「ならばこれで最後だ――聖槍抜錨――」
解放するは世界を繋ぐ楔の聖槍。臨界点突破、許容量を超えて吐き出される魔力に聖槍が、与えられたその権能を露わにする。
生前のアーサー王がヴォーティガーンやモードレッドを討つ時に振るった聖槍。またの名をロン。かの聖剣に並ぶと言われている神造兵装がその牙をむく。
「私は嵐の王、ワイルドハント。我が
それは、世界の裏側たる神代と現実たる人の世界を繋ぎ止める光の柱。
あらゆる幻想を光の柱解かれれば現実の物理法則によって成り立つ世界は剥がれ落ち、過去のものとなった幻想法則が現れ、神代に逆戻りする。
その楔が今、引き抜かれる。
「さあ、啼きながら集え、我が手足、我が供物。
掲げる聖槍。
循環する回転に魔力が渦巻き嵐が如く吹き荒れる。
まさしく暴風。あらゆる全てを蹂躙し供物と化す槍がここに今、その力を振るわんと猛る。猛る――。
「今はこの塔こそが我が城塞」
それは城塞。それは槍にして彼女が持つ唯一にして無二の城塞。
世界を穿つ轟きの名を知るが良い。
「突き立て! 喰らえ! 十三の牙! ――
最果てに輝き続ける槍が今ここに解放される。
突き立て、十三の牙が駆動し、放たれる嵐の如き魔力。
「く――」
これを防がねば死ぬ。ここまで来て、この一撃を防がねばならない。マシュがいればと思う。だが、彼女はいない。
防げな――。
その時――何が起きたのか一瞬理解できなかった。破壊が巻き起こり死んだのかとも思った。だが――死んではいなかった。
「なに――、が」
「あなた、それ――」
「え――」
お師さんの指先はオレの頭を指す。そこに在るのは――緊箍児。それは孫悟空の頭にはめられている金輪のことだ。
お釈迦様に捕まり、五行山に封じられた孫悟空は、三蔵法師の弟子となったが、平気で悪人を殴り殺すなどまるで反省した様子が無かったのだ。
それを知った観世音菩薩は悟空を封じるべく三蔵にこの金輪を渡した。三蔵は観世音菩薩から教えられた呪文を唱えることでこの金輪を締め付ける事が可能であり、悟空の乱暴を諌める時に使用した。
だが、この真の効果は悟空をいさめるためのものではない。この金輪は、悟空の命を守るものでもあったのだ。
「これは、まさか!!」
「御仏の、加護」
輝く緊箍児。それが砕けると同時にただ一度だけ、所有者と大切なものを守る。ロンゴミニアドの一撃を防ぎきることができた。
それと同時に
「――――思い、出した」
全てを思い出す。マシュが倒れたこと。嘆き悲しむオレの記憶を封じて、三蔵ちゃんが助けてくれたことを。きっとあれは記憶を封じられる前のお師さんだったんだろう。
いや、きっと悟りへと至った、仏としての側面――。
記憶を封じたのは、この旅の中でオレに学ばせるため。あきらめないこと。彼女の生きざまを。何があっても、取り乱さずに最後まで歩み続けることを。
相変わらず、オレは駄目だ。何かあればすぐに立ち止まろうとしてしまう。弱い人間だ。
「今だ!!」
今も変わらないのかもしれない。相変わらず思い出してしまえばマシュのことが頭を離れない。けれど――前に進める。
「「「おう!!!」」
「これこそは、わが父を滅ぼす邪剣――
「君には改心する権利がある。――では、仕方ないな――
「我が槍は是正に一撃必倒。神槍と謳われたこの槍に一切の矛盾なし!」
「優しく蹴散らしてあげましょう。
「海にレムリア!空にハイアラキ!そして地にはこの私!
