Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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神聖円卓領域 キャメロット 7

 東へ。さらに東へ。黒く焼け付いた大地を進む。誰も何も言わなかった。悲惨な光景にただただ胸が痛み、心が軋みを上げている。

 これが、世界の行く末なのだと思ってしまって、絶望が色濃く残る大地は心にただただ大きな影を落とすのだ。

 

 話声が出たのは太陽が沈む時刻。ドクターの通信が回復した時だった。

 

「良かった。やっとつながった! 大丈夫かみんな!? 今回も何か、予想外のアクシデントがあったのかい!?」

「あー、安心する」

 

 聞きなれたドクターの声。どこか情けなさそうな、それでいて、優しくて、やる時はやるドクターの声が、聞こえた瞬間、感じていた不安が軽くなった気がした。思わず涙がでそうになるほどに安心した。

 

「はい、これでこそドクターです」

「とにかく無事でよかったよ。反応は随時確認できていたんだけど、こちらからの通信はまったく届かなくて。まる二日も支援ができなくてすまない。そちらはどういった状況だったんだい?」

 

 ドクターにこれまでの経緯を説明する。エジプト領に出たコト、オジマンディアスが聖杯を持っていること、いろいろと話した。

 ドクターは黙って聞いていた。全てを話し終わってから彼は納得したように息を吐いた。

 

「……そうだったのか」

 

 通信がうまくいかなかった理由も判明し、エジプト領は鬼門だと言い、オジマンディアスを厄介だと溜め息を吐く。

 

「でも、いいこともある。こちらにも味方がいるはずだ」

「味方?」

「獅子王とオジマンディアスは言ったんだろう? それは間違いなく、リチャード一世だ。獅子心王さえいれば太陽王も何とかなる」

「…………」

「君たちは十字軍と合流して――どうしたんだいその顔」

 

 ドクターは知らないんだった。十字軍はとっくの昔に全滅している。ドクターがいかに特異点のマップデータを出して聖都があると言っても間違いない事実だと確信ができる。

 オジマンディアスは嘘を言っていないのだから。間違いなくそう言える。嘘を言う理由もなにもない。ニトクリスもそう言っていた。彼女は信用にたる。だから十字軍は滅んでいる。

 

「――止まるんだ! その五百メートル先に強力なサーヴァント反応!」

「止めて、隠れて様子を見よう」

 

 隠れて様子を見る。どうやらその先にいるのは人間の一団を率いたサーヴァントと赤い長髪のサーヴァントだった。

 髑髏の仮面から、それがハサンであることがわかる。砂漠でであったのとはまた別のハサンだ。どうやらあの一団は長髪のサーヴァントに追われているらしい。

 

 明らかに弓を持った騎士然としたサーヴァントは、眼を閉じたまま前を見据えている。そこから感じられるのは、すさまじいまでの悪寒だ。

 強力なサーヴァントというだけではない。何か得体のしれない何かをあのサーヴァントから感じるのだ。何かわからないが、それはおそらく良いものでは当然ないだろう。

 

「ここまでか……」

 

 一団を率いていたハサンが諦めの言葉を吐く。もはやここまで。追いつかれてしまった時点で逃げられない。弓を持ったサーヴァントはどんなに逃げても全てを射抜くと言っているのがわかる。

 もとより同胞を引き連れて強敵から逃げ延びることなどできやしない。ハサンただ一人が本気で逃げたのであれば別であろうが、足手まといがいてはそれも不可能。

 

「不覚、そして無念なり。万事、ここに休した」

「……悲しい。私は悲しい、山の翁よ。貴方ひとりであれば窮地を脱することは容易い。……しかし、貴方は運命を受け入れた。貴方の背後に怯える聖地の人々。彼ら難民を守るために、貴方は残り続けるのですね……価値なき者を守らんと、価値あるものが失われる……私にはそれが悲しい……」

 

 その言葉には驚くほどに何ら感情が感じられない。本気で悲しいと思っているのかすら不明。

 

「……マスター、わたし、あのアーチャーを見ていると」

「マシュ?」

「震えが止まらなくて……胸が、とても痛くて――」

「マシュ……わかった。下がろう」

「駄目だ、一歩も動いてはいけない。気づかれる」

「ああ、そうだ動くなマスター。気がつかれでもしてみろ。一瞬でお陀仏だ」

「クー・フーリンのいう通りだ。あれは、ギフトだ」

 

 正体不明の力の正体。それはギフトだとダ・ヴィンチちゃんは言った。何かはわからないが、とにかくヤバイということだけがわかる。

 一歩も動いてはいけない。見ていることしかできない。そうできないのだ。

 

「取引だ。貴様の騎士道とやらが誠のものであるのなら――我が命をここに差し出す。その代償として民たちを逃がしてほしい」

「なんと高潔な方か。……しかし、具体的には? 私は撤退を赦されていないのです。申し訳ありませんが……」

「では、右腕と足だ。我が首の代わりに、その右腕と足を貰う。これより一日、その足を動かさず、また右腕を封じられよ」

 

