Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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炎上汚染都市 冬木 4

「はあ、はあっ、はっ――」

 

 勝った――。

 

 信じられない。

 自らの生存が。

 信じられない。

 自らの勝利が。

 

 勝ったのだ。勝ったのだ。

 

「はあ、はあ、はあ――」

 

 息も絶え絶えなマシュ。そんな彼女を視ながらセイバーが、軽く笑ったように見えた。

 

「知らず、私も力が緩んでいたようだ。聖杯を守り通す気でいたが――結局はこうなるか。私一人では、この結末に至ることは避けられない、ということなのだろう」

「あ? どういう意味だそれは。テメェ何を知ってやがる」

「いずれ、貴方も知るだろう。聖杯を巡る旅(グランドオーダー)は、まだ始まったばかりだ――しかし、酷なものだ。よもや――」

 

 セイバーが僕を見ている。

 

 ――怖い怖い怖い

 

 その瞳に見つめられるだけで、縮み上がり、震えがる。けれど、背を向けて逃げることもしたくない。だって、背を向けた瞬間、殺されてしまう想像をやめることができない。

 恐ろしいがゆえに、目が離せない。震えが止まらない。吐き気がこみあげて、顔色はもう土気色だった。涙なんて枯れ果てて、意識がブラックアウトしてもおかしくないくらいの重圧。

 

 気絶しそうだ。

 

 でも、それでも――マシュがいるから、その選択だけはとらないですんでいた。彼女がいるから、僕は立っていられた。

 

「――よもや、このような者が、いや、貴方だからなのだろう」

 

 セイバーが消滅する。一人何かに納得して。

 そして、そこには水晶体が残った――。

 

「おい、待て、コラ、そりゃあ、どういう――って、オレもかよ!? ああ、クソ、ボウズ、あとは任せたぞ。次があるのなら、ランサーで呼べよ!」

 

 キャスターもセイバーとともに消える。終わった、のだろうか。

 

「我々の勝利、なのでしょうか……」

「ああ、よくやってくれたマシュ。それに君もね。所長もさぞ喜んでくれて――あれ、所長は?」

「――冠位指定……グランドオーダー、なぜ、あのサーヴァントが、その呼称を……?」

「所長? 何か気になることでも?」

「え? いえ、よくやってくれました。マシュに、新人君もね。特別に褒めてあげるわ。一般人でも、やればできるじゃない。

 不明な点は多いですが、今回はこれで良しとしましょう。マシュ、セイバーが消滅した際に出た水晶体は回収してしまいましょう。全ての原因はあれのようですし」

「わかりました」

「いいや、それには及ばない」

 

 そこに声が響いた。それは、

 

「レフ、教授?」

 

 いるはずのない生存者がそこにいた。

 いや。いいや、違う。そこにいた。ああ、そうだ、そこにいた。けれど、どこにいた? いったい、どこにいたんだというのか。

 まさか後から現れた? それにしては、傷もない、汚れもない。綺麗な姿だ。僕たちがここに来るまでにかなり汚れてボロボロだ。

 

 だというのにレフ教授は、カルデアで出会った時と何一つ変わっていない。ドクターロマンが、彼は管制室にいて、爆発に巻き込まれているはずだと言ったにもかかわらずだ。

 所長と同じだから、といえばそれで済むのかもしれない。けれど――なら、どうしてこのタイミングで出てきたのだ。

 

「セイバーの聖剣の一撃を受けたんだ。動くのも辛いだろう」

 

 そう言って彼は水晶体を回収する。

 

「いやぁ、まさか、君たちがここまでやるとはね。48番目のマスター候補。一般人で、特に役にも立たない子供だと思って善意で見逃してやった僕の失態だよ」

「レフだって? レフ教授がそこにいるのかい」

「おや、その声はロマニじゃないか。君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに――どいつもこいつも、統率の取れていないクズばかり――吐き気がするな」

 

 雰囲気が一瞬で変わった。

 なんだ、アレは、レフ教授? 馬鹿も休み休み言え、震えが止まらない。悪寒が止まらない。怖気が止まらない。止まらない止まらない。

 気が狂いそうになる。アレが、レフ教授なわけがない。

 

