【完結】ミックス・アップ(魔法先生ネギま✖グレンラガン)   作:アニッキーブラッザー

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第89話 子供先生大奮闘

教育とは教えて、育むというものらしい。

ただ、教えるだけではない。生徒が育まれて教育となるようだが、言葉の定義も意見もバラバラだろう。

だが、それでも教育にあたり、共通するルールがある。

 

「暴力行為を働いた生徒や教師は即退学か免職。さらに、留年の制限。それぐらいが今はスタンダードでしょう」

 

長テーブルを組み合わせた四角形の会議机。ホワイトボードを背後に厳しい口調でギンブレーは出席者に述べた。

 

「では、皆さん。まずはお手元の資料を参照願います」

 

ホワイトボードには、「麻帆良学園一学期報告会」と記載されている。

麻帆良学園には膨大な数の学校があり、全学校の教員を集合させるというのは物理的に不可能である。

今日は日程の調整が可能だった各学校の教員たちが五十名弱出席していた。

中には、学園広域指導員の高畑や鬼の異名を持つ新田も居る。

会議は主に教育委員会のギンブレーが進行させ、その隣には学園長が重く沈黙していた。

 

「この学園では、武道部などが盛んですが、公共の場で決闘や組み手などの暴力事件が絶えません。さらには、素行の悪い不良生徒たちによる喧嘩。学園祭以降は更に酷いことになっています。ここで一度厳しい規制や処罰を採用していくべきだと考えます」

 

学園で起こった不祥事の報告書だろうか。ギンブレーは電話帳並の厚さの紙束を叩き、己の意見を主張した。

 

「さらに、定期試験を疎かにして平気で留年する生徒たちも目立ちます。卒業する気のない生徒などにいつまでも在学されては迷惑です」

 

対して、難しい顔で唸る学園の教員たち。賛成も反対も、なかなか意見を出す者は居なかった。

特に、心当たりの生徒たちを受け持っている者たちはそうだった。

 

「うーむ、しかしいきなり退学というのは問題じゃと思うがの。まるで生徒を右と左で仕分けするようなやり方は同意できんのう」

 

誰も意見を出さないので仕方なく、学園長が軽く言ってみた。

 

「見せしめというものが、いつの時代も抑圧に繋がるものです。マジメに勉学に勤しむ生徒たちの妨げにさせたくないということですよ。学校とは何をしに来るところか。勉強? 部活? 大いに結構。しかし、断じて喧嘩や遊びをするために来る場所ではありません。麻帆良のカリキュラムについてこれない邪魔な生徒たちはふるい落とすべきですよ」

 

だが、ギンブレーはメガネを光らせて断固として意見を曲げない。

厳しい規律を徹底させようという意志が見え隠れする。それが彼なりの教育理念なのかも知れない。

だが、純粋すぎる子供にはそれも歪んで見えた。

 

「あ・・・あの!! 邪魔な生徒なんて居ないと思います!」

 

手も挙げず、その場で起立したネギがギンブレーに意見を言う。

 

「君ですか」

「はい。僕は、ギンブレーさんの意見も分かりますが、それが全てではないと思います!」

 

ギンブレーは静かにメガネのズレをなおして、ネギと向き合う。

 

「確かに、手の掛かる生徒たちは居ると思います。僕も頭を抱えたりします。でも、そこにマジメな生徒とか問題児とかで線引きするべきではないと思います」

「むっ・・・」

「受け持った以上、全員が自分の生徒だと認識し、一人一人に責任を持つべきだと僕は思います。誰を優先とかそういうことではありません!」

 

その時、会議室の空気が一瞬和らいだ気がした。

教育者として当たり前のことを言っただけかもしれない。

しかし、どうしてもその当たり前のことも軽々しく口に出来ない世の中になっている。

そういう打算も何もなく、ただ純粋に思ったことを口にしたネギの言葉に、自然と拍手が沸き起こった。

 

「そうですね、私もネギ先生の意見に賛成です」

「僕もです」

「そうですよ。やはり、問題のある生徒に指導をしてこその教育ですわ」

「ふふ、新任当時を思い出させられましたよ」

 

対して、ギンブレーは怪訝な顔。ネギに対して明らかに不快感を示していることが容易に分かる。

 

