Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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神聖円卓領域 キャメロット 15

 東の村にたどり着いてから一週間が過ぎた。円卓の追撃もなく、穏やかな日々が続いている。村の人たちは優しくたくましく、オレたちを受け入れてくれた。

 狩りや力仕事を手伝いながら生活する。平穏で穏やかな日々。このままこうしているのがいいのではないのかと思うほどに優しく尊い日々。

 

 だが、いつも夢に見る。ブーディカさんが、清姫が、ダ・ヴィンチちゃんが死んだあの瞬間を夢に見続ける。このままではいられないのだと毎夜オレに突きつけてくる。

 覚悟を決めなければならないだろう。決死の覚悟で、円卓と戦う覚悟を。

 

「ただいま戻りました、マスター……先輩?」

「――あ、ああ、ごめんちょっと考え事をね」

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ、マシュ。まだ、大丈夫」

「――おかえりなさいマシュさん。少しお時間よろしいでしょうか」

 

 

 帰ってきたマシュにベディヴィエール卿が話があるという。

 

「あ、はい、なんでしょう」

「個人的な話になるのでこちらに。マスターもどうぞ」

 

 人気のない場所でベディヴィエール卿は止まった。

 

「マシュ・キリエライト・貴女の名乗られた姓名でしたね」

 

 そう確認するように彼は切り出した。

 

「はい。わたしの名です。それが何か……?」

 

 マシュは首をかしげる。それはオレも同じだった。何か問題があるのだろうか。そう思った時、瞬時に疑問の応えが出る。

 ベディヴィエール卿が気にしているのは英霊としての真名だ。それが続く彼の言葉によって証明される。

 

「不躾ながら、重ねてお尋ねします。その名、英霊としての真名でしょうか」

「それは……」

 

 マシュは言葉に詰まる。その質問に彼女は答える名を持っていない。彼女に力を貸している英霊が何かを彼女は知らないのだ。

 このオレも確信はない。だが、一つはっきりしていることがある。彼女に力を貸している英霊とはおそらく円卓の騎士なのだろう。

 

 この時代に来て、円卓の騎士と戦っているときに、彼らを敵視できない彼女を見てふとそう思ったのだ。いいや、もっと前から。

 あるいは、彼女の英霊としての姿を見た時から、ずっと引っかかるように蓄積された断片が少しずつ形になっているのがわかる。

 

「本来であればサーヴァントに尋ねるべき事柄ではないと理解しています。ですが、敢えてお尋ねします。無礼をお許しください」

「……言わなくてもいい」

「……ありがとうございます。でも、大丈夫です、マスター」

 

 彼女は一度、深呼吸をしてからベディヴィエール卿へ言った。

 

「サー・ベディヴィエール。わたしは……正しいサーヴァントではありません」

 

 語られるマシュの真実。それは人間と英霊が融合したデミ・サーヴァントということ。サーヴァントであって人間であり、人間であってサーヴァントである奇蹟の存在。

 

「マシュ・キリエライトとは、わたしの人間としての名前にすぎません。真名は……わたしに融合した英霊は、それを告げずに消滅しました。ですので、わたしは自分が一体どういう英霊なのか、自身だけでなく宝具の真名さえもわかりません。ですから、宝具の出力も……著しく低下しています」

「…………」

 

 それを聞いたベディヴィエール卿は無言。何を想っているのだろうか。ややあって、彼は閉ざしていた口を開く。

 

「……そうだったのですか。話していただきありがとうございます。重ねて、無礼をお詫びします。私の中にあった、疑念は消え失せました」

 

 ――やっぱりか。

 

 ベディヴィエール卿の様子を観察して、心眼が見抜く。おそらくは、彼はマシュと融合した英霊を知っている。ただ、それだけではない。それだけではない感情があることに気が付いてしまった。

 

 ――これは、羨望?

 

 それは羨望にも似た、不甲斐なさを悔いているような複雑な感情だった。それも一瞬だけで消えてしまったが、一体、あの感情はなんだったのか。

 

「いいえ、気にしないでください。わたしも……自分自身の特殊性を失念していました」

「そうだね。デミ・サーヴァントがどんなものなのか、不思議に思うサーヴァントがいてもおかしくない。むしろ今までの英霊たちが珍しいだろう。すんなり受け入れてくれたんだから」

 

 マシュはサーヴァントでありながら英霊ではない。

 

「ベディヴィエール卿。キミはその違いにずっと戸惑っていたんだね」

 

 ドクターの言葉を脳内で反芻して、それは違うのではないかと思う。

 

