にして、刺突の構えとする。
何処から湧いて来たのかわからない蒼風を、キンジと同じように蒼穹覇王の刃に集める。
そんな俺たちを見て、シャーロックは再びこちらを向き、床に刺していたスクラマ・サクスを引き抜き、炎雷覇を再び出現させる。
それと同時に、キンジの従えていた精霊がシャーロックに奪われ始める。
やはり、神器の力は厄介だな。
「……僕にも推理できないものがある。どうやら君たちのその非論理的な行動は、それが遠因なのかもしれないな」
なんだそれは?
「若い男女の、淡い恋心さ」
その言葉に、後ろにいる流無やアリアがどんな顔をしたのかわからないが、少し想像できた。
そして、シャーロックは瞬時に神炎・紅炎を発動し、俺たちに放った。
紅炎の濁流が俺たちに迫る中、蒼風を解き放つ。
紅い濁流は、まるで竜の口のようにその先端を開きながら俺たちに襲い掛からんとし、それに対し、蒼風がまるで鳳の嘴による突きのようにぶつかる。
紅と蒼のぶつかり合い。
しかし、力比べは俺の蒼風の方が分が悪く、紅炎の進行をやや遅らせるだけだった。
このままじゃ、まずい。
俺がここで紅炎を押さえることが出来なければ俺たちの負けだ。キンジじゃ、こいつに飲み込まれる。
さらに力を込める。
だが、抑えるどころか、どんどん押されてしまう。
もうだめかと思ったその時、俺の背中を誰かが押してくれた。
いや、誰が押してくれているのかなんて、解っている。
「和麻……お願い―――勝ってっ!!」
「当たり前だ!いくぜえええ!!」
流無の思いを、魂を、風に乗せろ。
俺と流無の全てを、この神風に!!
蒼風に変化が起きた。
透き通るような蒼色に、徐々に暗い輝きが混じり始めた。
しかし、それは恐怖を誘うような黒い色じゃない。
まるで、吸い込まれそうなほどの黒い輝き。黒曜石を連想するような黒が、蒼と混じりあっていく。
さながら、夜天に浮かぶ月の光に照らされ、蒼く輝く海のような色に、風が染まっていく。
ふと気が付くと、流無の身体からも同じ色の光が発せられている。
そうか、これは玄蒼色金の力か。
さしずめ、この神風の名前は――
「神風・玄蒼月風(げんそうげっか)ァッ!!」
「なんだって!?」
シャーロックが驚く声をあげる。
なぜなら、玄蒼月風が徐々に紅炎を押し返し始めたのだから。
よく見ると、玄蒼月風は紅炎の精霊を少しずつ削り取っていた。
シャーロックの支配していた精霊を、その支配から解き放っているんだ。
玄蒼色金の特性。
他者の異能に干渉して、同調する。
つまり、今玄蒼月風はシャーロックの紅炎に干渉して、支配能力を邪魔しているんだ。
そして、解き放たれた精霊は徐々に、別の術者の元へと集っていく。
「行け!キンジ!」
「おうッ!!」
キンジは俺の声と共に、がむしゃらに駆けだし始めた。
玄蒼月風を追い風に、更に速く駆ける。
あれは、以前キンジから話だけ聞いた技、『桜花』だ。
最大速度、時速36kmの速さで敵に駆けながら、ヒステリアモードでの反射神経から生み出される、爪先、膝、腰と背、肩と肘、手首全ての瞬発的な速度を全く同時に生み出すことで放つことで初めてできる技。
合計時速、1236kmの超音速の一撃、それが『桜花』だ。
「――この桜吹雪――散らせるものならッ!」
遂に玄蒼月風が紅炎を破り、道を作り出す。
その道を、更に速く走るキンジ。いや、速いだけじゃない。
キンジの纏う炎が、玄蒼月風によって解放された精霊たちを取り込みながら大きくなるだけじゃなく、その色を変えていく。
よく見てみるとアリアからも流無と同じような緋色の光が放たれていた。
その光が、キンジの炎の色を変えていく。
血のような、薔薇のような、緋色へと――!!
まさか、あれは神炎!?
おいおい、キンジ。お前も大概人外だろ。
なんで今日炎術に目覚めたお前が神炎なんて使えるんだよ。
シャーロックも目を丸くしているのが、少し見えるぞ。
緋色の神炎をまき散らしながら、キンジはナイフを振るう。
「散らしてみやがれッ!」
―――――――――――パァァァァァァンッッッ!!!
ナイフから、銃声のような音が響く。
ナイフの先端速度が音速を超え、
同時に、超音速による衝撃波でキンジの右腕が引き裂から、鮮血が飛び散り、それも緋炎に触れて蒸発、舞い踊る。
――まるで、緋色の桜吹雪のように。
あれは、もう『桜花』じゃない。
言うなれば――『緋炎桜花』――
―――――――――――ドガアアァァァンッッッ!!!