 

「言いますね。問題になっているのは、大半があなたの生徒だというのに」

 

「だ、だからこそ、僕には彼らに対する責任を果たさなくちゃいけません! だから、即退学などあまりにも心がないと思います! 教師が教育を放棄するということですよ!?」

 

「理想論は結構。ですが、耳障りの良い言葉だけで問題をグダグダ先延ばしにしても仕方がありません。一度、キッチリと処罰を下すべきです」

 

 

徐々に二人の意見は白熱していく。そして、互いに妥協しなかった。

だが、正直ギンブレーに分があった。単純に、教師経験数ヶ月の子供との議論だからだ。

また、耳障りのよい言葉だけでこれまで何人の教師が、教育を実践できたか分からない。

だが・・・

 

「少しよろしいですか?」

 

二人の言い合いに、一人の教師が手を挙げた。

 

「新田先生・・・」

 

鬼の新田として学園広域指導員を担当している教師。

ゆえに、学園でも顔が広く、学園で何度も問題を起こす生徒は絶対に一度や二度は生活指導を受けている。

非常に厳しい性格から、あまり生徒たちからも好かれていない。

特に、ダイグレン学園や悪ふざけ大好きな中等部女子のネギの生徒たちなどからはそうだった。

 

「四月の新学期から、私も例年通りこの学園の広域指導をしてまいりました。正直、ここ数年の生徒たちの生活は目に余るものがありました。何度、彼らを退学にしてやろうかとも思いました。しかし、思います」

 

この時、ギンブレーは自身の賛同者、ネギは自分の意見に対して否定する者が手を挙げたと思った。

タカミチも察して複雑そうな顔をしている。

だが・・・

 

「生徒が留年する。生徒が何を言っても聞かない。卒業する気がない。何度も同じ事を繰り返す。それは、全てが生徒だけの責任とは思いません。むしろ、何度も同じ過ちを繰り返させる私たち教師が原因ではないでしょうか」

 

新田の言葉に、ギンブレーは言葉に詰まった。

生徒が同じ事を何度も繰り返すのは、その都度説教する教師の問題ではないかと。

すると、新田は少し照れくさそうにある例を話した。

 

「あー、これは、一つの例なので学校名は伏せますが、そこは不登校と喧嘩と留年と校則違反が日常茶飯事で、私も日々手を焼いておりました。どれだけ怒っても、『俺は俺だ』などと言って、言うことを聞かずに学園都市で遊びほうける、どうしようもない子達でした」

 

新田は学校名を伏せているが、この場にいた者たちはその学校がどこなのかはすぐに分かった。

 

「しかし、彼らはこの数ヶ月で大きく変わりました。日に日に登校して授業にも出るようになり、学園祭前の中間追試試験では皆がマジメに受けてクリアしています」

 

ネギが来る前のあの学校はどうだったか。

 

「・・・新田先生・・・」

 

ネギは自然と研修初日を思い出した。

緊張して開けた教室の中は、片手で数えられるぐらいの生徒しかいなかった。

みんな、街で喧嘩したり授業をサボったり、そういう連中ばかりだった。

それが今ではどうだろうか?

 

「最近、その高校に通う不良の女生徒の一人と道で会いました。本を真剣に読んでいたので、後からちょっと覗いてみましたが、大学の教育学部の試験本でした」

 

ネギは、その人物に一人だけ心当たりがあった。

 

「彼女は私に気づいて慌てて本を閉じました。ですが、私が彼女に教師になりたいのかと聞いたら、彼女は堂々と頷きました。私は・・・それが、たまらなく嬉しかったのです」

 

つい最近までは何度言っても言う事を聞かずに、悩みの種でもあった生徒が、真剣に自分と同じ職を志す。

思い出したのか、新田の涙腺も少し潤んでいるような気がした。

 

「私が何年かけても言うことを聞かなかった生徒たちも、出会う教師によってはたった数ヶ月で夢や目標を持つことができるのです。だから私たちは・・・生徒に何かを押しつけたり、大人が生徒を勝手に判断して色分けしたりしないで、私たちがもっと立派な教師になりましょう!」

 

再び拍手が巻き起こる。今度は、ネギの時とは違い、教師一人一人が今の新田の言葉を胸に受け止め、力強く賛成の意思を示した。

 

