これまでの経緯をオルガマリー所長に説明した。
「…………」
「所長? どうかなさいましたか?」
「……なによ、それ……最悪じゃない。つまり、もう、この男にしか頼れないってことじゃない!」
「所長!?」
「ああ、もう、どうしてこうなるの、わたしがなにをしたっていうのよ!?」
「所長、落ち着いて。いったい何が」
「あなたの説明で確定したのよ。そこにいる一般人以外、ここにいない。全滅したってことがね」
僕以外、ここにはいない? オルガマリー所長もいるのだから、誰かひとりくらいいても良いのではないかと思うのだが。
そうでないとオルガマリ―所長は否定する。
「いい、よく聞きなさい一般人。わたしも、あなたもレイシフトのコフィンには入っていなかった。けれど、他のマスターたちは違う。この特異点Fにレイシフトするためにコフィンへと入っていた。
コフィンは、ね、安全のためにレイシフト成功率が95%を下回ると、電源が落ちるのよ。だから、他のマスター候補たちは、レイシフトそのものを行っていない」
それじゃあ、どうして僕たちは?
「そんなのコフィンに入っていなかったからよ」
コフィンに入ると成功率が95%を下回ると電源が落ちる。だが、コフィンに入っていなければそういう制約はない。
それに、レイシフト成功率は下がるが、0にはならない。コフィンに入っているということは、逆に言えば、成功率95%以下とは、その安全機構によって成功率0%と同義なのだ。
だから、ここには、他に生存者はいない。生きてる人はいない。それは同時に――。
「だから、あなたしかいないの」
――僕がどうにかしなければいけないということ。
「どうして……」
「どうして!? どうして、って、今、そういったの!? そんなの決まってるでしょう!?」
肩を掴まれる。
「あなたが、この子のマスターだからよ! あなたしかいないのよ! だったら、あなたがやるのは当然でしょう!」
「所長がいるのでは……」
「それができれば苦労はないのよ! なんで、あなたなんかに、マスター適性があって! ……いえ、取り乱しました。
ともかく、良いですね? ここからはわたしの指示に従ってもらいます。あなたは、わたしの護衛をなさい。その子に指示を出して、役目を果たすのです」
「……わかり、ました」
「話はまとまったようですね。では、回線を開きます」
わざわざ待っていたのだろうマシュが、回線を開くとドクターの姿が映し出される。
「こちらカルデア管制室。キミたちがポイントに到着したことを確認した。マシュ、君の宝具を地面に設置してくれるかい。それを目標にしてレイラインを安定化させる」
「わかりました」
ドクターの言われるままにマシュが盾を地面にかかげると、空間が固定され、通信も補給もできるようになったらしいが。
「オーケー、これで」
「なんであなたが仕切ってるのロマニ!? レフは!? レフはどうしたのよ!?」
「えええ!? 所長!? 生きていらしたんですか!? あの爆発の中で!? しかも無傷!? どんだけ!?」
「どういう意味ですか!? いいから、レフはどこ!? どうして、医療セクションのトップでしかないあなたがその席に座っているの!?」
「どうにも……柄じゃないんですが、他に人材がいないんですよ」
ドクターがカルデアの現状を知らせる。
生き残った正規スタッフは20人にも満たない。レフ教授は管制室でレイシフトの指揮を執っていた。ゆえに、生存は絶望的。
カルデアは機能の八割を失っており、スタッフは総出で、カルデアスとシバの維持、レイシフト装置の修理を行っているという。
外部との連絡が立て直せれば、そのまま補給の要請を行い立て直しをするというのが今後のプランだった。
考え得る限りの最善策だった。何も知らない僕でもそう思うのだから、きっとオルガマリー所長もよくわかっているだろう。
「――わかりました。納得はできませんが、そちらは任せます。こちらは、特異点Fの探索を開始します」
