すっかりと夜になって、オレたちは聖都の正門前へとやってきた。外を拒絶しているかのような聖都の城壁。その正門前には、千を超える難民が集まっていた。
これだけの数がいれば、紛れ込むのは難しくない。スピンクスを畳んでいる最中。
「そこでのぞき見してるやつ、出てきな」
クー・フーリンの兄貴が岩陰からこちらを見ていった誰かを見つけたようだった。
「へっへっへ」
下卑た笑いをする男。その視線はダ・ヴィンチちゃんから、マシュ、清姫、ブーディカさん、エリちゃん、ノッブを舐めるように見ていく。
「こいつは上玉だ。砂漠から来たのかい? 裕福そうな服を着てらっしゃる。聖抜の儀に駆けつけてきたようだがねぇ。悪いことはいわねえ。ここで引き返しな。もちろん、身ぐるみぜーんぶ剥いでから、だけどな? 安心しな、相場の一割で買い取ってやる」
「……兄貴、ダビデ、ジキル博士、ジェロニモ、金時?」
「おう、りょーかいだマスター」
「ふふ、女の子たちをいやらしい目で見ていいのはマスターと僕だけだっていうのに」
「相手は人間だからちゃんと手加減するんだよ」
「ふむ。私としてはどうでもよいが、マスターの命令とあれば」
「よっしゃ、行くぜ!」
ついでにオレも拳を握って。ぼっこぼこにしてやった。
「つぁ、まいった! 降参だ、降参! しけた稼ぎで命をとられちゃかなわねぇ!」
「おや、ずいぶんと引き際の良い盗賊だ。言葉のなまりとイイ、もしかしてムスリム商人かい?」
ムスリムとは、イスラーム教の信者のことで、その中で商業に従事する者がムスリム商人だ。7世紀からウマイヤ朝のアラブ=イスラーム帝国の拡大と貨幣経済の発展を背景として、活動の範囲を広げてき、陸路では中央アジアやアフリカ内陸にも進出しただけでなく、海上貿易でアラビア海に進出し、インド、さらにはその先の東南アジアや中国との交易を行ったとされている。
それによってイスラーム教の広がりに貢献したのだ。しかし、今ではそうもいかず、盗賊まがい。聖都ができてからは、獅子王の補佐官によってつぶされてしまったのだと言う。
「オレは目端が利いたからなァ。土下座して見逃してもらったのさ。顔を上げたらオレ以外みーんな首をはねられていたのは今でも笑い話だがよ!」
「…………」
「そんな。現地の商人を、一方的に殺害したなんて……」
「へ、気が抜けたな?」
その瞬間、ムスリム商人たちはすさまじいほどの速度で離脱していった。驚くほどの速度。追うこともできたが追うこともないだろう。
「忠告だぜ、人間でいたければ聖都には近づかないことだ!」
そう言って、彼らは去っていった。
「ともかく行こう。虎穴に僕らは入らなければいけないんだからね。とりあえず目立たないようにマントで身体を隠してね」
マントで体を覆い、オレたちは潜り込む。正門から一番遠いところにしか潜り込めなかったがここでいいだろう。なにかあればすぐに離脱できる場所。
問題は、難民をぐるりと囲む高い魔力反応を持つと言う、聖都から出て来た騎士。アレは、砂漠で戦った騎士と同じものだ。
ヤバイ、と思った瞬間、空が晴れ渡った。
「――!? え……」
目の錯覚か。夜であったはずがいきなり昼になったのだ。
「これは――」
ざわざわと難民たちが騒ぎ始める。いきなり夜から昼になったのだから当然だった。
「落ち着きなさい」
そこに声が響く。
「これは獅子王がもたらす奇蹟――常に太陽の祝福あれと我が王が、私に与えたもうた
正門に騎士が現れた。
「―――」
その瞬間、全身に汗が湧きあがった。
――ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!
