「どうだ、このドリフトは! ドリフトしない方が早いけど、見事なコーナリングだろう!」
進み始めて、ついには夜が明けた。ダ・ヴィンチちゃんが子供と遊んでいる。あの時助けた子供だ。
「すごーーい、おもしろーーーい!!」
とても楽しそうに、ダ・ヴィンチちゃんと遊んでいる。
「ダ・ヴィンチ殿はなにをしていらっしゃるのでしょう? あのハコのようなものはいったい……?」
ベディヴィエールがそれを見ながら首をかしげている。
「あれはああいう乗り物なんだよ」
「乗り物、あれが」
「ルシュド君を元気づけようと遊んでくれているんです」
ルシュド。彼が聖都で預かった子供だ。先ほど目が覚めたばかり。そして、母親がいないことにすぐに気が付いた。まわりのひとたちが母親は別のグループにいると言ってくれたおかげで誤魔化せてはいるが、いつ気がついてもおかしくはない。
だから、ダ・ヴィンチちゃんが遊んであげているのだ。
「マシュ、お姉ちゃ――――ん! おねえちゃんも乗ろうよ! 面白いよー!」
「はい! ――では、先輩、ちょっと行ってきますね」
「ああ、行ってらっしゃい」
ああやって子供と遊ぶのはいいことだ。ルシュドもマシュも辛くないはずはないのだ。母親を、ブーディカさんと清姫が犠牲になってしまったのだから。遊んでいるうちは気がまぎれる。考えなくて済む。
「……あの少年もですが、マシュさんも強い子ですね。まる一日歩き詰めなのに疲れた様子もなく。……あなたも、とても強い」
「……そう、かな」
「ええ、指揮官は常に毅然としていなければいけません。涙も、笑みすら、見せることはありませんから。あなたは、とてもよくやっています」
「長い旅だ。思えば今まで、いろいろな世界をめぐってきたよね」
ドクターの言う通り、いろいろなところ回ってきた。フランス、ローマ、オケアノスの海、ロンドン、アメリカ。
それだけではなく、いっぱい、いっぱい、いろいろな特異点をめぐってきた。
「なんと、それほどとは……! 私も旅には自信がありましたが、海はちょっと……」
「円卓の騎士の舞台はブリテン島だからね。海に出ることはまずないだろうというか、アーサー王の時代は内戦やら、異民族との闘いやらで旅どころの話じゃないしね――そうだ、ベディヴィエール卿、ひとついいかな?」
「ええ、何なりと」
「キミのその腕、本当にアガートラムなのかい?」
「本当の、というのは語弊がありますね。これはマーリンから授けられた義手です」
ベディヴィエールは隻腕の騎士だ。槍の名手でもあったが、それでは円卓の騎士相手は厳しいとマーリンが一計を案じたのだという。
それが、ケルトの戦神、ヌァザが持つ銀の腕を模したもの。
「私の体では、長時間は扱えませんが、一瞬であれば、あのように」
ギフトすら切り裂くことができる。
とても凄まじい技術であることからマーリンという存在のすさまじさを思い知らされる。ただ――。
その義手に対して既視感を感じるのはどういうことなのだろう。
自分はそれを知っている気がする。それとは違うが、同じ何かを見たことがある気がする。
――駄目だよ。
だが、それ以上は霞がかかったかのように判別がつかない。そこから先へはいけないかのように思考に霞がかかっている。
「ふむ……すごい技術だ。神霊の腕を再現するなんて、どんな素材を使ったんだろう」
「……」
「ん? どうしたんだい?」
「ああ、いや、なんでもない。なんにせよ、ダ・ヴィンチちゃんはプライド刺激されてるみたいだよ」
「だろうねぇ」
私のガントレットのがすごいんだぞー、と暴れているのが目に浮かぶというか、前にいろいろと言っていたような気がする。
ドクターはどうせ口だけだと言うが。
