東の村が騒然となる。西の村が発見され、遊撃騎士たるモードレッドに襲撃されているのだから。
「アーラシュ殿、村と敵軍の距離はいかほどか!?」
「峠一つ向こうだ! 狼煙の色は黒、接触間近ってことだな!」
「西の村……ほかの村が襲われているんですか!? ならすぐに助けに行かないと……!」
「マシュ、落ち着いて」
今できることは限られている。
「呪腕さん、ここから西の村までは?」
「どう急ごうと二日はかかる……」
救援は間に合わない。だが、諦めるという選択肢はないだろう。西の村にもおそらくはハサンがいる。貴重な戦力をつぶされるわけにはいかない。
「百貌の姉さんは長引かせるのはうまいけどな……それでももって半日だろう」
どうあがいても間に合わないか。
「空でも飛べれば話は別なんだろうが……」
空を飛べる宝具はない。かろうじてサンタさんのエクスカリバージェットによる飛行ソリがあったが、今、サンタさんは此処にはいない。
ダ・ヴィンチちゃんがいれば話は変わっていただろうが、その彼女も今はいない。金時のベアー号の最高速度ならば半日でもいけないことはないかもしれないが、連れていけるのは一人か二人。それではモードレッドには、円卓の騎士には勝てないだろう。死にに行くようなものだ。
「よし、じゃあそれで行くか」
「はい?」
アーラシュさんは何を言っているのだろうか。
「いやあ、一度だけ、かつ片道で、少し人数制限をかけてもいいのなら、空を飛んで一気に移動することはできるぞ!」
そう笑顔で言うアーラシュさん。それはとても願ったりかなったりの提案なのだが。
――非常にいやな予感がする……。
「ただし、それなりのリスクはある。一気に西の村までは届かないが、それでもいいか?」
――だが。
「かまわない、それで行こう」
西の村は見捨てられないのだから、手段を選んでいる暇などないのだ。
「人選は、マシュ、ベディ、兄貴、ノッブ、式」
残りは万が一を考えて東の村で待機。西の村が見つかったのだ。こちらも見つからないという保証はない。多少は戦力を残していくべきだ。
「よし行くぞ、ついてこい!」
彼について行った先にあったのはつぶれた家の屋根を粘土で補強した土台だった。取っ手が付いている。
「カカトまで入る穴もあります」
取っ手を掴んで穴に足を入れる。
――すごい嫌な予感がする……。
「マスターはマシュの隣だ。しっかり掴んでろよ! 時速300キロ以上はでるからな」
「え……あの、アーラシュ・カマンガー。何を……しているのですか?」
――ヤバイくらい嫌な予感がする……。
この手の直感は外れない。ここまで来れば何をしたいのかがよくわかる。何よりもアーラシュさんが、土台に縄を張って固定、そのまま特大の矢に繋いでいる時点でこの移動法がなんなのかわかってしまった。
ぶわりと汗が噴き出す。
「え……え……」
「笑い話、ではありません。そんな、まさか。ですよね、先輩、先輩?」
「ま、マシュ、とりあえず、ごめん、掴んで、しっかりつかんで離さないでくれると助かる。これ、笑い話じゃない」
「え、……え……」
アーラシュさんがやろうとしていることは、単純だ。単純と言いたくないが、単純だ。土台と矢を繋ぐ。おもいっきり矢を放つ。
矢、20キロ先まで飛ぶ。一緒に土台も飛ぶ。ただの矢を宝具クラスの威力で放てる彼ならば、問題なく20キロくらい飛ぶんだろうなと思う。
「おい、マスター。なんで、オレがこんなことに参加しなくちゃいけないんだ。全裸と変わってくる」
「わしもいやじゃー。こんな命がけのネタとか、芸人のやることじゃろ!?」
「いいからしっかりつかまってろ。もうおせぇ!」
「よっしゃ、行くぜ!」
無慈悲に引き絞られ、放たれる矢。その刹那、オレたちは空を飛んでいた――。
「あ――――あああああああ―――――――――――――!!!」
「これが、宝具・人間大砲……!」
余裕なさ過ぎて思考が変な方向にぶっ飛んだ。なんだろう頭の中でダ・ヴィンチちゃんの声が聞こえる気がする――。
「あああああああ――――――――! きゃあああ――――――!!」
ぎゅむぎゅむ。
うむ――。
「だだだだだだだだだいじょうぶですかレレレレレレレレレレレレディ、みなささささささん!!」
「あはは。見てごらん。ベディヴィエールのほっぺたが気流でぶるぶるしてるぞ!」
ドクター、そんな余裕ない。
ぎゅむぎゅむ
――うむ。
「ド――――ク――――タ――――! べべべべべベディ卿にしつれれれれれれれい!」
「そろそろか。総員、着地の衝撃に備えろ! 激突した瞬間、土台は木っ端微塵だからな! 各々いい感じで受け身をとれ! マシュ、マスターの方はこっちで面倒を見るから、自分のことだけ考えてろ」
