夏の研修にて――
準備(流無に日焼け止めクリームを塗ったり)を終えて少し遊んだあと、従業員の人に持ってきてもらった食材でバーベキューをしていた俺達だが・・・。
なぜか大量の女子高生たちの視線を一身に受けている。
どういうことだ?これは。
今日ここに女子高の修学旅行でもあるのか?
お互いに警戒していると、向こうから一人の生徒が飛び出した。
その生徒は水着?と思われる狐の着ぐるみを着ており、もうそれは夏だと地獄じゃないか?というよりそんなので海に入ったら溺れるんじゃないか?という俺たちの疑問を無視して、
「あやや~ん!!」
「あやや!?ののちゃんなのだー!」
平賀さんと抱き合った。
そして展開されるのは伝説の―――
『
二人の癒し空間に互いに毒気を抜かれた俺たちのところに蘭豹を筆頭とした教師陣と女将、その後ろには織斑千冬と山田真耶、二人のIS学園教師が歩いて来た。全員水着姿で。
そして、始まったのは――
「というわけで、偶然武偵高の研修と」
「IS学園の臨海学校先が同じになってしまったのですよ」
高天原先生と山田先生がこの場にいた生徒たちに説明する。
ちなみに、他の四人は二人に説明を任せて、酒盛りの相談をしていた。
黒崎のやつ、かぶるって知ってやがったのか?今現在やつはこっちを見て笑ってやがるし。
「「では、皆さん仲良くしてくださいね」」
二人の言葉にIS学園の生徒たちは元気よく返事をして、俺たちも返事をする。
そして、武偵高とIS学園の生徒たちによるカオスな海水浴が幕を開けた。
和麻&流無ペアと理子&ジャンヌペアはビーチバレーをしている。
和麻がジャンピングサーブの力加減を間違えて、武藤の『ボストーク弐号』に直撃させて吹き飛ばしたりしたが、おおむね問題なく進んでいる。
和麻が風でボールを加速させたり、流無が水のヴェールでトスしたり、理子が髪の毛を操作して広範囲ブロックしたり、ジャンヌの冷気の噴射でボールに妙な回転がかかったりしているが問題は無いったら無い。
それを見ているIS学園の生徒たちは、超能力のオンパレードに目をくぎ付けにされ、興奮している。
「あ、あなたはホームズ家のアリアさん!?ご無沙汰しております」
「あら、あんた確かオルコット家の」
「セシリア・オルコットですわ!ロンドン一の武偵と名高いアリアさんに覚えてもらえていて、とても光栄です!」
少し離れたところでは、セシリアがアリアを見て頭を下げていた。
お互い英国の貴族の家だし、ホームズ家はその中でも知名度、実績共に高い。
昔いろいろ世話になったのだろう。
ついでに、セシリアの周りにいた生徒たちもアリアがシャーロック・ホームズの子孫だと聞くと、とても驚き握手を求められていた。
アリアもそれに応じていたのだが、一人の生徒、鈴と目が合うと何を思ったのか近づいていき・・・
「神埼・H・アリアよ。よろしく」
「凰鈴音です。よろしくお願いします。鈴と呼んでください」
「そう。なら鈴。あなたとはとても気が合いそうね」
「はい!私もそう思っていました!」
意気投合していた。それを見ていた生徒たちはいろいろ似ているからと、妙に納得していた。実際に二人は似ているのだ。髪型とか、体格とか、性格とか。
一方、また別のところでは――
「・・・お前は何をしている?」
「神楽殿。この珍妙な生き物に心当たりでもあるのでござるか?」
神楽と風魔が目の前のバスタオルで覆われた存在と向かい合っていた。
「き、貴様には関係ない!」
神楽は無言でそのバスタオルの箸を掴む。
バスタオルお化けは自身と一緒に歩いていた友人、シャルロットを探すが・・・。
「へー、シャルルンってフランス人なんだ~。実は理子りんもフランス人の血を引いているんだよ~」
