――ああ、あたし、倒れているんだ……。
霞む視界の中で、ブーディカはそんなことを想っていた。まるで他人事。それも仕方がないだろう。ダメージは大きい。
右肩から脇腹までを見事に切り裂かれて抉られている。腹の横から内臓が飛び出しているほどだ。まず間違いなくサーヴァントであっても致命傷。そう長くはないだろう。その上で彼女は立ち上る聖剣の輝きを見た。
このままでは難民たち、マスターも死んでしまう。だから、突撃によって横倒しになってしまっている戦車を解体し、車輪の防御として、マスターたちがかばい切れないところを守護する。
一瞬でもいい、一瞬でももてばそれでいい。
霊核に致命的な罅を入れながら、ブーディカは立ち上がる。放たれた聖剣。ガウェインの後ろに打ち捨てられていたからこそ、そこに自分は入っていない。
だから、止められるのは自分だけだとして、ブーディカは霞む視界に光を捉えながら一歩、一歩進んでいた。
流れ出す命はもはや止めることはできない。それでも、一発、ひっぱたいてやらないと気が済まないのだ。まったく馬鹿な弟だと叱ってやらなければならない。
本当の弟ではないけれど、円卓の騎士やアーサー王は妹や弟みたいだから、いっぱい甘えてほしいし、甘やかしたい。間違えたら叱ってあげたい。
涙を流しながら、ブーディカは前に進む。そして、残った左手を振り上げて、振り下ろした。
――ぱぁん。
乾いた音が響く。
死に体だからこそ、極限まで気配が薄まっていたからこそ、そして、相手が聖剣を振るっていたからこそ、寸前まで気が付かれずに、その頬をはたくことができた。
「――――」
「ばか、ばか……、ほんとうに、ばかなんだから……」
それが限界。ただ、その一撃ともいえぬ一撃で、聖剣の発動は止まった。一瞬の防御は、難民を守り、逃がしている。
きっとマスターも無事。繋がっているパスでわかる。
「…………なぜ、いえ、問う資格など私にはありませんね」
「……まじ、め、だなぁ……」
「なぜ貴女が泣くのです」
「あなた、が、泣かない、から……」
ああ、悲しい。なんと悲しいのかとブーディカは涙を流す。もはや視界には何も映していないが、ただただ泣き続ける。
ああ、悲しい。悲しい。なぜこうも、間違ってしまったのかと思わずにはいられなくて。彼らが辿った、いいや、この白亜の城に至るまでの血塗られた道が、悲しくて。
――ごめんね、マスター。
だからこそ、こんな風に、どうしても彼らが悲しくて、許せなくて、自分の役割ではないことをしてしまった。その上で、自分は死ぬ。
なんて、馬鹿なのだろうか。自分はいつも肝心な時に、これだ。
――ごめん、ほんとうに、ごめんね……。
これじゃあ、負けて当然で、マスターが悲しんでしまう。きっと泣くかもしれない。これから先、大変だというのに。
ただただブーディカには謝ることしかできず、この特異点から消えるまで、泣きながら、謝り続けていた。マスターを想って、彼らを想って――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
全てが薙ぎ払われかけた。その焦土の中、少年を抱きかかえた、焼け焦げた少女がいた。少年はマスターであり、少女はそのサーヴァントだ。
彼女は己の役割のままに彼をちゃんと守ったのだ。その代償は、美しい容貌もなにもかもが憐れに炭化してしまうという大きなもの。
聖剣の一撃をその身で受けた結果、彼女は、もはや生きていることが不思議なほどに炭化した何かになっている。
それを気絶したマシュを乗せた金時とクー・フーリン、ベディヴィエールは見ていた。もうだめだ。助からない、それがわかる。命の灯は刻一刻と消えて行っているのがわかる。
「おい、蛇の嬢ちゃん」
「っ、ぁ、ぅ、ぁ、ぁ」
「…………安心しろ、オメェが守ったおかげで無事だ」
何を聞きたいのか付き合いの短い金時でもわかった。彼女は、何よりもマスターの安全を願った。それゆえに自らで聖剣の一撃を防ぐと言う暴挙に出たのだ。
そうしなければマスターごと死んでいただろうから。もしこれが日中であったのならば、清姫ごとマスターも焼き払われていただろう。
だが、ベディヴィエールがギフトを切り裂いたおかげで今は夜であり、焼け焦げた車輪の加護と、誰かがガウェインを止めたことによってマスターを守り切ることに成功した。
彼女だけでは到底、なし得なかった偉業を成し遂げたのだ。それは誇ってもいいことだった。いいや、誇るのは迷いなく、自らを犠牲にして見せた、彼女の愛なのかもしれない。
「なにか、マスターに伝えることはあるか」
もはやベアー号には人を乗せる余裕はない。そも、ここで死ぬものを乗せていく余裕なんてものはないのだ。
「ぁ、ぃ、ぃ、ぇ、ぁ、ぅ、ぉ……」
――愛して、います。
「わかった。必ず伝えてやる。今のおまえは、最高にいい女だったってな」
「――――」
クー・フーリンの言葉に安心したのか、それとも最高にいい女と言われて嬉しかったのか。彼女は微笑んだような気がして、そして、消えていった。
「行くぞ」
撤退しなければならない。今を生き延びて、この先で必ずや彼女たちの仇を打ち、世界を救うためにも――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
清姫は、愛している。
――マスターを愛している。
それは安珍様の生まれかわりだからというわけではないと、今ではわかるのだ。
マスター。マスター。
――■■■■
その名を呼ぶと、心がざわめく。どうしようもなく心が騒いでしまう。これはきっと恋。あの時と同じ気持ち。安珍様を追い掛けて、追い掛けていったときと同じ。
でも、少しだけ違う。それはこの気持ちが、しっかりと育まれていったものだということ。安珍様だからというんじゃなくて、あの人だから。
マスター、マスター。
名前を呼ぶたびに、頬が赤くなる。
――なんだい、清姫?
