Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン
邪竜百年戦争 オルレアン 1


 それは、炎だった。

 

 ――魂を喰らいなさい

 

 ――肉を噛み千切りなさい

 

 ――湯水のように血を啜りなさい。

 

 それは、炎だった。

 

 暗い、漆黒の炎。憎悪が、魂を焦がすほどの熱量で、猛り燃え盛っている。

 全てを殺して、殺して、燃やし尽くして根絶やしにするまで止まらない。

 

 糜爛した地獄の歯車が、今まさに駆動を始める。

 全てが滅びるまで止まることのない絶望に彩られた、業火を燃やす釜に、悲嘆の薪がくべられる。

 

 燃え尽きろ、燃え尽きろ、燃え尽きろ。

 滅却の意思が、献身に報いることなき焔に焼かれた哀哭と慚愧が、煉獄の底から足引くために手を伸ばしている。

 

 助命など聞かぬ。悔い改めなど聞かぬ。

 ただ、死に絶えろ死に絶えろ、死に絶えろ。

 主の威光を理解せぬ哀れな者共、皆、悉く死に絶えろ。

 

 叫びが木霊している。魔女に貶められた、ナニカの、いいや、誰かの。

 暗く淀んだ奈落の底から、恨みの叫びが天へと轟いている。

 遍く輝く、救ったはずの尊き光を喰らう竜の咢は、慟哭と共に咆哮する。

 

 老若男女の区別なく、殺す。

 異教信徒の区別なく、殺す。

 あらゆる全て平等に、殺す。

 

 そのために、英霊は召喚された。狂える戦士。

 聖女であろうとも、英雄であろうとも。

 全てが壊れて、殺して、まっさらにするために、狂わされた。

 

 かつて救国の為に掲げられた旗は、今や、復讐のために掲げられた旗となる。

 何もかもを殺しつくし、滅却するために。

 

 竜の魔女は、進軍を開始する。

 

 そして、すべては。

 そう、すべては、漆黒の炎に飲み込まれて――

 

「――――っあぁ!!」

「フォウ……? キュ、フゥウ」

 

 夢の終わり、燃え盛る炎に飲み込まれて、目が覚めた。

 目の前にはフォウさんが、僕の体の上にのっている。

 

「おはよう……フォウさん……」

「ミュー、フォーウ、キャー、ウキャーウ!」

「おはようございます、先輩、そろそろブリーフィングのじか――きゃっ!?」

「キュゥゥ……」

 

 フォウさんがすっ飛んでマシュへと突っ込んでいく。マシュは避けられずフォウさんがぶつかる。

 

「ごめんなさいフォウさん、避けられませんでした……。でも、朝から元気なようで嬉しいです」

「おはよう、マシュ」

 

 マシュの姿は、鎧姿だ。

 

「はい、おはようございます。よく眠れましたか?」

「あんまり――」

 

 そう言って後悔した。

 

「……やはり、ベッドより、畳に直接お布団を敷いた方がよかったですか……。わたしの不注意でした。次までには、なんとか」

「だ、大丈夫! そこまでしなくても」

「本当ですか? 先輩の御身体は、このカルデアで何よりも大切なもの。その体調管理は、優先順位ナンバーワンなのです。

 体調がすぐれないというのなら、優れるように改善する義務があるのです」

 

 そこまでして貰わなくていい。そんなに持ち上げなくてもいい。そんなことをさてしまったら、申し訳なさ過ぎる。

 だから、それは要らない。大丈夫とマシュに告げる。

 

「そうですか? ですが、必要ならば言ってください」

「うん、ありがとう」

「では、ドクターが待っていますので、ブリーフィングへ参りましょう」

 

 マシュについてカルデアの廊下を歩く。

 がらんとした廊下。

 もともと活気は少なかったが、今は、以前とはくらべものにならないほどに閑散としている。誰一人職員とすれ違わない。

 

 それも当然だった。今はカルデアの職員は20足らずだ。彼らは今、総力を挙げてカルデアスとシバの維持に努めているのだという。

 だから、人通りは少ない。管制室に着くまで誰とも出会うことはなかった。

 

 管制室に入ると、ドクターが待っていた。

 

「やあ、おはよう。待っていたよ。早速だけど、ブリーフィングを始めようか」

 

 まずは、やるべきことの確認。

 僕がやるべくことは、まず特異点の調査と修正。

 その時代における人類の決定的なターニングポイントへ赴き、調査、そこで何が起きているのかを解明し、元の人類史に沿うように修正すること。

 

