緋弾のアリア×IS 緋と蒼の協奏曲   作:竜羽

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目覚めの嚇怒

俺たちが警備しているカジノ「ピラミディオン台場」はその名の通り、ピラミッド型をしたカジノだ。

これは数年前にどこかの国から漂着した巨大ピラミッド型投棄物に当時の知事がインスピレーションを刺激されて設計されたらしい。

海に面したここはプールが海に直結しているので、俺たちはすぐさま飛び出して水上をバイクで疾走する。

俺の前には顔を真っ赤にしたアリアがヤケクソ気味に水上バイクのアクセルを全開にしている。

あの後、何があったのかは俺とアリアのためにも秘密ということにしてくれるとありがたい。

 

「――その先は通行止めだ」

 

四つん這いになって水上を走る相手を射程圏内に入ったことを確認した俺は、ベレッタから9mmパラべラム弾をかかとに命中させた。

走っていた勢いでしばらく水面を滑った後、ジャッカル男は沈んでいった。その中から一匹のコガネムシが出てきたので、

 

「――逃がさないよ」

 

もう一度、引き金を引く。銃弾はコガネムシをかすめ、その衝撃で吹き飛ばした。

アリアがかなりスピードを出していたため、通常のブレーキじゃ対岸のクルーズボート波止場(ハーバー)に激突しそうだったので、バイクをターンさせ、噴水みたいな波を作って停止した。

アリアが作った波が収まったが、ここでトラブル発生。

無茶な止め方をしたせいかエンジンが止まってしまった。

ツイてないな、こんなところでエンストとは。

まあ、それはともかく、あのジャッカル男を誰が何の目的で俺たちを襲ったのか分からないけれど、これにて一件落着だな。

 

「アリア、ピラミディオンに戻ろう。操り人形をけしかけるような超能力者が自ら打って出て来るとは・・・ありえるから早く戻ろう。白雪の事も心配だしね」

 

この間の研修での和麻の妹のことが思い浮かぶ。式神を操りながら自分も堂々と出てきたし。

しばらく、ヒステリアモードの俺はアリアを赤面させながら、俺自身のことを考える。

温泉で和麻が言ったこと。

 

『お前のことを本気で思ってくれている奴』

 

たぶん、そいつは俺のこのヒステリアモードの時の俺を見て、思ってくれているんだと思った。

でも、俺がそう返したら和麻は少し呆れながら、

 

『あのな。確かにヒステリアモードは女に魅力的に映るかもしれないが、そんなもん一時的なだけだろ。いいか、「本気で思う」っていうのはな、相手の全部を受け入れてくれる奴だけにしかできないことだ。つまり、普段のお前を、ありのままの「遠山キンジ」を見てくれている奴にしかできないことなんだ』

 

と言った。

ありのままの俺か・・・。

アリアは、どう思ってくれているのだろうか。この間の屋上で俺を慰めようとしてくれたアリアは。

アリアだけじゃない、白雪、理子も、ってなんで女子の名前ばっかり出てくるんだ?

 

自分の考えていることに疑問を感じながらも、ヒステリアモード特有のキザな言葉でアリアを、赤面させたり、ヒールが海水に浸っておっかなびっくり俺の後ろに回って抱きついて来たのをやさしく撫でてやりながらエンジンをかける。

 

「それにしても、誰がジャッカル男たちをけしかけてきたんだろうな。俺には全く心当たりが・・・ないこともないな」

 

この間の研修で和麻の妹の邪魔したし。

 

「た・・・確かに心当たりはあるけれど、あの子が使っていたのは日本のシキガミでしょ?これはどう見てもエジプトの超能力者よ」

 

さっきのヒステリア責めから何とか復帰したアリアが少しあわてながら言う。

 

「お・・・大方エジプトの国粋主義者が超能力者を雇ったのでしょっ。エジプトは昔からミイラとか棺なんかを博物館なんかに持ってかれているし。ここだって、ピラミッドをカジノにするなんて・・・彼らから見れば、冒涜もいいところだからね。怒る気持ちもわからなくはないけれど――」

 

お得意の国際犯罪についての講釈を、赤い顔のまま慌て気味にしゃべるアリア。

そんなアリアの声は

 

 

――タァァン・・・ン――

 

 

「――――」

 

遠い、遠雷のような音と共に途切れた。

なんだ?