「・・・・分かりました。では・・・改善の兆候も見られているということで、来季はまた定期的に会議をしながら様子を見ましょう」

 

この状況の中、ギンブレーも異議を唱えることなく黙って椅子に座って両肩の力を抜いた。

 

「新田先生・・・」

「ふふ」

「ッ・・・!」

 

ネギが新田を見上げた。新田が僅かにだが、ネギを見て頷いた。

それを見て、ネギは涙が溢れそうになった。

教師として何十年も仕事をしている者に、認められたような気がしたからだ。

それがたまらなく嬉しかった。

 

 

「で、では・・・最近、女生徒に手を出したり服や下着まで脱がしたりする前代未聞の教師が居るらしいのですが・・・学園祭では多くの女生徒に口づけしたなど不純異性交遊の目撃証言も・・・」

 

「「「「「「「さすがにそれは問題だ!!??」」」」」」」

 

「すみませんでしたああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

ギンブレーの最後の足掻きに、ダイビング土下座をするネギだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うえええええん、そうなんです、不可抗力とはいえ、僕は色々な生徒の服を脱がしてしまったんです! こればっかりは何も言い返せないですよ! だって、全部僕が悪いんですから!」

 

「泣くな、ネギ教員よ。給料3分の一カット三ヶ月で収まったのだ。十分ではないか。本来なら、免職だぞ」

 

「お金の話じゃありません! うわあああああん、僕は・・・僕はお嫁に行く前の生徒たちに何てことをしてしまったんでしょうかーーー!?」

 

「やれやれ。あれだけの教師たちに認められているのだ。もう少し堂々とすべきだ。そなたの父親はこれしきのことで涙など見せぬぞ」

 

「う~~~~」

 

 

最後の最後でケチは着いたものの、会議も滞りなく終わったネギとデュナミスは帰路についていた。

時刻は四時半頃。授業もそろそろ終わって帰宅途中の学生たちがチラホラ見えた。

 

 

「それにしても、新田という男はなかなか骨があるではないか」

 

「はい。そうなんです。すごく厳しくて、生徒たちもよく怒られているのでよく思われていない時もあるんですけど、それだけ生徒たちのことをしっかりと考えているんですよね」

 

 

正直、ネギも新田が苦手だった。

生徒たちに振り回されるネギに、「しっかりしろ」と説教を何度も受けたことがある。

だが、だからこそ今日のように、教師として新田に認められていると分かった時はうれしかった。

そのためか、帰りの足取りも非常に軽やかだった。

一方で、デュナミスもそんなネギを見てふと疑問に思った。

 

「ところで、ネギ教員」

「はい?」

「いや、ネギ・スプリングイールドよ。そなたは、このまま教師としての道を進もうとしているのか?」

「えっ?」

 

ネギは足を止めてデュナミスに振り返った。

 

 

「いや、最初はサウザンドマスターの息子であるそなたは魔法学校の卒業試験の課題として麻帆良で教師をやっていると聞いた。だが、今のそなたを見ていると魔法使いのためというよりも、普通の教師として仕事をしているように思えてならん」

 

「あっ・・・えっと・・・それは・・・」

 

「今更だが、私もテルティウムもかつてそなたの父と戦ったことがある。もっとしつこく父親のことを聞かれるのかと思ったが、そなたはそうしようとはしなかった。そなたは、父親の影を追いかけたりはしないのか?」

 

 

父親のような魔法使いになりたい。それがネギの夢である。

しかし、今のネギは魔法使いというよりも教育者としての道に力を入れているような気がしていた。

確かに、魔法の修行もしているのだろうが、父親の過去を知っているはずのデュナミスやフェイトにそのことを詳しく聞き迫ろうとしない。

だからデュナミスも、もうネギは父の影を追いかけていないのではないかと思った。

 

「いいえ。そんなことはありません」

 

しかしネギは、何の迷いもなく否定した。

 

「色々考えました。今の生活が幸せで、むしろ父さんを追う生活の方が苦しくて危険なのかもしれません。でも、だから諦めるのか? 教師の道と父さんを追い求める人生、どちらを選ぶのか? その答えは、ダイグレン学園に来て学びました」

 