「……はい。正直、敵なのか味方なのかさえ迷っていました。ですが、今の答えで私の迷いは晴れました。改めて、レディ・マシュ」

「は、はい」

 

 ――れ、レディ? さ、さすがは本物の騎士だ……。

 

 片膝をついての謝罪。騎士による淑女への礼。物語の中のような光景。月の光が照らす中、最強に可愛いマシュに跪く騎士の姿は幻想的であり、何より美しさがあった。

 そして、それゆえに

 

 ――…………。

 

 仄暗い己の感情に嫌気がさす。ベディヴィエール卿に悪気などあるはずはなく。あるのは謝意と敬意のみだ。自分が心配するようなことはなにひとつない。

 だが、自分ではこうはいかないと思ってしまうのだ。

 

 ――嫉妬、だよな……

 

 嫉妬。彼と彼女のやり取りは物語の中のそれ。幻想的であり、オレのような存在が入る余地などないように思えてしまった。

 

 ――ああ、久しぶりに最悪だ。

 

 英霊に嫉妬しないというのは嘘になるが、この形の嫉妬はいただけないだろう。気が緩んでいるのか。あるいは、悪夢のせいで睡眠時間が足りないのか。

 薬でどうにかしているはずだが、見えない疲れはオレを蝕んでいる。

 

「淑女への礼なのかな。さすがは騎士だね」

「し、淑女……ですか。いえ、そういった呼称はいささか……抵抗が……」

「無礼の詫びではありませんが、できうる限り敬意を示します。貴女方のこれまでの戦いに。貴方たちは真実、世界を救うために現れた方だ」

「い、いえ……先輩はともかく、わたしは先輩や皆さんに守られているだけの、デミ・サーヴァントで……」

「いいえ、レディ。それは違いましょう」

「……レディ……」

 

 ――………………………………

 

「……貴女に力を預けた英霊が語らぬ以上、私が語ることはありません。それでもあえて伝えましょう。同じ円卓の騎士として、貴女に」

「! 待ってください、ベディヴィエールさん! 貴方はわたしと融合した英霊をご存じなのですか!?」

 

 ――ああ、やはりか。

 

「もちろん。私だけではありません。貴方と対面した円卓の騎士たちは、例外なく感じたでしょう。貴方にその宝具を預けた騎士は、それほど特別な騎士なのです」

 

 それは最も強き騎士、最も堅き騎士、最も猛き騎士――その名はきっと。

 

「それぞれ誇るものが違う円卓において、ただひとり武を誇らず、精神の在り方を示した騎士。その真名を他ならぬ貴女自身が見つけ出せることを祈ります」

 

 ベディヴィエール卿はマシュに真名を伝えることはしない。答えはもはや出ているようなものであれど、それを探すことこそが使命なのだ。

 かつて、彼の騎士が聖なるものを探索したように。その名は自ら自身で探さなければならない。誰かが見つけたものを教えてもらうのではなく、自らで考え、その果てにたどり着いた場所で知らなければならない。

 

 多くの真実とともに、その名を知る時、彼女はきっともっと強くなるだろう。

 

「……ただ、貴女の中の英霊が円卓の騎士である以上、問題はほかにもあります」

 

 それはきっとかつて同胞だった騎士と戦えるかということ。

 

「……はい。ずっと感じていました。これは違う。こんなものはアーサー王の所業ではないと」

「そうです。我らが知る王の所業では決してありません。ですから、私は。何があろうとも、我が王を倒す」

 

 それは壮絶な決意の発露だった。何が彼をそこまで駆り立てるのか。ただ王の所業に憤っているというわけではない。何か強い意志を感じる。

 

「そのために、ここまで来た。そのために今まで生きて来たのです」

 

 ゆえに、私は円卓と戦おう。しかし、貴女は? と彼は問う。

 

 獅子王と戦う必要はあるのか、ないのか。時代の修復が目的なのだから、戦う必要はないのかもしれない。

 

「私は、このまま村に残り、ハサン・サッバーハの力を借りようと考えています」

 

 彼もハサンもまた叛逆者。容赦なく粛清にかかるだろう。だが、と彼は言った。まだ間に合うのだと。降伏すればまだ間に合うのだ。

 

「それでも――戦いますか? 円卓の騎士たちと。あの強大な獅子王と」

 

 告げられる選択肢。

 与えられる逃げ道。

 示された楽の言葉。

 

 凡人にとって、何よりも甘美な誘惑。凡人ゆえに、どうしても楽な方へ楽な方へと思考は行く。それはニンゲンの常だ。

 楽なことは楽しくて、何よりも気持ちが良い。辛いことは苦しくて、痛い。そんな道を行くには並大抵ならざる意志力が必要になる。

 