「そ、そうなんですか」
バレーを終えた理子に捕まっていた。
理子の目は新しいおもちゃを見つけたとばかりに妖しく光っており、シャルロットの今後が心配である。
「・・・」
「ううっ・・・」
神楽は無言で睨み、バスタオルは段々居心地が悪くなる。
そして、神楽の目がだんだん細くなっていき――
「縮地――!」
神楽は和麻から教わった縮地を用いて背後に回り、バスタオルをはぎ取る。
「な、なぁあ!?」
中から現れたのは、フリルをふんだんにあしらった黒い水着を着たラウラだった。髪型も伸ばしっぱなしのストレートロングから、左右均一のアップテールになっている。
「わ、笑いたければ笑え!」
ラウラは恥ずかしいのかそう言うが、神楽はラウラの目や雰囲気が柔らかくなっていることに少なからず安堵を覚えた。
「似合っているじゃないか」
「は?」
てっきり嫌味を言われると思っていたラウラはあっけにとられる。正直、神楽は自分に対し良い感情を持っていないと思っていただけに、その態度には驚きが大きかった。
「せいぜい頑張れ」
そう言い、神楽は傘を差して、風魔と共に歩いて行った。
他にも不知火がそのイケメンぶりで女子たちに囲まれていたり、アリアと白雪によるキンジ争奪戦を興味深そうに見ていたり、黒崎が背負投で女子を海へ放り投げていたり、武藤が水上バイクを使ったバナナボートを女子たちに進めていたり、流無がサーフィンしていた。
そして、ビーチバレーを終えた和麻はというと―――
俺はボートに乗って沖の方で釣りをしていた。
レキと一緒に。
なぜ、流無とではなくレキとなのかというと、釣りの様なのんびりしたことは流無の性に合わないので誘わなかった。
そして、一人で行こうとしたところにレキがついて来たのだ。
ちなみにハイマキはリードに繋いで、海の家に休ませている。今頃は木陰でのんびり昼寝をしているだろう。そういえば専用機持ちで撫でていたやついたな。
「レキ、釣れたか?」
「いいえ。まだです。和麻さんは?」
「まだだ」
そろそろポイント変えるかなと思っていると、
「和麻さん」
唐突にレキが話しかけ始めた。
無口なレキが話しかけたことに驚き、耳を傾ける。
「流無さんの事好きですか?」
「ぶふっ!?」
いきなりの問いかけに驚き、噴き出す。
「な、なななんあなんっ、なんだ?!いきなり」
テンパり、どもりながら聞き返すと、レキはその琥珀色の瞳を向けながら真剣に見つめてくる。
それに対し、俺も真剣に応えることにする。
「好きだよ。愛している」
「そうですか」
「ああ」
「では――私はどうですか?」
「は?」
今、なんていった?こいつ。
「何でもありません。気にしないでください」
そう言ってレキは再び、釣竿に目を戻した。
俺はレキの言葉にしばらく固まっていて、エサがとられたことに気が付かなかった。
「・・・和麻さん」
「はっ!な、なんだ?」
「あれ、何でしょう・・・」
レキが海面の方を指差す。
チューブみたいなのが海面から出ていて、動き回っている。
「レキ、狙えるか?」
「はい」
そう言ってレキは釣り糸をチューブ?に、目掛けて飛ばし、釣り針を穴に引っ掛けた。すげぇな・・・。
「あっ、暴れ始めた・・・のか?」
するとチューブ?は、驚いたのか激しく動き、泡も海面からぶくぶく出てくる。
「くっ・・・!」
「レキ、大丈夫か」
そしてレキは引っ張られており、それを見て俺はレキの竿を共に持ち、引っ張るのを手伝う。
「力強いなこいつ!」
それでも引っ張っていくと、モリが海面から一瞬だが出現する。
これはもしや・・・
「ああ、もう!誰だ!?」
やはり人だったか。
そう言いながら海面から出てきたのは