「フォウ、フォーウ」
「それにしても、どこまで言っても焼け野原ね」
オルガマリー所長があたりを見渡す。この辺りは、炎が鎮火しているが、それでも焼け野原で、まったくと言っていいほど生命の痕跡はない。
それが有りがたい。もし死体などあったら、歩けなくなっているところだ。
「先輩、お疲れではありませんか?」
「……大丈夫、だよ。マシュは?」
「はい。戦闘が怖いくらいで、身体は万全です。大丈夫です。先輩は、この春ナンバー1のベストマスターですから、わたしは、大丈夫です」
「はは……そっか……」
その期待に――何かが軋む音を聞いた。
僕は何もできない、ただの数合わせのマスター。だというのに、君はそういうのか。
だったら、僕は――君にこう言おう。
「任せてよ、マシュ。僕がなんとかしてみせる」
「はい、先輩」
何とかできるだけの力もないくせに――。
――何かのひび割れる音が聞こえていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さて、休憩はこれくらいでいいでしょう。小休止程度ですが、あまり長く休んでもいられません。まず、これからのプランですが、この特異点Fを調査し、こうなってしまった原因を探ります。具体的には――」
「――フォウ、フォーーウ!!!」
「――!」
「いますぐそこを離れるんだ! 生体反応がある、サーヴァントだ! サーヴァント戦はまだ早い!」
「――無理よ!」
ああ、無理だ。
無理だとわかってしまった。
あんなものに、人間が叶うはずがない、殺されてしまうと直感的に理解した。
アレは、完全に自分と経っている場所が違う。
黒衣の暗殺者。黒い影のようなそれ。立っているだけでわかる濃密な死の感覚。目の前にいられるだけで、いつ自分が死んでもおかしくないのだと悟って。
――逃げるための足は、動かない。
――息をするための口は、動かない。
視界がゆがむ。呼吸困難で、知らず喘ぐ。どんなに荒い息をしても、まったく酸素は肺には届かず、苦し気にひゅー、ひゅうーと息遣いが漏れる。
「マシュ、戦いなさい! 同じサーヴァントでしょう!」
「……はい、最善を、尽くします……」
――マシュ!?
怖いといった君。どうして、戦おうと思えるんだ。
足だって震えてるじゃないか。なのに、どうして――。
「先輩――いえ、マスター、どうか、指示を。先輩の指示があれば、勝てます」
そんな大層な指示なんて、出せるはずがないだろう――。
「ああ」
でも、ああ、でも――。
僕はそう答える。そうする理由は明白で。そうしなければ、自分が死ぬからとかそういうことじゃなくて。
だってそうだろう。女の子が、怖いと言いながらも、必死で立ち向かおうとしているんだから。男の僕が、何もしないなんてできるはずがないじゃないか。
だから、必死になって、探せ――。
もはや目で追う事すらも難しい戦いを、なんとか捉えて、マシュの助けになるような指示を――。
「マシュ、左から短剣が投擲される。弾いて、まっすぐに踏み込んで!」
「はい!」
あっているのか。正しいのか、わからない。でもやるしかない。
マシュが踏み込む。あのサーヴァントは、短剣の投擲しかしてこない。もとより相手の武装は短剣ばかりだ。ならば、こちらが近づけばいい。
マシュの武器は盾。身を守りながら接近し叩きつけてやればいいのだ。
「くぉ――」
敵サーヴァントが苦悶の声を上げた。
「畳みかけろ!」
「は、い!」
休ませない。このまま倒す――!
「や、あああ!!」
マシュの一撃がサーヴァントの霊核を砕き、暗殺者のサーヴァントが消滅する。
「はあ、はあ、はあ――」
「――休憩している暇はないよ、マシュ。最悪なことに、斃したサーヴァントと同じ反応が向かってきている」
「同じ、反応、って――そんな」
「撤退よ、急ぎなさい!」
ああ、逃げよう。オルガマリー所長の言う通りだ。あんなの何度も戦って勝てる相手じゃない!