 それは民を何が何でも逃がすための決意。なんと高潔なことか。この終末の大地ですらサーヴァントの英雄性は未だ失われてはいないのだ。

 

「いけません、それでは、貴方は……」

「承知と受け取った――」

 

 ハサンが自害するその瞬間、頭蓋を突き抜けて走る電撃のような直感。アーチャーのサーヴァントの言葉に感じられる圧倒的な違和。

 ハサンが承知したものとして受け取った、その言葉は、オレには別の意味に聞こえていた。

 

 いけません、それでは、貴方は、無駄死にというものですよ――。

 

 なぜかはわからない。それは天啓のようなものだった。磨き上げられた心眼がこの一瞬だけ、アーチャーのサーヴァントに関する何かを感じ取ったのだ。

 逃げ出す難民たち。東へと走っていく。それを約定に従い何もしないアーチャーのサーヴァント。

 

「お見事。ですが――」

「え、なんで、わたし、倒れてる、の? うそ……ひとりでに、首、が――いやあ、いやあ――」

 

 響く断末魔の叫び。落ちる首。

 

「ああ、私は悲しい……それではいけない、と言ったのに。そこから一歩も動くな、などと、なんという慢心なのでしょう。我が妖弦フェイルノートに矢はありません。これはつま弾くことで敵を切断する音の刃」

 

 ゆえに一歩も動かず、矢を構えずとも――肉袋を断つ程度、一息でこなせるのだと男は言って、それを実際に実行に移すのだ。

 広がるのは地獄絵図。悲鳴、叫び、怨嗟の嘆きが漆黒の大地を朱に染めていく。奏でられるフェイルノートの旋律。美しさすら感じるそれはただただ恐怖しか引き起こさない。

 

「あ、ぁああ――」

 

 無抵抗の人々が殺されていく。弦が音を鳴らすとき、そのたびに悲鳴が上がり、紅い華が咲く。血液から放たれる瘴気が大気を汚染し腐臭を撒き散らす。

 風に乗って肌に張り付くのは死体から出た魂の如き瘴気。生者を呑み込む死者の手招き。お前も来い、お前も来い。そう絶望の中で死者が叫んでいる。

 

 しかも、現在進行形で死体が増えていっているというのだから恐ろしい。おおよそ考えらえる以上に絶望に薪がくべられている。

 だが、動くことができない。無抵抗の人たちを殺している。当然のように湧きあがる義憤。しかし、それ以上に、湧きあがるものがあるのだ。

 

 転がった死体の首がこちらを見ている目が合った。恐怖にひきつった漆黒の色をなくした瞳がこちらを見ている。

 出ていったら最後、自分もこうなるだろうという光景を心眼が捉えて、動けない。わかるのだ。わかってしまうのだ。

 

 誇張なしで、あのアーチャーは今まで遭遇したどのようなサーヴァントよりも。オジマンディアスほどではないが、少なくともかなり強いのだということがわかってしまう。

 助けに行きたいのに、助けに行けない。怒りよりも恐怖が勝り、感情よりも理性が遥かに強大な壁となってオレという存在をここに押しとどめる。

 

「ああ、キミが臆病者で本当に良かった。優しいキミはきっと飛び出していきたいんだろう。助けに行きたいんだろう。けれど、それはキミの破滅を意味する。だから、それでいい。アレは味方じゃない」

 

 ここにいる全てのサーヴァントがいくらかの犠牲を許容すれば救えるだろう。だが、今ではない。それは今ではないのだ。

 だから、ここは見ていろ。黙って、見て、難民がすべて殺される場面を見ていろ。それが、何もできない弱いオレの罪――。

 

 そして、全ての難民の首を落としたアーチャーが帰還したあと、無駄だとわかっても生存者を探した。

 

「……生存者、発見できません……みなさん……確実に首を、斬られて……」

 

 胸が痛い、心が軋む。こんな惨状を見て、正気でなどいられそうにない。気を抜けば、誰の目も憚らずに泣いてしまいそうだ。

 怒りはある、どうしてこんなことをという義憤はある。だが、それ以上に、こんな光景を眉一つ動かさず引き起こしたアーチャーが怖くて仕方がないのだ。

 

「……こちらも状況は把握できたよ。あのアーチャー……容赦がないにもほどがある。敵対勢力同士だったようだけど、それにしたって、民間人を一方的に……何か理由があってのことなのか? それとも、ただの殺人鬼だったのか?」

「…………」

 

 わからないなにひとつアーチャーの真意などわからない。何か理由があったとしても、ただの殺人鬼であったとしても、難民たちは殺されてしまったのだ。

 そして、オレたちはそれを見捨てたのだ――。

 

「せめてもの役割が来たようだよ」

「お……れ……おの……れ……おのれおのれおのれ。この恨み、死んでも死に切れぬ……! なんという未熟さだ――敵の非道さを見誤るとは! 許せぬ――許せぬ! この無念を、いったい、誰が晴らせよう!」