「・・・八神さんに、レキさん・・・」
「黒崎・・・」
「黒崎さん」
黒崎仭だった。
シュノーケルを顔の上へと押しのけ、こっちに顔を向けている。
なんか呆れを含んでいるな。
「なんで魚捕りの邪魔するんですか」
「いや、邪魔するつもりはなかった。ただ、何かなーと思い、レキに頼んで・・・」
「釣り針をシュノーケルのチューブに引っ掛けたと?それはすごいですが、何でそんなことするんですか。魚と思わないでしょう」
「いや、まあ・・・」
「はあ・・・」
引っ掛かった釣り針を外す黒崎。
「というか、お前は何でわざわざモリとか持って、魚を捕っているんだ?」
「ああ、それは・・・」
で、聞いてみたところ、どうやら
それで俺達が釣りに行ったことを話したらしく、それで対抗心を燃やしたらしい千冬さんが黒崎に『捕ってこい』と命令。
手っ取り早くモリとシュノーケルを拝借して、ウツボやらいろいろ捕っているそうだ。
それで別れ、ポイントを変えてみたところ、かなり食いつくようになり大漁だった。クロダイやタコなんかも釣れたのだが、一番驚いたのはレキがつったウツボだった。テレビだと、『とったどー!』と言われていて有名だが、実際に見るとかなり怖い面だった。
で、後にまた黒崎と遭遇。そこで黒崎から『魚が多く取れなかった方は、飯は抜き』と言われていたことを黙っていたので、とりあえず黒崎を殴った。(かわされた)
どうするかと考えていたらレキからの『同じぐらいに分ければいいのでは?』という提案を飲んだ。
黒崎も含め、俺たちが浜辺に帰還すると、そこでは、
「喰らいなさい!ダンクスパイク!」
「ぎゃああああ!!??」
「一夏ああああ!!」
「よそ見は現金よ!」
「うわああああ!!?」
「シャルロットおおお!!?」
流無のスパイクを食らいぶっ飛ばされる織斑と、織斑に当たって戻ってきたボールを流無が作った足場で飛び上がったアリアが撃ち返し、今度はシャルロットにぶち当てるという光景が展開されていた。
「「イエーイ!」」
ハイタッチする二人。
一方の吹き飛ばされた二人は目を回している。
「な、なんということだ」
「あれがSランク武偵の力ですの!?」
周りのIS学園の生徒たちは戦慄している。
「ガハハッ!みたか、千冬ぅ!」
「これが
蘭豹と綴は赤い顔で織斑先生を挑発し、対する織斑先生も赤い顔で、「何を腑抜けとるんだ貴様らあ!」と叫んでいる。
絶対、酒飲ませて、どっちの生徒が優秀か、とか言い合いしただろお前ら!
「さあさあ!次は誰が相手かしら?」
流無がそう言うが誰も出てこない。そりゃ、ビーチバレーのボールで人が飛ぶ瞬間を見たらだれでもやろうとしないよな。
「誰もいんのか!なら、黒崎ぃ!!」
「俺ですか!?」
すると千冬さんが黒崎を呼ぶ。
逃げても、反対しても無駄だと悟ったのか捕った魚をレキに預けて、しぶしぶ前に出て行く。
「・・・わたしたちもやる」
「いえ~い。おりむーの仇を取るのだ~」
更識簪と布仏本音、あっちの
3人になったので、蘭豹が近くにいたジャンヌを指名して三対三になる。
まずは更識さんがサーブを放つ。
「む、なかなか。でも――!」
危なげなく流無はレシーブして、ジャンヌが返す。
「任せろ」
そう言って黒崎は片腕でボールを上げようとするが
「ふっ」
「!?」
急にボールに妙な回転がかかり、黒崎の片腕を避けるように、地面へ落ちようとする。
冷気の噴射だな。
「舐めるな!」
しかしそれを今度は脚を出し、それでボールを上げた。
それを布仏さんがカバーして次に更識さんが――
「はっ!」
スパイクを決める。それはまっすぐに流無に向かっていく。
「ふっ!」
流無はその場で回転し、遠心力を利用して打ち上げる。あれは――!?
