氷山の中から現れた刀奈。
しかし、その姿は無事というわけでもなく、装甲にはひびが入っており、アクア・クリスタル・オルキスは真ん中の一機が無くなっている。
刀奈はあの氷山に飲み込まれながらも、オルキスを自爆させることで脱出したのだ。
そして、ついに
刀奈はサンダルフォンを振り上げる。
サンダルフォンは日の光を全く反射しない漆黒の大剣。それがとてつもない威圧感を放ち始める。
それに従い、漆黒の剣が輝き始める。
黒く。
黑く。
玄く。
さらに青の輝きまで混じり始める。
青く。
碧く。
蒼く。
二種類の輝きはまじりあい、大きくなっていく。
「ッ!」
理由はない。
ただ、反射的に和麻は簪の前に躍り出た。
風の精霊で造り出したネットワークが、サンダルフォンの脅威を読み取ったのかもしれない。
そして、玄と蒼が混じった輝く剣が振り下ろされた。
―――――――!!!!!
「え?」
簪の目の前で、和麻の身体が吹き飛ばされる。
そのまま、和麻はシャーリーズと共に海に落ちていった。
「ぼさっとしている暇はないわよ」
何が起こったのか分からない簪に、刀奈は
サンダルフォンに先ほどの輝きは無いが、馬鹿でかい大剣の威力はただ振り下ろすだけでも脅威だ。
「くっ、氷牙!」
簪はそれに対し、薙刀で対抗する。
しかし、受け止めた簪にはとてつもない衝撃が襲い掛かり両手に痛みが走り、吹き飛ばされる。
痛みに顔をゆがませる簪に対し、刀奈は容赦なく攻撃を繰り出す。
簪は何とかさばこうとするが、さばききれず形態移行したばかりの装甲が傷ついていく。
(このままじゃ、まずい!)
簪は戦闘の流れが、再び刀奈に向かいつつあることに焦りを感じ始めた。
あ~くそ。
あんなの有りかよ。
(「大丈夫、和麻?!」)
(「ああ、大丈夫だ。それにしても」)
海に沈みながらも俺は意識を保つ。修業時代に黄河に放り込まれた時のことを思い出すな。
(「思い出に浸っている場合じゃないでしょ!それよりもあれはどうゆうことなの!?さっきの攻撃、あれは――」)
(「ああ、あれは――
風術を水術師が使ったとでもいうのか?全く訳が分からない。
だけど、一つだけ分かったことがある。
(「シャーリー、あれやるぞ」)
あれ・・・俺の言葉の意味をシャーリーはすぐさま理解してくれる。
(「切札・・・使うのかしら?」)
(「ああ、そうでもしないとあいつには勝てない」)
シャーリーの声には幾分、反対だというような感情がある。
俺の切札は強力だが、その分リスクも高いのだ。
倒し切れなければ、俺が・・・死ぬ。
だから、シャーリーは俺の身を案じてくれているのだろう。でもな、ここでやらなきゃ意味がないんだ。
(「・・・わかったわ。私はあなたの眷属。あなたが決めたのなら止めない。むしろ全力で協力してあげるわ」)
(「ありがとうな、シャーリー」)
(「ふふっ、どういたしまして。ご主人様」)
そして、シャーリーズが再び、翼を動かし始める。
そのまま、海面に顔を出すと二人が戦っていた。
戦況は刀奈の圧倒的有利。
急がねえと。
すうぅぅぅ―――
「―――シャーリーズ―――!!」
俺の叫びと共に巨大化して舞い上がるシャーリーズ。
――聞こえるか――
それと同時に、俺は呼言法(こだまほう)という自分の声を風に乗せて遠くに届ける技法で簪に声を掛ける。
――これから大技かます。時間稼ぎ、できるか?――
俺の言葉に、簪は僅かに逡巡していたが、コクリと頷いてくれた。
さて、俺も行くか。
(「ええ、この蒼穹の果てに」)
シャーリーズが俺を乗せて急上昇していく。
雲を超え、蒼く染まった大空へと、どこまでも高く、高く!高く!!――成層圏のさらなる先へと!!!