「は、はい! マスターをお願いします、アーラシュさん……!」
「あ、アーラシュさ、ん……」
不安になって思わずアーラシュさんを見る。
「安心しろ。何があっても俺が守ってやるよ」
「ぶ――つ――か――り――ま――す――! に、いち、ぜろ――――――!!」
すさまじい衝撃とともに地面に大激突する土台。
衝撃の瞬間、取っ手から手を離したおかげで、衝撃が骨を砕くことはなかったが反作用は容赦なく襲ってきて身体が宙に浮かぶ。
そのまま地面にたたきつけられる前にアーラシュさんの逞しい腕につかまれ、そのまま地面へと着地する。彼の頑強な肉体はこの程度では傷つきはしないのだと言わんばかり。
各々が受け身をとる。土台が破砕した瞬間、各々が宙へと投げ出された。マシュは盾を地面にたたきつけることによって衝撃を一度殺し、そのまま中空で一回転し、脚を地面につけ数度、威力を殺しながら着地する。
ベディヴィエール卿は、そのままアガートラムを地面にたたきつけて掴みとり、威力と相殺した。神霊の腕を模したものだけあって段違いの耐久性能だ。
クー・フーリンは苦も無く着地。膝を曲げて衝撃の全てを余すことなく殺し、周辺を警戒へと移る。
ノッブは大量の火縄銃を召喚して、空中に出来上がった火縄銃の壁に優しくキャッチさせることによって受け身をとる。
式は発生した瓦礫を蹴りながら空中を移動。猫を思わせるしなやかな四肢でもって綺麗に着地して見せた。
「よーし、全員無事だな。じゃあ、おろすぞー」
「あわ、あわわわわ」
「うむ、高所でのみ有効な大陸間弾道移動……我ながら正確な射撃だった。ところで、なんでこれが一度きりかというとだな。たいていのやつはこれをやると、二度とゴメンだと嫌がるからなんだ」
ぐるぐる回る視界の中で告げられる言葉には激しく同意だった。こんな移動、二度とゴメンだ。
「あいたたたた……先輩、無事ですか――っ!? どこに落ちたんですか――!?」
「おう、こっちだマシュ! ベディヴィエール卿はいるかー!?」
「無事ですとも! 頬はまだぶるぶるしていますが!」
「よーし、ノッブ、シキ、クー・フーリンはいるかー」
「まったく無茶苦茶にもほどがあるわ。こんなのは猿の役目じゃろ猿の!?」
「…………」
「ま、全員無事ってところだな」
全員興奮している様子だが無事だ。
「それは良き事ですな。しかし、私ですら肝を冷やしましたぞ」
「ハサンさん!? いつの間に」
「貴殿たちだけでは西の村へのけもの道は見つけられぬ故。しかし、そのまえに――」
あふれ出す獣。どうやらここは獣の巣だったようだ。まだふらふらするが、戦闘に支障はない。
「突破するぞ!」
「はい、マスター!」
獣の群れを突破する。
西の村に到着した時には、アサシンのサーヴァント、百貌のハサンがモードレッドに切り殺されているところだった。
だが、本物ではない。アレが彼のサーヴァントの宝具なのだろう。なにせ、百貌のハサンがいっぱいいるのだ。何らかの宝具の効果だろう。
「オラオラ、さっさと死にやがれ! 次から次へとうざったいンだよ、テメェは!」
「おのれ――どうやって、この村の位置を……! 我らの隠蔽に落ち度はなかったハズ……!」
「あん? 知るかよそんなの。こんなの勘だよ、勘。陰気でせせこましい、負け犬どもがいそうな場所に聖剣ブチこんだらビンゴ! ってだけだ」
そんな理由で隠蔽を台無しにされたというのならば最悪極まりない。それはある意味どころかまさしく最悪だ。彼女がまた勘で聖剣を放ったら東の村だったなんてこともありうるのだ。
ここで止めるほかない。倒すしかない。彼女を。ロンドンにて、オレたちを助けてくれた騎士を。
「…………」
「先輩……」
「大丈夫。マシュこそ、大丈夫?」
「……あまり、大丈夫ではないですが。西の村の為に精一杯頑張ります」
「ああ、頑張ろう」
西の村へと踏む込む。
思考を切り替える。自己暗示というわけではないが、思考を戦闘のそれへと切り替える。努めて、目の前の存在。モードレッドのことを意識の外に。
いいや、こう思う。寧ろ好都合であると。彼女の剣戟をオレは覚えている。忌まわしい記憶の底に眠ったそれを引き出して、彼女の攻略の脚掛けにする。
彼女の聖剣の輝きは変わらず、ゆえに――。
――何よりも怖い。
味方であったがゆえにその力は良く知っている。泣きたくなるほどに恐ろしく何よりも強い騎士の力をオレは知っているのだから。
だが、それでも行く。散っていった仲間の為に立ち止まることはできないのだから――。
「敵が気が付いた。アーラシュ、背中は任せた!」
