――仮想存在定義
――定義終了。
――レイシフト完了。
レイシフトのプロセスが終わり、無事にオレたちは特異点へと降り立った。
「ここは?」
「モニター良好。よしよし。今場所を特定する。どうやら、本州にほどちかい一つの島だね」
京にレイシフトしたときに沖合に見えていた島だという。
「なるほどあの時の」
「周囲の様子はどうだい?」
周囲の様子を確認する。島の全景を見る。
「…………」
「…………」
明らかに鬼ヶ島です。
「マシュ、には、何に見える?」
「い、いえ、先輩、これは……わたしの基準としている知識が間違っているだけかもしれません」
「そ、そうか。じゃ、じゃあ、清姫?」
「わ、わたくしです、か。え、ええと、その、申し訳ありません、ますたぁ。わたくしにもその――」
どこをどう見ても鬼ヶ島です。
「ブーディカさん?」
「わ、わたし!?」
「ど、どうしたんですか」
「い、いや、なんでもない。なんでもないって」
とりあえず鬼ヶ島というお伽噺に出てくるアレに見えるといわれた。
「よっしゃああああああああ!!」
「なに、どうしたのクー・フーリン!?」
「何、今回は槍を持てたからな。ようやく普通に暴れられると思ってな」
「ああ、そう言えばダ・ヴィンチちゃんに霊基を改良してもらったんだっけ」
クー・フーリンはこれからの戦いの為に霊基を自ら改良してもらったらしい。キャスターが増えて来たからランサーに。これはエリちゃんにも言える。
エリちゃんもいつの間にかランサーになっていたのだ。それもこれもダ・ヴィンチちゃんがやったことらしい。相変わらずすごいなダ・ヴィンチちゃんは。
しかも副産物でルーンや魔力のランクが上がったままというらしい。
「だから、任せなオレがきっちり心臓を穿って解決してやるよ」
「頼りにしてるよ」
「ねーねー。そんなことよりさぁー、僕としては聞きたいことがあるんだよねぇ」
ダビデが、妙にねっとりとオレの首に手を回しながら言ってくる。
「なんだよ」
「妙にさぁ、ブーディカの様子がおかしいと思うんだけど何かした?」
「何も?」
「ふぅん……何もねぇ」
何もない。そう何もない。あるわけがない。あるとすれば京での酔っ払い騒ぎだろうけれど、お酒が絡むことにいちいちまじめになってどうするのだ。
というのが、親父の口癖だった。それで悪酔いするんだから、手が負えない。だから、ブーディカさんにいろいろされたことは心の奥底にしまい込んで堪能するだけにして、まったく表では気にしていないようにふるまっている。
ブーディカさんは記憶があるらしく結構気にするほうらしいから、割とよそよそしいらしい。けれど、そのうち自分で折り合いをつけるはずであるからオレは気にせず待つつもりだ。
「だから、ダビデが思っているようなことはなにもない」
「なんだつまらないなマスター。人妻。未亡人に手を出さないなんて、本当にマスターかい? 一緒にお師匠さんの風呂を覗いた仲じゃないか」
「それとこれとは話が別だろう。って、おい、まて、それはおまえが勝手に行って、オレは止めてただけだろ!」
「そんなこと言って、本当は嬉しかったくせに」
「…………」
お師さんのオパーイはすさまじかった――。
――ってそうじゃねえよ。
「ダビデ、そろそろまじめにしてくれ。ここが鬼ヶ島だとしたら茨木童子とか酒呑童子みたいなのがいるかもしれないんだぞ」
「まっ、その時は遠慮なくオレに任せろよ。生きているんなら神様だって殺して見せる」
「頼りにしてるよ式。で、何持ってるの?」
「ああ、これかそこに落ちてたからな。やるよ」
「わ、とと――」
そう言って彼女が投げ渡してきたのはどこをどう見てもきびだんごだった。
「…………」
きびだんごだった。
どんなに見てもそれは見事なきびだんごだった。
「ジキル博士、これ……」
「きびだんごって書いてあるね。桃太郎の童謡にも出てくるあのきびだんごじゃないかな。成分を解析してみないことにはわからないけれど」
「なんで、落ちていたんだろう」
「桃太郎が落としていったのかな?」
桃太郎。犬、猿、雉を連れて鬼ヶ島の鬼を退治した英雄と言っていいんだろうか。そんな存在がいるのなら心強いが。
