何をしても何があってもガウェインに攻撃が通らない。どのように強烈な一撃でも、強力な一撃であろうとも彼には傷一つ負わせられない。
もし彼を倒したいと願うならば、太陽を落とすしかないとでも思う。直感は役に立たず、心眼で見切ったところで指示が追いつかない。ジキル博士、ジェロニモと分担してすら追い付かない。
戦況は刻一刻と変化し、悲鳴と恐怖と混乱の中で混迷を極めていく。戦力を集中したいが、粛清騎士が押し寄せてくる。
ノッブの三段撃ちによって押しとどめるも、騎士の防御力は並外れており、徐々にこちらが押されて行っている。
「なんて、奴らじゃ硬すぎじゃぞ信玄か!!」
「ケホッ、ちょっと、博士! 水!」
喉が枯れそうなほどに歌っても敵は減らない。あのアメリカと違って数が多いというわけではなく硬すぎる上に強すぎるのだ。
「くそ――」
押しつぶされそうな恐怖の中で、戦場を俯瞰することに徹する。清姫に抱えられて、回避をしてもらいながら、思考する。
この状況を打破するために、ガウェインという超級の存在をどうにか押しとどめるために――。
――
――十手、詰み
――
――
――十九手、詰み
――
――条件設定、変更
――詰み。
詰み、詰み、詰み、詰み。詰み。
――
――戦うこと能わず。
どんなに想像しても、どんなに今戦っているガウェインの情報がそろってきても、勝てる未来が視えてこない。直感は沈黙している。
勝利する可能性がないということをそれは如実に語っている。心眼が描く未来は、どう辿ろうとも死以外に存在しない。
では、逃走は? わき目もふらず逃げだせばどうなる。
――
――
――
――
即ち、勝つことは不可能。どのような手を遣おうとも、必ずや詰みに持っていかれる。この昼の状態で戦えば最後、ガウェインにすりつぶされる。
では、逃走は? わき目もふらず逃げだせばどうなるか。単純だ。ただ殺されるのが早くなるだけである。撤退戦になればまず勝てる可能性はない。
彼は未だ、その聖剣の真価を発揮していないのだから。背中を向けた瞬間に撃たれるなどといったことはないだろうとは思いたいが、もはや騎士道とはどこへ行ったのかわからぬほどの虐殺風景。
このような所業を引き起こした騎士が、今更背中から撃つことをためらうとは到底思えない。それよりも逃がさないことに重点を置くだろうことは容易に想像できるのだ。
それが彼の王の望みであるならば、こそだ。
「――く、駄目です、日中の彼には、攻撃が通りません」
「チィ、面倒極まりないぜ。アレ使うか――」
「おや、まだまだ余裕があるようではありませんか」
ガウェインとの戦闘はガウェインが手加減しているがゆえに渡り合えているように見えている。だが、視えているだけだ。
その内情は、こちらの圧倒的な劣勢。なにせ、こちらの攻撃は如何なるものであろうとも通用しないのだ。因果逆転すらも今の彼には通用しない。
当たるという因果がなければそも逆転は起こらないのだから、当然だろう。無論、その因果があったところで彼は容易く槍を迎撃して見せるだろう。
日中であれば、それすらも容易く可能だ。なにせ、いつかどこかの世界で、青き王は自らの幸運と直感のみでそれを行った。
であれば、日中にして万全の彼がそれを行えないわけもなく――。
「まずいね」
「何がでしょうか、ダ・ヴィンチちゃん」
「マシュだ。委縮しているのもあるけれど、根本的にガウェインを敵視できていない。だから動きも鈍い。――少し時間を稼いでくれるかい」
このままではまずい。それがわかっているが。
「……わかった。できる限りやってみる。清姫」
「はい、心得ました」
戦場の中心へ。ガウェインへと近づいて行く。オレでは絶対に近づけないので清姫に抱えられたまま前へ。そして、マシュの前へオレは踊り出た。
恐ろしさで震えが走る、気絶してしまいそうだ。穏やかな中に存在する圧倒的な気配に当てられて今にも燃え尽きてしまいそうに感じる。
それでも――。
「ガウェイン、なぜこんなことをする!」
「マスター!?」
問うた。時間を稼ぐために。
「ふむ。本来であれば答える必要などありませんが。女性を庇い、自らを危険にさらしての問いであれば答えないわけにいきませんね。
私はガウェイン。人理を守らんと、この聖都を築き上げた御方、騎士の王にして純白の獅子王アーサー王に仕える騎士です」
彼は求めるものを告げる。その言葉には迷いや躊躇いなどない。全てを覚悟し、全てをやり遂げると誓った圧倒的なまでの意思がそこにはある。
――何者にも冒されることのない理想郷の完成。
「我々はただそれだけを目指しています。そのために、より善い人間を選び、選ばれない人々は排除する」
ただそれだけの話であり、自らの正義にのっとって行動しているのだと彼は告げた。
そして、それゆえにそれに逆らってしまったオレたちの運命は決したのだ。円卓の騎士を、獅子王を敵に回した。
今ここで死ぬか、他の騎士に討たれるかは問題ではなく、どうあれ、運命は決したのだ。
死ぬ。
間違いなく、死ぬ――。
それは間違いなく慈悲であった。それを受け入れてしまいそうになる心があった。だが――下げた視界に入る翻るインバネス。
オレは自然に言葉を紡いでいた。
「オレ、は、おまたちには、負けない!!」
――ああ、そうだとも!!