「羆落とし!?」
「まさかリアルであの技をつかえるなんて!」
更識さんたち、IS学園の生徒はその光景に驚く。
ちなみに俺達は驚かない。
だってたまに流無がテニスとかでやっているのを見ていたし。
「甘い!」
しかしそれをも黒崎はスライディングし、脚にボールを当てて、上げる。
流無と更識さんは一瞬視線を合わせる。一方は余裕の笑みをみせ、もう一方は無言で睨みつける。
そのまま、試合は白熱していった。
余談だが、黒崎の腕やら脚がめちゃくちゃ赤くなっていたと言っておこう。
夜、入浴の時間。
IS学園の生徒たちが全員女子であるので、まずは本来あった男湯も一時的に女湯として使っている。
その中には当然として、武偵高の女子たちもいて――
「雪ちゃん、胸おっきい!」
「本当だな。しかも形もいい」
「ちょ、ちょっと二人とも」
理子とジャンヌに胸をいじられる白雪に。
「ごしご~し♪」
「ごしご~しなのだ!」
背中を仲良く流す、本音と文ののほほんコンビ。
「ブツブツ・・・胸が何よ。あんなのただの脂肪の塊」
「邪魔なだけ邪魔なだけ・・・」
他の生徒たちの胸を見て呪詛の言葉を発するアリアと鈴。
「見て、とってもきれい・・・」
「モデルみたい」
生徒たちの視線を釘付けにするように、そのプロポーションを惜しみなくさらしている流無と、それをジーッと見つめる簪。
「やはり温泉は良いでござる」
「そうだな。だが、サウナもいい。後で行かないか?」
「御意でござる」
仲良く二人で入る神楽と風魔などなど。
全員が思い思いにくつろいでいた。
ちなみにレキはハイマキを連れ込んで洗っていたため、周りに誰も寄ってこなかったが特に気にしていなかった。
次に野郎共の入浴時間。
IS学園の男子は二人なので、武偵高の男子と合わせても人数は少ない。
和麻、キンジ、武藤、不知火、一夏、仭がすでに身体を洗っていた。
「はぁ・・・疲れた」
「大丈夫かい?」
「なんとか。ただ、やはり潜って魚捕ったあとの、超人とのビーチバレーはしんどいです」
愚痴をこぼしている仭に、苦笑している不知火。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
近くにいるが、会話がない和麻と一夏。
「くそっ、女子がいねぇんじゃ、男のロマンが・・・!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
なにかがっかりしている武藤に、突っ込むキンジ。
そして一足早く入っていて、他よりも身体を早く洗い終えた仭が湯に浸かると
「「師匠!!」」
「「「「「うわぁっ!?」」」」」
「・・・・・・」
女子二人・・・それも和麻の戦妹の神楽と、キンジの戦妹の風魔が突入してきた。
言っておくが、一応服を着ている。
「何のようだ風魔!!」
「師匠のお背中を流しに来たでござる!」
「同じく!」
「「いらんわ!!」」
ギャーギャー騒いでいる中
(うるせぇ・・・)
若干青筋を立てていた仭。
この数十秒後、キレた仭は戦妹二人の顔面に容赦なくアイアンクローを食らわして黙らし、外へと放り投げた。
ちなみにそのあと、二人は武偵高の教師陣から説教を受け、学園の男子二人に土下座をして謝ってきたのは別の話。
そして、迎えた夕食の時間。
大広間ではIS学園の生徒たちが海の幸や山の幸をふんだんに使った料理に舌鼓を打っていた。
「う~ん、やっぱりうまい。流石ほんわさ」
「ほんわさ?」
一夏の言葉に隣に座っていたシャルロットが聞き返す。
「ああ、ワサビをそのまますりおろしたのがほんわさ。学園の食堂の刺身なんかについているのは着色料なんかを練り込んだ練りわさっていうんだ」
「へ~、これが本物なんだ」
そう言うとシャルロットはあろうことかほんわさの山をつまんで食べた。
そんなことをするとどうなるか。
「~~っ!?????!!!」
悶絶するのは当然である。
そんな感じでハプニングなどもありながらもIS学園の夕食は続いていく。
途中で、セシリアが一夏に食べさせてもらったりして、
「あ~!?」
「セシリアだけずるい!」
「ず、ずるくありませんわ!隣の特権でしてよ!」
「織斑君、私にも!」
「じゃあ、黒崎君、私にも!」
「じゃあってなんだ!」
と、騒ぎになったのだが、
「うるさいぞお前たち!少しは静かにしろ!」
千冬の一喝で収まる。だが、
ドウッ!!
「!!?」
「きゃあああ!?」
突如響いた落雷のような音に生徒たちはパニックに陥る。
千冬も何事かと困惑する中、
ドウッ!!ドウッ!!!
再び鳴り響く轟音。
そして、
ドンガラガッシャアアアアアアアンン!!!
