「――では、病める英雄を治療に向かいましょう」
病める英雄クー・フーリン。彼を取り戻し、世界を救う。そのための戦いへとこれから出発する。その前にスカサハが彼女の発言を聞いて苦笑する。
ケルトの大英雄クー・フーリンですらナイチンゲールの前にはただの患者に過ぎないということにスカサハ師匠は苦笑していた。
「やれやれ。あやつも、おぬしの前ではただの患者にすぎぬか」
「師匠である貴女が気が付いていないとは思いませんでした」
「病気に関しては不得手でな。ここまで、神霊に近づくと病からは縁遠くなる。まっとうな意味での死などとうの昔に乗り越えてしまったよ」
「……不可解です。死を踏破した割には、浮かぬ表情ではありませんか?」
「それはそうさ。私は死を踏破したのではなく、単に乗り越えただけだ。死を超越したのではなくな。ただ生においていかれた亡霊にすぎん。そういうおぬしはどうだ? 亡霊、怨念という意味では私に近いと思うが?」
「私はただ、全盛期の姿で現世に戻っただけです。ならば、全力を尽くして治療するのみ。なぜならば、私が召喚されたという事実そのものが、この世界に看護が必要だということなのですから」
会話を終えて二人はこちらにやってくる。オレはスカサハ師匠に軍の編成を話す。昨日寝る前に考えたもの。
オレが最善と思った編成。これだけの数のサーヴァントがいるのであれば均等に振り分けることもできる。均等にしてクー・フーリンを倒せるのかということであるが、問題はない。
ラーマとシータがいる。彼らは同一の英霊だ。ラーマという同一の英霊。力もまた同じ。彼らの力があればきっとクー・フーリンにも勝てる。いや、必ず勝つのだ。
「北軍がエジソン、ブラヴァツキー、書文、レオニダス、ノッブ、サンタさん、エリザベートにロビン、ヘクトール。
南軍が、カルナ、ラーマ、シータ、マシュ、清姫、ブーディカ、ダビデ、アストルフォ、ナイチンゲール、マスターに私か。
ふむ、南軍に力が集中しているように見えるが、その実、守りに強い英霊が北軍にそろっている。これならば持ちこたえることが可能だろう」
スカサハ師匠のお墨付きに安堵する。気楽でいいと言われたが、やっぱりこういうものを他人に話すときは緊張する。
「ちょっと、子イヌ!
その方向で進めようとした時、エリちゃんが南軍が良いと言ってきた。彼女の意思は聞いていた。だからこそ、自分が北軍にいることが信じられないのだろう。
マスターだからわかっているはず。だからこそ本命の南軍にいれてくれると思っていたのだろう。確かに、オレも最初はそう思った。
「頼む」
オレは一言そう言う。
エリちゃんはきっとクー・フーリンと戦いたがるだろうと思った。陛下の仇をうちたがると思った。だけど、それでも彼女には北軍にいてほしかった。
彼女にならば任せられる。何より、誰かの為に必死になれる彼女が向こうにいてくれたのならきっとこっちも頑張れると思ったから。
だから、エリちゃんは北軍にいれた。
「………………。わかったわよ。その代わり、セイバーを倒したクー・フーリン、仕留めなさい、必ず」
「約束するよ」
「ならいいわ。ここで、あのコマドリと一緒に戦ってあげる」
「誰が駒鳥だ、誰が。ま、こっちは任せておきな。軍勢相手の戦いならオレの下準備が役に立つ。徹底的にいやがらせさせてもらうさ」
頼もしい限りだった。ゲリラ戦という英雄らしからぬ行為に特化した英雄。そんな彼が徹底的にやると言った。その言葉は何よりも信用できる言葉だった。
「ああ、目標は六割削減だ。それくらいできるだろうおぬしなら」
「サーヴァント率いるケルト戦士にかい? そりゃあ、いつもの倍働かないと厳しいねえ」
「あれ、倍でいいんだ」
「ああ、すごいぞマスター。森の隠者は、私の予想を上回ったぞ」
「げ、言葉尻とらえてこれかよ。フツーなら二倍でも無理なんだけどね……。ま、死ぬ気で働けば何とかなるかもだ。できる範囲で努力させていただきますよ」
ロビンとエリちゃんは大丈夫そうだ。
それならと、オレはエジソンとエレナのところに行く。心配というわけではなかったけれどやっぱり声をかけたいと思った。
これできっと最後になるから。
「大丈夫?」
「あたしはね。あなたは?」
「まあ、大丈夫、かな」
「……努力はするわ。どんな仕事であれ手は抜かないのがあたしの主義よ」
「うむ。間違った道に進んでいたとはいえ、私の機械化歩兵が役立ちそうで何よりだ。バベッジ卿のヘルタースケルターもいる。北軍は責任をもって預からせてもらおう」