「そうだとも。私だって負けていないとも!」
遊んでいたはずなのにこちらの話に混じってくるダ・ヴィンチちゃん。地獄耳にもほどがある。
「ロマニは帰ったら覚えておくように。口だけでないことを証明するから。実験体として」
「はっはっは。いやあ、さすがにアガートラム超えは無理でしょ。相手はマーリンだよ?」
勝負に勝つためならば何でもやる
それはオレにもよくわかる。アガートラムとダ・ヴィンチちゃんが作ったオレの義手を比べれば一目瞭然だ。中に込められた技術、内包された魔術、神秘は観察すればおのずとはっきりとわかるのだ。
そこに横たわる差は大きく、勝つとしたら一体何を犠牲にすることになるのかわかったものではない。ゆえに、マーリンという存在に勝つのはやめた方がいいと思うのだ。
勝ってしまえば、どんなことになるかわかったものではない。アガートラムの腕が、使用者を焼くように、どれほどの大きな波となってこちらに返ってくるかわからない。
「勝ちますー、そこは美しく勝ちますぅー。っていうか、勝たないと円卓の騎士を破れませーん」
「それ、どういうこと?」
それは聞き捨てならない。マーリンに勝たなければ円卓の騎士を破れないとはどういうことなのか。
「あー……」
しまったという表情。あのダ・ヴィンチちゃんがである。
「不安にさせたくなかったから黙ってたんだけどね。ロマニのせいで口をすべらされたよ。仕方ない、ちょっと説明しておくよ」
ギフトについて――。
ダ・ヴィンチちゃんが語るのはギフトについてだった。
ギフト。ガウェインが言っていた王から授かったギフト。夜を昼に変えて、沈まぬ太陽の加護としたもの。即ち、不夜の加護。
ガウェインがもっとも力を発揮できる時間を永遠のものとする超級の加護。
「あれは、聖杯の祝福だ」
「聖杯の?」
「そうとも。ただ、私たちが集めている
アーサー王伝説に登場する救世主の
神々の祝福を遍く円卓の騎士へともたらすものだ。正しくは、獅子王の配下たる円卓の騎士ということになるが。
確か、その聖杯を見つけたのは――。
「そうですね……あれはもはや通常のサーヴァントではありません。神秘の格で言えば、アガートラムでようやく対等」
こちらに対抗できるものはいない。誰であろうとも、聖杯を断つ能力がなければ、円卓の騎士のギフトを破ることはできず、あの化け物と正面から戦わなければならない。
「――っ」
思い出しただけで、吐き気がして嘔吐いてしまう。ガウェインの猛威を思い出す。あのギフトの力を思い出してしまう。犠牲になった、二人を思い出してしまう。
彼女たちはカルデアに再び現界することができるが、オレが戻らなければいけない。会えるのはこの世界を救ってからになる。
ガウェイン。強すぎる相手だ。こちらの攻撃は効かず、聖剣の一撃を防ぐことはできない。ギフトが乗っていれば、おそらくは防ぐことは不可能。
あらゆる全ては太陽の灼熱に焼き尽くされるだろう。マシュの盾ならば砕けないが、本人やその後ろに守られているオレたちがあの灼熱を真正面から受けて、無事でいられるはずもない。
つまり今後、円卓の騎士が出てきた時、頼りとなるのはベディヴィエールしかいない。彼だけが、円卓のギフトを破ることができる。
しかし、それでは限界が来る。
「マスターもわかっているみたいだね」
「なんの、ことでしょう」
「誤魔化しても無駄だよ。私と、マスターの目は確かだからね」
その腕はあと何回、使えるのだろうか。あと一回か、二回か。
「本当に、何を言われるのです。私は何度でも戦えます。多少、辛くはありますが……」
「ふーん、そう。ま、そういうことにしておこう。でも、私は万能の天才、そして、頼れるお姉さんだからね」
