三蔵一行の旅はついに砂漠を超えて平原に入った。うだるような暑さもなくなり、涼し気な風が吹いている。しばらくは安泰だろう。
妖魔の出る気配もなく、実に穏やかな時間が流れていく。
「あの……重くないでしょうか」
「大丈夫です。軽いですよマスター」
「……」
とてもいい気分に違いはないのだが、どういうわけかオレは銅角ことメドゥーサに背負われている。どうしてこうなったのだろうか。
それもこれもダビデが余計なことを言ったせいだ。
――マスターは人間だし、お師匠さんと一緒で何かに乗っていた方が良いんじゃないかな!
というわけで、いや、どういうわけなのか甚だわからないのだが、そういうわけでメドゥーサに背負われている。楽といえば楽なのだが、恥ずかしいと言えば恥ずかしい。
それにいい匂いがするのだこれまた。髪の毛がくすぐったくて気持ちよいし、いい匂いがするのだこれが。筋肉が程よくついているのに柔らかいし、いい匂いがするのだこれが。
「――止まれ」
書文先生の言葉に全員が止まる。警戒した様子。オレもメドゥーサから降りる。現れたのは、
「モードレッド?」
ロンドンで戦ったモードレッドがそこにいた。あの時とは違う。鎧は来てないし、なんかアレだ、牛の骨の仮面みたいなの頭につけてるし、えらく露出度が高くて西遊記的だ。
オレたちの前に立ちふさがりここは通さないぜとでも言わんばかりの様子。事実そうなのだから間違いではない。
「まあ、とりあえず素性を聞いてみようよ」
「じゃあ、君は誰?」
「よくぞ聞きやがったな! 枯松澗は火雲洞の洞主! 聖嬰大王 紅孩児とはオレ様のこったあ!」
かっこよく名乗りを上げる紅孩児ことモードレッド。それから自分から名乗っちゃったぜーとか言っちゃう当たり雑である。
「紅孩児……菩薩の午前で改心し帰服したあなたが……どうしてあたしたちの前に立ちふさがるの?」
「だって、父上が褒めてくれるんだぜ! お前たちの首をもって帰りゃあな!」
紅孩児の父親。西遊記であれば牛魔王に他ならないが、この現状で言われると連想するのは聖剣使いだ。アルトリア・ペンドラゴン。
どんな状態の彼女かはわからないが、おそらくは牛魔王の役どころに入っていることだろう。安心していいのか、してはいけないのか。
――スパルタなんだよなぁ、王様……。
戦いのやり方、心構えなどなどいろいろと王様に習ったけれど、そのどれもがスパルタで……なんど死にかけたり諦めかけたか。
きっと出会っても助けてくれないに違いあるまい。うん。
「しかし、本来であれば紅孩児は、変身術やら計略やらを駆使して三蔵をさらう役回りだが、そんな調子でよいのか?」
「フッ、筋書きはぶっ壊すためにあるもんさ! 元からオレはおまえたちに負ける気はねえからな!」
「なるほど弁は達者のようだ」
「赤のセイバーの父上どのか……」
ダビデが誰だと思うとか聞いてきた。
「うーん。と言わてもね」
オレの知っているアルトリアって言えばサンタさんくらいだし。他のアルトリアって言われても普通の? くらいしか思いつかない。
「んん~~~~~」
あ、お師さんのツボにはまったっぽいぞ。
「大・往・生ッ!! こんなやる気に満ちた修行スタンス、めったにないわ! なんて潔い相手なのかしら……あの娘とあたし、すごく気が合いそう!」
確かに合いそうである。
「でもザンネン、トモダチでも邪魔をするなら蹴散らすのがあたしの修行スタンスよ!」
それでいいのか御仏よ――。
「覚悟しなさい、頭陀ダダダダっとふるい落とすわ! その後に改心の余地を与えましょう! だってあたしたち、もう半分くらいはトモダチだもの!」
なんというかすごい、まぶしいな、お師さん、
「マジかよ! そうだったのかよ! おまえトモダチ作るのうめぇーな!? けど悪いな、トモダチでも手加減はしねえぜ。オレは牛魔王の最愛の息子、紅孩児であるがゆえ! 玄奘三蔵! てめえを父上に捧げる供物にしてやるぜ!」
というわけで、紅孩児との戦闘。
「いやー、負けた負けたぁー!」
いやー、あそこでお師さんの御仏パワーによる覚醒がなければ危なかった。まさか如意棒があんなところで役に立つとは思ってもみなかったよ。
「ほら、経典だとっとともっていきやがれ」
「ちょっとまって紅孩児、いえ、モー孩児!」
「モー孩児!?」
「どこへ行く気なの? そっちは火雲洞でも、魔雲洞でもないじゃない」