誰かの声を聞いた。それは、あいつの声で。
「無謀です、マスター!!」
放たれた剣戟をマシュが防ぐ。その瞬間に、清姫がオレを抱えて退避を始めていた。
「無謀なのは貴女も同じこと。いえ、その心持ちでは彼も嘆くでしょう」
「――――っ」
「これは私が命じた聖罰。私が許した殺戮。その母子は、私が殺したのですよ? 先ほど粛清騎士に向けた敵意をなぜ、私に向けない。その覚悟もなく、なぜ、戦場に来たのです。もしも、道理がわかっていないのであれば、それは我々への侮辱と知りなさい」
「――……っ!」
騎士の剣戟が放たれる。金時、クー・フーリン、マシュの三人に向けて放たれる一撃はどれも重く、鋭く、何よりも強い。
実直な騎士の剣は、読むことができた。だが、それがどうした。小細工など必要ないのだと言わんばかりに読まれたことろで、それを上回ってしまえば防ぐことなどできやしないのだということを体現して見せる。
どんなに読まれていても、地力が圧倒的に上ならば、問題になどならないのだと彼は告げている。一の太刀で金時を吹き飛ばし、二の太刀で、クー・フーリンを地面にたたきつけ、三の太刀がマシュへ迫る。
「……マシュ!」
その刹那――。
「驕っているのはそちらだ、サー・ガウェイン!」
きらめく銀光が剣戟をはじいた。
「……あなたは」
そこにいたのはルキウスと名乗った銀腕の騎士だった。今や、その銀腕は輝きを放っている。その真なる力を今ここに発揮しようと猛っていた。
「あれは、まさか!!」
戦場にダ・ヴィンチちゃんの声が響く。
「戦神、ヌァザの腕! アガートラム! 神霊の力を振るうつもりか、ただのサーヴァントが!?」
驚愕はそのままに、戦場は今、大きくそのうねりを変えようとしていた。
「個人の信条と、戦場での働きは別のもの。彼女の信条を糾弾する資格など、貴公にはない」
静かにたたきつけられる否定の言葉。
「な――に?」
ここで初めて、ガウェインは動きを止める。それに呼応して粛清騎士すら一瞬の停滞する。司令官の停止に、部下もまた止まる。
「今だ――」
その隙に、難民たちを逃がす。ジキル博士、ジェロニモ、エリちゃんにノッブが、囲いを広げ、その間を難民たちが一斉に流れ出ていく。
「ルキウスさん……」
「挨拶は後ほど! 今は、目の前の敵に専念するとき! 円卓の騎士のギフトは私が破ります。サー・ガウェイン、なにするものぞ」
銀腕が輝きを強めていく。
「貴女も、貴方たちも、負けてはいない。実力の話ではありません。在り方の話です。私はどうかしていました。強きをくじき、弱きを助ける。その決断は常に、何よりも正しいと言うことを。であれば、この輝きは貴方の為に振るいましょう」
――
煌く銀腕が、昼を切り裂く――。
「馬鹿な――馬鹿な!! なぜ貴方がここに!? いえ、それ以前に――サー・ベディヴィエール! 円卓の騎士である貴方が、王に叛逆するというのですか!?」
「ええ、今度こそ、私は――我が王をこの手で殺すのです」
駆ける銀の騎士。その疾走を止められる騎士などいない。銀腕を振るえば、その刃はすべてを断ち切る。今、切り裂かれた昼のように。
転じるは、夜へ。元の時間の空が戻ってくる。
「な、ガウェイン卿の祝福が!」
「ありえぬ!?」
驚愕が粛清騎士へと伝わっていく。
「好機!!」
その機を逃す織田信長ではない。
「行くぞ、これが天下に名を轟かせた、わしの
三千丁の火縄銃が天へと広がり、混乱状態へと陥った粛清騎士へと降り注ぐ。一発一発で届かぬならば束ねるまでよ。
そう言わんばかりに連続で放たれ続ける弾丸の雨。一発で駄目ならば二発。二発で駄目ならば三発。三発で駄目ならば四発。
有りっ丈の魔力によって重ね合される宝具の重層発動。完全に囲みを破り撤退する。
「撤退だ――!!」
声が響くと同時に、銀の腕より生じた剣が、
「はあああ―――!!」
ベディヴィエールの一撃がガラティーンを押し退けた。
「馬鹿な! 本当にヌァザの腕だとでも!」