 

 アサシンの体から湧きあがる怨霊。土地との親和性が高いためにおこるシャドウサーヴァント化。現れる敵。

 

「式」

「ああ」

「楽にしてあげてくれ……」

 

 式の直死の魔眼が、死を捉える。その線をなぞるようにナイフが走り、ただの一撃で霊核が破壊される。

 

「おお……おぉおおお……最期まで、このような無様を晒すとは……介錯かたじけない、名も知れぬ、サーヴァントとそのマスターよ。まだ、貴殿らに温情があるのなら……どうか、同胞たちの供養を……」

 

 自らの未熟さを悔やみながらアサシンは消えていった。

 

「マスター……」

「わかってるよ、マシュ。みんな、ごめん」

「気にすんな。このままってのも気持ち悪いからな」

 

 どうやればいいのかはわからないが、ひとりずつ埋めていく。首を拾って、できるだけ綺麗にして、埋めていく。

 サーヴァントは人よりも力が強いから、すぐに穴なんて掘れて、さほど時間はかからずに皆を埋めることができた。

 

「これで、いいのかな……」

「ああ、これでいいとも。供養されず、獣の餌になるよりもよっぽどね」

「ありがとう、ドクター」

「お礼なんて良いよ。それから、こちらで生命反応を捉えた。別の難民がいるみたいだ。強盗に襲われているらしい」

「行こう」

 

 強盗を追い払い、オレたちは難民と合流した。そのまま護衛をしながら、聖都へ向かう。侵略者がやってきても、土地が燃えてしまってもあそこだけは安全だから目指しているのだという。

 獅子王はどこからかやってきて、十字軍を皆殺しにしたのだと難民は言った。そして、聖地に何かを建てたのだという。今は獅子王が聖地を管理し、その門戸を時折開くのだ。

 

 聖都では一か月に一度、聖抜の儀というものがあるらしい。それが難民を受け入れてくれる日なのだという。その日までに聖都にたどり着けばもう何も心配はいらないのだとか。

 

「それでは、ありがとうございました」

 

 難民から情報を聞いて、聖都まであと少しといったところで別れる。

 

 情報を統括すると今、この特異点には三つの勢力がいると見て良いだろう。

 

 太陽王オジマンディアスの率いるエジプト領。この世界のほとんど半分を握っている上に聖杯もその手中にあるというまず間違いなく最大勢力。

 ニトクリスをはじめとしたは強大な配下や、スフィンクスたちがあり、おそらくはやろうと思えば、いくらでもファラオを手足のように召喚できるはずだ。

 味方であれば心強いが、味方とは言えず、次に遭遇すれば敵対することになることは想像に難くない。

 

 次に獅子王。こちらはよくわかっていないが、十字軍を壊滅させた存在であり騎士。おそらくアーチャーが所属しているのだろう陣営はこちらだと考えられる。

 聖都に拠点を置き、一か月に一度、聖抜の儀によって難民を受け入れているらしい。だが、味方ではないだろう。

 

 そして、アサシン教団、山の翁。この時代の土着側と言っても過言ではないだろう。おそらくは最も弱小の勢力だ。難民を救おうと動いていることはわかっているが、到底かなうとは考えられない。

 味方とは限らず、しかし、最も協力できる可能性があるのはここだった。

 

「太陽王、獅子王、山の翁、三すくみでしょうか?」

「いいや、マシュ、たぶんそれは違う」

「そのとーり! ニトクリスとルキウス君が妙なことを言っていたからね」

 

 まず間違いなく、太陽王と獅子王は不可侵条約を結んでいる。聖都の騎士がニトクリスを攫う理由がないとルキウスは言っていた。

 この地を治めているのは獅子王であり、エジプト領は独立した領域。このことから二つの勢力は不可侵条約を結んでいる。

 

 敵対してはいるが、戦わない。つまり冷戦状態ということ。それを看過できず、レジスタンス活動をしているのが山の民アサシン教団なのだろう。

 

「……なるほど、概ね把握した。まずは、聖都を目指そう。十字軍を壊滅させた騎士たちは何者なのか。聖都が今どうなっているのか確かめないとね」

「…………」

「ブーディカさん?」

「あ、ううん、なんでもない」

 

 それにしては何かを言いたそうな、何か悲しそうな顔をしていたような気がした。だが、それを追及するひまはなく、オレたちは聖都を目指す。

 

 そして、オレたちは行きついた、外を拒絶する巨大な白亜の壁に。嘆きの壁と呼ばれるそこへ。夜であろうとも、わかる堅牢な城壁へオレたちは行きついた。

 




暴虐は止められず、殺戮は繰り広げられる。

次回、ついに太陽が、来る――。

ここから先、全員が無事でいられる保証はない。

だって、三倍騎士が襲ってくるんですもの!
サーヴァントすら普通に屠る粛清騎士が大群で襲ってくるんですもの!!

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