砂漠を進む。女王ニトクリスを護衛しながらの行軍。砂嵐がなくなったからか照りつける日差しに今に死にそうになる。さらに高濃度の魔力もあってオレの体力を急速に奪っていく。
急ごしらえじゃなければもう少しできるんだけどねーと、せっせとダ・ヴィンチちゃんが新バージョンを作ってくれているのだが、間断なく襲い来る魔獣によって作業の進行度は芳しくない。
左手で作業をしながら、右手で敵を倒すということもできるわけなのだが、片手間でどうにかなるほどの敵ではない。とにかく強いのだこの辺りの魔獣は。
あと、解体してから食料として利用するので、荷物が増えているというのもある。
「本当に、そんなものを食べるのですか……」
ニトクリスがひいている。
「食料は持ってきているけど、何があるかわからないからね。なるべく節約したいし、何より今までより食えそうなぶん遥かにマシかな――」
常に備えよ。臆病なくらいがちょうどいい。何があるかわからないので、どんなものでも有効活用だ。少なくともジキル博士が検査して食べられるとお墨付きを戴いたので大丈夫だろう。
ちょっとグロテスクだったりするだけ。そうそれだけ。栄養があって食べられればそれでいいのだ。それにおいしく料理してくれる清姫やブーディカさんがいるからマシマシ。
最初の焼いただけワイバーンとか、何の肉かわからないキメラ鍋なんかより、タコっぽい何かを美味しく料理してくれたならそれの方がマシに決まっている。
ああ、思い出したらなんかあの意味わからない味とか思い出してきた――。
「…………(く、苦労しているのですね。まさか、このような物すら食べなければ生きられない者がいるとは。も、もう少し優しくしてあげましょう……)」
何かしらちょっと違う勘違いがなされていることに気が付かず、道中で襲い来る敵を狩っては捌きを繰り返していく。
「それにしても、貴方方は何者です」
――カルデアのマスターであるということは伏せた方が良い。
ダ・ヴィンチちゃんが言っていたことである。なぜならば未だ、ニトクリスは味方ではないのだから。
「私たちは珍しい商品を扱う手品師さ」
「では、マスターとは? そちらの方をそう呼んでいましたが、一体なんなのです。ファラオもその言葉を口にしていました」
「サーヴァントなのにマスターを知らないのですか?」
それは少しばかりおかしい。特異点、聖杯に呼ばれたとしてもサーヴァントとしての知識は持っているものなのだ。
「私は、偉大なるファラオ――太陽王オジマンディアス様に呼ばれたファラオです。太陽王は私に仕えよと命じました。私にはそれで充分です。サーヴァントとしての在り方など知りません。この身は英霊である前にこの地を統べるファラオなのですから」
「なるほどね。これは長い話になりそうだ」
ダ・ヴィンチちゃん曰く、ニトクリス女王は、この砂漠の守護、砂嵐の制御といった領域のことしか知らない。その知識しか与えられていないのだ。
ニトクリスが言うには、ファラオオジマンディアスはこの地に召喚され瞬く間の間に覇権をとったのだという。このエジプト領がその証拠。
オジマンディアスはこの土地とともに召喚された臣民を救った。つまり、彼はエジプトごとここに召喚されたということであり、この砂漠はオジマンディアスの時代のエジプトなのだということ。
エルサレムに向かっていたはずが砂漠に出たのは納得の話だ。
「しかし、その統治に反抗する勢力が現れたのです。それが、土着の民――サラセンの山の民と――」
「聖都――エルサレムの民ということか」
「――待ちなさい。エルサレムが、なんですって?」
「女王?」
「……本当に何者なの貴方たち。エルサレムなどとっくに滅び去っている。この土地に生きる者で、それを知らない者はいないでしょうに!」
エルサレムが滅びている。
「どういう意味だ!?」
目指していた場所がなくなっている。意味が解らない。さすがに予想外だ。
「助けていただいた恩は返します。ですが、それてと私の任は別の問題です! どこの民とも知れぬ者。その上、この地のことを何も知らない異邦人。助けていただいた恩はあれど、貴方方のような者を大神殿に招くわけにはいきません!」
「ま――」
だが、彼女は止まらない。ただ彼女に与えられた権限を用いる。
「来たれ、王の御遣い! この者たちの真実を見定めよ!」
吹きすさぶ砂嵐。現れる神獣スフィンクス。
「せめてもの返礼として、私は戦いません。貴方たちを試すのは、あくまでも彼らです。……貴方たちは選べます。この地にあって太陽王を奉じるか否か。拒むのであれば、死の荒野が、貴方たちの終焉の地になるでしょう。あるいは――獅子王が」
――獅子王?