そこは極寒の世界。
全てが凍てつく死の世界。
しかし、そこには精霊達が存在する。
近年、人間の環境破壊の影響で空気はよごれ、風の精霊たちはかつての輝きを失いつつある。
だが、ここには地上の汚染された空気が少ない。すなわち純粋で強大な力を持った精霊たちが存在する。
風が俺を護ってくれるなか、意識を深く沈める。
己が内にある『扉』を開け放つ。
―――契約の名のもとに―――
その中にあるのは無限に広がる蒼穹
ここは『彼の者』がいる空間
全てが『彼の者』で満たされた、この空間こそが『彼の者』
それは世界を巡る大いなる力
命の営みを支える力
すべてを削り取る滅びの力
―――我にゆだねよ―――
『扉』を開き、『彼の者』と繋がることで、俺は全ての風を統べる上位存在へと、自分自身を生まれ変わらせる。
自我が広がり、半径数百キロの出来事の全てが頭に流れ込んでくる。
神の視点。人間には処理不可能なその情報の激流を意思の力で制御する。
そして、
彼らを俺は自分の中に取り込んでいく。
―――全ての風を―――
そして、最後に俺はシャーリーズをシャーリーに戻す。
「お前の力、使うぜ」
「ええ、思いっきり使って。そして――勝って」
シャーリーも風の精霊となり俺と一つになる。
そして、俺は自分の中に渦巻く強大な力を・・・解放した。
この日、太平洋上に突如として出現した巨大な大気渦動を世界中の衛星が観測した。
それは大型の台風を凌駕しかねない大きさだった。
簪は刀奈の攻撃を何とか凌ぐが、それもだんだん限界になってきた。
氷山を搭載したスラスターも破壊され、飛行するだけで精いっぱいで、氷牙ももはや刃こぼれして使い物にならない。
「まだ、まだ!」
しかし、簪はあきらめない。
ボロボロになった氷牙を捨てて、近接ブレード「白牙」を展開する。
雪のように白い刀身を持った日本刀を簪は構える。
「はあああ!!」
「はっ!」
簪と刀奈。
白と黒の剣がぶつかり合う。
「私は、あの日から!ずっと、謝りたかった!!」
「何、を!」
剣をぶつけ合いながら、簪は自分の思いをぶつける。
「お姉ちゃんから、逃げたことを!」
最初は自慢だった姉の刀奈。
目標であり、超えたい目標だった。
「認めてもらいたかったのに、自分から諦めて、お姉ちゃんのことを理解しようとせず、逃げ続けた!」
しかし、自分と違って優秀だった姉が、その存在がいつしか自分にとって決して手の届かない存在に思えてきて、いつしか追いかけることをやめてしまった。
やがて、何をしても姉には勝てない、姉にできないことはないという幻想を抱き、疎ましく思った。
姉は自分を守るために、闇の世界に身を置いたというのに。自分のことを二の次にして。
「だから、ごめんなさい」
その言葉に、刀奈は動きを止める。
「そして、ありがとう。私のことを・・・考えてくれて、守ってくれて」
それは、かつての刀奈が長年望んでいた言葉。
妹を、何よりも一番大切だった簪を護ってきたことの・・・証明だった。
その言葉に刀奈は、自分の目的を忘れそうになる。
出来るならば、このまま簪を抱きしめて、もう一度戻りたいと思う。
しかし・・・それは出来ない。
「言いたいことはそれだけ?」
顔をうつむかせて、サンダルフォンの切っ先を向ける刀奈。
簪からはその顔が見えない。
でも、簪は感じ取る。
刀奈の感情を。
誰よりも大好きな姉だからわかってしまう。
刀奈は今、泣いているのだと。
「終わりよ」
サンダルフォンを振り上げる刀奈。
一時は揺らいだ決意。
しかし、すぐに決意を固め直す。後戻りはできないのだと。
再び輝き始める大剣。
そして、振り下ろされる。
だが、そこに一筋の光が落ちた。
「なっ!?」
それは雷。
空気摩擦により起きる放電現象。
そして、二人は見た。
圧倒的な存在。
この場の全ての大気を統べる王を。
八神和麻の姿を。
「な・・・何?その・・・姿は?」
刀奈の呟きに和麻は一言応える。
「―――蒼風之剣神(そうかのつるぎかみ)―――」
蒼穹のごとく、どこまでも澄み渡った瞳。
それは風の精霊王と交わした契約の証。
この星を包み込む大気の全てをゆだねられし者に刻まれた
そして、その聖痕と同じ輝きを放つ二枚の巨大な翼。
身体を包み込む蒼きオーラ。
その手に携えた蒼穹覇王。
その姿はまさに――神!
「これが、俺の、
解放した
この状態の和麻の力は、風だけでなく雷でさえも自在に操る。
まさに超越者といっても過言ではない。
「――蒼之羽々斬(あおのはばきり)――」
蒼穹覇王に風の精霊が集い始める。
その膨大な量に、大気は荒れ、海がうねる。
やがて、それは一つの巨大な剣となる。
蒼く、蒼く、蒼く、無限の蒼穹を体現したような巨大な剣。
十メートルまで巨大化した剣を、和麻は刀奈に振り下ろす。
「――ッ!!」
刀奈は全力で避けるが、その余波だけで吹き飛ばされる。
いや、刀奈だけじゃない。
簪も、海も、アンベリール号も、ボストーク号も振り下ろした衝撃に大きく揺れる。
蒼穹覇王を核として、風の精霊を超高密度圧縮した刀剣。それこそが蒼之羽々斬(あおのはばきり)。
和麻の最強の技だ。
「うああああああ!!!!!!!」
体勢を立て直した刀奈も、サンダルフォンを掲げる。
すると海水が、空気中の水が、玄と蒼の輝きの元に、サンダルフォンに集い始める。
それはどんどん大きくなっていき、和麻の蒼之羽々斬(あおのはばきり)と同じくらいの大きさにまで巨大化した。
「――サンダルフォン・ハルヴァンへレヴ(最後の剣)――!」
言葉は無い。
合図はいらない。
後は、ただ――ぶつかるだけ。
「「―――――ッ!!!」」
そして、二つの蒼の剣はぶつかった。
片や、蒼穹のごとく澄み渡る蒼。
片や、深海のごとく暗く深い蒼。
空と海のぶつかり合い。
拮抗は一瞬。
勝ったのは・・・・・・
次回。決着