それは道を見ていたジェロニモによって否定される。
「それはないだろう。足跡を確かめてみたが、ここにいる我々のものだけだ。誰かが先に来た、ということはないようだな。すくなくともサーヴァントは通っていまい」
「そうか。となるとこれは最初からここに在ったということでいいのかな?」
「そう考えるのが妥当だろう。少なくとも大地の精霊はなにも言わない。危険というほどのものでもないだろう。おそらくは、マスターに与えられたこの特異点での役割をこなすために必要なものだと思われる」
「役割……か」
きびだんごを持つ者と言ったら桃太郎だろう。お供を引き連れて鬼退治に鬼ヶ島にやってきた。それが桃太郎。オレに与えられた役割はこの桃太郎になれ、ということなのだろうか。
「ま、是非もないよネ! それよりおいしそうじゃのう。ひとつ味見してみるのはどうじゃろう。ほれ、わしが危険を引き受けよう。なにせ、わしじゃしな! わし、じゃからな!」
ノッブって甘党なんだよな。すごく目をきらきらさせてきびだんごを見ている。でもあげることはできない。彼女を危険にさらすことはできない。
相手が鬼となればノッブの固有結界はかなり有効だろうから。
「だから、駄目」
「ノッブ!?」
なんで、そこでおまえ、マジか!? って顔されなきゃいけないんだろう。
「トナカ――」
「あげませんよ」
「まだ何も言っていないぞトナカイ」
「言わなくてもわかります」
いつもハンバーガーとターキーをもきゅもきゅしている王様の言うことなどわかりきっているに決まっているではないか。
とりあえずこのきびだんごは誰にもあげない。とりあえず、ドクターに解析してもらっているからその結果次第だ。
「それでは、先輩、どうしましょうか」
「そうだね。とりあえず、先に――すすんで……」
「わんわん……」
何やら目の前に痴女が現れました。日本風の鎧を着ているので日本のサーヴァントなのだろう。しかし、痴女だった。大事なところはまったく守れていない。
この痴女をオレは知っている。真冬でもこの格好だった。そう――サンタさんとプレゼント配りをしていた時に、出会ったサーヴァントの一人だ。
「私は、牛若丸、犬です我が主。忠犬です主。その、手に持ったきびだんご、一つ私に下さい。さすれば鬼の首を主に献上いたしましょう。……首を献上しましょう」
「なんで二回言った!?」
「いえ、なんか大事なことだと思ったので」
「…………」
きびだんごとはオレが手に持っているこれなのだろうが。
「ドクター?」
「んー、あげていいとは思うよ。ダ・ヴィンチちゃんとできる限り解析してみたけれど、毒性や魔術的な何かがあるわじゃない。ただとびきりおいしいきびだんごってだけだよ」
とびきりおいしいにガタッと反応するサーヴァントたちは放っておいて。
「忠犬!? それはわたくしのポジション! あなた如きに渡せるはずがありません! さあ、ますたぁ。ここは是非わたくしを犬に! ああ、なんだか知りませんが、首が寂しい。ちょっと首輪をつけてきますので、リードを繋いでいただけると犬って感じで良いかも。さあ、ますたぁ、このザ・忠犬清姫ちゃんに、きびだんごを! そして、犬扱いを! さあ、さあ!」
「まだよってるの?」
「ますたぁに寄ってます、依ってます、酔っています!」
「いや、そういうことじゃなくてね」
とりあえず清姫は、なんかこの前の一件ですっかり何かに目覚めてしまったようでこの調子である。このままでは話が進まないので清姫は放っておくことにする。
それでもああ、放置プレイ、良い、とか恍惚な表情。本当、何かに目覚めてしまったようです。
「とりあえず、牛若丸、これほしいの?」
「はい、とりあえず
「危なくない?」
「危なくないですよ。というか、この特異点はどうやら鬼ヶ島に寄せてしまったがために、つき物な桃太郎の要素がでてきてしまったらしく」
つまり、どこかの誰かがこの場所をつくってしまったがために、抑止力によって桃太郎の要素が顔を出した。牛若丸は犬枠として召喚されたとのことらしい。
「ということはほかにも猿とか雉がいるってこと?」
「おそらくは」
「そうか……とりあえず、これあげるよ」
