Fate/Last Master   作:三代目盲打ちテイク

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北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム 13

――夜。

 

「先輩? ――先輩!」

 

 野営を決めた瞬間、気絶するように先輩が倒れた。

 

「ドクター! 先輩が!」

 

 みんながてんやわんやの大慌て。ナイチンゲール女史が殺してでも起こすと銃を手にしてラーマさんが必死に止めています。

 大変です。いろいろもう大変です。私も混乱しています。何をどうすれば良いのか。何が原因だったのか。私が至らないのはいつものことですが、何か間違いがあったのかを必死に考えます。

 

 幸い、ドクターのおかげで大慌ての混乱は収まりました。

 

「大丈夫。バイタルは安定している。ちょっと魔力を使いすぎただけさ。そのまま寝かせてあげるんだ」

「私の、せいでしょうか」

 

 シータさんの魔力は、全て先輩がひとりで賄っています。カルデア経由の契約ではないため、カルデアの補助が受けられないので、すべての負担を先輩が背負うことになっているのです。

 けれど、それでシータさんを責めることはできません。先輩は彼女と、その夫であるラーマさんの為に頑張ったのですから、その成果である彼女を責めることなどできません。

 

「いいえ、先輩はきっとそうは思っていません。あなた方二人が笑っていることを先輩は望むと思います」

「ええ、マスターはそういうお人ですもの」

「よーし、じゃあ、マスターはこぼーう」

「お待ちなさい淫乱ピンク」

「んー?」

 

 マスターを寝床に連れて行こうとするアストルフォさんを清姫さんが引き留めます。どうしたんでしょう?

 

「またマスターの隣で眠るおつもりでしょうか?」

「そうだよー、だって、ボクはオトコノコだからね。きみたちが隣で眠るよりは健全だよー」

「わたくしたちは、マスターのサーヴァント。同衾することの何が不健全というのでしょう。寧ろ、マスターとサーヴァントであるからこそ、もっとくっつくべきなのではないでしょうか! でしょうか!」

 

 何やら清姫さんが力説していますが、一理あるような気がします。それに、わたしとしてもアストルフォさんにそのまま連れていかれるのは、そのアストルフォさんの格好もあってあまり良い感情は抱かないというかなんというか――。

 

「そんなことより、速くマスターを寝かせてあげましょうよ。なにかあってシータが消えちゃったら大変よ!」

「そうです!」

 

 エリザベートさんの言う通りです。先輩に何かあればシータさんも消滅してしまう可能性があります。そうなってしまってはせっかくの先輩の努力が水の泡です。

 なによりせっかく再会できたお二人がすぐにお別れなんて悲しすぎます。

 

「清姫さん、寝床の準備をしましょう」

「そうですね。わたくしとしたことが、マスターの為にも飛び切りの寝床を用意するのが良妻というもの――」

「なに? 競争? 競争ね! 誰が一番快適な寝床を作ったかで勝負よ!」

 

 何やらエリザベートさんの一言で寝床作り勝負が始まりました。先輩の後輩として、私もしっかり参戦です!

 

「マシュ・キリエライト、行きます!」

「――騒がしい連中だ」

 

 ラーマさんがそうつぶやきます。

 

「そうですね。それもあの方の人柄でしょうか」

「そうであろうな」

「――晩御飯の時間です!」

 

 こんな時であるというのに騒いでいた皆さんはナイチンゲール女史の一言で止まります。晩御飯。どうやら彼女が作っていたようです。

 ええ、見た目はとてもおいしそうであります。空気を読まずラーマさんとシータさんの談笑に割って入って行ってみなさんの前に皿を差し出したのはまあ良しとしますが――。

 

「あの、これは――」

 

 先輩が眠っていて本当に良かったと思いました。というか、この手の料理はいつも先輩がしていたんですよね。先輩らしいきめ細やかな料理でとてもおいしいです。

 もちろん、後輩として負けていられませんからわたしも精進しているのです。ええ、現実逃避してしまいました。現実を直視しましょう。

 

