「…………」
「…………」
オレたちはなんとか無事に山岳地帯に入ることができた。ダ・ヴィンチちゃんの引き起こした爆発によって相手の馬が全て使い物にならなくなったためだ。
しばらくは追撃の心配もない。だが、オレたちは葬式のように静まり返っている。なぜならば、その功労者たるダ・ヴィンチちゃんは、ここにはいないのだから。
「……すまない。まさか我々の為に、あの女性が犠牲になってくれるなんて……」
難民の代表が、気落ちしているオレたちにそう言ってくる。
「大丈夫、気にしないでほしい。それどころか褒めてあげてほしい。きっとそっちの方が喜ぶだろうからね。なんだかんだ言って褒められるの好きみたいだから」
ダ・ヴィンチちゃんはきっと生きている。彼女は万能の天才だ。この程度で死ぬはずなどない。そうオレは信じている。
「そう、ですよね。きっと生きています。オーニソプターは、もともと飛行機という話ですし、爆発の瞬間に空に逃げているはずです……」
それがいかに希望的観測であることがわかっていても信じられない、信じたくない。だから、オレは、大きく手を叩く。
努めて明るく――。
「さあ、行こう。いつまでも辛気臭くしてるとダ・ヴィンチちゃんに鬱陶しがられるしね」
努めて明るく振る舞う。指揮官がいつまでも沈んでいたら、全体の士気に関わる。難民の人たちもこちらを気にしている。
オレが暗く沈んでいるとあちらも大丈夫だろうかと不安に思うのだ。オレたちは護衛としての要。難民たちは村への切符。どちらもなくてはならないものだ。
だから、努めて明るくなるべく笑顔を作る。吐きそうになるほどの辛さに今は蓋をする。弱音を吐くのは、誰もいないところで。
「村まではあとどのくらいですか?」
「あと一日もあればつくだろうが……」
問題がある。水と食料。先ほど逃げる時にその大半を捨ててきてしまった。それだけではなく、食料の調達も、水の錬成も全てダ・ヴィンチちゃんがやってくれていた。
彼女がいない今、その全てに問題がでるということ。ワンマン営業が弱いのはこれだ。替えの利かない1人に全てを押し付けてしまえば、それが損失した時、全てが立ち行かなくなってしまう。
今がその状態だ。
「万能すぎるのも考えものだね。知らず頼り切ってしまう。どうしようか」
「この一日が峠でしょう。みな限界ですから、できれば……いえ、食料だけならなんとかなりそうですね」
「この辺にいるもの狩れば、少しは足しになるか」
「ええ、私旅には慣れていますので、人体に害なく食べられる動物の目利きには自信があるのです。すごいのです」
「フォゥゥゥ……」
食べられる食べられないは、ダ・ヴィンチちゃんに判断してもらっていたけれど、彼がいるのなら大丈夫だろう。
「クー・フーリン、金時、頼める?」
「おう、とりあえずそこらへんにいるやつ狩ってくりゃあいいんだな? じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」
「任せろ大将。とりあえず食えそうなもんかたっぱしから集めてくりゃあいいわけだな。お安いごようだぜ」
槍を携えてクー・フーリンが山岳を駆け抜けていく。それに続くは轟音を響かせるベアー号に乗ったゴールデン。
あの二人ならば
「さて、じゃあ、その間に調理の準備と行こう」
「じゃあ、
「エリちゃんは座ってて、お願いだから」
彼女の料理を食べては進むどころではなくなってしまう。オレならまだしも限界の難民は即死だ。
「なんでよ、人手がいるでしょう? マスターとマシュだけじゃ調理も大変じゃなくて?」
「そうだけど、頼むから座ってて。それか、難民の為に歌を歌ってあげて」
「あ、それの方がアイドルっぽいわね」
とりあえずエリちゃんによる劇物製作は阻止。その後はてきぱきと指示を出して準備を進めていく。ジェロニモとジキル博士にかまどを作ってもらい、マシュと二人で大なべを用意して、獲物が届くたびにダビデが解体していく。
食べなれたワイバーンから、本当に食べられるのかわからない目玉みたいなものまでベディヴィエール卿の目利きが終わって食べられるとわかったものからサクサクと捌いて行く式とダビデ。途中でジェロニモやジキル博士も加入して捌いて行く。
捌き終わった食材を今度は食べやすいように切りそろえて鍋の中へ。疲れているだろうから塩を多めにして、煮詰めていく。
柔らかくなるように食材は小さめにしてなるべく煮込んでいく。そうしてできたスープは見事なゲテモノスープだった。
特にぶよぶよとした目玉は本当に食えるのかおいしいのか怪しいものだった。難民たちも本当にアレを食うのかと戦々恐々としている。
そんな中、ベディヴィエール卿が椀に掬い取る。
「円卓、アーサー王語録、その八! 栄養はゲテモノ肉でも 変わりません! さあ、マシュさん! 復唱をお願いします!」
