「これから始まるんだ。人類史を救い、世界を救済する
特異点を巡る旅の為に、サーヴァント――あの冬木で助けてくれたクー・フーリンを召喚したあと、自室でドクター・ロマンのことばを思い起こす。
グランドオーダー。それは七つの特異点をめぐる聖杯戦争。聖杯を探索し、回収して人理を修復して世界の滅却をなかったこととして全てを救う。
そんな世界を救う戦いに最後のマスターとして挑む。
まるで小説やアニメ、映画なんかの主人公みたいだと思った。
ただの偶然で山奥のカルデアまでやってきた。ただの割のいいバイト程度だと思っていたら、まさか世界を救うなんている人類すべての命運を背負わされている。
「まるで、冗談みたいだよな」
誰もいない
そんな冗談みたいな話もまったく冗談ではなかった。
すでに特異点Fと呼ばれる場所から聖杯を回収している。
これから始まる七つの特異点をめぐる旅の序章ともいうべき場所。火に飲み込まれた地獄の窯の底のような場所。
肌を焼く熱を、襲い来る骸骨などの敵の姿、漆黒の騎士王の一撃を、所長の死を、その全てを覚えている。あの苦しみを覚えている。伸ばした手は届かない。届かなかった。
本当に冗談みたいな話だ。冗談で済ませられたのならどんなに良かっただろう。
人理を修復し、人類史を救う。
「本当に、冗談だろ――」
「フォウ?」
誰もいない部屋に声が響く。一匹いた。
「なんでもないよ」
フォウさん。猫なのか、それとも何なのか。よくわからない生き物。
抱え上げると結構重い。けどその分、もふもふだし可愛いらしい。
「フォウフォウ!」
「ととと、ごめんごめん。すぐおろすよ」
「先輩! フォウさんを見ませんでしたか?」
フォウさんを下ろしたところでマシュが部屋に入ってくる。
マシュ。マシュ・キリエライト。先輩と慕ってくれるデミ・サーヴァント。
「ああ、来てるよ」
「すみません。特異点Fから戻ったばかりで疲れているのに」
「これくらい大丈夫だよ」
「いけません、休息は大事です。先輩はこのカルデア最後のマスターなんですから」
「……そうだな。休息は大事だよね」
「はい、それでは先輩、おやすみなさい。さあ、フォウさん先輩はおやすみですから行きましょう」
マシュはそういって部屋を出ていく。
呼び止めようかと思った。
けれど、呼び止めてどうする。もはや後戻りはできない。自分はもう答えてしまった。聖杯を回収し、人理を救う。
正しい判断だ。このまま世界が滅びるなんてあっちゃいけない。だから、弱音を吐いちゃいけない。
「
もう自分以外に適任者はいない。他のマスターは全員重傷でコールドスリープしている。彼らを頼ることはできない。
最後の希望。それが潰えてしまえば最後、人類は滅ぶ。弱い自分のせいで。だから、弱音なんて見せるわけにはいかない。
誰もが期待している最後のマスターとしてやるべきことをする。やれるだけのことをやって、結果を出して人類を救わなければいけない。
それになによりも。
「マシュの期待は、裏切れないよ」
あの特異点Fで、怖いと、戦うことは怖いと言いながらも必死に守ってくれた女の子。
可愛い可愛い僕のデミ・サーヴァント。
彼女は死ぬかもしれないのにあの
その期待に応えなければならない。彼女がそう望むのであれば、そう在る。そうでないと釣り合わない。こんな何もできないマスターには彼女は釣り合わない。
せめて恰好だけはつけなければ情けない。何もできない。何の力もない。ただの数合わせの一般人ができることなんてそれだけだ。
戦闘の指示がたまたまうまくいっただけ。これから先もうまくいく保証はない。だからせめて、恰好だけは一人前のように。
虚勢を張ってでも、前に進む姿勢だけは崩さないように。
期待を裏切りたくない。
なにより所長の言葉が今も耳に響いている。
――あなたしかいいないのよ。だったら、あなたがやって当然でしょう。
僕がやるしかないのだ。
「寝よう」
確かに疲れてはいる。寝れそうにないけれど横になるくらいはいいかもしれない。