という音を立ててふすまの一角がぶち破られる。
そこから飛び出してきたものは一直線に――
「え?きゃあああああ!!!??」
簪を巻き込んで転がって行った。
恐る恐る、生徒たちが簪が転がって行った方を見てみると、
「きゅうううう~~~」
「う、ううぅ?」
目を回している流無と、くんずほぐれつになった簪の姿があった。
時は少し遡り、武偵高生たちの夕食会場。
「おいしー!」
理子が鯛の刺身を食べて歓声を上げる。
温泉に入った(男女で時間が湧けられていたことに武藤は涙を流していた)後、浴衣に着替えて、宴会会場で夕食を食べている。夕食のメニューは海の幸、山の幸をふんだんに使った豪華料理に、昼間に俺とレキが釣った魚も料理してもらった。そのときにレキと釣りしていたことが流無にばれて絞められたが・・・。
あと、魚捕りが引き分けだったからか、酔っ払った教師陣に俺だけ殴られた。あっちも殴られていたし。
それはともかく、ウツボのお造り、タイの刺身と湯引き等など。見た目もいい出来だ。
「酒やー!もっと酒を持ってこーい!」
「もっと飲むぞー!」
「あははははっ!」
ついでに教師たちも出来上がっていた。昼間あれだけ飲んだのにまだまだ入るようだ。
「はい、キンちゃん。お刺身」
「お、悪いな」
白雪はキンジに給仕まがいなことしている。
「意外と生でもおいしいわね」
最初は刺身に抵抗を見せていたアリアも問題なく食べており、他の全員も食事を楽しんでいた。
「・・・もぐもぐ」
レキは例の不思議な食べ方でひょいひょい口に運んでいく。
「イカそうめんは良い・・・」
神楽はイカ料理にご満悦。
「おいしいでござる!昼間のお肉に続きこんなにおいしいものを食べられるとは!」
貧乏でいつも食事に苦労しているらしい風魔は涙を流している。
まあ、言うなれば相変わらず、俺たちは騒がしいながらも楽しんでいた。
それにしても、こういうときは必ずと言っていいほど理子とテンションを上げている流無がさっきから大人しい。
どうしたのかと、隣に座っている流無を見てみると・・・。
「コクコク・・・」
ジュースを飲んでいた。だが、様子が変だ。目がだんだん据わってきている。
この光景を俺は前に見たことがあったような気がする。
俺は何時だったか、と記憶をたどっていると、
「プハァ・・・」
ジュースを飲み終えた流無が、
「このジュースもう一杯ぃ!にゃははははっ!」
と、笑い始めた。おい、まさか――!
俺は流無の持っていたコップを手に持ってきて匂いを嗅ぐと、最悪の予想が当たった。
「やっぱり、酒だ、と」
目の前が真っ暗になりそうになった。なにせ、流無は酒を飲むと。
「蘭豹!わらしものむー!」
「おう、飲めや飲めや!ってそれはワイの酒じゃー!?」
暴走するからだ。
「いいじゃないの~。アハハッ!!」
「良くないわ!ワイは自分の酒が飲まれるのが何より嫌なんや!」
「心がせま~い。にゃはははっ!」
そう、あれはおっさんとの修業時代。
「いいから返せや!」
「や~だよ、らんらん」
誤って流無がおっさんの酒を飲んでしまい、
「なっ!?」
「しってるよ~、『らんらん』っていうハンドルネームで出会い系サイトに登録しているんだって~?」
「蒼神!どこでそれを、っは!?」
確か、コップ一杯だったかな。特にアルコール濃度は高くなかったはずだ。それだけで、酔いまくって暴走したのだ。収めるのに苦労したな。おっさんは笑っているだけだったし。
「にゃはは~!墓穴を掘った~!」
「おんどりゃああああ!!もう許さへんでぇ!」
ドウッ!!
蘭豹が愛銃、M500をぶっ放した音が響く。この落雷でも落ちたかのような銃声をするM500は世界最大級の拳銃であだ名は『象殺し』と言われる。こんな化け物拳銃を平然とぶっ放す蘭豹もやばいが、それを笑顔で避ける流無もすごい。
というか、着弾した壁が吹き飛んだけど大丈夫なのか?
「しかも、趣味蘭に読書って書いているんでしょ?パチスロ攻略本しか読んでないくせに~。歳も18ってサバ読み~。にゃははははははっ!」
ドウッ!!ドウッ!!!