 見た目は善いのです。とてもおいしそうです。ですが――。

 

「すごい消毒液くさい――」

 

 とても消毒液の匂いが――。

 

「ええ、すべて消毒済み。衛生管理は完璧です。野外ということもあって徹底的にやりましたのでご安心を。マスターが眠っている今、手透きの私が作りました。どうぞ、皆さま。食事は健康的な生活の基礎となるもの、残さず食べてください」

「うわー、すごいなー、うらやましいなー」

 

 ドクターが目を背けながら言っています。まったく嬉しそうではありません。先輩が起きていたらなんというのでしょうか。

 先輩のことです、きっと文句も言わずに食べるはず。いえ、愚痴は言うのでしょうか。

 

 きっと――

 

 ――うまい! けど、消毒液くさい!

 

 とか。

 

 はい、きっとそうに違いありません。ですので、そこは先輩を見習って。

 

「おいしいです。けれど、消毒液くさいです」

 

 と言っておきます。はい、先輩が眠っているのですから、代わりはわたしが。先輩の為ならどのようなことであろうともなんでもします。

 なんでも。どんなことでも。先輩を傷つけてしまったわたしにできることは、全霊を以て先輩のサーヴァントとして在ることだけです――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ふむ、良い夜だ――」

 

 ナイチンゲールの食事はうまいが消毒液くさくてかなわなかった。ただ、それもまた良いだろう。あれも悪気があるわけではない。自らの信念の行動だ。

 何より助けられた余が文句を言うわけにも行くまい。

 

「はい、ラーマ様」

 

 何より今は隣にシータがいるのだ。何事があろうとも文句などありはしないとも。

 満天の夜空の下、シータと二人で星を見る。いつぶりだろう。幾星霜、願い続けた願いが叶った。

 

「綺麗な夜空です」

「ああ、世界が崩壊しかけているとは思えないほどだな」

 

 夜空は綺麗だ。争いなどまるでないかのように夜空だけは変わらない。あの時のように何も変わらない。いつか二人で見上げた空のままだ。

 夢のようだ。まさしく。

 

「また、こうして二人で空を見上げることができるとはな」

「夢のようですね、マスターには本当に感謝してもしきれません」

 

 倒れて今も眠っているマスター。相当の無理をしたのだろう。貧血もあってよく野営地までもったものだ。まったく無茶をする。

 しかし、それが余の為とあっては怒るに怒れない。そのおかげでこうしていまシータと夜空を見上げていられるのだ。その恩、必ずや返さねばならぬ。

 

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

「……………………」

「……………………」

 

 黙って星空を見上げ続ける。それでいい。話したいことも多くあった。愛を語り、これまでの旅を語り、人生を語り、見てきたものを、感じたことを共有したいと願った。

 だが、これでいい。この沈黙で全て語り終えている。シータの心を僕はわかる。僕の心はきっとシータに通じている。ならば、言葉は要らない。

 

 黙って二人、肩を並べ、寄り添う。互いの重さを感じながら今ここにいるのだと互いに刻み続ける。言葉は要らない。

 静かな夜二人で、沈黙を交わす。それでいい。それこそが何よりも愛の言葉だ。

 

 今更言葉にする必要もない。ただ二人で同じものを見て、同じ音を聞けることがただただ幸せなのだから。

 

 そう、今、とても幸せなのだ――。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 そして、全てが一人の王の槍の一振りによって薙ぎ払われた。

 

「ぐぅうう――」

 

 かろうじて受け止めきれたのは黄金劇場の内部であったからだろう。セイバーが受け止めた余波だけで、後ろにいたサーヴァントたちは吹き飛ばされる。

 ジキル博士は、霊薬に手を伸ばす。この状況。既に奇襲は成功。あとは打倒するのみ。忍ぶ必要がないのであれば、此処からの仕事はハイドのものだ。

 