「頑張って」
時間になりスカサハ師匠がみなに声をかける。
「――問題はないな? ではすぐに軍を進めるぞ。この規模で動くのだ。こちらの動きも向こうに察知されていよう。見立てでは、全軍激突はほぼ同時刻。三日後の夕暮れ時だ。北軍担当のサーヴァントは早々に出発するべし。不測の事態が起きないともかぎらん」
「そうだな。ではブラヴァツキー夫人、どうかよろしく」
「ええ、ミスタ・エジソン。あなたも気をつけなさいな」
「カルナ君!」
「どうしたエジソン?」
「いや、なに。言おう言おうと思って機会を逸していたのだ! 私のような者の懇願に応じてくれて感謝する! 君がいたから、ここまでやってこれた!」
「何、気にするなエジソン。武運を祈るぞ」
「ありがとうカルナ君。それではマスターよ!」
それから改まった様子でオレの前にエジソンは立つ。しばしの沈黙。オレは彼の言葉を待つ。彼が何を言おうとしているのかわかっている。
「……君たちとの再会は叶わないだろう」
「……うん。わかってる」
戦いが終われば即座にオレたちはカルデアに戻るだろう。再会することは不可能だ。だから、これが別れになる。
だから別れの言葉を伝えるのだ。これが最後だから後悔がないように。
「……わずかな間だったが、君は本当に私に良くしてくれた」
「あなたは子供のあこがれだった。オレの憧れでもあった」
彼のことを調べた時、オレはエジソンという英雄に憧れた。世界に光を与えた偉大な男。誰もが認める英雄ならざる英雄。
彼は決して戦う者ではない。昔から伝わる英雄としての姿をしていない。英雄が持つべき武勇を誇っているわけでもない。
だが、彼は確かに英雄なのだ。世界に光を与えたという偉大な功績。人類に多くの貢献を果たした正しき英雄。戦う力がないはずの発明家が大英雄たちと同じ
オレが目指すものはきっとそういうものだと思った。だから憧れた。力が弱くてもいい。聖剣や魔剣を持たなくても良い。
ただ、世界を救う。それを為せばいい。ただ一人じゃなくとも、みんなで。それを為した男だから、オレはトーマス・エジソンに憧れた。
「はは。子供向けの伝記本ならば、私はさぞかし格好良かっただろう。無様を見せたというのに、そう言ってもらえるのなら光栄だとも。
最後にして最も偉大になるであろうマスターよ。私は誓おう。その伝記に、君の憧れに負けぬよう。この任務を全うすると誓おう。ではおさらばだ、諸君!!」
そう言って彼は馬に乗ってゆっくりと出発する。それを見送っているとロビンがやってきた。彼とも最後になる。
最後に言葉を交わせることに感謝をする。ジェロニモやビリーとはゆっくりと最後の挨拶を交わすことができなかったから。
「そんじゃ、オレも行くわ。これで今生の別れだな」
「寂しくなるな」
「そういうな。ゲリラ活動なんてそんなもんさ。なに。お互い生きてりゃまた会える。顔を合わせるって意味じゃなくて、たとえば……一方が残した歌とか、手紙とか。そういうのに生きてりゃ出会えるって話でね。人間ってのは顔を合わせるだけが再会じゃないのさ」
「いいや、たぶん、またどこかで顔を合わせるさ。その時、オレのことを覚えているとは限らないけれど。だって、サーヴァントってそういうもんだろ?」
いつ会えるかはわからないけれど縁は結んだ。ならばきっといつかで会える。そう信じていれば別れも辛くない。
――いや、辛くないというのはうそだ。けれど、いつか出会った時に笑えると思うのだ。
「はは、違いねぇ。――じゃあな。短い間だったが楽しかったぜ」
そう言ってロビンも行く。一人、またひとりと死地へ向かっていく。
「それじゃ行ってくるわねマスター」
エリちゃんもまた、同じく。
「ああ、行ってらっしゃいエリちゃん。帰ってきたら、そっちの話を聞かせてほしい」
「ええとびっきりの歌にして聞かせてあげるわ! だからセイバーの仇、頼んだわよ!」
「やれやれ、せっかく会えたのにまたマスターと離れ離れとはわしも忙しくてかなわんのう」
それはノッブもだった。久しぶりに会ったというのにまた離れる。確かに忙しくてしかたないが、これも世界を救うためだ。
それに――。
「信用してるからだよ」
「ふっ、それは悪くないのう。なにせ、わし部下に信用なんぞされておったのかわからんからの。なにせ、何度謀反されたことか。ま、それはいいじゃろ。わしがいないからって、ぐだぐだになるんでないぞ」
「わかっているよ」
「それじゃぁの、カルデアでまた会おうぞ!」
