大地を踏み抜くが如き踏み込みが来る。神槍と謳われた男の踏み込みだ。どれほど鍛え上げて来たのだろう。その人生の全てを武に捧げ辿りついた極致。
そこから放たれる突きはまさしく神槍。あらゆる全てが連動し、無駄を極限までそぎ落とした突きという現象の極限。
触れれば最後、何者すら穿たれてしまうのではないかとすら錯覚する。その一撃、まさに必殺。余技の如き突きであろうとも全て必殺と化している。
その一撃は竜の息吹にすら匹敵するだろう恐怖だった。膝が笑い、歯ががちがちと鳴る。ただ目の前にいるだけで食い殺されそうなほどの覇気。
だが、それでも背後に立つマスターの為に、マシュは歯を食いしばり――腰を落とし、盾を前に。あらゆる全てを防ぐと誓った。
もう二度と先輩を傷つけさせはしないと誓った。どのような一撃であろうと防ぐ。英霊として築き上げてきた全てを思い出せなくとも、確かにマスターと二人、築き上げてきたものがあるのだ。
放たれる槍の突きと受ける大盾。凄まじい轟音が響き渡り、大地が引き裂け、衝撃にわずかに残っていたケルトの兵士たちが吹き飛ばされていく。
「ほう――」
続けて放たれる槍の一撃。その速度、まさしく神速。最小の動作にて行われる引き戻しに突き入れ。いや、違う。引き戻してなどいない。踏み込んでいるのだ。
李書文は槍を放ちながら踏み込んでいく。槍の突きを放つには伸ばした腕を引き戻さなければならない。引き絞られた弓と矢の関係と同じく槍の突きを放つには一度引かねばならない。
だが、踏み込むことによって無理やりにその距離を稼いでいる。そして、それはマシュが押されていることを意味していた。
彼が踏み込むだけの距離を押されているのだ。盾で防ぎながら、凄まじい衝撃を受けてマシュが少しずつ後退していく。
地に根を張る大樹と称されたマシュの防御すらも磨き上げられた技術によって後退を余儀なくされている。
「マシュ! 受け流せ!」
「はい!!」
その絶技確かにすさまじい。だが、マシュに力を与えてくれた英霊もまた英雄なのだ。その名がわからずとも、その力は李書文に負けていないと信じている。
そう信頼されるからこそ、マシュもまた立って戦えるのだ。究極の突きを受けて流す。極限の集中の中で行われる妙技。
李書文の槍を受け流す。手に残る衝撃、しびれるほどの一撃であるが、それでもマシュは踏み込んだ。恐ろしく、怖いけれど前へと踏み込んだ。
戦うことは怖い。けれど、それ以上に怖いことがある。だから前に踏み込んだ。
「やああああああ――――!!!」
放たれる
それに彼が得意とするのは槍であって、槍にあらず。
拳の技はすべて槍から生まれた。彼が学んだ武術は八極拳。初めに武器ありき。槍から生まれた武術なり。八極拳の技の全ては槍を持っていたとしても可能。
ゆえに、
――
八極拳防御特技。肘や肩の回転で小さな円を描くように腕を回し、盾の一撃を弾き逸らす。そこからつなげられる相手の伸びた腕の内側に自分の腕を添え、そして大地揺らす震脚。
地面を強く踏みつける発勁から続く添えた腕を曲げて顔を守りつつ、もう一方の腕でマシュの腹部を打つ突き技が放たれる。
――
腹を突き抜ける衝撃に身体がくの時に折れるのを歯を食いしばって必死に耐える。攻撃を放った瞬間、それが外れた瞬間の隙間に放たれた一撃は強く重い。
サーヴァントでなければ、霊基を強化し、再臨してなくそこに鎧がなければ腹を抉られていたであろう一撃だ。それでも大ダメージには違いない。
「ガッ――――」
「うむ、良い技よ。だが、まだまだ――」
「マシュ!」
「だい、じょう、ぶ、です!」
それでもマシュは立った。
「その意気や良し。ならばもう少し本気を出すとしよう――」
澄み切った槍気。静かな覇気が放たれる。刹那、轟音と共に李書文の震脚が放たれ地面を氷の上を滑走するように滑りながら移動した。
――活歩。
一瞬にして間合いが詰められる。息を整える暇など与えない。土台ここは戦場だ。敵が悠長に待ってくれるはずもないことは当然だろう。
槍を振り下ろし、落ちた穂先が跳ね上がる。それをはじいたとしてもそれに連動して力の向きをかえられ放たれる左右の薙ぎ。縦横無尽に放たれる巧みな槍捌きは防ぐだけでやっとだ。
いや、やっとどころではない。防げていない。先ほどのダメージが大きすぎる。しかも、槍にて行られる浸透勁によってたたきつけられる衝撃はマシュの肉体を槍の一撃を防いでなお傷つけていく。
「く、ぁあああ――!!」
気合い一発。相手の攻撃をはじくと同時に距離をとろうとする。だが、
「間合いなど開けさせぬよ。マシュ殿には悪いが、どうしても戦いたいものでね――」
「そうだな。だが、間合いは開けさせてもらうよ。シータ!」
「はい!」
「ぬ――」
放たれる弓の一撃。それを槍ではじくと同時に踏み込む、紅き風。
「ラーマ!」
「心得ている――」
姿勢を低く踏み込んだラーマの剣が振り上げられる。その一撃をいなせば、絶妙のタイミングで矢が放たれる。ほとんど密着しているというのに、ラーマのことなど気にせず放たれる矢。