「何処でもいいだろ。悪逆非道で有名な三蔵一行に負けたとあっちゃ、ほとぼりが冷めるまで、そこらに身を隠すしかねえ」
「どうして? あんなにも父上を慕っていたあなたはどうして家に帰らないの?」
「ばっ、慕ってなんかねーし! ……あんな、すさんだ家には帰れないんだぜ」
つまりは家出ということで。
「よし、お師さん、モー孩児も連れていきましょう」
「はあ!?」
「それは良いね兄貴! なにせ、心優しい君を育てたお父さんなんだ。土産なんて必要ない。きっと温かく君を迎えてくれるブヒよ! さあ、さっさと帰って、僕らを財宝の場所に案内するブヒ!」
「こいつナチュラルにゲスなこといってますよマスター」
「…………いつものことだし、それは置いておいて……」
「置いておくなよな!? ……第一、父上がよくても母ちゃんがなぁ。控えめに言ってブレーキ壊れたダンプカーっていうか」
控えめに言ってそれって実物何なの? ミサイルなの? 父上でも尻に敷かれ気味ってどういうこと?
ただ、なんだろうこの既視感は。そんな印象の誰かにどこかであったことがあるような……。というか最近まで一緒に戦っていたような……。
「まあ、いいや。そんなことよりついてきてくれ」
「おまえ、話聞いてた!?」
「戦力がいるんだ頼む!!!」
土下座を敢行。日本人舐めるなよ!
「ちょ、やめろよ!? 土下座すんな、縋りついてくんな!? 泣くなよ!? わかった。わかったって、ついてく、ついていってやるから、やめろー!?」
――計画通り。
こうして紅孩児ことモー孩児を新たに仲間に加えた三蔵一行。経典集めの珍道中。今日もまた西へ西へ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今日もまた日が昇り西へ西へ。驚天動地の経典集めの旅が今日もまた始まる。三蔵御一行旅も早一か月が過ぎ、ばったばったと並み居る妖魔たちをなぎ倒しながらその旅程は火焔山に差し掛かっておりました――。
「みんな! あの山は絶対に面白いんだから!」
藪から棒にお師さんがそんなことを言い出した。絶対にフラグである。
「なんだなんだ! 楽しいところなら大歓迎だぞ!」
「誘ったオレが言うのもなんだけど馴染みすぎじゃね?」
すっかりなじみまくりのモー孩児。身を隠すとか言っていたのにこの変わり様である。
「ふふん、オレは義理堅いからな――」
「昨日お師匠さんにトモダチを連れて行ったらお母さんは優しくなるって聞いたんだよ」
「ちょ!? 言うなよなこのブタ!?」
なるほど。確かにうちの母親も友達を連れて行ったら余所行きの誰、って感じになったなぁ……。……母さんも、今はいないんだよな……。
「おい、どうかしたか」
「あ、いや、なんでもないよ」
「ふーん、ま、いいけどな。けど、オマエが一番弟子なんだろ、それならもっとしゃんとしろよな。オレを倒して子分にしたからにはそんな暗い顔なんかされたらオレが困るだろ!」
「…………遠回しに慰めてくれてたりする?」
「ばっ!? ち、違うし、そんなんじゃねっつーの!?」
あ、なんか可愛い……。まあ、ありがたい。どのみち世界を救えばいいだけのことだしね。
「それよりなんであんなにお師さんハイになってるの?」
「それはあれだろう。紅孩児を倒したとなれば、次に来る障害は、火焔山であろうからな」
火焔山。炎燃え盛る山だったっけか。何が面白いんだろうか。
「まあ、それは良い。お師匠。我らは何者かに追従されておる」
「尾行の気配ってヤツ? いいわよ。魔物に狙われるのは仕方がないわ。寧ろ都合がいいわ。その追っ手だって、この先の火焔山で撒くことができるからネ!」
そういうわけでやってきました火焔山。
――熱い。
灼熱の炎が燃え盛る紅蓮の山。蜃気楼揺らめき、あらゆる全てが燃えているのではないかとすら錯覚する。現に、自分たち以外の全ては燃え盛っている。
何かしらの魔術的処理がされているらしいこの服とか以外の服なら今頃燃えて火だるまになっている頃だろう。そのくせ、魔術礼装ほどの力はないのが嫌なところだった。
如意棒だって魔力を流せば伸びるけどそれだけ。ただどれだけやっても感じる重さは変わらないし、傷つかないくらい丈夫なのはいいけど。
「熱い……熱い……熱い」
ダビデは熱さに弱いようだ。ぶひぶひ言っている。死にそうだ。