無意識に一歩下がって逃げの姿勢をとる。
「おお、ガウェイン卿! 円卓の騎士、ガウェイン卿だ! 聖抜が始まるぞ! 聖都に入れるぞ――!」
難民たちが喜んでいる。
なんで、そんなに手放しで喜んでいられる。その正気を疑うほどだった。今やここは虎穴などという次元ではない。竜の口の中に飛び込んでいっているようなものだった。
汗が止まらない。震えが止まらない。ここまで培われてきた危険度メーターともいうべき感覚が一瞬にして振り切れてぶっ壊れた。
オジマンディアスの時もそうだが、これもそう。同じ。あまりの恐怖に失神すらできない。本能が逃げろと叫んでいるというのに、身体がまったく動けないという自己矛盾に心が引き裂けそうになる。
「……最悪だ。ありえない。こんなことが、起こり得るのか……」
「嘘、でしょ……こんな、……こんなことって」
「レオナルド? ブーディカさん? どうした、らしくないぞ!? 何が起きているんだ!?」
「マスター、マシュ、今すぐここを離れるんだ。今ならまだ間に合う。何が聖抜だ。文字が違うじゃないか。奴らは――」
「駄目だ、もう遅い――」
逃げろと言ったダ・ヴィンチちゃんにオレは悲鳴のような否定しか返せない。
「皆さん、自ら聖都に集まっていただいたこと、感謝します。人間の時代は滅び、また、この小さな世界も滅びようとしています。主の審判は下りました。もはや地上の如何なる土地にも人の住まう余地はありません。そう。この聖都キャメロットを除いて、どこにも。我らが聖都は完全、完璧なる純白の千年王国。この正門を抜けた先には理想の世界が待っています」
聖都は全てを受け入れる。
――ただし、我が王からの赦しが与えられたのであれば。
正門の上に誰かが立っていた。純白の鎧に純白のマントを身に着けた騎士。
「――最果てに導かれる者は、限られている――」
「――!? 見るな!!!」
その姿を視認した瞬間、直感し、心眼が見抜き、観察眼が、それを知ろうとして――。
「がっ――」
脳に焼けるような痛みが走った。ダ・ヴィンチちゃんに組み敷かれ、眼を塞がれたおかげでそれだけで済んだ。だが、アレは理解してはいけない類のものであると、いいや、違う。人間では到底理解できずに発狂するだけの存在であるのだと理解した。
「無事か!? マシュは、私は、自分のことがわかるかい!?」
「ぁ、くぅ、――あ、ああ」
ダ・ヴィンチちゃんの胸って、やっぱりすごいんだぁ……
「よし、オーケー、いつものおっぱい星人だ。まさか、あんなものが出てくるだなんて聞いてないぞぅ」
魔力反応がけた違い。もはやサーヴァントを越えている。普通の英霊を越えている。ダ・ヴィンチちゃんはひとつの解にたどり着いていた。
それはオレも同じ。だが、そこをさらに掘り下げた結果がこれだ。表層の上清だけ見ていればいいものを踏み込もうとした結果が今の惨状。
その間に、状況は進む。正門に現れた影――おそらくは獅子王が掲げた槍が輝くと同時に、一部の難民たちが光り始めた。
「聖抜は為された。その三名のみを招き入れる。回収するが良い、ガウェイン卿」
「……御意。みなさん、まことに残念です。ですが、これも人の世を後に繋げるため。王は貴方方の粛清を望まれました。
では――これより、聖罰を始めます」
その瞬間、囲んでいた騎士たちが難民の粛清を始めた。
「でも逃げられない」
完全に囲まれてしまっている。初めからそのつもりだったのだろう。最初から、殺すつもりだったのだ。
「私たちだけなら逃げられる。わかっているね?」
聖都の騎士は強敵であるが、全員でかかれば突破できないものではない。
「突破、しよう。何処でもいい、騎士たちの円陣の一部を、崩せ!!」
「はい! マスター、魔力を回してください! わたし、絶対に負けません!」
「やれやれ。となると、この先の展開は決まっちゃったかな。ま、仕方ないか。考えてみれば、私はちょっと万能すぎるからね」
「ダ・ヴィンチちゃん?」
「なんでもないとも。さあ、あの騎士たちの囲みを打ち崩すぞ!」
今ここに最悪の戦いが幕を上げる。
立ちふさがる粛清騎士。突撃し、囲みを崩すべく戦う。
「く!」
「無理すんな嬢ちゃん!! オレも出し惜しみはしねえよ!!」
――朱槍が刺し穿つ。
放たれる因果逆転の突き。狙うは心臓ただ一つ。穿つは必中。それ以外の結果などありはしない。否、それ以外の結果が求められない。
反応は人間であるが、半ば英霊に近い存在。強力な魔力によって作り替えられたのだろう。人の業ではない。これはまさしく――。
いいや、今は考えている時ではない。ひとりでも多く逃がすために、死力を尽くせ。劣っているのならば、絞り出せ。
全方位完璧な性能を誇る粛清騎士。それは並みのサーヴァントでは相手にならないほどに強大。だが、すべてにおいて平均的な性能であるのならば、こちらの領域に嵌めてやればいいのだ。
こちらは偏っている。突出した部分がある。特化型ではないが、サーヴァントの特性は決して平均的ではない。理想値にはあらず。
しかし――ゆえにこそ、これだけはというたった一点。極みの一つならば――。
「行くぞ。この一撃、手向けとして受け取るがいい───!!」
――
貫くことができる。
降り注ぐ朱の死槍。一人一人を刺し貫いていくのではなく、炸裂弾のように一撃で一軍を吹き飛ばす対軍仕様。オリジナルである「大神宣言」を超えた威力のそれが粛清騎士へと降り注ぐ。
何度躱そうとも無意味。標的を捕捉し続け、分裂した槍は必ずや命中する――。
崩れた囲み。その一点へ
「道が開いたぞ! あそこから逃げるんだ!」
ジキル博士が、民衆を誘導する。
「おお、おおお!」
難民が逃げ出そうと必死に走る。その道を広げるべく。
「転身火生三昧!!」
竜が舞い、全てを焼き尽くさんと猛る。
「く、駄目ですか!」
しかし、粛清騎士に並みの一撃は通用しない。いいや、動きは鈍くなっている。
「良い援護だ――」
そこに疾走する式のナイフが翻る。装甲など問題にせず、直死が捉えた死をなぞればそれは死ぬ――。
「敵性存在を確認。アグラヴェイン様に報告せよ。サーヴァントの妨害を受けている」
だが、いくら敵を倒しても、敵の更なる増援が来る。
「どきなさいっての!!