――お姉さんというか、なんだか最近はもうお母さんって思っているのは内緒にしておこう。
「万が一に備えて円卓対策をしておかないと、そのために、一刻も早く落ち着ける場所に行きたいのさ。工房があればギフトの解析もできるしね。でも、もしその前に――」
その時、
「うわあ――!?」
何人の悲鳴がこだまする。
「怪物だ―! 荷物を守れー!!」
襲ってきたのはワイバーンの群れ。多くはないが、屈強なワイバーンが宙を舞っている。こちらの荷物、ヒトを狙ってしてきている。
フランスで見たワイバーンよりも強そうであるが、
「こちらも強くなっているんだ」
あの時とは違う。あの時よりも仲間も増えた。
「行くぞ!」
まずは護衛としての役割を果たすべく、降下してきているワイバーンから狙う。ノッブが火縄銃をばらまき、難民たちの周りを飛ばして近くのワイバーンから撃っていく。
当たらなくてもいい。この場合必要なのは音だ。鉄砲の音。激発音。自然界の生き物は大きな音に驚く。それはワイバーンでも同じこと。
無論、数度も使えば意味もなくなる代物であるが、最初の一回に限り、その動きを止めることができる。
「そこを狙い撃つってね」
ダビデの五つの石とエリちゃんの大音量の音波攻撃によって意識を喪失させて落とす。落としてしまえば、あとは楽だ。
マシュが盾で殴り、兄貴が刺し穿ち、式が切り裂き、ジェロニモが精霊によって屠り、金時の電撃が炸裂する。
混乱する難民たちをダ・ヴィンチちゃんで落ちつけて、前に進ませていく。
落とした獲物は集めてジキル博士と一緒に捌いて行く。内臓をとってから、綺麗におろして行けばワイバーン生肉の完成だ。
新鮮なものはそのままでも食える上に、大層美味であるがこんな終末の大地に生息しているワイバーンであるので、今回は生食はやめておくことにする。
「難民たちにも振る舞えそうかな」
「うん、大丈夫と思うよマスター。ただ、この先の山岳地帯に入ってからになるだろうけれど。あと、もう少しで山に入れると言っていたよ」
「そっか、そこまで行けばひとまずは安全なんだね」
「そう。ただ――」
「ああ――」
ワイバーンを撃退し、先へ進むが、背後から猛スピードで追撃してくる反応がある。四体の粛清騎士。早馬に乗せた先行部隊。
「博士。博士は難民たちについて先に進んでくれ。ジェロニモ、金時、エリちゃんをつける」
「わかった――」
彼らが先へ行ったのを確認して、こちらは粛清騎士の相手をする。
「ノッブ!」
「わかっておるわ。騎兵は任せぇい!」
火縄銃が火を噴いて、粛清騎士の乗る騎馬を撃ち抜き、落馬させる。そこに駆けるマシュと兄貴と式。ダビデは離れたところから、落下した騎士に
時間を稼がないとこのままではまずい。なにせ、嫌な感じがびんびんとしているのだ。この吐きそうな感覚は間違いなく円卓の騎士。
頭痛がするほどの強烈な死の気配。直感が死に、心眼が死を幻視する。精神的重圧が、オレを蹂躙してくるが、ここで逃げるわけにはいかない。
ここで逃げると言うことは難民を見捨てるということであり、それは山の翁との橋渡しをしてくれる者たちを失うといことだからだ。
本当は逃げたいが、ここで逃げては背中から斬られるだけとわかっているからこそ、逃げられない。先行部隊を倒し、逃げる難民たちを追おうとするが――
「くそ――」
第二陣が来る。休ませぬ波状攻撃。
「この速さ――貴公か、ランスロット!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
紫の鎧を着た男――ランスロットに粛清騎士が報告する。