銃声・・・みたいだったが、波の音と混ざってよくわからなかった。

 

「キンジ―――第2射に気を付けるのよ」

 

背後から聞こえるアリアの声に、さっきまで俺の言葉に慌てていた感じはない。

 

「第2射?」

 

「う・・・」

 

「どうした?」

 

水上バイクを運転しながら振り向くと、

 

「――撃たれた・・・らしい・・・わ」

 

俺の背中を掴んでいたアリアの手から力が抜けて、

 

「アリア!?」

 

そのツインテールを夕日に煌かせて、大胆にV字カットされた、バニーガールの衣装の日中から鮮血を散らしている!

全身から力を失ったアリアは、ゆっくりとリアシートから海へ・・・ざしゃあっ!

 

「アリア!」

 

海へ落ちた。

アリアは――何者かに狙撃されたんだ!

さっきの音は、狙撃中の銃声。

この遮るもののない海は、狙撃手(スナイパー)なら、どこからでも俺たちを狙える。

俺たちはジャッカル男で敵におびき寄せられたんだ。

迂闊だった。油断しすぎた。

折角、ヒステリアモードだったのに、女性の事ばかり考えてしまうヒステリアモードの弱点を突かれたこともあるけれど、何より自分の事ばかり考えて――!

とにかく、後悔するのも反省するのも後だ。

アリア!

浮かんでくる気配すらないアリアを、助けないと!

俺は歯ぎしりしながらバイクをUターンさせ――

 

「!?」

 

自分の背後にあった光景に、目を見開いた。

そこには異様な船があった。

明らかに現代の船ではない。

金銀で飾られた細長い船体に、L字に歪曲した船首と船尾は柱のように天空を指さしている。

5mはあろうかという長い櫂を、6人のジャッカル男たちが構えており、甲板には宝石で飾られた船室があった。

その船室の屋上に、裸と見まごうほどに過激な衣装を着た、おかっぱ頭の美人が偉そうにふんぞり返っていた。

ツンと高い鼻に、プライドの高そうな切れ長の目。金のイヤリングは大きな輪の形をし、額にはコブラの形をした金の冠をかぶっている。

高いヒールのサンダルで踏み出したその女の手には、砂漠迷彩(デザートカスタム)のWA2000狙撃銃を構え、俺の頭部に狙いをつけてきた。

まずい。

零距離なら小回りの利く拳銃が有利だが、距離のあるこの状況だと狙撃中の方が圧倒的に有利だ。そもそも拳銃(こっち)が当たらないのに、狙撃銃(あっち)が当たるんだ。

ヒステリアモードでなくてもわかる。

―――打つ手、無しだ。

こんな、こんなところで俺は―――おしまいなのか?

誰だかも分からない犯罪者にはめられて、パートナーを、アリアを狙撃されて、何も、何もできないまま―――!

 

――ビシッ!

 

突然、超音速の銃弾が女の額に命中した(・・・・・・・・)

一瞬遅れて銃声が耳に届き、ピラミディオンの方を振り返れば、ガラス扉からドラグノフ狙撃銃を構えるレキの姿が目に入った。

レキ。

あの狙撃科(スナイプ)の麒麟児は狙撃銃による銃声が聞こえた瞬間、すぐさま狙撃ポイントを探しだし、狙撃をしたのだろう。

だが、今のは明らかに武偵法違反だ。

敵の射殺。

―――武偵法9条。武偵はいかなる状況だろうと、例え仲間が殺されようと、自分が死のうと、人を殺してはいけないんだ。銃を、人殺しの武器を、兵器を持つ者の責任として。法律に守られたIS操縦者じゃないんだぞ。

俺は冷や汗を流しながら撃たれた女の方を見ると・・・ざ、ざざあ・・・

女は狙撃銃を埋めるように、その体を砂に還していくところだった。

あれもジャッカル男たちと同様の砂人形だったのか。

まるで、悪夢のような光景に頭がどうにかなってしまいそうになる中、女が纏っていた宝石や装飾品が夕日に煌く滝をくぐってきたのは・・・。

俺がもっと、いや、最も見たくなかった悪夢。

・・・兄・・・さん・・・・!?