「へぇ、戦闘になるといい面するじゃねえの。任せろ。アンタらの背中は俺が守るさ――」
「接敵まで五秒!」
4、3、2、1――。
「ブチかませ!!」
村を囲む粛清騎士へと奇襲を仕掛ける。背後は一切気にしない。撃ち漏らした敵がいてもなお気にせず前へ。後ろはアーラシュがいる。ゆえに立ちふさがる敵をマシュが殴り倒し、クー・フーリンが刺し穿つ。
ノッブの火縄銃が火を噴けば騎士たるものは倒れ伏す。一発で足りないのならば2発。二発で足りぬのならば三発。火縄銃のただ一人の戦列が騎士を蹂躙すべく猛る。
「さあ、ぐだぐだは終わりじゃ。わしの本気を見るが良いぞ」
「さて、それじゃあ行くか」
式の瞳が煌いて、青の軌跡が奔れば、敵はその場で死ぬ。万物全ての綻びがある。それを斬れば粛清騎士は死ぬ。直死の煌きには誰一人として抗うことは不可能。
ここまで蓄積された粛清騎士との戦闘情報を分析し、こちらも対策を立てた。
「行けるな」
「私は、良いのですか」
「ベディはモードレッドと戦ってもらうからね。雑魚はこっちに任せてもらうよ」
現状、円卓の騎士と戦えるのは彼の腕があればこそ。ゆえに彼は温存する。ここで消耗させるわけには行かないのだ。
彼は傷ついている。一週間たっても回復しないほどの。未だ致命的というには遠いが、いずれ近いうちに彼は破たんする。それがわかっているからこそ戦わせないのだ。
「馬鹿な、貴様ら、どこから――」
「信じられませんが空からです!」
「強力な魔力反応がやってくるぞ! 間違いない円卓の騎士だ!」
ドクターの警告と同時に現れるモードレッド。
「よう、よく来たなクズども、歓迎するぜ!
「マスター、やっぱりモードレッドさんです……! ロンドンの時の、あのモードレッドさんです!」
「ああ――」
ロンドンでオレたちを助けてくれたモードレッドだ。文句を言いながらオレに従ってくれたし、何度もオレやマシュを助けてくれた。
ロンドンにおいて立ち止まりそうになったとき、背中というか尻を蹴って押してくれたのは彼女だ。間違うはずもなく、彼女自身であるとわかる。
「? 人の名前を何度も呼んでんじゃねえ。誰だおまえ。オレのファンか? そりゅあ、あんだけ異教徒を殺してきたんだ。オレは有名人だろうけどな」
「わたしたちを知らない――ロンドンに召喚されたモードレッドさんとは別人なんですね……」
「急にしおらしくなるなよ。オレはお前らなんて知らな――。いや、知ってるな。姿は違うが、おまえの魔力には覚えがある。なにより、そっちのマスターのことは、よぉおく知ってる気がするな。なんだ。味方だったのか。で、今は敵か。おおなんか思い出してきたな。いろいろと旅もした覚えがあるが、まあ、今は敵だ。言ったはずだ。容赦はしないってな。それに、父上の招集に応えないと思ったら、テメエ、そんなところで何してやがる」
その言葉はマシュに向けられている。やはり円卓の騎士はマシュに力を預けた英霊を知っているのだろう。円卓の騎士なのだから当然か。
「まさか叛逆者ってのはテメエだったのか……? ……そうか。テメエなら、まあ、アリだな。今のアーサー王に正面から文句を言えるのはテメエくらいだろう。ちょいと、来るのが遅すぎたがな」
「モードレッドさん……? あの……話し合いに応じてくれるのですか」
「いや、マシュ、それはない――」
「そうだそうだ。話し合いなんざするか! 誰であれオレの邪魔をする奴は敵だ!」
彼女の手の内で聖剣が胎動する。その力を解放せんと猛っている。
「ひいふうみい――」
敵の数を彼女が数えた。その時だ、ひとりの騎士の前でその視線が止まる。
「なんで、テメエがそこにいる? いるハズねえだろ、テメエだけは。なあ、そうだろ三流騎士!? テメエが叛逆者に混じってるなんざ、最悪の冗談だ! ベディヴィエール!!」
「……貴方に語り掛ける言葉はありません。恨み言があるのは私も同じです。獅子王にたどり着くことが私の目的でしたが、今だけはそれを忘れます」
銀腕が輝きを上げる。魔力の高まりに応じて輝きは強く、何よりも強くなる。
「叛逆の騎士モードレッド。アーサー王の理想を踏みにじった不忠者。貴方のその汚れた聖剣こそ、見るに堪えぬ最悪の現実だ」
「フォウ、フォ――ウ!?」
「ハ――」
なばらもはや語る言葉などなく。
円卓の騎士との二戦目が幕を開く――。
モードレッド戦開幕。
さあ、始まるぞ宝具の連発が。アガートラトとマシュの盾だけが頼りです。
本気で連発させますんで、誰が死んでもおかしくないでしょうね。連発というかモードレッドが聖剣振ったら全部ビームになるレベルで連発させますんで。