ベッドに横になる。目を閉じても眠れそうにない。瞼の裏に焼き付いた炎に焼かれる光景は離れてはくれない。人がいなかったのがせめてもの救いかもしれない。
いつも間にか、眠っていて、そして朝が来ていた。太陽も見ることはできない、カルデアの朝が――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ったく、今度はランサーで呼べっつったのによ」
何の因果か再びキャスターで呼ばれてしまった。文句を言っても仕方ねぇが、力が出せないというのはあまりいい気分ではない。
フェルグスの叔父貴に見つかりでもしたらいじめかとか言われそうだ。師匠にも見つかったら何を言われることか。
想像するだけで恐ろしいこった。
「仕方ないよ」
目の前のなよっとした男が答える。
ドクターロマン。そう呼ばれるこのカルデアと呼ばれる組織における現状のトップとでもいえるかもしれない存在らしい。
ただの医療スタッフだというが、どうだか。
「そうだよ、光の御子」
更にふざけた女がやってくる。モナ・リザとかいうらしいが、中身が男。
自分の理想の女になった万能なりし男。
レオナルド・ダ・ヴィンチ。気安くダヴィンチちゃんと呼んでくれと彼、または彼女は言う。
ふざけた言動だが、万能の人と呼ばれるだけの技術を持っているだけに無下にはできない存在だった。彼女がいなければこのカルデアの運営すらままならなくなるだろう。
「ダヴィンチちゃんが教えてあげよう。このカルデアの召喚式フェイトだけどね。君らがいた、あの特異点Fにて行われていたという聖杯戦争における英霊召喚をもとにしている。
そこまでは普通だったんだけど、実は人類史滅却なんていう非常事態において、少しばかり仕様が変更になっているのさ」
「ええ!? ダヴィンチちゃん、それ僕、聞いてないんだけど!?」
「ロマニには言ってないからね。というか、さっき私も気づいたんだけど」
「おい、横道にそれてないで、さっさといえよ」
それにダヴィンチは露骨に膨れて見せる。おふざけが足りないということなのだろうが、そんなことよりも話をさっさと先に進めるべきだと思ったわけだ。
下手な話に行けば面倒極まりない。
「というか、そもそもそういうのはオレじゃなく、マスターに言えよ」
「君が聞いてきたんじゃないか。なに、ここまで聞いたんだ、最後まで聞いて、マスターに伝えてくれたまえよ。どうせ会いに行くんだろう」
「ま、少しはな」
「では、続きだ。人類史滅却これは異常事態だ。
人類を存続させるべく働く力、人類の持つ破滅回避の祈りである「アラヤ」がなんらかの干渉をしてね、だいぶ召喚式がゆるゆる、ちがうな、んーと、がばがば? まあ、そんな風になっちゃたんだ」
つまるところ、万能の女がいうにはだ、何を召喚できるのかわからないが、とにかく何でも召喚できる。
普通は召喚できないような神霊だろうともサーヴァントの格に落として召喚することができる。
だが、霊格はカルデア側の相性に左右されるという。サーヴァントは規定された五段階の霊格に割り振られ召喚される。
相性が良いサーヴァントほど霊格は高くなり強力になる。本来三流サーヴァントが一流サーヴァント並みの力を発揮するようになったりするという。
その分、召喚されにくくなるという本末転倒な話になっているらしい。どのみち全てはマスターの運しだい。
縁さえつなげばどんな奴らでも召喚できる。
「全ては運だけどね。君がキャスターで召喚されたもの運だよ」
「狙ったのを召喚できねえとはね」
「ふつうに聖杯戦争をするわけじゃないんだ。狙っても意味がない。それなら多様性を持たせた方が良いという判断なんじゃないかな」
「ま、まあ、ふつうに召喚できるのなら問題はないよ。問題ないんだよね、ダヴィンチちゃん」
「そう心配しなさなんなロマニ。大丈夫に決まってるだろ。たぶん」
「たぶんって言ったよこの人!?」
騒ぐ二人を残して、マスターの部屋に行く。
呼び出しを受けたのだ。何やら話があるらしい。