 僕が気が付いたようにマシュも気が付く。僕の前に出て、守るように盾を構える。

 

「先輩、下がって。あの人は、危険です。アレは、わたしたちの知っているレフ教授ではありません」

「レフ! レフ、レフ! 生きていたのね! よかったわ! あなたがいないとわたし――」

「ああ、オルガ、良かった元気そうでなによりだね。君も大変だったようだね」

「ええ、ええ、そうなのよレフ! 予想外のことばかりで頭がどうにかなりそうだのよ。でも、貴方がいればどうになかるわよね!」

 

 オルガマリー所長が飛び出していく。駄目だ、と叫びたかった。でも、声が出てくれない。金縛りにあったかのように、身体が動いてくれない。

 所長は、レフのそばにかけよって嬉しそうに笑顔を向けている。今までの、張り詰めた様子はどこかへと言って、まるで小さな子供のように笑みを作っている。

 

 ひな鳥が親鳥にあって安心しきっているかのよう。レフ教授の危険性などまるで知らないとでも言わんばかり。いいや、そもそも気が付いてすらいないのか。

 そんな彼女を見て、レフは辟易したように、まるでごみでも見るかのような瞳を向けて、そして、何かを見出したのか喜色を浮かべた。

 

「ああ、本当に、予想外のことばかりだ。爆弾は君の真下に設置していたというのに、なぜ、生きて――ああ、そうか。生きているのではないのか」

「レ、レフ?」

「君は死んでいるんだよ。だって、君にはレイシフト適性がなかったんだから。ないない尽くしのオルガマリー・アニムスフィア。余りある魔術の才能はあっても、肝心のレイシフト適性も、マスター適性も皆無の君が、ここにいられるわけがないだろう」

 

 喜色のまま告げられる真実。それは、オルガマリー所長が死んでいるということ。ここで話している彼女は残留思念のようなもので、本当の所長の肉体は既に死を迎えているということ。

 僕たちはもとより、所長自身も足元を崩されたかのような、落下する感覚を覚えた。

 

「良かったじゃないか。死んだことで、あれほど切望した適性を得ることが出来たのだから」

「え、え?」

「だが、残念なことに君はカルデアには戻れない。そんなことをすれば、今の君は完全に消滅してしまう。それでは可哀想だ」

「しょう、めつ? な、なにを、言っているの、よ、レフ……?」

 

 可哀想だと、どの口が言うのだろう。彼が浮かべているのは終始笑みだ。嗤いだ。嘲笑っている。滑稽だ、滑稽だと、嗤っているのだ。

 だってそうだろう。死んだ人間が、滑稽にも死んだことを忘れて、自らの異常性にすら気が付かずに、のうのうと歩き回って、ここまで来たのだから。

 

 そうレフは、言葉を使わなくとも言っている。わかっていないのは、所長ただ一人。いいや、わかりたくないのだ。

 頭のいい所長が、わからないはずがない。だれだって、自分が、死んだことなんて知りたくないに違いないのだから。

 

「だから、君のカルデアがどうなったのか、見せてあげよう」

 

 彼が腕を振るった。

 

 そこにカルデアスがある管制室が現出した。

 

 赤く染まったカルデアスが、そこにはあった。

 

「見ると良い。人類の生存を示す青色はどこにもない。あるのは燃え盛る赤色だけだ。これが今回の任務の結果だよ。よかったねえ、今回も君の至らなさが、この結果をもたらしたんだよ」

 

 その一言についに所長の中の何かが切れた。

 

「あ、あんた、何者よ! わたしのカルデアスに何をしたの!?」

「アレは君のではない。まったく、最後まで耳障りな小娘だったな」

 

 レフが所長へ手を伸ばした。

 

「な!? なに、身体がひっぱられ――」

 

 所長の体が宙に浮かぶ。

 

「殺すのは簡単だが、芸がないからね。最後に、君の望みをかなえてあげるよ。君の宝物に触れると良い。私からの慈悲だよ」

「な、なにを、わたしの宝物? そ、それって、カルデアスのこと? じょ、冗談はやめてよ、カルデアスよ? 高密度の情報体なのよ? 次元が異なる領域なのよ!?」

 