「うむ、聞きしに勝る魔の山よな。雨に燃えることなく、燃え尽きることもない。鋼鐵すら溶かすという」
「うおー、すげーすげー! オレも燃えて来たー!!」
「いや、実際に燃えてますよ」
「うおーマジかー!?」
サーヴァントですら避けて通るほどの障害だ。人間などすぐにまる焦げどころかこれ以上近づいたら炭になりそうだ。
こんな場所に来たということは――。
「あの、お師さん、まさか……」
「もっちろん! あの山は絶対に面白いもの!」
「■■■■!!」
面白ければいい、という話ではないと呂布が言っている。
「それは修業が足りないからよ! ちょうどいいわ、ここで修行ポイントを稼ぎなさい! これこそは御仏の導き! 艱難辛苦も慣れれば涼し! この燃え盛る山脈を越えずして天竺には着けないわ! 決して!」
「ぐ、具体的な方法は!?」
「そこはアンシンして」
酷く安心できないとは口が裂けても言えないだろう。きっと泣いちゃう気がする。
「あたしはこの火焔山のことは予期していたわ。取経の旅を通じて功徳を積んだあたしは、火の上を自在に渡ることができるの」
「ほお、火渡りの荒行か」
「スゲー!?」
「私のかわいい子で渡り切る選択肢はなしでしょうか。ないですか。そうですか……」
「この業火も、元は天上の八卦炉の火が地上に零れ落ちたもの。御仏の与えた試練ならば、あたしが渡り切れば、この火も消えるはず」
そう都合よく行くのだろうか。というか、ものすごく嫌な予感がする。こう、お師さんが自信まんまんなときはだいたいよくないことが起きる。
そしてお師さんがひどい目に遭うのだ。自業自得のようなものだけど、このままいかせてもいいのだろうか。
そんな風に考えている間にお師さんが先に行ってしまった。確かに炎の上を歩いているが――。
「うん、まさか行くとは。焼き豚的に言うと、アレだよ? 炎の上を歩いたところで、高熱と煙があるよ?」
「やばいじゃん!?」
「きゃあああ!?」
案の定、お師さんが熱と煙に巻かれている。
「行け白龍馬!! お師さんを連れ戻して!?」
「■■■■!!!」
呂布によりなんとかお師さんは救出された。
「げほっ……げほっ、げほ……入滅するかと、思った……」
「心配させないでくれお師さん!!」
「ぎゃてぇ……ごめんなさい、反省する」
はぁ、でも如来さまの袈裟があったからあまりひどいことにはなってないし、とりあえずはひどく日焼けしたような状態になったくらいか。
きっとお風呂が辛いに違いない。ちゃんと弟子として毎日風呂は用意しているとも。こんな時だけ成功する水のルーンで水を出してお湯を沸かす。
もちろん、やましい気持ちなどなくお師さんのことを思ってだ。本当は見たくないのだが、ダビデを止める過程で目に入ってしまう。眼福ですありがとうございます。
「違う……」
「何がです?」
「これ、あたしの知ってる火焔山じゃない」
「それはいかなる意味でしょうか。頭がちりちりのお師匠様?」
「えっと、なんだろう火力が強いっていうかね。なんかすごいじっけんをしているとか――」
「ああ、確かに高位の魔術師によるなにかしらの実験が行われているようですね」
銅角ことメドゥーサがそんなこと言った瞬間、笑い声が響いてきた。
「
よくってよ! 永遠なるサナト・クマラの炎! ダグザの大釜だって、ジャムみたいに煮詰めてあげる!」
そして、どこかで見覚えのあるUFOが火口にビームを放っていた。
「…………エレナさんんんんん!?」
「とりあえずしばいてきますね」
「あ、はい、お願いしますメドゥーサさん」
「あいたー!?」
というわけでメドゥーサさんが首根っこ掴んでエレナさんを連れてきてくれた。
「あの、なにしてんですか――」
「なによって、マスターじゃない。随分と久しぶり? なのかしら。まあいいわ。あら書文までいるし、なになに、この御一行?」
「三蔵様御一行ブヒ」
「三蔵? 三蔵法師!? 嘘、本当に!?」
「いや、それはいいからなにしてたの。ガチで」
酷く呆れた目を向けるとさすがに悪いことをしたと悟ってくれたようだ。
「えっと――召喚されたら燃え盛る山があって、つい」
「つい……」
「うっ、ご、ごめんなさい。ちょっと調子に乗りすぎていたわ」
「じゃあ、お詫びしてもらっていいですか?」
「そうね。良いわ、迷惑かけたみたいだし。あたしにできることなら何でも言って」
「ん、今なんでもって言ったよね」
よし、戦力確保!