 だからこそ、霊薬に手を伸ばした。ハイドへと変わるために。

 

「――テメェの種は知れてんだよ――」

「なっ――」

「突き穿て――抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)

 

 自らの肉体の崩壊すら辞さないほどの限界を超えた全力投擲で放たれる魔槍。大気を引き裂き、あらゆる衝撃をまき散らしながらそれは音を超え、光に迫り一瞬にしてジキル博士を突き穿つ。

 

「ガ――」

「テメェは変わらねえとひ弱だ。だが、変わらなければ変わらないで、面倒くさい相手だ。何せ、サーヴァントの中でもオマエはそれなりに周りを見てやがるからな――まあ、聞こえちゃいねえか」

 

 身体の中心、心臓を中心に大穴がジキル博士に空いていた。槍はそれだけにとどまらず背後の壁に突き刺さり全てを破砕していた。

 これで弱体化している。肉体の崩壊はルーン魔術によって治癒している。凄まじいまでの苦痛が襲っているはずだろうに、顔色一つ変えず不遜に暗殺者たちをはるかな高みから見下ろしていた。

 

「武器を投げた、今なら――」

「待て、拳銃使い――!!」

 

 武器を投げた。ならばそれは武器がなくなったということ。ならばこそ好機。ビリー・ザ・キッドはそう見た。

 

 ――壊音の霹靂(サンダラー)

 

 ビリー・ザ・キッドが愛用していたと言われるコルトM1877ダブルアクションリボルバー――通称サンダラー。それを用いた三連射撃。

 拳銃自体が宝具というわけではなく、彼の持つ技術が宝具という概念になっている。ゆえに、放たれた弾丸もまた宝具。

 

 クー・フーリンにも届く一撃のはずだ。そう英霊の宝具であれば、なんであれ必殺技であることに違いはないのだから。

 

「アンサズ」

 

 だが、それですら足りない。

 ルーンが描かれる。彼の得意とするもの。豪熱が爆ぜた――。本当に魔術といえるレベルではない。もはや、キャスタークラスの魔術に等しい。

 クラスにしてバーサーカーとなっている彼が使っていいような魔術ではなかった。弾丸はあえなく蒸発し、そのままビリーを襲う。

 

「なんだ、この、い、りょく――」

 

 彼の状態はシンプルに言って核となっている霊基に聖杯の願いを受肉させているのだ。メイヴという女の願いによって狂王という属性と特性とあらゆるすべてを霊基にかぶせている。

 聖杯によって願われた存在だ。たとえバーサーカーであろうとも願いのままに形作られた存在なれば、あらゆる全てを圧倒できなくてどうするというのだ。

 

 何より、それを女が望んでいる。王であるために、女王の言葉は絶対だろう。それに、元になった霊基はキャスターだ。魔力も普段よりは上がっている。ルーンのランクもだ。

 ゆえに、

 

「来い――」

 

 突き刺さった一本の槍がクー・フーリンのもとに戻り、そして、さらにもう一本の槍が形作られる。

 

「双天を穿て――」

 

 二本同時投擲。普通ならば一本の投擲であろうとも衝撃に耐えられず身体が崩壊する。それが二本。霊基にすら致命的な罅をいれかねない。

 だが、クー・フーリンは顔色一つ変えない。ルーンによる治療。より高度なルーンが彼の肉体を再生し、強化しているのだ。

 

 そして、放たれた投擲は、目標に当たるまで止まらない。悲鳴すら上げる時間すらなく、突き穿たれる体に大穴を開けたビリーとジェロニモ。

 たった数度の攻防だ。ただそれだけだというのに、三人もやられた。圧倒的に過ぎる。だが、絶望は更なる絶望を呼び込むのだ。

 

天弓よ壊劫を為せ(ブラフマーストラ)――」

 

 飛来する力。放たれた力はあらゆるすべてを崩壊させる。黄金の劇場はあえなく砕け散り、その中心であるセイバーすらも破滅へと追い込む。

 