 所長が何を言っているのかはわからない。だけど、それはきっと、大変なことだけはわかった。レフもまた、それを肯定した。

 

「ああ、人間が触れれば分子まで分解される。さながら無限の地獄だろうね。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

「いや――いや、いや、助けて、誰か助けて!」

 

 所長が僕を見た。

 あれほど、新人だ。頼りない一般人だ、言ったこの僕へと手を伸ばして、涙で顔を濡らして、手を伸ばして、僕の名を、呼んだのだ――。

 

「助けて、おねがいよ。酷いこと言ったこと、謝るから、まだ、まだ何もできてない! まだ、何も叶えてないのに……! まだ褒められていない……! 誰もわたしを認めてくれていないじゃない……! どうして!? どうしてこんなコトばかりなの!? いや、いやよ! だから、おねがい、たすけて――」

 

 彼女の慟哭とともに、僕の名が叫ばれる。タスケテ、助けて、たすけて、お願い、します。なんでもするから――。

 だから、助けて――。

 

 彼女の言葉が、頭に響いて――。

 

「所長――!!」

 

 手を、伸ばして――。

 

 ――その手は、届かない。

 

 届きかけた手は、するりとすり抜けて、彼女は、僕の目の前で、消滅した――。

 

「さて、では名乗ろう。レフ(過去)ライノール(未来)フラウロス(現在)だ。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ。カルデアは不要になった。聞こえているな、ドクターロマニ」

「……カルデアが不要になった。それはどういうことかな?」

「わかっているだろう。未来は既にない。全ては焼却された。人類は、ここに絶滅したのだ。カルデアは守られているだろうがね、外界は、すべてこの街と同じく終わっている」

「そういうことですか」

「もはや、誰もこの偉業を止めることはできない。なぜならば――これは人類史による人類の否定だからだ。自らの無能さに、自らの無価値ゆえに――我が王の寵愛を失ったがゆえに、終わるのだ」

 

 その時、世界が揺れた。

 

「この特異点も消え去るようだ。では、私は行くとしよう。なに、最後の祈りくらいは許容しよう。私も鬼ではないからね」

 

 レフが消える。

 

「地下洞窟が崩れます。いえ、空間そのものが――ドクター、早くレイシフトを!」

「あははは――ごめん、そっちの崩壊の方が早いかもだ! でも、大丈夫、意識だけは強く持ってくれ。ほら、宇宙空間でも数秒くらいなら――」

「ドクター、黙ってください、怒りで、冷静さを保てません!」

「ごめん! でも、本当に意識だけは――意味消失されしなければ、サルベージは――」

「――先輩! 手を!」

「マシュ――!」

 

 伸ばされた手を掴んだ。その瞬間、僕は意識を失った――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「フォウ、キュゥ、フォウ!」

「君はいいこでちゅねー。ほら、食べるかい? んー、ネコなのか、リスなのか不明だねぇ、まあいっか、ふわふわだし、可愛いからね」

 

 誰かの声で、目を覚ます。

 

「おっと、本命の目が覚めたね。おはよう、こんにちは、意識はしっかりしているね?」

 

 そこには、モナリザの顔があった。

 

「だれ……?」

「おや、あまり芳しくない反応。驚かないのかい? 起きたら目の前に絶世の美女がいたんだぜぇ? もっとこう、恋愛小説的に飛び上がって見せるとか、ないのかい?」

 

 絶世の、美女? 誰だ、この女性は――。

 というか、なんでモナリザ?

 

「んー、驚きよりもまず疑いが来るのかー。用心深いのか、それともロマニと同じタイプなのか。まあ、良いか。用心深いことはいいことさ。

 ――こほん、私はダ・ヴィンチちゃん。カルデアの協力者だよ。というか、召喚英霊第三号とか? 商人というか、技術者とかそういった感じさ。ドラえもんと呼んでくれても構わないよ!

 さあ、行こうか。待っている人がいるんだからね」

 

 ――待っている、人?