名前を呼ばれるたびに、心臓がとくんと跳ねる。
――ああ、なんて幸せなのだろう。
それもこれも嘘偽りなく、彼の気持ちを聞いたから。狂った夢から起こされて、彼の言葉を本音を聞いて、こちらの本音をぶつけたから。
どうして生前の自分は、こうなれなかったのだろうか。もっと早くこうするべきだったのだと後悔ばかりが募っていく。
でも、同時にこうも思うのだ。あの時の気持ちもまた嘘偽りはなく、それがあったからこそ、愛しい人に出会えたのだと。
自らの体が焼かれても守りたいと思うほどのひとに出会うことができたのだと。
熱い、熱い、熱い――。
――ああ、安珍様も、こんな。
熱い、熱い。身体が焼ける痛みを知った。それは自らの罪。だからこそ、耐える。耐えて、耐えて――自らの半身が焼け焦げて、そして、全身が焼けて炭となった頃、灼熱は消えた。
腹の中から、愛しい人を吐き出す。彼のいる部分を必死に変化させて守った。
「ぁ、ぅ、ぁ……」
もはや声も出ない。ただの音。口を開くたびに体のどこかが崩れて風に乗って行ってしまう。
「がっ、げは――」
――ああ、生きていらっしゃる。
広がったのは安堵。守れたのだ。安心したらもう動けない。だから、せめてとマスターを抱きかかえる。その重さで腕が崩れたが意に介さず、清姫は残った力で彼を抱きしめる。
――愛してします。
愛しています。愛しています。
貴方を、誰よりも、愛しています。
それはきっと届かぬ恋心。けれど、愛は理屈ではなく、無償のもので、捧げるもの。押し付けるものではないのだと知ったから。
――マスター、優しい人。わたくしの、大好きな人。
きっと大丈夫だと信じている。
また会えると信じていても、カルデアに戻れるのは彼が世界を救った後になる。きっと大変な旅になるかもしれない。
それになんだか、ライバルが現れそうな嫌な予感がする。
――そんな女の子にうつつを抜かしてたら許しませんから、ね。
そうそっと首筋にキスをする。自分がいたその証を残すように。
――愛しています。
そうして――夢を見ながら、彼女の意識は闇に沈んだ――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこは白亜の城の最上層。この聖都において最も清浄な聖域。そこに円卓の騎士たちは集っていた。トリスタン、アグラヴェイン、モードレッド、そして、ガウェイン。
今、この聖都に存在している全ての円卓がここ、玉座の間に集っていた。
「補佐官殿、獅子王陛下はどちらに……?」
戻ってきたばかりのガウェインがアグラヴェインに問う。漆黒の鎧に身を包んだ、眉間にしわを寄せた男はただ一言、お眠りであると告げる。
言外に会うことなどできない。状況はすべて伝えるゆえに、ここで待機していろと伝えている。それを読み取ったガウェインは、残念そうに言う。
「このような時でも、王はお見えにならないと_」
「当然だ。たかが難民どもの逃亡など、我々の手で事足りる。それともガウェイン卿。卿は、いたずらに王の心を煩わせたいと?」
「…………そのようなことは、決して」
「……不手際があったようですね。ガウェイン卿とは思えぬ失態……痛ましいことです」
「ハッ、またぞろ手を抜いたんじゃねえの? 太陽の騎士様はお優しいからな!」
「それはやさしさではありませんよ、モードレッド卿。不敬というのです」
なぜならば、正門で行われる聖抜をしくじったのだから。聖抜は王の勅命。それをしくじったのだ。不敬以外のなにものでもなく、円卓の騎士であろうとも死は免れない。
王の裁定すら待つ必要はなく、今ここで処断しようとトリスタンがフェイルノートを取り出す。それに対して異を唱えるのは本人ではなくモードレッド卿だった。
「オイ、なんだよそれ。罰っていっても、せいぜい謹慎だろうが。首を切るまでもねえだろ」
それは一見、ガウェインを気遣った言葉に見えるが、その実態は異なる。モードレッド卿は、ここでトリスタンがガウェインを殺すことを良しとしていないのだ。
だからこそ王の心がわからないのですとトリスタンに叱責され、フェイルノートによる処断が始まろうとする。それすらも必死に止めようとする。