「いえ。いいえ。この世の運命を司るのは太陽王オジマンディアス様のみ。であれば、獅身獣よ! この者たちに試練を! 私に、彼らの真を見せなさい!」
ファラオは他国の王たちとはその権限の格が異なる。彼らは人間である前に、偉大な神として奉じられるのだ。そして、ファラオたちもそのように力を振るう。
まさに現人神。
「然るに――女王ニトクリス。彼女はちょっと可哀想かもだ」
「そうだね」
あの性格、人が良すぎる。神なりし王と呼ぶにはいい意味でまともなのだ。神としてあがめられる者は精神がまともではいられないだろと思う。
神の視点は人間よりもはるかに高いのだから。
「スフィンクスの力が一割に抑えられている。私たちにとっては都合がいいけどねー。あれじゃあ、ファラオとしての毎日は辛いだろう」
「内緒話はあとにしなさい! 今は! 貴方たちの潔白を証明するのです」
とことん人が良い。そんなところが可愛いよなと思ってしまうほどだ。
「ま・す・た・ぁ……」
「思うだけ、想うだけって。それに可愛いんだから仕方ない」
みんなとは気色が違う褐色美人っていうところでもポイントが相当高い。そのうえであの性格。可愛いと思わない男はホモくらいのものだろう。
「ああ、すっかりダビデの教育のせいでまったく……」
「そうかなぁ、だってブーディカ? 前より実に健全だと僕は思うけど? 男なら可愛い女には正直に可愛いと言って、綺麗な女には綺麗っていう。これが男ってものだと思うんだ」
「よくわかってんな。さすがはイスラエルの王様だ」
「はは、クー・フーリンに褒められるとは。王様してた甲斐があるね。ま、今は気楽な羊飼いだから、女遊びもし放題」
「王様の時も自重しねえだろテメェ」
「はは。そうだとも。自分に正直にが一番。面倒ごとは部下任せ。子供は放任! それが僕さ!」
そんな男どもの会話はさておいて。
「まずはあのスフィンクスを倒そう。話はそれからだ」
オレたちはスフィンクスに戦いを挑んだ。一割とは言えど、それでも強敵には違いない。油断なく攻める。スフィンクスの行動は先ほど見た。
そこから葉脈を辿り根へと向かう。先読みを為すべく、スフィンクスというものを読み解いていく。相手の動きを観察して、次に何をやるのかを読み、指示を出す。
そして、オレたちはスフィンクスを打倒する。金時の一撃がスフィンクスを地面にたたきつけ、
「やあ!!」
マシュの一撃を受けたスフィンクスは上空へ離脱していった。
「っ、やりました、マスター!」
「よくやったマシュ!」
「…………」
――あんなに弱弱しい身体で、よくも……。観れば手足はまだ震えているではないですか……。
――あのマスターも、ふらふらの中、スフィンクスの動きを的確に読んでいましたね。震えて、今にも倒れそうだというのに……
「女王ニトクリス! スフィンクスはわたしたちを見逃しました! 貴女の言う試練はこれでおわりではありませんか!」
「――ええ、見事なり! 汝らは太陽王に、その力を認められた! であれば、これより私の案内は不要! 恐れずにこの嵐を抜けるが良い!」
さすれば、王の慈悲は光輝となって汝らを迎えるだろう。そう言い残して、彼女は去っていった。彼女なりにケジメをつけたのだろう。
それにこれ以上いると情が移ると思ったのかもしれない。優しい彼女のことだ、きっとこれ以上オレたちといると情が移ると思って去っていったのだろう。
味方ではないが、やはり敵とは思いたくない女性だった。そう思う。周りのスフィンクスは襲ってくる気配はない。
「さあ、行こう」
砂嵐を抜ければ彼女の主たる者が待つ神殿だ。そこには必ず、この特異点で起きた出来事が待ち受けているのだろう。
これから先何をどうすればよいのかはわからない。けれどこの先にあるのはきっとオレたちの道を示してくれる何かだと信じて。
「はい先輩!」
一気に砂嵐を抜ける。その先に広がっていたのは、蒼天と――。
「――――」
誰もが言葉をなくしていた。ただただその光景に圧倒されていた。こここそエジプトを治める偉大な王の居城。ゆえに漂う王気。