 そうしなければ人類は破滅したままである。そのままカルデアが2017年を迎えた瞬間、すべては終わってしまう。

 そうならないようにする。これがその作戦だ。

 

 二つ目。聖杯の調査。

 聖杯という、なんでも願いを叶える魔神のランプのようなものがあるらしい。レフはそれを悪用したらしく、その聖杯を調査、回収することで時代の修正を行った後、もう一度、時代が改変されないように管理する。

 

 それがグランドオーダーの主目的になるという。

 

「――というわけなんだけど、ここまではいいかい?」

「えっと……なんとか」

 

 ドクターは精一杯かみ砕いてくれていたから、何とか理解できた。

 

「それは良かった。主目的は、さっき言った二つだけど、そのほかに、もう一つやってもらいたいことがある。霊脈を探し出して、召喚サークルを作ってほしいんだ」

「召喚サークル?」

「先輩、冬木でやったアレです」

 

 冬木でやったアレ。マシュの盾で何かしていたアレか。

 アレをやることで、補給物資などを転送することが可能となる。

 

「なるほど、拠点をつくれってことか」

「……理解しました。拠点。安心できる場所。屋根のある建物、帰るべきホーム、ですよね、マスター」

「……マシュは、いいこと言うね」

「そ、そう言っていただけると、わたしも大変励みになります。

 サーヴァントとして未熟なわたしですが、どうかお任せください。がんばりますから!」

「キュー!」

 

 ――ありがとう、マシュ。

 

 僕はそう、心の中でお礼を言う。

 同時に、僕も頑張ると誓う。

 僕しかいない。だから、やるしかない。

 何より彼女も頑張っているのだから、僕も頑張らなくてはならないのだ。

 

 ――何かのひび割れる音がしている。

 

「うんうん。あのおとなしくて、無口で、正直何を考えているかわからなかったマシュが立派になって……」

「はいはい、そこのお調子者ー。いつまで、私を待たせておく気かにゃー」

 

 ドクターの寸劇じみた泣きまねが始まった時、ダ・ヴィンチちゃんと名乗った女性が、ぷんぷんと怒りながらやって来た。

 

「気乗りしないから無視したかったんだよぅ。でも、仕方ない。

 彼、彼女、あれ、うーん。まあ、ともかくそこにいるのは、我がカルデアが誇る技術部のトップ、レオナルド氏だ」

「先輩、たいへんです、この方、サーヴァントです!」

 

 知っている。というか、そう名乗っていた。召喚英霊第三号。それはつまり、サーヴァントということだろう。

 

「そうだよ~。カルデア技術局特別名誉顧問、レオナルドとは仮の名さ。

 なんと、私はだね、みんなも知っている万能の碩学――レオナルド・ダ・ヴィンチ、その人さ!」

 

 バーン、と擬音が飛び出して来たが、それは置いておくとして、今、彼女はなんといったのだろうか。レオナルド・ダ・ヴィンチ? そう彼女は言った。

 知っている。その名前は有名だ。ルネサンス期の発明家。万能の人の名をほしいがままにする、稀代の天才だ。

 

 だが、

 

「女の、人?」

「そうさ。こんなキレイなお姉さんが男なわけないじゃないか。それとも、実際に確かめてみないと信じられない性質(たち)かい? なんと助兵衛だね」

「な、だ、誰が!?」

「そうです。先輩が助兵衛なわけありません。おかしいのはあなたです。

 異常です。倒錯です。だって、レオナルド・ダ・ヴィンチは、男性のはずです」

 

 そうだ。マシュの言う通り、レオナルド・ダ・ヴィンチは男のはず。

 

「いやはや。まったくもって予想通りの反応だ。予想通り過ぎて逆につまらないとはこのことさ。それが、そんなに重要かい? 重要なのは、私の性別ではなく、私が持つ技術、万能性だろう? 男だ、女だと、気にするだけ、時間の無駄さ」

「いやいやいや」

 

 それは大きな問題だろう。それとも、僕の感性がおかしいのだろうか。

 

「いいえ、先輩はおかしくありません。実に正しいです。何よりも正しい反応をしていると思われます」

「むー、やれやれ……じゃあ、理由を説明したら納得するかい?」

 

 少なくとも、納得できるのなら、マシだろう。

 

「オーケーオーケー。では、説明しよう! 私は美を追求する。その結果がモナ・リザなわけなのだけどね。私が発明をしたのも、美術に傾倒してみたのも、簡単な理由からさ。美を体現するためさ。

 だから、体現したみた」

「フォウ……」

「…………」

 

 このヒトは、一体何を言っているのでしょうか。ドクターへ助けを求める。

 

「ボクに聞かないでくれよ。カレの理論はこれっぽっちも理解できないんだ」

 

 ――だってそうだろう?