 何より、円卓の騎士を、獅子王を見抜いた心眼が観察眼によってくみ上げられた未来予測が告げるのは、高確率の死なのだ。

 今まで戦おうと意思を萎えさせることなく持ち続けることができたのは、それ以外に道がないから。進む道がひとつだけならば、進んだ先から背後の道がなくなっているならば、前にしか進めない。

 

 だから凡人でも前に進むことができる。

 だが、こうやって選択肢が告げられてしまえばもうだめだ。思考は嫌でも楽な方へ行きたがる。それが普通。だって何の力もない凡人なのだから。

 

 けれど――。

 

 ――それでも、それでも前に進む理由があるから。

 ――犠牲になった仲間の言葉が胸に残っているから。

 

 震える足でも前に一歩踏み出す。凡人ゆえに、その選択は重い。今にも壊れそうなほどにボロボロに傷ついた心をさらに圧迫する。

 

「間違っているのは、獅子王だ」

「……はい、その通りです、マスター。わたしたちは獅子王と戦います。自分たちの命はもちろん惜しいです。でも、それ以上に」

「ああ、それ以上に」

「犠牲になったブーディカさんや清姫さん、ダ・ヴィンチちゃんの想いを無駄にはできません。聖都の獅子王の所業を赦せません」

 

 騎士としての責任だけではなく。

 

「この地に生きる人々、あの門で命を落とした人々すべてへの、果たすべき贖いです。それに、先輩と二人なら、どこまでも行けます。きっと」

「ああ、そうだ」

 

 彼女の手を取る。オレは彼女に跪きたいんじゃない。あの幻想的な光景じゃなくていい。無様でも、なんでもいい。ただ彼女の隣にいたい。

 そう誇れるオレでありたいから、もう一度、頑張るのだ。

 

「――――」

 

 オレたちの答えにベディヴィエール卿は目を見開いて驚いていた。

 

「――お見事。貴方たちなら、彼の騎士ですら力を貸しましょう。私の話はこれだけです。邪魔をして申し訳ありません。明日、ハサン殿にすべてを打ち明けましょう。その上で彼らの選択に従います」

「はい。ハサンさんなら、きっと!」

「さあ、戻りましょう。明日は早いですよ」

 

 そう言って戻る。その途中――ふと振り返る。

 

「…………」

「先輩?」

「なんでもないよ。…………あ、いや……マシュは……やっぱりイケメンの方がよい……?」

「……えっと……いえ、その……わたしは、やっぱり、マスターの方が……」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………気が付かれたか……いいや、それはないか。しかし……むぅ、職務とはいえ、盗み聞きなどするものではないな……」

 

 岩にできた影からぬぅと人影が出てくる。ハサン・サッバーハ。呪腕のハサンと呼ばれるこの村を統括する者。髑髏の仮面によって表情が変わらない彼ではあるが、どこか困ったように目を細める。

 

「……まことに難儀。これでは断れないではないか……」

 

 ここまで来てしまったら断る気はないものの、それでは示しがつかない。自らは山の翁なのだ。その矜持がある以上、そう簡単に首を振るわけにはいかない。

 何よりもこの村の全ての住人の命を山の民の命を預かるがゆえに。

 

「ふぅむ。ここは、それとなく共闘するに足る理由を考えておかねば。どうすれば共闘をしても良いといえるのか。うぅむ。難しい」

 

 呪腕のハサンは頭を悩ませる。人の上にたつことのなんと難儀なことか。しかし、どこかその顔は笑っているようにも見えた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 翌朝。オレたちは呪腕のハサンに昨夜話した通り共闘を申し出る。

 

「――なるほど。共闘ですか。はっはっは。これは異なことを言う。我らは今日を生きるにも難儀する難民ですぞ。どうして獅子王の軍勢と戦えるというのでしょうか」

「え――あれ? 言われてみれば、その……その通りでした!」

 

 マシュは失念していたというが、オレはそうは思わなかった。彼には顔がないが、その意思はわかる。彼は未だ諦めてはいない。

 彼は戦う準備をしている。

 

「ハサンさん、予想外の切り返しです先輩!」

「オレの目は誤魔化せない」

「ほう――」

「貴方がたが秘密裏に軍備を整えていることは知っている」

 

 クー・フーリンが狩りに行きながらそのあたりのことについて教えてくれたのだ。何より村を見て回ったからわかった。

 

「……失礼。悪ふざけが過ぎたようだ。確かに、我々は獅子王への反撃の機を狙っている。各地の隠れ里にはそれぞれの考えを持った山の翁が赴任し力を蓄えている」

「良いか。我らは決して獅子王には屈せぬ」

 