「じゃあ、旅についてきてもらってもいいですか?」
「……よくってよ。あの三蔵法師の旅だものとても楽しそうだわ」
「というわけでどうでしょうお師さん。お師さんのご威光にひかれたまた1人旅のお供を希望している方なんですが。ここはなにとぞ慈悲深いお心を」
「いいわ! 旅は人数が多いほうが楽しいもの! 今とっても楽しいもの! よろしく玄奘三蔵よ!」
「エレナ・ブラヴァツキー。ミセスって人は呼ぶけど好きじゃないからエレナって呼んで」
「ええ、よろしく! ――さて、それじゃもう一度行くわ! 一度や二度じゃ諦めない! それがあたしの人生だもの!」
「――――待て、諸兄ら」
その時、知らぬ声が響く。一番に反応しお師さんとオレの前に出る書文先生とモー孩児。
そこにいたのはツインテールにチャイナ服を身にまとった少女? だった。
「誰だ!」
「あれ、あたし、あの子……知っているような。でも、思い、出せない」
「その記憶 この経典に ある」
「……っ……!?」
「――玄奘三蔵 嘆かわし かつて清士の聖が あたら賤しき凡俗女」
あ、言い返せない奴だコレ――。
「
天竺に至る近道など 無い と知れ――つまり、もはや 斉天大聖の師に ふさわしく ない」
ガーンという擬音が聞こえるほどに落ち込む三蔵ちゃん。言い返してあげたいけれど、確かに僧というには欲が多いんだよなぁ、この人。
だけど、三蔵ちゃんに言いたい放題言いやがって、今度会ったら言い返そう。
「…………
そして、車輪にのって跳んで行った。
「さて、あの者ですが、いかにもそちらのお師匠の知り合いのようでしたが」
「それが……うまく頭がまとまらなくて……」
「なるほど、師の記憶には蓋がされておるわけか。……しかし、儂には予測がついた。あの者の正体に。火焔を帯し槍は、火尖槍――。対の腕輪とおぼしきは、
「そこまで言われたらオレでもわかる。
「うむ。斉天大聖 孫悟空と並び称される花形よ」
「な……た……哪吒!」
「是非とも手合わせしてみたいものだ」
全身が宝具だったっけ。って、書文先生に火がついてる。これは絶対にマズい……。
「しかし、どうするの? 三蔵法師の記憶が入っているらしい経典は哪吒太子が持って行っちゃったわよ?」
「――そうだあ! 思い出したわ、手順が違うのよ。芭蕉扇が必要なのよ! 羅刹女が持ってる!」
「ゲェ!?」
芭蕉扇、羅刹女。はてさて、三蔵御一行の旅はどうなるのか。火焔山でエレナを仲間に加えて一行は火焔山を通るのに必要な宝具を取りに、羅刹女の下へと向かうのであった。
モー孩児の顔はそれはもう悲惨な顔をしていたと言います――。
モー孩児ゲットだぜ!
というわけで戦力を順調に確保していくぐだ男。
仲間を増やしながらレッツゴー。
あと、槍オルタはサンタオルタとは別人です悪しからず。