「はい……栄養は、ゲテモノ肉でも 変わりません……」
マシュは復唱するが、彼女もあまり食べたいとは思っていないようであった。
それからベディヴィエール卿が食べて見せる。
「うむ、とてもおいしいです。さすがですねマスター。ああ、本当においしい」
「よかった。それはよかった。うん、おいしいおいしい」
しきりにおいしいおいしいと言いながら食べるオレとベディヴィエール卿。それに続いて、
「うめえ。なんだ、あの眼玉結構いけるじゃねえの」
「ゴールデンうめえ。さっっすが大将!」
クー・フーリンたちも続いてくれる。
「おお、本当だ、おいしい。黒い脂が出てぶよぶよしているが」
「美味しい! おいしいよお姉ちゃん!」
「はい……マシュ・キリエライト、食べます……生きるって、時に残酷なんですね……ワイバーンは慣れましたが、あの目玉は、動いているのを見ている分……でも、食べないと。お役に立てません……」
黒い眼玉、確かにゲテモノ中のゲテモノだろう。
かたく、やわらかく、もちゃっとしていて、鼻にツンとくる。
「……ありがとうございます。ベディヴィエールさん、マスター、気を利かせてミントをいれてくださったんですね」
この時、オレとベディヴィエール卿の内心は一致していた。
――言わぬが仏。
実際、ミントなどというものは使ってなどいない。かろうじて残っていた塩とか調味料はあったが、さすがにミントまではなかったのだ。
つまりは完全にこれは食材の味ということ。知らぬが仏とはこのことだ。オルレアンでもワイバーンステーキにはなれない様子だったし。キメラスープも結構駄目だったマシュにはきついのだろう。
それでも食べなければ。いつまでも沈んではいられないのだから。
「それにしても――」
食べながらジキル博士が、荒れ地に見える窪みを見つめる。
「あれは一体何なのだろう」
巨大なクレーターのような窪地がいくつもある。
「お兄さんたち獅子王の裁きを知らないの?」
「獅子王の裁き?」
ルシュドが言った言葉から想像されるのは、最悪の一撃だ。相手の持つ何らかの宝具による一撃だろう。それ以外に考えられない。
「うん。たまに聖都がぱっと光るんだそうしたらあんな感じになるんだよ」
ルシュドの言葉からもそれがわかる。考えるのは、それが放たれたとき、どうやって防ぐかだった。
あの範囲、不意打ちで撃たれれば逃げることはできない。わかったとしても、あれの範囲から逃げるには、ベアー号が必要だろう。
難民を連れていては不可能だし、連れていなくとも、助かるのは数人だけ。マシュの宝具で防ぐことも考えたが、おそらく直上からの超級の一撃、盾が砕けずとも盾を支えるマシュの方が重さに耐えられずに圧殺される。
淀みなく展開される脳内予測に苦笑しかない。涙は枯れ果て、もはや乾いた笑いだけが出る。まったく最悪だった。アーサー王の超級宝具だけでもアレだけの被害だというのにほかにもまだ円卓の騎士たちがいるのだ。
結論は一つだ。防げない。撃たせないことが肝要であるが、現状ではそれは不可能。つまり、撃たれたら、今のままでは負けだ。
それこそ、星の如き一撃が必要であると予測される。そんな一撃を放てるサーヴァントは、いないのだ。放たれれば最後、すべてが終わるだろう。
「はは……」
出た結論にただただ笑うしかない。嘆くことすらできないほどに圧倒さに完全に打ちのめされかけていた。それでも、進まねばならない。
このままでは、世界が滅んでしまう。どうしようもない、絶望しか見えない、希望の光のない進むべき道に心を引き裂かれながら、オレたちは村に向かって進む。
山を三つは越えて、奥地へと入っていく。みな体力の限界だろう。言葉はない。
「もうすぐ村だからがんばって」
「そうなのか?」
「ボクこの辺覚えてるもん」
「おや。ルシュド君はこれから行く村を知っているのですか?」
「うん」
彼の母親が、前に連れてきてくれたことがあるらしい。困ったら、ここに来いと。
山で暮らす者たちは様々な事情から聖都を後にした人々だ。それでも聖地に祈りを捧げるべく聖地にほど近い山間に村を作ったのだという。
それも今や意味のないことだ。なぜならば、信仰すらも全ては獅子王に奪われてしまったのだから。
「命のほかにも、失われたものはあるのですね……」
その時だ。
「知ったような口を。聖地を汚した騎士が何を言う」
声が響いた。
同時に感じるサーヴァントの気配。
現れるアサシンのサーヴァント。
「我らの村に何用だ、異邦人。これみよがしに騎士など連れてきおって……最後の希望すら摘みに来たか」
「ベディヴィエール卿は、円卓の騎士ではないです」
「そうです。ベディヴィエールさんは円卓の騎士ではありません。ガウェイン卿のように強くはありませんし、逸話だってあまり特徴のない方ですから!」
――マシュうぅう!?