ネギがあまりにもアッサリと言うものだから、少しデュナミスも戸惑った。

しかし嘘は無かった。まるで、ダイグレン学園の悪ガキたちが何かをやると決めた時のように、真っ直ぐに突き抜けた瞳だった。

そんなネギの答えとは? その答えが語られようとしたとき、何かが聞こえてきた。

 

「返してよー」

「ほれ、悔しかったら取ってみろ! 弱虫ナキムー!」

 

意地の悪い子供の声と、今にも泣きそうな男の子の声が聞こえてきた。

振り返るとそこには、泣きながら懸命に飛び跳ねている小さな男の子。

その目の前には、カバンを持ち上げて男の子をからかっている太った子供ともう一人。

 

「やーい、やーい、弱虫ナキム!」

「ほら、もうちょっと飛んでみろよ!」

 

男の子が返せと言えば言うほど、それを楽しんでいる子供たち。

何だかイジメているように見える。

 

「コラー、君たち、何をやっているんですか!」

 

反射的にそう言ったネギ。

 

「やべ、大人がいるぞ!」

「へへ、にっげろー!」

 

イジメっ子たちはネギとデュナミスの姿を見ると、笑いながらカバンを放り投げて走り去っていく。

逃げ足だけは早い。子供たちは一瞬で遠くまで駆け出してしまった。

 

「まったく・・・ほら、大丈夫ですか?」

 

少年たちが投げ捨てたカバンを拾い、ネギは男の子に尋ねる。

 

「う・・・うう・・・ううッ!!」

「あっ・・・」

 

少年は何も言わない。しかし、カバンを見るやいなや強引にネギの手から取り、力強く自分の胸の中で抱きしめる。

少年たちに乱暴に扱われて少し汚れてしまったカバンを、クシャクシャになるほどギュッと抱きしめる。

 

「えっと・・・君、大丈夫ですか?」

 

ただイジメられていたわけでもないかもしれない。

何かカバンに思い入れがあるのか、ネギはもう一度優しく尋ねた。

すると・・・

 

「コラー、あんたら!」

「えっ?」

 

元気のいい女の子が遠くから走ってきた。

その子は決して止まることはない。

そして、自分のカバンをクルクルと遠心力で力強く回し、ネギに突進してくる。

 

「やめんね! ナキム、ウチの子分じゃけん! 何イジメとるんじゃ!」

「へっ・・・・」

 

ネギよりも遥かに小さい女の子。目の前の男の子と同じぐらいで、幼稚園か小学一年生ぐらいだろう。

一体なんなのか分からず困惑しているネギだが、女の子はカバンでネギの頭に渾身の力を込めてぶん殴った。

 

「ぐほっ!?」

「トドメじゃ!」

「ちょ、ちょっ、ちょおお!?」

 

さらに、そこで女の子の攻撃は止まらない。

カバンを振り抜いた勢いをそのまま乗せて、ネギの股間を思いっきり蹴り上げた。

 

「ほ、ほわあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「う・・・よ、容赦のない・・・」

 

ネギ、地味に生まれて初めての衝撃で、鶏のような声を上げて地面を転がった。

一方で、ネギを瞬殺した女の子は両腕を組んで、フンッと顔を背けた。

 

「あ・・・なん・・・で・・・?」

「ほう。威勢の良い小娘だな。まあ、女の敵はこうあるべきであろう。なあ、ネギ教員よ」

 

見事な一撃で悶絶するネギ。妙に感心した声を漏らすデュナミスだった。

 

「だらしないのー、ナキムは。こんなチビにやられて。ほれ、さっさと起きんかい」

「うっ・・・うう・・・」

「アホ、さっさとする! ウチ帰れんじゃろ」

 

女の子はうずくまっている少年の手を掴んで無理やり起す。

メソメソ泣いている子に、ものすごく不愉快そうな顔を浮かべて無理やり引っ張っていく。

 

「ま、待ってよ、マオシャ~・・・あの人は・・・」

「知らんわ、ナキム。だいたい、あんガキにまでやられて悔しくないんか。やりかえさんから、つけあがろうもん」

 

泣いている少年の名はナキム。そして少女の名はマオシャというようだ。

どこかしっかりしたマオシャが泣き虫のナキムにイライラしながら、引きずりながらも一緒に帰ろうとしている。

 

