Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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炎上汚染都市 冬木 3

「なるほど。あなたはここで行われた聖杯戦争唯一の生存者なのですね」

「まあ、そういうことになる」

 

 ドクターとキャスターによる情報の共有が終わった。

 わかったことは、彼、キャスターがこの聖杯戦争の参加者だったということ。

 セイバーのサーヴァントに倒されたサーヴァントは、黒くなり、あふれ出してきた異形とともに何かを探しはじめたということ。

 セイバーを倒し、キャスターが勝利することが出来たのなら、この特異点という場所における問題が解決するだろうということ。

 

 ここでやるべきことまで一気に分かった。

 

「というわけで、目的は一致している」

「なるほど、手を組むということね。あなたはセイバーを倒したいけれど戦力が足りない」

「ああ、そういうこった。利害は一致しているしな」

「いいわ。手を組みましょう。――新人君、キャスターはあなたに任せます」

「ええ!?」

「あなたマスターでしょう。サーヴァントの一人や二人、うまく使って見せなさい」

 

 一人ですらいっぱいいっぱいなのに、二人など不可能だと言いたいが、言っても無駄なので言わないことにした。言ったら大変なことになりそうだし。

 だが、そんなことを言うことはできなかった。ここには、僕しかいないのだ。やれる人間は。所長は、どういうわけかできないと言っている。

 

 だから、僕がやるしかないのだと、彼女は言ったから。

 ――だから、やるのだ。

 

 死にたくないから。生きたいから。

 

「よろしく頼むぜマスター」

「ああ」

「それじゃあ、目的の確認と行こう。アンタらが求めているものとオレが目指す場所はおそらく一緒だ。セイバーの根城だな。この土地の心臓部といっても過言じゃねえ」

「セイバーは城を構えているのか」

「まあ、そんなところだ。道筋は教える。いつ突入するかは、そこのボウズ次第だ」

 

 ――僕? どうして。

 

「オマエさんがマスターだからだ。オマエさんがいいと言えばオレと嬢ちゃんは、突入する」

「どうして――」

「マスターってのはそういうもんだ。何より――この事件は、この時代を生きる人間の手でケリをつける必要があるからな。

 オレらは所詮、兵器みたいなもんだ。兵器を使うのは生きた人間。死んでる人間に、この先を決める権利はねえってことだ」

 

 ――だから、オマエが決めろ。

 

 そう言われた。

 そう言われても、できるはずないと思った。

 何度も思っている。

 

 でも、そのたびに、所長の言葉が脳裏をよぎる。

 

 ――あなたしかいないの。

 

 僕しかいない。それが、後ろへと逃げる道を崩していた。

 

「……行こう」

 

 それでも、ここを乗り切ればなんとかなると信じて、僕らはキャスターの導きに従って、この土地の心臓部へと向かった――。

 

 長い洞窟は暗く、そのうえで敵も現れる。シャドウサーヴァント。黒く染まったサーヴァントたちの襲撃は苛烈だった。

 アーチャーのサーヴァントに襲われたときなど、何度も死んだかと思った。

 

 迫りくる剣群。マシュがいなければ、何度死んでいただろうか。

 

「本当、どうしてあなたなんかが――」

「すみません……」

 

 けれど、そのたびに、僕は所長に助けられていた。単身で彼女はサーヴァントを追い詰めたのだ。

 なんで、彼女ではなく僕がマスターなんだろう。きっと彼女ならば、もっとうまくやれるのではないか。そう何度も思った。

 

 そのたびに、何度も彼女に言った。

 そのたびに、彼女は言うのだ。

 

「あなたしかいないんだから、仕方ないでしょう。あなたしか出来ない。あなたしかいない。あなたがするしかないの。これは、当然の義務よ。新人だろうと、一般人だろうと、あなたしかいない。あなたがしくじれば、すべてが終わるのよ。しっかりしてもらわなくては困ります」

 

 そういうのだ。

 僕しかいないから、と。

 

 重りが肩に乗っかっているかのようだった。脚が鉛のように重く、歩みは遅々として進んでいないかのように感じる。

 

「先輩、大丈夫ですか。顔色が優れないようですが」

「大丈夫だよ、マシュ」

「そうですか。きつければ言ってください。所長に休憩を進言しましょう」

「うん、でも、大丈夫だから」

 

 僕は何もできていない。だから、せめて強がりくらいは言わないと格好がつかないだろう。

 

「厳しいなら言ってくれ。こちらからなるべくだけど支援するよ」

「ありがとうございます、ドクター」

「ここから進むとでかい空洞がある、休憩ならそこでだ」

 