「ぐ、っぅぅぅぅううう……!」
「この匂い――まさか、焼けているのですか!? その腕ごと、体の内部が!?」
「気になさらず、それよりも急いでマスターに続いてください、今ならば撤退できます!!」
「さあ、準備完了だ。行くぞ!!」
「はい、ダ・ヴィンチちゃん。行きましょうベディヴィエールさん」
「お、ひゃあ!? ち、力持ちですね、レディ!? 盾を持ったまま、私を片手で持ち上げるなど!」
「金時さん、この子を!」
「おう、任せな! 行くぜ――!」
金時のベアー号が咆哮を上げて、加速する。
「逃がしません――」
そうもはや逃がして良いものではないのだとガウェインは己の聖剣を解放する。サー・ベディヴィエールが敵となった。
それも、その目的が、王を殺すというのであれば、逃がして良いなどと断じていえぬ。命がないからと追撃をしないなどという選択肢ない。
「この剣は太陽の移し身。あらゆる――」
「させないよ!!!」
たたきつけられる
「ブーディカさん!!」
「良いから、行って!! ここはあたしが食い止める!!」
「く――」
剣戟は鬼気迫るものがあった。たたきつけるように振るわれる約束されざる勝利の剣。いつかどこかで見たような、苛烈さでガウェインを攻め立てる。
「どうして!! どうして、貴方が、貴方たちが!! こんなひどいことをしているの!!!」
それは嘆き、悲しみ、慟哭のような叫びだった。
「貴方たちは、あたしが出来なかったことを成し遂げたはずでしょう。あたしが望んでもできなかったことをやりとげたんでしょう! それがどうして、こんな、こんな!」
「――どうして、ですって。もはや、退くことなどできないからですよ!!!」
「――っ!!」
たたきつけられるガラティーン。ただそれだけで吹き飛ばされる。
同時に、もう目の前にガウェインがいる。盾でその突撃を防ぐ。
「私は、最後に残った心ごと、自らの妹に別れを告げた」
あの日、偽の十字軍によって制圧された聖地に進軍しリチャード一世を打倒せんとした日。親愛なる妹ガレスにこの手で別れを告げた時――。
いいや、それ以前に、同胞を、この手で切り殺したその日から、もはや退くことなどできない。
「ここで退いては、この手で送った同胞に顔向けができるものか!!」
ゆえに退けぬ。
「――――」
その痛いほどの想いを、ブーディカは確かに感じ取った。わかるのだ。その決意を、その思いを。何があったのかなどわかりはしない。
だが、同胞を手にかけて、妹に別れを告げて、もはや退くことができない彼のことがわかってしまった。
それは一筋の涙となる。そして、それは隙だ。
「っぁああ――」
剣を持った右腕が切り落とされる。
「退けぬのだ、何があっても、ゆえに、灰燼と化せ!! ――
その証明といわんばかりに立ち昇る聖剣の輝き。
灼熱で焼き尽くす一撃の薙ぎが来る――。
最悪なことにその射程にあるのは難民たちだ。撤退戦の様相、縦に伸びた陣営全てを防御することなど不可能。だからこそ順番に――。
「――っマシュ!!」
「っ、はい!!」
マシュが宝具を展開する。これによって金時、クー・フーリン、ダ・ヴィンチちゃんと子供は宝具の輝きを防ぐことができる。
次いで、エリちゃんたち。射程ギリギリ。
「チェイテ城を出して、防げ!!」
もはやそれ以外に道はない。一瞬でも防いで、離脱せよ。
「わかったわ!!」
だが――できてそれまで。オレと清姫は、防げない。ここで死ぬ。直感は働かず、心眼は死しかなく――。
「ますたぁ、お許しを――」
「んぁ――」
その瞬間、彼女に頬を引き寄せられて唇を奪われる。
こんな時に何をという暇などなく。彼女の魔力が膨れ上がったのを感じた。
「ふふ、スーパー清姫ちゃん、降臨です。ますたぁ、どうか、生きてくださいまし――」
そうして、竜へと転身し、オレはそれに飲み込まれた――。
ベディさんはちゃんと仕事したよ!!
というわけで、ちゃんとギフトを無効化させました。まあ、そのおかげで、大変なことになりましたが。