「あ・・・あのお・・・」

「あん? なんね?」

 

少しずつダメージが抜けてきたネギは、口元をヒクヒクとさせながらも何とか笑顔で二人を呼び止めた。

 

「ぼ、僕は怪しいものではありませんよー。ただ、その子が泣いているのを見て、ほっておけなくて」

「?」

 

精一杯優しく声を掛けるが、マオシャはかなり不愉快そうな顔で睨んでいる。正直怖かった。

でも、ここで負けるわけにはいかない。

 

「あ、あの、僕はこう見えて・・・先生なんです!」

「アホ? あんた、ウチらと大して変わらんじゃろ」

「え、えっと、そうなんですけど、僕は先生の資格持ってるんですよ」

「ふん、弱か男に興味ないけん。教師なんて嘘っぱちやないんか。ほれ、ナキム行くよ。ウチのカバンもさっさと持たんね」

 

何だか圧倒された。

ギンブレーやロージェノムや他の大人たちとも堂々と言い合いをしてきたネギだが、何故かこのマオシャという女の子に逆らえなかった。

 

「ねえ、・・・・・・本当に先生なの?」

「えっ、あっ、はい! そうですよ、先生なんです。何か力になってあげられないかなーって」

 

汗をダラダラ流すネギに対し、ナキムという子は少し不思議そうにしながらもネギに聞いてきた。

ネギも少しホッとして頷こうとした。

しかし・・・

 

「あーー! ダークヒーロー・マスクマン!!」

「ぬっ?」

「え・・・・」

「?」

 

ナキムはネギからアッサリ視線を外し、その後ろに居たデュナミスを指して声を上げた。

 

「ねえ、ダークヒーロー・マスクマンでしょ?」

「・・・・・・・・・・うむ。いかにも私がダークヒーロー・マスクマンだ」

「デュデュ、デュナミス先生が便乗した!?」

 

デュナミスは目をキラリと光らせて、指を天に突き出して答えた。

 

「ナキム、なんなんよ、そのダサいの」

「知らないの、マオシャ!? この間、麻帆良に現れたヒーローだよ!」

「はあ~。そんなん喜んどるからお前は子供じゃけん」

「ま、マスクマンはカッコイイんだ! 今度、ウチの施設にだって来てくれるんだから!」

 

ウチの施設? その言葉を聞いて、デュナミスは腰を屈めてナキムに尋ねる。

 

「少年よ。ひょっとして、そなたはアダイの子か?」

「えっ? 知ってるの?」

「いや、私が今度そなたの施設に行くと聞いてな。ひょっとしたらと思ってな」

 

今度児童養護施設でヒーローショー及び祭りを開催するダイグレン学園。

幼いうちに両親と離れ離れになった子供たちを元気づけるためにと企画されたものだ。

偶然にもその施設の子供が目の前のナキムなのである。

 

「施設の・・・・・・」

 

施設という単語を聞いて、ネギも察した。

 

「うん、僕・・・父さんが死んで・・・・・・それで・・・最近・・・」

 

全部を聞かなくても分かった。

ナキムは俯いて再び顔を落とした。

 

「僕・・・麻帆良は嫌いだ・・・父さんのいない麻帆良なんか嫌いだ・・・」

 

イジメっ子たちに取られたカバンをもう一度強く抱きしめる。

 

「これ、父さんの形見なんだ。だから・・・」

「もう、いつまでウジウジしとるけん。あんガキたちに舐められるけん」

「マ・・・マオシャだって、僕をいつもイジメるくせに」

「なっ・・・うち、イジメとらんけん! ナキム、いっつもウジウジしとるけん。鍛えとっただけじゃもん!」

「みんな・・・僕がお父さんとお母さん居ないからイジメるんだ・・・」

 

弱虫ナキム。彼はそう呼ばれていた。

イジメられ、現に女の子のマオシャにもあまり反抗できずにいる。

だが、ネギはその背景を聞いて胸が苦しくなった。

そして、その気持ちを理解することもできた。だからこそ教えてあげたかった。

 

「ナキム君。お父さんとお母さんは大好きでしたか?」

 