「く――ぬぅううう!!」
宝具の一撃が、牛魔王へと直撃した――。
そして――
「くっ、余は……余は悪くないもん!!」
「え、えええ!?」
「御仏に従う代わりに一個だけお願いしたんだもん! 羅刹女の食卓が、クロスが、食器が、ナプキンが! とにかく何からなにまで! 消毒薬の刺激臭にまみれているのをなんとかしてくれませんかって……!」
oh……そういうメシマズなのかぁ……。
「料理は普通に家庭的な英国料理で美味しいのに……いつも台無しに……」
さめざめと泣きだす牛魔王。
「父上えええええええ」
それにつられて泣きだすモー孩児。二人抱き合って泣いている。良い親子だなぁ……。
「………………ふぅ。取り乱して失礼した。だが忠告だけはしておこう、玄奘三蔵とその一行。この先の道程は保証しない。御仏の加護ももはやあるまい」
最後の加護だっただろう金輪も砕けてしまった。確かにもう加護はないだろう
「大丈夫よ、牛魔王。このあたしの信心が、それぐらいで揺らぐとでも? それにそれでこそ本当の旅だわ!」
「そうか。では貴僧と貴僧の弟子たちに幸運を――」
「さて――じゃあ、牛魔王さんも一緒に来てくれませんか」
話も終わったところで切り出す。
「は?」
「いや、だから牛魔王さんも来てくれると心強いなーなんて」
「いや待て、貴様、余が何か知ってていっているか?」
「牛魔王」
「そうだ。それでおまえたちは?」
「三蔵一行」
「そうだ」
だったらわかるだろう? と言いたげな牛魔王。だが――。
「知らん! 知らんけど御仏の加護がないなら、牛魔王の加護がほしい! ついてきてほしい!!」
「駄目に決まっているだろう! それになぜ余が行かねばならん。そんな義理など」
「今、来てくれるのなら、オレが、うまい英国料理を作ってやる!!」
「――!?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さあ、行くぞ、ぐずぐずするな!」
というわけで一行に牛魔王が加わりました。
「いや、なんというか、マスターの人材獲得にかける熱意がすごすぎて僕引いてきたよ」
「だって、嫌な予感が。というか、思い出したんだけど天竺ってインドじゃん?」
御仏の加護なし。これから先の保証なし。そして、目的地インド。インドと言えばアメリカでさんざんやばいものを見せてくれたお方がいる。
そうカルナとアルジュナ、ラーマである。彼らの力はサーヴァントの中でもとびぬけている。そんな彼らがいたとして、もし戦闘なんかになってしまったらと思うと背筋が凍る想いしかない。
だから――
「牛魔王に来てもらったというわけか。うむ、確かに、カルナとアルジュナは儂の手にも余る」
「味方なら心強いけど、敵ならあれほど恐ろしいやつらもいないのよね」
アメリカを旅した書文さんとエレナと三人で溜め息を吐く。
「広~いもんよね~ガンダーラー~♪ 天竺の彼方に~マンダーラ~♪ ふふふ~ん」
お師さんは気楽に楽しそうだ。
「あ! 見てみて! 川よ! 黄金の大河! ついに着いたわ! 嗚呼、懐かしきガンジス川! ――!!??」
黄昏のガンジス。そこに二人のインドサーヴァントがいてこっちを睨んできている。最悪のカルナとアルジュナのコンビである。
「…………うっ……どうしよう……」
「……門番、かな? あの二人はまずいねぇ。もう仏教とかそんなの知るか、と言わんばかりの顔だ」
「なにより冗談が通じそうにありませんね」
「あのカルナはそれでも通じる方なんだけどね……」
どうしようもない感じだった。一歩でも踏み込んでみろ、どうなるかわかってるなってのが目で伝わる。
「彼らは 異界の 守護者」
「――哪吒。やはり来たのね」
「もう解る はず――玄奘?」
「…………。ええ、わかるわ。哪吒。あれなる二人、大英雄にして半神は、あたし自身の恐怖を具現している。外の世界を目指そうとするあたしの、ぬぐい切れない不安を。あたしは呼ばれた。カルデアのサーヴァントとして。けれどその召喚を、成仏得脱したはずのあたしは、拒んだ仏は人類の滅亡などには決して関与しない。それすらも大きなうねりの一つにすぎない。あるとすれば、ただ人としてのあたしの、我欲に過ぎない」
だから、カルデアで眠りについたとき、つながった。助けを求めた意識が召喚の縁としてつながった。仏にすら届くなんて、オレはどれだけマシュ関連で弱いんだろうか。
「もう大事な弟子たちと離れるのはイヤ……。一人で寂しく死ぬのはいやよ……。……でも。たったひとりでも、この旅を続けられるならあたしは、何度でも、旅に出る。今ここに悟空はいなけど――」
