「うむ、ではラーマ、お主が軍の指揮を執れ」
「む、それは構わないが……お主ではないのか?」
「私はここで離脱する」
出発するという時になってスカサハ師匠がそう言った。その言葉が信じられなかった。
「ま、待ってください!? 一体!?」
マシュが慌てて引き留める。理由がわからない。何かやってしまったのだろうかと思ってしまうが何もしていない。なぜ、彼女がそういったのかがまったくわからない。
いや、オレはわかりたくないのかもしれない。なぜならば、その道は、ただの死へ向かうものでしかないからだ。
離脱する。それで彼女は何をするのか。それは、単純だった。女王メイヴとクー・フーリンの動向を監視し、状況によっては戦って抑え込む。
「死ぬ気か、スカサハ殿」
「ほかのサーヴァントであればな。だが、お主、
確かにスカサハ師匠がそう簡単にやられるわけがない。
「……それでも、やられることを前提にしているように思える」
「それも当然であろう。だが、やらねばならぬことだ。クー・フーリンとメイヴが出てくれば間違いなくこちらの負けだ。私はそれを抑え込むだけの堰のようなもの。戦いを勝利に導くのはお主らの役割だ」
「わかった。けれど、気を付けてほしい。たぶん、クー・フーリンは……」
「うむ、わかっておる。ではな、マスター。再び出会う時まで男を磨くが良い。その時は――相手をしてやっても良い」
そう言って彼女は去っていった。不安ではあるが、彼女ならばきっとその役割を果たすだろう。だから、オレたちも信じて進むだけだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「動くか――」
予測通り、王と女王が動く。アルジュナがカルナの下に向かった今、彼らまで前線に出すわけにはいかぬ。
「さて、死ぬと決まったわけではないが――行くぞ」
動いたクー・フーリンの前。
「やっぱり来やがったか」
「うむ、馬鹿弟子は殴らねばな」
「そうかい――」
「ああ――」
互いにノーモーションから槍を放つ。
「――
「――
互いに必殺を謳う宝具の激突。同じ軌道をえがきぶつかり合う朱の槍。二度は見られない光景に思わず感心してしまうほどだ。
ただそれだけで森の木々が消し飛んでいく。綺羅綺羅しく赤をまき散らしながら戦う。同一の軌道を描く槍のぶつかりは一瞬の間に百を超えていく。
互いに必中必殺を謳いながらそれを回避する絶技。互いに槍を熟知しているためにできる芸当だった。それを見ているメイヴですらその動きを見切ることはできないだろう。
ケルト戦士を差し向けたとしてもいたずらに疲弊させるだけ。ならば、ここは王に任せて先を急ぐべきだろうが、ここを離れることは難しい。
スカサハのルーンがあたりにばらまかれている。下手に動けば爆発するだろうことは容易にわかった。ゆえに、ケルト戦士を差し向ける。
自分が無事であればよいのだ。兵士はいくらでも増やせるのだから。確かに減るのは痛いが、結局のところクー・フーリンと自分がいれば良い。
その考えに至り、進軍をゆっくりとであるが開始する。
「しかし、その右腕、ルーンで修復しながら放っているのか」
「……まあな」
「今の私のように破壊が終わってから再生を開始しているのではない。再生しながら、同時に破壊されているのだ。生半可な激痛……いや、激痛と呼べるしろものですらあるまい」
「痛覚は操作できる。覚悟は既に決めている――フン、師匠こそ先ほどからよくもっている」
「そういうわけでもないがな。――オマエ相手になら殺されてもいいと思っていたが、今のオマエには殺されてやる気はない――門よ、開け――」
――
それは影の国への送還宝具。全力を出せばこの世界を割ってしまうがゆえにこの宝具で連れていく。影の国はもはやないのだから、そこは滅却の最中だ。
黄泉路に自らとともに連れて行く。それがスカサハが選んだ道だった。
「だが、それでも勝てないと予感しているな」
――それは正解だ。