「来たぜ、マスター。なんだ、殺風景な部屋だな」
「ああ、待ってたよキャスター」
「で、話ってなんだよ」
「オレに、戦い方を教えてほしいんだ」
――へぇ。
思わず感心する。
「オレだけ戦えずに、後ろで見ているのもどうかと思う。だから、戦い方を教えてほしい。ルーンとか」
「前にも言っただろうが、相手はサーヴァントだ。おまえさんの力じゃどうしようもないことはわかってるか」
「ああ、わかってる。でも何もしないよりはましだろ?」
魔術礼装を使っての支援以外にも自分の身を少しでも守れるような力があればマシュの負担が減るだろう。そんなことでも考えているのか。
あるいは――。
もっと駄目なことを考えているのか。
「あー、そうだな……まあ、今度な、今度」
断る。
そう断る。教えるべきではない。いや、教えるのはもっと適任がいるだろうし、今の状態でこれ以上を求めたらだめだろう。
「おまえさんは、今は、マスターとしての技量を磨くこった。魔術とかはその後だ」
「でも」
「教えないとは言ってないぜ。今度だ、今度。なに、それまでは俺と嬢ちゃんでしっかり守ってやるから安心しろ」
「……わかった。頼りにしてるよクー・フーリン」
「おう。槍のようにはいかねぇが、なに、スカサハから学んだルーン、しっかりとその目に焼き付けてやる」
そういってひとまずは事なきを得た。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「駄目か」
クー・フーリンには断られた。
「まあ、確かに、今のままじゃな」
魔力供給だってうまくできているかはわからない。カルデアのバックアップがなければへっぽこもいいところのマスターが欲張っても仕方がない。
「……」
それでも、それでも力がほしかった。
女の子に戦わせるのは心苦しいし、少しは何かできるようになりたかった。後ろで戦闘指揮をしているだけじゃなくもっと援護とかを。
「…………」
なぜなら、一回のミスも許されない。一回でもミスすればその瞬間に全てが終わるのだ。
自分のせいで、世界が滅ぶ。
そうならないために、力がほしかった。
「――――」
重いのだ。重い。期待されているのが重い。
日がな部屋にいるのはそのためだ。
何か手伝おうとすれば、休んでくださいと言われる。オペレーターに何か手伝うことはないかと聞いた。大変だろうから何かできることはないかと。
断られた。最後のマスターだから。希望だから。
世界を救えるのはあなたしかいないのだから、こんなことはさせられない。休んでほしいといわれた。
期待されている。
期待されている。
期待されている。
期待されている。期待されている。
期待されている。
「――――」
重い。重い、重い。
それでもやらなければいけないのだと言い聞かせる。自分以外にできる人はいないのだから。
あきらめない。
「諦めない。なんとか、するんだ」
諦めない。
諦めない。
諦めない。
言い聞かせるように。呟き続ける。
そして、次の特異点へ向かうのだ。
百年戦争の頃のフランス。
邪竜が支配する破壊されたフランスを救うべくレイシフトして、戦って戦って。
失敗せずに、完璧に全てを救うのだ。
それが最後のマスターとして与えられた使命。
全ての絶望が噴出したカルデアに残った最後に残った希望としての責任。
がむしゃらにやって救えるという希望を見せてしまったマスターとしての責任だ。
「行きましょう、先輩!」
「ああ!」
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
何かのひび割れる音を聞きながら、マスターとして特異点へと向かう。
人理を修復する旅は始まったばかりだ――。
圧縮版は、そのまま続きに使うということで残しました。
まあ、もちろん、修正はところどころいれておりますが。
次は百年戦争の圧縮解除をしていきたいと思います。
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