お師さんは強い。オレなんかよりも。ただひとりではオレは何もできない。ただ一人。マシュがいないと前に進むことすら諦めそうになる。
それはいけないことなのに。マシュが倒れた時、オレはすべてが終わったように思えた。まだなにも終わってなどいないというのに。
オレは弱い。けれどこの旅でお師さんと関わって、一緒に過ごしてオレは、お師さんのようになりたいと思った。
ひとりでも折れない心をもってまっすぐに進めるような強い男になりたいと思った。
「……玄奘 加勢する ボクも」
「哪吒、あなたが? いいえ、それには及ばないわ! あなたは、この古びた途切れ途切れの巻物を終わらせるために現れた、御仏の使者。あるいはこの虚ろな世界であたしが、御仏の姿を探るための、レンズのような存在だった」
それを確認すると了承し、哪吒は離脱した。あれを引き留めることだけはオレにはできなかった。なぜなら、きっとお師さんが許可しないから。
牛魔王とかは許可してくれたけど、それはきっと駄目だろうから。
「……行っちゃった。あの子もサーヴァントとして召喚されたりするのかしら……?」
「どうだろう。でも縁は繋がったから」
「そうね。――ん、よし! 最後の煩悶もこれでおしまいっと! 相手が何であれ、止まらないのがあたしだもの! みんな、悪いけど死ぬまで付き合って! 最後の試練、あの大河を越えましょう!」
「応!!」
そして、オレたちはカルナとアルジュナに挑んだ――。
「――っは、はは――生きてる」
「うえーん、つかれたー」
「ブヒ、ブヒー」
「ふむ。さすがに、骨が折れたわ」
「疲れましたね。いや、本当。もう勘弁してほしいというか。本当、姉様たちももう少し手加減を――」
「もう嫌だ、アレと戦うとか母ちゃんと戦った方がマシだぜ、マジで……」
「うぅ、容赦ないんだものカルナ。でも、なんとかなったわね」
「まったく余が全力を出さねばならぬとは――」
だが、勝った。どうにかこうにか、激戦を潜り抜けて、オレたちはガンジスを越えた向こう岸に横たわっている。
いやもう一歩も動けない。
「ふぅ……」
「ふふ、楽しかったわ!」
「そうですね。って、アレ……」
足が消えかけている。腕も。
「うん、もう時間かな。これも御仏のお導き……ううん。あなた自身の幸運かな?」
もうカルデアに還る時間。そういうことなのだろう。
「頃合いのようだな。三蔵法師よ。お主はこの彼岸に残りそして、また新地へと旅立つのだな」
「――ええ。あなたの的確な助言に感謝を。沙悟浄――李書文。あたしの知ってる沙悟浄に勝るとも劣らない槍さばきでした。この旅であたしが大泣きしなかったのは貴方の冷静さがあったからです」
「ふっ、さてマスター。功夫は続けることだ。まずは基礎を、技はそれからよ」
「ありがとうございました!」
笑って書文先生は還っていった。いつかまた召喚される日がくるだろうか。その時にはまともな棒振りくらいはできると良いな。
「次は僕だね。実を言えば、お師匠さまと僕が信じる神は異なっているけれど。人は神から機会を貰い、人は人から多くを学ぶ。なので、信じる神は違えどこれは有意義な経験だった。得難い経験をありがとう。ああ、僕が今回溜め込んだ財宝はきちんとお師匠様名義で貯金してある。再会が叶ったら、その時は僕から盛大なお祝いをさせてもらうよブヒ」
「ええ、楽しみにしているわ。猪八戒――恐るべきダビデ王。どんな窮地でも、どんな状況にあろうとも、慌てず、腐らず、軽快にこなしていく。貴方の在り方は真似できないけど、ピンチの時は貴方の顔を思い出させていただきます。どんな時もへんなキャラ付けを崩さなかった、欲望まみれの猪八戒。でもエッチなのはいけないと思います!」
「はは、じゃあ、マスター僕は先に還るよ。カルデアで会おう――」
「うん、また。――いろいろとありがとう。この旅が充実したのはダビデのおかげだよ」
今度はおっぱいを揉もうと言って彼は去っていった。最後まで変わらない奴だった。
「■■■■!!!」
「ええっと? う、うん、そうね? うんうん」
なんだかよくわからないけど、猛烈な握手を交わす呂布とお師さん。
「乗り心地最高でした! 次は鞍を用意しておきますね!」
そういう問題じゃないと思うが、呂布はなんだか違う……と言ったような感じで消えていった。
「まさか最後まで付き合うことになるとは思いもしませんでした。ですが、悪い経験ではありませんでしたし、私は役に立てましたか?」