そうクー・フーリンが言った。その瞬間、彼の姿が変わる。
「――!」
「動きが止まったぞ、スカサハァッ!!」
その一撃がスカサハを刺し穿つ瞬間――。
「なんだ!」
風光明媚な軟らかな声が響く。
「間に合いましたね」
たおやかな仕草の女性。着物に身を包み、剣を手にしたその女性の名は「両儀式」。
「確かに、式はカルデアに帰りましたが、私は何とか残っていました――」
それでも致命傷を受けていることに変わりなく、霊基の核としての式がいなくなっているため消滅は時間の問題だった。
だが、ここまで持たせたのはこういう時の為だ。クー・フーリンに対して足止めはもう不可能。ならば緊急時不測の事態において誰かを守るべく動く。救うべく動く。そのためにここまで待っていた。
「死にぞこないか。良いぜ今度はきっちり送ってやるよ――」
「すべては夢と……これが、名残の花よ。でも、花だと言って決して弱いわけではないのよ」
高嶺に咲く花はそれだけ強いのだ――。
それが世界を救うべく彼が望んだ、いや彼が望むだろう願いだ。式が死ぬことの方が悲しいだろうが、それでも彼女を救えたことは間違いではない。
「私はもう限界ですので、あとはよろしくお願いします」
一撃は届かず、あらゆる全ては無意味だ。それでも次に残したものはある。
「……やれやれまだ私を働かせるか」
スカサハを生かした。この差は大きいだろう。
「だが、心得た――」
戦域を離脱。回復を図る。全ては世界を救うためだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ほいほい、また来ましたよ、と」
北軍もまた接敵している。荒野一面に広がるケルト兵とその他モンスター。
「……ちょっと、何よこの数!? アンタ本当に六割削ったの?」
「そりゃあ、もちろん。仕事はきっちりこなすのがオレの数少ない美点だし?」
食料に毒、水に毒、火攻め、岩落とし、ついでに身内の裏切り工作まで。ロビンフッドが取りうるすべての策を弄して敵の数を減らした。減らしてこれなのだ。
普通ならば六割も削ったら士気が下がるし、撤退だってしてもおかしくない。これでも撤退しないということはトップがデタラメに強く横暴だった場合だ。
「あー、歌っても歌っても、めげずにアンコールなんて、アイドル冥利に尽きるけど、嬉しくないわよコレ!」
「それが今回の
南軍もまた戦っているのがわかる。中央荒野において激突する馬鹿魔力。それがカルナとアルジュナのそれだということはわかり切っている。
あちらも大変ならばこちらが弱音など吐くことなどできないということだ。
「それで、どうするの?」
「おーい、エジソンのおっさん! どうするよ!」
「はははは、このままでよーし!」
「だそーだ」
「ふはははは、そうよ、これが戦場よ!」
こういう時に本当に頼りになるのが信長だった。こと対軍に関しては彼女の宝具は強い。ケルトがそれなりに神秘に近しいこともあってか、もはや北軍中央戦域は彼女の独壇場だ。
「サルも光秀も、蘭丸もおらんが、ここがわしの一人安土よ。さあ、来てみい! わしの三千世界に屍を晒してやろうぞ!!」
彼女が持つ銃火の戦列が鉄火をまき散らす。絶え間なく放たれ続ける三段撃ちにケルト兵たちは為すすべもない。
だが、とまらない。銃声という鬨の声をあげて死の咆哮を叫んでいるというのにひるむことなくケルト兵たちは向かってくる。
銃声はこれから殺すという威圧効果があるが、それが意味をなさない。これがケルト。蛮族。たとえ殺されようとも向かってくる敵に終わりはない。
「はぁ、いやだいやだ。ギリシアかよってオジサンナイーブだよっと。でも、やれやれ気張るとしますかね」
標的確認、方位角固定――
「
世界のあらゆる物を貫くと讃えられる槍が飛翔する。大気の抵抗など無意味。投擲された槍を防ぐには蒼天囲みし小世界かアイアスの盾を使うしかない。
ここにそんなものなどない。ゆえに、防ぐものなし!