「かたじけない。これより主殿誠心誠意仕えましょう。具体的には首を獲りましょう」
「首って?」
「無論、鬼の。あそこをご覧ください主殿」
牛若丸が指し示した方向を見ると、そこにはまさに絵にかいたような鬼がいた。
「鬼!?」
「襲ってきます!」
「さあ、主殿、犬の実力をご照覧あれ!」
襲ってきた鬼を牛若丸が驚異の素早さで倒す。さすがというべきだろう。
「あっけない。とはいえ、尋常ではない敵でしたね主殿」
「いや、まあ、そうだな」
茨木童子ほどではないにしろ、普通の人間よりは遥かに強い力を持っていた。数が少なかったのが幸いしたが、多くなってきてもまだどうにかなりそうな気配はある。
だが、明らかにこの島はおかしい。お伽噺からそのまま抜け出て来たような島のカタチに、鬼の存在。
「やっぱり鬼ヶ島なんだろうなぁ……確定しちゃったというか」
鬼ヶ島は実在の島ではないはずだ。あくまでもお伽噺の中の存在。こんな風に実在しているのもおかしいが、何よりサーヴァントの鬼種でもない
「この島は造られた可能性がある」
「こんな規模の島を、ですか……?」
「ありえるのドクター?」
「意外なことでもないよ。神話的に、日本はもともと神に造られた島な訳だし。天沼矛の逸話は知っているかい? 国産み、島産みの権能ってヤツさ」
権能。その言葉から感じるいやな感覚。嫌でも想像してしまう。へたしたら神霊とかそんなのが出て来たんじゃないかと。
「安心しろよマスター。神様だろうと生きているのならきっちりかっちり殺してやるさ」
「本当、頼りになるよ式は」
「特異点らしき反応は……この島の最奥部、頂上付近にあるようだ」
目測になるが、頂上に近づくほど険しい岩山だ。まさに絵に描いた鬼ヶ島。一般的には岩で出来た島で、鬼の要塞としての砦が築かれているらしい。
まさにその通り。海岸からでもわかる物々しい雰囲気で、頂上まで道が続いているものの門が見える。三つの門が行く手を塞いでいる。
「楽な道じゃないけど、まあ、いつものことだし。行こう――」
千里の道も一歩から。なに、どんなに険しい道でも道があるのなら辿りつける。カルデアにオレが辿りつけたように。
そう思うと、意外に簡単だと思える。カルデアへの道ではひとりだった。今は、たくさんの仲間たちがいるから大丈夫だ。
「んー、楽しみだな」
「何が楽しみなんだ、ダビデ」
「鬼ヶ島、鬼退治といえば、最奥にあるものはやっぱり財宝というのが付き物だろう?」
「まあ、その財宝で桃太郎はしあわせにくらしましたっていうのが大半だろうしね」
「財宝が見つかった暁には僕に任せてほしい。マスター名義で倍に増やして返すからさ」
「まあ、任せるよ」
こと財産管理に関してはダビデを信用している。ダビデが倍にすると言ったのなら本当に倍にするだろう。ダビデはそういう男だ。
「ますたぁ、なぜ、なぜわたくしにきびだんごをくださらなかったのですか!!」
「清姫が大切だったから」
「――――」
ぼわんという音がしたかのように一瞬で清姫の顔が赤くなった。
「た、た、た、た、たたた、た、たいせ、大切、わ、わた、わたくし、が」
「うん」
「嘘、では、ありません、ね……」
「嘘じゃないよ。清姫は大切だ。だから、犬の真似なんてしないでいい」
「アレ!? それ、私が犬になるのは良いということですか主殿!?」
「そうでもないけど、そのために召喚されたのならいいでしょ」
明確な線引きは大事だ。本当、清姫はいつでもオレを守ってくれるから。三蔵ちゃんに記憶を封じられてから、妙にいろんなことを思い出す。
辛いことも悲しいことも。あらゆることを思い出す。忘れようととしていたことも全部。全部。オレがこれまでの特異点で意図して忘れようとしていてことも。
忘れようとしていたことを思い出した。しっかりと認識した。
「だから、清姫が大切。みんなが大切。だから、清姫もほかのみんなも犬とか、猿とか、雉にはしないよ」
大切な仲間たちだから――。
圧縮解除フラグも立てつつ、アンケートもう少しで終了ですよー。
活動報告の欄で投票ください。
さあ、行くぞ鬼退治。犬を仲間にして、次は雉、そして、猿だ!
そして、門番ですが沖田さんになりましたー。久しぶりに登場ですね。
では、また次回。