危険はないと言いたいんだろうけど、それはひどいよ!?
「あ、はい……そうですよね……私、円卓でも一番の小物でした……ので……」
言わんこっちゃない。盛大に落ち込んでしまった。
「そうなのか? ……それはそれで悲しいな。強く生きられよ、そこな騎士よ」
挙句、アサシンにまで同情される始末だ。
「――いや、無駄な口は開かぬ。貴様らの所業は既に把握している。物見から、こう報告があった。異国の若者が、我らの同胞の助けをしていると。だが――」
「待ってくれ、山の翁よ。この人たちは我々をここまで守ってきてくれた方だ。今は円卓の騎士に追われている。どうか、貴方たちの村で匿ってもらえないだろうか……これまでさんざん貴方たちを迫害しておいて、虫の良い話だとはわかっているが……」
難民の代表である男性が地に頭をこすりつけんほどに懇願する。怪我人も身重の女もいる。ここにしかもはや逃げ場などないのだ。
荒野には獅子王の裁き。砂漠には太陽王の獣たち。逃げ場などない。どこにも。そうこの世界のどこにも逃げ場などありはしないのだ。ここ以外には。
「……そこまでせずとも良い。その罪悪感があるのならば、良い。この村の者たちは素朴な、善い心の持ち主ばかりだ。彼らには聖地の人々に迫害されたという認識すらあるまいよ。……その善良さに酬いてくれればよい」
「……すまない。ありがとう、ありがとう……」
弛緩しかけた空気。誰もがこれで助かると思っている。
――駄目だろうな。
「だが――そこの異邦人たちは別だ」
続くアサシンの言葉。
「貴様らを村に入れるわけにはいかぬ。そして、帰すこともできぬ。追い返した貴様らが、騎士どもにこの村を売らぬとも限らぬ」
「先輩はそんなことはしません! 立ち去れというのでしたら、このまま立ち去ります!」
「……生憎、今の私はこの村を任されたもの。確証のない言葉を信じていい立場にはない」
アサシンが戦闘の構えを見せる。
「――構えるが良い。これは暗殺ではない。戦いだ。死にたくなければ私を先に仕留めるのだな!」
「アサシンのサーヴァント、戦闘態勢に入りました!」
「峰内ちで行くぞ!」
この数のサーヴァントに真正面からアサシンのサーヴァントが戦闘を挑む。その無謀さは自信の表れか。
――アサシンのサーヴァント。
――ハサン・サッバーハ。
なるほど、確かに暗殺者のサーヴァントにおいて正統な存在。彼ら以上の暗殺者など存在しえないだろう。彼らこそが、アサシンの語源たる存在でもある。
だが、問題はそこではない。これは、暗殺ではないのだ。戦い。戦闘なのである。暗殺者の真骨頂は暗殺にあるのだとすれば、それ以外のキャスター以外のサーヴァントの真骨頂とはまさに戦いである。
そう考えれば戦いになどなるはずもないが――。
「多いことは力ではありますまい」
アサシンは、ただ一人で潜入し、ただ一人を殺してきた者たち。それは逆に言えば、多くの敵を相手取ることに慣れているということである。
「――っ!!」
まずその行動はダークの投擲。オレに向けて放たれたそれをマシュが防ぐ。顔面に向けてのそれ、必然少し高めに構えることになるが、そうなると前がふさがれる。
マシュの視界から、オレの視界からアサシンが消える。
次に現れたのは側面。固まっていたオレたちは散開する暇などないために密集。その影に入るようにアサシンが滑り込んでくる。
人の視界の端、死角を渡り歩いていく。
「チッ、面倒くせぇ」
密集していれば槍を振るえない。ならばと金時が前に出るが、そもそも捉えることが難しい。人数がいるということはそれだけ目が増えるということであるが、それだけ死角が増えるということでもある。
投擲されるダーク。それに気を取られれば即座にアサシンは視界から消え失せる。
――しかし、なんだ……