 開けた空洞。敵の気配はない。そもそもアーチャーのサーヴァントを倒した時点で、敵の気配が極端に薄くなったのだとキャスターとマシュが言っていた。

 この先にボスがいるからだろうか。何はともあれ、休めるというのはいい。歩き詰めで正直、疲れ切っている。体力だけではなく、いろいろな意味でもだ。

 

「ほら、食べておきなさい。あなたに倒れられると作戦行動に支障が出ます」

「ありがとう、ございます所長」

 

 座り込んでいると、一体どこに持っていたのかオルガマリー所長がドライフルーツをくれる。甘さが身に染みるようだった。

 

「休憩だし、いいかしらキャスター」

「なんだ?」

「これから向かう場所にいるセイバーの真名はわかっているのかしら」

「ああ、そこは大丈夫だ」

 

 セイバー。その真名はアーサー王。

 かつて、ブリテン島の王様。強大な聖剣エクスカリバーを持つ超ド級の知名度を持つ王様だ。

 

「聖剣使い……わたしに、彼の聖剣が防げるのでしょうか……」

「安心しな嬢ちゃん。こっちの見立てじゃあ相性は抜群に良い。その盾が聖剣で砕けることはないだろうよ」

 

 それを聞いて安心した。聖剣。それもエクスカリバー。伝承に聞くだけでも、かなりの名剣だが、この冬木の街に来て思い知らされたことがある。

 サーヴァントの武器は人間の想像の範疇を容易に超えていると。聖剣。それもエクスカリバー。それがどんなものなのかわからないが、おそらく半端なものではないのだろう。

 

 キャスターの話からも所長たちの話からもそれはわかる。そんなものに立ち向かう。恐ろしすぎて、吐きそうだった。

 いや、普通に吐きそうだった。体調は最悪と言ってもいい。魔術回路を初めて起動し、それを全力で回し続けている。

 

 熱、傷、様々なものでボロボロだ。もうやめたいと言っても許されるだろう。

 だが、止めることはできないのだ。マスターは僕だけ。僕がやらなければ、ならないのだ。帰還するためには、ここの異常を解決しなければならないのだから。

 

「もし、があるとすれば、それは嬢ちゃんがヘマした時だけだ」

 

 キャスターの言葉にマシュが唾を飲み込む。責任の重圧を感じているのだろう。

 

「マシュ、大丈夫。ぼ――オレが付いてる」

「――はい、ありがとうございます、先輩」

「なんだ、いいコンビじゃねえの。だったら話は簡単だろう。聖剣に打ち勝つだとか、そんなに難しく考えるな。もっと単純に考えりゃいい。防げなきゃ、マスターが死ぬ。

 聖剣に勝つ、じゃなく、マスターを守ると考えな。そっちの方が得意だろ」

「得意かは、わかりませんが、この身にかけてマスターは守ります」

「その意気だ。さて――ここから先はほとんど休憩ができんだろう。もう突入だ。だから、聞くぞマスター。準備はどうだ」

 

 準備。肉体的な準備は問題ないだろう。マシュもキャスターも大丈夫だとわかる。問題は、心の準備だ。そんな準備などできているはずがない。

 もういっぱいいっぱいで潰れてしまいそうなほど。既に溺れかけの子供だ。ただじたばたと沈むのを待つばかり。

 

「大丈夫、行こう」

「……いいんだな? まだ時間はある。もう少し――」

「いや、良いんだ。行こう。早く、問題を解決してカルデアに帰還しよう」

「フォウ、フォーウ」

「…………なら何も言わん。行くぞ」

「ええ、行きましょう。迅速にセイバーを倒して、特異点の謎を解き明かすのよ」

 

 休憩を終えて、大空洞へと足を踏み入れる。

 地下に広がる巨大な空間。都市の地下にこのような空間があるなどとだれが想像するだろうか。誰も想像などできないだろう。

 その上、山のようなものまである。総じて感じるのは恐怖だけだ。いいや、もはやカウンターが振り切れたのか恐怖も何も感じない。それほどまでに、怖ろしい。

 

「うそでしょ、なによこれ……超抜級の魔術炉心じゃない!?」

「あ、ああ……」

「ちょっと、どうしたのよ、まっすぐに――っ!!」

 

 そして、その恐ろしさなど比較にならない恐怖の塊がいる。騎士の形をした恐怖そのもの。禍々しさすら感じる黒き鎧に身を包んだ、騎士の姿は、まるで悪しき竜のよう。

 そんなものがこちらを睥睨している。放たれる禍々しい魔力は何よりも強大で、恐怖以外を感じるなという方がおかしい。

 

 あまりの恐怖に問答無用で失禁すらしている。脱糞しなかったことが奇跡といえる。暗がりであったことと、超級の敵がいたことで誰にも気が付かれなかったのが幸いだろうか。

 無論、そんなことすら思う余裕などない。

 