 

「モナ・リザが好きだから、自分までモナ・リザになる。そんなこと、誰が理解できるというんだい?」

 

 それが理解できるのは、カレ、カノジョ、わからないが、ダ・ヴィンチちゃんと同じ感性を持つ天才(へんじん)だけだろう。

 凡人でしかない僕では、到底理解できそうにない。

 

「いやいや、待ちたまえよドクターロマン。たとえが悪いとも。モナ・リザになりたいというからおかしくなる。ここはもっと普遍的に言うべきだよ。

 ようは、美少女になりたかった、だから、なった、そういう話さ」

 

 別の何かになりたい。特に、自分とは遠い、美少女なんていうものになってみたい。

 変身願望。

 多かれ少なかれ人が持つそれだ。ダ・ヴィンチちゃんは、それがちょっとばかし強かっただけのこと。

 

 そう言われてしまえば、何も言い返すことはできなかった。自分とは違うものになりたいと思うことは、それはある意味で、自然なことだから――。

 

「とまれ、この程度でいちいち騒ぎ立てるようじゃあ先が思いやられてしまうよキミィ。

 なにせ、嫌でもこの先、幾人もの芸術家系サーヴァントと出会うことになるはずだ。

 そいつらは、誰もかれもが素晴らしい偏執者だ。この程度、可愛いものだよ」

 

 知りたくなかった、そんな事実。

 

「なるほど……」

 

 マシュは何を納得したのかな。

 

「いえ、先輩。何事も忠告として聞いておくことは有意義かと思いまして」

「うんうん。マシュは相変わらず物分かりが良いね。ともあれ、これで自己紹介は終わり。

 私の仕事は、君たちへの支援物資の提供、開発。君が召喚した英霊の契約の更新などだ。キミたちのバックアップ担当というところだね」

 

 彼女は旅に同行しない。彼女は僕と契約したサーヴァントではないからだ。ただで契約するほど、ダ・ヴィンチちゃんは安くはないといった。

 契約に足るマスターになったのならば、自然と契約はなされるとも。

 

 だから、その時を楽しみにしていると彼女は言って、去っていった。

 

「で、そろそろいいか?」

 

 話が終わるのを待っていたクー・フーリンが、杖で肩を叩きながら呆れたように言う。

 

「やれやれ、本当に言う事だけ言って戻っていったなレオナルドめ――済まない、クー・フーリン。とにかく、時間は限られている。準備はいいかい?」

「……ええ」

「今回は専用のコフィンも用意している。レイシフトは安全かつ、迅速に行えるとも。七つの特異点の中でも一番揺らぎの小さいものを選んだつもりだ。

 それでも楽観はできない。こちらからは通信しかできないからね」

 

 ドクターは念を押す。

 まずはベースキャンプとなる霊脈を探す事。

 その時代に対応して事に当たることを。

 

「なあに、嬢ちゃんとオレでしっかりとボウズだけは守ってやる」

「頼むよ――では、健闘を祈る」

 

 コフィンへと入る。狭いコフィンの中、感じるのは不安と恐怖だ。これから何があるのか。狭い空間の中で悶々と考えてしまう。

 やめてしまおう。投げ出してしまおう。そう思ってしまうことすらあった。

 

 だが、そのたびに――。

 

 ――あなたしかいないのよ。

 ――あなたがやるが当然じゃない。

 

 オルガマリー所長の言葉が脳内に反響し続ける。

 

 ――アンサモンプログラム スタート。

 

 やるしかない。僕しかいないのだから。

 

 ――霊子変換を開始します

 

 レイシフト開始まで――

 

 大丈夫。大丈夫だと言い聞かせる。

 この前も何とかなったのだから、大丈夫だと。

 

 ――全工程 完了

 

 ――グランドオーダー 実証を 開始します

 

 レイシフトが開始され、第一の特異点へと僕らは向かう。

 

「――転移、無事完了です」

「フォウフォーウ」

「フォウさん! またついてきてしまったんですか!?」

「フォ、キュー」

「見たところ、問題はありません。おそらく先輩か、わたしのコフィンに忍び込んだのでしょう。安心してください。わたしか先輩に固定されているはずですので、わたしたちが帰還すると同時に一緒に帰還します」

「そっか、それはよかった。それで、ここはどこ?」

 

 冬木と今回の特異点は大きく違っていた。青空が広がり、草原が広がっている。

 

「ここは……わかりました。どうやら1431年のようです」

「1431年?」

 

 何があった時代だ?