違和感を感じる。ナニカが足りない。そう何か。戦闘において必要とされる何かが大いに足りていない。
「殺気が、ない?」
すごむようなそういう気配のようなものはあれど、殺気がまるで感じられない。ゆえに攻撃の初動が視きれず結果として後手に回ってしまっている。
暗殺者なのだから気配を出さないというのであればわかるが、それとはまた違うのだ。はっきりと戦う意志が感じられるためにそういったものを隠している風ではない。
それに、先ほどからちらちらとこちらを見ているような気がするのだ。何かをまるで待っているかのような……。
「――!」
天啓がきた。
「マシュ! ベディ! そのまま突っ込んで一撃を食らわせてやれ!」
「――わかりました!」
「ベ、ベディ……。ま、まあ、長いですもんね」
一瞬、いきなりの指示に躊躇いはあったが、即座にマシュとベディヴィエール卿はしたがってくれる。無論、峰内で盾を振るう。それはまっすぐにアサシンへと向かって行った。
避けられるような一撃。だが――。
「ぬぅは!」
アサシンはその一撃を喰らった。二発とも。
「まさか、私が先に仕留められるとは――」
…………
「ガフッ、ゴフッ……! 確かに腹部を丸太で殴りつけられたかのような衝撃! この呪腕のハサンをここまで追い詰めるとは……! 敵ながら見事、さぞや上位の円卓の騎士と見た……!」
「いえ、ですから円卓の騎士ではないと……それと上位でもないのです……けど……」
「だが、たとえ全身の骨が折れようとも寝込んではいられぬ! 円卓の騎士、なにするものぞ!」
………………
「おいおい。普通、全身の骨が折れたら立てないぜ? そこまでの献身をアンタらの神は望んじゃいまい」
そこに現れる地味目な男。弓を持っている。彼もサーヴァントだろう。
「勝負はついたんだ。おまえさんの心情もわかるが、ここはもう諦めるべきじゃないかい、呪腕殿?」
「これは……アーラシュ殿。う、む……むぅ……しかしですな……」
「難民を助けてもらったろ。お前さんだって、昨日は我がことのように喜んでいたじゃないか」
――素晴らしい、素晴らしい! 感謝の言葉が見当たらぬ! これほどの快事がほかに在ろうか!
そんな風に喜んでいたことが、アーラシュと呼ばれた男によって伝えられる。
「それは、この者どもの素性がわからなかった故! 円卓に連なる者と知っていれば感謝などいたしません!」
「いいじゃないの。この兄さんたち、円卓じゃないようだぜ? なら、感謝の抱擁をしなくてはいけませんな! を守ってもいいんじゃないか?」
「え……あの、抱擁というと……ハグ、ですか? えっと……はい。とても光栄です、アサシンさん」
――………………ちょっと別の意味でアサシンを倒したくなってしまった。
「え、ちょっと……私は心の準備が」
空気が、限りなく弛緩する。
「ぐ、ぬぅう。――」
唸っていた呪腕のハサンであったが、ルシュドに気が付くと、どこか驚いた風であった。
「なんと、ルシュドではないか。母は、サリアは一緒ではないのか?」
「うん、はぐれちゃった。お母さんはこっちにはいないんだって」
「っ――おまえたち、それは……」
「…………」
「………………」
「そうか――。よかろう。恩には礼で返す。村に入ることは許そう」
こうしてオレたちは東の村に入ったのだった――。
東の村。アーラシュさんとハサン先生の登場です。
これで休息がとれるでしょう。
さて、ネロ祭ですね。
とりあえずボックスガチャひくのおおおおおおおおお。
ガチャはいいのはでませんでした。礼装も出ないとは。
まあ、今回もノー課金でフィニッシュです。
それにしても11回殺さなければいけないバサクレスとか、やばかった。
さすがはヘラクレスというところ。
逆に師弟は仲良く倒せば問題にならなかったです。