 

「―――!」

 

あまりの驚きに、俺は彼名前すら呼ぶことができない。

そこにいたのは兄さん。カナに化けていない、正真正銘の俺の兄さん。

遠山金一だった。

砂人形じゃない。

あの殺気は、人睨みでどんな犯罪者だって委縮させるだろう殺気は・・・間違いなく兄さんだ。

カナという絶世の美女に化ける兄さんは、男の姿でも俳優やタレントが裸足で逃げだすような美形だ。

その端正な顔立ちが、漆黒のコートを羽織り、上から下まで黒ずくめの服と相成ってまるで死神のようだ。

 

「夢を――見た」

 

兄さんは、低い声で俺に言う。

夢というのは、あのカナに化けた際の代償ともいうものだ。

カナは、兄さんがヒステリアモードを発動させるための条件だ。

兄さんは常時ヒステリアモードになれる方法を見つけた。それがカナ。つまり絶世の美女に化けることで性的に興奮し、自由自在にヒステリアモードになることができるのだ。

ただし、長時間神経系、特に脳髄に負担をかけるヒステリアモードであり続けるため、その神経系にかかる負担を超長時間睡眠でまとめて回復する仕組みになっている。

この間、強襲科(アサルト)でアリアと流無を倒した後、カナは俺の部屋に来て眠ると言っていた。そして、最近起きたのだろう。

 

「永い眠りの中で、『第二の可能性』と『第三の可能性』が実現される夢を・・・な。だが・・・」

 

俺を見下すようなムードで対峙する兄さんは――

 

「キンジ――残念だ。パトラごときに不覚を取るようでは、『第二の可能性』は無い。そして、八神和麻が未だ目覚めないということは『第三の可能性』すらもないということだ。夢は、所詮夢でしかなかった」

 

「・・・兄さんッ!分からねえよ!『第二の可能性』って何だ!『第三の可能性』って何だ!パトラって誰だ!何で、そんな・・・アリアを撃ったやつの船に、乗っているんだよッ!」

 

訳が分からなかった。そんな俺の叫びに――

 

「これは『太陽の船』。(ファラオ)のミイラを、当時海にあったピラミッドまで運ぶのに用いた船を模したものだ。それでアリアを迎える計らいなのだろう?

――――パトラ」

 

と、兄さんは――――海に、語りかけた。

 

その海から、気泡ともに、また我が目を疑うものが浮かび上がってきた。

それは・・・棺だ。死者を収める棺。

しかも、まばゆい黄金の棺だ。

歴史の教科書に載っていた、古代エジプトで王族を収めるために使われていた聖櫃だ。

傾いた棺から海水が抜けていくと、そこには――

 

「アリア!?」

 

ぐったりと動かないアリアが収められていた。

 

「アリア!アリアァ!!」

 

俺がいくら叫んでも、アリアはピクリとも動かない。

さらに、海面には棺にかぶせる蓋も現れ、棺と蓋をそれぞれ片手で持った、さっきアリアを撃った女も現れる。

 

「気安く妾の名を呼ぶでない。トオヤマキンイチ」

 

殺気の砂人形と同じ格好をした女は、棺と蓋を閉めてしまう。

そして、その1トンはありそうなそれを、指一本で軽々と船に投げた。

その様子に目をくれず、女は妖艶な笑みを浮かべながら俺の方に振り向く。

 

「1.9タンイだったか?欲しかったもの代償。高くついたのう。小僧」

 

コイツだ。こいつがジャッカル男たちを操って俺たちをおびき出したのは。

しかも、

 

「妾が呪った相手は必ず滅ぶ。アリアもしっかり呪っておいたおかげでこのようなところで小舟が止まった。イ・ウーの玉座を狙っておった目障りなブラド同様のう。くくくっ」

 

イ・ウーの一味か!

ヒステリアモードの俺の頭が、今までの事象をつなげていく。

俺の単位が足りていないことは武偵高の掲示板を見ればわかること。

だから、こいつがちょうど俺の不足単位が足りるような仕事を用意したんだ。

仇敵である、アリアをつれて。

しかも、この女は砂使い。

単位不足を知ったあの日の掲示板には、砂が盗まれた事件がかなりあった。あれもこいつの仕業だったんだ。

どこかで、何かがおかしいと気づくべきだった。

だけど、俺は、いや俺たちは研修での和麻と流無の事で頭がいっぱいだった!