 獅子王はハサンたちの神を軽んじる。聖都の法はあらゆる神の威光を上回ると言ってのけたのだ。そんなものを山の翁が、山の民が、赦すはずもない。

 何より、獅子王は従わぬものを消し飛ばす。たとえそれが何であってもだ。無惨に穿たれた大地こそがその証明。

 

「我らは戦わねばならぬ。抗わねばならぬ。そのために戦力がほしいのは事実。だが――貴殿たちを容易く迎え入れるわけにはいかぬ。叛逆者と言えど、円卓が二人もいるのなら猶更よ」

「気が付いていたのですか!?」

 

 ――やっぱり聞いていたな。

 

 昨夜、おそらくは誰かが聞いていると思った。あの山の翁の性格ならば密会をすれば、おそらくは盗み聞きをするだろうと予測していたのだ。

 確信はなかった。気配遮断をされればオレでは絶対に感知することはできないのだから当然だろう。だが、おそらくはと思っていた。

 

 この発言を聞く限り盗み聞きしていたのは本当らしい。油断も隙も無いとは思うが、彼の性格ならばおそらくはこの共闘には乗り気のはずである。

 一週間、同じ共同体で生活をしたのだから嫌でも人柄はわかってしまう。このハサン、暗殺者のくせにとても善良なのだ。

 

 優れた観察眼、高い統率力と指導力、熟練した交渉術、高尚な精神性、武人としての覚悟、子供に優しくユーモアを理解する寛容さ、割とお茶目な一面。

 見れば見るほど彼という人物像から暗殺者を形成しろと言われる方が無理になってくる。

 

 今もきっと、虎視眈々と共闘にうなずける機を待っているに違いない。

 

「我ら歴戦のサーヴァントとなれば当然。なあ、アーラシュ殿」

「え、マジでか!? マシュも円卓の騎士だったのかよ――!?」

「ア――ラシュど――の――!」

「あー……すまんすまん、ついな! おう、知っていたとも、はじめっからな!」

 

 アーラシュさんのおかげですっかりと毒気が抜かれてしまった。

 

「ともかく、どうあっても貴様たちの手は借りれぬ。これは信仰上の問題である!」

 

 ――ここだな。

 

「なら、山の翁。貴方の信条を上回るほどの、貴方ですら頼らざるを得ないほどの実力を示せばどうだ」

「……ほう。もし本当にそのような実力があるのならば是非もない。この呪腕、喜んで犬にすらなろうぞ!」

 

 ――食いついた。

 

 もともとそのつもりだったのだろうが、彼に言わせるよりもこちらから提案した方がよい。そうすれば彼自身からの提案としてやるよりもほかに説明がしやすい。

 こちらが売り込んで無理やりに買わせたという方がほかの山の民からの反感を彼が買うこともない。

 

「行くぞ、アーラシュ殿。手加減無用! ただし貴殿の宝具は禁止ですぞ! 試すもなにもありませんからな!」

「了解だ。人の上に立つってのは大変だねぇ、呪腕殿!」

「行くぞ、マシュ!」

「はい、マスター!!」

 

 戦闘開始――。

 宝具でもないのに降り注ぐ矢の雨を掻い潜り、呪腕のハサンへと一撃を叩き込んだ。

 

「――フッ。やりますな。これほどの戦力。見逃しては、それこそ初代様に首を落とされよう」

 

 そして、居住まいを正し、

 

「こちらからもお願いしよう。どうか我らとともに戦ってもらいたい。報酬もなにも約束できぬが――我が名に。山の翁の名にかけて、必ずや貴殿らを獅子王の元に送り届けよう」

「それは最高の報酬だ」

 

 こうして呪腕のハサンたちと共闘関係を結んだ。これより、オレたちは円卓と戦う。

 

 何があろうとも世界を救うために。

 

「大変だ―!」

「何があった」

「西の村から、狼煙があがっている!」

 

 だが、 ゆっくりもしていられない。

 新たな敵が西の村を蹂躙している。

 

 円卓の騎士。その名は――モードレッド。

 かつて、ロンドンをともに駆け抜けた騎士が、オレたちの前に立ちふさがった――。

 




ベディヴィエール卿と内緒話。それから共闘。
そして、次なる絶望が来る。円卓の騎士モードレッド。
一度仲間として戦った相手が今度は敵だ。しかも、宝具連発してくる超絶ヤバイ奴。
果たしてぐだ男は勝てるのか。

そういえばニトクリス呼符で引きました。
最近キャスター来すぎなんじゃが……。

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