馬を駆り戦場へと向かうノッブの姿は確かに覇道を志し突き進んだ織田信長の背中そのものだった。
「トナカイ。今からでも、そちらに行っても良いが」
「いや、北軍を頼むよ」
「そうか」
サンタさん。アルトリア・ペンドラゴン。アーサー王。
彼女の力は確かにクー・フーリンとの闘いにおいて必要なのかもしれない。いればとても心強いことに変わりはない。
けれど、だからこそ彼女には北軍に行ってもらう。あちらには聖杯がある。そうなればおのずと出てくるものがある。
魔神柱。サーヴァントを超えた力を持つソロモンの悪魔。複数のサーヴァントでかからなければ倒せないようなそれ。
それはこちらに出るかもしれないし、あちらに出るかもしれない。だが、オレが敵であったのなら、女王メイヴであったのならばクー・フーリンの力を信用する。
彼は強大な力を持っている。それはネロやジェロニモ、ビリー、ジキル博士が一瞬でやられたことからもわかっている。
だからこそ、あえて北軍に魔神柱が出る可能性も捨てきれない。オレなら弱い方に出すからだ。そうすればおのずと決着はつく。
「だから、サンタさんにはそっちにいてほしい。何かあったとき、その聖剣でみんなを守れるように」
「ふん、いいだろう。貴様の直感はよく当たる。ここまで磨き上げたその直感を大事にすると良い。貴様が積み上げてきた確かな財産だ。貴様が生き残る上でそれはおそらく何よりも重要だろう。では行くが――死ぬなトナカイ。貴様が死んだら来年のクリスマスのトナカイがいなくなるからな」
そう言ってソリに乗り聖剣をぶっぱして飛んで行った。相変わらず移動の方法がおかしい。
「大丈夫死なないよ」
「マスター……」
「ああ、レオニダスさん」
「ええ、短い間でしたがどうかご武運を。我らスパルタが必ずや時間を稼いで見せますぞ。なに、知っての通り少数での守りならば我らに勝るものなどありませぬ。どれほどの軍であろうとも我らスパルタは必ずや守り切って見せますぞ」
「ありがとう。期待してます」
「では――!」
スパルタ王。レオニダスと彼が召喚する三百人の兵士。スパルタの偉大な戦士たちが命をとして再び戦う。それは心が震えるような光景だった。
「さて、オジサンも行こうかね」
「ヘクトール……」
「ああ、マスター。オジサンは湿っぽいのは嫌いでね。別に何も残すつもりもない。それに、マスターオジサンのこと苦手でしょ」
「いや……うん、ちょっとはね」
「はは。正直でいいねぇ。オジサン傷ついちゃったよ。――なんて、特異点の旅も五度目。そりゃいろいろあるわな。敵だった英霊が味方なんてのもざらだ。オジサンたちにしたらなんもないがね。マスターからしたらいろいろあるだろうよ。オジサンとか気にしないから好きに感情を向けてくれや」
「……ずるいな」
「はは、大人はズルいもんさ。だが、子供だからこそ理想を追えるってのもあるだろうよ。マスターは、どっちがいい?」
考えときな――そう言ってヘクトールはさっそうと出発した。
「大人、子供、か……」
「そういうことを考えるうちは子供じゃな」
「書文さん」
「だが、子供だからこそ青臭い理想を語れるものだ。――ではマスター、儂も行こう。儂がベオウルフなる男を相手すれば良いのだな?」
「うん」
竜殺しベオウルフ。彼がいなければできれば書文さん南軍に来てほしかったけれど、竜殺しに竜の因子を持つエリちゃんたちを戦わせたくはない。
万が一なんてことになったら目も当てられないから。だから、こちらの戦力として単騎相手にめっぽう強い書文さんをぶつける。
「任された。――時に、スカサハ殿」
「うむ、約束だろう。覚えているとも。全てが終わった後、お互い生き残っていたら全力で戦うとしよう」
「重畳。では、生き残らねばな。マスターも息災でな」
北軍が行く。これから死地へと向かって進軍していく。彼らの顔に恐怖はない。晴れ晴れとした顔で行く。必ずやオレたちがクー・フーリンを倒すと信じているから。
「オレたちも行こう――」
ならばその期待に応えるまでだ。
最後の別れ。それは辛いものだが、サーヴァントとの別れは、次の再会の約束なのかもしれない。
いつか来る再会の時に笑うための――。
てなわけでさあ、決戦へと出発じゃ。北米神話大戦がついに始まります。
水着イベ楽しい。とりあえず弓の秘石とか羽根がぽろぽろ落ちてくれるのが本当に助かるんじゃぁー。
ただ、知り合いに水着きよひーの最終再臨見せられた……とてもほしくなった。くそう……。