 

「そいえば」

 

女は甲板に空中の見えない階段で上った後、何かに気づいたようにキョトンとしてから―――

 

「一人も殺しておらぬ。祝いの贄がないのはちと淋しい。お前。ついでぢゃ――死ね。わらわが直々にミイラにして、棺送りにしてくれよう。ほほほ。名誉ぢゃの。光栄ぢゃの。うれしいのう――」

 

ニヤニヤ笑いながら、俺に向かって差し出してきた手で、見えないピアノを弾くかのように指を動かし始める。

何だ?

身体が、汗ばんできた。

水蒸気のようなものが、俺の身体から上がってきている!

 

「――パトラ。それはルール違反だ」

 

兄さんの声と同時に、俺の身体から上がる湯気も止まる。

 

「なんぢゃ・・・妾を『退学』にしておいて、いまさらるーる(・・・)なぞを持ち出すか?」

 

「イ・ウーに戻りたいのなら、守れ」

 

「気に入らんのう」

 

兄さんはゆっくり女に近づく。

 

「『アリアに仕掛けても良いが、無用な殺しはするな』――俺が伝えた『教授(プロフェシオン)』の言葉、忘れていないだろう」

 

「・・・」

 

言われた女――パトラは口をへの字に曲げて、黙った。

 

「パトラ。お前がイ・ウーの頂点に立ちたいことは知っている。だが、今は『教授(プロフェシオン)』こそが頂点だ。リーダーの座が欲しいのなら、今はイ・ウーに従え」

 

「いやぢゃ!妾は殺したい時に殺す!」

 

「それだから『退学』になったのだ。パトラ。まだ学ばないのか?」

 

「わ、妾を侮辱するか!今のお前なぞ、ひとひねりにできるのぢゃぞ!」

 

「確かに、ピラミッドのそばで戦うのは分が悪い」

 

「そうぢゃ!だから、殺させろ!そうでないと、お、お前を棺送りにするぞ!」

 

激昂しながらも何もしかけないパトラに、兄さんは、すぅっ――と、詰め寄った。

そして、その動きに反応できないパトラの顎を右手の人差し指で上げて、

 

「―――!」

 

キスした。

 

「――これで赦せ。あれは、俺の弟だ」

 

少し、パトラの髪を撫でて離れる兄さんは、さっきとはまた違う――さらに一層手強いムードを纏い始めた。

あれは・・・HSS・・・・!兄さんがそう呼んでいたヒステリアモード、H(ヒステリア)S(サヴァン)S(シンドローム)だ!

兄さんは今の動きでパトラを制止するとともに、ヒステリアモードになったんだ。

一方、パトラは顔を真っ赤にしてしばらく兄さんと言葉を交わしてから、何かを兄さんに渡して、逃げるように海に飛び込んだ。

後部デッキからはジャッカル男たちがアリアを収めた黄金柩を担いでパトラを追う。

 

「アリア!!!」

 

水面下に沈む棺を追おうとした俺を――

 

「止まれ!」

 

兄さんが一喝した。

・・・本能ってやつは恐ろしい。こんなにアリアを助けたいのに・・・俺の身体は・・・動かない、動いてくれない。

兄さんの、あの一喝に逆らえば、問答無用で鉛玉を脳天にぶち込まれる。

今の、兄さんならやりかねない。

ちくしょう・・・!

 

「――『緋弾のアリア』――か。はかない、夢だったな。そして、『蒼の月姫ルナ』もまた、ただの幻想だった」

 

「緋弾の・・・アリア?蒼の月姫・・・ルナ?」

 

なんだ、それは。

分からない。

だが、あんたが、あんたが。

その名前をあんたが呼ぶな。

アリアをあんな目に合わせておいて、俺の親友の女をさらった組織のやつと同じ所に立っておいて――呼ぶな!

この時、俺の中に、どうしようもない怒りが駆け巡り始めていることを、兄さんはおろか、俺自身も、気づくことができなかった。

 

それは、どうしようもないくらい大きい、大きすぎる怒り。

 

烈火のごとく燃え盛る。

 

嚇怒だと、この時は本当にわからなかった。

 

 




次回、兄弟対決です。いやあ、難しいなあ~この場面。

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