しかして、その全てはラーマに当たることはない。ラーマの動きの全てを知っているからこそできる芸当だった。夫婦のきずなだ。
「言っただろう、オレ
屁理屈だろうが、何もマシュ一人で戦うとは言っていない。卑怯上等。勝てばいい。勝って、必ず李書文を手に入れる。
力がいるのだ。ロビンに聞いたクー・フーリンの力は強い。そこにアルジュナもいるのだ。勝つためには力がいる。何よりも強い力がいる。
「だから、何が何でも、おまえを手に入れる! 卑怯なんてしるか、オレはマスターだからな!」
戦士じゃない。勝つための最善を考え続けるマスターだ。だから、全員でかかる。
「エリちゃん!」
「オーケーよ!!」
「ぬ、怪音波か!」
「ちょっと!」
「今だ、アストルフォ!」
さすがに音は防げない。さんざんな言われようだが、いかに武人と言えど音は防げないのだ。一瞬であるが動きが止まる、そこを強襲するアストルフォ。
「キミの真の力を見せてみろ!
飛翔するヒポクリフ。突進による粉砕攻撃はAランクの物理攻撃にすら匹敵する。
「秘伝――
だが、究極の見切りにてその攻撃を躱し、反撃に出る。顳、目もとを打ち、返す手でアストルフォの腹部を強打する。
「今だよ!!」
轟音と共に殴り飛ばされるアストルフォ。
「はいはい、陽動ご苦労さん!
弔いの木よ、牙を研げ――
「これよりマスターの為に、敵を半分くらい焼きます――転身火生三昧」
虚空より現出するロビンと清姫、その宝具の一撃が攻撃を放った瞬間の李書文へと放たれる。
「――――」
「やったか!」
「ロビン、まだだ!」
完全な直撃だが、
「ふぅ、さすがに多少は効いたか」
「おいおい、さすがにアレでほとんど無傷ってないでしょ」
「いやいや、全力で防御せねば危なかった」
「ああ、そうだろうね――」
「ぬ――」
放たれたガンドの一撃。魔術礼装にありったけの魔力を込めて放つガンド。ロビンと清姫と一緒に至近距離まで近づいて、宝具の陰に隠れて放っていたのだ。
「これであんたは動けない。オレたちの勝ちだ」
「――はっ、はははははははは!! さすがに一歩たりとも動けぬとなればこれ以上はやれぬな。しかし、痺れが解けばやれるが――」
放たれんとする二つのブラフマーストラ。その一撃はさすがの李書文であろうとも厳しいものになるだろう。武の極致ではあれど、羅刹を屠る一撃ともなれば無事ではすむまい。
いや、これ以上の本気でもって挑めば屠ることも可能であろうが、好き好んで世界を滅ぼしたいと思うものでもない。
本来ならばこの状況にならぬ前に済ませるつもりであったが、それもまた己の未熟。ならばこれを以て受け入れるとし、
「良かろう、儂を使うが良い」
「ああ、ただし令呪を以て命じる。全てが終わるまで、味方を攻撃することを禁じる」
「であろうな」
「ただ、終わったら全力で戦ってくれ。師匠もそれでいい?」
「うむ、良い。決闘を始めると言っておいて、初めから全員でかかるというのはいささか戦士として思うことはあれど、最初から、オレたちと言っていた。掛け値なしの全員とはな、まったくどこをどう育ったらこうなるのやら」
あきれ顔だがスカサハ師匠はどこか嬉しそうだった。
「さて、書文さんも味方に付いてくれた。これからどうする?」
「うむそれだが、マスター。一つ教えておこう。あの発明王と言ったか。あの者何者かに憑かれているようだ。だから、ぶん殴りでもしたら目が覚めるかもしれんぞ」
「では、マスター行きましょう」
「いや、速いよ!?」
ナイチンゲールが即座に出発しようと言ってくる。その理由は明白だった。おそらくは発明王、あのエジソンを患者と認定したのだろう。
何かに憑依されている。確かに、エレナ女史もそんなことを言っていたような気がする。ノッブたちの報告からもそれはうなずける。
だから、わかる。それにあのありさまはおかしいのだ。どう考えてもサーヴァントだとしても何かがおかしいのは間違いない。
行かなくてはならない。それに味方がいる。このままではどうやったってクー・フーリンには勝てないと思うのだ。
どんなに戦力を集めても勝てないような気がする。けれど、それでも戦力がいてくれればそれだけ勝てる確率が上がる。
確実なんてないが、それでもできるだけ確実に近づけることができるのだ。
「ああ、もう一度会おう。彼に」
「また無茶な話だなー」
話が決まり、エジソンのところに向かう途中、ドクターがそんなこと言ってきた。
「何が?」
「いや、だって、君一度つかまっているんだよ? そんな相手のところにもう一度行くなんて」
「余もそう思う。思うのだが――」
ラーマがナイチンゲールを見る。
「何を言うのです。患部は複数。こういう状況では
「まあ、だから向かっているんだけどね」
「最短距離で突撃です。あのわからずやに打撃にも似た麻酔を与え、目を覚まさせる必要があります」
いや、それ逆に眠ってしまうんじゃないか?