 息がつまる。呼吸が止まる。酸素が、全身から抜けていく。脳がその活動をやめる。生命活動の全てを放棄する。

 かひゅー、かひゅう、と喉が音を鳴らして酸素を求めるが、まったくと言ってよいほど酸素を得ることができない。ただただ無様にあえぐのみ。

 

 恐怖で溺れていた。

 

「――ほう。面白いサーヴァントがいるな」

 

 凛として響く理性に満ちた声。彼女の初めての発声を聞いて、一番驚いたのはキャスター。

 

「テメェ、喋れたのか。今までだんまり決め込んでやがったな!」

「ああ。何を語っても見られている。故に案山子に徹していた。だが――」

 

 アーサー王が微かな笑みを浮かべた。彼女の視線、その先はマシュと彼女が持つ盾、そして、マシュ自身。

 

「――面白い。そのサーヴァントは面白い。構えるが良い名も知らぬ、娘。その守りが真実か、この剣で確かめよう」

 

 漆黒に染まった聖剣をマシュへと向ける。

 

 ――来る!

 

 それが分かった。圧倒的な覇気が全てこちらへと叩きつけられる。それだけであらゆる全てが蒸発してしまいそうなほど。

 喉がからからになり、汗がだらだらと流れて行く。重りを背負わされたかのような重圧に、背骨がぼきりと折れてしまいそうな悲鳴を上げている。

 

「応戦します。先輩、――マスター、わたしを、使ってください!」

 

 無理だ。

 

 勝てない。

 

 逃げられない。

 

 敗北する。

 

 どうすればいいのか、考えても答えなど出てこない。

 

「何してるの、早く指示を出しなさい! そうしないと、全部終わりよ、死んじゃうわ! あなたしかいないのよ!」

 

 ――そうだ。僕しか、いないんだ……

 

「マシュ! 勝つぞ!」

「はい、必ずマスターに勝利を!」

 

 悲鳴を上げながら、獅子の如き強さを見せつけるセイバーを撃ち合うマシュに指示を出す。

 なにをしている。

 何をされている。

 

 わからないわからないわからない。

 

 速すぎる。強すぎる。

 

 こんなもの人間が、指示を出せるはずがない。どうすればいいと言うのだ。こんな戦いに人間はいったい、何ができるというんだ。

 

 何もできるはずがないだろう――。

 

「はああああ!!」

「たあ!!」

「アンサズ!!」

 

 焔が飛ぶが、セイバーには効果を及ぼさない。

 

「ああ、くそ、対魔力が強すぎるだろ。槍があれば、こんなまどろっこしいことしなくてすむのによ! ――嬢ちゃん!」

「――っ!? 受け流し――」

「フン!」

 

 マシュの脚が崩される。盾の防御が、失われる。

 

「マシュ!!」

 

 振り上げられる剣――振り下ろされる剣――マシュが、死ぬ。

 

 それが分かった時、何かの糸が、完全に切れた――。

 

「駄目だ、ダメだ、ダメだ!! ――キャスター!!! セイバーを止めろ!! 直接で効かないのなら、そこの岩を吹き飛ばしてぶつけろ!!」

「へっ――!」

 

 待ってましたとでも言わんばかりに、ルーンが輝き、岩を吹き飛ばしてセイバーに直撃させる。

 

「マシュ、大丈夫か!」

「はい! 行けます!」

「フン……そうか――ならば、これを受けて見せろ――旅路を往くのならば、な」

 

 聖剣が輝きを上げる。

 

 見た瞬間にわかった。アレからは逃げられない。

 だから、僕は、君にこういうしかない。

 

「マシュ、防いで」

「――はい!」

 

 マシュは、僕の無茶な命令に何も言わずに応じてくれた。腰を落とし、皆を自らの背。盾を地面へと突き立ててしっかりを前を見据える。

 

「気張れ嬢ちゃん。嬢ちゃんが折れなきゃ、何の問題もねえ、ガッツの問題だ。負けそうになるのなら、後ろにいるマスターの顔を思い浮かべな」

「わかりました。いきます――」

 

 極光は反転する。

 光は闇となり、漆黒の光が、充填される。

 

約束された(エクスカリバー)勝利の剣(・モルガン)――」

 

 そして、放たれる竜の息吹が如き聖剣の輝き。

 まっすぐにこちらに向かってくる光を前に、すべてが消滅してしまうと思った。

 

「――――」

 

 けれど、けれど、そうはならず――マシュの盾が輝いた。

 発動する宝具。

 盾がその力を発揮する。

 

 聖剣の一撃に、一歩たりとも引くことはなく――。

 

「マシュ――、飛べ」

 

 無意識の命令に、手の令呪が反応し――セイバーへと一撃を叩き込ませた。

 


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