何かが爆発したような音を響かせながら、圧倒的な攻撃力と速度をもった一撃は、それを防ごうとしたシャーロックの炎雷覇を吹き飛ばしたのが見えた。
「うああああああッッ!!」
血まみれになり、もう炎も無い右腕を振り上げながら再度ナイフを振りかぶるキンジ。
緋炎桜花で紅炎は吹き飛ばされており、そのチャンスを逃がすまいとしている。
しかし、その一撃はシャーロックの左腕によって止められた。
片手の真剣白刃取りで。
そして、シャーロックも右腕のスクラマ・サクスをキンジに振り下ろすが、それはキンジによって受け止められた。
同じく、片手の真剣白刃取りで。
互いに両手がふさがった千日手。どちらもどうすることもできない。
しかし、それでもキンジは多分笑っているんだろうな。
だって、これの状況はキンジの隠し玉に最適だからだ。
「――そう来ることは――」
頭を大きく後ろに反らせるキンジ。
あれこそが、キンジ達遠山一族に伝わる本当の隠し技。
「分かっていたんだよッ!」
――ドガンッ!!――
およそ、人が出したとは思えない音が響く。
やっぱすげえな、キンジの
あれは昔俺も受けたが、二度と受けたくないね。意識が一発で持ってかれるからな。
もろに受けたシャーロックは、受け止めていたナイフから手を離しながら、ゆっくりと倒れていった。
ははっ、やったぜ。
これで、俺たちの――勝ちだ。
俺はその場にへたり込む。
もう一歩も動けないな、これは。
さっきの無茶が一気に体に襲い掛かってきている。指一本動かすのも面倒だ。
「大丈夫!?和麻!!」
流無が横になりそうな俺を支えてくれる。
勝ったのに、恰好付かないな。
「あ~大丈夫だ。ただ、もう一歩も動きたくない。というわけで少し胸貸せ」
俺はそう言うと、流無の胸の中に頭をもたれさせる。お~柔らかいね~。
「え?きゃんっ!?ちょっとお~」
「いいだろ、これくらい。久しぶりなんだから」
「そうだけどさ。少しは空気を読んでよ」
「無問題」
流無といちゃつきながら、シャーロックの方に目を向ける。
そこにはキンジとアリアもいた。
キンジもアリアに腕を心配されながらも、優しく語りかけている。
やがて、アリアはシャーロックのところに歩いていき、
「曾お爺さま……いいえ、敢えてこう呼びます。シャーロック・ホームズ」
懐から超偵用の手錠を取出し、シャーロックの右手を持ち上げる。
「――あなたを逮捕します――」
ガチャン、という手錠のはまる音が響いた。
これで、一件落着だな。
俺と流無は安堵の溜息を吐いた。
「素敵なプレゼントをありがとう。それは曾孫が僕を超えた証に頂戴しよう」
――!?
頭上から聞こえた声に、ぎょっとしてその方に目を向けると、ICBMの一基の先端部分――そこに開かれたハッチに掴まったまま、キンジの頭突きで流血しながらも笑顔で手を振るシャーロックがいた。
倒れているシャーロックの方に目を向けると、その体は砂金になって崩れていく。
やられた。さっき全員が少し目を離したすきに、
右腕だけになった
「さて、僕はこのまま、失礼しよう。今日までしか生きられないといっても、辛気臭い最後は嫌いでね。このまま、世界のどこかに行くよ。『老兵は死なず、ただ去るのみ』という昔の言葉に習ってね」
そうか。あのICBMも、オルクスと同じ、ミサイルを改造した乗り物なんだ。
「待って、曾お爺さま!」
「まて、アリア!?」
アリアがシャーロックの乗るICBMに駆け寄り、キンジも追いかける。
しかし、そんな二人の前に、紅色の炎が放たれる。
キンジがアリアに飛びかかり、押し倒すことで間一髪その攻撃から身を護る。
「危ないよアリア君。なぜなら、僕の推理通りならもうすぐ――」
突如、二人の前に轟音と共に何かが降り立った。
「「「「!!?」」」」
その衝撃で、キンジとアリアの二人は床をころがる。
それは、いびつな形をした機械人形だった。
三メートル近い大きさに、左右非対称な巨大な両腕。
右腕にはブレードを、左腕には巨大なガトリングを携えている。
おそらく、移動用なのだろうスラスター口が全身についており、足にも何かが仕込んでありそうなふくらみが見える。
「なんだ、これは」
俺達四人の思いを代弁したであろう俺の呟きに、シャーロックが大声で答える。
「何ってISさ。無人機IS。多分名前は『ゴーレムⅡ』だと、僕は推理しているよ」
次回で六章終わりたいけれど、パソコンを修理に出すから遅れるだろうな…。
待っている方々申し訳ありません。