「もう一体!?」

「おいおい、しかもやべえぞ」

 

 もう一騎のサーヴァントがそこにいた。いつの間に接近してきたのか。いいや、サーヴァントにいつの間になど言うのは筋が違う。

 手にした弓。白の衣を纏った姿。その霊基は莫大だった。誰よりも強い。あのカルナと同等。それはつまり――。

 

「アルジュナ、か!」

 

 まずいなどという状況ではなくなった。もはや暗殺は失敗した。集まったサーヴァントはほとんど一瞬のうちに消し飛ばされた。

 残ったのは式とロビンの二人のみ。

 

「チッ、余計なことを」

「一応、女王の要請でしたので」

「まあいい。さっさとこいつらを殺すか」

 

 暗殺者には死を。

 

「――逃げなさい、そして、この状況を伝えなさい」

 

 式が変わる。

 

「は!?」

 

 着物を纏った風光明媚な女性へと変わる。その手には刀を。

 

「急いで、どれほど持つかわかりませんが、それでも少しはもたせます」

「――――すまねえ」

 

 ロビンが消える。顔のない王を使って急速に場を離脱しようとする。

 

「逃がすかよ――」

「いいえ、逃げさせてもらうわ」

 

 その一撃を剣が止める。直死に輝く瞳。根源へと接続した存在が全霊を以て止める。

 

「チッ、面倒な方に代わりやがった。おい、アルジュナ一気に決めるぞ」

「…………」

 

 無言の了承。二つの牙が両儀式へと向かう。

 

 ロビンは振り返らず逃げていた。それ以外に方法などありはしない。だが、この状況をマスターに伝えなくてはならない。

 敗北したことを伝えるのだ。そして、敵の戦力を伝えるのだ。圧倒的すぎるほどの強さのクー・フーリンとアルジュナという存在を。

 

 だが――。

 

「メイヴちゃんを忘れちゃ駄目だよー」

「くそ――」

 

 追撃する戦車。女王とその軍勢がロビンを追う。

 

 運命は全てを逃がさぬと告げていた。

 

「ふむ――アンサズ」

 

 その時、炎の壁が戦車と軍勢を止める。

 

「なに!」

「ふむ、ただ一人のみに軍勢とは、アレか、弟子の最後の再現でもしているつもりか女王」

「――!!」

 

 炎の壁の中から現れるのは一人の女だった。黄金律を体現しているかのような均整の取れた肉体に、朱の魔槍を手にした姿。

 ケルトの戦闘服を纏ってはいるが、ロビンを助けたことからも敵ではない。敵意は、女王に向いている。

 

「馬鹿弟子を殴りに来たのだが、どうやらあちらはあちらで苦戦しているようだ。ならば、わしがやるべきことはこの者を逃がすこと。立て、まだやるべきことがあろう」

「あ、ああ――」

「ここは私が引き受ける。振り返らず走るがよい」

 

 ロビンは言葉通り走った。どうせ、自分ではかなわない。森ならばまだしも平野では。だからこそ、ここは任せる。あの女は少なくともそれだけの実力を持っている。

 

「さて、コノートの女王。久しいな」

「まさかあなたが出てくるなんて」

「ふむ、やむにやまれぬ事情という奴だ。さて、どうする」

「メイヴちゃんてったーい。死んじゃったら元も子もないからね」

「賢明だ、コノートの女王」

「けど、次はないから」

 

 女王も首都に戻る。未だ、首都からは剣戟の音が響いていた。だが、それもじきに聞えなくなった――。

 




六章楽しかったですね!
素晴らしかった、とてもとても素晴らしかった。

ゆえに五章の次は六章をやってから、イベントの話を書いて行きたいと思います。
マシュとぐだ男の楽しい思い出をいっぱい作ることにしましょう。
最後の瞬間に笑えるように。

そして、お師さんとエレナママください、お願いします――。

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