さらに蘭豹が乱射するけど、それすらも躱していく流無。ネコ笑いしながら。
俺たちは恐ろしくて避難している。
だってみんな蘭豹の恐怖は知っているから。こぼれた料理が降りかかってきても気にしない。だって命は大事だから。
あ、綴と高天原先生は笑っているけど。
「にゃはは、ぶっ!?」
あ、蘭豹が一瞬で流無に近づいてアイアンクローをかました。流石にもう終わったな。
「記憶を消し去れやああああ!!!」
そのまま、思いっきり振りかぶって投げた。
ふすまを数枚突き破って奥の方に消えていく流無の姿。
「・・・お前ら」
ビクッ!?
「・・・何も聞いてないよなあ?」
『何も聞いていません!』
全員、正座で即答。二度目だが、命は大事にしなくちゃいけないんだ。
「・・・八神」
「はっ!」
「拾って風呂に放り込んで来い」
「了解いたしました!」
俺はすぐに流無の消えた方に走って行った。
そして、時は今に戻る。
「と、いうわけです。ご迷惑をおかけました」
俺は織斑先生に事情(命にかかわることは伏せた。全力で伏せた)を話し、更識さんを巻き込んで倒れていた流無を抱えて(お姫様抱っこ。IS学園の生徒たちは目を輝かせている)謝罪をする。
というか黒崎。お前なんかその『苦労しているなぁ』てきな視線やめろ。
「そうか。分かった。だが、あまり騒ぎを起こさないでくれ。こちらも生徒たちを抑えねばならない」
すみません。それ無理です。
てか合掌やめろ黒崎。
「では、戻ります」
俺は流無を温泉に放り込むべく、出て行った。
温泉に浸せば、アルコールも抜けるだろうからな。
時は経ち
(どうしよう・・・)
更識簪は困っていた。
その手に握られているのは武偵高の生徒手帳。
先ほどの騒動の時に、流無の浴衣から転がり落ち、簪の所にあった物だった。
それを少し調べた後、簪は本人に返すために流無を探していた。
それで温泉の休憩スペースで見つけたのだが――
(出ていけそうにない・・・)
そこにいるアリアと流無の雰囲気はとても介入できるようなものではない。
それに、その姿はまるで仲のいい姉妹のようで―――それを見る簪の心に痛みが走る。
なまじ、流無が簪の姉に・・・。
「おや~ん?何をしているのかな?」
「!?」
いきなり後ろから聞こえた声に、簪は振りむこうとするが、
(う、動けない!?)
自分の体を見てみると、白い腕と金色の長い髪が拘束していた。
唯一動かせそうな首を回して後ろを見てみると、
「・・・峰、理子・・・リュパン4世・・・」
「あっれ~?くふふっ理子のこと知っているんだ~。流石は更識家の当主候補さま」
くふふっ、と笑顔を浮かべる理子。
そんな理子を無言で睨みながら、自身の指にはめられたクリスタルの指輪、専用機『打鉄弐式』をいつでも展開して拘束を抜けられるようにする簪。
「おや、うちの生徒に何をしているのですか?峰理子さん」
「!」
「おやおや~?」
理子の後ろに、黒崎仭がいた。
「何のようかな~?ベルセルクの黒崎仭くん」
「いえいえ、ただ風呂に入り直そうかと思って来たわけですが、そうしたら休憩室の前であなたと簪を見つけたわけで」
「ふ~ん」
お互い笑みを浮かべている。
しかしその表情とは裏腹に、雰囲気はお互い戦闘態勢に近かった。
「まあ、ともかく簪は何のようだったんだ?」
「え、えっと・・・この手帳を・・・」
「ん?ああ、武偵の。それを返しに来たわけか」
仭は簪の手にある手帳を見て納得する。
「そういうわけです。離してやってくれませんか?それとも、彼女がなにかしましたか?」
「ん~ん~。なんにもしてないよ~。それにこの子をどうこうしようってわけじゃないよ。ただね~ライバルの邪魔はしたくないだけ」
「・・・」
「・・・?」
「それにしても、ルーちゃんも憎いことするよね~。アリアにアドバイスするなんて。まあ、対等な条件での勝負は望むところだけど」
「・・・勝負?」
(ああ、そういうことか)
仭は僅かだが見えた休憩所の光景に大体の事情を察する。