空間全てを支配するかのような覇気はただ人であれば無条件に平伏してしまうほどであり、何よりこの空間全土に広がる建築群がオレたちから言葉を奪う。
陳腐であるが、この一言が浮かんでは消える。
――美しい。
ただ美しく、あらゆる全ての技術をつぎ込んで作られた建築物。その様はまさに砂の海に浮かんだ海上都市のようであり、誰が見ても一目で素晴らしい建造物であることがわかる。
職人技といった技術の極致はただそれだけで人を圧倒するのだ。この技術もそう。凄まじいまでに高められた技術の粋を尽くした建造にただただ圧倒されるばかりだ。
「これが、太陽王オジマンディアスの居城――伝説に名高い
太陽王オジマンディアス。正しくはラムセス二世。古代エジプト世界に於ける最大最強のファラオ。紀元前1300年、エジプトに未曾有の大繁栄をもたらし、神の王を名乗った、ファラオの中のファラオ。
最も太陽に近いと称される男の威光を知らしめる大複合神殿は、まさしく彼に相応しいと思えた。そこから読み取れるものは、ただただ圧倒的な自負のみ。
王である。太陽である。神である。
遍く全てを超越した太陽の如き鮮烈な輝きを放つ男の姿をオレは幻視した。想像ですら目を焼かれるほどに輝かしい、卑小な身では拝謁することだけで生涯のあらゆる全てを凌駕してしまうだろうほどに他者を照らす太陽。
これからそんな存在と会うと思うだけで、崩れ落ちてしまいそうになる。まだ会ってすらいないというのに、この神殿にただよう雰囲気だけで大凡全てを察してしまったのだ。
間違いなく強大。今まで出会ってきた誰よりもおそらくは、持っているあらゆる全てが違うのだと理解して、脚はその動きを止める。
これ以上先に進むな、死ぬぞという予感。どうしようもない恐怖が身を蝕んでいく。
「――――」
それでも――。
それでもと、身にまとうインバネスを見る。行くしかないのだ。
「行こう――」
震える声で、そう言った。自分に言い聞かせるように。
その背後で、ダ・ヴィンチちゃんがマシュに問う。
「マシュ、ロマニから通信はあったかい?」
「いえ、カルデアからの通信は回復していません」
「なるほど。これで私の仮説は実証されたわけか」
「仮説、ですか?」
「ああ、我々は十三世紀の中東にレイシフトしてきた。それは確かだ。けど、ここは十三世紀の地球じゃない。この杖は魔力の測定器でもあるだけど、ここに来た時から魔力の質が違っている。この砂漠に満ちた
ここは紀元前の砂漠だ。どういう理由かはわからないが、この第六特異点にはオジマンディアスが支配する世界がまるごと転移してしまっている。
一言で言ってしまえば時空が乱れている。だからこそ、エルサレムに行けなかったし、カルデアとも連絡がとれなかった。
明らかにおかしい上に。このエジプト内部には一か所、さらに時空のおかしなところがある。何もかも分からないことだらけであるが、まずはこの先に行かなければならない。
太陽王オジマンディアス。彼が座す神殿の中へ。際限なく強くなる王気。これより先にいるのは誰なのか知るが良いとばかりに空間を満たす王の気配に歩くことすら困難を極めた。
ただ敵対していないだけマシなのだろうということは想像に難くない。彼が敵対していたのならば、今頃はただその覇気だけでつぶされている可能性すら否定できないのだから。
それでも一歩、一歩と、歩を進めついにはそこへ行きついた。オジマンディアスが座す広間へと。
ゆっくりと扉が開き、そして、オレたちはオジマンディアスと対面した――。
対面は次回へ。
さあ、ぐだ男頑張れ。ここからが正念場だぞ。序盤なのにもう正念場とか六章本当頭おかしい。
六章の全ては桁が違うという。本気ではないとは言えどオジマンディアスと戦うとか想像したくないわ……。
ノッブが相性ゲーできるはずなんだが、勝てる未来が想像できんのはどういうことなのか……。
まあ、ともかく次回はオジマンディアスです。
ではまた。