だってそうだろう。
――そんなことは父上が許さない。
「父上なら、アーサー王なら、殺すなら自分の手で残酷に! そう言うに決まってるんだからな!」
何よりもズレた言葉。それは冗談で口にした類ではなく、彼女は本気でそれを口にしている。彼女は本気で、アーサー王がそう言うと思っているのだ。
歪んでいるにもほどがある。どこの王が、自らの部下の首を残酷に斬りたいと思うのか。しかもそれが自らの父親だというのに。
「……待て、弓を収めよ、
それは温情であったのか。
ガウェインは一瞬の逡巡のあと。
「いえ、特に報告するべきことはありません」
正門で見た、二人について口をつぐんだ。あの盾を持つ少女と、かつての同胞であったはずのサー・ベディヴィエールのことについて。
「そうか――では、ガウェイン卿への処罰は――」
裁定が下されるその時、
「――騒がしいな」
王が玉座に姿を現した。純白の獅子王。言葉少なく、荘厳に。激烈な闘志の強さが鼓動となって波を打つ。洗練されたその美しさは正しく破格、並ぶもの無し。
「王……!」
高潔な強者を前にした時、人は自然と畏敬の念を抱くが、これはそれ以上。ただそこにあるだけで、全てを圧倒する超越者。
アグラヴェインが様々な報告を為す。それはどれほどこの聖都が栄えているかということ。転じて、王がどれほど素晴らしいのかということをひとつひとつ並べ立てていく。
どれほど言葉を尽くそうとも足りない。それが獅子王。それが尊き者、アーサー王なのだ。
「世辞は不要だ。アグラヴェイン。私は、私の騎士の報告を受けに来た。用向きを述べよ、我が騎士。そなたの言葉を私は信じるものとする」
告げられる言葉。ガウェインは告げる。聖抜の結果を。三人の適合者を見つけ、うち二人を保護。うちひとりは失われてしまったことを告げる。
加えて、難民の反抗を赦したこと。いくらかの粛清騎士たちが失われたこと、円陣を突破され、百名以上の難民が逃れたということを告げる。
ガウェインは、山岳に向かった者と、怪しげな商人に匿われ何処かへ消えた者のことを報告した。
「そうか――」
ゆえに裁定は下る。
指先からとはいえど聖槍をガウェインへと。
ガウェインは城の城壁を突き破り、それでは飽き足らず聖都の外壁まで吹き飛んだ。それでもなお生きているのだから、その頑丈さは円卓でも随一といえる。
「私は死の一撃を卿に与えた。これを受けて生き延びたことを、ガウェイン卿への赦しとする。異論在る者はいるか」
誰一人として、異論などはでない。
よって次に出るのは王からモードレッドに対する言葉だった。
「おまえに聖都の市民権は与えていないはずだが?」
モードレッドは日中しか聖都に滞在できない。相応しい領地に戻れと王はいう。
それは息子に対してなんという突き放した態度なのだろうかと、常人が見れば思うだろうが――。
「ああ、すぐに荒野に戻るぜ! 外の守りは任せてくれよな父上!」
モードレッドは笑って外へ出ていくのだ。
こうして王は再び寝所へと戻る。
難民には手を出すなという言葉を残して。ランスロット卿が凱旋した時こそが、太陽王との決戦であると告げて。
ゆえにアグラヴェインは一人動くのだ。見逃せない因子がある。
異分子。彼のガウェイン卿を打ち破った異分子がある以上、無視などできない。ゆえに、差し向けるのだ。
聖都への帰路についている、遊撃騎士ランスロットを――。
知ってるか、これ序盤なんだぜ……。
ぐだ男じゃなくても吐きたくなってきた……。
さて、プリヤイベももうすぐ終わりですね。
どうでしたでしょうか。満足する終わり方が出来ましたでしょうか。
素材は集め終わりました? イリヤは当たりました? クロの宝具レベルと再臨アイテムちゃんと全部とりました?
やり残しはないですか? 十数時間ですが、みなさん最後まで気を抜かずにやりましょう。
日替わりピックアップは引かないですよ。ええ、引きませんとも。
そんなことよりうたわれるものを買いますし、嘘屋の新作大迷宮&大迷惑が気になって買おうか迷ってるから課金不能ですので。