ネギの問いかけに少し戸惑いながらも、ナキムは頷いた。

それで十分だった。ネギはナキムの頭を優しく撫でた。

 

 

「ナキム君。お父さんとお母さんが大好きなんだったら・・・・・・今の自分の辛さを、大好きなお父さんとお母さんの所為にしてはいけないと思います」

 

「えっ・・・」

 

「二人共、ナキム君が嫌いでお別れをしたわけではないと思います。ナキム君も二人を嫌いだったわけではないでしょう? だったら、お父さんとお母さんが居ないということを、何かの理由にしてはいけないと思います」

 

 

両親がいない。辛い人生の原因や理由は確かにそうかもしれない。

だが、辛いかもしれないがネギはそれでも言ってあげたかった。

例え原因や理由がそうであれ、その所為にしてはいけないと。

 

「僕はお父さんとお母さんと一緒に暮らしたことがありません」

「えっ・・・そうなの・・・?」

「辛いですよね・・・寂しいですよね・・・僕も、その気持ちは分かります」

 

ナキムは驚いた。マオシャも反応してネギを見た。

 

「ただ、僕の場合は最初から居なかったことと、死んでしまったわけではないので、ナキム君のように失った悲しみはまだ分かりません。でも、それでも今の自分の辛さを親の所為にしてはいけないと思います」

「でも・・・」

「それを乗り越えて今をすごく楽しく生きて、大勢の友達が居る人たちを僕も知っています。だからナキム君も、そういう人たちみたいになってほしいです」

 

両親とともに暮らしていなくても、大勢の仲間と共に今を楽しく生きている。

カミナやシモン。彼らのようになって欲しい。ネギはナキムに昔の自分を重ねてそう思った。

 

 

「それに、みんなのことも嫌いですか? 少なくとも、マオシャちゃんはイジメっ子たちとは違うと思いますよ? ひょっとして、マオシャちゃんはイジメっ子からナキム君を守ったり、ひとりぼっちのナキム君に構ってあげていたんじゃないんですか?」

 

「えっ!?」

 

「ちょっ、ガキ、なんばいいよっと!?」

 

 

ネギがウインクすると、マオシャは顔を真っ赤にしてネギに殴りかかるが、今度はヒラリとかわす。

ナキムと目が合うと、マオシャも急にシュンとなりモジモジしだした。

 

「マオシャが僕を? ・・・でも・・・」

 

ナキムもネギの言葉が信じられずに戸惑っていた。

 

 

「でも・・・マオシャはいつも僕をいじめるんだ。いつも、帰り道は逆なのに家まで送らされるし、髪にゴミがついてたから取ってあげようとしたのに顔を真っ赤にして怒られて殴られるし、すごくまずい手作りクッキーを無理矢理食べさせられるし」

 

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 

 

流石のデュナミスも絶句した。

 

「少年よ・・・なんと罪深い・・・」

「あ・・・あはは、そういうことなんですか」

 

ネギも、さすがに今のナキムの悩みから導き出される物が容易に分かった。

 

(あの・・・デュナミス先生・・・マオシャって子はナキム君をイジメているわけじゃなくて・・・)

(うむ・・・そうなるな・・・)

 

ナキムにとってはイジメだと思っていたマオシャの行為は明らかな好意の裏返しだということを。

これは何とも罪作りな子供だろう。しかし話しを聞いていて何だか微笑ましくなった。

デュナミスは優しく微笑んで、ナキムの頭を撫でた。

 

 

「少年よ。子供のそなたには難しいかもしれん。だから、そなたは悪くないのかもしれん」

 

「でしょ!」

 

「しかし・・・」

 

「えっ・・・?」

 

「しかし、そなたをナキムという子供ではなく、ナキムという男として見た場合は・・・まったく悪くはないかといえば、そうでもないかもしれぬ。素直になれず、気持ちのぶつけ方が分からぬ少女の想いを察してやれぬ男というのは、いかがなものかと思うぞ?」

 

 

ナキムはデュナミスの言った意味が分からなかったのか、オロオロしている。

さて、どうしたものかと、デュナミスとネギは互いに苦笑しあった。

まだ、子供には早いかもしれない。しかし、男には早いも遅いもないかもしれない。

ネギもナキムの身長にあわせて、体を屈める。

 