「まあ、ともかく、行くぞ、エジソンに会いに――」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「そりゃ! ふぃー、まったく、こんな場所にまでオジサンを飛ばすとは、人使いが荒いねったく」
槍の一撃で最後のケルト兵を屠ったとき、
「ん?」
サーヴァントの一団を発見した。ケルト側ではない。かといって西側でもない。
「アレが噂のマスターかねぇ。なら、好機だね――」
オジサンことヘクトールは敵意をありませんとアピールしながら近づいて行く。
「おーい」
「サーヴァント!」
「おっと、そういきり立つなよ。オジサンは味方だぜ?」
ヘクトール。ノッブからの報告に遭った英霊だ。オケアノスで戦った槍兵でもある。アステリオスを殺した男だ――。
「おっと、どうやらあんたとは初見じゃないらしい。その様子だと敵だったのかね。まあ、今は味方だ」
「らしいね。機械化兵を連れてるってことは」
「そういうこと。で、あんたら何者で、どこに向かっているのかね。オジサン協力できると思うよ?」
「…………」
「先輩、どうしますか?」
「……はぁ……、オレたちの目的がわかっているみたいだな」
「ああ、そりゃね」
エジソンの様をみりゃあ嫌でもわかると、ヘクトールは言った。
「で、それがわかっているならなんであんたは自分で何もしないんだよ」
「出来なかったんだよ。オジサンだって、下っ端だぜ? それにあの魔術師が厄介でね」
エレナが厄介?
「ああ、そうさ。あれでも隙がなくてね。オジサンの動きを読んでいい感じに邪魔してくるわけよ。だから好機を待ってたってわけよ」
「なるほどね。わかった。じゃあ、一緒に行こう。案内してくれるんだろ?」
「ああ、最短ルートで連れて行ってやるよオジサンに任せな」
ヘクトールについてエジソンのいる城塞まで向かう。
「やっぱり来たわねヘクトール――と、久しぶりね」
「お久しぶりですエレナ女史。用件はわかっていると思います」
「さあ、早く通して患者の前に私を連れて行きなさい。即座に治療を開始します」
「あー、まったく話を聞かないわね、このバーサーカーは……世界を救える算段は付いたのかしら」
「そのために、エジソンを治しに来た」
「……そう。いいわ。さすがに、この状況じゃなにもできそうにないしね」
「はっはっは、わしじゃ!」
「ノッブ!」
三千丁の火縄銃が背後からエレナに向けられている。挟撃。これではどうしようもないだろう。
「待って居ったぞマスター! さあ、さっさと中に入ってくるが良い」
「マシュー!」
「わ、わわ、ブーディカさん!?」
お、おう、う、うらやましい――。
「はーい、マスターも」
――良い、良いです、わが生涯に――。
「って、そうじゃない」
オレたちはエジソンの下へと向かう。
決闘と言ったな、アレは嘘だ!
ぐだ男が勝てそうにない決闘なんてするはずなかった! なりふり構っていられないと前回言ったでしょう。
だから、全員でぼこるといういつもの戦法。それでも倒しきれないのが書文先生。ちなみに、先生はまだ、本気を出していない!
というわけで、書文先生を味方に加えていざエジソンのところへ。
ヘクトールオジサンの導きでノンストップで城塞に到着。通信でそれを知ったノッブたちは準備して待っていた。
エレナママも全部わかっているので、通しますが好きにさせる気はありませんのでまだまだこれから。
というところで次回に続きます。
追記
IFの方更新しました