 

「…………」

「わからないかい? それとも、混乱しているのかにゃぁ? でも、そうは問屋が卸さない。なにせ、時間は有限だ。全部が全部消滅したとしてもね。

 いいや、むしろ、今の状況だからこそ、何よりも時間は大切さ。さあ、立ち上がって」

「あ、は、はい」

 

 言われるままに立ち上がって、管制室へと向かう。

 管制室に向かうと、そこにはマシュがいた。こちらに気が付くとぺこりを頭を下げて挨拶をしてくる。

 

「おはようございます、先輩」

「マシュ!」

「はい、マシュ・キリエライトです」

「よかった、無事だったんだ」

「はい、先輩のおかげです」

 

 本当によかった。

 

「うん、再会を喜ぶのはいいことだ。けれど、こちらにも注目してほしい。なにせ、大変なことになっているんだからね。

 でも、まずは、感謝をしよう。なし崩し的に色々と押し付けてしまったからね。でも、君は、その困難を乗り越えた。最大の敬意と感謝を送るよ」

「いえ、そんな……」

 

 僕の力は何一つない。マシュが頑張ってくれたからだ。

 

「賛辞は素直に受け取りましょう先輩。先輩は、とても素晴らしいご活躍をなされたのですから」

「…………」

「うんうん、マシュの言う通りだ。所長のことは残念だったけれど、弔う余裕がない。まだ、爆発で死んだ職員の遺体すら掘り起こせていない、復旧も終わっていない。全てはこれからなんだ。

 なにせ、カルデアスを見る限り、レフの言葉はすべて真実だからね」

 

 人類は既に滅んでいる。カルデアの外は何もないのと同義なのだと理解した瞬間、立っている場所がなくなってせいまったかのようだった。

 

「不安に思うだろうけれど、大丈夫だ。この状況を打破できれば、だけどね」

「打破……できるんですか……?」

「もちろん、これを見てほしい」

 

 ドクターがシバのモニターを見せる。

 そこには七つの特異点が表示されていた。世界地図がゆがみ、狂った中にある、七つの特異点。

 特異点Fなど比べ物にならないほどのそれ。

 

 ドクターは言った。この七つの特異点は人類のターニングポイント。今の人類を決定づけた事項。人類史の土台。

 

「この七つの特異点にレイシフトし、正しい歴史に戻すこと。それが、この事態を解決する唯一の手段だ。

 ――こんな説明をして、君にこういうのは、強制かもしれない。

 けれど――マスター適性者48番。

 君が、未来を諦めていないのなら。

 君が、人類を救うことを諦めていないのなら。

 君が、希望を諦めないというのなら。

 君が、その右手を伸ばすというのなら。

 

 ――どうか、未来を、世界を救うための旅へと赴いてほしい」

 

 たった一人。ただ一人で、この七つの特異点へ赴き、未来のために戦うこと。

 それが、ドクターが示した解決法。

 ほかのマスターに助けを求めることはできない。カルデアにいるマスターは、もはやただ一人なのだ。

 

 47人のマスターは、全員が爆発の影響により致命傷を受けて冷凍保存されて延命されている。起こすことは不可能。

 レイシフト適性を持つ者はスタッフの中にはいない。

 

 ――僕がやるしかない。

 

 無理だ。

 

 できない。

 

 やりたくない。

 

 そう叫びたかった。どうして、僕が、と怒鳴りつけてやりたいとも思った。

 

 けれど――けれど。

 

 所長の言葉が残っている。

 

 ――あなたしかいないのよ。なら、あなたがやるのは当然でしょう。

 

 僕しかいない。だから、僕がやるしかない。

 

「――オレ(・・)にできるのなら」

 

 だったら、やるしかないじゃないか。

 

 ――何かのひび割れる音が聞こえていた。

 

「――――」

「――ありがとう。その言葉で、僕らの未来が決定した。これより、カルデアは前所長オルガマリー・アニムスフィアが予定した通り、人理継続の尊命を全うする。

 これから始まるんだ。人類史を救い、世界を救済する聖杯探索(グランドオーダー)が。

 君にしかできない。だから、期待しているよ、最後のマスター――」

 

 ――今、ここに未来を取り戻す戦いが始まったのだ。

 


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