「ランスロット卿。敵影、捕捉しました、第三陣の到着を待ちますか?」
「いや、このまま突撃する」
第三陣の到着を待たずに突撃。戦力は足りている。ゆえに、第三陣の使い方は別。左右に分け、こちらの足止めに残った部隊を避けて難民を取り囲む。
命令は叛逆者の拿捕。抵抗しなければ矛を構える理由もなし。アグラヴェインからの指令であり、手間をかけるつもりなど毛頭ない。
なにせ、この任務を遂行しなければ聖都への入場許可を出さないと言っているのだ。まったくもってつまらない謀である。
そんなものに手間をかける気などなく、ランスロットは早々に終わらせるべく部隊を展開させていく。
その数四十騎。
それが本隊の数。さらに後方から左右に分かれて難民を取り囲もうとしている部隊も併せると五十を越える数の騎士がこちらに向かっているということになる。
さらに円卓の騎士ランスロットがいる。
「っ……かくなる上は、私が……!」
「いやあ、あの数はベディヴィエール卿じゃ無理でしょ。あー、残念。円卓の騎士が一人なら任せられたんだけどなー」
「ダ・ヴィンチちゃん! 待て――」
「本当、心でも読めるのかな? ってくらいの心眼だ。いや、本当、成長したね。でも、遅い。この分なら、私がいなくてもなんとかするかも、だから、ここは私に任せなよ」
止める間もなくダ・ヴィンチちゃんはバギーに乗って行ってしまう。
彼女は自爆するつもりなのだ。だって、そう顔に書いてある。
「これであの連中は一掃できるから、難民と一緒に行きなさい」
「ま――」
「ここは私の本当の出番、にして、最後の出番ということさ」
「――ダ・ヴィンチちゃん!」
マシュの悲鳴のような叫びがこだまする。
「なに、サーヴァントなんて、使い捨ての消耗品じゃないか。まあ、私はカルデアに戻れるなんて、便利機能はないんだけど、まあ、そこはそれ。他の人たちより長かったんだしこれで相殺だろう。というわけで、ロマニ、あとはキミがうまくやりたまえ。なに、チキンのくせにここまで頑張ってきたんだからなんでもできるだろう」
ダ・ヴィンチちゃんは止められない。止まる気がない。そも、もう既に――。
「そんな泣きそうな顔はやめてくれたまえよ。笑顔で送り出してくれたまえ。それに、天才は不滅だ! 生きていたら必ずまた会おう。なに、また会えるとも」
そして、ダ・ヴィンチちゃんは敵陣に突撃し、自爆した――。
「っ……は、しれぇぇえ!!!
ダ・ヴィンチちゃんが稼いだ時間を、作った好機を逃がさぬように――。
涙を流しながら、オレは走った。後ろ髪をひかれる。心が戻りたいといって引きちぎれる。それでも走った――。
ダ・ヴィンチちゃんの想いを無駄にしないように。
走った――
走って、走って――。
走った――。
涙が、枯れ果てるまで泣いて、走って――走った。
ダ・ヴィンチちゃん死す。
追撃はランスロット卿。普通に戦った場合大変なことになる相手でした。
更なる犠牲者にぐだ男の心はぼろぼろだ。だが、まだまだ困難は続く。
過酷な運命はぐだ男を逃がさない。
あと感想についてですが全部読んでいるのでうが、返信は遅くなりそうですもうしわけない。
あとは報告ですが、うたわれるもの二人の白皇買いました。一作目からずっとプレイしているのですが、本当楽しい。
ネコネのヒロイン力があがりまくり。ハクの境遇への愉悦度があがりまくり。
新要素も楽しすぎて、もう楽しすぎて、執筆そっちのけでやっておりますので、更新が遅くなりますのでそこのところご了承ください。
嘘屋の大迷宮と大迷惑が気になるというかすごい好みで辛い。お金ないのに、どうしてこんないい作品が出てくるんだ。買いたい、すごく買いたい。
というわけで更新が遅くなりそうです。