「ええ、とっても。妖魔にも良い妖魔がいるのね! って思うくらいにはね。銅角――メドゥーサ。なんだかんだ言いながらあたしのことを気にかけてくれたり、みんなのことを気にかけてくれたあなたのやさしさはきっと忘れない。大丈夫、神話がどうであっても、きっとあなたのことをわかってくれる人ができるわ! なによりあなたとてもかわいいんだもの!」
「か、かわ!? ――こほん。ありがとうございます。では、マスター、いつかまた。姉様たちが迷惑をかけるかもしれませんが」
「まあ、その時は、その時で頑張るよ」
頑張ってくださいと言って彼女は夕焼けに消えた。
「じゃーあ、オレだな! 楽しかったぜ。父上と一緒にいられたし、母ちゃんはおっかなかったけど、なかなか悪くなかった。良い夢、って感じだ。それにトモダチもできたしな!」
「あたしも楽しかったわ紅孩児――叛逆の騎士モードレッド。あなたは今だけは叛逆を忘れて、あたしたちの力になってくれた。あなたの奔放さが、みんなに元気を与えていたと思う。貴女がいなかったら、きっと暗い旅だった。それがいつも昼みたいに明るくなったのは貴女のおかげよ!」
「へへ、照れる。そんじゃ、マスターもな。困ったらオレを呼びな。助けてやるかもしれないし、もしかしたら敵かもしれないけど、ま、そん時はそん時だ。せいぜい気張れよ」
「ああ、そっちこそな」
言うじゃねぇかとモードレッドも座に還っていく。
「行きましたか――。玄奘三蔵。こうして息子と話せたのもあなたのおかげです。どうかお礼を。おそらくは普通の私では言えないでしょうから」
「牛魔王――偉大な騎士王アルトリア。いいえ、あなたはきちんと父親をしていました。モー孩児が楽しそうだったのがその証拠よ。あなたは偉大な王なのだもの。ままならないことが多かったと思います。けれど、あなたの力は誰かを幸せにしたわ。今は、あたしたちを! だから、もっと誇っていいと思います! だから、これからも息子さんを大切にしてあげてね」
「善処する。まあ、私の別側面はどうなるかはわからないがな。――さて、マスター。英国料理、うまかった。久しぶりに消毒薬のない料理を食べることができた。もっと精進するが良い。そうすれば召喚さるやもしれんぞ」
「わかった。もっと頑張るよ」
必ずだぞ! 次は日本の料理もいいんじゃないかと、言い残して牛魔王も去っていった。
「あら、あたしが最後? まずは謝っておこうかしら火焔山では余計なことしてごめんなさいね。でも、楽しかったわ。玄奘三蔵とも旅も、マスターとの旅もね。弟子ができたし」
「エレナ。あなたはここでは何の役にもない自由な人だった。でも、その知識はあたしたちの危機の多くを救ったわ。もう火焔山とかには余計なことはしてほしくないけど、もう一度UFOに乗せてね!」
「ええ、いいわよ。じゃあ、マスター、またね」
「うんまた――」
すっぱりと言ってエレナもいなくなり、残ったのは魔力の残滓が光が焼く場所にオレとお師さんだけだった。オレも消えかかっているけれど、最後に話す時間くらいはありそうだった。
「さって……もし未来に、御仏の導きを得て、サーヴァントとして顕現することがあらば……また君を弟子にしてあげるわ。あたしの一番弟子。孫悟空――」
お師さんがオレの名前を呼んでくれる。
「その時は、マスターとも、呼んでほしいな」
「それはぁ……えーっと、まあ、君が日々積み重ねた功徳、次第です」
「そっか。じゃあ頑張らないと」
「でも無理は駄目だからね! ――さようならは言わないわ。代わりにありがたいお経を唱えてあげる。君が無病息災でありますように、ね?」
咳払い一つ。お経を唱え始めるお師さん。
「また会おう、お師さん――」
「ええ、また。どうか健やかに。あたしの一番弟子――」
レイシフトと同じ感覚によってオレはカルデアへと戻る。
「先輩、お目覚めですか?」
「ま、シュ……?」
意識が戻って目を開くとマシュのマシュマロと顔が視界いっぱいに広がる。どうやら膝枕されているようだった。
それも最初にオレたちが出会ったあの廊下で。
「マシュ! 身体は!?」
「? 大丈夫です。モーマンタイです。それよりも先輩はどうしてこちらに?」
「良かった。本当に」
「……そんなことより、これを見てください先輩。すごいものを中国のお茶と発見しました」
それは経典だった。オレの名前とともに最西縁記と書かれた旧い中国の経典の巻物。
――お師さん、なんてもの残してるんだよ。
楽しい旅を思い出して、オレは笑った――。
イベントは相変わらず戦闘はなしで省エネ。
とりあず今回で三蔵イベは終了。これで六章にいつでもいけますが、その前に金時を仲間にすべく羅生門イベへ。
ちょっと時間かかりそうですが、そのうち更新しますのでしばしお待ちください。
では。