一目散に逃げ出そうとして――。
「はは――遅い遅い」
「我が槍から逃げられるものか――」
「はは、はははは。くははは」
サーヴァントが、何体も――。
「ひっ――」
一体だけでもマシュが全力で戦って勝てるかどうかギリギリという相手が三体。もはや、戦おうという意気など生まれるはずもない。あるのはただ、迫りくる死だけだった。
そこに、あまりに隔絶した実力があると逃げるという行動を人間は放棄する。逃げるということすら不可能であると、本能が悟るのだ。
だからといって戦うかというとそうではない。そんなことできるはずもない。逃げず、戦いもできず、ただできることは震えて最後の瞬間を待つことだけ。
もはや、ただの人間には、それ以外にできることなどありはしないのだ。
「マスター!」
それでも――それでも。
僕は、マスターなのだと、彼女の瞳が告げている。僕を見つめる不安と恐怖に揺れる君の瞳が、僕を捉えて離さない。
その瞳を見つめていると、思い知らされるのだ。
――運命からは逃げられない。
「戦うぞ!」
「あなた正気!? 戦うって、どうみても勝ち目なんてないじゃない!」
「それでも――」
「はい、それでも戦うしかないのです。死中に活を求める他ありません。マスター、指示を! マシュ・キリエライト、全力で、マスターのオーダーを完遂します!」
決死の突撃をしようとした、その瞬間――。
「なんだ。小娘かと思えば、きちんと兵じゃねえか。なら、手助けしねえわけにはいかねえな!」
男の声が響いた――。
「なにや――ぐあああああ!?」
燃え尽きる敵。それと同時に、フードをかぶった男が現れた。影に隠れた黒いサーヴァントではない。マシュと同じ通常のサーヴァント。
「そら、構えなそこの嬢ちゃん。腕前は、そこらのヤツらに負けてねえ」
「は、はい!」
「で、そこのボウズがマスターか。なるほどな、なら指示は任せる。オレはキャスターのサーヴァントだ。故あって奴らとは敵対している。敵の敵が味方とは限らんが、そこは、アレだ、助けたってことで信用しちゃくれないかね。
一人で頑張ったお嬢ちゃんに免じて仮契約もしてやる。テメエのサーヴァントだと思って、うまく使ってくれや」
そう言ってキャスターが構える。
何者なのかはわからない。
味方なのかも定かではない。
でも、この瞬間、彼は敵ではない。
「だったら――奴らを倒すぞ!」
「はい!」
「応!!」
何かの文字が中空に翻る。
「ルーン魔術、ならドルイドか……」
「ルーン魔術?」
「あなた、そんなことも――いえ、一般人ならば知らなくて当然ね」
オルガマリー所長が説明してくれたのだが。
ルーン魔術とは、ルーン文字を用いた魔術だという。それぞれのルーンごとに意味があり、強化や発火、探索といった効果を発揮する。
「しかも、あれただのルーンじゃないわ……。原初18のルーン魔術、だなんて」
原初? 意味が解らない。
だが、強力なことはわかった。目の前でその強さが発揮されている。ルーンが刻まれれば燃え上がり、敵が消え失せる。
その間の前衛はマシュ。後衛が出来たことにより余裕が生まれて、前よりも楽に戦えている。
僕は、指示を出せずにいた。戦っているのはサーヴァントだ。何をしているのか。何をされているのか。わからない。
キャスターが、的確にルーンを放つ。
「そら、最後だ、嬢ちゃん!」
「はい!」
サーヴァントの戦いに人間が介入できるはずがない。オルガマリー所長は僕よりもなんでもできる人だが、そんな彼女ですら、介入することができない。
そう思うと、奇妙な連帯感を感じる。
「よっし、終わりだ。よく頑張ったな嬢ちゃん」
「は、はい、ありがとう、ございます……」
戦闘終了。無事に終了した。被害はない。
「ねえ、アレ、どう思う?」
戦闘が終了し、こちらに向かってくるキャスターに対して、オルガマリー所長がそう聞いてきた。
奇妙な連帯感を彼女も感じていたのだろうか。距離が、近い……。
「どう、と言われても……」
どぎまぎして答えられない。そもそも誰が敵で、誰が味方なのかわからない。何もかもが恐ろしいのだ。何もかもが怖いのだ。
どうしようもなく、泣き叫んでしまいたい。そうできれば、なんて楽なのだろう。
だけど、それはできない。
オルガマリー所長の言葉が、今も脳裏に響いている。
――あなたしかいないのよ。
その言葉が、僕に悲鳴を呑み込ませていた。
期待。
僕しかいない。
だから、弱音を吐いたら駄目だ。マシュも、オルガマリー所長も不安ではないはずはない。男の僕がこうなのだから、女性である彼女たちはもっと不安なのかもしれない。
だから、僕がしっかりしないといけないと思うのだ。
――悲鳴を呑み込んだ。
――何かが、軋んだ……。
呪い付与。