あらゆる全てを貫通し敵の命を穿つ。ドゥリンダナの一撃が大軍を屠る。
「ふむ――守るならばやはり此処でしょうな――」
本陣前。中央戦域から少し北。エジソンとエレナの前に、今、伝説に謳われる守護の英霊たちが顕現する。たった三百の手勢と侮るな。
「
ここに顕現するはただ300の手勢。しかし、10万の兵を押しとどめたスパルタの勇士である。十万人のペルシャ軍に対してわずか三百人で立ち向かったとされるデルモピュライの戦い。
その意味は、こうだ。
「ここより先に行くこと能わず。ここを超えたいのであれば、100万は持って来い――!!」
宝具で召喚された三百人は、レオニダスと共に敵の苛烈な攻撃を耐え抜き、散っていく。その間、必ず味方が反撃してくれると信じているが故にそこに恐れなどありはしない。
たとえ死しても此処を通さぬと誓っている。
「直流は最強だ、そうだろう皆の衆!!」
「もちろんであります! 大統王閣下! 直流万歳! ブリリアントドミネーション!!」
「はいはい、直流は最強ね最強――さて、と」
エジソンが動くべきではない。彼は総大将だ。彼が動くということは相当ひっ迫した状況ということになる。だからまだ動かない。
動くのは、こっちだ。
「――我が手にドジアンの書」
戦場に響く
「光よ、此処に」
それはかつて金星より来訪した神性の具現。
地球創造神の一柱である
「天にハイアラキ、海にレムリア、そして、地にはこのあたし!」
掲げた手に莫大な魔力が渦巻く。
世界を救う大義を胸に、天と海と、ここにいる自分自身に誓う。
必ずや世界を救うと。
「古き事、新しき事、全てをつまびらかに!」
順調のようで、でもそううまくいかないのが人生。
だからこそ、全力でやるしかないのだ。間違っても間違っていなくとも。最後に笑えればそれでいい。
「――
殺到する敵を吹き飛ばす。敵は退かずなおも猛攻を繰り広げてくる。ならばこそ、来るのは彼女だ。戦場において常勝不敗の王が来る。
今ここにサンタの装束を脱ぎ捨て、騎士王としての鎧を身にまとう。漆黒はそのままに、極光は反転したまま――王として戦場に立つ。
その竜の胎動にケルト兵が浮足立つ。だがもう遅い。
掲げた聖剣からは光が立ち上る。反転した漆黒の光が空へと立ち上っていく。
その名を知らぬものなどいない偉大な聖剣の一撃。
常勝不敗を謳い、星が生んだ人の祈りの結晶。
放つ光は人々の希望。
勝利を約束する祈りの光。
その名は――!!
「
戦場を縦断する漆黒の光がケルト軍を押し返す。極光を防げるものなどなし。薙ぎ払えばケルト軍は壊滅するだろう。
しかし、そう順調にいかない。
「――そううまくいくわけねえよなァ!」
人生はそううまくいくものではない。
「そうよなぁ、至言よな」
ゆえに、こちらもまた神槍、来たりおり――。
「なんだ、テメェ」
「神の槍だ」
「はは。神槍とは言うじゃねえか。ああ、そうかあれだ、二の打ち要らずか――おもしれェ!!」
互いに得物などいらぬとばかりに放り捨てる。
「――我が八極を受けるが良い! 一」
「二の」
「「三!!」」
幾星霜を超えて繰り広げられる
武にとりつかれた男のたどる極致がここにある。
「きゃあああああ!? な、殴り合い! 殴り合いなの!? こう言うの怖い!? 止めなさいよ緑ぃ!」
「お断りですぅー! こんなん神様でも止められねえぞ!? うわー、すげー。同じ人類とはおもえねえ」
ただ拳を振るうだけで背後の岩山やら荒野が消し飛んでいく。衝撃波で周囲のケルト兵たちが吹き飛び冗談のように宙を舞って行くのだ。
拳風だけで身体がちぎれてしまいそうなほど。そんな中に飛び込んでいくことなど不可能。それを人がなしているということこそ冗談だと思いたい。
「なに、あれ……」
エレナには目の前の光景が理解できない。
「男の考えることなんてたまにわけわかんないわ」
「なあに、女子でもボクシングはするだろう。殴り合いに酔いしれるのは戦士の本能という奴だ。……私は発明家だから、あまりその辺は詳しくないがね」
「あ、そっ」
興味はない。だが、マスターの予定通りベオウルフは書文が抑える。ならばやるべきことを為す。
「それにしてもいやな予感がするわ」
「む、こういうときのエレナ君の悪い予感はよく当たるからな注意しておこう」
――そして、北軍に災厄が来る。
というわけで実は生き残っていた剣式によりスカサハ救出。
アサシン式は脱落したものの根源接続者特有のあれで何とか残っていました。それもこれもマスターを助けるため。
あとスカサハ師匠と書文さんと全力バトルさせるためネ。
北軍は戦闘開始。ちょっと順番をいじっております。
中央の広大な戦域はノッブの独壇場。三段撃ちで膠着状態を維持中。
オジサンもいろいろ言いながらも真剣に戦っております。
レオニダス王は守りに徹しております。彼には魔神柱戦で頑張ってもらおう。
サンタさんは今回王様モード。戦場において常勝不敗の名の下に聖剣をぶっぱするお仕事をしております。
エレナの詠唱が微妙にDies風味になりかけたのは、神咒神威のBGM聞きながらやったからかなw。
それにしても戦力増えたおかげでほとんどケルト軍壊滅してる気がしないでもないな、これ……。
書文先生とベオウルフのステゴロ。大地は引き裂け、雲は割れるとかいう状況です。
次回は17日0時頃に更新します。
北米神話大戦の火ぶたが切って落とされる。カルナとアルジュナの決戦です。
このまま一気に駆け抜けていきますのでよろしくお願いします。