「うんうん~。アリアとりこりんはキーくんを巡って日々勝負しているのだ♪」
だ・か・ら、と理子は続ける。
「対等な勝負こそ望むところ。絶対にキンジは奪ってやる」
(裏人格・・・)
いきなり、裏理子の口調、態度になった理子に簪は少し気圧される。
「その手帳は私が渡してやる。だから帰りな」
しゅるりと拘束が外れ、理子は離れ、簪の手から手帳を抜き取る。
簪は理子の方を見て、もう一度、アリアを抱きしめる流無の方を見た後、仭を通りぬけ、部屋に戻ろうとする。
「ああ、そうだ。お前の姉だけど」
理子の続けられた言葉に簪は足を止める。
「少なくともイ・ウーにいた私は知らないね」
その言葉を聞いた簪は再び歩いて行った。
「・・・では、俺も出なおすとしますか。ああ、特に告げ口等しないので」
そう言って仭も簪のあとへ続いた。
「くふっ、面白そうな奴」
「・・・・・・」
誰もいない廊下。
そこで一人簪は、涙を流していた。
「やはりか」
「・・・黒崎くん・・・」
「余計なお世話だろうがな。だが、それでも今のお前を放っておくことができなかった」
仭は膝をついて涙を流している簪に対し、簪のすぐそばの壁に背を預け、腕を組みながら言う。
「・・・悲しいか?」
「・・・・・・」
それは正しかった。
流無がアリアを抱きかかえている姿を見て、仲のいい姉妹のように感じ、彼女の胸はとてつもなく苦しくなった。
無言で、何の動作を簪は取らなかったが、仭はそれを背定と見なし言葉を続けた。
「ならば聞く。簪、お前はいったい何がしたい?」
「・・・どういう意味?」
「流無に会ってだ。確かに彼女はお前の姉かもしれない。おそらくお前の姉だったとしても、あの様子では記憶を失っているだろう」
「・・・・・・」
「お前の目的は、彼女がお前の姉かどうか確かめること。・・・それで、確かめて、お前の姉だったらどうするんだ?」
「どうって・・・」
答えられなかった。
流無が自分の姉かどうか確かめたい。
それは確かである。
戻ってきてほしいのか・・・。
「・・・質問を少し変えよう。彼女がお前の姉だったとして、彼女には別に聞かない。ただ、お前は姉に対してどうしたいと思っているわけだ?」
「・・・・・・」
どうなのだろうか。簪は考える。
姉がいなくなり、時が経つに連れて後悔がどんどん押し寄せてくる。
謝る?・・・何を?今までのことを?
「・・・その様子ではまだ分からないというわけか。だが、彼女に問うのだったら早めにしておけよ。後悔してからじゃ、お前が姉を失った時と同様、遅いのだからな」
「あなたに、何が・・・!」
「分かるかってか?少なくとも、親族を失う悲しみはわかっていると言える」
「!」
簪はそれを聞いて気付いた。
仭の両親は、ある軍で整備のしごとをしているときに、ISの襲撃にあって、襲撃者に殺されたのである。・・・彼の目の前で。
「その時に、両親を失ったその後、自分はなんと無力なのか、そう後悔した。相手がISとはいえ、自分には何かできたのではないか?襲撃者の『条件を飲めば助ける』という言葉を信じてみるべきだったのではないか?といろいろな。お前も同じだ。ちょっとしたすれ違いで、仲違いになっていて、姉を失ったら後悔。失ってから気付いた」
「・・・・・・」
「・・・簪、あとこれだけ言っておく。まだ、彼女がお前の姉と断定できるわけでもないが、望みはある。大切なものというのは、失ってから気付くものだ。俺と違って、お前はまだ完全に失っていないのかもしれない。彼女がどうなのかの前に、自分がどうしたいのか。よく考えておけ」
「・・・・・・」
そう言って仭は去って行った。
しかし、この言葉が彼女を後に苦しめることになるとは、彼は思いもよらなかった。
こうして夜は過ぎていく。
夏の夜空のもと一時の平穏を過ごす彼ら。
そんな彼らを巻き込む運命の時は刻一刻と迫る。
まもなく訪れる。それは――終わりにして全ての始まり。
次話はレッツ・パーティです