 

「はい。百年戦争の真っ只中のようです。ただ、今は、戦争の休止期のようです」

 

 百年戦争。名前くらいは知っている。

 確か、イギリスとフランスの百年続いた戦争だったはず。

 それが休止?

 

「休止?」

「はい。百年戦争は、その名の通り、百年間継続して戦争を行っていたわけではありません」

 

 比較的のんびりとした戦争が散発的に起こっていた。それがこの百年戦争だとマシュは語る。

 

「なるほど――え?」

「先輩? どうかなさいましたか。空をみあげ――て……え?」

「おいおい、ありゃあ……」

「よーし、通信が繋がったぞ。って、あれ、どうしたんだい、三人して空なんかみあげちゃって」

「ドクター、映像を送ります。アレは、なんですか?」

 

 空を見る。空には、何かがあった。光の輪だった。

 

「なんだ、これは……衛星軌道に展開した魔術式か? なんにせよ巨大すぎる。

 1431年にこんなことは起きていない。間違いなく、未来消失の理由の一端だ。アレはこちらで解析するしかないな……君たちは、現地の調査を」

「了解です」

 

 そういうわけで、まずは街を探して草原を歩く。

 

「先輩、止まってください」

 

 マシュの指示通り止まると、何らかの兵士たちが歩いているのが見える。鎧を着たいかにもな兵士たち。

 

「どうやらフランスの斥候部隊のようです。どうしましょう。接触を試みますか?」

「危なくないかな……」

 

 そもそも僕はフランス語なんてしゃべることができない。接触したところで話しができないのでは。

 

「問題ありません。カルデア支給の礼装には翻訳機能があります。ダ・ヴィンチちゃんが開発した、即時翻訳術式だそうです」

「そうなんだ……」

「では、行ってみましょう。ヘイ、エクスキューズミー」

 

 あの思いっきり英語なんだけど、マシュ?

 

「……」

「あれ?」

 

 何も言われない。気が付かれていないのだろうか。そう思った瞬間。

 

「ヒッ、敵襲! 敵襲ー!」

 

 兵士の叫びがこだまする。それと同時に武装集団に取り囲まれてしまった。本物の剣を持った、フランスの兵士に。

 

「――」

 

 思わず喉がひきつった。恐ろしさなら冬木のセイバーの方が怖いが、死の恐怖はどちらも同じだった。怖いものは、怖いのだ。

 

「すみません……挨拶はフランス語にすべきでした……こうなっては戦闘回避は困難です」

「おーい、なんでいきなり囲まれて戦闘になりそうなんだい!?

 特異点は隔離されてるから、何が起きようとタイムパラドックスとかは起きないけど、そう率先して戦闘をしていいというわけではないんだよ」

「ドクター、何かアイデアを。こういう時の為のフランスジョークなどはないのでしょうか」

「知るもんか。ぼっちだからね。でも、まって考えて――」

「ったく、仕方なねえ、オレに任せな」

 

 クー・フーリンが一歩前に出る。

 

「――さて、テメエら、オレらは率先的に争う気はない。ただ――」

 

 ルーンが煌き、地面に線を引く。

 

「そこを超えたのなら、決死の覚悟で来い。加減はねえ。全員、悉くスカサハ直伝のルーンの威力を味わってもらう」

「ヒィ!! か、構えろ!」

 

 武装集団が武器を構える。

 

「逆効果!?」

「というか、煽っていただけなのでは――仕方ありません。ここは抑えるために攻撃を」

「マシュも何を言ってるの……?」

「な、何かおかしかったですか!?」

「仕方ないから、峰打ちで行こう!」

「了解です、ドクター!」

 

 盾の峰ってどこなんだろう。

 

「な、なんとかします、ファイアー!」

「なあに、結局こうなる運命だ、なら、どうとでもなれだ」

 

 第一特異点。

 初めての戦闘は、ヒトだった――。


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