「ナキム君。僕も教師になって知ったんですけど、子供は好きな子をワザとイジメたり、叩いたりするっていうのを知ってますか?」

「えっ・・・・・・好きなのになんで?」

「はい・・・それは・・・・・・・・・・・・何ででしたっけ?」

 

ソッコーでデュナミスにヘルプの視線を送るネギ。無理もない。ネギ自身が初恋もどうなのか分からぬ10歳児だからだ。

デュナミスは少し溜息吐きながら、ネギのヘルプをする。

 

「ふむ。ナキムよ。そなたの言うことはもっともだ。確かに誰だって愛する者には嫌われたくはない。普通は優しくするであろう。しかし、子供というのはそういうのが分からぬ。だからこそ、安易な手を使うのだ」

 

ネギ、ウンウンと頷いているが、自身も頭の中で必死にデュナミスの言葉をメモしていた。

 

 

「好きとか嫌いとかではない。安易な手を使えば、その者はその瞬間だけ全ての感情を自分にだけ向けてくれる。その瞬間だけ自分だけを見てくれる。そうして欲しいからこそ、そうやってしまうのだよ」

 

「分かんないよ。好きだったら、結婚するとか、笑ってもらうとか、そうしたほうがいいのに・・・」

 

「うむ、その通りだ。その通りだとも。だが、その当たり前のことが出来なかったり、分からないものたちがいる。それを、子供というのだ。しかし、それを理解したときお前は大人になる。そして、理解するだけでなく察してやれるようになると、男になるのだ」

 

「子供・・・それじゃあ、マオシャも僕もまだ子供なの?」

 

「うむ、子供だな。親がいない。辛いであろう。悲しいであろう。だから、泣くなとは言わん。しかし乗り越えるのだ、少年よ。立派な大人になれとは言わん。しかし男になるのだ」

 

 

ナキムには難しいようだ。デュナミスの言葉に首をひねってる。

 

「今度の祭り、楽しみにしているが良い。中々骨のある男たちを、そなたに見せてやろう。親がいなくとも、友を多く作り、誇れる男になった者たちをな」

 

今度の祭りの目的がもう一つ増えた。デュナミスはそう思った。

ただ、元気づけるだけではない。教えてあげたいものができた。

最初は反対だったが、ダイグレン学園が総出で参加する展開は良いことだったのかもしれないと感じた。

 

「マオシャ・・・」

「なんなん、ナキム。遅いけん! 全然帰れん!」

 

そしてナキムはネギとデュナミスの言葉の意味が分からないまでも、自分なりに何かを考えたようだ。

作戦会議のようにコソコソと話し合っていた三人にイラついていたマオシャは、腕組んでつま先で何度も地面を叩いていた。

しかし、そんなマオシャの表情が次の瞬間、一瞬で固まる。

 

 

「あのさ・・・マオシャって僕のことが好きなの? だからいつも僕をいじめるの?」

 

「ッ!!??」

 

「「ヲイ!?」」

 

 

デュナミスとネギはズッコケた。

 

「す・・・す・・・・す・・・」

 

顔面が沸騰するマオシャ。彼女は数秒唸った後・・・

 

「す・・・好いとらんけん!」

「あぶっ!?」

 

豪快なビンタをナキムにくらわせる。

 

「あぐ・・・う・・・あう・・・なん・・・で・・・」

 

ダメージとショックでなかなか起きあがれないナキム。

デュナミスとネギは哀れんだ表情で、呟いたのだった。

 

「「正解だけどそれは違う・・・・・・」」

 

心の中で、ナキムにエールを送る二人だった。

 

「キッ、きさんもばりむか!!」

「ッ、ほ、ほ、でょわああああああああああああああああ!!??」

「ぬぐわああああああああああああああああああ!?」

 

 

全力全開のアッパーパンチを二発繰り出し、マオシャは全力でその場から立ち去った。

しかも幼い子供の背丈で思いっきりアッパーをやると、その拳の一番威力の乗った地点には、決して鍛えることのできぬ急所があった。

本日二度目の金的攻撃で、もはや変な泡を口から出してうずくまるネギ。そしてデュナミス。

一歩間違えれば殺し合いをする運命にあった二人の男は、この後に教育の難しさを語らいながら一杯やるのだった。

 


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