それすら押し返さんとエリちゃんの宝具が炸裂する。音の波が襲い、金属の軋む音が響き渡る。だが、それでも粛清騎士は倒れない。
音圧が足りない。その程度では、我らの大義は止まらぬとでも言わんばかりに、騎士どもはこちらに殺到してくる。
四方から押しつぶさんと来る圧力に膝が笑うのを止められない。このままでは数によって押しつぶされる。
「く、このままじゃ!」
「早く逃げるんだ。君たちだけなら! ――って、なんだ!? 別のところでも魔力反応!?」
誰かが東側で戦い始めた。圧力が多少弱まる。
「これなら!」
「やめて!!」
その時響いた声は、母親の声だった。子供を連れていきたい。私はどうなってもいいと言う母の愛。だが、騎士は意に介さない。
理想の魂に自由などはないのだ。選ばれた者にあるのは、
騎士が剣を振り上げる。このままでは子供が死ぬ。その光景から、幻視したのは母親の愛の発露であり――。
「やめ――!」
結果、母親が子供をかばった。
「マシュ!!」
「うわぁああああああ―――!!!」
マシュにありったけの魔力を回した。一時的だが、強化されその突撃によって騎士を吹き飛ばすに至る。
「う、く、ううう……騎士、撃破しました……でも、でも! わたし、見えていたのに、間に合わなかった……」
「泣くな、泣くのは後だ! そいつをオレっちのベアー号に乗せな! 行くぞ!!」
金時をフォローに向かわせた。あの場所はまずい!
「そこまでです――」
ゾンッ、っと、全ての音を切り裂いて静寂が訪れた。この場において最強の騎士が今、ここに降臨したのだ。戦場において静観していた男は、マシュの存在を敵と認識した。
「見事な暴動でした。異教徒にも、貴方方のように戦う者がいたのですね。――ですが、それもここまで。聖都の門を乱した罪は万死に値する。
名乗りましょう。円卓の騎士ガウェイン。この聖罰を任されたものとして、貴方方を処断します」
ここに判明する十字軍を壊滅させた存在。アーサー王、率いる円卓の騎士――。
「…………」
ゆえにひとりの女が静かにその闘志をたぎらせていくのだ。
「逃げられません! 戦闘に突入します」
「くそ!」
日中において三倍の力を発揮する騎士が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。ただそれだけで、腰が抜けそうになる。
吐きそうだ。その心底を看過する前に、こちらの精神がすりつぶされる。
「オラァ!!!」
金時が突っ込む。引き絞られた拳に雷電がまとわりつき放たれる。並みのサーヴァントならば一撃で消滅させるほどの威力。
しかし――。
「その程度ですか」
拳は容易く受け止められる。彼は未だに剣を抜いてすらいない。
「チィ!!」
放たれる蹴り。胴へと入った蹴りはしかしてガウェインを揺るがすには至らない。日輪の中において、彼はまさしく正しく無敵なのだ。
太陽は何物にも不可侵であり、揺らぐことがないかの如く。太陽の騎士もまた、そのように在る。
「これでも喰らいやがれ!!!」
疾走するクー・フーリンの一撃。乱戦の中放たれるノッブの弾丸ですら彼を捉えることはできない。もとより撤退も支えなければいけない以上、ガウェインに回せる戦力は少ない。
一切の攻撃が通らない。当たっているのに、なんだそれは。必中の宝具すらその防御力の前には意味をなさない。
「なるほど、名だたる英霊が貴方に付き従っているようだ」
太陽の下では彼は無敵だ――。
絶望が刻一刻と心を蝕んでいく。
三倍騎士マジヤバイ。
ついに始まった太陽の騎士戦。しかし、攻撃は通らない。撤退不能。
私、こいつに舐めプして令呪使わされたんですよね。ギフトってなんだそりゃですよ。
次回、ついに一人目の犠牲者が。
あと、トリスタンのことは嫌わないであげて。今の円卓勢特にトリスタンはギフトの影響で反転してるから。本来はちゃんと騎士のはずだから。